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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-5 精霊祭 一日目〈Ⅴ〉

 ハインツさんが現在抱えている奴隷の数は十五。その内戦奴隷なのはシアラを含めて五人。だけど彼女以外は戦闘経験の無い、ずぶの素人だった。


 戦奴隷として奴隷紋を刻んであるだけでレベルにして2か3程度だそうだ。ちなみに主人の居ない奴隷は奴隷商人を仮の主人とみなす。この場合はハインツさんだ。彼が死ねば主従契約を結んである奴隷たちはみな死に至る痛みを味わう。


 更に付け加えると労働奴隷として子供が四人、このグループには居る。出発前に彼らとハインツさんを中心に僕らは円形に陣を作る。


 ハインツさんが自衛の為に雇っていた冒険者たち六人は両脇を固める。残念な事に彼らのレベルの平均は二十前後。そのためこの中で一番レベルの高いリザが先頭を。レティは中央でどこにでも盾の魔法を放てるように構え、僕が殿を務める。


 向かう先はシュウ王国首都アマツマラの城門。冒険者九人、奴隷十五人、商人六人の計三十人の脱出劇が始まる。




「どりゃあああ!」


 右側を固めている冒険者のバトルアックスがうねりを上げて振るわれる。突撃しようとしていたレッドパンサーの頭蓋を砕き、死骸は勢いそのままあらぬ方向へと飛んでいく。


 入れ替わるように弓を引いた冒険者が物陰から飛び出そうとしているゴブリンをけん制する。モンスターの足元に刺さった矢は数秒遅れて爆発した。魔法の矢マジックアローと呼ばれる特別な矢らしい。


 哀れにもゴブリンは足元に落ちた爆弾により四散。肉塊で周囲を汚した。その光景を見た他のゴブリンたちの足が止まる。


「いまだ! 前進!」


 殿を務める僕の合図に合わせて集団は先を行くリザの所へと駆けだした。作戦は単純だ。単騎で大丈夫なリザが先行し、周囲の安全を確認したら僕らがその後を追う。追いついたらリザが再び先行して安全を確認。これを繰り返して門を目指す。


 だけど、奴隷市場は視界を遮る様に檻や天幕が立ち並び、まるで僕らを待ち構えるかのようにモンスターが飛び出してくる。例え視界にモンスターの影が無いからといって迂闊に進めば危険だ。


 現に恐怖から集団を飛び出してしまったハインツさんの部下を捉えんとレッドパンサーが天幕の中から飛び出した。咢の周りは毛色よりも濃い血の色に染まり中で何が起きたか容易に想像できる。


「うわぁぁぁ!!」


「《超短文ショートカット低級ローシールド》!」


 横合いから飛びかかるモンスターに尻餅を突いた彼の前に一枚の盾が展開された。中央で杖を構えたレティが発動した守りの呪文だ。


 レッドパンサーは空中で盾にぶつかるとそのままの体勢で止まった。その隙に左側を固めていた冒険者の槍がレッドパンサーの腹を突き刺す。


「へへ、どうだあああ!」


 手ごたえを感じてにやりと笑ったのもつかの間、彼の槍は半ばから切り落とされてしまう。傷が浅かったのだろう。腹を刺されたはずのレッドパンサーは盾を足場に跳躍すると鋭い爪を振りかざして槍を切り裂いた。


 穂先が乾いた音をたてて地面に落ちた。それを合図にレッドパンサーが武器を無くした冒険者へと疾駆した。怒りに任せて、傷を負った体でなお大地を蹴り上げた。


 武器として使えなくなった槍を地面に手放した冒険者は予備として持っていた剣を抜こうとしたが、豹の怪物の方が一瞬早かった。


 彼の体に爪が降りかかる。


 ―――その刹那。


「《器を満たせ》」


 集団の中央から声が響いた。まるで枯れ果て干上がった川のような声だった。だけど、力強くもある。


 爪を振り下ろそうとしていたレッドパンサーに対してシアラ・・・は掌を軽く向けた。


「《バレット》!」


 彼女はたった一言、そう口にしただけで魔法は発動した。不可視の力の塊が彼女の掌から放たれるとレッドパンサーの体へとぶつかりモンスターを吹き飛ばした。天幕まで弾き飛ばされたレッドパンサーは起き上がる気配を見せない。


 僕は身構えて固まったままの冒険者の肩を叩く。


「大丈夫ですか! 行きますよ!」


「あ……ああ!」


 目の前の脅威から逃れたばかりの彼は一瞬呆けたようなそぶりを見せたが直ぐに気を取り直して任務へと戻った。僕も駆けていく集団の後方で敵の追撃が無いかを確認しながら走る。


 前方へと視線を戻すと紫がかった黒髪を揺らして走るシアラの姿があった。彼女は同じ奴隷の少年少女に纏わりつかれながら走る。子供たちにとって魔法を扱う人とは無条件で尊敬されるのかもしれない。きらきらと輝いた目を彼女へと向けている。


 シアラはその視線を鬱陶しそうにしつつも、転びそうな子の手を掴んで走る。今の所、この集団から脱落者は居なかった。


 だけど。


「ぎゃあああ!」


「助け……て。……たすっ」


「ママ! マーマー!!」


 何処で悲劇の声がするたびに振り返りたくなるのを堪える。順調に行っているのは奇跡のような確率だ。このバランスの取れた状況で不確定要素を入れればどうなるか分からない。


 それこそ、一瞬で全滅するかもしれない。だから僕は聞こえてくる声を全て無視するしかなかった。


 その時だった。


 がしり、と僕の足を誰かが掴んだ。


 はっとなって足元を見ると、血だらけの商人風の男性が僕の足を掴んでいた。顔色が土気色に変色し脂汗を流すその人は腰から下が無かった・・・・


「頼む……助けてくれ。……国に……家族が」


 息も絶え絶えになりながら、それでも彼は懸命に助けを請うていた。誰が見てももうじき死ぬ未来しか見えない男。だけど僕の足を掴む手の力は信じられないほど強い。それはまさに彼の生きたいという意思がなせる業だ。


 僕は跪くと、そっと彼の指を引きはがした。抗おうと男の爪が指先にくい込もうとする。


「すいません。貴方を助けることは僕にできません。……本当にすいません」


 言うと、彼は傷ついたように目を見開くと掴んでいた手から力を抜いた。いや、全身から力を抜いた。伽藍の瞳はどこを向いているのか分からない。


 僕は自由になった足で集団を追いかけた。


(くそ、くそ、くそ! 本当に何もできないのかよ! 僕には!!)


 心の中で何度も何度も叫んでしまう。叫ばずにはいられない。周囲で起きている地獄のような光景を前に自分に何かできないかと問いかける。だが、この状況をどうにかできる手段は思いつかない。


 この街で物理的な意味で力を持つ知り合いはオルドと王様だ。でも、この二人に自分の秘密を喋らずに警告を伝える手段が無い。中途半端に情報を提示すればむしろこの事態を招いた疑いをかけかれない。


 だけど、指を咥えて惨劇の渦に巻き込まれ死んでいく人たちを見過ごすしかないのも納得がいかない。


 《トライ&エラー》というやり直しの力を持ちながら有効な手を思いつかない自分に殺意すら抱く。どうしてこうも不便な力なのだ、これは。


 《トライ&エラー》のやり直し出来るポイントは午前零時か、意識を覚醒した時の二種類だ。もし、この場で死ねば戻るのは朝、目覚めた直後。ほんの一時間と少し程度。これが昨日やずっと前ならまだいくらでもやりようはあったかもしれない。


 でも、この短時間で何ができるのだ。街を離れる事も満足に出来やしない。


 苛立ちを抑えきれずにいた僕は背後から追いかけてきた影に気づかなかった。気づいた時には手遅れだった。鋭い金属がぶつかる音と衝撃で前へと吹き飛ばされた。


「ちょ! ご主人さま!?」


「大丈夫だ! 先に行け!」


 ぐるりと回転する視界で何が起きたか理解すると、聞こえてきたレティの声に怒鳴り返すように返事をした。僕はタイミングを見計らって上半身の筋肉だけで上体を起こして立ち上がる。振り向きざまにバスタードソードを抜いて構える。


 当然の様にレッドパンサーの追撃を手にした剣で受け止めた。だけど、僕の予想を裏切るかのように事態は進行する。


 豹の怪物に跨ったゴブリンが手にしたクロスボウを僕に向けていた。鏃が太陽の輝きを受けて鈍く光る。この距離なら外すことも鎧に阻まれることも無い。最大の威力で人を貫くはずだ。


 僕は咄嗟に背後へ飛んだ。その際に追撃されない様にレッドパンサーへ一撃を加えた。ゴブリンは薄いひび割れた唇を歪ませ黄ばんだ歯を見せつける。まるで読んでいたかのように勝ち誇った顔を浮かべながら矢を放つ。


 バスタードソードを振り切った僕には身を捩るしか選択肢は無い。だが、それは死を意味する。一撃をくらい怯んではいるレッドパンサーだが、すでに態勢を整えている。隙を見せれば襲い掛かるだろう。


 ゴブリンとレッドパンサーのコンビネーションだった。傷を負っていても人間を殺せという本能に従い確実に仕留めれる方法を選択した。それゆえの笑みだった。


 だが―――それは甘い。


 僕は避けるそぶりも見せずに着地するなり、足に力を込めた。前へと飛び込むためだ。当然の様にボルトは僕を射抜こうと迫り、胸甲に弾かれた・・・・


「グボッ!」


 ゴブリンが醜悪な顔を動かして驚きを表しているのだろう。僕は前へと踏み込んだ勢いでレッドパンサーの首を切り上げ、返す刀で使役していたゴブリンを切り倒した。背後から襲い掛かったモンスターが血を噴き出して大地へと崩れ落ちた。


「はぁはぁ……助かったよ、ニコラス」


 僕は傷一つ無い鎧の表面を撫でた。クロスボウのボルトを弾いたのは鎧が持つ本来の性能からでは無い。己の技能スキルに気づいていないニコラスのお蔭だ。


 この鎧に着いている加護は《耐久》。本来の鎧の性能にボーナス分が付随している。これによって初級の装備品だったこれは、少なくとも中級のモンスターが相手でも直ぐには壊れない性能を持つ。


 もっとも加護が着いているのは鎧にだけで、むき出しの首筋などを狙われると僕のENDが問題となって来るのだが。前回死んだ時がまさにそれだった。


 僕は剣に着いた血を振り払ってから集団を追いかけた。


「遅いわよ」


「ごめん、ごめん。……状況は」


 曲がり角で待機していた一行は身を寄せ合って小さくなっている。戦えるメンバーがその周囲を守っている。僕の抜けた穴を塞いでいたシアラに礼を言いながら守りに着いた。


 彼女は指で曲がり角を指す。僕は素早く走りよると顔だけ出してその先の光景を覗いて―――息を呑んだ。


 ―――女神が躍っていた。


 それは嘗てこの地に降りた夜の再現だった。


 広い通りに集まったレッドパンサーやゴブリンたちを相手にたった一人で相手取るのはリザだ。彼女は素早く駆け寄ると鮮やかな手際でレッドパンサーを両断していく。


「グッガガガ!」


「ゴルルルウ!」


 瞬く間に同胞を屍へと変えた敵に対して怪物たちは殺到した。だがリザは薄く微笑むとくるり、と反転した。彼女の動きに合わせる様に金の髪も踊る。そのまま彼女は怪物に背を向けると走り出した。


 だけど、彼女の進む先には壁の様に檻が待ち構えている。それを見て取ったレッドパンサーたちは一層加速した。足を止めるリザに振り返る余裕を与えないつもりだ。でも、加速したのはモンスターだけでは無い。


 リザも檻へと向かって加速し、飛んだのだ。


 重力を感じさせない軽やかな跳躍は檻を蹴りつける事で軌道を変えた。彼女の体は空中で弧を描き着地した。そこは飛びかかっていたレッドパンサーたちの背後だった。


「《超短文ショートカット低級ロー形状変化シャープチェンジ》」


 リザの発動した呪文により、横に薙いでいたロングソードはその途中で大剣へと変化した。それは檻へと激突しかけたレッドパンサーたちとの距離を詰め一閃にて切り裂いた。


 振り切った大剣は瞬時に元の姿へと戻る。それを好機と捉えたのだろうか? 剣を手にしたゴブリンは着地をしたままの体勢の彼女へと走り寄った。その背後からクロスボウにボルトを番える別のゴブリンの姿もあった。


 仮に、彼女が迫りくるゴブリンを切ったとしてもクロスボウが彼女を狙う。迎え撃たずに躱すことを選択しても態勢を崩した所を狙えば良い。ゴブリンたちはそう判断した。


 だけど。


 やはりゴブリンの浅知恵というしか無かった。


「《風牙》」


 まだ間合いの外のゴブリンに対してリザは剣を突き出した。すると、その剣先に風が集中しだす。瞬時に生み出された風の刃は彼女の敵を討つという意思を実行する為に剣先を離れ、ゴブリンたちの体を貫いた。


 精確にゴブリンたちの魔石を貫いた風の刃は役目を終えると霧散して消えた。


 リザはほんの数分足らずの間にモンスターの群れを殲滅し終えた。だが、彼女に疲れのような物は無かった。遠目からでも涼し気な表情で油断なく周囲の安全を確認している。


「ねえねえ。本当にあれはアンタの奴隷なの?」


 僕と同じように顔だけ出して覗いていたシアラが頬を引くつかせて尋ねた。僕は首を縦に振った。


「でもさ、あっちの方が強そうだけど」


 彼女の遠慮のない一言に僕は何も言い返せなかった。相手のスキを突くことでどうにか二体倒すのがやっとの僕と、周囲を取り囲むモンスターの集団を瞬く間に殲滅して見せた彼女との実力差は僕が痛いほど知っている。


「それにあっちの娘もあんたの奴隷でしょ。……なに、普通の仲間は居ないの? 奴隷じゃないと仲間にできない対人恐怖症?」


「……いろいろと事情もちなんだよ。……そっちこそ、なにか未来は見えてんの?」


 問いかけると、シアラは口を噤んだ。道中、彼女は時折僕に声を掛けてはこのように探りを入れている。僕がどこで生まれ、どうしてこの街に来たのか。どんな技能スキルを持つのか。そのたびに僕は切り返すように彼女の未来を見通せる力について尋ねるのだが最後はこうやってだんまりを決め込む。


 これでは何も有益な情報を掴むことができない。


 ただ、時折彼女は意味ありげな視線を集団のある子へと向けていた。年のころは五歳かそこらだろうか。この集団の中で一番幼く、背も体つきも小さい。その上、病弱なのか時折息を荒げている。今も走った影響からか地面に座り込んでいる。


(そういや、この子の手をずっと取っているんだよ。どうしてなんだろう)


 集団から遅れそうになる度にシアラは少年の手を引っ張り走らせた。その姿は子供の事を心配しているという風では無かった。むしろ、あれは―――。


「おい、レイ。あの嬢ちゃんが呼んでいるぞ」


 ハインツさんが僕の肩を叩く音で思考が中断される。顔を通りへと向けると安全を確認したリザが手招きしている。


「よし。行きましょう!」


 僕は集団に呼びかけ、彼らが全員無事に角を曲がったのを確認してから追いかけた。途中、少年の手を握るシアラの横顔を盗み見た。


 その表情はまるで、この子の傍にいる事に恐怖しているかのようだった。




「ご主人さま! 門が見えたよ!!」


 集団の中央からレティが僕に大声で叫ぶ。この広い通りはそのまま門へと続く道だった。馬車の往来を想定して道幅を広くしていた。


 レティの声に場の空気が弛緩したように感じられた。無理も無かった。大半が非戦闘員で、戦える冒険者も想定外の事態に恐怖と不安を感じていた。分厚い城壁に守られた都市の中なら安全だと思えたのだろう。


 それに門から吐き出されるように方形の盾を構えた兵士たちが隊伍を成して現れる。


 その姿を見て自然と彼らのスピードが上がる。


 だが、僕らの安堵を裏切るように門が閉まりつつあった。


「お、おい! 門が閉まっちまうぞ!!」


 誰かの叫びが聞こえた。それは僕らの集団からなのか、同じように門へと殺到していた人たちからだったのかは分からなかった。


 でも、それだけで十分だった。人が狂気に飲まれるのは。


 我先に門へと飛び混もうとする人たちで門が塞がれてしまう。自分だけが助かりたくて時には人を引きずりだし、時には人を突き飛ばし、時には人を―――傷つける。新しい地獄の光景が生まれてしまう。


「押さないでください! この門は都市内の安全のため一時閉鎖します! 避難民は速やかに中央門の方へ向かってください!!」


 一際目立つトサカを付けた兵士が押し合う一般人に向けて叫ぶ。だが、効果は無かった。彼らの耳に兵士の声は届かない。


「リザ! レティ! 無事か!!」


 僕らの一行も閉じ始めた門へ詰めかける人ごみへと飲まれてしまう。前へ前へと押し寄せる後方の群衆によってここから抜け出せなくなる。僕はそんな川の流れに逆らうように足を踏ん張り立ち止まる。


 人の濁流にのみ込まれる前、僕より後ろに誰もいなかった。つまり、僕が最後尾だったはずだ。かといって前の方に居たリザやレティ、ハインツさんたちの姿が見えなくなった以上、迂闊に門の中へ入るわけにはいかなかった。


 すると、人波から飛び出したようにレティが姿を現した。どうやら彼女は誰かに持ち上げられているようだった。位置はいままさに城門を潜る所だった。


「ご主人さま! 皆、ここに居るよ!! 早く来て!!」


「分かった!!」


 人の怒号でひしめき合う中僕らは大声で叫び合う。レティは急に現れた様にまた姿を姿を消した。あそこならすぐにでも門の中へと入れるはずだ。


 問題はむしろ僕の方だ。この位置では間に合うかどうか怪しい。僕は人波を掻き分けようとして、手を握られた。


 振り返るとそこにはシアラが居た。表情は青ざめて、切迫したような雰囲気を放つ。何故ここに居るんだと問い詰める前に彼女の口が開いた。


「あの子が居ないの! 手を繋いでいたのに人に押されて逸れちゃった!!」


「あの子って……君が手を繋いでいた子か!?」


 シアラは首を大きく縦に振った。僕は舌打ちと共に周囲を見渡したが閉まりつつある門へ殺到している群衆で子供の姿は見えなかった。


(どうする! 中にいる事に賭けるか、それともここに居ないことが証明されるまで探すか!)


 頭の中で判断に迷っていると、シアラが僕の肩を叩いた。


「あそこ!!」


 見ると、人で密集している通りに一か所、空洞のような場所が出来上がっている。まるでそこに居る誰かを避けるかのように。


 僕らは人の流れに逆らって空白地帯へと泳ぐ。そこにはシアラが探していた少年が倒れていた。頭から血を流し意識を失っている。僕は少年を抱きかかえるとすぐさま門へと視線を向けた。


 半ばまで閉まりつつある門に今から向かうのと、傷ついた少年の手当て。どちらも時間が無かった。


 数瞬迷った後、僕は流れを横断する形で通りから伸びている脇道へと逃れた。門へと駆けていく人たちの邪魔にならない場所にて少年の体を下ろした。


「ねえ、治療薬は持っている?」


「くっそ! 今は持ってない」


 しばらく戦闘は無いとタカをくくり補給を怠ったツケをここで支払うことになる。僕は背負っていた鞄から傷口を押さえれそうな布を探そうとした。だけど僕を先んじる様にシアラが動く。


 いつかの時の再現の様に僕のダガーを抜き取ると、止める間もなく彼女は自分の掌に一文字の傷を作り出した。薄らと浮かび上がった赤い線から赤い血・・・が流れだす。


「何やってんだよ!」


「いいから! 見てなさい!」


 僕にダガーを押し付けると彼女は自分の血を少年の傷口に塗り込む。変化はすぐに表れた。少年の額を切っていた傷口が塞がり始めたのだ。


 あっけに取られていると、シアラは自分の髪を指さした。


「驚くことじゃないでしょ。ワタシは魔人種。ハーフとは言え、その血に含まれた魔力ならこの程度の傷どうという事は無い」


「……やっぱり魔人種なのか」


 僕はシアラの黄金の瞳を睨みつけながら呟く。思い出すのはネーデの街に現れたゲオルギウスの姿だった。やはり、彼女はアイツの関係者のだろうか?


 警戒している僕の耳に、ひときわ大きな怒号と落胆の嘆きが聞こえてきた。方角は門の方向だ。


 確かめるまでも無く、容易に想像できる。


「どうやら……門が閉まったようね」


「ああ……ここでこうしていても埒が明かない。正門の方へ向かおう。ハインツさんたちは多分都市の中に入れたはずだ」


 気を失ったままの少年をシアラが担ぎ、僕らは正門へ向けて歩き出した。


読んで下さってありがとうございます。


次回の更新は10月5日を予定しています。

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