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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-55 王の憎しみ

 黒龍の背から輝きが消え、漆黒の鱗に影が落ちる。


 巨大な黒龍の眼前には、黒龍ですら見上げる高さの土壁がそびえ立つ。フィーニスへの射線を遮っており、破壊すれば黒龍の方に倒れていくように傾いていた。土の中には周辺の瓦礫を固めた刃が仕込まれており、落下の加速と合わせると、今の黒龍だと無視できないダメージとなる。


 これではフィーニスを攻撃することは出来ない。


 この様な手段を講じる存在は限られており、この《リバースワールド》の中ではたった一人しかいない。


 黒龍はその男の名前を告げた。


「邪魔をするなっ、オルタナァ!!」


 黒龍が怒りを露わにしながら叫ぶ。黒龍ほどの巨体が叫ぶのだから、空間が震えて、辛うじて形を保っていた建物が衝撃で崩れていく。『龍王』の激昂という、常人なら死を覚悟する状況を前にしても、オルタナは動じなかった。


 いつの間にか黒龍近くの瓦礫の上に立つ男は、飛ばされそうになったテンガロンハットを押さえつけながら、面倒だと言わんばかりに口を開いた。


「仕方ないだろう。これも取引の範疇だ。これ以上やれば、てめぇはフィーニスを殺す。そうだろ?」


「当然である。あ奴は、これ以上野放しにしておくべき存在では無い。弱体化したとはいえ、『七帝』の一角。憎しみを糧にすればかつての力すら取り戻せるだろう。そうなれば、我の救済を阻む障害となり果てる。不要な芽は早くに摘むのが定石だ」


「そいつをされると困るんだよ。フィーニスが攫った人間の中に、神々の権能に関する情報源があるそうだ。フィーニスが死ねば、それも失っちまう」


「我と何の関係があるのだ。貴様が13神の存在を重要視しているのは理解できるが、我にしてみれば神々など路傍の石と変わらん存在。神々の権能を操れる存在など滅ぼせばよかろう」


「極端な意見をどうも。……俺としちゃ、余計な不安要素を断つという意見には全面的に同意なんだが……まあ、ここまで手を貸したんだ。どんな風に決着をつけるのか見届けてみたい、という気がある」


 帽子の下にある視線が対峙する二人の少年の方に向けられた。短いようで長かった戦いに、今まさに終止符が打たれようとしている。未来と同期できるオルタナではあるが、両方とも『招かれた者』であるがゆえに、未来が確定されず、先を知ることができない。


 だからこそ、この戦いの行方を自分の目で見たいという欲求もあった。


「てめぇがまだ続けたいと言うなら、悪いが同盟相手でも容赦しねえ。この俺自ら、全力を持って叩き潰させてもらう」


 静かに、しかしはっきりとした圧がオルタナから放たれる。同時に、黒く暴力的な圧が黒龍からも立ち上り、両者の圧がせめぎ合い空間が歪みだしそうになる。そのまま戦いの火ぶたが切って落とされるかと思いきや、予想外にも矛を引いたのは黒龍だった。


「承知した。此処は同盟者の顔を立ててやろう」


 黒いオーラが消え、黒龍は地に腹ばいになって伏せた。予想した反応とは違う結果にオルタナは訝しそうにしたが、黒龍の体が酷く傷ついているのを見て、黒龍が想像以上に消耗しているのだと判断した。


 片翼の根元から抉れ、漆黒の鱗は高熱に晒されたのか反り上がっている。過去に黒龍が消耗している姿を見たのは、人龍戦役で『正体不明アンノウン』以外の『七帝』が揃った時以来だ。


「そうか。それなら助かる。正直、これ以上てめぇに暴れられると、ここを維持するのが難しくてな」


「ふん。世界の範囲を狭めれば強度も上がるだろうに。大陸一つ分を再現するなど無駄であろう」


「そうでもないぞ。何しろ、てめぇらが相手だ。大陸一つ分を舞台に殺し合う事だってあり得るだろ」


 誇張なく、その可能性すらオルタナは覚悟していた。強度は下がるが、範囲を広げないと魔法の効果から逃れられる可能性があったのだ。


 黒龍は偽りの空を睨みつけた。鋭い眼差しは、その向こう側にある本物の空を、そして更に向こうにある存在を捉えていた。


「……神々の観測所から、この世界は見えるのか」


「不可能だな。ここは、神々の観測を誤魔化す為に、俺が生み出した魔法だ。神々であろうと、ここで起きた事を知る術は無い。たとえ、『正体不明アンノウン』でもな」


「観測するしか能の無い者達から、唯一の手段と存在意義を奪うとは痛快である。……して、貴様はどうするのだ。矮小なる者どもの戦いに混ざるのか」


「俺が? まさか! 頼まれた事はすべてやったんだ。あとは、アイツラ任せさ」


「頼まれた事だと? 他に何を頼まれたんだ」


 問いかけに、オルタナは先程まで戦っていた方角に視線をやった。黒龍とフィーニスの激闘が生々しく残る周辺と比較しても、そこは酷い惨状だった。建物が倒壊しているのは当たり前で、木の根が舗装された地面を突き破り、天にまで届く氷柱が伸び、炎が舐める様に広がっていく。


「なに、大したことじゃねえよ。ちょっとばかし、死なない程度に痛めつけだけだ」






 六将軍第五席ジャイルズは一歩も動くことができなかった。


 大地に倒れ伏し、偽りの空を見上げるしかない。そもそも、立って歩く足も、地面を掴んで進む手も無いのだから、移動は到底かなわないだろう。


 見上げた空を飛翔して近づく物体に気づく。相も変わらず、常識を疑う様なメイド服をまとったポラリスだ。


「到着。目標を発見」


 着地をしたポラリスは、感情の宿らない銀の瞳で淡々と周辺をスキャンする。様々な魔法や戦技の打ち合いで、法則が乱れた周辺は、いつどうなるのか予測もつかない危険地帯。火薬庫傍で火事が起きているような危険地帯だと言うのに、ポラリスは動じることなく佇んでいた。


 攻撃をする訳でも無く、助けようとする訳でも無く、倒れ伏しているジャイルズを見下ろしていた。


「よう……人形。アンタと……こうやって、会話するのは……いつぶりだ?」


「返答。三百五十八年と十カ月と二十八日ぶりです。ミスター・ジャイルズ」


「はっ。……そんな……くだらない……ことも……覚えてるのかよ……やっぱり、てめぇは……人形……だな。忘れる……ことが……できない……人形……だ」


「同意。そうあれ、と。永劫変わらない乙女であれと創造主より命令され誕生したのが私です。故に、忘れるという事はありません。……ですが、私が人形なら、ミスターは何と呼ばれるのでしょう」


「……ああ?」


 銀色の瞳が滑り、ジャイルズの状態を映像として記録しながら分析する。


「精査終了。四肢はもぎ取られ、毒によって肉体再生が遅延させられ、重力変動魔法によって高負荷を掛けられてもなお生存。常人なら既に五回は死んでいるダメージを浴びてもなお、瀕死ではありません」


 淡々と諳んじられるジャイルズの状態は、酷いとしか言いようがない。


 右腕は魔法で生み出した炎の虎に食われ、左腕は風魔法を圧縮させた刃で切られ、下半身は変身魔法で砂に変えられてしまった。肉体再生能力を持っているが、注入された毒が秒単位で組成を変化して新しい毒素になるため、自浄作用が働かず肉体再生までたどり着けない。極め付けが、ジャイルズを拘束する高負荷の重力魔法だ。肺が押しつぶされそうになるのを、懸命に堪えているため喋るのも一苦労だ。


 しかし、身動きが取れないだけで、ジャイルズの状態は決して悪くない。


「唖然。六将軍は全員が規格外ですが、ミスターは生物の範疇から逸脱しているかと」


「ひ……ひ……ひ。褒め……られたなら……礼を……言いてぇ……ところ……だがよぉ。てめぇは……何しに……来たんだ? 俺を……始末……するのか」


「否定。私がここに赴いたのは、監視のためです」


 重力魔法を浴びて表情を変えるのも難しいジャイルズは、金色の瞳に困惑の色を浮かべる。


 そんなジャイルズに向けてポラリスは隠すことなく、来た理由を説明した。


「監視。私がここに来たのは、ミスターが乱入するのを防ぐのが目的。ミスター・レイ達がミスター・フィーニスに勝つまで、邪魔をさせません」


「……ひ……ひひひ。訳が……分からねぇ……レイの奴が……陛下に……勝つ? 馬鹿……馬鹿しい……それに……俺が……邪魔しない……ように……監視する……なんて……甘っちょろい……話だ」


「同意。その点に関しては意見を同じくします。ミスター・ジャイルズの戦闘能力は侮れず、ミスター・レイ達にしてみれば脅威的な存在。ミスター・フィーニスとの関係性から判断しても、排除するのが妥当かと。一方で正しい判断と見る事も可能です」


「……見逃すのが……正しい……だと?」


「肯定。ミスター・ジャイルズを殺せば、残ったミスター・ゲオルギウスが間違いなく報復行動を取ります。現在のミスター・レイ達では太刀打ちできない確率が非常に高く、危険を排除するはずが、危険を招く結果となります。……何より、現在のミスターを殺し切る手段がありません」


「ひひひ……おい……おい。こんな……手足も……無くなった……俺を……殺せないって言うのか……てめぇが」


「同意。実証を開始します」


 言うなり、ポラリスの右手が輝き、光が収束し熱線が放たれた。高温をまとった光の弾丸は、直進するもジャイルズを掴んで離さない重力魔法に触れた瞬間捻じれてしまった。


 光は霧散し、欠片も届かなかった。


「実証終了。現状の武器兵装では、この重力魔法を貫通する事は不可能と判断」


「ひひひ。皮肉……だなぁ……俺を……縛る……くそったれな……魔法が……俺を……守る……盾になるなんて……なぁ」


 実を言えば、無理をすればジャイルズに止めを刺すのは不可能では無い。ただし、それは文字通り無理を押し通した結果であり、自分が半壊する恐れがある。自身の破損を承認されていないポラリスにとって、その選択肢は選びようがない物だった。


 彼女はレイに頼まれた事。ジャイルズが戦闘に乱入できないように見張るという任務をこなしつつ、自らの情報感知機構を駆使して、遠く離れた場所で今にも始まる戦いを観測していた。







 詰まる所、今回の作戦はフィーニスを弱体化させることにあった。


 フィーニスにしてみればレティとクロノを捕まえた時点で目的は達成されており、レイ達と戦うのはオマケに過ぎない。オマケだから、不利になれば逃げるだろうし、状況によっては周りの人々を手にかけたりする。


 そんなフィーニスから二人を奪還するには、フィーニスを可能な限り消耗させるのが必要だった。そこで思いついたのが黒龍だった。


 レイは、自分を魔人に仕立てようとしたフィーニスの思念に触れた時、彼の持つ底知れない憎悪を感じ取っていた。フィーニスの憎悪は冬の寒さよりも厳しく、夏の日差しよりも激しく、海のように深く、深く、底知れない物だと知った。


 言葉では無くイメージとして、フィーニスが持つ狂おしいまでの憎悪を理解し、ぶつける先が現れた時は何が何でも挑まずにはいられないと感じ取っていた。かつて、自分がゲオルギウスに向けた憎悪と同じように、心に突き動かされてしまうのだ。


 だから、フィーニスが黒龍に向かっていったのは当然の結果であり、黒龍に敗北するのも予想できたことだ。どうやら、黄龍討伐後に、ゲオルギウスと共に黒龍に挑んで敗北したらしいのを、オルタナが口にしていたとシアラは説明した。


 放っておけば、フィーニスは黒龍に倒され敗北していたはずだ。だが、それはレイの望む結末じゃない。


 この作戦において重要なのは、フィーニスから捕まった者達を助ける事であって、フィーニスを倒す事は最優先事項じゃない。後々を考えれば今のうちに倒しておくべきかもしれないが、そこに拘っていては本末転倒な結果を迎えるかもしれない。


 黒龍によって追い詰められたフィーニスを助けるために、オルタナに黒龍を止めてもらい、ジャイルズの介入を阻むためにポラリスを送りだした。


 残ったのは、レイとリザ、そしてエトネの三人だ。コウエンはキュイに預けて待避させてある。


 青い血を流し汚れた姿のフィーニスは、相当疲弊しているにもかかわらず両の足で立つ。『魔王』としての矜持からか、あるいはまだ余力が残っているのか。どちらにしても油断ならない相手なのは間違いなかった。


「ここまで全てが、君達のおぜん立てかい? だとしたら、大したもんだ。『魔術師』、『機械乙女ドーター』を味方に引き入れ、『龍王』をボクにぶつけるなんて。いくつか気になる事はあるけど、そこは置いておこうか」


 フィーニスの視線が、レイが懐に戻したハンドベルの方を向く。もう、使用回数は終わったが手放すのもどうかと思い持っていたのだ。


「まるで未来を見通すかのように、全部の流れが無駄なく揃っている。シアラの《ラプラス・オンプル》でも、こうは上手くいくまい。レイ、君の特殊ユニーク技能スキルも未来予知系なのかい」


「そんな質問に僕が答えると思うのか」


「つれないねぇ。まあ、いいさ。後のお楽しみは取っておくタイプなんでね。何しろこれから、君の事を調べる時間は幾らでもあるんだから」


「……どういう意味なんだ」


 不穏な気配に身構えるレイ。精神力で全身を強化し、フィーニスがどんな風に動いても対応できる様にしていた。


 リザもエトネも、レイの反応から同じ様に構えている。リザはともかく、エトネは体力気力、ともに十分だ。


 それなのに―――。


「それは、ね。こういう事だからさ」


 ―――フィーニスの姿を視界に捉える事は出来なかった。


 黒い残像が視界の端を通り過ぎたと思った瞬間には、レイの体は宙を舞っていた。一瞬、驚きから思考が停止するも、すぐさま空中で回転して着地をした。


 一メートルほど後方に吹き飛ばされたのは、レイだけでは無かった。リザも、エトネも、似た様に吹き飛ばされ、驚愕を隠しきれなかった。


 ただ一人、先程と同じ場所に佇むのはフィーニスだけだ。


 もっとも、彼は青い血を噴きだし、地面を青く濡らしていた。


「あははは。ちょっと動いただけで、このザマだが……それでもこの結果だ。君達とボクの間には、越えられない隔たりがある。これだけ弱体化し、これだけ消耗しても、君達じゃボクに届かないよ」


 フィーニスの体から発せられる圧は、どれだけ傷ついていても揺るがない。それどころか、増しているようにさえ思えた。


『魔王』フィーニス・マールム。その二つ名は伊達では無い。


 だが。


「随分と、お喋りじゃないか。以前のアンタなら、そんな風に喋る暇も無く、僕達を一蹴していたはずだ。よっぽど疲弊しているんじゃないのか? それに」


 レイは龍刀に付いた血を指先で拭った。


 指先は、青い塗料で染めたかの様に色づいていた。


「こっちだって、やられっ放しじゃないさ」


 ぽたり、と。


 フィーニスの腕の鎧がぱっくりと割れ、浅い傷から青い血が垂れていく。薄皮を軽く裂いただけだが、確かに傷があったのだ。


 フィーニスは自分が流している血を、驚きを持って見つめ、そして笑った。


 子供が新しい玩具を貰ったような、これから楽しくて仕方ないとばかりに柔らかな笑みを浮かべた。


「あははは! うん、やっぱり良いね。スゴク良いよ、レイ。こんなに楽しく戦えるのは久しぶりだ。……ここからは本気で行かせてもらおう。今のボクが出せる本気だ。……頼むから、すぐに終わらせないでくれよ」


読んでくださって、ありがとうございます。

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