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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-1 精霊祭 一日目〈Ⅰ〉

1/9 三章に順次、サブタイトル追加。

 精霊祭初日。街が目を覚まして間もない頃。


 本来ならシュウ王国の王、テオドール・ヴィーラントによる開会式を前にしていた城内は今、未曽有の混乱に陥っていた。


 城内の廊下をテオドールは足早に駆けていく。祭礼用の豪華なマントを煩わしく思い剥ぎ取り、表情は厳しい。まるで戦に挑む武人のそれといえた。


 いや、まるででは無い。すでにこの都市は戦争状態へと突入しかけていた。


 彼は扉の前に立つと、一気に開いた。すると、開け放たれた扉からでた怒号の嵐が彼の体を叩く。


「どうして、ここまでの異常事態を気づかずにいたのだ! これは軍の怠慢だぞ!」


「それは重々理解している! だが、今はそのような責任追及をしている場では無いはずだ!」


「だが、正確な情報も無しに兵を動かすわけにもいくまい」


「ならば、このまま手をこまねいて、亡びるのを待つつもりか!?」


 室内には十人程の武人や文官の長を始めとする城の重要人物や街の名士が詰めていた。彼らは長方形のテーブルの上で言葉の応酬を投げるのに熱中し、王が入室したことにすら気づいていない。


「ええい! 静まらんか貴様等!!」


 未だに無益な言い争いを続けようとする者達を王の喝が制した。弾かれたように彼らの青ざめた表情が王に向いた。


 その顔色を見て、無理も無い、と王は思った。


 一報を聞いた時は俺でさえ驚きのあまり取り乱してしまったのだ。そう思いつつも王は静かに、諭すように口を開く。


「此処に居る其方らは、言ってしまえばこの都市、この国の脳といえる。脳が正常な判断を下せずにおれば体に当たる民は無駄死にしてしまうだけだ」


「……王」


「陛下……」


「よいか! 国の興亡は今ここにかかっていると知れ!!」


「「「はっ!!」」」


 王の檄に弾かれたように居並ぶメンバー達は立ち上がり、王に返事をした。テオドールは満足そうに頷くと空いていた上座へと腰を下ろした。


「さて、状況を説明しろ。ミカロス」


「はっ!」


 王は右手に座る牛人族シュティーアを呼んだ。重装鎧に身を包んだ騎士団長は机に乱雑に置かれた手書きの報告書を掴み、良く通る声で読み上げた。


「今より十五分前に伝令による報告が入りました。三時間以上前、アマツマラより南に十シロメーチルのダラズにて……モンスターの群れが到着、以後都市を取り囲まれ、防衛戦に突入したと」


「うむ。スタンピードが起きたと。……それで?」


「規模はその時点でおよそ六万以上とのこと」


 齎された情報に室内が再びざわつこうとするのを王が睨むことで制した。


「続けます。報告によれば南方から進軍したモンスターは地上種のみならず空中種も確認されたとの事です。そして特筆すべきなのはそのモンスターたちの多くが武装・・している点です」


「武装ですと? それは岩を切り出したとか冒険者の装備をはぎ取ったとかその程度の物ですか?」


 ミカロスの言葉に一際驚き、質問を投げかけたのはアマツマラのギルド長、ヤルマルだった。


 ギルドに属し、若かりし頃は冒険者ギルドの窓口を務めていた彼はこの場でモンスターの生体に非常に詳しい。それゆえの質問だった。


「目視の範囲では半々といったようです。それこそ岩を削りだした物や……わが国で正式採用されている装備を身に着けた者もいるとか」


 騎士団長の発言を理解できたものは一様に息を呑んだ。それはある事実を物語っていた。


「それはつまり……道中の砦や監視塔などの軍事施設を襲い、奪ったという事か」


 ミカロスの横に座る老人が長く伸びた髭を摩りながら口を挟んだ。灰色の髪は天を突く様に伸び、纏ったロープが捲れると腰に差してある杖が姿を見せた。


 魔術師部隊団長のヨグトゥースの目は穏やかにミカロスへと向いていた。


「その通りかと思われます。……ここまで報告が無かったことにも説明が着きます。道中の軍事施設を全て飲み込んでここまで来たのでしょう」


 ミカロスは自身の考えを述べた後、この短時間の間に纏められた情報を説明する。


「敵の兵装は剣、槍、斧などの白兵戦から弓、クロスボウなどの飛び道具。それと未確認ながら投石機のような物があると」


「おそらく我が国の物を奪い、運用しているのだろうな」


 テオドールは頭の中でモンスターが兵の武装を剥ぎ取り、我が物顔で扱う所を想像し怒りに震えている。


 すると、ミカロスの正面。文官の長たる宰相が手を伸ばした。


「ルルス様、何か?」


 室内に居並ぶ者の中で一番の最年長者にミカロスは敬意を持って接した。なにせ、自身の目の前に居る小柄な老人は先王の代から宰相の職に励み、テオドールの教育係を務めた御仁。無碍に扱えるわけが無かった。


「話を遮ってすまんのう。なぜ伝令・・なのじゃ? 魔水晶による報告なら幾分早く伝わったろうに」


 それは一同にとって当然の疑問だった。確かに数の限られている魔道具の中でも魔水晶は全ての砦や監視塔に置くことはできない。だが、各地方の主要都市には全て配備させていたはずだ。当然、ダラスの街にも置いてある。


「それにつきましてはヨグトゥース殿より」


 ミカロスは横目で魔術師を見た。


「昨晩からこの付近一帯に異常・・な高濃度の魔力汚染が確認されていました。……この濃度では魔水晶はタダの水晶でしかすぎません。……私見ですが恐らく何者かによる妨害工作かと思われます」


 魔術師が無念そうに手元の紙に視線を落とした。そこには己の弟子たちが首都の内外において調査した異変が書かれていた。


 だが、自分はこの異変を精霊祭における魔力の増幅における淀みの集中としか認識できていなかった。


(これに違和感を感じていれば、少なくともここまで後手に回る事も無かったはずだ!)


 ヨグトゥースはローブの内で拳をきつく握りしめた。


「すると、この一件全てが何者・・かが糸を引いているというわけか」


「―――おそらくは」


 自分と同じ考えに至った宰相にたいした魔術師は頷くしかなかった。


「そ、それは一体どういうことですか!?」


「まさか今回のスタンピードが人為的に起きたとでもいうのですか!!」


 列席していた者たちは判明した事実に対して過剰なまでの反応を示していた。彼らはここまで来て、今回のスタンピードを規模の大きな自然災害としか見ていなかった。


 それが、誰かの仕業となると話は別だ。これは姿の見えない敵からの戦争行為といえた。


 騒めきだし、パニックを起こしかけている出席者たちを沈めたのはテオドールの拳だった。


 振り上げた拳が机を叩く。たったそれだけの事なのに狭く無い室内に衝撃波が巻き起こり、机の紙は舞い上がり、窓が微細に揺れた。


「静まれ、と俺は言ったはずだ」


 王は騒めいていた出席者を睨むと静かな口調で宣言した。


「以後、無用に騒ぎ立てるものは役職を解き、この件から降りてもらう。今必要なのは必要な事を迅速に為せる人材だ。……分かったな」


 出席者たちが頷くと王は自らの師を睨んだ。


「師よ。この火急の折にワザと油をまくような真似をしないで頂きたい」


「なに、すまんのう。この期に及んでまだこれを自然災害程度とタカを括っている者の目を覚ましておきたかったのじゃ」


 したり顔で笑ったルルスは居並ぶ出席者の顔を順番に見た。この中で今回のスタンピードを人為的と見抜いていたのは王と騎士団長、そして魔術師のみだった。


 他は単なる自然災害と思い、この後に待っているであろう責任問題について思惑を巡らしていたのは長年魑魅魍魎が跋扈する政治の世界に身を置いていた彼にはお見通しだった。


 故に、そんな彼らの目を覚ますための発言だった。目的を果たした彼はミカロスに先を促した。


「現在、魔水晶による通信が取れない以上スタンピードの発生を伝えるべく騎兵による伝令を西のウージア、北のハイドラ、南のオウリョウに送りました」


「うむ。とにかく異常事態が起きている事だけは周囲に知らせる必要があるな」


「はい。それと騎兵5小隊による偵察部隊を編成。すでにダラスに向けて出発させています。兵の動員も出してあります。いつでも出陣が可能です」


 王は満足そうに頷いた。少なくとも、必要な手を打っている。まだ、大惨事を避け得る事は可能だ。


「次に現在、都市の状況を説明いたします」


 ミカロスが座るとルルスの後ろ、壁際に置かれた椅子に座っていた青年が立ち上がった。ルルスがこの室内の最年長なら彼は最年少だった。


「オリバーと申します。それでは皆様こちらの都市模型をご覧ください」


 居並ぶ者達に簡単な自己紹介を済ますと彼は机の上に置かれた模型に指示棒を当てた。その模型はバルボア山脈を背にし、扇形に広がったアマツマラを俯瞰から眺めた物だ。


 有事の際に使われる戦略地図を立体化した物だ。今回はそれに精霊祭用に設置された特別地域を示す旗が城壁に沿って何本も刺してある。


「現在、都市に住む国民と精霊祭の観光客を合わせると都市には非戦闘員が約九万人程居ります」


 その人数に出席者たちは息を呑んだ。


「都市にある食料は王宮が有事の際に備えてある非常食を開放してもおそらく四日しか持ちません。近隣における最大の穀倉地帯であるダラスがモンスターに包囲されているのが余計に状況を厳しくしています」


「今から観光客を外へと避難させることはできないのか?」


 出席者の一人が意見を述べたがオリバーの冷たい瑠璃色の瞳の前に沈黙した。


「少なく見積もっても二万人の観光客を、パニックを起こさない様に短時間で都市の外に追い出すのは不可能かと思われます。そのために騎士団の兵員を割く余裕はありません」


「そうだ! 今、首都に駐屯している兵はいかほどなのか?」


 思い出したようにヤルマルが質問を投げかけた。オリバーは手元の紙から必要な情報を見つけ出すと口に出した。


「六千人です」


 その数はあまりにも頼りなく聞こえた。文字通りモンスターとの数の差は桁が違っている。


 本来、首都は幾つもの防衛線によって守られており、仮に他国からの侵略があっても敵軍を防いでいる間に他の都市や砦の兵が首都に終結する手はずになっていた。それが今回裏目に出た形だった。


 だが、オリバーは淡々と他の余剰戦力・・・・・・について述べた。


「ですが、都市に在住している、または精霊祭に合わせて来訪している冒険者の数は八百人です。上位の冒険者を合わせれば数はともかく戦力としては拮抗するかもしれません」


 オリバーの発言に出席者は唖然としてしまった。彼はいとも簡単に冒険者たちを数の内に入れているのだ。


 国と協力関係にあるとはいえ、ギルドは独立した組織。運営に関する資金も全て自己で賄っている。つまり、国家の危機だからといって頭ごなしに命じる事は出来ないのだ。


「……オリバーといったね。君は何か勘違いをしていないか」


 ヤルマルが怒りを堪えながら静かに語る。


「冒険者は国に命を尽くす兵士では無い。己の生き方に命を尽くす戦士だ。軽々しく国家の見方で彼らを数に加えないで頂きたい」


「お言葉を返すようですが、このような緊急時に置いてそのような理屈は通じません。それに、お忘れですか? ギルドと各国家には緊急時における総動員令がある事を」


「それを決めるのは君では無い!」


 室内にヤルマルの大声が響き渡る。だが、オリバーは涼しげな顔をして老人の怒りを受け流すと上座に座る王へと視線を向けた。


「ええ。その通りです。……総動員令の発動は王の御采配に―――」


「―――オリバー。お主、口が過ぎるのう」


 オリバーの言葉を遮ったのはルルスだった。彼は言葉の刃で青年の語りを止めた。オリバーは押し黙ると頭を下げて席に座り直した。


「失礼、陛下。部下の教育不届きです」


 ルルスは椅子に座りながら頭を下げた。だが、彼の視線は王から離れず口が動く。


「されど、儂もオリバーの意見に同意です。都市にどの程度のレベルの冒険者が滞在しているか分かりませんが……少しでも兵力増加は必要です」


 王は椅子に深くもたれると、額に深い皺を刻む。一同の視線が黙して語らない王へと注がれた。


 だが、沈黙は数秒だった。王は覚悟を持って宣言した。


「シュウ王国が王。テオドール・ヴィーラントが命じる。ヤルマルよ、首都に滞在する全冒険者に総動員令を発令。以後、彼らの指揮は騎士団団長に委任する」


「……畏まりました。陛下」


 苦悶の表情を浮かべながらもヤルマルは作法に則ったお辞儀を返した。王はそんな彼に労わる様な視線を送る。


「許せ。俺も冒険者の独立独歩の気風を汚したくはないと思っている。だが、この非常事態だ。俺は王として民を守る必要がある」


 ヤルマルは王に対して頷くだけだった。


 王は頭の中で幾つかの情報を纏めて、考えうる最悪のシチュエーションを想定し、判断を下した。


「まず、ヨグトゥース。魔法工兵部隊に命じる。特別地域を囲うように第一次防壁を作成。以後、そこを最前線とす」


「心得ております。有事に備えて陣は刻んであります。後は魔力を籠めるだけです」


 胸を張っていったヨグトゥースから視線をミカロスに移した。


「騎士団を二つに分けろ。一つは首都内外の民にスタンピードの発生をしらせ避難誘導を行え。その際に特別地域に点在する食料品店から食料を回収。請求は全て王宮に回せ」


「はっ! 避難民はどこに誘導しますか?」


「貴族や他国の上流階級は城に連れてこい。彼らがかすり傷一つ負うだけで後が面倒だ。それ以外の民には街の中腹よりも上に集めろ。後で保護区域を作る・・


 そして王は都市模型を手元に引き寄せると五つある門の内王宮から見て左翼の二つ。南側の門を指さした。


「この二つを直ぐに閉鎖だ。避難には残りの三つの門から誘導しろ」


「分かりました。……残りは?」


「設営だ。魔法工兵部隊の作り上げた防壁と城壁の間に陣を敷け。武器を運べ。いつでも戦闘が始まるようにしろ」


「すると……立てこもるのですか?」


 ミカロスは一瞬口籠りながらも確認する様に言葉に出した。その視線は此処には無い、ダラスの街を見ているかのようだった。


「まずは防御を固め、敵の戦力を把握したのちに攻勢にでる。……兵の数ではダラズの方が多い。そして何より、気がかりの点がある」


「それは……一体?」


「分からんかミカロス。陛下はこのスタンピードに誰かの悪意を感じて居る。通常のスタンピードなら人が多く集まる場所を見つけたならそこに集中する。だがこれに指揮官が居た場合最悪なのは―――」


「軍を二つに分ける……可能性ですか。ルルス様」


 ルルスは同意する様に頷いた。


「ともかく、攻勢に転じるのは敵の正確な規模、脅威、目的が判明するまでは難しい。……申し訳ないがダラスには耐えてもらうしかない」


 苦渋の表情を浮かべて王は決断を下した。室内に重苦しい空気が立ち込める。非情な決断だが王を責める者は居なかった。


「ヤルマル。冒険者たちをギルドに召集。C級以上の冒険者には前線を、それ以下の冒険者には後方支援を頼みたい。それと現在、どのような冒険者が都市に滞在しているかリストを纏めて欲しい。特に回復魔法を使えるものを優先的に」


「了解しました陛下」


 それからも王は矢継ぎ早に指示を下した。姿のハッキリしない敵に対して最善とは言い難いかもしれないが、それでも何時でも反撃に打てるように準備を進めていく。


「……これで以上だ。全員解散!」


 王の宣言に合わせて室内の椅子が音を立てる。出席者たちは小声で相談を交わしつつも足早に会議室を出ていき、己の務めを果たそうとする。


「ご苦労様じゃのう、陛下」


「……師よ、一つ助言を請いたい」


 残ったのはテオドールとルルスの二人だった。彼らも直ぐに部屋を飛び出し、己の役割を果たすべきなのだが、その前に互いに確認しておきたいことがあった。


「今回のスタンピードの発生源・・・の事じゃろ」


「ええ。貴方の口癖は、『常に最悪を想定しろ。なぜなら真の最悪はその一歩先を行く』でしたね?」


「うむ。どれだけ備えを用意しても、それでも足りない時が来る。儂がかつて陛下に言った言葉じゃのう」


「今回の最悪は……メスケネスト火山ですね?」


 王は口調では疑問だが、心の内では確信していた。いくら、モンスターの数が膨大といってもレベルが低ければここまで来ることはできない。だとすれば、可能性がある中で一番最悪なのはメスケネスト火山の地下にある迷宮だった。


 同じ結論に達していたのかルルスも表情を険しくするだけだった。


「だとすれば、この都にいる全兵力を総員しても厳しい戦いになるかもしれない」


「……ならば、覚悟するしかあるまい」


 二人は顔を見合わせて頷く。どちらも迫りくる脅威に対して怯えた表情は浮かべていなかった。必要な書類を掴むと部屋を出ようとした。


 だが、廊下から転がるように現れた衛兵を見て動きを止めた。


「陛下! 特別地域にモンスターの群れが!」


 真の最悪が、彼らの想定を超える速さで姿を現した。


読んで下さって、ありがとうございます。


第3章は書き溜め分がある内は平日のみの毎日更新となります。

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