12-14 襲撃者Ⅱ
コウエンはトランプで例えると、ワイルドカードのようなものだ。
数十種類のモンスターに変身できるため、どんな状況にも対応可能で、ミラースライムの特性を生かせばどれほど怪物級の相手でも数秒間なら足止めできる。
あの『龍王』黒龍が相手でも、ほんの数秒渡り合えたのだから、異論はあるはずも無い。
だから、エトネが殿となって時間を稼ぐ時、コウエンもその場に残っていた。吹雪に紛れて気配を消し、必殺のタイミングを窺っていた。
襲撃者がエトネに止めを刺す瞬間を狙い、ミラースライムの特性である対象物のコピーを使い、襲撃者と全く同じ姿形、技量、能力値、武器を備えた存在として奇襲の一撃を放った。
神速の刺突は回避不能。
まさにワイルドカードの正しい切り方だ。
だが、僅かに一点。
作戦を立てたシアラも、請け負ったコウエンも見逃していた失敗が一点だけあった。
人造モンスターの肉体を得て転生したコウエンは、元を正せば古代種が六龍の一。東方大陸に君臨する赤龍だ。一度炎を吹けば、地平線は赤に彩られ、空すら燃やし尽くすと言われた怪物だ。
そう、コウエンは怪物なのだ。
人の形をしてはいるが、彼女の中身は龍として過ごしてきた時間が詰まっている。
怪物としての経験しか存在しない。
棒きれを振り回した事も、人と同じ体躯で、同じ目線で矛を交わした事すらない。ミラースライムの特性であるコピーを行使して、相手と同じ姿形になっても、技量や能力値が等しくなっても、思考は怪物であるコウエンのままだ。
―――だから。
「読みやすい一撃だったな」
必殺のタイミングで放たれた、必死の刺突は失敗に終わった。
姿を変えたコウエンの一撃に対して、襲撃者は自らの右手を犠牲にした。
「どのような絡繰りかは知らんが、私と同一の存在に変身しているのだろう。だが、扱い手が不慣れなのが救いだった。どこを狙った一撃なのか、一瞬で見切れた」
死角から飛び込んできたコウエンに対して、襲撃者は右手を前に付きだして、槍の先端を掌で押さえた。勢いそのままに穂先が肉を食い破り骨を貫くと、腕を引いて槍の軌道をずらしたのだ。
いま、襲撃者と同じ形をしたコウエンの手にある槍は、襲撃者の右掌から前腕を貫き、肘の辺りで飛び出ていた。
槍を引き戻そうにも筋肉で絡め取られているのか抜けなかった。危険を感じて後方へ退くと、衝撃が全身を襲う。
膝を付いたコウエンは、自分の体が飴細工のように溶け始めているのに気づいた。
時間切れだ。
コウエンの変化は、取りこんだ魔石を大量に消費する。特にミラースライムのコピーは燃費が悪く、相手が怪物級の強さもあって変身できる時間が極端に短かった。
腕を貫いている槍も、同じように溶け始めていた。
「時間切れか。砕かれた骨の代わりになるかと期待していたが、これでは用を為さんな」
「呵々。妾とした事が不甲斐ない結果に終わるとは。無念」
人の形を保てなくなったコウエンは、基本となるスライムに戻った。氷の大地に、紅色のスライムが落ちると、襲撃者は不思議そうに首をひねった。
「うん? ……ディオニュシウスと同じ気配がするな。……まあ、いい」
槍によって開いた穴から血が止めどなく流れ落ちる。氷の大地を青く染める己が血液を一瞥すると、襲撃者は自分の槍を振るった。縄を引き千切るような鈍い音が響くと、襲撃者の右腕が肘から先が無くなっていた。
使い物にならなくなった右腕を切り落とし、魔法で呼び出した炎で断面を焼く。止血と呼ぶにはあまりにも荒々しい作業だが、襲撃者は苦悶の声すら上げずにやり切った。
無事な左手で槍を握ると、潰れた足を引きずりながら襲撃者は歩きだした。進行方向に倒れ伏しているのはエトネだ。精霊を同時に三種類も憑依させた影響で、全身から出血をして気を失っている。憑依していた精霊たちも消えていた。
白い肌に内出血の跡が痛々しく浮かんでいる。
常人なら目を背けるか、眉を顰める光景を前に、襲撃者は槍を振るった。風が吹くと、気絶しているエトネの足の腱が割れ、鮮血があふれ出した。
「惨い事をするな、貴様。幼子を相手に無体を働く輩だったのか」
スライムの姿で、動く事もままならないコウエンの嫌味に襲撃者は動揺する様子は微塵も無かった。
「惨いだと? この無様な私の姿を見ろ。足を潰され、右腕は使い物にならなくなった。これを成し遂げた娘の姿形が幼子だろうが、十分な脅威だ。殺すに足る戦士だと認めよう」
「ならば、なぜ殺さん? 今ならば首をことりと落とすだけで済むであろう」
純粋な疑問だった。
コウエンはシアラの通信魔法によってレティとクロノが合流し、ヨシツネが戦闘不能になってはいるが生きている事を知らされた。自身も消耗し身動きが取れず、エトネは気絶しているが、襲撃者は殺そうとはしない。
命までは取らない武芸者気取りという可能性は零だ。そんな清廉潔白な戦士は、最初から奇襲なぞ仕掛けてこない。阿保のように正面から戦いを挑む生き物だ。
片腕片足の襲撃者は、コウエンの質問に答えない。槍を杖のように氷の大地に突き刺して歩き出した。足取りは重く、苛烈さは失せているのに、不気味さだけは増している。
何より不気味なのは、吹雪によって方角すら分からないというのに、向かっている先にレイ達が居るという事実だった。
コウエンは舌打ちをすると、魔法によって繋がっているシアラに告げた。
「敵が其方らの方へ行った。こちらは全滅。生きてはおるが、そちらに向かうのは不可能じゃ。あ奴の右腕と左足を潰したが期待はするな。あれは、その程度で潰れる奴では無い」
『敵が其方らの方へ行った。こちらは全滅。生きてはおるが、そちらに向かうのは不可能じゃ。あ奴の右腕と左足を潰したが期待はするな。あれは、その程度で潰れる奴では無い』
「……そう。分かったわ。無理はしないで。貴女たちのお蔭で、敵の正体が分かったのは大きいわ」
『呵々。この時間軸で片を着けるのは厳しそうだな』
「ええ。……その時は次に託すわ。悪いけど、通信を切るわね」
『構わぬ。足掻けよ、シアラ』
《伝声》を切ると、コウエンの荒々しくも疲弊した声は聞こえなくなった。不遜な態度を崩さないコウエンですら、取り繕うほどの余裕を無くしているのだろう。その事実が、状況の過酷さを表している。
「コウエン様から連絡があったわ。敵の右腕と左足を潰したけど健在。こっちに向かっているって」
「二人は無事なんでしょうか?」
「無事みたいよ。でも、ヨシツネと同じで戦闘不能。少なくとも援護は期待しない方が良いわね。それで、主様の治療はどうなったのよ」
「それが……上手く行っていません」
言葉を濁したクロノを退かして、シアラはしゃがみ込んだ。レティが必死に回復魔法をかけ続けているが、レイの左目は破けたままで、どろりとした白い液体が零れていた。
「どういう事かしら。止血は出来ているのよね」
「はい。ですが、あの槍で貫かれたのが不味かったのかもしれません。傷口を塞ぐまでは出来ても、眼球という肉体の復元には時間が掛かるかと」
「そう。特別製の槍に貫かれると治りが遅いのね。あの時は気付かなかったわね。……レティ。これ以上は精神力の無駄よ。今は、敵に集中しましょう」
レティの肩に手を当て、優しく説き伏せようとする。だが、その手が払われた。
「レティ」
「やだ! ここで回復できないなら、何のためにあたしが居るのか分からないよ。ご主人さまを、皆の傷を癒すのが、あたしの役目なんだから! だから、だから」
言葉をつっかえながらも、回復魔法を途切れさせない。《トライ&エラー》が発動すれば、確かに状況は振出しに戻る。ヨシツネの負傷も、エトネの足も、レイの左目も元通りになるだろう。
だが、状況が改善する訳では無い。この敵と遭遇するという可能性は残っており、当然、誰かが負傷するという未来はあり得るのだ。
ここでレイの負傷を治療できないなら、未来において治療できる確率は極めて低い。そもそもこれから来る敵を相手に《トライ&エラー》が上手く発動するかどうかも怪しいのだ。
レティにしてみれば治療方法を見つけて、次に繋がる成果が欲しかったのだ。そんな仲間を、レイは残った目で見つめた。
「レティ。もう、大丈夫だから」
「そんな、こと、言わないで。あたしが、治すから。だから、だから」
「レティ」
名を呼ばれ、レティは押し黙る。呼び声に籠められた感情が彼女を揺さぶった。
「僕なら大丈夫だ。だから、今は為すべき事をしよう」
「そうです。レイ様の左目が見えなくなっても、問題ありません。私が左目となりお支えします。だから、レティシア。今は敵に集中しましょう。もう、来ます」
四人から離れた場所で立っていたリザが、精霊剣を構える。青い瞳は吹雪の中の一点を睨みつけていた。何枚にも折り重なったベール越しにシルエットが浮かぶように、ゆっくりと襲撃者の姿が見えた。
コウエンが報告した通りの姿だ。右腕は肘から先が無くなり、左足の先端は潰れて、槍を杖のようにしてここまで歩いてきたのだろう。氷の大地に、襲撃者が流した血が轍となって残る。
それでも、襲撃者から立ち上る闘気の不気味さは衰えていない。そればかりか、増しているようにすら感じられた。
レイは立ち上がると、右目で襲撃者を睨んだ。
「随分と男前な姿になったな。右腕をどこに落としてきたんだ―――なあ、ゲオルギウス」
名を呼ばれ、襲撃者―――ゲオルギウスは纏っていた外套を脱ぎ去った。
「貴様こそ、その目はどうしたのだ? 片方が穴あきではつり合いが取れんだろう。なんなら、私がもう一つ、穴をあけてやろうか、レイ」
六将軍第二席ゲオルギウス。
レイがエルドラドに来て最初に出会った怪物であり、デゼルト国で命懸けの戦いを繰り広げた仇敵だ。だが、その姿は記憶にある物と幾らか違っていた。
彫刻家が大理石を掘ったような整った顔立ちは青白く、極寒の風景と相まって鬼気迫る印象を受け取る。茨のように絡み合った長髪は見る影もなく、短くなった髪が冷たい風に晒されている。
悪魔的な意匠だった鎧はデゼルト国での戦闘で大破したから、新しい物を用意したのだろうが、大きく破損していた。工芸品のような美しさがあったと感じられるが、全体的に傷だらけで、左脇腹から斜めに入った傷跡が目立っている。
「妙ね。エトネたちじゃ、あんな傷着けられないでしょ。コウエン様の報告にも無かったわよ」
シアラの呟きに同意する。ゲオルギウスが北方大陸の僻地に居る理由は不明だが、輪を掛けて傷の理由が不明だ。まるで、誰かと戦闘をした後の姿に思えた。
底知れない威圧感は変わらないが、どこか余裕を失くしたかのような姿にレイは異質な感覚に陥る。これまで、圧倒的な強者として君臨していたゲオルギウスが、初めて見せた弱さに戸惑いを覚えた。
「鬱陶しい長い髪を切って、さっぱりしたじゃないか。正直、そっちの方が似合っているぞ」
「貴様の方こそ、聞けば髪の白色化が進んでいるそうじゃないか。……変質の理由は貴様の死に戻りの技能に関係しているのか?」
ゲオルギウスは槍を氷の大地に突き刺すと、世間話をするかのようにレイの秘密を告げた。もっとも、その情報がゲオルギウスに知られているのは予想できた。
学術都市の戦いでレイは『魔王』フィーニスに、自分が死に戻りを繰り返して未来を積み上げている事を知られてしまった。時間軸を巻き戻す事は出来ず、フィーニスを追い詰めたが、最後は取り逃がしてしまった。生き延びたフィーニスから六将軍たちに情報が伝わったのだろう。
「皆に止めを刺さないのは、死に戻りが発動すると想定しての行動か?」
「無論。ジグムントのように技能の発動条件に仲間が含まれる技能は珍しくない。貴様等が潜ってきた地獄は生易しくはない。にもかかわず、仲間を含めて五体が揃っているのは、少なからず恩恵を受けている者が居るだろうと予測したのだ」
違うか、とゲオルギウスは首を傾げる。
その見立ては間違っていない。《トライ&エラー》はレイが死ぬ事が条件ではあるが、戦奴隷の対等契約を結んでいるリザやレティ、シアラが死んでも効果が発動する。正確には、彼女らが死ぬ事でレイが死ぬため、条件を満たすのだ。
「もう一つ発見がある。幾ら手心を加えたといっても、この極寒の地で血を流して倒れ伏しているのだ。じきに死ぬ者も出るだろう。万に一つ生き延びても後遺症に苦しむかもしれん。ゆっくりと死にゆく仲間を不憫に思うなら、自らの喉笛を突いて死ぬのが人間の情というものだ」
「魔人が人の情を語るのか。そもそも、自分でやっておいて勝手な言い草だな。こっちは、お前に関する情報を集めて、次につなげる準備をしているんだよ」
「道理だ。死に戻りにおける最大の利点は未来の情報を得る事。それを持ち帰る為に、こうして言葉を交わすのは道理だが、それにしても度が過ぎている。陛下によれば、貴様の死に戻りはそれほど自由なものでは無いようだが、それでもある程度の幅があるはずだ。敵が私であるという事実を確実に持ち帰るためにも、この辺りで死ぬのが合理的なはず。それこそ、さっさと首なり腹なりを捌けばいいはず。……貴様の死に戻りは、死に方にも制限があるな」
厄介だ。
死に戻りという荒唐無稽な力は、使用者以外は知覚できないというのが特徴の一つにある。知覚できない力を前にすれば、周りは間違った推測や仮説を並べて、誤った選択をしてくれる可能性がある。
だが、こうして死に戻りがあるという前提で推測を立てられれば、薄皮を剥ぐように《トライ&エラー》の全容が明らかにされてしまう。
「その反応からすると正答か」
「さてね。仮にそうだったとしても、これから時間軸が巻き戻れば、ここでの遭遇も、お前の推測も全部無かった事になるぞ」
「……なるほど。聞かされていた以上に、面倒な能力だな」
嘆息と共にゲオルギウスは懐から何かを取り出した。新しい武器かと警戒し、クロノは歯車を大量に呼び出し、シアラが精神力を抽出し、レティが宣誓をする。こうして言葉を交わすのも、情報収集以外に戦闘の準備をする意味もあった。
「面倒事とはこうも連続して来るとは。貴様たちが来るのを待ち構えていれば、ようやく三つ揃えた心臓が、またしても一つになってしまうとは」
「なんだって? お前は、僕達が来るのを待っていたのか? どうして!」
「可笑しな事を言うな。貴様等の目的はポラリスの修復であろう。破壊を振りまく娘を蘇らせるなどとは気が知れぬが、そのためならこの先の研究所へと向かうはずだ。違うか?」
ゲオルギウスの言葉にレイ達に衝撃が走る。
「お前……知っているのか? 『科学者』ノーザンの研究所の場所を」
「知っているとも。何しろ、ここは我らにとって馴染み深い場所だからな。貴様等を待ちながら墓守を気取っていた所に、この様だ。出来る事なら、貴様たち全員と同時にやり合いたかったが、流石にこの体では無理が効かん」
そう言って、ゲオルギウスは取り出した物を指で弾いた。
あまりにもさりげなく、自然な動作だっため不意を突かれてしまった。
体が流されそうになる暴風と雪の嵐の中を、それは真っ直ぐに突き進む。クロノが展開した歯車の壁をすり抜け、レティの唱えた防御壁は間に合わず、前衛では無いシアラには何が近づいているのかすら見えなかった。
見えたのはレイとリザだけだ。
弾かれた物は植物の種子だ。
一見すると、どこにでも転がっていそうな何の変哲もない種子。おかしな点はただ一つ。その種子は、背筋が凍るほどに青かった。
「だから、ここからは楽をさせて貰おう」「《バインドツリー》」
瞬間、ゲオルギウスの声に別の声が被さった。
その声は、ゲオルギウスの肩にある口から発せられた詠唱だった。精神力と魔人種の血に浸された植物の種子は、異常な成長を始める。氷の大地に落ちると、瞬きする間もなく巨大な木が空に向かってそびえていた。幹が枝分かれし、絡み合い、もつれあうように伸びた奇形の大木。種子の周りに居た者達は抵抗する事も出来ずに大樹に飲み込まれた。
咄嗟に回避できた二人を除いて。
鎧の炎を展開して回避したレイは、同じく精霊剣の熱線を推進力として回避したリザを見て叫んだ。
「はぁ、はぁ。リザ、無事なのは君だけか!?」
「……はい。レティ、シアラ、クロノは助ける間もなく、あの木の中に取りこまれました」
悔しさを滲ませながらリザは肯定した。レイも同じだ。伸ばした手は誰もつかめず、無様に逃げる事しか出来なかった。
「でも、まだ生きている筈だ。こんな木、僕の炎なら一発で燃やし尽くせる」
「だろうな。だが、それを易々とやらせると思うか。この、私が?」
「レイ様!」
背中から心臓を鷲づかみにするような殺気に、振り返りながら龍刀影打を向けた。紅蓮の炎の塊を刀の形にした物だが、切れ味と破壊力は上級モンスターですら一撃で屠る。
そんな龍刀影打が、槍の先端に触れた瞬間に掻き消されてしまう。
レイは自分の失策に気づく。そのまま迫る槍を回避しようとするが、背中には大木が壁のようにそそり立つ。逃げ道は左右にしかない。
だが、相手は恐るべき魔人。手負いとはいえ、その技量に陰りは無い。
左腕だけで槍を振るうゲオルギウスに対して、槍の届かない右腕側から抜けようとする。重心をそちらに傾けた瞬間、穂先が反応する。これまでの経験から、逃げられないとレイは悟った。
―――なら、受け止めるしかない。
炎の鎧が弾け飛び、肉と皮が貫かれる。
「……ほう。そうしたか」
感嘆の吐息がゲオルギウスから漏れた。
レイは大木に背を預け、槍の一撃を受けたのだ。
普通なら即死もあり得る選択肢だったが、レイは生きていた。痛みで苦悶を浮かべつつも唇を吊り上げた。
「ああ、これが正解だ。だってお前、僕を殺す訳には行かないからな」
ゲオルギウスはレイが死ねば、時が巻き戻る事を知っている。
そのため、レイを死なせるような攻撃はしないと確信したのだ。事実、槍は胴体に突き刺さっているが、生命維持に必要な臓器を確実に避けている。針の穴に糸を通すような繊細な攻撃を隻腕で成し遂げたのだから、尋常ならざる技量だ。その技量に、レイは己の命を賭けた。
「それに、この状態なら炎は効くよな!」
レイの全身から炎が噴きだすと、ゲオルギウスを襲った。魔人はすぐさま槍を引き抜くと、距離を取る為に後方へと飛んだ。
着地を狙ったリザの斬撃はいともたやすく防がれたが、その隙にレイは傷口を焼いて止血をした。
ゲオルギウスと打ち合いをしていたリザは、カウンターの刺突を避けるのと同時に、レイの元へと下がった。
「炎で止血なんて無茶な事を。まだ、体は動けますか」
「なんとか、ね。それにしても、厄介な槍だ。概念殺しの権能を持った神器。僕の炎やリザの熱線も、全部掻き消す。相性最悪だな」
「その通りですね。ですが、光明を見出せたのでは?」
リザの問いかけにレイは頷いた。
「ああ。概念殺しの権能が発動するのは、槍の穂先だけだ。柄の部分に触れていても炎は消えなかった」
「正答だ。新たな理がひかれたエルドラドにおいて、13神の力を宿した神器の類は、悉く力を失った。この槍は、新たな理に飲み込まれなかった稀有な神器ではあるが、力は先端にしか残されていない」
空気が固くなる。
見破られた武器の弱点を誤魔化すどころか、肯定し、自分で語るゲオルギウスから放たれる威圧感が増していく。レイとリザは圧倒され、身動きが取れない。
いつの間にか吹雪が止んでいた。
体の芯まで凍えさせるような吹雪が止んだというのに、レイはある事を思いついてしまい、背筋を震わせた。
吹雪が止んだ湖上は、地平線までがハッキリと見えた。少なくとも周囲の見える範囲に魔法使いらしき姿は無かった。
もし、ゲオルギウスが一人で吹雪を発動していたとしたら、彼は二つある口の一つをその呪文に割り当てていたという事になる。そして、吹雪が止んだという事は、二種類の魔法を同時に使える事に他ならない。
半ばから無くなっている右腕に氷が張りついたかと思えば、それが膨らみ人の腕の形を取る。まるで神経と骨と筋肉があるかのように氷の腕が槍を掴んだ。
「情報戦に限れば、貴様の勝ちだろう。死の神タナトスが振るいし神杖の秘を解き明かしたのだからな。だが……容易く死ねて戻れると思うな」
手負いの獣が静かに吼える。重厚な威圧感は更に増し、湖全体を震わせる。
片手を失い、片足が潰れ、武器の弱点を知られても男の在り方は揺るがない。
怪物はどれほど手負いであっても怪物なのだ。
読んで下さって、ありがとうございます。
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