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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第12章 大陸の果て
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12-11 北への前進

 氷の巨人を撃退してから半日以上が経過し、太陽が空を白く染め上げるころ、レイ達は人知れず入り江を離れた。人数を偽装する関係上、人目を避けての出発だ。彼らの出発を知っていたのはエスラだけだ。


 メンバーの構成は《ミクリヤ》の七人と一体コウエン一匹キュイ。そして案内役のイチェルだ。


「上からの指示がありましたんで、これから先はあっしが責任を持って皆様を拠点となる迷宮までご案内いたしやす。ですから、どうぞ禍根は水に流して、あっしを信じて下さい」


 帝国側との交渉が終わるなり、臆面もなく握手を求めようとする男の姿に、クロノですら疑いの眼差しを向けてしまう。竹を割ったような性格といえば聞こえはいいが、つい先程まで命を奪われる寸前だったことを感じさせない態度で接してくる。


 レイ達は戸惑うが、同じ影に生きるヨシツネにしてみれば、イチェルの切り替えの良さは、彼が優秀な諜報員である証拠だという。


「仕えている者の命令ならば、憎悪を抱く相手の足を舐め、昵懇の間柄であっても、命令さえあれば眉一つ動かさずに殺す。指先で切り替える様に、己が心を入れかえられるのは、優秀な忍びである証拠でござる。少なくとも、迷宮に着くまでは信を置ける相手かと」


「その理由は?」


「そう命令されているからでござる」


 ヨシツネの言う通り、イチェルは優秀な案内役ではあった。


 雪道の疲れない歩き方。目標物の無い雪原での方角の調べ方。雪の反射で顔が日焼けするのを防ぐ方法。水分が少ない土地で喉を潤す術。凍傷の対処方法。雪に隠れて見えない危険な個所。一寸先も見えない猛吹雪の耐え方。


 北方大陸という、これまでレイ達が旅をしてきた中でも一際過酷な大地を踏破する為の知識と経験を彼は十分に持っており、余すことなくレイ達に分け与えていた。


 入り江を出発してから一日と経たず、イチェルが居なければこの旅は成立できなかったとリザが認めるほどだった。


 そんな彼でも苦手とすることはある。


 それは、モンスターとの戦闘だ。


 雄叫びが狭隘な土地に響く。


 左右が斜面に挟まれた一本道は、モンスターにとって絶好の狩場だった。迂回路は無く、危険を承知で進んでいる途中の事だった。


 左手の斜面を、尾骨から生えた尾を使って器用に滑るモンスターの一団があった。吹きすさぶ風の音をねじ伏せるような雄叫びが、次々と響き渡る。獲物を前にして興奮しているのだろう。


 キュイの側面に立っていたイチェルが危険を告げた。


「こいつはいけない! スノータイガーだ! あいつら、雪の上でも器用に飛び跳ねます!」


 その言葉通り、白い毛皮に黒い縞が入ったモンスターの半数は、強靭な四肢で雪の斜面を蹴り上げると宙を舞った。反対側の右手の斜面に着地すると、器用に足の爪で地面を掴み、滑らずに斜面を疾走した。レイ達の背後に回ろうとしていた。


「主殿。こやつ等、左手前方と右手後方に散って、挟撃しようとしております!」


 数は合計すれば三十は居る。


 イチェルが後ろを見て、それから前を見た時には、斜面の中腹に居たスノータイガーたちが既に滑りきっていた。モンスター特有の黄色く濁った眼が血走り、ピンク色の口蓋から白い吐息が零れているのが見える。


 明確な死を前に、諜報員として鍛えられたイチェルはどうすることもできない。


 彼は北方大陸に派遣された『機械乙女ドーター』監視員の一人であり、北方大陸に近づく輩を報告するのが役目である。


 諜報員としての訓練は積んでいるが、戦闘に関しては対人に特化している。モンスターを相手にする術を習っておらず、一介の漁師が強いと正体を知られてしまうリスクがあるため、レベルを上げてもいない。


 スノータイガーの牙や爪が触れるだけで、彼の白い体毛が赤く染まり、腸で大地を汚す事になる。


 しかし、彼はそうならないと確信していた。


「先鋒は僕がやる」


 静かに、しかし絶対的な意志が込められている言葉に、《ミクリヤ》の面々は応じた。


「了解。それじゃ、リザとエトネは撃ち漏らしを。クロノとヨシツネはイチェルの護衛をお願い。レティはキュイを守ってあげて」


「妾はどうするのじゃ」


「コウエン様は待機。というか、動くつもりがあるんですか?」


「ふむ……面倒じゃ。さっさと始末せい」


 一体を除いて、《ミクリヤ》の面々はシアラの指示をすぐさま実行する。むしろ、指示が飛ぶ前から、どうするべきなのか頭に叩き込んでいるかのような素早さだ。


 隊列の中央に居たレイが包帯塗れの手を伸ばす。まだ、龍刀を抜いたダメージは残っており、とてもじゃないが戦闘は出来ない状態である。にもかかわらず、彼が戦おうとするのをリザやレティは止めようとはしなかった。それには理由があった。


 何も掴めないはずの右手に炎が集まる。それは紅蓮の塊で、周りの空気を取りこむと一気に巨大化し、破裂した。


 空気と熱波が周囲を震わすと、スノータイガーの足が止まる。イチェルにとって、彼らが死を感じさせる存在なら、彼らにとってこの炎が死を感じさせる存在なのだろう。


 炎は六本の刃に形を変えて、レイの周囲に浮かぶ。


 イチェルもスノータイガーも、この炎の刃に龍刀影打という名前があるのを知らない


 圧倒的な力の塊を前に、スノータイガーが唸り声を上げる。


「いけ」


 レイが短く命じると、刃は紅い軌跡を残し、挟撃をしようとしていたスノータイガーたちの頭に突き刺さる。一瞬で真皮が焼け落ち、固い頭蓋が突破され、中身が沸騰したスノータイガーの体は力無く崩れ落ちる。


 合計で三十回、鈍く崩れる音を雪の世界は吸い込んだ。


「……信じられねぇ。それなりの冒険者でも一体遭遇すれば苦戦を強いられるスノータイガーたちが、ものの数秒で全滅なんて」


 接敵から全滅まで、一分足らずの早業だった。左右から迫ってくるような斜面の足元には、脳天を撃ち抜かれて炎を直接注ぎ込まれ、内側から沸騰するスノータイガーたちの死体が転がっている。紅蓮の炎はレイの頭上で円を描くように浮かぶと、刃先を外側に向けて待機をしている。


 リザ達も脅威は去ったというのに警戒態勢を解こうとはせず、己の武器を構えて四方に気を配っていた。


 それから数分が経ち、エトネが安心させるような声色で安全を告げた。


「もうだいじょうぶだよ。上の方でようすをみていた群れは、ひいていったよ」


「上って、斜面の上ですかい?」


「うん。あそこの木のあたりに、べつのモンスターのにおいがしたの。多分、スノータイガーとエトネたちがたたかっているときをねらって、まとめて倒そうとしていたんだろうね」


「合理的な判断です。流石に、乱戦の時に襲撃をされては面倒だったでしょう。しかし、それほど知性の高い個体なら、潰しておく方が安全ではありませんか。群れは去りましたが、此方から追いかけて一太刀浴びせておきますか?」


「止めときましょう。退いたのも含めて相手の作戦の可能性があるわ。ああ、でもここで数を減らしておけば、後から襲われる心配もなくなりますね。どうしましょう、シアラさん」


「無駄よ、無駄。この斜面を歩くのは出来ても、ソリを引っ張るのは難しいでしょう。キュイの体力を無駄に減らす必要はないわ。それより、スノータイガーって可食部分があったわよね。少し持ち帰って、食料にしましょうよ」


 イチェルにとっては危険な戦闘も、レイ達にとってみれば日常のワンシーンに過ぎない。一瞬で絶命したスノータイガーも、高度な知性を発揮するモンスターも、異常としか呼べないレイの戦闘力も、彼女たちにとって騒ぎ立てるほどの出来事では無いのだ。


 シアラの提案により、スノータイガーの解体作業が始まる。レイの炎で頭は内側から高温にさらされてしまい肉が変質しているが、可食部分の多い胴体は問題が無かった。


 イチェルとエトネが肉を切り分けると、レイが取り出した雛馬車に肉を積み込む。この旅を支えているのは、イチェルの知識と経験の他に雛馬車の存在が大きかった。


 エルフ謹製の雛馬車は、食料品を始めとした燃料や道具、消耗品など必要な物資をこれでもかと詰め込めて、それをポケットサイズまで縮小できる便利なアイテムだ。キュイが轢くソリには、雛馬車に入れたままだと不便な道具の他に、過酷な大地を歩き続けるのが難しいクロノとレティが優先的に座っている。


 一カ所に留まり作業をしていると、体の芯が冷えていく。斜面で狭まった空間に風が強く吹き込むのも原因だ。この風のせいで、エトネがモンスターの接近に気づくのが遅れた。


「これ以上解体していると、あっしらが氷漬けになっちまいやす。それに、今日の目標地点まで距離がありますから、そろそろ出発しましょうや」


「分かったわ。それじゃ、主様。モンスターの死体を処分して。それと、お守りをお願い」


「任せといて」


 解体作業も運搬作業も手伝えなかったレイが、ここぞとばかりに意気込んだ。


 彼が手をかざすと、コウエンに魔石を食べられたスノータイガーたちが炎に包まれた。このまま残しておけば、他のモンスターを呼び寄せる餌となり、味を占めたモンスターのテリトリーになる恐れがあった。


 暖かい死体というのは色々と使い道はあるが、焼却処分するのが一番手っ取り早い処分方法である。


「それじゃ、次はお守りを配るよ」


 続いて、レイは小さな炎の塊を人数分生みだした。蝋燭の明かりのような炎は、防寒具の袖口から入ると、寒さで芯まで冷たくなった者達の体を優しく温めていく。指先まで血が通い、吐く息の冷たさに感覚が戻ってきたのを感じ取った。


「あったかいなぁ。ありがと、ご主人さま」


「どういたしまして。まあ、今の僕にはこれぐらいしかできないからね」


 自嘲気味に言うが、これがどれほど素晴らしいのかイチェルは理解していた。人間の体は寒くなると、臓器や脳を守る為に熱を中心に集めるようにできている。そのため、指先の末端から熱が無くなり、凍傷へと至るのだ。レイが生み出すお守りは、人を燃やさずに優しく温める炎だ。この北方大陸では、黄金に等しい価値を持っている。


「さあ、キュイ。お願いだから、もうひと踏ん張りしてちょうだいね」


「キュ、キュ、キュイ!」


 力強く返事をすると、四本足の大鳥は荷物と人を乗せたソリを軽々と引っ張り出した。つられて隊列が動き出すと、レイも歩き出す。


 龍刀が『魔王』フィーニスの血を取りこんで強化されたのは、デメリットばかりとは言えない。


 龍刀を鞘に納めたまま、炎を自在に操れるようになったのだ。それも今までとは比べ物にならないほど、自在に操れる。人を傷つけずに温める炎は、強化前なら絶対に使えなかった。


 レイは出発までの時間を迷宮で過ごしていた。龍刀を抜けない以上、龍刀を抜かず炎を使った戦闘方法を、スタイルを確立する必要があった。


 エトネと共に迷宮のモンスターを相手に特訓した結果、炎の鎧を展開しながら、龍刀影打を合計で十本作り出せるようになった。ミサイルのように飛び回る炎の刃のお蔭で、これまで接近戦主体だったのが、中距離でも戦えるようになったのだ。


 もちろん、龍刀影打を手に持ちながら、同時に複数の刀を操る新しい接近戦も身に付けていた。


 もっとも、北方大陸初戦の戦いで、龍刀を抜いてしまったダメージによって、せっかく準備した新しい戦い方はお披露目できずにいたのだ。これまでに襲撃、遭遇された合計三十四回の戦闘において、レイは炎を遠距離から飛ばす大砲としての役割を全うしていた。


 炎を操るのはシアラの魔法やリザの精霊剣と違い、精神力を消費しない。そのため炎を使うことに疲労は感じないのだが、別の疲労感がレイを包んでいた。


「それにしても、予想以上にモンスターと遭遇するな。入り江を出発して、まだ三日も経っていないよな。それなのに、昼も夜も無くモンスターに襲われていて、正直寝不足だ」


「そうね。ここら辺が人の生存圏から離れているといっても、これだけ襲われるのはちょっと変よね。まさか、ワザと危険な場所を選んでいるんじゃないんでしょうね」


「いやいや、あっしは真面目に安全な道を選んでいやすよ。……ですが、確かに妙なんですぜ」


 キュイの横を歩くイチェルは首を傾げながら続けた。


「さっきのスノータイガーや昨日現れたムーブツリーとか。こいつらが目撃されたのはもっと北の方になりやす。本来なら、この辺りはもっと弱いモンスターが生息している筈なんですが、そいつらの方はトンと姿を見せやしません」


「北を根城にしているモンスターが南下してるっていう事かな」


「推測の域を出ませんが、その通りでさぁ。何か、のっぴきならない事情があって、モンスターたちが北の住処を失って南に、つまり入り江の近くまで逃げてきているんじゃないんでしょうか。どうしやすか? ここで引き返しますか?」


 イチェルの推測にレイはシアラを盗み見る。金色黒色の瞳が怪しく輝くが、彼女はすぐに首を横に振った。どうやら、死の影は濃くなっていないようだ。


「いや、進もう。この任務を失敗する訳には行かない。多くの人の命と平和がかかっているんだ。君だって、帝国の偉い人から絶対に失敗するなと言われているんだろ」


「へへへ。その通りでさ。いや、本国の方々なんて、現場の苦労を知らない連中で面倒なんですよ。こっちが眠っているのにお構いなしに途中経過を聞きたがるんでさぁ」


 困ったものだとうそぶきながら、レイ達にしっかりと釘を刺すのは諜報員らしい抜け目のなさだ。


 帝国との交渉の結果、魔糸はイチェルに返した。彼らが要求したことの一つに、イチェルの生存と途中経過の報告が含まれていた。イチェルが旅の途中で見聞きした情報は全て帝国に報告される。


 彼らがどういった計画を練っているのかは不明だが、《ミクリヤ》のレベルや技能スキル、戦闘スタイルだけでなく、お互いの関係性や日常の癖など全て情報として吸い上げられているのは気持ちが悪い。


 果たして、それらの情報がこの先どんな風に活用されるのか、予想すらできない。


 レティが眉を下げ、沈痛そうな表情を浮かべる。寒さに震えているのではない。自分が交渉したことで招いた状況に不安を抱えているのだ。それを察したクロノが、優しく彼女の背中を撫でた。


 帝国が、第一皇子ゴルディアスが何を考えているのか不明だ。


 彼がレティを通して交渉の場で明かした情報網は圧倒的としか言えない。誰も気づかない学術都市の戦いを、複数の情報を拾い上げて繋ぎ合わせることで限りなく真実に肉薄し、さらにはレイ達の目的を看破してみせた。


 そして、彼は『機械乙女ドーター』の名前がポラリスだと知っていた。事もなげにポラリスと呼んでいたが、この名前を知っているのはポラリスと接触できた人物に限られているのだ。


 考えられる可能性はただ一つ。


 帝国に降り立った『招かれた者』ジグムント。彼がポラリスと接触し、その情報を帝室に伝えている可能性がある。もしかすると、ジグムントから聞いたり、独自に入手した様々な情報があるかもしれない。


 たとえば、世界崩壊の引き金となる『正体不明アンノウン』の事。


 たとえば、神々の中に紛れ込んだ『黒幕』の事。


 ―――そして、自分みくりやれいの事


 今回の旅は帝国という巨大な存在が、イチェルという首輪をレイ達に着けたようなものだが、同時に帝国という巨大すぎて全容が掴めなかった存在と繋がったことを意味する。鎖を辿っていけば、ゴルディアスの急所に辿りつけるかもしれない。


 まさに、死中に活を求めるという言葉通りだ。


 どちらにしても、任務を成功させないと話は進まない。レイは顔を上げて、大地を踏みしめ、北方大陸の奥深くへと進んでいく。


 それから数日が経過した。


 モンスターに襲われ、目の前を覆うような吹雪に見舞われ、途中で落石に遭遇するなどのアクシデントもあったが、北への前進は止まらなかった。


 入り江を出発して既に一週間が過ぎた。予定の大半を消化し、旅程は順調に進んでいた。


 生存可能境界線まであと少し。目的地である迷宮の入り口まで徒歩で二日までの場所に到着した。


 キュイが引っ張るソリを、包帯の取れた火傷の跡が残る腕で押して斜面を登ると、突然視界が開けた。正面には、昇ってきた斜面の十分の一も無い短い下り坂が広がり、そこから先は見渡す限り広い雪原が続いていた。


 まるで火口のような平たい大地を前に、イチェルが告げた。


「サブヴェーニエストラナー湖。百年以上凍り続けている火口湖を越えた先が、あっしらの目指す迷宮の入り口があり、その先に生存可能境界線がありやす」


 そして、その先に『科学者』ノーザンの研究所がある。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は1月4日頃となります。

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[良い点] あけましておめでとうございます! 今年も作品の続きを楽しみに頑張っていけそうですっ! [気になる点] 帝国…というか、第一皇子と繋がってそうな神関連の情報も気になりますね。 影法師やコウエ…
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