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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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閑話:人龍戦役Ⅰ

 人龍戦役。


 脆弱で地を這う人と強靭で空を舞う竜との戦争は、多くの犠牲を払い人が勝利した。戦いの余波は凄まじく、地形が大きく歪み、幾つもの国が炎に飲み込まれた。綺羅星のように二つ名持ちの戦士が現れては消え、壮絶な戦いを生き延びた怪物達は伝説となった。


 そんな熾烈な人龍戦役において最も激しい戦いがあった。


 表の歴史書には、帝国を中心とした同盟軍総勢十万の軍勢が壊滅するも、『龍王』黒龍に一矢報い西方大陸上陸を阻止したと記されている。


 裏の歴史書には、『龍王』黒龍を食い止めるために、『守護者』サファ、『魔術師』オルタナ、『魔王』フィーニス、『勇者』ジグムント、『機械乙女ドーター』ポラリスが集結したと記されている。


 そう、『正体不明アンノウン』を除いた『七帝』が集結した戦いこそ、人龍戦役最大の激戦と謳われるトラゴエディアの戦いである。








 そもそも、なぜ人と竜が争う事になったのか。本来、竜は人を相手にしない。彼らは人を遥かに超える体躯を持ち、空を自在に飛び回る翼を有し、何者をも寄せ付けないブレスを放てる。一個の生命体としては異常なまでの戦闘力を有しているのには理由があった。


 彼らは白竜から生みだされた、肉体を持つ精霊だ。


 本来、古代種の六龍は大地を流れる魔力を大量に消費し、世界のバランスを正常に保つ役割があった。一カ所に魔力が溜まってしまえば、その付近にある迷宮に魔力が集中してしまいモンスターが大量に生まれ、スタンビートが発生してしまう。世界のバランスを守るために、古代種の六龍たちは各大陸を周り安定させていた。


 ところが、無神時代が始まってしまい古代種の六龍を取り巻く状況が変わってしまった。それまであった神々の恩寵や存在を感じられなくなった人々が、心の拠り所として六龍を求めようとしたのだ。人間に関わるのを良しとしない六龍は、人々から隠れた。


 しかし、隠れてしまえば六龍としての役目を果たせない。そこで白竜は己の持つ力を使い、竜を作った。白龍をモデルとして生み出された竜は、六龍と同じように大地に流れる魔力を吸い上げ消費できる力を持つ。


 ある程度の思考能力はあるが、決して人に危害を加えようとはせず、純粋に自身の役目を全うしようとする。


 竜とは、六龍に代わって世界のバランスを保つための道具だった。


 無神時代の初期に起きた黄龍の暴走も、竜の誕生に一役買った。黄龍が暴走したのは明らかに人為的な物で、神々の力が及ばないエルドラドで何者かによる大きな計画が動いていると察した白龍たちは、ますます隠れ潜む様になった。表舞台に出られなくなった六龍たちの代わりとして、竜は世界中に散らばっていた。


 こうして誕生した竜はエルドラドのバランスを保つのに役立っていたが、同時に問題もあった。それは、竜は生命活動を持続させるためには魔力以外のエネルギーを手に入れる必要があった。六龍たちは魔力を取りこみさせすれば永遠に等しい時間を過ごせるが、竜たちは違ったのだ。彼らは食した物を体内でエネルギーに変換する器官を持っていたため、餓死する事は無かった。


 彼らは何でも食べた。


 木を、岩を、土を、森を、密林を、丘を、荒野を、平野を、草原を、砂漠を、火山を、鉱山を、砂浜を、動物を、モンスターを。村を、街を、


 人を襲う事は無かったが、人が暮らす領域を躊躇う事なく侵入し荒らしていく。竜たちにとって人々の営みを壊す事よりも、自分たちが生きて世界のバランスを保つ事の方が重要という認識だった。


 魔力を追い求めて竜が移動する度に世界は更地へと変わっていく。だが、それも無神時代が始まって数百年まではさほど問題では無かった。無神時代が始まってすぐに起きた混乱で人々の数は大きく減っており、竜に対処する余裕などなかった。


 だが、無神時代はある時を経て大きな転換期を迎えた。


 後に黄金期と呼ばれる時代、三人の英傑が誕生した時だ。


『冒険王』エイリークが興したギルドは世界各地に根を張り、人々の脅威であったモンスターを退けていった。『魔導士』オルタナが生み出した新式魔法は、魔法の適性が低かった人でも手軽に魔法を使えるようになり、生活と戦闘の両方を向上させた。『科学者』ノーザンがもたらした魔法工学は人々の生活水準を引き上げ、経済を加速させた。


 彼らの業績は人類の生存圏拡大という形で現れていく。次第に広がっていく国の境界。増えていく人々。黄金期を抜け、西方大陸で帝国が誕生する頃になると世界中が安定した状態に突入したのだ。


 すると、それまでは気にならなかった問題に直面したのだ。


 竜だ。


 人々の生存圏が拡大していく中、竜は変わらずに自らの役目を果たしていた。魔力が溜まる場所に行っては魔力を吸収し消費する。そして次の場所に移動する道中、生きるために目に着いた物を容赦なく平らげていく。例えば、人々が育てた牧場や農園、力を合わせて建設したモニュメント、外敵から守る城壁。竜にしてみれば、人々が生み出した物とそうでない物の区別はつかない。公平に食べてしまうのだ。


 もっとも、それは竜側の事情であり、人々にしてみれば堪ったものでは無い。竜への不満は溜まっていき、小競り合いが勃発するようになった。


 今のエルドラドはギルドによって効率よく育てられた冒険者たちや、新式魔法の普及により誰でも魔法が扱えるようになっている。竜を侮るわけではないが、力を持っている者達の増上慢は止めようも無く、竜への攻撃が始まってしまった。


 竜にしてみれば理解できない事態だろう。自分たちが役割を果たさなければ世界の均衡が崩れてしまう。世界という皿の上に乗っている人々が、守護者たる自分たちを襲うという現実に竜は対処する。


 だが、彼らには制約がある。竜は肉体を持つ精霊である。


 人々を殺してしまえば、精霊の掟を破ってしまい堕ちてしまうのだ。


 そのため、多くの竜たちは人々と争わずに逃亡を選択するも、少数の竜がやむを得ず反撃してしまい、不幸にも犠牲者が出てしまうと堕ちた精霊となった竜によって更なる被害が生まれてしまう。堕ちた竜の脅威が人々の口づてに広まってしまうと、更に竜への危機感が募ってしまい、竜排斥の流れが加速するという悪循環に陥っていた。


 そこで事態を打開するために白龍と複数の王たちによる会議が招集された。竜による被害を止め、人と竜が共に暮らせる世界を作ろうというのが目的だった。


 ところが、予想もしない事態が起きてしまう。


 会議に参加した白龍が死んだのだ。


 封印された黄龍に続き、白龍の欠落は古代種の六龍達を動揺させた。最も激情にかられた黒龍が、多くの竜を率いて進軍するのは当然の流れと言えた。


 かくして、人龍戦役の火ぶたは切って落とされた。たった一つの謎を残して。


 人龍戦役から数百年が経過してなお、白龍が死んだ理由は謎のままである。








「凄い、本当に凄い! 見ろ、爺! この集まった軍勢を! いま、ここに世界があるぞ!」


 興奮を隠そうとせず、後ろで縛った金髪が馬の尾のように跳ねる。年の頃は十二歳頃か。手足も伸びきっておらず、身に付ける鎧は体のサイズに合っていない。真新しい装飾が日の光を浴びて輝くのを、後ろの老人は眩しそうに見つめた。


「ほほ。あまり興奮なされるな坊ちゃま。此処は既に最前線ですからな」


「ああ、そうだったな、うん。うん」


 途端、萎んだ風船のように落ち着きを取り戻す少年だったが、青色の瞳は興奮の色を隠せないでいた。あちこちに視線を向けるのを若さゆえかと老人は思った。


「いやはや、しかし坊ちゃまが興奮されるのも無理はありませんな。儂も御屋形様、先代様にお仕えして幾つもの戦場を渡り歩きましたが、これほどの規模の物は見た事がありませぬ」


「そうなのか? 爺でも見た事が無いのか?」


「ええ、ええ。坊ちゃま、これは壮絶な戦いとなるでしょうな。それこそ、歴史に語り継がれる程の物に」


 老人の言葉に少年は感嘆の息を零す。視線を左右に向けて、改めて自分のいる最前線を見渡した。


 少年の正面には海が広がっている。波は穏やかで、時折群れからはぐれた海洋モンスターが近くに姿を見せるが、人間の数に恐れをなしたのかそれ以上は近づいてこない。


 賢明と言えた。


 少年の背後には夥しい数の軍勢が、目まぐるしく動き回っているのだ。


 魔法使いたちは土系の魔法を使って砦を構築し、各国の兵士たちは与えられた持ち場を陣地に作り替え、少年のすぐ傍の司令部では人がひっきりなしに出入りしていた。


 帝国大陸の北にあるトラゴエディアは切り立った崖ばかりの土地だ。帝都から遠くにある僻地のため人が住んでおらず、開発もされていない場所だ。人の背丈ほどある岩が転がり、反り立つ崖が海からの侵入を防ぎ、堅牢な防御壁として存在していた。いま、そんな峻烈な土地に十万の軍勢が集まっていた。


 内訳は、帝国兵六万、残りが海の向こうから派遣された各国の兵だ。


 ほとんどが人間種だが、中には獣人種も混じっている。帝国では珍しくなった獣人種を好奇心旺盛な目で追いかけていた少年は、司令部から出てきた人影に気づいた。


「爺、父上だ。軍議が終わったようだぞ」


 言うなり少年は駆けだした。俊敏な動きだったが、読んでいたのか老人は難なく追いかけていく。


「父上! 軍議は終わったのでしょうか? 我々はどのように動くのでしょうか?」


「ははは! こやつめ。すぐに作戦を聞きたがるとは、よほど戦をしたいと見えるな。それとも初陣で気が立っているのか?」


「坊ちゃま!」


「あ……失礼しました、御屋形様」


「よい。その気構えこそ、ウィンドヘイル家の証だ。それでこそ、私の息子だ」


 そう言って、帝国四大公爵が一つ、ウィンドヘイル家の当主は自分の息子を撫でた。父の太い、傷だらけで固くなった手の感触を嬉しく思う少年は、もう一度尋ねた。


「それで、御屋形様。作戦は?」


「うむ。やはり、初撃は魔法使いたちによる複合魔法になった。我らは魔法使いたちが次の魔法を放つまでの壁となり、囮となって戦う事になるな」


「そう……ですか」


 あからさまに落ち込む息子に、父親はからかう様な笑みを浮かべた。


「なんだ、不満か」


「そんな事は……いえ、正直に申せば不満があります。僕は若輩の身なれど、ウィンドヘイルの剣術に誇りを抱いております。領地から連れてきた兵たちも、御屋形様や爺が手ずから育てた精鋭たちばかり。それを壁や囮のような扱いをするなど」


「坊ちゃま、それは」


 老人が何かを言おうとするのをウィンドヘイル家の当主は止めた。


「うむ。お前の剣に対する思い。父として嬉しく思うぞ。だが、相手は竜。それも黒龍が率いる軍勢だ。我らの剣では届かない領域にある敵なのだ」


「しかし、父上!」


「強情な奴だな。ならば、こう考えてはどうだ。我らの剣は、魔法使いたちを守るためにある、と」


「魔法使いたちを守るため、ですか」


「そうだ。ウィンドヘイルに剣を伝授してくださった『勇者』ジグムント殿は、敵を倒す為に剣を学んでいた訳では無い。あの方は―――」


「―――悪逆に虐げられている無辜の民を守るため、ですよね!」


 言おうとした事を先んじられた当主は、そうだと頷いた。


「よく覚えているな。そう、我らの剣術は敵を倒す為にあるのでは非ず。守る為にあるのだ。魔法使いたちを守る役目こそ、我らの本懐であり、さらに言えばこの世界に暮らす民人を守る事に繋がる。そうではないか?」


 父親の言葉は少年の胸を貫く。自分が見えていなかった事を見ていた父に尊敬のまなざしを向けた。


「そうです! よく分かりました、父上!」


「うむ。さて、まだ時間に余裕もある。我らの陣地に戻る前に、この辺りをもう少し見て回るか? どうせ、頭の固い爺の事だ。司令部傍を離れようとはしなかったのではないか?」


「よ、宜しいのですか?」


「うむ。ただし、あまり遠くには行くな」


「分かりました。それでは、失礼します!」


 言うなり、少年は魔法で組み立てられた砦を駆けだした。背中が小さくなるのを見届けていると、当主に向かって爺がそっと囁いた。


「宜しかったのですか、あのように自由にさせてしまっても」


「やはり、貴様は頭が固いな。あの年ごろには、何もかもが新鮮に映るだろうに、変わり映えのしない海ばかりを見せるとは」


「申し訳ありませぬ。何しろ、儂の少年時代など記憶の彼方に消え去ってしまったので……。それで、何か御下命が?」

「……やはり、貴様は察しが良いな」


 息子を遠ざけた当主は老人の方へと声をひそめた。


「帝都から連絡があった。『勇者』殿をここに派遣する事が決まった」


「なんと! ……皇室がお許しになられたのですか? 『勇者』殿を帝都から遠ざけるのを」


「うむ。どうやら、黒龍側に大きな動きがあったようだ。想定よりも大規模な戦いになるかもしれん。……真偽は不確かだが、『聖騎士』が死亡したようだ」


「―――っ!!」


 驚愕の声を上げなかったのは年の甲と褒めるべきだろうか。老人は言葉を詰まらせながら、一方で目をこれでもかと見開いていた。


「北方大陸で黒龍を二カ月に渡り引きつけていたのだ。十分な成果といえる」


「……仰る通りですな。あの黒龍と取り巻きを引きつけて二カ月も……十分驚異的な話でございます」


 人龍戦役が始まり、人々はある変化を思い知らされた。


 白龍から生みだされた竜が黒龍の狂気に触れて大きく変貌したのだ。肉体は一回り以上膨れ上がり、戦う事に特化した牙と翼を持ち、精霊の掟から解き放たれてしまった。人を虐殺する生物になり果てた竜は、黒龍に近い個体ほどその強さを異常な物へと変化させていた。


 そこで、人々は黒龍と他の竜を引き剥がす作戦に出た。黒龍とその取り巻きを北方大陸のある場所に誘い込み、『神聖騎士団』と学術都市とエルフが協力して開発した結界魔法に閉じ込め、その間に残った竜を退治していくという内容だ。


 作戦は上手く行き、黒龍と側近たちは北方大陸のある場所で、『神聖騎士団』のメンバーによって足止めをされていた。その隙に、人類は竜を分断、各個撃破していった。


 黒龍の狂気に触れた竜たちは、人を見たらとにかく殺すという衝動に染まっていた。戦術も戦略も連携も無い、狂った獣の習性を利用する。囮となる部隊が犠牲になって竜を引きつけると、数が少なくなったところを包囲して殲滅していく。人類も血を流すが、確実に竜の数は減らせる作戦だった。


 この囮に志願したのが意外にも帝国だった。


 帝国は数百年続いていた戦乱を『勇者』ジグムントの力を持って終わらせ、西方大陸を統一した。しかし、まだ誕生して数十年と若く、誕生した経緯が血腥い事から各国から警戒されていた。ギルドを拒むのも信頼関係を築けない要因だった。


 そこで帝国は竜との戦争で最も被害を被る役目を志願し、各国からの信頼と貸しを作ろうとしたのだ。それにもう一つ、帝国には問題があった。


 帝国の始まりは、西方大陸にあったちっぽけな小国だった。その小国が周辺国を滅ぼし併呑していけば、当然のように軋轢が生まれる。滅ぼした側と滅ぼされた側の関係性は代を重ねても改善していなかった。先に恭順した国家や部族から優遇した為、最後まで抵抗を続けた国家の生き残りたちの立場は酷い物であった。ウィンドヘイル家が取り締まりをしていたが、いつ暴発してもおかしくない状況だ。


 そんな彼らに帝国は道を示したのだ。


 自らの血と魂を差し出して竜をおびき寄せる囮の役目を果たしたら、次の世代の待遇を良くする、と。


 帝国において虐げられていた人々は、自分たちの子供がまともな待遇を受けられるならと喜んで役目を引き受け、任を全うした。


 帝国にしてみれば、各国からの信頼と貸しを作り、内部の不満を持つ勢力を削れる一石二鳥の作戦だった。


 かくして、西方大陸を舞台に竜の消耗戦が始まった。


 ギルドの受け入れを拒否していた帝国は、代わりに周辺国に軍の増援を依頼した。もっとも、彼らを戦場に立たせるつもりは無く、帝国がどれだけ世界の為に血を流したのかを見届け伝えて貰うスポークスマンとしての役割を求めて呼び寄せた。それが、今回の四万の多国籍軍になる。


 作戦はある程度まで順調に進んでいたが、やはり相手は竜だ。まだ帝国の各地でまとまった規模の竜たちが暴れている。全てを殲滅するまでに、まだしばらくの時間が必要だった。そこに黒龍を隔離していた『神聖騎士団』の面々から連絡が来たのだ。


 ―――限界が近い。


 短くも切迫した状況が伝わる内容だった。帝国は黒龍が近いうちに解放され、帝国内部に引き込んだ竜たちと合流する事を恐れ、北方大陸と海を隔てて近いトラゴエディアで迎え撃つ作戦に出たのだ。


「『勇者』殿が投入されるとなれば、戦場は予想以上の激しさとなるだろう。そこで、あやつと貴様を陣の後ろに配置する。貴様は状況によって私の指示を確認せずにあやつを連れて戦場を離れよ」


「……宜しいのですか? 戦場を離れるなどウィンドヘイルの家名を汚す事になるのでは」


「あれはここで死なす為に連れてきたわけでは無い。それに次男坊が逃げたぐらいで我が家名に泥など着かん」


「ならば、なぜ坊ちゃまを戦場に? 奥方様も不思議がられていましたが」


「なに、あやつに見せておきたかったのだ。これほどの規模の戦となると、今後百年は目にする事も無かろう。……我らウィンドヘイルは武門の一族。戦を肌で感じ、それを後世に伝えるべき責務がある。先の短い私だけが知るよりも、年若いあやつが知っておくほうが、ウィンドヘイルの役に立つかと思ったのだ。我の後を継ぐ兄は領地に残したから、万が一あれが死んでも家が絶える事は無いとはいえ、むざむざと死なすのも惜しいのでな」


「心得ました……御屋形様。坊ちゃまがどなたかをお連れになられております」


 老人の言葉に、当主は駆けだした息子が誰かを伴って戻ってきたのに気づいた。その何者かを目に捉えた瞬間、顔を引き締めた。当主の空気が変わったのを老人も肌で感じていた。


「ちちう……御屋形様! 御屋形様に挨拶がしたいという方をお連れしました。名を―――」


 言葉を続けようとした少年を、黒髪の少年が押しとどめた。柔らかな雰囲気を漂わせた、青年と少年の狭間に居るような見た目なのに、相対しているウィンドヘイルの当主はプレッシャーを感じていた。


 まるで、巨大な大木を前に自身の小ささを感じているかのような、明らかに自分が劣っていると自覚させられてしまう。そんな圧が黒髪の少年からしていた。


「―――先程の軍議ではろくに挨拶も出来ず申し訳ありませんでした。改めまして御挨拶を。ワタシはアトス国を統べる者、フィーニス・マールムと申します」


 少年、フィーニスは口の端を緩めると、困った風に笑いかけた。


「口さがない者からは『魔王』などと大仰な呼び方をされております」


読んで下さって、ありがとうございます。

次回の更新は18日ごろを予定しております。

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