12-1 帝国の希望
帝国。
西方大陸の覇権国家にして統一国家は、盤石な国家基盤を有しているとは言えなかった。
暗黒期が始まる二百年以上前、西方大陸はとある存在たちによって戦国時代の様相を為していた。最も大きな大陸でありながら、国土の大部分が山となっている西方大陸には、当時百近い国家があり、常に戦争を行っていて、国の境が一日単位で変わっていた。
そんな中、『勇者』ジグムントが降り立ったことで勢力図は一変した。バートーリー・スプランディッドと契約を結んだジグムントは、持ち前の『勇者』としての気質と、慣れたかのような手際の良さで劣勢の国家を導き、遂には帝国による大陸統一が果たされた。
しかし、その過程で流れた血と、取りこまれた人々の憎しみは帝国という輝きの裏で消えることなく積み上げられていた。
時の為政者たちは、帝国を脅かす可能性に対して容赦なく行動していた。
ある時は血の繋がりを作って取りこもうとし、ある時はこれから生まれてくる子供たちのために犠牲を強要させて数を減らし、ある時は禍根を残さないように根絶やしにした。
苛烈とも、残虐とも、汚泥とも呼ばれる手段を取ってきたが、それでも帝国の闇は晴れない。まるで、ジグムントという力を得た代価のように、暗い影を落とし続けてきた。
近年の帝国史を紐解けば、四大貴族に数えられるウィンドヘイル家の蜂起。武の一門が帝室に剣を向けた事件は帝国を揺るがし、それまで虐げられてきた地方貴族や望まぬ環境に落とされた過去の血族たちが立ち上がるほどの騒動へと発展した。
数年に渡り続いた反乱は、しかし、帝国の希望によって鎮められる。
帝国の希望―――第一皇子ゴルディアス・スプランディッド。
栗色の髪を後ろに流し、鋭い眼で他を圧倒させる野獣のような相貌を持ち、皇帝から疎まれていた男への民衆の期待感は、現在と比べると意外なほど薄かった。
泥沼の反乱が数年も続き、誰もが厭戦気分に陥っていた時に、彼が帝国軍を率いて出陣したのを見ても、誰も歓声を上げなかった。
ところが、ゴルディアスの指揮によってウィンドヘイルの反乱は、あっという間に鎮圧された。確かに、『勇者』ジグムントという圧倒的な戦力を投入したが、所詮は単独の駒だ。一つの戦場にしか投入できない。
複数の戦場を同時に指揮し、反乱軍が連携を取る暇も無く壊滅へと追い込まれたのは、ゴルディアスの手腕によるものだ。
ウィンドヘイルの反乱が起きるまで、皇帝より疎まれ遠ざけられ、民衆の目から隠されていた男が、一夜にして帝国の希望へと様変わりしたのだ。
それから数年。
帝国全土に広まるのは、帝室への不信感だった。
昨年に起きた、デゼルト動乱における帝国軍の敗北が原因だ。大規模な南方遠征軍に加えて、帝国の力の象徴である飛竜と『勇者』ジグムントまで投入し、必勝以外ありえない外征が失敗に終わったのは、帝国の衰弱を予感させた。
法王庁が仲立ちをしたとはいえ、この結果は様々な方面に影響を与えた。
力の象徴でありジグムントの敗北は、帝国臣民に大きな不安を抱かせる。加えて、敗北し、異国の地に取り残された五万近い兵たちを引き挙げさせ、デゼルト国に支払う賠償金のための新たな税が不満を呼び起こす。
これらの要素が組み合わさって帝室への失望感が高まるのと反比例して、帝国の希望への期待感が膨らむのは、ある意味当然の結果と言えた。
その帝国の希望、ゴルディアス・スプランディッドは自身の執務室で身じろぎもせずに押し黙っていた。
目の前の机には西方大陸全体の地図が広げられ、幾つもの旗が刺してある。旗から伸びた糸は、地図の上を目指して伸びていた。
二十代の半ばを過ぎたゴルディアスだが、風格は既に並の王を越えている。軍務でシュウ王国国王、元S級冒険者のテオドールと接したことのある副官は、かの『鍛冶王』にすら匹敵すると評していた。
並の人間なら、室内に居るだけで気を失いそうな空間にノックの音が響く。押し黙るゴルディアスの代わりに、副官が応対すると息を切らした兵士から羊皮紙を受け取った。
すぐさま扉は閉まり、羊皮紙はゴルディアスの元へと届けられた。彼は封をちぎると、エメラルドグリーンの瞳で内容を追いかけた。
そして、気難しそうに眉の間に皺を作った。それだけで、副官は厄介な結果に終わったのだと悟った。
「予想通りの結果でしたか」
「ああ、その通りだ。予想通り、最悪の結果と言えよう」
吐き捨てるように言うと、ゴルディアスは羊皮紙を地図の上に投げ捨てた。副官が拾い上げ、同じように内容を追いかける。そこには、ある場所で行われていた実験の結果が記されていた。
「発見された魔法工学の兵器を起動。百二十時間を経過したにもかかわらず、兵器は健在。観測班よりも『機械乙女』が襲来する気配なしとの報告。よって、本実験は成功と判断致す。……現れませんでしたか」
副官の言葉に返事をする代わりに、ゴルディアスは持っていた旗を西方大陸の南に突き刺した。副官の読み上げた報告書は、そこから届いた物である。
「これで予定していた五カ所での起動実験が終了いたしました。……結果は全て成功……ですか。お喜びください、とは口が裂けても言えませんな」
「不愉快な結果だ」
端的な答えに全てが込められていた。
魔法工学の兵器を壊す破壊の化身、『機械乙女』。
『科学者』ノーザンが生み出した最高傑作は、黄金期の終わりから今日至るまで、数多の魔法工学の兵器を破壊してきた。絶対なる破壊の力は、村や街、それこそ国を吹き飛ばすほどの存在だった。
帝国も『機械乙女』によって無視できない規模の被害を受けた歴史がある。ところが、ここに来て異常事態が起きているのだ。
「流石は殿下でございます。よくぞ、些少な違和感から、この異常事態を探り当てるとは。敬服の至りでございます」
きっかけは、本当に些細なことだった。
帝国にギルドは無いため、迷宮の管理は帝国軍が主体となって行っている。冒険者の代わりに迷宮へもぐり、モンスターを間引く過程で、起動した兵器と遭遇したと報告があったのだ。
この世界の何処かで、今も稼働を続ける『科学者』の工場。兵器の発見報告は、それほど珍しくは無かったが、起動した兵器となれば話は別だ。
自己防衛機能が誤作動を起こして、誰にも止められなくなった兵器を放置し、周辺住民と兵士たちは即刻待避となった。『機械乙女』の襲来を恐れ逃げたのだ。
ところが、いくら待っても『機械乙女』が来る気配が無かったのだ。不思議に思い、決死の覚悟で迷宮へと戻った兵士たちが見たのは、魔石切れで動けなくなった兵器の姿だった。
この報告は、起動した兵器が『機械乙女』襲来前に魔石切れを起こし、幸運にも周辺は被害を免れた事例として報告が上げられた。
ゴルディアスは、この報告に目をつけ、不審に思い行動を開始したのだ。個人的に所有していた兵器を五ヵ所で起動し、『機械乙女』が破壊するかどうかを確認したのだ。
その結果、五カ所で起動した兵器は、どれも破壊されなかった。
「ふん。こんなもの、時間が経てば誰でも気づくだろう。どれだけの確率があれば、魔石切れなんぞが勝手に起きるんだ、そんな都合のよい結果が。……むしろ、ここからが厄介だぞ」
「そうでございますな。兵器の運用が可能となれば、世界の戦争が一変いたします」
魔法工学の兵器は何の力も持たない単なる兵士を英雄へと生まれ変わらせる。
それこそ、一騎当千の英雄が、兵器の数だけ現れるのだ。
軍人にとってこれほど恐ろしい話は無い。だが、ゴルディアスはそれも恐ろしいと返した。
「それも、とは?」
「この事を今の帝室が……陛下の耳に入るのが俺は恐ろしい」
ゴルディアスの言葉に、副官は背筋が震えてしまう。
全くもってその通りだ。
今の帝室は、ゴルディアスの暗躍もあり、ウィンドヘイル家の反乱があったころに比べれば風通しが良くなった。自らの権力を高めることばかり考える愚かな者共は間引かれ、彼らが所有していた領地は信頼できる貴族に預けた。この五年間で、病に侵された老人だった帝国は、外征をおこなえるだけの体力が回復したのだ。
その結果をもたらしたのは、間違いなくゴルディアスだ。だが、ゴルディアスの力を持ってしても、取り除けない病巣が帝室にはある。
それが、皇帝バルボッサ・スプランディッド。
ゴルディアスの父だ。
「陛下がこれを知れば、間違いなく外征部隊に兵器を導入するだろう。そうなれば、確実に外征は成功する。どこの国でも取り放題だ。……その果てに流される血の量と、始まってしまう兵器同士の戦争に眼を瞑ればな」
副官の脳裏に、夥しいまでの血と屍、荒廃する大地。そして、兵器同士の際限のない戦争という見たこともない光景が瞬時に思い描けてしまった。
これほどまでにリアリティのある未来予想図を描けてしまうのは、ゴルディアスの言葉に説得力があるからだ。
「陛下なら……間違いなくいたします。あの方は即物的な行動を好むきらいがあります」
「で、あろう。……となれば、やらなくてはいけないのが、兵器の回収と破壊だな。貴族から適当な名目で兵器を回収し、気づかれる前に破壊しなくては」
「回収はともかく、破壊も、ですか?」
「当たり前だ。回収だけ行えば、不審に思って自分で兵器を試そうとする愚か者が現れるかもしれん。そうなれば、一巻の終わりだぞ。他国に兵器で攻められるよりも前に、帝都が兵器を持った反乱の衆に飲み込まれてしまう」
ウィンドヘイルの反乱から五年が経ったとはいえ、未だに帝室や帝国へ憎しみを抱いている者はいる。他者から奪って大きくなった帝国という国家の、消えない過去だ。
くわえて、デゼルト動乱によって帝室への信頼は失われつつある現状、兵器が使えるという情報は帝国に余計な内乱を招きかねない。
「デゼルト国への外征が失敗に終わり、今の帝国に外征をする余裕はない。ましてや、内乱に耐えられる体力もないだろうな。表面は取り繕っているが、触れれば指が果肉に沈むほど腐りきっている。ならば、どちらかが起きるよりも先んじて行動するしかあるまい」
「承知しました。手はずについては、既に完了致しております。ご命令がいただければ、すぐにでも破壊工作を行えるように人員を配置しました。後は、殿下のご命令を」
「うむ。……少なからず犠牲が生まれるが仕方あるまい。国を、帝国を守るために必要な犠牲である。……願わくば、彼らが御霊に上る時は安寧があらんことを」
ゴルディアスの言葉に同意するように頷くと、副官は部屋を後にしようとした。ところが、タイミングよく鳴ったノックに、副官は戸惑う。
既に起動実験の報告は受け取っている。
背後から感じたゴルディアスの視線を受けつつ、副官が扉を開ければ、先程とは別の伝令が羊皮紙を届けに来た。副官は羊皮紙を受け取り扉を閉めると、封となっている蝋にある印章に気づいた。
「殿下。北方大陸に放った者から火急の報せが届きました」
「なんだと? 寄越せ」
ゴルディアスは羊皮紙を受け取り、同じように蝋の印象を見た。羽ばたく鳥の形をしたそれは、事前に取り決めしていた合図だ。
蝋を剥がし、中身を机に広げると、そこにあるのは普通の文面だ。だが、それが暗号であると知っているゴルディアスと副官は、暗号の解読表を用いながら、隠れている真実を解き明かした。
「学術都市の調査船団が入港予定……研究者と雑務用の労働者、それに冒険者の混成で百名とは……地質調査にしては、時期が奇妙ですな。もっと温かい時期を選べば、調査もしやすいでしょうし……殿下?」
副官がゴルディアスの顔を窺うと、野獣じみた相貌の口元が、三日月のように吊り上がっているのに気づいた。彼は、暗号の先の方を読み上げた。
「護衛の冒険者は『紅蓮の旅団』を中心に構成……その中には『緋星』のレイが率いる、《ミクリヤ》のメンバーを確認、であるか」
聞き覚えのある名前に副官は声を上げた。
「なんと! その者は特別報告書にたびたび上がっている冒険者ではありませんか。では、あの姉妹も北方大陸に向かっているということですか!?」
「ああ、そうだろうな。はっはっはっ! これは興味深いぞ」
上機嫌に笑う主の真意が掴めず、副官は首を傾げた。
「と、言いますと?」
「『緋星』のレイが学術都市に拠点を構えたのは、何かしらの目的を果たすためと、帝室から姉妹を守るためなのは疑うまでも無い」
姉妹―――《ミクリヤ》に所属するエリザベート・ウィンドヘイルとレティシア・ウィンドヘイルは、それぞれ理由は違うが帝室に狙われている。
大罪人の娘であること。
母親の美しさを継いだこと。
『勇者』に命令できること。
理由はともかく、彼女らには帝室から何人もの刺客が放たれたが、彼女らが学術都市に入ってしまったことで命を奪うのが難しくなった。
「安全な穴倉の中で力を付けるのが上策だ。ところが、その穴倉を出て、何を考えて北方大陸なんぞに向かったのか。それも、この時期に……気にならんか?」
「……よもや、彼らも気づいているのでしょうか?」
ゴルディアスと副官の視線が、広げられた地図に向けられる。地図に刺してある旗から伸びる紐は、ある一点へと伸びていた。
そこは北方大陸の内陸部。円形の点線を越えた先に集中していた。
点線の意味は帰還可能境界線。
ゴルディアスは節くれだった指先で点線をなぞる。
「ここより先を進んだ者は、誰も生きて戻って来れなかった。この先に、『機械乙女』の拠点があるはずだ」
この地図は、過去に帝国で起動してしまった兵器の位置を旗が、『機械乙女』が現れ帰還した方角を紐で表していた。
この場に、世界を俯瞰で観察していた者が居れば驚いただろう。糸の集まった先は、多少のずれはあるが、『科学者』ノーザンの研究所を示している。
枠組みで統一しているが、個々の縄張り意識の強いギルドでは辿りつけなかった発想。
複数の事例から歪で些少な情報を一つずつ拾い上げ、完成形が不明なパズルを組み立てるかのように、ゴルディアスたちは『機械乙女』の尻尾を掴んだ。
大陸を一つの国家で占領している帝国だからこそ、掴めた真実である。
「時季外れの調査団。『紅蓮の旅団』団長オルドと《ミクリヤ》のリーダーレイは懇意の間柄。帝室に狙われていることは、学術都市に渡る直前の船で襲撃を受けたから知っているはず。にもかかわず、姉妹は安全な穴倉から出てきた。そして、行方知れずの『機械乙女』。……偶然の一致なら、考え過ぎだったと笑い話にできるが、もしも『緋星』が『機械乙女』に関する何か目的があって北方大陸に上陸したのなら……座して結果を待つのは俺のやり口では無いな」
ゴルディアスは呟くと、副官を見て真っ直ぐ告げた。
「現地に送り込んだ密偵に命令だ。『緋星』のレイと接触を持て。場合によっては、俺自らが交渉に当たろう」
ご無沙汰しております。
恥ずかしながら、帰ってまいりました。
12章、ようやくスタートです。
次回の更新は12月4日を予定しております。




