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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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閑話:カタリナの備忘録 『前編』

 偽りの空は作り物の夜空を投影している。その向こう側では魂を運び、清める星の循環装置たる御霊が広がっている。あの屋敷で御霊を見たレイ君は、自分の正体に気づいただろうか。自分が御霊であった事を思い出すだろうか。


 おとうさまの施した楔が正常なら、真実への道しるべがノイズにかき消されてしまうだろうが、おそらく、そうはならないだろう。彼の魂に施されていた楔は既に外され、自身の真実に直面するはずだ。


 直面し衝撃を受けるだろう。


 だが、それ自体は大したことでは無い。重要なのは、その先だ。


 人を構成するのは肉体と魂と精神と記憶だ。


 肉体は神々が用意し、御厨玲としての記憶を与えられ、魂のあり方は御霊に起因し、それらが結びついた事で精神が生まれた。レイという少年が誕生した。


 では、ここまで手の込んだことをしたのは誰なのか。


 御厨玲とは何者なのか。


 この秘密にたどり着かなければ、彼は自分が生まれてきた意味を知ることは出来ない。おとうさまも、その点に関しては抜かりない。自身の痕跡をこの大地のどこにも残さず、全てを書き換え塗りつぶした。


 12神の中に紛れ込むという大胆不敵な歴史改変は今の所上手く行っていて、レイ君たちがこれから頑張った所で真実を引き当てるのは不可能だろう。


 たった一つの希望を除いて。


 ……どうやら、随分と興奮状態にあるようだ。ワタシ自身、少々昂っているのが分かる。書き出しからして、本来記すべき内容から随分と逸脱している。しかし、それも当然だろう。


 なにしろ、ワタシは時を幾度も遡った。使い古された言葉で恐縮だが、タイムトラベラーとなったのだ。時という柵から解放され、限定的ではあるが時を手中に収めた時の興奮は筆舌しがたい。


 同時に、ワタシが望む結末に導くまでに繰り返した試行錯誤の数々を思い出して、口の中を苦い物が広がっていく。


 思い返すだけでも辟易する。


 気分はまさに、何が起きるか分からない演劇の演出家で監督だ。配役を決め、シナリオを用意し、場面ごとに小道具を配置し、自分の思い通りのラストシーンが撮れるまで何度も繰り返す。


 困った事に、役者の大半がこちらの想定をはるかに上回る、あるいははるかに下回る演技をするものだから、舞台は幾度となく破たんし、最終幕にすら辿りつけない。幕が上がってしまえば、運を天に任せてサイコロを振る事しかワタシには許されない。


 《トライ&エラー》は記憶を保持した状態で意識を過去へと飛ばすだけの技能スキルだ。戻った瞬間からは自分の記憶と力だけで立ち向かわなければならない。便利なようでいて、後は自力でやれと突き放しているようでもある。


 そのくせ、制約やペナルティが多くて能力スキルの恩恵を感じられるかといえば今ひとつであった。


 よくもまあ、こんな技能スキルで赤龍やお父様、ゲオルギウス達と渡り合ってきたなと感心すらしてしまう。


 ……またしても脱線してしまった。どうせ、誰も読まない備忘録なのだから、形にこだわる必要は無いのだが。


 そう、これは備忘録だ。ワタシ、カタリナ・マールムが今回の事件に対して、記憶が余計な脚色や忘却をする前に、一連の事態に関する私見や所見を感情の赴くまま筆を走らせる内容になる。


 そのため、学術的な価値は自分で記す物でありながら正当性は保証しかねる。時を越えた事への影響やデータ収集、分析はこの備忘録を終えたら取りかかろう。


 これを急いで記す必要はある。ワタシは時を越えたのだから、世界が整合性を保つために、異常を駆逐する可能性はある。ワタシに何か異変が起きないとも限らない。ともかく、見てきた事を、してきた事を、余すことなく記そう。







 今回の事件を振り返る前に、状況整理をしよう。


 遡る事一月前、学術都市の地下迷宮に奇妙な現象が起きていた。冒険者たちが次々と体調不良を訴えだし、迷宮全体にこの世の物とは思えない声がした。総じて『姿なき存在の呼び声(ゴーストボイス)』と呼ばれた一件は、13神が一柱、時を司る神クロノスがおとうさまによって地上に落とされたのが原因だった。


 この一件の解決を任されたのは、ワタシの介入もありレイ君たち《ミクリヤ》のメンバーに決まった。彼らは上級冒険者ですら達成困難なミッションを見事解決し、予想外の結末へと導いた。時を司る神クロノスの暴走を止め、更に彼女を人間へと転生させたのだ。


 神が人へと転生するなんて、初めてのケースだ。


 反対のケースは知っているが。


 ともかく、クロノス改めてクロノが《ミクリヤ》入りしたが、この事に気づいた者達が居るのだ。


 お父様こと『魔王』フィーニス。


機械乙女(ドーター)』ポラリス。


『魔術師』オルタナ。


『龍王』黒龍。


 よりにもよってと嘆くべきだろう。『七帝』の内過半数が時への干渉を感知し、中心地点である学術都市に乗り込んでくるという結果となった。それも、ほとんど同じタイミングで。


 彼らが時への介入を感知できた理由は推測できる。例えば、お父様が知ったのは、この学術都市地下に広がる迷宮に『科学者』の遺産があると考えて送りこんだ部隊からの報告だろう。


 ポラリスなら、人の目では視認できない高さにある衛星が観測した波長から割り出したのだろう。世界と同化したオルタナなら、この世界で神の権能が発動したのを感じ取るのは容易だ。


 その点、死者でありながら眠る事を許されない『勇者』ジグムンントや、自らの寿命すら切り捨てた『守護者』サファが同じ『七帝』でありながら気づかないのは納得できる。彼らにこういった事を知覚する術は無い。


 納得できないのは、彼らがほとんど同じタイミングで学術都市へと襲来した事だ。


 前におとうさまから報告があった。


 レイ君の持つ《トライ&エラー》の弊害。


 試行回数が増えれば増えるほど、運命の因果が重なりとんでもない物を引き寄せてしまう、と。姉妹経由で聞いた時は大げさすぎると思ったが、嵐を乗り切った身としては納得できる。そんな見えざる手で運命を手繰り寄せたとしか思えないほど、彼は運が悪いのだ。


 ワタシが彼らの侵入に気づいたのは数日ほど前からだった。


 最初に学術都市に到着していたのは、お父様だった。お父様とジャイルズは自分たちの正体を隠す変装をし適当な宿を取ると、学術都市のあちこちを調査していた。権能を判別できる力や道具を持っていない彼らに出来る事は、迷宮を中心に広がった時戻りを味わった住民への尋問ぐらいだ。


 自分たちの侵入がばれないように、突然消えても問題ない類の人間を中心に尋問をした結果、時戻りが発動した確証を得た。同時に、地上ではこれ以上情報が手に入らないと判断して、彼らは迷宮へと探索の範囲を広げようとしていた。


 その前に地上に残したかつての屋敷を見たくなり、お父様はあの屋敷へと足を運んだのだ。あの父親にもそんな感情があるのかと驚いたのが、今では遠い日に感じてしまう。


 折しも、その日はレイ君たちが一月近い迷宮探索を終えた翌日だった。もし、レイ君たちが戻ってくるのが一日遅ければ、あるいはお父様たちが一日早く迷宮に潜っていたなら、今回の騒動は違ったかもしれない。


 いや、そんなIFはあり得ないのだ。


 影を使い遠視をしていたワタシは、朝方に新たに二人の侵入者に気づいていた。『機械乙女ドーター』ポラリスと『魔術師』オルタナだ。彼らが時を同じくして学術都市に潜入したのは、やはりレイ君が重ねた因果に引かれたからだろう。彼が地上に戻ってきた瞬間から、導火線に火は点いていたのだ。


 オルタナは未来の自分と同期する事で、ワタシの居所に関する知識を手に入れた。ワタシの居場所をゲオルギウスやクリストフォロスに密告しない代わりに、協力しろと要求するのはすぐに察したため、ワタシは必要な道具だけを持って研究室を後にした。そして、集まった『七帝』たちがどんな行動を取るのか、レイ君たちがどう抗うのかを観察していた。


 結論から言おう。


 レイ君は負けた。


 レイ君、エリザベート、レティシアちゃん、シーちゃんが死亡。ヨシツネはジャイルズに首を刎ねられ、コウエンは黒龍に吸収され、エトネちゃんはポラリスが回収。クロノは手足をもがれた状態でお父様に救出され、オルタナは暴走状態に陥ってから消滅。学術都市は文字通り消失した。


 世界の理を裏返す極大魔法と原子から消滅する破壊のブレスの激突は、大陸に大きな穴を作った。余波で中央大陸のあちこちに亀裂が走り、海を隔てた帝国沿岸部は津波に飲まれてしまった。正確な死者の数は知らない。


 ある意味、予想できた結果ではあるが、同時に驚嘆する結末である。


 レイ君の持つ《トライ&エラー》は、彼が死ぬと自動で発動し記憶を保持したまま過去に戻る。新しい現在が古い現在を塗りつぶし、誰も知らない未来へと繋がっていく……はずだった。


 だが、レイ君は死んだ。対等契約を結んだ少女たちの命を道連れにして、彼は倒れてしまった。エトネちゃんが半狂乱して泣き叫ぶのを影を通して聞きながら、ワタシはこうなってしまったかと愕然としていた。


 死んでもやり直せる少年が死んだ。考えられる答えはたった一つ。


 彼は死に屈した。


 幾十、幾百、あるいは幾千か幾万か。


 彼の主観を覗き見できない身としては想像するしかできないが、幾度と繰り返し、夥しい屍を積み上げてもなお、彼は未来へと到達できなかったのだ。


 さもありなん。


 彼らのこれまでの戦いにおいて、複数の怪物を相手にした時は誰かしらの介入や助力があった。『勇者』ジグムンントの戦いには今代の《神聖騎士団》。スタンビートの際には『紅蓮の旅団』を含めた多くの冒険者と、元S級冒険者『銀狼』テオドール。


 しかし、今回は違う。徹頭徹尾、彼らは彼らの力だけで困難を乗り切る羽目となった。


 結果はこの通りである。レイ君は死に、戦奴隷契約交わした者達も連なるように息絶え、無関係の多くの犠牲者を出してしまった。傍観者としての視点しか持てないワタシにしてみると、たった一つのストーリーしか知らないが、ここに至るまでに多くの試行錯誤があったのは容易に想像できる。彼らが知恵を出し合い、死力を尽くしてきたのは手に取るように分かる。


 それでも、敗北は敗北だ。


 故に、ワタシはこの敗北を無かった事にする。いや、無かった事にしたのだ。レイ君が戻るよりもずっと前に戻り歴史の分岐点を新たに作ったのだ。


 実験段階の薬、《トライ&エラー・イミテーション》を使用した。


 レイ君の血液とクロノの血液。


 時にまつわる二人の血液から採取した因子を培養し、融合させた試薬は時を巻き戻す効果を発揮する。人体実験はまだ試していなかったが、試験的に投薬したモルモットが、迷路に仕掛けた即死トラップを初見にも関わらず、迷わず確実に回避するようなのを見て効果があると判断した。


 その判断は間違っていなかったのだが、やはりどこかで人体実験はしておくべきだった。何しろ、服用した瞬間に細胞のアポトーシスが始まり体がぐずぐずに溶けていくのだ。


 肉が液体に変わり、腐った肉は骨の隙間から零れ落ちていき、内臓が形を保てずに次々と破けていった。最終的に過去に戻れば肉体も元通りになるとはいえ、体が内側から崩れていき魂ににまで刻まれた死のイタミは耐えがたい物があった。


 二回目以降は忘却作用のある薬と併用する事で心的外傷を回避するようにした。


 死自体はこれまでにも何度か経験しているが、死の瞬間をあれほど明確に覚えている事は他の姉妹でも経験したことは無いはずだ。


 これを何度も味わって、なおかつ記憶し続けているレイ君の精神構造に畏怖すら覚えてしまった。これも、おとうさまに内面を弄られた結果なのだろうか。


 ともかく、ワタシは時間を大きく遡る事に成功した。具体的には日付が変わった瞬間だ。


 お父様を警戒して一睡もしていなかったのが功を奏したのだ。


 興味深いのは、ワタシが巻き戻ったポイントから始まる時間軸において、レイ君の巻き戻りは発動していないのだ。推測ではあるが、ワタシが《トライ&エラー・イミテーション》を使用したのが、レイ君が死に屈し彼の死が確定した未来だからだろう。彼の魂は大地に溶け込んでしまったから、彼の《トライ&エラー》は発動しない。彼はこれから起きる事を何も知らないのだ。


 ……となると、今回は好都合といえた。もし、レイ君が《トライ&エラー》を発動して記憶を保有している状態でワタシが《トライ&エラー・イミテーション》を使用して介入していたら、自分以外の誰かがやり直しの力を持っている事に気づいただろう。まだ、ワタシがやり直しの力を得ている事は知られたくない。もっとも、シーちゃんには未来を知る術があると知られてしまったが。


 時間のアドバンテージを得たワタシは、とりあえずの方針を定めた。


 具体的にはどこをゴールラインとするか。


 誰の死までを許容範囲とし、どこまでの損害を覚悟するのか。


 全員生還は最初から諦めていた。相手は破壊の権化たる『七帝』。どう立ち回っても、確実に死者が出る。一般市民はもちろんの事、《ミクリヤ》のメンバーからも犠牲者が出ても仕方ない。場合によっては学術都市が半壊するのも覚悟しなければならない。


 死は仲間達の結束を高め、彼らの今後を良くする起爆剤になるのではないかとすら考えていた。だから、当初の私はエトネちゃんやコウエンの生存を度外視した戦略を組み立て、介入を始めた。


 ところが、これが失敗だと早々に気づいた。


 レイ。


 おとうさまによってエルドラドに落とされた鍵は、ワタシの予想を遥かに超えていた。


 全員の生存を望むなんて。


お待たせしました。11章、閑話スタートです。

次回更新は12日ごろを予定しております。

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