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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-64 抑止力 『後編』

機械乙女ドーター』ポラリス。


 文明の水準を底上げし、黄金時代の幕を引いた『科学者』ノーザンが生み出した、魔法工学史上最高傑作にして、最恐兵器。魔法工学の兵器による破壊によって、世界規模での大戦が秒読みとなった状況を変えるべく、ノーザンはポラリスを送りこんだ。


 最恐兵器の呼び名は伊達では無く、黄金時代の終焉から今日に至るまで、何十、何百という村が、街が、果ては国がポラリスの手によって壊滅させられた。


 特に、人間戦役の頃は、どの国も魔法工学の兵器を積極的に使用しており、被害は甚大だった。魔法工学の兵器が起動してから三日以降に襲来するという法則が分かったのはこの頃だ。


 結局、人々は膨大な量の血を流して、ようやく兵器を封印する事を決意し、人間戦役は消耗した小国が大国に飲み込まれる形で終わった。


 残ったのは、使い所を失った多くの兵器と、ポラリスへの恐怖だけだった。


「抑止力。魔法工学の兵器を使わせないという意味で言うなら、暗黒期以降のポラリスはその役目を果たしていました。過去の伝承は真実だったと判明し、兵器の封印を解くなと言う先達たちの言葉は正しかったと、各国の指導者たちは痛感したはずです」


「とはいえ、同時に理解したのは、やはり魔法工学の兵器が持つ破壊力の凄まじさだった」


 数百の兵士を数分で打ち倒す銃器。疲れる事を知らず、目的に従事する機械式兵士。大空から一方的に戦場を蹂躙する、空を飛ぶ鉄の塊。荒唐無稽な噂話ばかりが先行しているが、魔法工学の兵器が尋常ではないのをオルドも知っていた。


 シュウ王国で起きた スタンピード。首都防衛戦においてレイが使用した兵器は、下級冒険者に過ぎなかった彼が使ってさえ、モンスターの群れを一掃してしまった。魔石さえあれば、誰にでも同じ事が出来る。戦う事を知らない子供でも、杖を突かなければ歩けない老人でも、同じ結果を引き起こせるのだ。


 為政者として、そんな便利な物を手放せる訳が無い。


 為政者として、そんな恐ろしい物の対策をせずにはいられない。


 暗黒期の終わりから今日に至るまで、魔法工学の兵器を隠し持ち、分析し、あるいは量産しようとするのは公然の秘密となり、各国の為政者や組織の長たちは兵器に対して多額の値を付ける様になった。


「兵器を一番集めているのは、おそらくは帝国でしょう。闇ギルド、ギルドに所属していない商人たちが窓口となり、あの大陸に集まっているというのは、学術都市では珍しくも無い話ですからな」


 西方大陸を単独で有する帝国は、内患を抱えている。帝国皇室を始めとする貴族たちの腐敗と不和。地方と中央の経済格差による不満。帝国に併呑された民族への迫害。あげればキリがないが、帝国という国は他国を喰らう事で延命を果たしてきた。


 その性質は変わらず、帝国は外征の機会を狙っている。先のデゼルト動乱は、まさに南方大陸進出の足掛かりとなる戦争だった。


 とはいえ、外征となれば巨額の資金と人員を割くこととなり、帝国とて気軽に行えるはずもない。乾坤一擲の大勝負だったのは否めない。そんな帝国にとって、魔法工学の兵器とは安価で運用でき、多大な戦果をもたらす切り札となる。


 いつか『機械乙女ドーター』が破壊された時の事を見越して収集するのは、何ら不思議では無かった。


「ギルドも対抗策として兵器を収集していたが、数はそれほど多くねえからな。……『機械乙女ドーター』の絶対性が裏目に出ちまったな」


機械乙女ドーター』が存在する限り、兵器の封印を自ら破り、戦争に持ち込むような愚かな真似は起きないという、盲目的な信頼があった。『機械乙女ドーター』が存在しない時代が来たらどうするのか、という考え方をギルドは持ち得なかったのだ。


 ギルドは黄金時代から情報を蓄積し、分析していた。『機械乙女ドーター』の絶対性を、ある種の安全神話のように受け止めてしまい、それ以上の思考を発展させてこなかった。そのツケがここに来て回って来たのだ。


「研究者たちに意見は聞いたんですか? 修復は可能かどうか」


「個人的に付き合いのある研究者に事情を説明したが、実物を見ないと分からないという前提の上で言われてしまいました。不可能だろう、と」


「専門家が匙を投げちまったのか」


「搬入作業は翌朝から始めますが、やはり難しいでしょうな。帝国を含めた他国に情報が漏えいしないように慎重に行うため、人員も設備も大掛かりな物は望めません。精鋭による研究で、果たしてノーザンの御業にどこまで近づけるのか」


「近づくだけじゃ、意味が無いだろ。ノーザンが生み出した最恐兵器を復活させなければ、このままじゃ、魔法工学の兵器が戦場に現れちまうぞ」


機械乙女ドーター』ポラリス亡き時代。


 それは、暗黒期を上回る悲劇的な時代を予感させて、オルドとグラッセは背筋を凍らせる。


 どうしてこうなったのかという思いから、グラッセは愚痴をこぼしたくなった。


「まったく。『姿なき幽霊の呼び声ゴーストボイス』事件でも大概でしたが、今度は『七帝』が四人も集まるとは。ゲオルギウス、赤龍、黄龍、デゼルト動乱と立て続けに騒動に巻き込まれて。とんでもない星の巡りの下にいますな、《ミクリヤ》は」


「同感だ。……あるいは、世界の終わりが近づいている証なのかもしれないぞ」


 世界崩壊を知る男たちは、これから先、更に過酷な状況が起こりうるかもしれないという予想に顔をしかめた。そして、望んでいないにもかかわらず、騒動の中心へと引きずり込まれてしまう《ミクリヤ》の行く末を案じていた。


 椅子に背中を預けたグラッセは、窓の外を見やる。すると、空に浮かぶものに気づいた。


「おお、始まりましたぞ」


「どれどれ。ああ、これを見ると、年が明けるのを実感できるな」


「同感です。世界が終わりに近づいていても、同じ景色が広がるのは安心しますな」


 グラッセの言葉に、オルドも腰を上げて、窓の外に広がる光景を見つめた。










 偽りの空の下に広がる学術都市魔法工学研究地区。ここは昼夜を問わず活動している研究所が多く、年の瀬とは無縁な場所である。そんな研究地区の一角にあるカタリナの研究所は、現在立ち入り禁止を示すように、歩哨が立っていた。


 昼に六将軍第五席ジャイルズが侵入したことは、上層部に知れ渡っている。付近の研究所でも、何者かがドームを破った所を目撃されている事もあり、既に危機は去ったとはいえ、一応用心の為に人を配置しているのだ。


 とはいえ、急な警備に駆り出された歩哨の士気は低く、欠伸混じりに構えている。彼らは主が不在の研究所のお守りに飽き飽きとしていた。


 だから、気が付かない。


 天井にぽっかりと穴が開いた部屋の中で、悠然と構えている美女の存在を。サイズの大きい白衣を雑に着こなし、癖のある黒髪を適当にまとめているにもかかわらず、月明かりに照らされた美貌は、誰もが振り返ってしまう魅力にあふれていた。


 彼女こそ、この研究所の主にして、元六将軍第三席カタリナ・マールムだ。


「くふふふ。随分とまあ、派手に暴れたもんだよ。ジャイルズも、それなりの年齢になったんだから分別という物を身に付けるべきだろうに。まったく、彼を育てた師の顔を見てみたいよ。おっと、見てみたら殺されてしまいそうだね」


 上機嫌に喋っているのは、決して独り言では無い。


 灯りの落ちた室内に、彼女以外にも人影はあった。天井の瓦礫で汚れた室内に佇むのは、カタリナの娘であるシアラだ。


 彼女は、昼の騒動の疲れを感じさず、背筋がピンと伸びている。


 相貌は固く、まるでこれから戦いに赴く戦士の様相をしていた。


「悪いけど、アナタと無駄話をしにここまで忍び込んだ訳じゃないの」


「おや、そうなのかい。残念だな、ワタシはシーちゃんと無駄話をしたくて長生きしているというのに。まさか、ワタシの帰りを待っていてくれるなんて、って感激したんだから」


「まずは、先に礼を言わせてもらうわ」


 何やら悦に浸っているカタリナを無視して、シアラは目的の物を取り出した。それは古びた錆も浮かぶハンドベルだ。単なるハンドベルのように見えるが、振れば、カタリナの持つ転移の影が発動するという道具で、今回の戦いで大いに役立った。


「これが無ければ、ワタシ達は確実に詰んでいたわ。合流する前に各個撃破されて、少なくともレティとエトネがフィーニスに連れ去られていたわ。だから……その、……ありがとう」


 最後の一言は、それこそ消え入りそうなほど小さな声だったが、カタリナの耳には届いたのだろう。弱体化装置の眼鏡越しに、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「くふふふ! 君達の役に立ったのなら、これほど嬉しい事は無いさ。でも、シーちゃんも律儀な性格だね。お礼を言うだけなら、何も今夜じゃなくて良かったのに」


「勿論そうよ。お礼を言うだけに来たわけじゃないのだから」


 どういう事だと訝しむカタリナに、シアラは一気に斬りこんだ。


「カタリナ・マールム。貴女はワタシと同じように、未来予知を持っているわね」


 空気が切り替わる。


 質問を受けて、カタリナが眼鏡を外した途端、室内を異様な圧力が満たしていく。ねっとりとした、殺意や敵意とは違う種類の感情が、シアラの表面を撫でていった。


「……面白い事を言うわね。根拠を聞かせてもらえるかしら?」


 口調の柔らかさとは裏腹に、とてつもないプレッシャーを放つカタリナに、シアラは口を開いた。


「根拠なんて無いわよ。単なる勘よ」


「……あらあら」


「ただ、アンタの行動があまりにも的確すぎて、気持ちが悪いのよ。主様をエンドスポットまで運んでくれたお蔭で、主様はフィーニスと遭遇するタイミングがずれ、ミラースライムを利用する手段を思いついた。このハンドベルだってそうよ。ワタシ達の行動を先読みするかのように都合よく渡されて。何か見えない力に誘導されているって、誰だって思うわ」


 それに、とシアラは続けた。


「このハンドベルに影の転移を込めたなんてのも嘘でしょ」


「あら、気づいちゃった」


「……悪びれもしないのね」


 これから舌鋒鋭く丁々発止のやり取りをするのだと覚悟していた分、あっさりと認められると、肩透かしを受けた気になってしまう。カタリナは大したことではないと言わんばかりに、肩を竦めた。


「くふふふ。ご明察の通りよ。そのベルは、見た目通り古びたベル以外の何物でもないわよ。アナタ達が利用した影は、ワタシが遠くから開いてあげた影」


「やっぱりね。前の時のように、影からこそこそと覗き見していたのね」


 シアラは断定的に言っているが、確信を持っていた訳じゃない。むしろ、本当に覗き見していたのかと動揺を隠すのに必死だった。


 彼女が、ハンドベルに力なんて無いと疑ったのは、最初にベルを見た瞬間だった。キョウコツはベルを見せた際に、誤って鳴らしてしまったのだ。その時は、影が発動しなかったのが気になっていた。


 ベルの使い方が間違っていたから発動しなかったと言われればそれまでだが、レイの所に転移できなかったり、あの黒龍を飲み込む大きさまで広がったりと、効果が一定じゃないのも気になっていた。


 だから、カマを掛けてみたのだが、予想外に当りを引いてしまった。


「くふふふ。正解を言い当てたはずなのに、随分と顔色が悪いわね。何か、後ろめたい事でもあるのかしら」


「……別に。月の加減じゃないかしら」


「そういう事にしておいてあげるわね。それで……ワタシが未来予知を持っているかどうか、だったわね。それなら違うわ、と答えてあげる。未来予知は持ってないわ」


 金色黒色の瞳が細まり、カタリナの微細な変化を見逃すまいとする。対するカタリナは、悠然と手を組んだまま、娘の視線を受け止めていた。どれだけの時間が経過したのか、ようやく視線を外したシアラが頷いた。


「そう、なら分かったわ」


「随分と物分かりが良いわね。てっきり、もうちょっと食い下がるかと思ったけど」


「食い下がったら教えてくれるかしら」


「くふふ。それはどうかな」


「……本当に、くえない人ね。まあ、未来予知は持ってなさそうなのは確かよ。……未来予知は、ね」


 それだけ言うと、シアラは部屋を出ていこうとする。


「あら、もう帰っちゃうのかしら」


「ええ。言いたい事は言えたし、聞きたい事は聞けたわ。もう、此処に用事は無いの。主様たちも屋敷で待っているわ。それじゃあね」


「またね、シーちゃん。次はとっておきのお茶菓子を用意しておくわ」


 カタリナは娘に向かって手を振ると、シアラは振り返りもせずに扉を閉めた。


 人が一人減った室内に沈黙が降りると、どこからともなく影が部屋を満たした。カタリナの足元から伸びた影は室内の隙間を隅から隅まで巡ると、小さくなった何者かが居ない事を確認した。そして、影を戻すと眼鏡をかけ直す。


「ふむふむ。反応を探る為に、大胆な発言をするなんて。大人しそうな顔をして、やる事が大胆。そうい所は、あの人に似ているかな。思い出しちゃうな、お父様とゲオルギウス達が居る前で、堂々とプロポーズしてくれた時を」


 カタリナにしては珍しく、耳まで真っ赤にして悶えていると、彼女は立ちあがり、ある壁の前に立った。何も無い場所に手を当てると、壁がへこみ、亀裂が入った。亀裂は音も無く広がると、隣室への扉を開いた。


 彼女は躊躇う事なく隣室に向かうと、そこは様々な器具が並べられた空間だった。


 大小さまざまな形状をしたフラスコに、謎の液体がぐつぐつと煮えている。壁には用紙が何枚も貼られており、エルドラド共通文字や別の言語が書きなぐられ、線で結ばれている。明らかに隠された研究室だった。


「さてさて。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ヨシツネは生き残れたし、レティちゃんやクロノス……じゃなくてクロノもお父様の手に渡らず、何よりポラリスが行動停止に陥った。うん、最初に設定した目標に到達したわけだ。……まあ、流石に黒龍が片翼を失ったり、お父様があそこまで追い詰められるのは想定外だったけど、終わりよければなんとやら」


 上機嫌に呟く彼女は、机の上にある小箱を開ける。途端、冷気が外へと押し流され、大事にしまわれた小瓶が姿を見せる。


 血のようにどす黒い液体を前に、カタリナは面白かったとばかりに口元をほころばせた。


「《トライ&エラー》。限定的な使い方しかできないし、デメリットも多いけど、オルタナが激怒するだけの効果を確かに持っているね。()()()使()()()()()()()()()()


読んで下さって、ありがとうございます。

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