表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
687/781

11-48 サイコロの六

 轟ッ、と空気が震える。全身を叩きつけるような振動が、真っ黒な火の塊が落ちてくる事で起きるなら納得も出来よう。だが、空気を震わして、頭の上からつま先までを震わしたのは、黒龍の吐息だ。


 咆哮ブレスでは無い。


 人が退屈混じりに吐き出す溜息のように、裂けた口から零れた吐息がレイを襲う。人とは違う生き物の体内から吐き出された空気は高温を帯び、一瞬サウナに放り込まれたかのような息苦しさを覚える。


 直後、空中で動きが遅くなったレイの体が、黒龍の振るった爪によって、ガラスの器のように砕けた。


 ―――失敗。


 ★


 マグマが冷えて固まったような黒々とした鱗に、刃は突き刺さない。戦技《崩剣焔》は黒龍の体に傷一つ付ける事も出来ず、練り上げた精神力だけが無為に消えていく。


 覚悟していた結果ではあるが、まだ手は残っている。レイは龍刀に更なる炎を纏わせようとした。しかし、自分を飲み込む黒い影に気づいた。


 空に浮かぶ太陽を隠したのは、黒龍の巨大な翼だ。


 巨体を支えるのに相応しい翼は、例えるなら巨大な津波だろう。あまりにも大きすぎて距離感が狂い、レイが気づいた時には翼で弾き飛ばされていた。


 翼と言っても、鳥のような柔らかさは微塵も無い。城壁の如き堅牢な塊が、勢いよく迫り、人を撥ね飛ばしたのだ。


 フィーニスの影を全身に纏わせていたとはいえ、地面に激しく激突したのだ。子供が水面に投げた石が、対岸に届くように、何度も、何度も、何度も地面を跳ねる。


 やっと止まった時には、腕はあらぬ方向に曲がり、足はどこかへ忘れてしまい、龍刀をどうにか掴んでいるのが生きている証と言えた。


 だが、再びレイの体に影が差した。


 黒龍の巨体が持ちあがり、大木よりも太い脚がレイを踏み潰した。


 ―――失敗。


 ★


 紅蓮の炎が空を駆け抜ける。紅蓮の鎧に身を包んだレイは、大地に鎮座する黒龍に向けて幾つもの炎を落としていく。距離を詰めようとはせず、遠距離から炎でダメージを与えようとしていた。


 龍刀から放たれる炎は、斬撃の形をしていた。斬ると焼くを同時に行う攻撃は、上級モンスターなら確実に、超級モンスターとて重傷は免れない。それが一発や二発では無い。龍刀が振るわれるたびに空から地面へと落ちていくのだ。


 さながら、炎の雨。冬の空は紅く染まり、大地は異様な熱気に当てられていた。


 しかし、黒龍は鬱陶しそうに顔を回すだけだ。


 炎の斬撃は黒龍の体に触れると、頼り無さそうに砕けていく。


 ばちり、と。黒龍の鱗の間で何かが弾ける。


 紅蓮の炎の隙間で異変に気づいたレイは、距離を取ろうとしたが、その判断は遅い。


 次の瞬間、黒龍の全身から放たれた黒い稲妻は、周辺全域を焼き尽くす稲妻の網となった。球体上に広がったそれは、当然のようにレイを飲み込み、レイの体は一瞬で黒焦げとなる。


 ―――失敗。

 ★


 ―――失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗、失敗。


 ★


「……これで、何回目の敗北だ」


 見慣れた宿屋の汚れた天井を目にして、レイはため息交じりに尋ねた。誰も居ない室内に、錆びた歯車を無理やり回したような、聞き苦しい声が響いた。


『さあな、二十回を越えた頃から数えるのを止めたが、流石に五十回は越えてねぇだろうな』


「意外と真面目な返答だな。てっきり、あの笑い声をさせながら答えるのかと思ってたよ」


『はっ! お望みとあらばしてやってもいいが……正直、笑ってやる気もねえよ。なにせ、笑うに笑えない状況だからな』


「はは。お前が言うなら、そいつはどうして進退窮まった、かな」


 力なく笑うレイは、どうにかして立ち上がると、宿の窓を開け放った。何度目になるのか分からない、迷宮にある街デッドエンドスポットの風景をぼんやりと見つめる。


「『龍王』黒龍。ありゃ、どうしようもない怪物だな」


 今更ながら、その事実に直面していた。


 古代種は六龍が一体、黒龍。そして『七帝』の一角『龍王』の肩書は伊達では無い。


 全体の大きさは赤龍と同等だろうが、防御力が段違いに違い過ぎた。龍刀の一撃はどれも歯が立たない。戦技を放っても、炎を纏わせても、肉体強化の《全力全開オールバースト》を発動しても、刃が鱗を砕ける気配はない。


 一度だけ通じた攻撃もある。現時点のレイが出せる最強の技であり、放てば自分の命と引き換えとなってしまう《赤龍天穿咆哮》。


 迷宮を支える分厚い岩盤を十四枚貫いた赤龍の咆哮ブレスは、黒龍の顔面を直撃した。下から上へと噴き上がる炎は、黒龍の顔の右半分を吹き飛ばして―――それだけだった。


 人で例えるなら、顔面から思いっきり転んだとでもいうのだろうか。一枚一枚が最高にして最高度の鎧以上の耐久性を持つ鱗が剥がれ、下の肉が捲れている。


 なるほど、確かにダメージは与えられた。黒龍がたじろぎ、鱗は吹き飛び、血を流している。


 だが、それだけだった。


 右腕を生贄に捧げ、技の反動で体が崩れていく中、レイは辛うじて見た。顔の半分を軽く撫でられたと言わんばかりに黒龍が笑っていたのを。


 これまでに、サファやジグムント、ポラリス、フィーニス、ローランと規格外の怪物を見てきたレイだが、黒龍はその中でも防御力はずば抜けている。《赤龍天穿咆哮》が軽傷なら、これ以上のダメージを黒龍に与えるのは不可能だろう。


 そして次に厄介なのが、黒龍の攻撃だ。レイが策を弄し、あの手この手で迫ろうとしても、黒龍は全て叩き潰して来る。最強の守りがあるという前提があるから、ゆっくりと対応されてしまうのだろう。影法師を使った攪乱も、コウエンとレティを使った陽動も、超遠距離からの炎も全て受け止められ、反撃される。


 反撃方法にもレパートリーがある。初戦で見せた、炎を圧縮して放つ熱線は、直線以外にも分裂したり、湾曲したり、ある程度の追尾性を発揮したりする。体表に発電器官があるのか、黒い稲妻が空を駆け抜け、黒い翼が巻き起こす突風は地面を更地に変えてしまう。


「考えてみれば、コウエン、いや赤龍に僕等が勝てたのは、クリストフォロスが赤龍の自由意思を奪っていたからなんだよな」


 宿屋の窓から屋根を伝い、ボスの間を目指すレイの足取りは迷いが無い。この短期間に幾度も通った道だけに、体が覚えていた。


「あの時の赤龍は、クリストフォロスから下された命令を実行するだけの存在。言ってしまえば、一つの命令だけを入力された機械なんだよな。だから、僕等の立てた作戦にああも嵌ってくれたんだ」


 アマツマラで起きたスタンビート。その最終局面において、クリストフォロスは最後の作戦を行っていた。自分が正面から攻め込む事で、街に滞在していた上級冒険者達を引き寄せ、その隙に背後にあったアマツマラの迷宮でスタンビートを人為的に起こし、内側からアマツマラを滅ぼそうとする作戦だ。


 赤龍は、迷宮から逃げ出そうとする避難民と、作戦に気づいた冒険者たちを追い払う役目を担っていた。いわば、後方に置いておくことで効果を発揮する駒だった。簡単な命令だけを入力しておいておくだけで、役目は十分だ。


 だからこそ、レイ達を前にしてもブレスばかりで他の攻撃を行おうとしなかったのだろう。


 赤龍に勝利できたのは、クリストフォロスが足を引っ張ってくれたおかげだ。


『残念ながら、今回は黒龍の足を引っ張る輩はいなさそうだな。いっそのこと、運否天賦に任せるか? 数を重ねれば、いつかはサイコロの六が出るかもしれんしな』


「ふざけんな。ただでさえ、ギリギリの所で命を賭けているんだぞ。そんな偶然に頼れるか。こっちは一回でも失敗すれば、あのイタミを味わう羽目になるんだぞ」


『そうだな、そうだな。なら、俺にもっと感謝しろよ。お前が黒龍に殺されずに済んでいるのは、ひとえに誰のお蔭なのか』


 影法師の勝ち誇った声にレイは口ごもる。顔の無い影法師が得意げな表情をしているのが目に浮かぶ。


 レイの持つ《トライ&エラー》は死亡した時に、決められた時間まで時を巻き戻す力だ。その際、相手との実力差に応じて死のイタミは酷さを増していた。黒龍に殺された時の死のイタミは、例えようがないほどの苦痛で、死のイタミだけで死んでしまいそうなほどだ。


 それなのに、レイが何度も、何度も、何度も挑んでは死んでいけるのは、彼が底なしの精神力を持っているから―――だけでは無い。


 黒龍によって殺される寸前、影法師によってレイは殺されていた。


 《トライ&エラー》は自殺をすると、条件を満たすまでは技能スキルが使えないというペナルティがある。だが、影法師はレイの中から誕生したが、別の存在として確立されているため、影法師に殺されても自殺判定はされない。これを利用して、レイは死のイタミを回避していた。


 黒龍の所に転移する前に、影法師の操る影を心臓と脳の近くに配置し、レイが死亡する寸前に刃となって内側から貫くように準備している。これで、どうにか黒龍によって殺されるのを回避して、死のイタミを免れていた。


 とはいえ、相手は圧倒的な実力差のある黒龍。影法師が行動するよりも早くレイが死ぬときはある。


 その時は仕方ない。


 甘んじて死のイタミを耐えるしかないのだ。


 それでも今の所黒龍による死のイタミは片手に収まる程度なのは、影法師のお蔭なのは間違いない。だからといって、素直に礼を言う気にならないレイは、あからさまに話題を変えた。


「ともかく、戦力不足なのは間違いない。黒龍を利用するにしても、アイツを一瞬だけでも押さえつけられる存在が欲しい。あと一手あれば、こっちの計画通りに行くんだ」


『そいつは無い物ねだりって奴だ。こっち味方してくれるポラリスは、エネルギー不足。仮にエネルギーを回復してから一緒に黒龍の所に行っても、黒龍に対抗できるかは難しいと本人も言ってだろ』


 黒龍と遭遇後の周回で、ポラリスに聞いた話を影法師は繰り返した。


『オルタナは論外だ。あいつは黒龍を利用しようとするのを知れば、敵対する可能性が高い。こっちがカードを切るまでは、悟らせないのが上策だ』


「なら、フィーニス達を向こうに送りこむのは……難しいか。フィーニスとジャイルズが転移の影に大人しく飲まれるとは思えないよな。そもそも、転移の影はフィーニスの力でもあるんだ。黒龍の所に飛ばしても、すぐに戻ってくるかもしれないし、転移を防がれるかもしれないよな」


『他の冒険者を巻き込むのも難しいだろうな。一時間足らずで説得に応じるのは、オルドぐらいだろうが……居ても居なくても変わらんな』


 酷い言い方ではあるが、レイも同意だ。


 オルド旗下、『紅蓮の旅団』全員が協力してくれたとしても、黒龍の前に黒焦げの塊が人数分増えるだけだ。


「エトネとコウエンも協力はしてくれるけど……やっぱり手が足りないな」


 呟きながらもレイは歩く足を止めない。真っ直ぐにボスの間を塞ぐ扉の前に立つと、慣れた様に詠唱する。


「《漆黒よりもなお昏き影よ、我と共に起て》!」


 途端、目の下を走る傷口がうずき、影が起立する。地響きと共に開かれていく扉の隙間にするりと入っていくのを、レイは見送った。


 それから一分も経たない内に、影法師は戻ってきた。


「終わったぞ」


「うん。一応、聞いておくけどミラースライムだったか?」


「いい加減、その質問も鬱陶しいぞ。違ったら、教えてやる」


 文句を言いながらも、影法師はレイの体に纏わりつき、黒い鎧となった。レイは、後ろが騒がしくなってきたのを気づき、逃げるようにボスの間へと飛び込んだ。


 そのままボスの間を通り抜けようとして、視界の隅に銀色の輝きを捉えた時、ピタリと足を止めた。


「……おい、どうしたんだ?」


 不審そうな影法師が声を上げるも、レイはじっとそれを見つめていた。


 そして、しばらくしてから心底嫌そうな声色で告げた。


「ああ、ちくしょう。お前の言う通りになったな、影法師。今回は()()()()だ。サイコロの六が出るまで、何度も繰り返すしかなさそうだ」


読んでくださって、ありがとうございます。

申し訳ありませんが、次回の更新はお休みさせてもらいます。

26日より更新再開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ