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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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閑話:人龍戦役Ⅶ

 ジグムントの体が宙を舞う。翼によって叩き落とされた体は崩壊していく大地に削られ転がっていく。常人ならそのまま動けなくなるような衝撃だが、ジグムントは違う。


 死した『勇者』に痛みは無い。


 折れている筈の足を強引に戻すと、聖剣の輝きを強める。聖剣の光を推進剤として一気に距離を詰めた『勇者』は、迫る黒い壁のような鱗に向けて剣を突きたてる。聖剣の出力任せの斬撃が黒龍の脇腹を深く裂いた。ジグムントと違い痛覚のある黒龍は痛みに呻くも、すぐさま雷撃で反撃する。全身を稲妻で貫かれたにもかかわらず、ジグムントは退こうともしない。


 剣を振りまわし、的確に傷口を広げると、黒龍の体に手を突き刺した。そして人の背丈ほどある骨を素手で砕いた。


 自分の体内を素手でかき乱されるという初めての経験を味わった黒龍は、翼をはためかせて空へと浮かぶ。ジグムントは黒龍の体に腕を突き入れているから、落ちずに捕まっている。


 それを承知で飛んだ黒龍は次の瞬間、大地へと落ちた。


 わき腹付近に居たジグムントが黒龍の巨体と大地に挟まれた。全身を圧迫されながらも、ジグムントは人の形を保っていた。とはいえ、衝撃で黒龍の内側を掴んでいた指が外れてしまった。


 指が離れた隙に、黒龍は再び飛翔した。十分な距離を取ると、大地に倒れ伏すジグムントに向けて炎を四つ放つ。


 一つ目のブレスが大地に落ちると火柱が上がった。上がった火柱の根元に向けて第二、第三の炎が迫るが、それらが着弾する事は無い。


 炎の直撃を浴びたはずのジグムントが立ち上がり、火柱ごと切り裂いたのだ。


 上空で羽ばたいている黒龍の翼が、聖剣の輝きに飲み込まれた。






 遠くで『龍王』と『勇者』の戦いが激しさを増している中、フィーニスたちの周囲は時間が凍り付いたかのような静けさに包まれていた。


 人龍戦役の時代でも『機械乙女ドーター』の名は畏怖を持って語り継がれていた。空を舞う人の形をした破壊の塊。都市を丸ごと焼き払い、地形を変え、人の住めない場所へと作り替える。それこそ、竜よりも恐ろしい存在として語られている。


 サファもフィーニスも、『機械乙女ドーター』の名を聞かされ表情を歪めた。


「な……何を考えているんだ、帝国は! この状況下で『機械乙女ドーター』を呼び寄せるなんて……やっている事が無茶苦茶だろう!」


「……無茶ではあるが、道理には則っていると言えなくもないな」


 理解できないと呆然するフィーニスに対して、サファは冷静なまま自分の考えを口にした。


「帝国にしてみれば、この戦い、いやこの戦争事態を早期に終結させたいという希望はあるだろう。自国内に竜を引きこみ、各個撃破する戦略は帝国といえど少なくない消耗を強いられる。この一戦に勝利するために『勇者』を投入したのも、その意気込みだろう。そして、最後の詰めに用意したのが」


「『機械乙女ドーター』という訳か。猛毒を殺すのに猛毒を持ちだすような物だよ、これは。……まあ、いいか。帝国がどれだけ愚かなのは理解できたし、ぼくはここで帰らせてもらいます」


「おい貴様、帰るのか? 黒龍を放置して」


「ええ。これ以上、帝国の都合通りに踊らされるのはまっぴらですから。彼らのために、これ以上血は流したくありません。『機械乙女ドーター』の攻撃に巻き込まれるのも馬鹿々々しいですしね」


『魔王』フィーニスが率いるアトス国は、今回の戦いにおいて外様だ。司令部が初撃で壊滅した時点で指揮系統は崩壊。ここまで黒龍と戦っていたのは、黒龍を自由にすればこれまでの犠牲が無駄となり、世界は危機に晒されたままという状況を看過できないという判断だ。


 帝国が自国他国合わせて十万の兵を生贄に、『勇者』と『機械乙女ドーター』を用いて黒龍を討とうするなんて話は聞いていない。知らずに利用された事に腹立たしさは感じるが、それも国を守るための方法だと共感できる部分もある。利用されたこと自体は、帝国の内部調査を疎かにしてしまった自分の失策だと反省し、復讐するつもりは無い。


 だが、帝国の思惑を知ってなお、それに協力するほどお人好しでは無い。


「帰ると決めたからには迅速に行動しよう。サファ、君と君の仲間も帰るなら送っていくよ。どうする?」


「む。……確かに、貴様の言う通りだ。これ以上、帝国の策略に付き合う義理はこちらに無いな。かといって、貴様に借りを作るつもりもない。自分たちの足で帰らせてもらおう」


「そうか。それなら、無事の帰還を―――」


「―――待て、てめぇら」


 影を展開して仲間の元へと戻ろうとしたフィーニスをオルタナが止めた。彼が影に触れると、影は粒となって消えた。


「待て、だって。まだ、ぼくらに用でもあるのかい? それともまさか、『機械乙女ドーター』が到着するまで黒龍と戦えって言うんじゃないだろうな」


「そのまさかだ。ただし、その理由じゃ半分しか正解していない」


「半分だって? どういう意味だい?」


 訝しむフィーニスとサファに向けてオルタナは告げた。


「俺が視た未来は『機械乙女ドーター』が黒龍に()()()()()()だ。このままじゃ、『機械乙女ドーター』と『勇者』が敗北する」


 オルタナの視た未来を聞いた二人の表情が、水面に浮かんだ波紋が広がるように変化する。


機械乙女ドーター』と『勇者』の敗北。


 それが生む未来を二人は正しく理解したのだ。


「最悪だ。ああ、確かに最悪だよオルタナ。そこまでしても帝国が勝てなかった事よりも、怪物二人を相手に死なない黒龍よりも、そんな未来を視てしまった君が最悪だ! 『機械乙女ドーター』が壊されるだって! そんなの、竜を滅ぼしても世界が滅亡するだけじゃないか!」


 フィーニスの言葉は決して大げさでも、誇張している訳でも無い。


 純然たる事実だ。


機械乙女ドーター』という魔法工学の兵器に対する抑止力が存在する事で、エルドラドは今日まで続いていると言えた。ギルドの活動により、モンスターから採取できる、魔法工学を動かすエネルギー源、魔石は安定供給が可能となっている。


 世界各国は魔法工学の兵器が悪意ある者の手に渡らないように自国内で管理したり、あるいはギルドに売却している。


 そう、世界各地に兵器は残っているのだ。中には、世界を何度も焼き尽くせるような危険な兵器も大切に保管されている。それらを動かす為の魔石は十分な数が揃っている。

機械乙女ドーター』は魔法工学の兵器が世に放たれないためのストッパーだ。それが無くなればどうなるのか、考えるまでも無い。


「『勇者』も敗北するだと。絶対の剣を無くした帝国がどんな行動を取るかなんて、語るまでも無い」


 厄介な未来だとサファは歯噛みした。


 帝国において『勇者』とは、自国の絶対性を象徴するアイコンだ。神々が遣わした『勇者』が自国に降り立ったから、終わらない戦乱を鎮め隣国を平定する権利があると、当時の王は考えて大陸統一に乗り出したのだ。そして、大陸が統一されるまでに起きた無数の悲劇と怨嗟の声は、『勇者』という存在によってねじ伏せられてきた。


 時折、ガス抜きのような政策を行っているが、帝国に飲み込まれた側の不満や憤りは、いつだって帝国上層部の頭痛のタネだ。彼らが感情のまま行動を起こさないように縛りつけているのが『勇者』だ。


『勇者』への恐怖が帝国という国を安定させていた。


 その『勇者』が居なくなるとどうなるのか。


 それまで、『勇者』という恐怖と敗北の象徴が居たから、帝国に飲み込まれた側は静かにしていた。『勇者』が居なくなれば、それまで抱えていた不満が一気に噴き上がる。そうなると、帝国上層部は『勇者』に代わる別の恐怖を持って、彼らに敗北の記憶を刻み込まないといけない。


『勇者』に代わる存在となれば限られている。


「帝国が兵器を持ちだして使えば、各国が兵器を運用する理由を与えてしまう。帝国が外征を企んでいるのは周辺国なら誰でも知っている話だ。そうやって、あちこちの国が兵器を持てば、疑心暗鬼を生む。いつ、その兵器がこちらに向くのか怯えて、怯えて、怯えて、耐えきれなくなった国が現れた瞬間、世界は終わりへと転がり出すぞ」


 オルタナは『機械乙女ドーター』と『勇者』が敗北する未来までは視たが、そこから先の自分と同期はしなかった。そのため、二人が口にする未来が訪れるかどうかは確認していない。確認すれば、その未来に定まってしまう。


 だが、二人の口にした未来が起こり得る可能性の高い未来であるのは疑いようもない。


「本当に最悪だな帝国も。十万の兵士をむざむざと死なせ、虎の子の『勇者』を持ちだし、禁じ手の『機械乙女ドーター』まで使った賭けに負けるなんて。どれだけ不幸な国なんだ」


「……いや、それが狙いだった、というのは考え過ぎか」


 サファが呟くと、フィーニスが苛立ちを隠そうとせずに応じた。


「あははは。兵器解禁を狙って黒龍に『機械乙女ドーター』と『勇者』をぶつけるなんて、どんな破滅志願者の発想だよ。まったく笑えない」


「……破滅志願者、か。あり得なくはないだろうな」


 ところが、オルタナがサファの意見に味方をした。


「黒龍か『機械乙女ドーター』、『勇者』のどれかを排除したいと計画した誰かの介入があったと考えれば筋は通る。……あるいは、誰でもいいから排除したかった、か」


 あまりにも突拍子もない発想だが、そんな風に考えて動く姉妹の存在をオルタナは知っている。


 実行すれば世界崩壊が早まると知りつつも、おとうさまの命令で動く五枚の悪の華を。


 思考が脇道に逸れたと、オルタナは頭を振って考えを戻した。


「誰が今回の状況を仕組んだのかは、全部が終わってから推測すればいい。ともかく、『機械乙女ドーター』が来る前に黒龍を排除するぞ」


「ちょっと待て。『機械乙女ドーター』がこの地に来るのは、この地の何処かに起動済みの魔法工学の兵器があるからだろう。それを破壊すれば、最悪の未来だけは回避できるんじゃないか」


 フィーニスの提言は正しい。『機械乙女ドーター』は魔法工学の兵器が起動したシグナルに反応して行動する。逆に言えば、到着前に兵器を破壊すれば『機械乙女ドーター』が敗北するという未来を変えられる。


 だが、オルタナはフィーニスの提言を聞いても渋い顔を変えなかった。


「残念ながら、そいつは無理だ。帝国の奴ら……いや、法王庁か? ともかく、この計画を練った奴は、黒龍と『機械乙女ドーター』が対立する構図を崩したくないのだろうな。ご丁寧に、この土地に兵器を埋め込むんじゃなくて、黒龍の体内に兵器を仕込みやがった」


「法王庁? 《神聖騎士団》の仕業か!」


 その通りだとオルタナは頷いた。


 未来の自分と同期したオルタナは、情報収集に動いたフィーニスの部下が手に入れた情報を先んじて知った。起動した兵器ごと、黒龍に食われた《神聖騎士団》のメンバーが居たのだ。彼が、果たしてこうなる事を知っていて自分の命を犠牲にしたのかまでは定かではないが、シグナルを放つ兵器は黒龍というこの世でも指折りな堅牢な体内で守られている。


「黒龍の体内か。さっきから影を内部で展開しようとしているけど弾かれちゃうんだよな。……もしかして、魔法工学の兵器の影響かな」


「さあな。ともかく、黒龍の体内から兵器を取り出すか、『機械乙女ドーター』が黒龍に負けるのを防ぐのか。どちらか達成しないと最悪の未来が始まるぞ。……俺は行くが、てめぇらはどうする?」


 問いかけにサファは寸分も間を置かずに答えた。


「行くとも。流石に、兵器があちこちで使われてはどうにもならん。誰かの掌で踊らされているのは不快だが、放置する訳にもいかないからな」


「そうか。てめぇはどうするんだ、フィーニス」


「行く、と答えたいけど……ぼくらが行って意味があるのかい?」


 フィーニスの問いかけにオルタナは無言で応じた。フィーニスはオルタナに重ねて尋ねた。


「聞けば、君の未来は予知じゃなくて測定。未来を視てしまえば、その通りになってしまうのだろう。だったら、ぼくらがどれだけ足掻いても、意味が無いんじゃないのか。もし、無駄な努力ならぼくは一刻も早く国に帰って、最悪の未来に備えて方針を固めたい」


 冷徹に聞こえる発言だが、国を治める立場を考えれば正しい判断だ。


 オルタナはそんなフィーニスを責めずに口を開いた。


「確かに、俺の視た未来は現実に起きる。だが、それにも幅があるんだ」


「幅だって?」


「ああ、そうだ。『機械乙女ドーター』が敗北するという未来をひっくり返すのはある条件が必要だ。だが、『機械乙女ドーター』が敗北するという未来自体を変えず、どれだけ敗北するかという程度を変えるぐらいなら可能だ」


「未来の大筋は変えられないけど、細かい部分は変えられる。という事は、『機械乙女ドーター』が修復不可能な状況で負けてしまうのを、修復できる程度に負けるという結果にするという事かい?」


 その通りだとオルタナは頷いた。


 オルタナが未来の自分と同期して知ったのは、『機械乙女ドーター』と『勇者』が敗北し、修復不可能なまでに破壊されるという未来。


 その最悪の未来を、ある程度マシな未来に変えるのがオルタナの狙いだ。


 もっとも、世界から流れ落ちない染みとなったオルタナは、世界の行く末を変える事は出来ない。オルタナが測定した未来をある程度まで変化させられるのは、この世界を生きる人間だ。


 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 この事は旧き友であるサファですら知らない秘密だった。


 つまり、オルタナ一人では最初から未来を変化させるのは出来ないのだ。サファが協力しても、厳しいだろう。フィーニスが協力しなければ、成功率は限りなく低い。


「……仕方ないな。こうなったら、乗りかかった船だ。関わった以上は、最後まできっちりと見届けようじゃないか」


 オルタナはフィーニスから見えないように拳を握った。


 これで、一縷の望みは繋がった。


 三人は未だに激しい戦いを繰り広げる黒龍とジグムントの方角を向いた。


「この期に及んで連携が出来ないから、一人で戦うなんて言ってる場合じゃないな。貴様等ごと、黒龍を叩き切るつもりでいかせてもらおう」


 刀を提げたサファから立ち上る圧が、これまでと比較しても凄まじい物へと変化していく。まるで今までの戦いが手を抜いていたかのように思える。同時に、フィーニスとオルタナから発せられる圧も尋常じゃない領域だった。


「構わないよ。こっちも、後先を考えずに全力でいかせてもらうから」


 影がフィーニスの体を幾重にも巻きついていくと、禍々しい獣の姿へと変貌していく。


「それでオルタナ。『機械乙女ドーター』が到着するまで、どれぐらいの時間が残っているのかな」


 まだ頭は人の形を残しているフィーニスの質問に、未来を知ったオルタナは告げた。


「十二時間後だ」







『七帝』が五体揃い、ぶつかり合う地より北の方角。雪が深く降り積もる山脈に隠れる様に、『科学者』の研究所はあった。


 エルドラドの技術力じゃ実現不可能な品々が並ぶ室内。その中央にある卵型の箱こそ、『機械乙女ドーター』が眠りにつくベッドである。一つしかない透明な窓ガラスの奥には、人造ではあるが究極の美と呼べる美しい少女の無垢な寝顔があった。


 その時、無人の研究所に機械音が響いた。静寂を遮る無粋な音は、少女を眠りから覚ます。人の肌としか思えない瞼がゆっくりと上がり、宝石のような瞳が露わになった。


機械乙女ドーター』ポラリス、起動。


読んで下さって、ありがとうございます。

次回の更新は9日頃を予定しております。

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