閑話:カタリナの備忘録 『後編』
ワタシとレイ君の方針は大きくかい離していた。
ワタシは、特定人物以外の死は許容するべきであると考えていた。勝利のためなら仲間の死であっても、許容するべきだ。《ミクリヤ》メンバーなら、エトネちゃんとコウエンの生存は度外視し、街中を歩いている無関係な住人ならどれだけ死んでも構わないと心の底から思っていた。
ワタシにとって、レイ君やシーちゃんの命と有象無象の生命は比べるまでも無いのだ。
ところが、レイ君にとって有象無象の命すら救う対象になっていた。彼は極端なまでに人の命が失われるのを恐れ、あるいは命に執着する。戦いの余波が住民を巻き込まないように気を使い、それこそ彼らを守る為に捕まってしまうという展開が幾度もあった。
甘い、と一言断じればそれで終わりだろうが、残念ながらレイ君が捕まって幕引きされては困る。こちらとしては、何としても彼には無事で居て貰わないといけない。おとうさまの計画を止めるためにも。
だが、直接的な介入は難しい。まず、ワタシの存在にお父様はともかく、ジャイルズが気づけばゲオルギウスやクリストフォロスに伝わってしまう。ここを乗り切っても、後から病的なまでにしつこい奴らに絡まれてしまう。オルタナと顔を合わせるのも具合が悪い。奴はワタシたち姉妹を知っていて、状況によっては協力を結ぶ可能性がある。ワタシが学術都市でレイ君の味方をしているというのは、他の姉妹に伏せている秘密だ。知られれば、姉妹たちの追及がある。
なにより、ワタシが派手に介入すれば、いずれはおとうさまに気づかれてしまう。神々の観測所はまだ崩壊しているが、機能はしているはずだ。神々が居なくともエルドラドの異変を逐一収集しており、復旧すれば記録されたデータからワタシの裏切りが気づかれるリスクがある。
まだ、ワタシがおとうさまを裏切っている事を知られる訳には行かない。だから、レイ君たちを手助けするのは最小限に抑える必要があった。ハンドベルを隠れ蓑に影の転移を使ってあげるぐらいしか方法は無かった。
厄介なのは、レイ君たちがワタシの予想を常に裏切るという点だ。舞台は生ものとはよく言った物で、どれだけ練習を重ねても本番の幕が上がればどんなことだってあり得る。レイ君のみならず、シーちゃんやエリザベート、レティシアちゃん、クロノ、エトネちゃん、コウエン、ヨシツネ。《ミクリヤ》以外では、お父様にジャイルズ、ポラリス、オルタナ、黒龍。彼らが常に予想を上回る動きをする度に、ワタシの脚本は破たんし、その度に《トライ&エラー・イミテーション》を使用する結果となった。
例えば、レイ君たちに『七帝』が学術都市に潜入していると伝えれば、彼らは学術都市の上層部に掛け合い街を守る為に動こうとしてしまう。例えば、ポラリスを排除しようとすれば、彼女の反撃にあい手酷いダメージを受けてしまう。例えば、クロノを差し出す代わりにオルタナを味方に着けようとしたらレイ君と敵対してしまう。例えば、お父様の侵入をギルドに密告して街全体を緊張状態にしたら、最終的には黒龍が襲来した。
ワタシの予想を上回るのも当然と言えば当然だ。彼らは本気で戦っている。命を賭け、誇りを胸に抱き、勝利を手に入れるためにもがく。必死さは予想もつかないハプニングを生み、熱い情熱がうねりを作る。それを全てシミュレーションしたつもりでいる方が滑稽と言えよう。
姉妹の一人に、自分は汗もかかずに指先一つで人をいい様に操り、堕落させ、破滅させるのを得意としているのが居る。今更ながらではあるが、あの子の恐ろしさを理解できた。あれは、人の持つ思考の方向性や癖、根底にある信念や目的などを細部まで読み取り、その上で完璧に状況を把握していなければできない芸当。
それはある意味、この状況において最も適したやり方なのかもしれない。
最低限の介入しかできないワタシはあの子の手法を真似る事にした。彼らの行動を分散化し、状況を固定化し、その時々で取れる行動の数を絞った。レイ君を迷宮へと連れていき、キョウコツを使ってエリザベートとクロノを分断させ、シーちゃんとレティシアちゃんをお父様に捕まえさせ、エトネちゃんとコウエンを学術都市から追い払う。
レイ君にしてみれば、仲間が散り散りとなり追い詰められているかのように映るが、数百と試行錯誤を重ねた側からしてみれば、これが最善の策と言えた。
その過程で多くの戦いがあった。例えば、オルタナと対峙したシーちゃんが洗脳魔法を受けてしまいエリザベートとクロノと敵対した。例えば、レティシアちゃんを守る為にエリザベートがお父様と切り結んだ。例えば、奪われた仲間を取り戻す為にクロノとコウエンがタッグを組んで黒龍に挑んだ。誰と誰をどのタイミングで遭遇させれば、最も上手く行くのか。舞台に上がる役者の数だけ、戦いと悲劇があった。そのどれもが敗北と死で終わる。
下手に集まって反撃の手段を講じようとしても、無駄な足掻きなのだ。個であろうが、集団であろうが、彼らと『七帝』の間には大きな開きがある。埋めがたい実力差を前に敗北するのは必至だ。にも関わらず、レイ君は仲間を守る為に無茶な行動をする。敵わない相手に迫る為に、《トライ&エラー・グレートディバイド》を発動させ、魂が擦り切れるような前進を躊躇わずに踏み出す。踏み出した先に待っているのは敗北だ。
だから、彼から仲間を取り上げるのが最善だと判断した。
仲間から隔離し、一つずつの問題点を浮き上がらせる事で対策を講じ、盤面を俯瞰で見える様にする。今までは渦中の只中に飛び込み、渦潮に飲み込まれた漁船のように沈んでいたが、一歩引いた視点を得る事で着実に問題を解決するようになった。
仲間達を分散させたのは、レイ君に新しい視点を与える以外の効果もあった。具体的には、『七帝』を彼らの味方にさせるチャンスを与えた。
彼らが何をしに学術都市に来たのかは予想が出来た。その中で、レイ君たちと敵対せずに目的を果たせるのは、『機械乙女』ポラリスと、条件付きで『魔術師』オルタナだけだった。だから、彼らと相性のよさそうな人選をして、キョウコツを利用して上手く遭遇させるというひと手間を加え、どうにか形を作った。これを試すだけでも数回はやり直しをしている。
この時点で、盤面は大よそ固まっていた。ワタシのカードは《ミクリヤ》のメンバーとポラリス。相対する陣営はお父様とジャイルズ、黒龍とオルタナの三つ巴の体を為していた。最も三つ巴ではあるが、互いの陣営のカードが入り乱れてはいたが。
最大の難所は言うまでもない。
説得という手段が通じない『龍王』黒龍だ。
黒龍に関してはワタシも読めない部分が多い。白龍の死から、あの龍の行動原理は世界を救うために滅ぼすという、矛盾した行動を取るようになった。オルタナと合流してからは、行動の決定権をオルタナに委ねてはいたが、フィーニスやレイを前にして嫌悪感を拭えず、彼らを何度も吹き飛ばしてくれた。
正直、黒龍を舞台に上げないでくれと何度も心の中で叫んだ。あれは、舞台をひっくり返す難物であり、どうやってもワタシの脚本に取りこむ事なんてできない規格外の生物だ。だから、エトネちゃんとコウエンが黒龍の前を静かに撤退できるルートを見つけた時は、このまま放置すればいいとさえ思った。もっとも、直後に何を思ったのか黒龍が学術都市に乗り込んできて、全部をひっくり返したのだから、甘い考えだったと反省した。
どうあがいても絶望的な存在を打破するきっかけは、レイ君が自分で見つけた。
ワタシが他の仲間と、何より『七帝』から引き離した先で遭遇した迷宮のボスモンスター。対象に変身するミラースライムの特性に目をつけ、彼はコウエンに変身能力を与える為に何度も死を繰り返した―――と思う。
その結果をワタシは語る必要はない。
ただ、一言だけ記させてもらえるなら、出来過ぎている。
誓って言うが、ワタシはミラースライムを利用して黒龍に大打撃を与える方策など微塵も思いついていない。迷宮に彼を連れ込んだのは、地上だと何処に放置しても『七帝』の誰かと遭遇し、なし崩し的に戦闘が始まってしまうから、いっそのこと地下に置いただけだ。迷宮のボスが切り替わり、ミラースライムになっていた事なんて知らない。
それがどうだ。まるで、最初から盤面が整っていたかのように道筋が浮かび上がり、彼は疑う事なく幾度の死を受け入れる。屍を積み上げれば、コウエンがいずれはミラースライムの特性を得ると信じて疑わない。そして実際にその通りになった。なってしまった。
おとうさまは死を繰り返す事で因果を重ね、不運を招くと分析していたが、それだけでは無いように感じた。
因果を重ねる事で、運命に対する強制力を得ているのではないだろうか。自分の死を繰り返す事で、本能的に自分の思い描く未来を引き寄せようとしている。でなければ、成功するかどうか分からない賭けに、ああも簡単に身を投げ出せる精神性が理解できない。
おとうさまが用意した鍵は、果たしておとうさまの望み通りの結末を導くのか。
あるいは、彼自身が望む未来を引き寄せてしまうのではないのだろうか。
話が脱線してしまった。ともかく、レイ君は最大の難所であり難関だった黒龍の力を削ぐのに成功した。あとは詰め将棋と同じだ。
お父様―――フィーニスの力を削いだ上で勝利し、彼と戦奴隷契約を結ぶ。
突飛なアイディアではある。
フィーニスと契約を結ぶとなれば対等契約以外はできない。つまり、彼もまた《トライ&エラー》の恩恵と呪縛を受ける事になるのだ。フィーニスという強者に対して一定の命令権を得て、なおかつ六将軍たちから殺されるリスクが無くなるというメリットもあるが、デメリットも非常に大きいと言える。だが、あの時点でレイ君たちがお父様を殺した場合、その後が厄介だ。敬愛する主を奪われたゲオルギウスとクリストフォロスが、果たして平静でいられるだろうか。どう低く見積もっても、《ミクリヤ》メンバー一人を殺すのに、都市が一つ消滅する被害が生まれるだろう。
かといって、そのままお父様を見逃すのも彼らにとってはリスクしかない。自分たちの居所を知られ、《トライ&エラー》という切り札を看破されたのだ。次に戦う事になれば、敗北は必至だ。それらのリスクを加味した結果、メリットの方が僅かでも上回るとシーちゃんは考えたのだろう。もっとも、そのアイディアは実行されなかった。
黒龍の最後の一撃が、ポラリスを行動不能へと導いてくれた。これには喝采を上げてしまう。何しろ、最初に組み立てた目標設定の一つであるポラリスの行動不能は、今後の計画を早めるために必要な要素だったのだ。できる事なら、レイ君を庇う形で破壊されれば、責任を感じた彼が自らの意志でポラリスをノーザンの研究所まで運んでくれるだろうと予測していた。仮に、レイ君を庇わずに破壊された場合でも、世界のパワーバランスを抑えていたポラリスの喪失を危険視した学術都市上層部からクエストという形で依頼されるだろうとも踏んでいた。
そう、どちらに転んでも、レイ君がポラリスを連れてノーザンの研究所に向かうというイベントが発生する。
ノーザンの研究所。そこに答えがある。
君はそこで知るだろう。自分が何者なのかを。どうやって自分は誕生したのか。この世界の秘密も。
おとうさまがひた隠しにしていた真実。魂に楔を差し込み気づかせないようにしていた秘密。それが解き明かされる時、ワタシの計画も動き出す。
……やはり、昂っているのだろう。これ以上、筆を走らせても余計な事ばかり書いてしまいそうだ。お父様の動向を探る為に数日徹夜していたのも影響しているのかもしれない。一度、横になってから、改めて詳しいレポートを作成しなければならない。それに《トライ&エラー・イミテーション》の詳しい臨床データも纏めなくては。
流石に、三桁を越えるやり直しは頭と心に深いダメージを与えている。頭の奥底で澱のような物が沈殿していて、それがゆっくりと全身を麻痺させている。同じような物をレイ君も感じているのだろうか。それとも《トライ&エラー・イミテーション》の弊害なのだろうか。
魂自体を澱ませるこの感覚を味わってもなお、《トライ&エラー》を使い続けると決めているならなら、彼の心はどこか壊れているとしか思えない
次回の閑話は人龍戦役になります。
更新は15日を予定しております。




