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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-49 分断 『前編』

「嫌な感じだ」


 年の瀬を前にして賑わいを見せる雑踏の中の呟きを、ジャイルズは聞き逃さなかった。髪の色以前に、傷だらけの肌を隠す為にマントを頭から被っていた六将軍は先を行くフィーニスの傍に近づいた。


 色硝子で瞳の色を変えるも、鋭さは変わらない。『魔王』の鋭利な双眸は、不快そうに前を向いていた。


「嫌な感じだ。肌に空気がまとわりついて離れない。粘度の高い液体に触れているかのような、気持ちの悪さが先走っている。君もそんな感じはしないかい?」


「……生憎と、俺の方はさっぱりですね。でも、確かに引っかかる感じはありますよ」


 どちらも人龍・人魔戦役を潜り抜けた古強者。明確な敵意や殺気が無くても、不穏な気配を感じ取る術に長けていた。


 いつもよりも慌ただしい雑踏。様々な人種が入り混じる通りの中で、予感めいた感覚の正体を探ろうとしつつも、歩調は変わらない。仮に、誰かが尾行していても、フィーニス達の変化に気づく事は出来ない。


 それだけ卓越した技術を持ちながらも、不穏な予感の正体を突き止めるのは出来なかった。少なくとも、一足一刀の間合いで、何かを仕掛けようとする不穏分子は居ないと二人は判断した。


「となれば、考えられるのは二択。ぼくらの気のせいか、ぼくらの感知範囲外から監視しているのか」


 居ないと判断しつつも、自分たちの直感を信じるのは変わりなかった。安全と思いこんでしまい、奇襲を受けた例は挙げずとも幾らでも思いつく。油断した者から死んでいく戦場を幾つも潜り抜けた二人だからこそ、警戒を解くという愚かしい事はしないのだ。


「現状、俺たちの侵入に気づき、対処を取るとしたらレイとその仲間。あとは、どういう訳だかレイ達の味方をしている『機械乙女ドーター』ポラリスぐらいですかね」


「他に考えられるのは、この街の冒険者ぐらいだけど無視しても構わない。いくら集まっても、君の敵じゃないだろ。ぼくの手を煩わせないでくれよ」


「ひひひ。頼られてるのか、いい感じに使いパシリにされてんのか、悩ましい所だな」


 嘆息すると、ジャイルズはふざけた雰囲気をひそめた。


「真面目な話、そろそろ撤退もアリなんじゃないんですか。こちらとしちゃ、時の権能に関する人間と、『勇者』を操る娘を捕まえたんだ。オマケに姫さんまで確保。これ以上ないほどの戦果じゃないですか」


 ジャイルズの言う事は正しい。


 最重要目標と副次目標の二つを手に入れた以上、学術都市に残っている必要はないのだ。


「頭の固いクリストフォロスが、陛下のお散歩を許した条件を満たしたんですから、胸張って帰りましょうよ」


「そうしたいのは山々なんだけど、ぼくとしては折角レイと遊べそうなんだ。もう少しばかり、残って様子を見たいんだよね。……とはいえ、これ以上動きが無いのもツマラナイといえばツマラナイ、か」


 途端、フィーニスは足を止めた。雑踏で埋め尽くされた道の真ん中で止まったのだ。当然のように人の流れを滞らせる。血管の中にできた栓のように流れは悪くなり、フィーニスはよそ見をしていた冒険者とぶつかった。


 あるいは、ぶつけられたというべきか。


「痛ってなぁ。てめぇ、こんな往来で立ち止まってんじゃねえよ」


 赤ら顔の男の呼気に酒気が混じる。年の瀬とはいえ昼間から酒を飲んでいる冒険者にろくなのは居ない。事実、この男は冒険者という立場を利用して、一般人に絡んで小銭を稼ごうとする悪癖があった。


 同行者たちは仕方ないとばかりにあきれ顔をするが、冒険者を止めようとはしない。彼らにしてみれば、巻き上げた金でもう一杯飲めるなら、これぐらいの悪行は止めるに値しないと思っていた。


 だが、男の事を考えれば止めた方が良かったであろう。


 なぜなら、彼が因縁を付けているのは『魔王』フィーニスなのだ。


「よせ、ジャイルズ」


 ジャイルズが殺気を漂わせて腕を振ろうとしたのを、フィーニスが止めた。この程度の冒険者相手ならば、素手で顎をもぎ取る事すら出来る。事実、主に対して万死に値する態度を取った男を生かす理由は無い。


「何故、御止めになるんで? こんな下賤な輩、虫を潰すように殺せばいいじゃないですか」


「ああ!? てめぇ、今なんつった!!」


「それには同感だけど、それだけじゃツマラナイだろ」


 激昂する男を無視してフィーニスは穏やかに微笑む。それを直視してしまった冒険者は、沸騰したやかんの様な怒りをあっという間に失ってしまう。


 例えるなら、絵画に収められそうな優しげな微笑みだと言うのに、見た瞬間から心臓を鷲づかみにされたような恐怖に体が芯から冷えていく。


 彼とて冒険者である以上、それなりの修羅場をくぐってきた自負がある。しかし、それら全てを合わせたとしても、今の恐怖とは比べられない。自分がどれだけ危険な存在に関わってしまったのか、遅まきながら理解した。


「簡単な事だよ。どこかでぼくらの様子を窺っている奴が居るなら、此方から騒ぎを起こしておびき出すんだよ。とりあえず、手始めにこの辺一帯を掃き掃除しようか」


 穏やかな微笑みのまま、邪悪な考えが言霊として出る。フィーニスの足元にある影が蠢くと、立体的に起き上がり周囲へと伸ばされて―――消えた。


 まるで、消しゴムで線を消すように、空中に刃のように伸びていた影が消えたのだ。いや、消えたのは影だけではない。フィーニスとジャイルズの姿も消えていた。


 目撃していたのは、フィーニスに絡んでいた冒険者だけだった。二人の周囲で、トランプをひっくり返すように世界が裏返っていき、気が付けば二人の姿は何処にも無かった。






「ほらね、ぼくの言った通りだ。向うが我慢しきれなくなって動いちゃったよ」


 世界が裏返るように切り替わる。先程まで通りの端から端までを埋めていた人の群れは消え去り、耳に痛いほどの静寂が広がる。


「とはいえ、我慢が足りないのも事実だよね。人魔戦役の頃なら、無関係の人間がどれだけ死のうが、ぼく達魔人種さえ殺し切れれば勝利。勝利に犠牲は付き物なんてことを真顔で実行する奴らばっかりだったのに。それとも、今の奴は知り合いだったのかな、オルタナ」


 フィーニスが視線を上に向ければ、建物の屋根から見下ろすオルタナと視線がぶつかった。オルタナの手元には、魔法で生み出した鏡が浮かんでいた。


「《リバースワールド》で生み出した別空間からのぞき見なんて、趣味の悪い方法だ。使い手の性格の悪さがにじみ出ているじゃないか」


「好き放題言ってろ」


「とはいえ、効果的でもある。ぼくらの感知をすり抜け、近距離から監視しても気づかれず、相手を取りこんで拘束する事だってできる。使い方は幾らでも思いつくし、創意工夫の余地がある。……分からないのは、その理由だ」


 屋上と地面と距離はあるが、フィーニスの声はオルタナに届いている。


 見た目は若々しいが、これでも『魔王』。魔人種を統べる者だ。


 静かな語り口だと言うのに、その声には威圧が乗り、他者を圧倒させる力があった。


「どうして君が、ぼくらの動向を探る? それも、情報収集に徹するなら理解できるけど、こんな中途半端な形で介入してくるなんて。ぼくの知る君だったら、あそこの通り一帯が血の海に変わったとしても、眉一つ動かさないだろ。まさか、慈悲の心に目覚めたとかじゃないよね」


「その点に関しては同意見だ。だが、何しろ雇い主の命令なんでね。死傷者を出すなって言う厄介な注文があるんだよ」


「雇い主、だって?」


 フィーニスの瞳に危険な輝きが宿る。穏やかな微笑みを浮かべていた口角がつり上がり、残忍な本性が浮かび上がっていく。


 更に尋ねようとしたフィーニスだが、横合いから飛び込んできた声に思考を乱された。


「陛下! 敵襲です!」


 フィーニスの背後に陣取り護衛していたジャイルズは、マントを脱ぐのと同時に飛来する存在に向けて投げつけた。取り出した透明な槍に絡みつくマントは、ポラリスの視界を遮るのに役立った。


 低空飛行で近づいていたポラリスが、槍を避けるために軌道を乱した隙に新たな剣を取り出そうとする。だが、ジャイルズは視界の片隅を赤く照らす異様な極光に体を前に倒した。


 直後、横合いの建物の窓を突き破り、リザの精霊剣から放たれた光がジャイルズの頭のあった空間を貫いた。


 間一髪で直撃を回避したジャイルズだったが、回避を選択したせいでポラリスの対応に遅れてしまう。とはいえ、ジャイルズも六将軍。態勢を崩しながらも反撃する手段を、回避する手段を用意している。


 来るなら来い、とばかりに構えていたが、予想とは違った結果が待っていた。


 低空飛行をしたまま接近したポラリスは、勢いを落とすことなくジャイルズにぶつかったのだ。より正確に言うなら、ジャイルズを掴んで上昇する。攻撃じゃなかった事で、意表を突かれた形になった。


「てめぇ、この機械女! 俺をどこに連れて行くつもりだっ!!」


「回答。すぐそこです、ミスター・ジャイルズ」


 ポラリスの返答は嘘では無かった。ポラリスの急上昇は、建物の屋上の高さを越えた時には、彼女はジャイルズを放り投げていた。目まぐるしく景色が回転する中、ジャイルズは迫る屋上に向けて足を振るった。足裏は建材を突き破り、ジャイルズの体はそれ以上吹き飛ぶことは無かった。


「本当に意味の分からなねことをする奴だ、なぁ!!」


 語尾が上がったのは、砕いた建材が植物に変わり自分を縛ろうとするからだ。ジャイルズはわき腹から双剣を取り出すと、蔓のように伸びる植物を切り裂いた。


「このデタラメ技は、アンタの仕業だよな、オルタナ」


「さてな。生憎と心当たりはないんだが」


「ひひひ! そんなんでしらばくれているつもりなのか」


 周りの植物を全て切り裂くとジャイルズは一気に前に跳ぶ。オルタナとの距離を零にしようとするも、足元から伸びた手が邪魔をした。


「この、今度は手、レンガの手か!」


 ジャイルズのいく手を阻んだのは、まさしくレンガを集めて形作る手だった。彼の背丈の倍以上はある手がジャイルズに向けて拳を叩きこむ。重い一撃を受け止めたが、まだ余裕はあった。


「ひひひ。この程度の攻撃しか出来ないんじゃ、随分と老いたんじゃないのか」


「てめぇ如きに心配される筋合いはねえよ。それに、誰が終わりだって言ったんだ?」


 訝しむジャイルズの双眸が驚きに開かれる。足元の建物が揺れたと思ったら、レンガを組み合わせた手の平から先が生まれていくのだ。


 肩ができ、頭ができ、体ができ、足ができた。


 建物の三分の一を使って、レンガの巨人ができたのだ。手のひらだけでジャイルズの倍以上はあるのだ。全長は比べるまでもない。


「考えてみりゃ、てめぇが相手だと楽ができるな。なにしろ、加減を少しばかり間違えたとしても、簡単にくたばらないんだからな」


 天を突く巨人の蹴りが、ジャイルズを直撃した。








「あははは。あんな巨体に蹴られちゃ、流石のジャイルズも戻ってくるのに一分くらいは必要かな」


 部下の窮地にも関わらず、フィーニスはどこか暢気に笑う。いや、この状況を窮地と捉えていないのだろう。続けざまに放たれる精霊剣の極光を、片手間で防ぐ様子からも窺える。


「直撃しても対した手傷にならないだろうけど、流石に鬱陶しいかな」


 呟くと、右手に影による大鎌を取り出した。重さを感じない手さばきで鎌が一閃すると、通りに面した建物の壁が一斉に崩れた。そればかりか、斬撃は建物の奥まで切り裂き破壊のすさまじさを物語った。


 その中の一つに隠れていたリザは、間一髪で直撃を回避していた。


「やあ、さっきぶりだね。エリザベート、だったかな。親しみを込めてリザと呼んでも構わないかな?」


 瓦礫越しに投げられた言葉に、リザは身を固くする。いつの間にか、瞳の色が金色に変わっていた。


「……驚きました。よもや、『魔王』がこの私の名前を知っているとは。先程は、顔すら知らなかったように思えたのですが」


「うん。正直に告白すれば、君に関する知識は一つも無くてね。あの後、クリストフォロスから聞いたんだよ。ぼくが誘拐した少女、ジグムントを操作できるレティシアの姉なんだろ」


「ええ、その通りです。ですが、貴方に親し気に名前を呼ばれるような筋合いはありません、『魔王』フィーニス」


 リザは立ち上がると、精霊剣を構えた。


 リザの構えを見て、フィーニスの柔和だが底知れない闇を感じさせる相貌が陰った。


「不愉快だなぁ。ぼくに対してジグムントの剣術の模倣を見せつけるだけでも腹立たしいのに、その顔は何だい。覚悟を決めたかのような凛々しさまであるじゃないか。まさかとは思うけど、ぼくとやり合うつもりなのかい」


「そのまさかと、答えたらどうしますか」


 ぞわり、と。


 リザの全身を見えざる手が撫でまわした。それが、フィーニスの放った殺気だと気づいた時には、死の意識から呼吸を止めてしまった。


「ほら、ご覧。ちょっと殺気に当てられただけで、このありさま。戦う以前の問題じゃないか」


 どれだけ弱体化しても、相手は『勇者』や『守護者』と渡り合って来た怪物なのだ。


 剣の腕前だけならレイを上回っているとはいえ、リザの総合的な戦闘力はレイに一歩及ばない。そのレイですら、フィーニスと十合撃ちあうのも至難の業なのだ。


 リザ一人では、戦いにすらないという見立ては間違っていない。


「いつ、私が一人で戦うと言いましたか?」


 リザの返答に不審そうに眉をひそめたフィーニスは、直後迫ってきた光弾を大きく飛んで躱した。リザの精霊剣と違い、片手間で避けるには威力が強い。


「表明。ここからは私とミス・エリザベートがお相手します。どうぞ、存分にご満足いただけるまで踊ってくださいませ、ミスター・フィーニス」


 着地と同時に構えを取るポラリスを前に、フィーニスは影を蠢かす。レイと同じように、首から下までを鎧に身を包んだ『魔王』は、楽しそうに笑った。


「なるほど。それなら、多少は楽しめるかもしれない。とはいえ、ステップを間違えたら足を踏まれる程度じゃ済まないよ」


 フィーニスの持つ黒い鎌が、空間を両断するギロチンのような勢いで振り抜かれた。


読んでくださって、ありがとうございます。

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