11-35 リザの視点Ⅺ
「警告。ミス・エリザベートは距離を保ったまま待機を。ミス・レティシア、ミス・クロノスを奪還出来ましたら、この空間からの脱出を支援します。決して、戦おうとはしないでください」
ポラリスに警告されるまでも無く、戦いに割り込む事は出来ないと判断を下した。なぜなら『七帝』同士の激突は、正しい意味で人外の領域なのだ。
ポラリスの両手が輝く度に熱線が放たれる。光弾や帯状の光が空間を焼き尽くす。レイが操るのと同じ影はいくつもの穴を開けて掻き消える。
フィーニスも防戦一方では無い。無数の黒い粒が通りを満たしたと思えば、それらが一気に膨張し空間を圧殺する。家や建物の外壁にめり込み、巻き込まれたポラリスの体から軋みが上がった。
直後、オルタナの呼び出した炎が影を焼き尽くす事で救出されると、一気に距離を詰める。長いスカートを翻して放たれた上段蹴りは、割って入ったジャイルズが受け止めた。だが、ポラリスはそれを予期していたように、次の行動に移っていた。
「がぁあああ!」
魔人が吼える。
肉が焼けた匂いが微かに鼻を突く。
傷だらけのジャイルズの右足に、定規で書いたような青い線が浮かぶと、ずるりと千切れてしまう。蹴りを止めた事でできたジャイルズの死角を利用して放たれた熱線が、ジャイルズの足を切断した。
斬るのと同時に焼いたせいか、断面から血が流れてはこないが間違いなく重傷だ。本来なら下がるべきはずの状況で、ジャイルズは叫んだ。
「陛下ッ!!」
応じるよりも早く、フィーニスは影を展開した。蛇のように地面を這う影は、解体された豚の足のように転がっているジャイルズの足を掴むと、焼き切れた切断面に無理やり合わせる。ぐちゅぐちゅ、と肉の切断面同士から不快な音が響くと、影は切られた部位を包帯のように縛ったのだ。
肉だけでなく、骨や神経、血管も全部焼き切れたはずなのに、ジャイルズの足は何事も無かったように振り上げられ、お返しとばかりにポラリスの体を後ろへと吹き飛ばした。フィーニスの影は形だけを繋ぎ合わせたのではなく、神経や血管も影で繋ぎ合わせたのだ。
驚くべき事だが、過去にデゼルト国でレイが暴走した時にも似たようなことを影はやっていた。
後ろに吹き飛んだポラリスは地面に足を突き刺して耐えた。そして両手を前に出し熱線を発動した。
空間を貫く二筋の光をフィーニスは華麗に躱した。熱線と熱線の間、僅かにしか存在しない隙間に体をねじ込ませると、手に持った大きな影のハンマーでポラリスを襲う。地面に足を突き刺して体を固定しているポラリスに避ける事は出来ない。
だが、フィーニスの体は、まるで噴火のように吹き上がった地面に持っていかれた。オルタナの魔法で地面が隆起したのだ。
隆起した地面は塔のように、空へまっすぐ伸びている。しかし、その塔がぐらりと傾いたのだ。原因は塔の根元、ポラリスの反対側に居たジャイルズだ。
ジャイルズの両手には透明な剣が二振り握られていた。
いた、と過去形なのはその刃が砕け散っているからだ。
ジャイルズの技能、《傷ノ記憶》は、過去に戦い直接浴びた戦士の戦技を再現する。透明な武具は、その戦士が持っていた武器を再現している過ぎず、言ってしまえばオマケなのだ。
本質は、自分が受けた戦技の威力や特性をそのまま再現できる点だ。
いま、天を突く勢いで伸びている塔の根元を一刀目で切り裂き、二刀目で傾かせたのだ。自分の正面、ポラリスの方へと。
偽物の学術都市に影が落ちる。影が濃くなっていき、まるで夜のようになった直後、隆起した大地が都市を踏み潰した。先端は街の外壁まで手が届きそうだ。
振動と共に舞い起こる粉塵に向かって人影が落ちていく。ジャイルズは視線を上に向け、そして、一歩、二歩と微調整をして―――どん、と落ちてきたフィーニスに顔面を踏みつけられた。
ジャイルズをクッションにしたフィーニスは器用に回ると着地を決めた。反対に、ジャイルズの体は地面へと崩れ落ちた。
「いやー、危ない危ない。危うく地面に激突するなんて、『魔王』らしからぬ醜態を晒すところだった。我が僕、ジャイルズ。君の献身に助けられたよ」
「献身じゃねえっすよ! 陛下、途中で影を出して角度を微調整しやがったでしょ! あれでこっちにぶつかるように軌道を修正しやがって!!」
「あははは。だって、君、落ちてくるぼくを見つけた瞬間、自分が直撃しないように位置取りしたでしょ。明らかに避けようとして、普通なら不敬で死刑だぞ、っと!」
尽きる事の無い土煙を吹き飛ばしたのは、瓦礫の山を突き破ったポラリスだった。いくらか汚れているが、目立った外傷はない。直線距離を最速で進むとフィーニスに迫った。横合いから振るわれた透明な槍を掻い潜り、フィーニスの胸に手を当てる。
「直撃。お覚悟を」
言葉通り、熱線はフィーニスの体を貫通した。纏っている影の鎧ごと、左胸を突き破り背後へと光は伸びていく。普通に考えれば即死級の一撃で、追撃なんてあるはずがない。
ところが、ポラリスは光を放ったまま手を横に滑らそうとした。当然、熱線もその動きに付いていこうとするが、彼女の手はがっしりと捕まってしまった。
「おいおい、この程度でぼくが死ぬと思うかい? そいつは、ぼくを甘く見過ぎだな」
左胸に直径が拳以上の穴が開き、高熱で傷口が焼かれているというのにフィーニスは平然とポラリスの腕を掴んでいた。ポラリスが腕を振り払おうとしたが、逆にミシリと腕が軋んだ。
直後、ポラリスの体を透明な槍が貫いた。物理干渉を遮断する魔法工学の道具が展開されているのに、槍が腰に突き刺さっているのは戦技が発動したからだ。
溶ける様に消えていく槍。腰から腹部までを斜めに貫通している。普通なら、骨盤が砕け内臓をいくつも貫かれ、致命傷に等しい一撃。だが、ポラリスは機械だ。魔法工学で産み落とされた作り物。痛みを感じる事も傷みで怯む事も無い。
ただ、一度くらいついた相手から離れようとはしなかった。
自分の損傷を無視して、ポラリスはフィーニスの体を胸の辺りから横まで切断しようとした。
「くぅ。相変わらず見た目に反した力をして……本当に参ったな!」
生半可な攻撃ではポラリスは止まらないと感じたフィーニスは影を瞬時に展開する。食虫植物が虫を捕まえる様に、殺意を形にした影がポラリスを襲おうとしたが、突如として雷鳴がとどろいた。
空は晴天で、雷雲なんて欠片も無い。なのに、轟雷がフィーニスに直撃した。
無論、落としたのはオルタナだ。
魔法で生み出した落雷はフィーニスのみならず、フィーニスと触れあっているポラリス、そしてオマケとばかりにジャイルズにまで届いていた。
全身を駆け巡る雷は、普通なら人間の全身の液体が沸騰してもおかしくない一撃だ。それなのに、フィーニスもポラリスも掴んだ手を離そうとはしない。
「ったく、俺に迷惑かけるんじゃねえぞ!」
苛立ちと共に放たれた植物の根が、ポラリスを回収しなければ二人は丸焦げになっても離れなかっただろう。
瓦礫の上で立つオルタナは、植物の根で運ばれるポラリスの隣に立った。
「というかだ、ポラリス。てめぇ、いつもの武器はどうしたんだ。あの、傍迷惑なホウキやらハタキとかは何処に置いてきたんだ?」
「不所持。今回のミッションに不要と判断し、研究所に置いてきました」
「ああ? それじゃ、てめぇ。まさか武器らしい武器は何も無いのか。その光る手しかないのか」
「肯定。他は通常任務にも使用する防御兵装のみとなっています」
「ったく。……らしくない戦い方をしているとは思ったが、マジでらしくないのか。……そういえば、レイの仲間はどうしたんだ。まさか、瓦礫に押しつぶされたんじゃないだろうな」
土煙が晴れていくと、数分の間で一変した光景が広がる。学術都市の建物が隆起した地面に押しつぶされ、直接の被害を受けていないのに、余波だけで崩れたのもあった。
ポラリスの瞳が数度瞬くと、
「確認。ミス・エリザベートの無事は問題ありません。近くから様子を窺っています」
と、だけ短く伝えた。
彼女の言う通り、リザは割と近くにいた。ポラリス達が向き合う通りに面した建物の一階から様子を窺っていた。
隆起した地面が傾くのに気づいた瞬間、リザは手近な建物に飛び込み、安全そうな方向に向けて真っ直ぐ突き進んだ。途中あった壁などは、精霊剣で吹き飛ばし、何とか生きながらえたのだ。
そっと様子を窺うと、フィーニスがぽっかりと開いた胸の穴に向けて自分の影を注いでいるのが見えた。窓越しにでも、影がフィーニスの体内で蠢く音が聞こえ、開いた穴は埋まってしまった。確実に肺か、あるいは心臓にまで達していた一撃なのに、『魔王』は平然としていた。神経や血管を繋ぎ止めただけでなく、失った臓器を影で代用しているのかもしれない。
正しく、人の領域から外れた者同士の戦いだ。
人の域から出られないリザに戦う資格なんて無い。
「さて、と。このまま続けるのも面白いんだけど……聞いておきたい事があるんだよね」
フィーニスの投げかけた言葉にポラリスとオルタナは揃って顔を向けた。失った体の調子を確かめる様に触りながら話は続く。
「ポラリス、それにオルタナ。仮に、君達に時に関する権能を持った少女を譲ったとしたら、ぼくに何をくれるかな」
「あ? 急に交渉か。さては、このままだと負ける事に気が付いたのか。だとしたら、冷静な判断を下せるようになったじゃねえか。顔を見ない間に、成長したじゃないか。でも惜しいな、あと三百年早けりゃ、もっとマシな未来があっただろうに」
「あははは。スライム以下の存在になり下がった、世界のシミが面白い事を言ってるよ。まずは、自分を見つめ直すところから始めようか。……まあ、単純な話、時に関する権能に関しては興味が無いんだよね」
「不可解。なら、なぜ彼女を誘拐したですか」
「誘拐は半分成り行きさ。単純に時に関する権能の調査をしに来たら、予想以上の人物に出会えたから、つい、ね。だから、正直に言えば彼女にそれほど固執する理由が無いんだよ。……だから、一応確認さ。君達がそれ相応の物を引き渡してくれるなら、彼女を渡してもいいよ」
急な申し出だがポラリスの表情が変化する事は無い。それだけに、彼女がどんな事を考えているのか、リザには読み取れなかった。一方でオルタナは顎に手を当てながら悩んでいる様子だ。
「お前に差し出す……ねぇ。逆に聞くが、お前俺から欲しがるような情報ってあるのか?」
「あははは。僕は物と言って情報だとは言ってないのに、ぼくが情報を欲しがっていると先読みしたね。さては未来と同期したね。まるで、推理小説の後ろから読んでいくような、無粋なやり方だ。まあ、いいや。オルタナに言われてしまったけど、ぼくが欲しいのは情報さ、ポラリス」
どうやら、交渉の相手は最初から一人、いや一体に絞られていたようだ。
「科学者の遺産がどこにあるのか教えてくれるなら、彼女を譲ろうじゃないか」
「科学者の遺産?」
初めて聞く単語をリザはおうむ返しに繰り返した。『科学者』とはノーザン・オルストラの事だ。魔法工学を一代で完成させ、様々な魔法工学の道具を生みだしては世の中に革新をもたらし、同時に生み出された兵器は混乱を巻き起こした。良くも悪くも、人類の黄金期を最も輝かせ、失墜させた男だ。
ノーザンの遺産とは何なのか、リザには想像もつかなかった。なにかとてつもない力を秘めた兵器なのだろうか。だが、言葉を発したフィーニスはともかく、ジャイルズやオルタナに驚いたり、あるいは不審がったりする様子は無かった。
「納得。ミスター・フィーニスが学術都市を離れようとしなかったのは、私に質問があったためでしたか。……創造主の遺産が何を指しているのか、ご存知ですか?」
「もちろんだとも。かつて、君から聞かされたノーザンからの伝言にあった、魔法工学の基礎を生みだした研究所。魔法工学の道具を生みだしてきた工房。そして、魔法工学の兵器をいまだに生み出している工場。それら三つを合わせて科学者の遺産だ」
―――いま、何と言ったのだ。
リザは聞き間違いであってほしいと願わずにいられなかった。だが、オルタナもジャイルズも、そしてポラリスですらフィーニスの発言を否定しなかったのだ。
魔法工学の兵器をいまだに生み出している工場。
耳から入って来た言葉に震えが止まらなかった。
「多くの連中は考えようともしない。人類の黄金期は九百年前に終わっている。『科学者』の死によって魔法工学の明かりは消え、新たな発展は望めなくなった。この街の一角で、御大層に行われている研究なんて、ノーザンが生きていた頃に比べれば紛い物だ。彼らに道具の再現は出来ても、兵器の再生産は出来ない。にも関わらわず、九百年という時が流れてもなお、魔法工学の兵器が世の中に出回るのは何故か。発見され次第回収されているはずの兵器が、迷宮で見つかってしまうのは何故か。答えは簡単だ。あるのだろう、今も兵器を生産している工場が」
フィーニスの言葉は重く、場を支配する。否定できるだけの根拠はリザに無く、何よりポラリスの沈黙が答えだった。
フィーニスが右手を振るうと、そこに影が生まれた。空中で水平に伸びた影から吐き出されたのは、白銀の髪の少女だった。
「ぼくが知りたいのはね、工場さ。世界の何処かで、今も稼働中の工場の場所を教えてくれたなら、この子を渡してもいいよ」
クロノスを抱えるフィーニス。逃がさないとばかりに影は紐になって彼女を縛るが、クロノスは意識が戻っていないのか無反応だ。
「さあ、どうする? もちろん、このまま戦闘を続けても構わないけど、ね」
「疑問。ミスター・フィーニス。貴方が創造主の工場を発見したとして、それで何を為そうというのでしょうか。よもや、再び人魔戦役を起こすのでしょうか」
「うん。そうだよ」
あっさりと。
道を尋ねられたから答えたような気軽さで、空恐ろしい事を告げたフィーニスにリザは言葉を失った。
「正確に言えば、魔法工学の兵器を用いて、より効率的に人を殺そうと考えているんだ。なにしろ、ぼくたちだけじゃ、四年と少しの間に人を皆殺しにするのは無理だろ。早くしないと、世界救済に間に合わなくなる」
「……ちょっと待て。大量虐殺と世界救済がどうして繋がるんだ。フィーニス、お前、遂にイカレタのか?」
「あははは。ぼくは正常だよ、オルタナ。至って真面目に、真っ当に、この世界を救おうとしているのさ」
「理解できねえな。どうやったら、大量虐殺なんかで世界が救えるんだ。この『機械乙女』が世界を焼け野原にしてしまえば、世界が救われるとは、到底思えないな」
「その通りだよ。そのためには段階を踏む必要があるんだ。まず―――」
「陛下。それ以上は」
続けようとしたフィーニスを止めたのはジャイルズだ。それまでの軽薄さは鳴りを潜め、どこか真剣な眼差しでフィーニスを見つめていた。フィーニスの喋りを遮るのは、本来であれば許されない行為だ。そこには、これ以上は喋らせまいとする忠臣の覚悟があった。
だが、フィーニスは穏やかに微笑み、首を横に振った。
「悪いけど話させてもらうよ。彼らだけじゃなく、彼にも伝えて欲しいからね」
言うと、金色の瞳がリザの方をちらりと向いた。リザが隠れている場所なんて、フィーニスにはお見通しだったのだ。そして、彼女の方を向いたのは、彼女の口からレイに伝えろという意味だろう。
「……ならば、ご随意に」
「ありがとう、ジャイルズ。さて、話が中断したね。大量虐殺が世界救済と繋がる理由、だったね。……まず、結論から言おう。この世界を救うのは不可能だ」
「はぁ? 急に何を―――」
「―――待ちなよ。話は最後まで聞いて欲しい。現状の魂循環システム。御霊は限界を迎えている。魂が正しい形で循環せず、滞り、澱んでいる。それは六龍の内、白龍がいまだに蘇らないのが証明しているだろう」
世界を支える古代種が六龍の内、白龍は人龍戦役が始まる前に死んだ。以来、白龍が復活したという知らせは無かった。
「古代種の復活が為されない。これだけでも御霊が限界を迎えている証拠さ。だから、ぼくは提案するんだよ。……新しい魂循環システムの構築を。御霊に代わる新たな生命輪廻の扉を開く」
自分で話しながら感極まっているのか、フィーニスの身振り手振りは言葉を増すごとに大げさになっていく。金色の瞳が高揚し、影の輪郭が蜃気楼のように揺らめいていた。
だが、そんなフィーニスとは反対にオルタナは冷静に待ったと口を挟んだ。
「面白い話だが、実現した所で意味が無い話だろ。そんな事をしても世界は救われない」
「へぇ、それは何でだい」
「てめぇの言ってることは、古くなって壊れる寸前の水道管を、まったく新しい水道管に切り替えるって事だろう。だが、その水道管に流れる水の量や質は変わらねえ。結局の所、その場しのぎにもならず、世界は崩壊するだけだ」
オルタナの言う通りだ。フィーニスのやり方では延命にすらなっていない。
しかし、指摘されたフィーニスは落ち着いた口ぶりのまま続けた。
「だったら、話は簡単だ。新しい水道管に適した水の量まで、減らせばいい」
「あ? ――――っ!! そう、いう事か。それで、てめぇは黄龍を、六龍を狙ったのか!」
「流石だ、精霊のなりそこない。ぼくの目標は新たな生命循環システムの構築。そのためには現状の生命循環システムを破壊して、世界が崩壊しないように魂の量を減らす」
読んでくださって、ありがとうございます。




