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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第12章 大陸の果て
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12-26 時の牢獄

「主様、上、うえぇ!!」


 シアラの悲鳴と共に、頭上から影が差す。都市を破壊する槍によって舞い上がった建造物を躱し、今度はシアラとクロノを回収しつつ飛翔した。


 ゲオルギウスの炙り出しという名の都市破壊はこれで五度目である。


 魔道具化した建造物ですら一瞬で吹き飛ばす槍の投擲に加え、視界を埋め尽くすような粉塵が舞い上がり、頭上からは吹き飛んだ建造物が雨のように落ちてくる。


 槍を投げるタイミングは不規則で、一投事に位置を変えているのだろう。どこから投げているのか分からないため回避は不可能。掠めただけで体の半分は消し飛び、直撃したら肉片が残っていればいい方だ。


 単純明快な力技だが、非常に効果的である。


 ゲオルギウスの込めたメッセージは一言。


 これで死にたくなければ投降しろ。


 レイが死に戻っているという前提で繰り返される荒業だが、一気に追い詰められたのは事実だ。


「くそっ! このままじゃ、また誰かが犠牲になる。僕が行って、止めてくる」


 二人を降ろしたレイは、そのままゲオルギウスが待ち構えているだろう方角へと飛ぼうとする。だが、シアラとクロノの手はレイを引き留めた。


「止めなさい、主様。それこそ、相手の思うつぼだってのが、分からない訳じゃないでしょ」


「そうです。いい様に甚振られて悔しいのは分かりますが、ここは我慢すべきです」


「でも、他の皆がどうなっているのか。リザやレティが死んでも、死に戻りが発動するけど、エトネとヨシツネが死んだら、それは分からないんだぞ!」


 事実、前回はエトネとキュイが建造物に押しつぶされて死んでしまった。彼女たちの無残な姿を発見するまでに、十分以上のタイムラグがあった。


 もしも、その間に意識を失ってセーブポイントが出来てしまったらと考えると、背筋が凍る思いだ。


「今なら、あの槍に貫かれても死に戻れる。そのチャンスを生かしたいんだ」


 ゲオルギウスが投げている槍はタナトスの杖を分離した片割れだ。その槍で殺されても、《トライ&エラー》自体が損傷するほどのダメージにはならないが、それでもイタミはくる。


 イタミを覚悟した上で、ゲオルギウスに挑むべきだと主張するレイに、シアラは首を縦に振ろうとはしない。


「焦らないで。相手の思う通りに動けば、負けるのが目に見えているわよ。それよりも、皆と合流して態勢を立て直しましょう」


 死に戻りを繰り返す過程で、仲間にはゲオルギウスの都市破壊は説明してあった。


 始まったら、各自の判断で行動し、安全を確保してから集合するという方針は作ったが、今の所上手くいった試しが無い。


 再びの轟音と衝撃が骨の芯まで響く。遅れて建造物が落下する。対等契約の呪いは発動しないが、他のメンバーがどうなっているかまでは不明だ。


 舞い上がる土煙で視界は悪く、彼らがどこに居るのかまでは見当も付かなかった。


「これだけ視界が悪いと、誰かが近くを走っていても気づきませんね」


 そう言って顔を上げたクロノと、土煙の向こう側から巨体が現れたのは同時だった。


 大剣を握っていた鎧騎士のスリット越しに、濁った黄色の瞳がクロノを射抜く。弾かれるように互いの獲物が振り抜かれ、金属を引っかく音にレイは反射的に動いた。


 炎を展開すると刀の形を作る。それを握りしめると、歯車の盾で大剣を防いでいるクロノの傍を通り抜け、切っ先をスリットにねじ込んだ。


 そして、龍刀影打を突き刺したまま、鎧騎士の体を蹴り上げると、一撃を防ぐも力負けしそうなクロノを抱きかかえて地面へと押し倒した。拮抗が崩れ大剣は何も無い空間を通り過ぎた。


 鎧騎士は顔に突き刺さった龍刀影打を抜こうとするも、失敗に終わった。それよりも早く、レイの意志に従った炎の刃は爆発したのだ。人造モンスターの体は鎧の中で炎に蹂躙されて蒸発した。


「ゲオルギウスの奴、人造モンスターがいてもお構いなしに攻撃していたのか。僕らごと押しつぶしても構わないって事は、替えが効くのかもな。怪我はない?」


「は、はい。だ、だいじょうぶ、だいじょうぶですから、はい」


 レイの腕の中に居たクロノは目を白黒とさせ、耳まで赤くしている。急な戦闘で驚いたのだろう。


 立ち上がろうとしたレイだったが、その上にシアラが覆いかぶさった。


「おい、シアラ。ふざけるなら後にしてくれ。今は、それどころじゃ」


 今にも槍の投擲が来るのではないかと焦るレイに、被せるかのように二つの声があった。


「違う、見つかったわよ!」


「見つけたぞ!!」


 轟音と衝撃が都市を揺るがした。


 レイは死の予感を感じ取り、ようやくシアラの言葉と行動の意味を理解した。


 鎧騎士たちはレイ達を見つけるのが役割だとすれば、クロノを見つけた瞬間に役割を果たしている。自分たちの居場所は特定されてしまったのだ。


 興奮したゲオルギウスの言葉が、それを裏付けている。


 シアラが覆いかぶさったのは態勢を低くすれば、槍の直撃を回避できるのではないかという可能性に賭けたのだろう。それに効果があるのかどうかは疑問の余地が残るが、シアラの諦めようとしない姿勢に勇気づけられながら、死のイタミに耐えようとして―――気づく。


 まだ、死んでいないのだ。


「……あれ? 槍が飛んでこない?」


「妙だな。アイツの事だから、即座に狙ってきたと思ったのに」


 不思議そうに首をひねるレイ達は、何が起きていたのか知らなかった。







 それを目撃していたのは、リザとエトネだった。


 砲弾じみた破壊力で蹂躙される都市を、瞬発力と戦闘力の高い二人は機敏な動きで走り抜いていた。遮蔽物の上を駆け抜け、路地を素早く進み、時には建造物の中を突っ切る。


 彼女たちは合流するよりも、自分たちが囮になって、他の皆の生存率を少しでも上げようと考えたのだ。


 神々のように俯瞰で大局を窺えないレイ達は知らない事ではあるが、現時点でゲオルギウスに限りなく近づいていた。


 ゲオルギウスの姿を視認することは出来ないが、腹の奥まで響くような衝撃波は威力を増し、重厚な殺気に脊髄が反応して軋む。リザとエトネは確信を持っていた。


「ごうおんの発生ちてんにちかづいている。もうすこしで、ゲオルギウスのそばだよ」


「ありがとうございます。エトネの耳が無ければここまで近づくのは無理だったでしょう。ですが、ここから先は私一人で行きます。エトネは皆と合流してください」


 リザは単身でゲオルギウスを引きつける囮になろうとしていた。彼女一人なら死んでも死に戻りでやり直せると判断したのだ。


 チャンスがあるとすれば、槍を放った直後だろう。ゲオルギウスの負傷は、生半可な方法では回復できないはず。となれば、魔道具化した都市の端まで届く一投は、肉体と精神に相当な疲労を掛けているはず。


 一投ごとに、かなりのエネルギーを費やしている筈なのだ。連続して投擲しないのが、彼女の推測を裏付ける根拠となっていた。


 槍を放った直後を狙い、一撃を与える。全力の一撃なら、ゲオルギウスにも通じるかもしれない。無謀な賭けではあるが、このまま反抗も出来ないよりかは、一矢報いたいと考えていた。


 だが、リザを遮るようにエトネが手を伸ばした。


「エトネ。こればかりは貴女と話し合うつもりは」


「ちがうの。まえのほうに、人造モンスターがいるの。それも……ふくすう」


「複数ですか? それは……ちょっと気になりますね」


 都市破壊が起きるまで、鎧騎士たちは個別に動いて捜索を続けていた。それが、複数が集まっているというのは珍しい状況だった。


 気になって、エトネの言う方向をのぞき見しようと顔を向けると。


 ―――「見つけたぞ!!」


 ゲオルギウスの大音声と共に、突然の轟音と衝撃が暴風を伴って襲った。


 これまでにも幾度もあった槍の都市破壊。目を開ければ、槍の一撃で吹き飛んだ空間が道のようになっているのだろうとリザは予想した。


 ところが。


 彼女はあり得ない光景に息を呑んだ。


 確かに槍の一撃は放たれたのだろう。彼女の視界の右半分が、槍の一撃で吹き飛んでいる。だが、左半分は荒れ果ててはいるが、その姿を確かに残していた。


 まるで、左右の瞳が違った世界を映し出しているかのような光景だ。それを生みだしているのは、視線の先にある氷の壁だ。


 複数の鎧騎士が正面に佇む氷の壁は、遠目からでも異様な雰囲気が伝わる。それこそ、この都市の魔道具よりも異質な存在感だ。


「まさか、あの壁が槍の一撃を防いだというのですか」


 口にしてから信じられないとばかりに首を振る。だが、そうとしか思えないような光景が眼前にあるのも事実だ。


「リザおねいちゃん。あのかべ、誰かがうまってるよ」


「え? ……本当ですね。人のような物が氷の中に。私にはよく見えませんが」


 彼女たちが居る場所から、氷の壁は百メーチル以上は離れている。氷の壁は広範囲に広がっており、表面が動いているかのように反射が変わるため、リザにはハッキリと見えなかった。


「エトネは見えるよ。十人ぐらい? ひとのかたちがある。すっごい、おおきな剣をもった……ローランさま? それに、へんな髪の毛の人もいるよ。こんな感じのかみがた」


 そういって、エトネは自分の髪の毛を掴んで見せた。髪の毛を束ねて大きな一本にするかのような特異な髪型に、リザはある男を連想した。


「ローラン様が氷漬けになっている!? それに、その髪型は……まさか!?」


 それ以上の言葉をリザが紡ぐのは不可能だった。


 氷に気を取られてしまい、頭上から迫ってくる建造物の礫に巻き込まれ、彼女たちの体は押しつぶされてしまった。


 だが、見た物の記憶だけは引き継げた。


 この地で起きた、別の戦いの痕跡を彼女は見たのだ。



 ★



 うめき声を上げる気力すら湧かない。


 レイは瞼を押し上げ、自分が死に戻った事を確認する。


 ゲオルギウスの都市破壊が始まる一時間前に作ったセーブポイントまで戻ってきたのは、これで何度目だったか。


 ある程度形が残っている建造物の中で、リザとクロノとエトネが見張りをしている傍で、他のメンバーは短い仮眠を取っている。


 自分が死んだ瞬間を覚えている。


 鎧騎士に見つかり、ゲオルギウスに居場所を知られ死を覚悟したが、いつまでたっても槍の直撃を浴びることは無かった。その代わり、心臓を貫く痛みで意識が遠くなった。


 あの痛みは身に覚えがあった。


 その時、扉の影で膝立ちして様子を窺っていたリザが、苦悶の表情を浮かべた。両手を付いて倒れそうになるのを見て、クロノが駆け寄った。


「どうしたの、リザさん。しっかりしてください。リザさん、リザさん!」


 小声で、しかし緊迫した表情で仲間を呼ぶクロノに、レイは体を起こして囁いた。


「どうやら、今回はリザがきっかけか」


「え? じゃあ、これってもしかして」


「うん。彼女も戻ったんだよ。そのイタミは時間経過でしか治まらないから……ごめん、こっちもキツイや」


 言って、レイは再び倒れこむ。意識を失うほどではないが、数分の間はイタミに翻弄される。


 ようやく解放された時には、仲間達が仮眠を中断して起き上がった。イチェルを部屋の隅に追いやると、情報のすり合わせを始めた。


「お目覚めはあんまり宜しくないようね。何があったのかしら?」


 記憶を引き継いでいないシアラにレイは簡単に状況を説明した。ゲオルギウスが一時間後に都市を破壊して、こちらを炙り出しにかかる、と。


「今までは僕の体が吹き飛んだり、潰れて終わりだったけど、今回はどうもリザがやられたみたいなんだ。そうだよね」


 確認を取る為にリザに尋ねるが、彼女は美貌を曇らせていた。


「リザ、大丈夫か。まだイタミはあるのか」


 心配になって尋ねると、彼女はやっと顔を上げた。


「いえ、イタミの方は大丈夫です。ただ、その。妙な物を見てしまって、何と説明すれば良いのか分からなくて」


「アンタが説明下手なのは知ってるから。とりあえず、見た感想を言ってみなさいよ。不明な所があれば、こっちで質問するから」


 口は悪いが、フォローはしっかりとするというシアラの言葉に背中を押されるように、リザは語りだした。


「その、ゲオルギウスの声が聞こえ、槍を投げた轟音と衝撃が起きたのはレイ様と一緒です。ですが、その音が途中でぶつ切れとなりました。今までは、衝撃波が都市の外れまで届き、あの壁に反響して街全体が揺れていましたが、それも起きません」


「ああ、その通りだ。あの時、僕たちは鎧騎士に見つかって、ゲオルギウスに狙われていたはずだ。でも、槍は僕達に届かなかった。……妙な話だけど、槍が何かで防がれたような、そんな感じがした。あれは何だったのか、君は見ていたのか?」


「はい。正確には、見ていたのは一緒に行動していたエトネですが。そして、レイ様。流石です。槍は妙な物によって防がれていました」


 リザはゲオルギウスへの囮になるべく、破壊音が始まる街の北側へと向かっていた時の事を話し出した。ゲオルギウスの圧が近くなり、エトネを逃がそうとする直前、ゲオルギウスの大音声が体を震わし、常とは違う衝撃音に違和感を覚えた。


 そして、エトネと共にそれを見たのだ。


 槍を受けてもなお、びくともしない氷の壁を。


「氷の壁と表現する以外、私には分かりませんでした。まるで、生き物のように表面が蠢くそれの内部に、……『聖騎士』ローラン殿が居りました」


「ローランさんが!?」


 予想外の人物の登場にレイは驚きを隠せなかった。ローランの事を知っているシアラやレティも同様の反応をする。


「はて? 『聖騎士』とは如何なる御仁だったか。確か、シアラ殿の勉強会で聞いた覚えが」


『聖騎士』を知らない一週目のエルドラドから来たヨシツネに、クロノが教師めいた語り口で説明をする。


「法王庁に所属するS級冒険者の一人です。血の繋がりはありませんが、系譜を辿れば、『十三人の招かれた者』の一人が発端となった力と因果の称号を持つ人物ですね」


「なるほど。そのような方が……なぜ三百年前に滅んだ都で氷漬けに? もしや、暗黒時代からずっと凍らされていた……いや、主殿たちは面識があるのならば違いますか」


「そうだね。ローランさんはデゼルト国での動乱で一緒に戦った恩人だ。だから、氷漬けになっているのはここ数カ月の話だろう。リザ、氷の中には他に誰が居たんだ?」


「私には人影しか見えませんでした。ですが、エトネの瞳は複数の人影や、ローラン様が使っていた大剣やローラン様自身が見えたそうです。……それと、その中で気になる人物がいるのですが」


 急に口ごもったリザの様子に全員の視線が集まった。


「その……氷漬けされている人物の中に、髪を細く、幾つも束ねている姿を見たと。こんな風な髪型だと、エトネは言ってまして」


 そう言って、自身の髪の毛を指の間で挟んで見せた。瞬間、レイの中であまり思い出したくない男の名が口から出てしまう。


「ジャイルズか?」


「かもしれません。このような特徴的な髪型は、六将軍第五席以外に心当たりはありません」


 ドレッドヘアーが特徴的な魔人は学術都市の戦いにも参加していた。『魔王』共々生き延びていたのは知っているが、よもや北方大陸でも遭遇する羽目になるとは。


「って、待った。ジャイルズも氷漬けになったのか? 氷漬けにされたローランさんを見張っているんじゃなくて?」


「はい。細かい所は不明ですが、エトネはそう言ってました。厄介なことに鎧騎士が複数警護しているので、それ以上近づいて情報を収集するのは難しく、手をこまねいている間に死んでしまい」


 リザのもたらした情報は十分な衝撃を与えた。現在、地上でも指折りの戦闘力を持つローラン率いる《神聖騎士団》が、誰も知らない場所で、何故か魔人と一緒に氷漬けにされているというのは、にわかに信じがたい内容ではあった。


 だが、レイには気になる情報があった。


「入り江に到着したばかりの時、イチェルが言ってたのを覚えているかな。北の空が輝いて、地揺れが起きたって。リザ達が見たのが本当にローランさんなら、空が輝いたのって、あの人の技能スキルが発動したんじゃないかな」


 ローランの二つ名である『聖騎士』は、代々一つの特殊ユニーク技能スキルを引き継いできた。


 《ロード・トゥ・ヘヴン》。


 初代から脈々と繋げられてきた力は、発動時に空が輝くという現象が起きる。


「ローランさまがゲオルギウスと戦ったなら、体がボロボロになっているのも納得だね。それに、ローランさまを助ければ、こっちが有利になるよ!」


「うん、そうだね! ……どうかしたの、シアラおねえちゃん」


 これまで謎だったゲオルギウスの負傷の理由も説明が付いた。その上、ローランたちを助けられれば、状況はかなり有利となる。ようやく希望が見えたというのに、浮かない顔をしているシアラに、レイの胸中では嫌な予感が雲のように膨らんでいた。


「……ねえ、ゲオルギウスの都市破壊まで時間はあるわよね」


「あ、ああ。正確な時間は分からないが、一時間ぐらいは余裕があると思う」


「リザ。ローラン様が凍っている場所は覚えている?」


「……ある程度は。途中からは建物の中を突っ切って移動していたので、この人数で移動するのは難しいですが」


「なら、少数精鋭で行きましょう。道案内役のリザに、ワタシと主様の三人。他のメンバーは周囲を警戒しつつ、ワタシたちの後を出来るだけ早く追いかけてきて。エトネの鼻なら、追いかけるぐらいできるでしょ」


 テキパキと指示を飛ばすシアラの横顔には焦りの色以外に、恐れが浮かんでいた。まるで、過去のトラウマを刺激されたかのような怯えすらあった。


 説明してほしい欲求を抑え、レイは身支度を済ませるとシアラを抱える様に持ち上げ、先行するリザの後を追った。


 死に戻りの利点は、やはり情報の蓄積だ。これまで何度も戻ってきたお蔭で、鎧騎士の巡回経路やおおよその位置は割り出せるようになった。誰かの意志によって操られている以上、その人物の思考の癖が如実に出てしまうのだ。


 猟師として獲物の行動を分析することに長けたエトネと、忍者として情報分析に特化したヨシツネのコンビにかかれば、この程度朝飯前だ。


 速度を重視しつつ、鎧騎士の捜索を掻い潜って目的地に着いたのは、都市破壊が始まるに十分前だった。


 通りの先は広場になっているのか、あるいは戦闘の余波で広場となったのか。開けた空間に、リザの言う氷の壁はあった。その前を守るように鎧騎士が、さながら本物の彫像のように動かずに構えている。明らかに、氷の壁に近づこうとするのを警戒している。


 そして、その氷の中に複数の人影を視認できた。レイは雛馬車から取り出しておいた単眼鏡を目に当て、なかを覗き込む。ぼやけた視界を調節すると浮かび上がった人物の横顔にレイは呟いた。


「ローランさん。それに、マクスウェルさんに、ミストラルさんも。《神聖騎士団》の全員が氷漬けにされている」


 氷漬けにされているローランの鬼気迫る表情は、今にも氷を突き破りそうなほど荒々しい。デゼルト動乱で失った腕の代わりに義手が大剣を握りしめ、ジャイルズの胴体に突き刺さっていた。


 建物の中からは氷の壁のようにしか見えなかったが、よくよく見れば空間の広範囲に渡って氷は広がっている。そのため、仲間の治療をしているミストラルや、後方から援護しているマクスウェルも氷漬けにされていた。


「やはり《神聖騎士団》の方々でしたか。一刻も早く、お助けしなければ」


「ああ。僕らが入り江に到着する前に戦いが終わっていたなら、十日以上もあの状態だ。あの人たちが上級冒険者のトップクラスでも命に関わる」


 幸い、氷なら炎で救出できる。そう考えて動こうとしたレイの裾を誰かが掴んだ。


 視線を下げれば、床にへたり込み、怯えを隠そうともしないシアラの瞳とぶつかった。


「ダメよ。あれは、龍刀を抜いたとしても、溶けないわ。そもそも、あれは氷なんかじゃない」


「じゃあ、何だって言うんだ。ローランさんたちを閉じ込めているあれは、何なんだ?」


「あれは……牢獄よ。時の流れを狂わし、生きながらにして身動き一つとれない、意識だけの生殺しの状態が終わりなく続く」


 熱病にうなされた患者のように呟くシアラの様子に、レイはあることを思い出した。


「それってもしかして」


「ワタシを、三百年に渡って封印し続けた魔法、《アンダンテ・フィールド》よ」


 血を吐くような思いでシアラは絶望の記憶を引きずり出した。


 シアラは人魔戦役が始まる前に生まれた人間種と魔人種の雑種ハーフである。魔人種は十年で人間種の一年分に相当するのだが、雑種ハーフである彼女は五年で一年分だ。


 三百年以上前に生まれたのならば、人間種換算で六十歳を越えていなければならない。


 だが、彼女の見た目は十四歳くらいの少女のままだ。


 その理由は、彼女が時を越えて現代にやってきたからだ。


 彼女を現代に連れてきたタイムマシンとでも呼ぶべき存在こそ《アンダンテ・フィールド》だ。空間内の時間の流れを歪める魔法は、閉じ込められた人間にしてみると意識だけが自由な緩やかな地獄。神が扱う権能の領域に近い魔法だ。


 いま、その魔法が氷の天蓋によって隠されていた都市の一角で発動されており、《神聖騎士団》と六将軍第五席が閉じ込められているのだ。


「つまり、こういう事ですか? ゲオルギウスはこの地で《神聖騎士団》と戦闘になり、深手を負いつつも《アタランテ・フィールド》を発動して、ジャイルズごと全員を封印して、今度は私達が来るのを待っていた、と」


 リザは自分たちの足元でローランたちが生きながら封印されていたという事実に複雑な感情を浮かべた。


「仲間ごと封印するなんて思い切った手だけど、ローランさんが相手なら別の意味もあるな。あの人の技能スキルは死をきっかけにして別の誰かに引き継がれる。ローランさんの代でゲオルギウスを越えたけど、あの人の体は満身創痍だ。力を続けて何発も発動できるとは思えない。でも、ローランさんが死ねば、新しい誰かが、引き継いだ力を完璧な形で運用できるようになるかもしれない。可能性は低くても、その可能性があるならゲオルギウスたちも無視できない」


「封印なら、力の引き継ぎは起きません。合理的な選択と言えますね」


 あのゲオルギウスが、仲間を犠牲にしてまで封印したという事実が、ローランに宿った力の脅威度を表していた。


 かつて、三百年に渡って封印され続けていたシアラが、当時を思い出してしまったのか青ざめた表情で言葉を絞り出した。


「あの魔法は……外部の衝撃を、遮断する。時間の流れが違うから、届かないの。ゲオルギウスの槍を防いだのがいい例ね。単純な物理攻撃じゃ、どうにもならない。前回の主様たちは、槍の軌道上にあの魔法があったから、助かったのよ。氷の見た目は、時間の流れが違うから、そんな風に見えるだけ。だから炎で溶かすのも無理」


「解除する方法はあるのか? 君の場合はカタリナさんが解除したんだろ」


「ワタシには分からないわ。そもそも、この魔法自体、ゲオルギウスが使えることしか知らないの。学術都市で調べたけど、解除方法なんて、どこにも載っていなかったの」


 力無く肩を落とす姿に、本当に解除方法は分からないのだろう。


「打つ手なし、という訳ですか。歯がゆいですね。あんな目と鼻の先に、ローラン様たちが捕まっているのに、助けられないなんて」


 リザが悔しそうに歯噛みする。レイも同じ気持ちだ。


 ローラン達には恩義もあるし、世話になった人達で、何より滅びゆく世界において重要な戦力になる。こんな所で失う訳には行かないのだ。


「あの中じゃ、呼吸とか栄養補給とかはどうなんだ」


「大丈夫……だったわ。でも、あの時はワタシ一人だったから。あんな風に広範囲で、大人数を封印したらどんな影響があるのか。予想もできないわ」


 どうするべきか悩むレイ達の背後に足音がする。だが、敵意は無かった。


 振り返れば、追いかけてきたエトネたちが建物に集まってきたのだ。


「皆さま、御無事でござるか?」


「追いついたか。そっちの方は大丈夫だったか?」


「もんだいないよ」


「流石に慣れてきたからね。でも、そろそろ時間だよ」


 言われ、レイ達はここで思ったよりも時間を費やしていたことに気づいた。体感時計ではあるが、レティの言う通り、ゲオルギウスの都市破壊が始まる頃だ。


「このままここに居ても、槍の餌食になるだけね。ローラン様達には悪いけど、助ける手段もないし、今は見捨てるしかないわ」


 非情な発言だが、シアラの言葉に従うべきだ。きっと、ローランたちも同じような事を言うだろう。


 レイも同じように続けようとして―――待て、と思考が止まった。


 槍の餌食。


 ()()()()()()()()


「……いや、でも。弾かれただろ。……あれは分離していたからで、槍が分離すると権能を発動できなくなるのは確認済みだ」


「レイ様? どうかしましたか。急に考え込まれて」


「あ、待って。いま、すっごく嫌な予感がする。この感じ、いつもの無茶ぶりの前触れじゃない」


「あー。うん、そんな感じがするね」


「ねー」


 外野の声は届かない。レイはこれまでの戦いを―――ゲオルギウスと初めて遭遇した時から―――振り返り、可能性を考える。


 できるか、できないのか。


 数秒の沈黙が終わると、彼は決断した。


「決めた。ローランさんたちを助けよう」


「主様。気持ちは分かるけど、それは無理よ。あの魔法は物理でも魔法でも壊せない。解除する方法はあるだろうけど、その方法を知っているのはカタリナぐらいで、今から解除方法を見つけ出そうにも時間が足りないわ。ゲオルギウスが悠長に待ってくれるはずも無い」


「いや。僕たちは知っているだろ。かつて、エルフの国を滅ぼした黄龍に施された封印を破壊した力を。形なき、概念を砕く神々の力を」


 レイの言葉に、シアラが嫌な予感が的中したと頭を抱えた。リザも似たような反応をし、レティとエトネは苦笑いを浮かべた。ヨシツネは不思議そうに首をひねり、クロノは思い至ったのか顔をひきつらせた。ただ一人、コウエンだけが口元を吊り上げ、壮絶な笑みを浮かべていた。


 彼女たちの反応をしり目に、レイは集まった仲間達に向かって宣言した。


「ゲオルギウスが振るう、死の神タナトスの杖。あの槍なら、あの魔法を破壊できるはずだ。だから、ゲオルギウスから槍を奪うぞ」


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は25日頃を予定しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます! [一言] 王を救って、神を救って、次は聖騎士を救うわけですね。ゲオルギウスを倒す可能性が高い聖騎士を救うために、ゲオルギウスに立ち向かうとは、とんでもない矛盾だ…
[良い点] 予想してない展開でわくわくします…! 更新感謝です! [気になる点] 正解が不明なためこちらで報告します アタランテとアンダンテが混在してます 能力的にはアンダンテ…なのかな?
[良い点] 面白い! ついに反撃の糸口が!
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