11-50 分断 『後編』
「こいつは、随分と鈍っちまったな」
悔恨の声は、高速で流れる体から零れ落ちる。建物の上半分を組み替えて生み出された巨人に蹴られ、ジャイルズは偽りの学術都市の上空を砲弾のように飛んでいた。耳朶は空気の流れる音で塞がれ、視界の空は高速で流されていく。
「こうもあっさりと吹き飛ばされるなんて、嫌だねぇ」
あと数十秒もすれば地面か、あるいは学術都市を流れる運河か、もしくは学術都市の外側に墜落するだろう。
とはいえ、それを座して待つほど悠長な性格はしていない。
鍛え抜かれた体は空中で回ると、態勢を入れ替える。頭から落ちるのではなく、足から落ちる様にすると、ジャイルズの足から透明な塊が零れ落ちる。
「《烈轟爆雷》」
瞬間、足元から零れ落ちた透明な大槌が爆発した。
正確には、発動すると同時に爆発と稲妻を走らせる戦技がジャイルズの足裏で発動したのだ。爆炎と衝撃がジャイルズの体を震わし、反対方向からかかった力のベクトルによってジャイルズの軌道は変わった。下に向かって墜落したジャイルズは建物の屋上から五階分突き破って、ようやく止まったのだ。
何処かの家の、誰かの昼飯を下敷きにしてジャイルズは叫んだ。
「ひひひ! 痛てぇえええええええ!」
暴れる度に机は軋み、魔人種特有の青い血がまき散らされる。ジャイルズの両足は、足首より下が無かった。
当然と言えば、当然の結果である。
ジャイルズの技能は、自身を追い詰めた戦技を武器ごと再現する事にある。《烈轟爆雷》は彼の下半身を吹き飛ばした一撃であり、破壊力は身をもって知っている。全身を精神力で強化してもなお、一番近かった足首は被害を免れなかったのだ。
出血量は激しく、すぐさま治療しなければ生命に関わる傷だ。
それなのにジャイルズは傷口を抑えようともしない。まるで、子供が駄々をこねる様に暴れているのだ。遂に机も呆れたとばかりに支えるのを止めた。
砕けた机を背で浴びながら、ジャイルズはようやく痛がるのを止めた。
「ひひひ。ああ、ちくしょう。マジでやべぇぜ。ひひひ、でもまあ、完全ふっかーつ!」
狂気じみた笑い声を放ちながら、ジャイルズは立ち上がった。本人の言葉通り、失ったはずの両足で立っているのだ。
これこそが、ジャイルズの六将軍としての力だった。
レイが影を操る力を手に入れたように、ゲオルギウスが存在の違う体を取りこめる様に、クリストフォロスやカタリナが影の転移を手に入れた様に、フィーニスの憎悪を受け入れる事でジャイルズは、フィーニスの持つ肉体再生を手に入れていた。
その再生速度と肉体復元力は凄まじい。
極端な話、頭と心臓が繋がっていれば幾らでも蘇ってくるのだ。
再生したばかりの足の調子を確かめる様に、一、二度跳ぶと、そのまま窓から外へと突き破った。通りを挟んだ建物の壁を蹴ると、一気に屋上へと飛び出した。
そして、右手に握りしめた透明な歪曲した刀身を持つ剣を一気に振り抜いた。屋上で待ち構えていたオルタナの首筋を狙った一撃は、彼を守るレンガの手によって止められる。だが、ジャイルズは剣を手放すと体を横に回転させた。
回転の中に投じられたのは投擲用の短剣、ダークだ。
「芸の無い奴だ。こんな分かりやすいのがっ!」
オルタナの言葉が止まったのは、彼の背中にダークが突き刺さったからだ。正面にあったはずの短刀は、瞬きの間にオルタナの背後へと回っていた。
「《鏡像》。見えている物だけが本物だと思ってんじゃねえよ」
続けざまにジャイルズが取り出したロングスピアが、レンガの手ごとオルタナを貫いだ。途端、透明な槍の周りの空気が歪む。レンガは溶けて、高温を発する。
「《炎上槍》。燃えて消えな」
ジャイルズが指を鳴らすと、槍の内側に溜まっていた熱が炎となってオルタナを包み込む。ジャイルズが壊した建物を巻き込み、炎は勢いを増していく。
「……と、普通ならこれで終わりの筈なんだが。ひひひ、てめぇもつくづく、怪物だよな。俺の不死身っぷりといい勝負だぜ」
「怪物と呼ばれることに関しては否定しないぞ。何しろ、てめぇらとは年季が違うんでな。だが、てめぇの力任せの回復と一緒にされるのは心外だ」
炎に包まれながらも悠然と立ち上がり、槍で貫かれたはずの傷口から血は流れていない。
精霊のなりそこないであるオルタナは、物体と言うよりも現象である。物理的なダメージでは消耗させることはできても、消滅させることは出来ないのだ。
「ひひひ。この場にクリストフォロスが居りゃ、アンタと喜々として戦っただろうな。何しろ、人魔戦役での決着がまだ着いていなんだろ。ゲオルギウスだったら、アンタの方が分は悪いんだろ? 何しろ、あの人の槍は概念殺し。世界の染みとなり果てたアンタにとっちゃ、相性が悪い」
勢いを増す炎の傍にありながら、二人は動じることなく向かい合う。オルタナはジャイルズの軽口を聞いていないかのような素振りだが、それでも彼は喋るのを止めない。
「陛下とも相性が悪いよな。あの方の影は、無尽蔵。枯れる事のない泉だ。アンタがどれだけ平然としていようが、頭の天辺まで浸かっちまったら、どうしようもない。そう考えると、なるほど俺は相手しやすいのだろうな。戦技が使い放題とはいえ、戦技だけじゃ、アンタを追い詰めるのは難しそうだ」
「……随分とペラペラ喋る奴だな」
「ひひひ! 許してくれよ。何しろ気になって、気になって。どうして、俺と陛下を《リバースワールド》に引き込んだのか、って話さ」
炎は建物の中を食い破り、下へ、横へと広がっていく。足元が大分覚束なくなっているが、構わずにジャイルズは喋った。
「確か、《リバースワールド》を破るには、術者を倒すか、こちら側から世界を突き破るしかないんだよな。向こう側から手出しは出来ない、ある意味究極の引きこもり呪文。……なら、なんで俺と陛下の両方を引きこんだのか。俺と陛下を分断させるなら、どちらか片方だけを取りこめばよかったんだ」
ジャイルズの言葉は正しい。本物の学術都市から、魔法で生み出した偽りの学術都市に干渉する術は無い。
「そうしないで、両方を取りこんでから改めて分断するっていうのが、どうしても腑に落ちないんだよな。まるで、何か隠したい物でもあるかのようなやり口だよな」
「……悪いが、これ以上てめぇの無駄話に付き合っている暇は無いんだ。さっさとケリを着けさせてもらうぞ」
これ以上、ジャイルズに秘密に踏み込まれるよりも前に、オルタナは動く。自分たちの傍で猛々しく燃え上がる炎が一気に噴き上がり、オルタナの周りで炎の竜となる。
「ひひひ! ああ、確かに無駄話に付き合わせて悪かったよ。何しろ、全部用意するのに時間がかかるんでね」
言うなり、ジャイルズは両腕を空に向かって振り上げた。途端、彼の体から生みだされた透明な武器たちが、空へと跳んでいく。
剣、長剣、短剣、槍、槌、こん棒、矛、鞭、弓、斧。あげればキリのない無数の武器たちが、偽りの太陽に照らされる。
「さあて、てめぇか誰か知らないが。こそこそと悪だくみをしている奴の、ちっぽけな作戦を踏み潰してやろうじゃないか。ひひひ!!」
傷だらけの顔面が歪に笑みを浮かべた。
空気を切り裂く斬撃が振り抜かれる。足さばきはダンスを踊っているかのようで、軽やかなのに力強い。
「いい剣筋じゃないか。基本が練られている上に、良き経験を積んでいる。将来が実に楽しみな剣士だね」
眼前で刃を受け止めつつ、涼し気な言葉を吐くのは『魔王』フィーニスだ。精霊剣を、自らの影で生み出した黒い鎌で受け止めつつ、リザの剣術を冷静に評価している。
まるで、師匠が弟子を品定めするかのように。リザにとっては命を賭けて挑んでいるというのに、フィーニスにしてみれば戯れ程度なのだ。
だが、その方が都合が良いのだ。
影の鎌を弾き、フィーニスの足を切ろうと精霊剣が極光を纏う。途端、足元から影が壁のようにせり上がり、放たれた極光を受け止める。
影はびくともせず、フィーニスの意志によって消えると、そこにリザの姿は無く、代わりに光弾を放つポラリスが居た。
「目標、補足」
言葉は短く、光弾が次々と放たれる。フィーニスは面倒だとばかりに回避行動をとるが、ポラリスの演算がフィーニスの避けようとする方向を先読みする。角度を変えて放たれる光弾はフィーニスに直撃する。
「全弾命中。しかし、損害は軽微と予想されます」
その言葉通り、影で光弾を受け止めたフィーニスは地面を蹴ると、一気にポラリスとの距離を縮める。三日月のような鎌が振り上げられ、彼女のメイド服に触れる寸前、足元に広がる影に気づいた。
影の正体は、壁を駆けあがって頭上を取ったリザだ。精霊剣がフィーニスの脊髄めがけて真っ直ぐ落ちてくるが、フィーニスの影がリザを叩く。
横合いから吹き飛ばされた彼女は、壁に激突すると、拳に形を変えた影を精霊剣の極光で吹き飛ばす。
「警告。よそ見は厳禁であります」
ポラリスの機械的な音声と共に、フィーニスの頭は衝撃を受ける。スカートの裾を翻したポラリスの足刀が、リザの方を見ていたフィーニスの頭部を直撃した。
地面へと叩きつけられるフィーニスだが、地面を掴んで一気に距離を取る。
直後、壁を蹴って飛来したリザの斬撃が大地を抉った。
辺りを見回せば、リザの精霊剣で吹き飛ばされたと思しき残骸が幾つもあった。
「まったく、やりづらいな」
体に付いた土埃を払いながら、フィーニスはぼやいた。
「弱体化して、攻撃手段が乏しいけど予測計算によって行動を先読みして、的確にサポートするポラリス。見所はあるけど、現状だと大きく実力差が開いているからこそ、迂闊に戦えないエリザベート。これなら、オルタナとやり合う方が、ずっとやりやすいよ」
フィーニスのぼやきは、まさにリザの狙い通りだった。
リザとフィーニスの実力差は、天と地ほどの差がある。いくら『七帝』の一角、『機械乙女』ポラリスのサポートがあったとしても、その差が埋まるはずもない。それなのに、こうも善戦しているのは、彼女とフィーニスとの実力差に理由がある。
フィーニスはリザを殺す事が出来ない。
リザを殺せば、戦奴隷の契約によってレイが死に、そしてシアラもレティも死ぬのだ。レイが死んだ時点で《トライ&エラー》が発動するため、時間が巻き戻ってしまうが、その事をフィーニスは知らない。ただ、リザを殺せば、全部が意味を無くしてしまうという事を理解していた。
ジグムントを操る術も、自分の血を引いた孫娘も、自分と同じ『招かれた者』を失ってしまう。
そのリスクを考えれば、迂闊に本気を出せないのだ。本気を出せば、リザが死んでしまう可能性は十分考えられる。
かといって、手加減をしていても十分に勝てる相手なのも事実なのだ。それなのに、こうも長引いているのは、やはりポラリスの存在が大きい。要所要所、リザがピンチに陥るとポラリスが手を出してサポートする。ポラリスがピンチになれば、今度はリザが手助けする。
フィーニスが手加減をしていて、なおかつポラリスのサポートを得る事で、ようやく均衡が保っているのだ。
「とはいえ、引っかかる事もあるんだよね」
「……なんで、しょうか?」
息を整えつつ、リザは尋ねた。ちらりと、窓越しに見える時計の文字盤を確認した。
まだ、時間では無い。
「君、このままやり合って勝てると思うかい?」
「おや、心外ですね。一人の武人としては、高名な『魔王』を打ち取る誉れを勝ち取るぐらいの欲はあります」
リザは答えながら、口の端を持ち上げる。
無論、嘘である。
最初からリザに勝とうとする意思はない。
そもそも、これは―――。
「―――時間稼ぎ、だろ」
フィーニスに本心を言い当てられ、リザの頬が強張った。
金色の瞳は見透かしたかのような色をしており、どことなくシアラの瞳を連想させる。
「ぼくが街の人間を無差別に襲おうとしたから、慌てて《リバースワールド》に取り込んだんだろ。もし、本気でぼくらに勝とうとするなら、どちらか片方だけをこっちの世界に取り込んで、三人で戦いを挑むはずだ。勝てるかどうかは別にしても、それが当然の筋道だ」
やはり、『魔王』は侮れない。リザとポラリスの二人を相手取りながら、冷静に分析する余裕があったのだ。そして、リザの―――いや、レイの計画もある程度読まれてしまっている。
「それなのに、《リバースワールド》を持ちだしてまでやっていたのが監視という事は……何かを待っているんだね。誰かの到着かな?」
「勝手な推論を口にしてもらっては困りますね」
言葉が震えていないか不安になる。もう一度、時計を見て時間を確認する。
あと、少し。
「そう考えると辻褄も合う。君は、君の役割をすでに果たしているんだ。ぼくらを監視し、状況によっては引きずり込み、誰かの到着までの時間稼ぎをする。最初から勝ち負けは度外視しているから、その剣の力を何度も使っているんだ」
息が整わないのは、作戦がばれている事への動揺だけではない。手を抜いているとはいえ、『魔王』のプレッシャーを全身で浴びながら、懸命に食らいついていた事で消耗していた。加えて、精霊剣を何度も使用しているのが響いていた。
「うん、だとするとこれ以上君達と遊んでいても、ぼくに何の得も無いんだよな」
じわり、と。嫌な予感に背筋を震わせる。フィーニスが一歩、後ろへと退いた。
「君達が分断してまで守りたかったのはオルタナだろ。この世界を作り出した彼が一時的に消えれば、この世界は維持できなくなる。ジャイルズ相手なら、どれだけ戦っても消耗しないと踏んでいるんだろ」
「警告。ミスター・フィーニスが逃亡を図ります!」
ポラリスの言葉が合図だったように、フィーニスは大きく後ろへと跳ぶ。いつの間にか、影が翼のように広がり、羽ばたこうとしている。
疾風の如く前に出たポラリスは、両手を前に突きだした構えを取る。
そして、両掌から放たれた光線は、それまで光弾よりも輝きは強く、何よりも激しかった。余波で建物の表面が溶け、光線の先端は空に浮かぶ雲を吹き飛ばした。しかし、フィーニスは即座に反転すると、影の翼で全身を覆った。
繭のように影で守られたフィーニスは、ポラリスの光線を僅かに掠めつつも、ポラリスの方へと突撃する。光線を放った反動で、一瞬動きが遅くなったポラリスを影が襲った。
「ポラリス!」
「おいおい、よそ見をしている暇があると思うのかい」
津波のように広がった影で後ろへと吹き飛んだポラリスを助けようとしたリザだが、聞こえた声に身動きが取れなくなった。
首筋に当てられたのは、影の刃。大鎌を構えたフィーニスがリザのすぐ傍に立っていた。
「はい、チェックメイト。やっぱり、急造コンビじゃ、この辺りが限界だね」
ニコニコと勝ち誇るフィーニス。リザは足元に触れた感触から、影が広がっているのに気づいた。レティやクロノを飲み込んだのと同じ影だろう。
もう、打つ手はない。
「ええ、そうですね。ここまでのようです」
リザの言葉に、フィーニスは笑みを消し、眼光を鋭くさせる。
「……随分と、殊勝な態度だね」
「はい。だってもう、時間稼ぎをする必要が無いんですから」
彼女の青い瞳は、時計の針が目的の時刻を指しているのをハッキリと捉えていた。
直後、二人の周りに影が差した。
否、二人の周りと言うよりも、偽りの学術都市の大半が暗くなったのだ。
上空に偽りの太陽の光を遮る何かが広がっていく。
見上げたフィーニスが訝しみながら、正体を言い当てる。
「転移の影? クリストフォロスじゃない……まさかカタリナか?」
その金色の瞳が大きく見開かれた。
空を汚す黒い影の中から、闇よりも深い漆黒の存在が落ちてこようとしていたのだ。
読んでくださって、ありがとうございます。




