11-31 リザの視点Ⅶ
目も眩む閃光に激しい熱。
直撃すれば、人間なんて一瞬で蒸発してしまいそうな光弾を浴びたのに、《ミクリヤ》の屋敷は傷一つ付いていない。いくら、弱体化しているポラリスの一撃とはいえ、破壊の象徴『機械乙女』の一撃だ。
これまで、多くの人命や、堅牢な砦を壊してきた彼女が、あろうことか木造家屋を破壊する事も出来ずにいた。
余りにも現実離れした結果だが、事実として認めるしかない。
この屋敷を物理的に破壊するのは、現時点で不可能だ。
「あははは! 凄いなぁ。自分で作っておいてなんだけど、この屋敷の防御力は発揮する機会が無くて、正直なところ賭けだったんだ。でも、見事! キミの一撃を防いでみせたよ、ポラリス」
扉一枚隔てた向うから、フィーニスの歓喜が混じった声が聞こえてくる。外観に傷一つないという事は、当然内部に影響は無いのだろう。別空間のように攻撃が届いていない。
自分たちの家が、一転して強固な砦のようにリザには映った。
もっとも、屋敷の防御力は物理的な加護のような物だ。封印術のように、外界との接触を拒むわけでも、決められた手順が無いと扉が開かないという訳では無い。あの扉の取っ手を回せば、それで扉は開くだろう。
だが、その後は?
フィーニスの戦闘スタイルは、影を大量に生成し質量で押し潰す範囲型。室内という狭い空間だと、影を展開するだけの広さが無いため不利になるかもしれない。しかし、ポラリスに対して振るった剣裁きを見る限り、剣術にも精通している。下手に踏み込めば、数秒で殺されるのは目に見えていた。
一歩中に入れば、そこは死地だ。
逡巡するリザの手を取ったのはポラリスだった。
「連行。これ以上の遅滞は撤退のタイミングを徒に遅らせるだけと判断。安全地帯までの一時撤退を実行します」
「―――っ! 待って、まだ二人が……いえ、お願いします」
リザの美貌が激しく歪み、噛みしめた唇から血が流れていく。ここで駄々をこねてもどうにもならないのは、誰よりも理解している。このまま無駄に戦いを挑んでも、良くて殺されるか、悪ければ瀕死の状態で捕まってしまう。レイに対するカードとして使われてしまう可能性が高い。
「了承。加速して離脱します。街の中で人の少ない場所に心当たりはありますか?」
問いかけにリザはこくり、と頷くと、再びポラリスの靴が変形した。車輪がレンガの上を滑っていくと、あっという間に二人は屋敷から離れていった。
不快にも思える摩擦音が遠ざかっていくのは、応接室に飛び込んだフィーニスの耳にも届いていた。
彼は机やソファを飛び越えると、扉の方に向けて構えを取っていた。左手を前に半身になり、掲げた右手には影を圧縮した槍が握られていた。
実は、ポラリスの攻撃を誘うために圧縮していた力は、解いたように見せかけて自分の内部で蓄積させていた。リザかポラリスのどちらかが飛び込んできても、すぐさま放てるようにこうして構えている。
放たれれば、通り三つ分は更地に変えられる一撃を、フィーニスは何事も無かったように消してみせた。
「……どうやら、飛び込んでくる蛮勇は示さないようだ。誰だって二度の死はありえないが、一度は避けられぬというのに。まあ、賢明な判断だと褒めておこう」
地面を転がった時の埃を払いつつ、フィーニスは通りに面した扉を開く。既にリザ達の姿は無い。人払いの魔法は破れたが、強制的に立ち退かせた人たちはまだ戻ってきていない。
人の気配が無い街並みを眺めつつ、彼は背伸びをした。
「んんっ! 静かで気持ちが良い。早く、世界全部をこんな静謐な場所にしなくちゃな。……まあ、その前にレイとあーそぼ。ボクの与えた力は、憎悪はどんな華を咲かしたんだろうか、楽しみだなぁ」
空に向かって微笑む姿は、どうしようもなく禍々しく、邪悪さに満ちていた。
年の瀬が迫る学術都市はどこも賑わっている。冒険者たちを支える商店が、軒並み休みを取るため、この時期ばかりは冒険者たちも迷宮に潜るのを切り上げたり、あるいは年を越せられるように準備している。
そのため、どこもかしこも人の出入りが激しく、人気の少ない場所は限られている。リザが提案したのは学術都市を流れる運河の積荷場だった。
学術都市のある中央大陸は、『魔王』フィーニスと『勇者』ジグムントの激突によって、大陸の中心が吹き飛んでしまった。吹き飛んだ中央部分に向けて、大陸の外側にあった海水が流れ込み、周辺を内海、外海と呼ぶようになってから三百年。学術都市には内海と外海を繋ぐ運河があるのだ。
運河と言っても川幅はそれほど広くなく、水深も浅いため小舟が行き来する程度だが、それでも人や物を運ぶのに役立っている。運河の途中には荷卸しをするための場所があった。
普段なら人足達で賑わっているのだが、年の瀬という事もあり荷の運搬は行われていない。市場から遠い積荷場は無人だった。
リザとポラリスは、申し訳程度に風よけの壁と屋根が組まれた小屋の中に居た。
運河から流れ込む冷たい風が、粗末な小屋の隙間から吹きこむが、リザは気にならなかった。狭い小屋の中にはベンチがあり、リザは座っている。ポラリスは小屋の隅で立ちながら眠るように目をつぶっていた。
小屋に入るなり、
「診断。セルフチェックを開始します。しばらくの間、機能を一時遮断します」
と、言ってからは微動だにしていない。
ポラリスの事はひとまず放置して、リザは状況を整理する。
(今の所、敵はフィーニスとジャイルズの二人。フィーニスの影の中にレティとクロノが捕まったのは間違いない。シアラとヨシツネはフィーニスと入れ違いに出発したのかしら? 二人の安否も気になるけど、レイ様の行方がはっきりしないのは厄介ね。黄金の小鹿亭から屋敷まで、最短で着く道を進んできたけど、レイ様は何処にもいなかった。どこかで道草をしていたのかしら。だとすると、今回は運が良かったと言えますね)
道草どころか、迷宮の奥底まで連れて行かれた事をリザはまだ知らない。
(エトネとコウエン様はどうなったのかしら。キュイを迎えに一緒に出たけど、もう戻って来てもおかしくは無いわよね。……しまった。屋敷の入り口に何か伝言でもしておけば良かった。なにも知らずに、レイ様やエトネが屋敷に入ってフィーニスと鉢合わせでもしたら)
自分の最悪の想像に体が震えてくる。動かないポラリスを置いて屋敷に戻ろうかと思った時、ポラリスの瞼がゆっくりと開いた。
「終了。残存エネルギーは九%にまで低下。特別警戒対象との戦闘における勝率は0.002%。セーブモードに移行すれば、最大六時間の駆動が可能……移行完了」
「何を言っているのかさっぱりですが……今の状態でフィーニスと戦うのは厳しい、ということですか」
「訂正。厳しい、ではなく無駄、と断言できます」
きっぱりとした口調に、分かっていた事だが肩を落としてしまう。
「分析。『魔王』フィーニスは六将軍第三席カタリナと『勇者』ジグムント、そして魔界の維持に力の大半を失っています。暗黒期に観測されたデータと比較すれば、六分の一以下。それでも現状の私と比べれば強いのは否定できません。加えて、六将軍第五席ジャイルズがいます。単純な戦闘能力だけなら、六将軍第二席ゲオルギウスに次ぐ存在。これらを相手取り、捕まった仲間を救出するのは不可能」
「……それでも、やるしかないんです」
「不可解。ミス・エリザベートが考えるべきなのは自己の安全。人間は、自分を第一に考える事が生存本能に刻まれているのでは」
銀色の瞳が不思議そうに見つめてくる。ポラリスの言う通り、出来る事ならあの怪物達から少しでも遠くへ逃げたいという感情はある。臆病な本音が、ともすれば口から出てきそうだ。
だが、それを出す訳には行かない。
誰よりも、辛く険しい境遇でも歯を食いしばって進もうとする男の背中を見てしまったのだ。
「レティは私の妹です。そしてクロノは私の仲間です。助けに行くのに、これ以上の理由なんて要りません」
口に出すと覚悟が決まる。どうすればいいのかなんて具体的な方法は微塵も思いつかないが、それでも足元が定まった。
「ポラリス。もう気づいているかもしれませんが、貴女が探していた、時に関する権能を操っていた人物は私達の仲間のクロノです。彼女はあの13神が一柱、時を司るクロノスでした。しかし、神々の中に居た裏切者によって、神としての力と記憶を中途半端に奪われ、学術都市の地下迷宮を彷徨い、冒険者に被害が出ていました。その調査と解決を依頼された私達は、色々あった末にクロノスを殺し、彼女を人間クロノとして転生させました」
ポラリスはじっと、黙ったままリザの話に耳を傾ける。まるで壁に向かって話しかけるように手ごたえが無いが、リザはそのまま続けた。
「彼女の中に神としての力はほとんどありません、時を操る力はおろか、神として観測所に居た時の記憶も断片的となっていて、普通の人間と何ら変わりありません。そんな彼女を探し出して、どうするつもりなのですか。もしも、彼女に危害を加えるというのなら……貴女も私の敵です」
リザとしては、相当覚悟を持って告げた宣戦布告だったが、ポラリスは美しい表情を変化させる事は無い。静かな湖面を思わせる美貌は、数秒の間を置いてから突然唇が動いた。
「把握。細かい疑問点は調査する必要はありますが、概ね想定した通りの展開であったと把握。ミス・エリザベート、貴女がこちらを信用して情報を開示してくれたことに謝意を」
ペコり、と。
ポラリスはメイド服の裾を持ち上げてお辞儀する。メイド服では無く、ドレスを着ていたら様になった作法だが、あいにくと場所が粗末な掘っ立て小屋だ。
「回答。創造主の命令は、『正体不明』に敗れた神の保護です。12神が一柱クロノス改め、《ミクリヤ》所属ミス・クロノの意思が最優先されますが、危害を加える事はありません」
衝撃が体を貫く。
ポラリスが何気なく口にした言葉の中に幾つかの重大な事実が含まれている。それら一つ一つを問いただしたいが、実行する時間は無い。
「分かりました。貴女の言葉を私も信じます。貴女がクロノに危害を加えず、保護したいというのなら、その目的が達成できるように私も口添えします。ですから、お願いです。妹と仲間を取り戻す為に協力を」
立ち上がり、手を差し伸べた。剣士にとって利き手を差し出すのは危険な行為だ。武器から手を離し、自分の手が切られたりすれば戦闘ができなくなる。
これはリザなりの覚悟の表れだ。
銀色の瞳に星の瞬きが起きる。
数秒の沈黙からポラリスは動き出した。
リザの右手に応えるように、自身の右手を差し出したのだ。リザは縋るような思いで、その手を掴んだ。
「ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
「不要。謝意は不要です。それよりも現実的な話を……感知、ジャミング発動」
ばちり、と。周りの空気が震えた。驚きのあまり、リザは手を離してしまう。
「ど、どうかしたのですか? まさか誰かの攻撃、でしょうか」
「不明。何者かによる広域魔法による干渉を感知。意図が不明なため阻害しました。話を続けても宜しいですか」
「はい、お願いします」
「了承。現在、セーブモードに移行しているため、軌道上にある衛星との通信が一部不能。目標が学術都市を離れたかどうか不明です。探索、追跡、戦闘を行うにあたり、最優先で必要な物があります」
「それは……やはり魔石でしょうか」
「肯定。可能な限り大量の魔石を必要とします。本来なら抽出し、高エネルギーの結晶体に圧縮した魔石が必要ですが、緊急時のため止むを得ません」
「魔石ですか。残念ながら、手持ちの魔石は昨日売ってしまったので、手元には無いんですよね。どれだけの量が必要なのですか」
ポラリスが答えた量は、レイ達がラビリンスを一年潜っても、一割にも満たない量だった。
あまりにも天文学的な数字に、リザは言葉を失ってしまう。
「……そ、そんなに必要、なのですか。それだけ大量の魔石となると、購入するのも難しそうですね。レイ様と合流して『鍛冶王』などに借金をお願いして、というやり方では間に合いません」
「否定。現状、ミスター・レイが合流したとしてもフィーニスとジャイルズに対する勝率が上がるという希望的観測は持てません。また、徒に時間が経過してしまうと、フィーニスを逃がす恐れがあります。可及的速やかに魔石を回収し、衛星との通信を回復する必要があります」
「回収、ですか。もしかして、迷宮に潜って魔石を取るんですか」
「否定。大迷宮ラビリンスを攻略するよりも、より素早く、なおかつ効率的に魔石を回収する手段はあります」
機械なのに自信満々に告げたポラリスに対して、どうしてだかリザは寒気が止まらなかった。
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