12-19 鎧騎士
ソリを飛び出し、杖を引き抜いたシアラは音のする前方へと進んだ。隊列の先頭には、地面の振動を調べているヨシツネや、炎の鎧を展開しているレイが集まっていた。
「遅れたわね。それで、状況は」
尋ねると、レイが自身の口元に指を立てて近づけた。僅かな音でも振動でもヨシツネの索敵の邪魔になってしまう。ただでさえ、耳を塞ぐような吹雪が続いているのだから、振動を感じ取るのも普段よりも難しいのだろう。長布をセンサーとして集中しているヨシツネの背中は緊張に満ち、声を掛けるのを躊躇してしまう。
ようやく索敵が終わったのか、長布を本来の位置に戻して立ち上がったヨシツネの額にうっすらと汗が噴き出ていた。
「エトネ殿の見立てに間違いござらん。拙者らの進行方向を中心に、左右に扇状になって広がり近づく一団がいるでござる」
「数は?」
「恐らく二十から二十五。音の響きと震えからすると、かなり巨体かと。少なくとも、人の背丈の倍はある者共でござる」
「二十以上の巨大な存在か。……回避は出来ないかしら。あるいは、話し合いで解決とかは、どうかしら」
敵か味方か分からない相手とは遭遇しないのが懸命な判断だ。もっとも、こんな人の住めない過酷な環境で集まっている集団が、レイ達にとって好ましい集団である可能性は限りなく低い。
間違いなく敵だろう。
シアラの意見に対して、ヨシツネ首を横に振った。
「難しいかと。少なくとも、向うはこちらの位置と動きを把握し、足を止めた事を不審に思い近づく速度を落として様子を窺い始めました。統率が取れている集団であり、状況からして拙者らに対して友好的な行動をとるとは考えにくいでござる」
「そう。……なら、戦って突破するしかないわね」
ヨシツネの報告と自分たちの置かれている状況を考えてシアラは決断した。本来ならリーダーであるレイが下す決断だが、レイも同じ意見だった。
「指揮を任せる。まずは、僕が先制するか?」
「いいえ。相手の正体が不明な状況でうかつに攻撃仕掛けて、反射呪文でも使われたらこっちが危険な目に遭うわ。相手の正確な数とどんな能力を持っているのか知りたいわね。今の所、この金属音だけが手掛かりか」
三人は吹雪を掻き分けて近づいてくる金属音に耳を傾ける。
重く響く、こすれ合うような金属音は、まるで騎士が着こむ甲冑を想起させた。
だが、ここは北方大陸。文明が育つ土壌は無く、騎士が甲冑を着こんで湖を渡ろうとすれば、一時間もしない内に氷の像ができ上がっても不思議では無い環境だ。
「モンスター、だよな。こんな所に居るんだから。金属音がするから、ゴーレムとかアイアインパペットとか、無機物の体を持つ個体かな」
今更のような確認をレイがするも、シアラは否定も肯定も返せなかった。
「……どうかしら」
「どうかしら? 随分と曖昧な言い方だな。もしかして、モンスター以外の可能性もあるって言うのか?」
疑念がシアラの脳裏に浮かぶ。
シュウ王国首都アマツマラ、デゼルト国、学術都市。
これまで六将軍や『魔王』が直接仕掛けてきた戦いにおいて、シアラはある疑問を抱いていた。疑問は疑念へと至り、確信に足る証拠だけが見つからずに、心の中で落ちない錆のように残り続けていた。
もしかすると、今回がその疑念に決着を付ける時なのかもしれない。
「……まずは、相手の正体を掴むところから始めましょう。レティ。この吹雪を魔法で払って。主様、リザ、エトネの三人は前衛。吹雪が消えたら、向うにもこっちが丸見えになるから、攻撃が来ると予想できるわ。ヨシツネとクロノは前衛組の補助に回って。相手の注意を引いたり、前衛が攻撃している時の盾になってちょうだい」
手早く指示が飛び、陣形が組まれていく。シアラはイチェルに下がる様に指示を出そうとしたが、彼の姿がどこにもないのに気づいた。
「ねえ、ちょっと。誰か、イチェルを見なかった?」
「見たぞ」
返事は意外にもコウエンが発した物だ。
彼女は後方で待機しているキュイに寝そべりながら、自分の見た事を伝えた。
「あ奴なら、輪を離れて身を隠しおった。それは見事な隠形で、妾ですら見逃すところであったぞ」
「アイツ、誰にも何も言わずに消えたの。……まさか、帝国と六将軍がもう一回手を結んだんじゃないでしょうね」
今回の北方大陸遠征で厄介な存在となりつつある帝国のスパイが、レイ達を六将軍の元へと連れていく任務を受けているのではないかと嫌な想像をしてしまう。
デゼルト動乱において帝国を牛耳る帝室は六将軍と密約を交わしていた。帝国の将軍として身分を偽ったゲオルギウスはデゼルト国に上陸して黄龍を復活させ、他の六将軍も戦争の指揮を執るなど、色々とやりたい放題に場を掻きまわしていた。
帝国第一皇子が六将軍を利用してリザ達を殺そうとする可能性を想像するが、直後にあり得ないと断じた。少なくとも、第一皇子バルボッサは、ポラリスが居なくなる危険性を理解している。ポラリスが復活するまでは、邪魔をする可能性は低いだろう。
「まあ、いいわ。アイツが生きて戻るのも契約の内に入ってるんだから、巻き込まれて死なれちゃ元も子も無いわ」
シアラはイチェルの事を意識から消し去ると、音のする方へと身構えた。ちょうど、レティが魔法を完成させ、発動する寸前だった。
「《カム・スプリング》!」
レティを中心にドーム状の光が拡大する。刃のように体の奥底まで突き刺さる寒さを伝えていた吹雪が光に触れた途端に消えていき、湖上に偽りの春が満ちていく。
入り江での戦いでレティが使用した環境変化魔法だ。この魔法がゲオルギウスの生み出した吹雪でさえ遮断するのは実証済みだ。吹雪というヴェールが剥がされた時、相対する敵の正体が明らかになった。
レイ達の行く手を遮るように、扇状に広がっているのは、板金鎧の巨人たちだ。遠目からでも重厚な作りとなっていて、シアラの背丈の三倍近くはある。さながら、過去の歴史を伝える彫像めいた非現実感があった。
「重装備の鎧騎士か。こんな寒い場所で、よく着こんでいられるな」
呆れたような物言いのレイにシアラは同意した。
北方大陸において金属製の防具は危険な凶器となりえる。氷点下を簡単に下回る環境だと、素手で金属を触っただけで皮膚が凍り付いて剥がれなくなる危険性がある。冷気も溜めこみ、あっという間に体温が奪われてしまう恐れもある。そのため、レイ達はモンスターの毛皮を使った防寒性と防刃性の高い防寒具を着こみ、戦闘スタイルの都合上、エトネはその上から手甲や脚甲を装着している。
鎧騎士たちが動くたびに間接に溜まった氷が砕け、鈍い金属音が断続的に響く。手には大鉈や大剣、槍などを構えており、どれも切っ先がレイ達を向いていた。
春の息吹が満ちる空間に異様な緊張感が流れ込んでくる。二十メーチルほど離れているが、今にも戦いが始まりそうな、決壊寸前の雰囲気があった。
歯車を展開しつつ、クロノがそっと囁いた。
「どうしましょうか。モンスターなのか人なのか分かりませんが、明らかに敵意がありますよ。このまま出方を待ちますか?」
「いいえ。こっちから攻めるわ」
シアラは力強く言い放った。
「ここまで殺気を放ってるんですもの。戦う意志は無かった、なんて通じないわ」
「同感だ。さあ、一気にやるぞ!」
言葉通り、レイは一瞬で決着を付けるかの如く、炎を前面に向けて放出した。熱波はリザ達にも届き、湖上をマグマのような勢いで炎が走った。鎧騎士たちは機敏とは言えない動作で回避しようとするが、あっという間に炎に飲み込まれる。
鎧騎士たちを飲み込んだ炎は渦を巻くと、火柱となって空へと吹き上がった。一呼吸もしない間に放たれた炎の勢いに、ヨシツネは僅かにたじろぎながら呟いた。
「お見事でございます、主殿。これで決着ですかな」
ところが、レイは表情を厳しくて否定した。
「いいや、駄目だ。あいつら、あの炎の中を動いてやがる」
炎を通じて感じる気配に、レイは厄介だとばかりに続けた。
「炎を無効化している。……いや、違うな。攻撃を減衰しているんだ。全員が同じ技能を持っているのか。それとも」
答えを出そうとするレイだったが、火柱を突き破って投げつけられた物に反応した。
それは、鎧騎士の一体が持っていた槍だ。槍は放たれた矢の如く、真っ直ぐレイに迫る。
鋼を打ち砕く音が全員の耳朶を叩いた。
レイは展開した影打ちを構えたまま、自分に背を向けて立つ少女に礼の言葉を告げた。
「ありがとう、リザ」
「いえ。出過ぎた真似を致しました」
薄紅色に輝く精霊剣を下げると、リザの足元には投げつけられた槍が落ちていた。人の背丈ほどはある槍は、やはり重厚感のある作りとなっていて、見た目以上に重たいのだろう。叩きつけた衝撃で氷に薄いヒビが走っていた。
万年氷とも呼ばれている氷のため、この程度のひび割れで足場が崩れることは無いだろうと見ていたシアラは、その槍の違和感に気づいた。
槍はレイの炎を浴びたにも関わらず、表面が薄く溶けている程度だ。
精霊剣の熱線で加速させた斬撃を受けたにもかかわらず、くの字に折れて、切断には至っていない。
だが、違和感はそのどちらでも無い。
「……ちょっと待って。この槍……信じられない!」
体を流れる魔人種の血が、同胞の血を感じ取った。
「この槍、魔道具よ!」
直後、火柱が内側から巻き起こった風圧に吹き飛ばされた。炎に巻かれた鎧騎士たちにダメージはそれほどなく、全員が両方の足で立っている。
そして、次の瞬間、一斉に駆けだした。巨大な重量の塊が一斉に走るのだから、振動は重なり合うように広がっていく。レイ達の足元まで揺らす振動の中、シアラは近づく鎧騎士の軍団から感じた気配を口にした。
「皆、気をつけて! こいつらが身に付けている装備品は、全部魔道具よ。それも、ゲオルギウスの血が含まれている!」
ゲオルギウスの血。
その言葉は《ミクリヤ》にとって無視できない力を持っていた。
レイの腰に佩いたままになっている龍刀の材料もまた、ゲオルギウスの血なのだ。
つまり、目の前の鎧騎士たちが身に付けている鎧や武器が、龍刀に近い高位の武器であるという可能性があるのだ。
氷の大地を揺らす鎧騎士たちの振動は、遠く離れたゲオルギウスまで届いていた。
自らの生み出した吹雪を浴びて外套をはためかせている魔人は、懐から取り出した糸を指に巻いた。
途端、脳の奥に糸が突き刺さったような感触に目を細めた。
「クリストフォロス。こちらでは状況が分からなくなった。貴様の事だから、どうせのぞき見をしているのだろう」
『失敬な。戦況把握のための重要な監視と仰ってください』
耳朶に直接塗りこまれるように響いた声は、怜悧だが陰湿さを伴い、底意地の悪さを醸し出している男の声だ。
六将軍第四席クリストフォロスと魔糸で繋がったゲオルギウスは、クリストフォロスの戯言を受け流した。
「些事にかまけている暇は無い。どうやら、環境を変化させる魔法を使われたようだ。こちらで、レイの位置や状況が観測できない」
『でしょうね。《カム・スプリング》がさながら結界のように吹雪を遮断していますよ。そのせいで、湖の東側で待ち構えていた部隊と戦端が開きました』
「そうか。……やはり、死に戻りの力が発動していると見るか」
『議論に値しない質問は止めて貰えませんか。少なくとも、貴方が湖上で待ち構えているのを死に戻りで知って迂回する道を選んだのでしょう。もっとも、迂回する道を選んだ回数はそれほど多くないはずだ』
「ほう。いつから、貴様は時の流れを俯瞰で見えるようになったんだ。オルタナのように、世界から弾き飛ばされかけたのか」
『大した話ではありません。彼らは湖を囲うように伸びている尾根を進んでいましたが、通行できないと知って斜面を降りた。もし、死に戻りで迂回を経験しているなら、最初から斜面を降りて移動したほうが効率は良い』
言葉通り、大して興味が無い話題だったのか、クリストフォロスはすぐに話を次へと進めた。
『現在の状況から彼らを生け捕りにするのは困難だと判断。早急に、レイの死に戻りを発動させて、終わりにするべきでしょう』
躊躇なく、レイを殺せと提案するクリストフォロスに、長い付き合いであるゲオルギウスですらため息を吐いてしまう。
「相も変わらず、結論と決断が早いな、貴様は。展開した部隊が奮闘して、レイ達を戦闘不能に追い込むやもしれんぞ。何しろ、私の血を使った魔道具を用意してやったのだぞ」
全身鎧に加え、武器まで魔道具として何かしらの能力を宿した部隊は、A級冒険者が率いるパーティーですら壊滅に追い込める戦闘力がある。
だが、返ってきたのは北方大陸の冷気よりも冷たい否定だ。
『あり得ませんね。人間とはいえ、陛下の恩寵を下賜された者が、あのような物に敗北するはずがありません』
冷笑すら思い浮かびそうな声に、ゲオルギウスは違いない、と同意した。
『彼らの足止めが出来ているうちに、貴方がレイの死に戻りを発動してください。それが、今回の計画における最大の重要事項なのですから』
返事を待たずにクリストフォロスと意識で繋がっていた糸が切れた。どうやら、クリストフォロス側の魔糸を解いたようだ。
ゲオルギウスは槍を掴むと湖の東側、つまりレイ達が居るであろう方角を見据えて呟いた。
「悲惨としか表現できんな。死に戻りが発動できなくなるまで殺し続けろとは。果たして、人間は幾度の死まで耐えられるのか。後で聞かせてもらうとするか」
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は28日頃を予定しております。




