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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第12章 大陸の果て
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12-25 炙り出し

 漆黒の炎と暴威が色濃く残る街並みを見下ろせる尖塔にゲオルギウスは佇んでいた。溶けた金属を思わせる金色の瞳には憂いが浮かぶ、どこか痛ましそうに故郷を見つめていた。


 すると、魔糸によって繋がっているクリストフォロスから連絡が入った。


『申し訳ない。レイ達の捕捉は難しい。彼らの足跡を追いきれないでいる』


 開口一番、謝罪から入った同胞に、意外という感想を抱いた。


「貴様がそのようにしおらしく振る舞うとは珍しい。毒でも呷ったのか?」


『自らの不手際を陳謝する程度の器量は持っているという事さ。ともかく、彼らの行方はさっぱりと掴めない』


「ほう。貴様の目を欺くとは、存外やるではないか」


『彼らが確実に此方へ、アトス国に降り立っているのは間違いないが、こちらの捜索をかく乱しながら移動している。移動した後を消すだけでなくて、偽の足跡を作っているから、どうやっても掴めきれない。向こうに、それに特化した人材がいるようですね』


斥候スカウトか。魔法の使えないこの土地では、原始的な手法の方が絶大な効果を発揮するとは、何という皮肉な話だ」


 アトス国の建造物は、全てが魔道具化されている。住民として移住してきた者には一定量の血を税として徴収しており、様々な魔道具作りに使われていた。そのため、この土地は数多の魔道具が放つ力が入り交じっているせいで、魔法の類が掻き消されてしまうのだ。


 この広大な街の何処かに潜伏している筈のレイ達を探すには、人造モンスターによる人海戦術と目視だけという厳しい状況だった。


「やはり、私が自ら動いて探したほうが良いではないか。既に夜も更けてきている。奴らが警戒しながら移動したとしても、かなり近づいているのではないか?」


『駄目です。貴方が移動した隙に突破されるのが、こちらとしては最悪の可能性なのですから。それだけは回避しなければなりません』


 シアラの読み通り、ゲオルギウスという大駒は、最終ラインとして動かさず、都市の北部で待ち構えていた。レイ達が見つかったという報告あれば、すぐに駆けつけられるように万全の態勢を取っていた。


『このまま見つからないのなら、見つかるまで捜索の手を緩めなければ良いのです。彼らにとってここは敵地。貴方という怪物が潜む魔窟。いつどこで人造魔物部隊に襲われるか分からない恐怖を前にして、一分、一時間、一日と時間が過ぎるほど心身は摩耗していく。果たして、いつまでそれに耐えられるのか、見ものですよ』


 どこか陰湿そうに呟く昔なじみに、ゲオルギウスは嘆息してしまう。発想は間違っていないが、重要な点を見落としていた。


「……奴らを甘く見るな」


『というと?』


「分からんのか? 奴らは()()()だぞ」






 人の気配が全くしない滅んだ都。


 燻る漆黒の炎に照らされた鎧騎士の影が瓦礫の上を通り過ぎる。鈍重な音を響かせ、何度も立ち止まっては周囲を偵察する人造モンスターを視界の端に留めながら、エトネは後続の仲間に止まるように指示を出した。


 数分もしない内に、鎧騎士はヨシツネが作った偽の足跡を見つけ、その場を離れて行った。


 安全が確認できたら、少女を先頭に《ミクリヤ》は歩きだした。


 レイが湖の氷を砕いて、滅んだ魔人種の国を歩きだしてから実に十二時間以上が経過している。あと数時間もすれば日付も変わる頃合いだ。


 黒龍の暴虐に晒されたと思しき破壊の爪跡はあちこちにあり、三百年という時間が経過してもなお、漆黒の炎は燻り続けている。


 一種の世紀末めいた様相の街を、いつ出現するか分からない鎧騎士やゲオルギウスを警戒しながら進む一行の疲労の色は濃いかと思われていた。ところが、前線で戦うレイやリザはともかく、最年少であるエトネや、冒険者としての経験が少ないクロノやヨシツネですら、表面上から疲労を窺う事は出来なかった。


 だが、これは驚くべき事では無いのだ。


 彼らは冒険者なのだ。


 日頃から、迷宮という危険な場所に潜り、いつモンスターと遭遇するのか分からない恐怖と戦いながら、未知のダンジョントラップを警戒して進むのを繰り返している人種だ。


 年末前に、『紅蓮の旅団』と合同で迷宮を潜ったのが功を奏していたとレイは思う。一ヶ月に渡る集中合宿を経験したお蔭で、クロノやヨシツネのように迷宮での経験が少ないメンバーも、このような状況でも消耗が少なく済んでいる。


 短い休憩で体力を回復させる方法。僅かでも睡眠を取るためのルーチン。気付けに効果的な薬湯の作り方。モンスターが近くにいる場合を想定した移動方法とハンドサイン。自分たちを追いかけてくる相手への偽装工作。


 どれも、迷宮で役立ち、今の状況に応用できる技術だ。


 唯一の懸念材料であるイチェルも、レイ達に遅れまいと必死について来ていた。


 つい半日前までは、北方大陸の荒れた天候を読み解く頼れる案内人だったが、流石にこの状況では素人同然の振る舞いをしてしまう。それでも、そつなくこなそうとするのは、スパイとしての教育を受けたからだろうか。


 ともかく、レイ達は順調に前進を続けていた。


「問題は、ゲオルギウスと僕らの位置だよな。アイツを躱して研究所にたどり着くのが理想だけど、ゲオルギウスの位置が分からないとかなり不利だよな」


 エトネとヨシツネが安全を確認するべく通りを先行する間、待っているのも暇になったレイがポツリと呟いた。


 ゲオルギウスが探索に乗り出していないのは間違いないにしても、魔人がどこに居るのかはレイ達にも分からないままだった。このまま前進していけば、遭遇する確率は上がっていく。不意の奇襲を受ければ、パーティーがあっという間に全滅するのは、一周目で実証済みだ。


「ご主人さまが騒ぎを起こして、ゲオルギウスを引っ張りだせば、おおよその位置は分かりそうだけど。……流石に失敗した時が怖すぎるよ」


「向こうにしてみたら、こっちが色々と試しているのは気づいているでしょうね。今までみたいにワタシたち狙いの方針を変えて、主様だけを回収するような強引な手法に出るかもしれないわ」


 瓦礫を遮蔽物にして言葉を交わす三人。横ではキュイが退屈そうに体を揺らしていた。


 少し離れた別の瓦礫ではリザ、クロノ、イチェル、コウエンが固まっている。


 一カ所に複数人が固まっていると危険という理由から分散、集合、分散を繰り返しながら前進しているのだ。


「でもまあ、今の所、奴らの狙いは消耗戦なのは間違いないわ。鎧騎士たちの索敵でワタシたちが消耗しきった所を叩くつもりなんでしょうけど、甘いわよ。こっちには水も食料もたっぷりあるし、いつ敵襲があるか分からない状況なんて慣れているのよ。我慢比べで負けるもんですか」


 たっぷりと自信満々に言うシアラからは頼もしさすらあった。







「消耗戦は効果が薄いだろうな」


『ほう、興味深いですね。そこまで断言する理由は?』


「奴らが冒険者だからだ。この状況を迷宮に置き換えれば、奴らにとって慣れた環境に違いあるまい。むしろ、不意に出現するモンスターが居ない分、楽な環境かもしれん」


 ゲオルギウスはまるで見ているかのようにレイ達の状況を言い当てた。クリストフォロスも、その言には一理あると見たのか、話の続きを促すように黙った。


「さらに言えば、奴らは相当の食糧を持参している可能性が高い。研究所の位置を奴らが知っているのかどうかは知らんが、入り江からあそこまでは片道だけで二週間はかかる。往復で一ヶ月以上を無補給で過ごすとなれば、相応に食料を確保している筈だ。何かしらの魔道具か、あるいはエルフの助力でもあるのかもしれん」


『レイは『守護者』サファを味方に付けていました。エルフの血を引く少女を仲間にしているのを踏まえれば、その可能性は否定できませんね』


 実際は、ゲオルギウスたちが思っているよりも気安い関係では無いのだが、ともかくエルフ謹製の雛馬車の存在にも至った。


「この環境に適応する術を持ち、十分な物資を持つ相手に消耗戦は面倒だ」


『ふむ。それでは、どのようになさるので?』


「簡単だ。炙り出す」


 言うなり、ゲオルギウスは尖塔から身を翻す。百メーチル近い高さを垂直に落下したというのに、何事も無かったかのように地面に降り立つと、魔人は握っていた槍を分離させた。


 まるで、最初から一本ずつ存在していたかのように分かれた槍は、一つを地面に刺し、もう一つを構える。


『炙り出す……広範囲魔法でも展開するつもりですか? 穴倉に向けて煙を炊いて、虫を炙りだすかのように。ですが、そこでは魔法の類は上手く発動しませんが』


「ああ、そんなのは知っている。だから、力技だ」


 魔糸を通じて言葉だけを交わすクリストフォロスには、ゲオルギウスの構えは見えないだろう。


 腕の筋肉が膨張し、精神力が全身を駆け巡る。槍を右手で抱え、体を捩じる姿はシンプルなイメージを呼び起こす。力を極限まで振り絞り、解き放つ瞬間を待っていた。


 そして、一瞬の静寂の後、爆発は起きた。


 解放された全エネルギーは投擲された槍の先端に籠められ、前方へと放たれた。


 槍は空間を突き破り直進する。行く手を遮ろうとしたつもりはない障害物を、全てなぎ倒し、その余波で周囲が吹き飛んでいった。まるで超級魔法を圧縮して放ったか、龍の息吹が放たれれたのかと思わんばかりの轟音と衝撃が滅んだ街を揺るがす。







 その轟音と衝撃は、隠れながら移動するレイ達にも当然伝わった。天地がひっくり返るかのような振動に、隠密行動中だというのを忘れて叫んだ。


「な、なんだ、今のは!」


 前方。これから進む方向から、後方へと強大な力の塊が通り過ぎ、遅れて風が街中を駆け回り、漆黒の炎が身を震わせた。


「主様、上見て、上ぇ!!」


 シアラの叫び声に弾かれるように顔を上げれば、遠くの空を塞ぐかのような飛来物が向かってきていた。咄嗟に、シアラとレティを掴んでレイは地面を舐める様に飛翔した。


 瓦礫の道と建物スレスレを移動するのに集中して、後方を振り返る余裕は無かったが、しがみ付いたレティとシアラが報告をしてくれる。


「いまの、どっかの建物だ! 屋根が落ちてきたんだよ」


「冗談でしょ、あっちも吹き飛んだ建造物が刺さってるわよ」


「何があればこんな風になるんだ……こういう事かよ」


 建造物の雨がひとしきり終わり、ようやく安全だと判断して足を止めたレイは、眼前の光景にうめいた。


 彼の視線の先には、円形に抉られて舗装された道路が伸びていた。人が手を広げて寝そべってもあり余る幅の道路の端は、円形に抉られた建造物が辛うじて形を保っている。


 断面図は真新しい。それが何者かによる攻撃で、そうなったのだと理解するのは難しくなかった。


 あまりにも常識外れの一撃に戦慄していると、新しい暴威に晒された街に声が響いた。


 それを声と呼ぶにはあまりに大きく、荒々しかった。全身を打ち付ける風のように、全員の耳朶を震わせた。


「感じたか、レイ。その仲間達よ!」


 声の主はゲオルギウスだ。魔法で声を伝えているのではなく、力の限り叫んでいるのだろう。山をくり貫いた都市に反響して、全方位からゲオルギウスの声を浴びているかのようだった。


「貴様等がこの都市に足を踏み入れているのは知っている。そして、こちらの捜索を回避して、まるで岩陰に隠れる羽虫の如く気配なく移動しているのも知っている!」


「言いたい放題、言ってくれるじゃない」


 耳を塞いでも、それでも内蔵にまで響くような声に、シアラは歯噛みした。


「このまま貴様等が這いつくばって進むのを待つのも悪くないが、それだと退屈だ。だから、炙り出すことにした! さあ、生き残れるかどうか、足掻いて見せろ!!」


 再びの轟音が都市を揺るがす。槍の投擲で都市に新たな道が生まれ、衝撃で吹き飛んだ建造物が雨のように降り落ちる。


 梁が、柱が、窓が、屋根が、家財道具が、壁が、装飾が。全て魔道具の建造物は、レイ達にとってみれば破壊困難な武器と同じだ。


 滅んだ都市そのものが、蹂躙されるのと同時にレイ達に牙をむく環境となった。


「ふははははははは!! さあ、さあ、さあ!! 生きているなら、ここまで来てみろ、レイ!!」


 ゲオルギウスの高笑いに被せるように、押し寄せた瓦礫にレイは飲み込まれていった。


 ★



 気づいた瞬間には全てが手遅れだった。


 自分の体を高速で貫いた槍ははるか後方に飛んでいき、吹き飛んだ胴体から千切れた右腕が後方へ、左手が足と一緒に地面へと転がるのを、何の支えも無くなった頭が見ていた。



 ★



 街を荒狂う暴風に体が煽られる。頭を強く打ち付けたのか、意識が朦朧とするなか、最後に見えたのは天地が逆さまになった自分が地面へと叩きつけられる姿だった。



 ★



 炎が逆巻く。


 一点に集中して放った紅蓮の塊が、迫りくる脅威を押し留めようとする。だが、抵抗はあっけなく散った。


 炎を突き破って現れた槍は、レイの体を一瞬で貫いた。


 炎によって威力は減衰されたのだろう。いつぞやかのように、胴体が消し飛ぶような破壊力は無く、それでも致命的な傷を負ってしまった。


 鳩尾の下にぽっかりと開いた穴から血と臓物が零れ落ちる。地面に崩れ落ち、レイの意識はゆっくりと闇の中に飲まれていった。


 もっとも、こうなることを望んでいた。瓦礫の中からエトネの死体を見つけた時に、こうなることを望んでいたのだ。



 ★



「行けるかぁぁぁぁぁぁ!!」


 レイの渾身の絶叫が、三百年ぶりの蹂躙に晒された都市に木霊した。

読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は 22日頃を予定しております。

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