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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-62 宣戦布告

 気が付けば、辺りの風景は一変していた。


 建物が崩れ、瓦礫となって散乱し、黒龍がばら撒いた炎が勢いよく燃え上がり、フィーニスが暴れた足跡が至る所に残っているのは、意識を失う前と変わらない。


 ただ、その風景が剥離していくのだ。


 壁紙を破るとむき出しの壁が出て来るように、周辺の風景が剥がれていく。剥がれた場所は黒い壁が現れている。まるで、ゲームのバグでフィールドがおかしくなったような状態。魔法に疎いレイでも、これが魔法で構築された世界が限界を迎えようとしている兆候だと分かった。


「っう。……駄目か。体が、動かない」


 精神力を通して、体を強化しようとするも失敗する。痛みが集中をかき乱すのだ。フィーニスにやられたわき腹を中心に、全身が悲鳴を上げている。痛くない箇所を探すのが難しい。


 影法師を呼びだそうとするが駄目だった。


 レイは動くのを諦め、眼球だけ動かした。幸い、声は出せる。


「レティ、クロノ、無事なのか!? リザ、シアラ、エトネ、ヨシツネ! キュイ、コウエン! 誰か、居ないのか!?」


 叫ぶが返事は無い。


 瓦礫に背中を預けたレイの周りに、《ミクリヤ》のメンバーは居ない。つい先程まで、死闘を演じていたフィーニスの姿も無い。ただ、不気味な静けさと、世界の終わりだけが漂っていた。


(落ち着け、僕が生きているって事は奴隷契約を結んでいるリザ達は無事の筈だ。エトネやクロノ、ヨシツネ、コウエンたちは心配だけど……今は大丈夫だと信じるしかない。……ああ、くそっ! 動かない体がこんなに恨めしいなんて!)


 心の中で苛立ち混じりに拳を振るうが、現実の肉体はピクリとも動かない。


 そんな時だった。


 焦りばかりが胸の中で膨らむ中、レイは静かな、しかし、確かに自分を呼ぶ声に気づいた。


「ミスター……レイ、こちら……です」


「この呼び方は、ポラリスか。どこに居るんだ!?」


『七帝』ではあるが、この状況下なら誰だって構わない。レイは呼びかけに返事するも、視線の先にポラリスらしき姿は無かった。あんな、場違いなメイド服を見逃すはずが無いと、もう一度改めて周囲を見回すと、自分を呼ぶ声が思っていたよりも近い事に気づいた。


 レイは、声がする方向、自分の足元に視線を向けた。


 投げだした足の間に挟まるように、『機械乙女ドーター』ポラリスは倒れていた。


「ポラリス……なのか?」


「愚問。……私以外の……何者に……見え……ょうか?」


 辛辣な返しも、壊れたスピーカーを通して割れてしまった音だと迫力が無い。


 これほど近くに居て、彼女に気づかなかったのは、彼女があまりにも風景に溶け込んでいるからだ。


 自らの存在を誇示するメイド服は元の色と形が思い出せないほど無残な姿となり、むき出しとなった機械の体は表面が内側から吹き飛び、更に内部の機構を露出している。幾筋もの煙を上げ、火花が散っている。創造の美と呼ぶべき顔に亀裂が走り、銀色の瞳は力なく空を見上げていた。


 スクラップ寸前の姿は、周囲の瓦礫と大差ない。


「ど、どうしたんだよ、その姿は。僕が意識を失っている間に、何があったんだ」


「閉口。命の……瀬戸際に……、私の……献身で……一生を得た……のに……なんと……戯けた事を」


「……そうか。僕は、いや、僕達は君に助けられたのか」


 細かい部分はレイに分からない。だが、ジャイルズの足止めを頼んだはずのポラリスが、これほどまでに追い詰められたという事実から、何かがあったのだと理解できる。


「ありがとう、助けてくれて」


「不要。全ては……創造主の……命令」


「創造主って、『科学者』ノーザンの事だよな」


 魔法工学をエルドラドにもたらし、文明の発展と崩壊に関わった天才。自分と同じ『招かれた者』は、ポラリスを通じてメッセージを送っている。


 曰く、神が『正体不明アンノウン』に騙されている、と。


 その時は信用できないメッセージだったが、クロノがエルドラドに落とされた経緯を知った今では、このメッセージの信ぴょう性は高い。


「創造主は……私に……三つの命令……た。……兵器……破壊。……『招かれた……強く……障害。……そして……彼らを……守……」


 銀色の瞳で空を見上げている乙女は、それっきり沈黙する。


「……ポラリス? おい、ポラリス!?」


 レイが叫ぶも、『機械乙女ドーター』は何も反応しない。そこらを転がっている瓦礫や残骸と同じ、壊れた物となって倒れていた。自分の足元で動かなくなった『七帝』を前にして、呆然とするレイは、近づく気配に気づいていなかった。


 横から現れた腕がポラリスの頭を掴み、軽々と持ち上げた。視線を上げれば、そこに居たのはテンガロンハットを深くかぶったオルタナだ。


 見知った人間の登場はレイの動揺や混乱、不安を和らげる。動けないまま、レイは口を開いた。


「アンタも居たのか。……いや、考えてみればこの世界を作ったアンタが居て当たり前だよな。……オルタナ?」


「名を呼ぶんじゃねえ」


 言葉は重く、鈍い鉈のように突き刺さる。オルタナの体から発する威圧感に周辺の剥離が加速されていき、世界は終わりへと向かっていく。


 瓦礫に身を投げ出しているだけなのに、レイは全身が見えない力に押しつぶされるような威圧を感じていた。


「エネルギー切れか。通常装備だけで、黒龍の全開を受け止められるってんだから、流石はノーザンの最高傑作だけはあるな。だが、こうなっちまえば、こいつは単なる―――物だ」


 ぶちり、と。


 何の躊躇いも無く、オルタナはポラリスの首をねじ切った。胴体と離れた頭には、脊椎と呼ぶべき部品がだらりと伸びている。胴体はその場に落ち、オルタナは自分が壊した物に興味が無いとばかりに地面に放り投げた。


 ボールのようにポラリスの頭は転がり、レイの指先に触れる。


 つい先程まで、物でありながら生きていた乙女の肌は酷く冷たかった。


「オルタナ! お前はっ!!」


「黙れ、俺の名を呼ぶなと言ったはずだ」


 激昂するレイの叫びを、オルタナは文字通り踏みつぶした。ブーツの裏に右目を塞がれるも、左目はこちらを見下ろすオルタナの表情を捉えていた。


 普段は帽子と前髪で隠れている双眸は、洞窟のような孔があった。


 眼窩にあるべき眼球が無い。


「ん? ああ、眼の事か。こいつは大したことじゃない。精霊になる為に、視覚と聴覚、味覚、嗅覚、触覚を捨てたのさ」


「そんな事をしたら、何も感じられないだろ」


「精霊は世界と一体化した存在だ。むしろ、人間由来の感覚を中途半端に残している方が邪魔になるんだよ」


 おそらく、エトネやシアラが、精神力の高まりなどを目や肌で感じる様に、精霊には精霊の感覚器官があるのだろう。今のオルタナは、精霊になれず現象となった事で、人とは違う感覚を得ているのだろう。


「……それで? 僕に何か用があるのか? いや、その前に答えろ。皆はどうなった?」


「皆? ああ、アイツらか。アイツラなら……死んだぞ」


 オルタナの口元が酷薄に歪む。一瞬、レイは怒りで頭に血が昇るも、すぐに落ち着きを取り戻した。


「……嘘だな」


「ほう。随分と冷静だな。それとも冷酷と呼んでやろうか。仲間が死んだと聞いて、動揺すらしないなんて、な」


「嘘だって分かっているからだ。リザ達と対等契約を結んでいる。彼女たちが本当に死んでいるなら、僕はもう死んでいるはずだ」


「筋道が立っている説明だ。間違っちゃいないな。……間違っちゃいないが、あの秘密を聞いてしまうと、こんな風にも思っちまう訳だ」


 秘密と言われ、レイは腹の内を素手で触られたような悪寒に震える。


 もしかすると、という不安を隠しながら口を開いた。


「秘密だって。何のことだ」


「とぼけるなよ。死に戻りの事さ」


 やはり、不安は的中した。フィーニスに見破られた《トライ&エラー》の事を、オルタナにも知られてしまった。


 オルタナが知ったという事は、おそらく黒龍にも伝わったのだろう。


 これで『龍王』に対するアドバンテージが一つ減った事になる。


 いずれ、戦うであろう存在に自分の秘密を知られた事実に頭を抱えそうになるレイを、オルタナは現実に引き戻す。


「どうやら、まだ死に戻って確認はできていないようだな。テメェの仲間は無事だ」


「……本当か?」


「疑い深い奴だな。黒龍の一撃を、ポラリスが大破覚悟で防御した結果、互いの高エネルギーが混ざり合って爆発したんだよ。その衝撃で《リバースワールド》は完全に限界を超え、あちこちで剥がれ始めてる。向うの世界からこっちの世界に来た奴らは、揺り戻しで元の世界に戻されているのさ」


「それじゃ、フィーニスもか」


「光に包まれる直前、ジャイルズが被弾覚悟で突っ込んだのが見えたからな。間違いなく、回収されただろう」


「……そうか。……いや、待った。なら、なんで僕とポラリスが残ってんだ」


「揺り戻しは生きている生命体に対して発動するんだ。こいつは物だから、こっちに残ってんだ。それで、テメェが残ってるのは、俺が引き留めているからだ!」


 オルタナのブーツで蓋をされた視界は、一瞬の解放の後、再び塞がれた。テンガロンハットを被った、西部劇に出てきそうな男は、レイの顔面を目がけて何度も靴底で踏む。


 身動きの取れないレイは黙ってオルタナの蹴りを浴びていた。


「どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、テメェだけがそんな技能スキルを!」


 蹴りが入る度に、レイの顔が腫れあがっていく。頭蓋の芯まで響く重い蹴りだが、どうしてだか意識が遠のく感覚は無かった。


 ただ、オルタナの重くて深い絶望に触れている感触はあった。


「死を無かった事にできる力だと。そんな、そんな物を与えられるなら、なんで、俺の子は、命を削らなくちゃ、いけなかったんだよ! 12神共のしでかした不始末を、どうしてアイツが世界を救わなくちゃいけなかったんだ! アイツは、今度こそ人として、生きていくチャンスを、神の道具なんかで使い果たしてしまった! 誰よりも、幸せになる権利があったのに!!」


 オルタナの感情に共鳴するかのように、剥離は広がっていく。既に、世界として形を保っているのはレイ達の周りだけで、それ以外はどこかへと消え、真っ黒い壁がむき出しとなっていた。


 オルタナは蹴るのを止めると、眼球の無い眼窩を向けた。


「レイ。……ああ、お前は悪くねぇよ。ただ、テメェが持っている技能スキルを俺は認められない。そんな力があるなら、俺の息子にこそ与えるべきだった。与えられるべきだった。そうすりゃ、アイツはこんな世界を救うために、命を削らずに済んだはずなんだ」


「アンタの息子って……どういう……ことなんだよ」


 口に溜まった血を吐きながら、レイは尋ねるもオルタナは答えない。


「だから、これは八つ当たりだ。混じりっ気ない、純粋なまでの私怨だ。俺がテメェを殺せば、俺は堕ちた精霊となり暴走する。そもそも、テメェは普通に殺しても技能スキルで死を無かった事にできちまう。だから、テメェを()()()()()()()()()()


 それは紛れも無く、『七帝』の一角、『魔術師』オルタナがレイに向けた宣戦布告だった。


「覚悟しろよ、神の道具。『招かれた者』なんぞになっちまったのが、テメェの不運だ」


 オルタナの口から吐き出されるのは、憎悪という泥をまとった絶望だ。


 どうしようもないほど重たく、どうしようもないほど深く、どうしようもないほど冷たい絶望がオルタナの身に宿っている。


 一方的な宣告をすると、オルタナはレイの顔から足をあげ、背中を向けた。濃い殺意だけを漂わせて、眼前から消えようとする男をレイは呼び止めた。


「待て、オルタナ……いや、エイリーク!」


 その名は、オルタナの足を止めるのに十分な効果があった。彼は振り返り、数秒考え込む仕草をした。


「やはり、アイツは見間違えじゃないのか。ヨシツネ。アイツがこの時間軸に存在するとはな。……どうやって、飛び越えてきたんだ」


「エイリーク、アンタは、知っているはずだ!」


「何を知っていると言うんだ?」


「アンタは、この世界を管理する神々が12柱だって知っている! これまで、アンタはエルドラドの神を神々と呼んでも、一度だって13神とは呼ばなかった! いまだって、12神とハッキリと呼んだ。なら、知っているはずだ」


 世界が崩れていく。


 レイとオルタナの間の大地も剥がれ落ち、足場が消えていく。何か見えない力に引き寄せられそうになるのを、レイは手にある物を掴んで抗い、力の限り叫んだ。


「アンタは、13番目の神を、神々の中に紛れ込んだ偽りの存在を知っているはずだ。違うか!?」


 問いかけにオルタナは無言だった。


 その間も大地は剥がれていき、引っ張る力は強くなっていく。


 もう、限界だと思った時、オルタナは答えた。


「ああ、知っているとも」


「っ!? なら、それは誰なんだ!!」


「それを知っている、という時点でテメェは俺にとっちゃ、不倶戴天の敵だ」


「……何だって?」


「理解できなくても、納得できなくても構わねえ。テメェ自身、何一つ悪くねぇ。ただ、テメェを生みだした奴が許せないだけの話だ」


 本当に、何を言っているのか分からない。


 ただ、オルタナは何かを考えるように黙り、そして指で示した。


「答えを知りたきゃ、聞きに行けばいい」


「聞きにって、誰にだ!」


「そいつを作った奴にだよ」


 そう言って、オルタナが指差したのは、自分が壊したポラリスの頭部だ。


「北の大陸にある『科学者』の遺産が一つ。ノーザンの研究所。そこで奴は待っている。この世界を救える『招かれた者』が現れるのを、輝かしい時代の終わりからずっとな」


「はぁ!? ちょっと待って、ノーザンは死んだんじゃないのか!?」


 質問がオルタナに届いたかどうか分からない。ただ、次の瞬間には残っていた大地も完全に剥がれ落ち、レイの体が引っ張られてしまった。


 偽りの学術都市が遠くに消えていき、レイは闇の中に落ちてしまった。








 あっという間の浮遊感が終わると、気が付くとそこは街の雑踏の中だ。


 年の瀬が迫る街並みは人で埋め尽くされており、行き交う人々の足は早い。つい先程まで、『七帝』が四つも揃い、死闘を繰り広げていたのが嘘のような平穏な世界だ。


 彼らは、レイに対して不審な者を見るような視線を向けるも、声をかけようとはしなかった。


「あっち、あっちから、おにいちゃんの匂いがするよ!」


「あちらですね。申し訳ありません、道を開けて下さい!」


「ま、待ってリザ。こっちは本調子じゃないんだから、急がないでよ!」


「クロノ殿。足元が覚束ないようなら、キュイと共に待っていた方が宜しいのでは」


「大丈夫、です。ですから、私も一緒に」


 考える事は山ほどある。


 話さないといけない事も同じだ。


 だが、今だけは全部忘れたかった。


 人混みを掻き分けてやってくる仲間の声に、レイは心の底から安堵した。


読んで下さって、ありがとうございます。

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