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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-28 リザの視点Ⅳ

 これが危険な賭けなのはリザも承知していた。


 レイの前に、事もあろうに『七帝』の一角を連れていくなんて、無謀すぎる。『招かれた者』にとって、『七帝』は世界救済を果たす為の障害であり、倒すべき敵だ。それは同時に、『七帝』にとっても『招かれた者』は自分の安寧を脅かす敵となる。


 普通に考えれば、会えば敵として向かい合うしかない。


 そんな間柄である一方で、現実として好意的に接してくる『七帝』も居ない訳では無い。例えば、『守護者』サファは幾つかの事情も関わっているが、概ねレイに対して好意的である。アクアウルプスで遭遇したオルタナという『七帝』らしき人物も、共に戦ってくれた。


『七帝』はモンスターでは無い。


 会話できるだけの理知を持ち、目的のためなら手段を選ぶ。味方にするのは難しくても、協力者としてある程度の譲歩を求めるのも不可能では無い。


「それでは、レイ様の所に貴女をお連れします。ですが、道中は私の指示に従ってください。それと、周りの方に危害を加えるような真似は絶対に許しません」


「受諾。此方としても、速やかなる目的達成のために不要な揉め事は避けたいです」


 どうやら大人しくついて来てくれるようだ。それでも一抹の不安は残るが、リザは『黄金の小鹿亭』への道のりを、ポラリスを伴って進みだした。


 幸い、宿までの距離は短い。


 行き交う人々は、フードに隠れたポラリスの美貌を垣間見て息を呑む。人の生み出した美の極致を前にすれば、その反応にも頷ける。


 だが、彼らは知らない。誰もが見惚れる女性こそ、この世界に大量破壊という概念を植えつけたような存在の、究極と呼べる兵器。本来の性能なら学術都市を一瞬で破壊することも可能で、実行するのに躊躇すらしない。


 それが『機械乙女ドーター』なのだ。


「着きました、ポラリス……殿」


「提案。私は魔法工学の兵器。人の形をしておりますが、創造主によって生み出された道具です。余計な敬称は不要」


「そう、ですか。それではポラリスとお呼びしますね」


「ありゃ? リザじゃないか」


 呼びかけに振り向けば、そこに居たのは『紅蓮の旅団』に属するカーティスだった。狼人ヴォルフ族の青年は、昨夜の深酒を感じさせず、背筋がしゃんと伸びていた。


「昨日は来てくれてありがとうな。高いびき中の団長に代わって、改めて礼を言わせてくれ。そっちの連中は、大丈夫そうか?」


「ええ。あまり飲んでいなという事もありまして、皆元気です」


「そいつは凄いな。迷宮のボスを倒して、酒を飲んで、それでも元気となりゃ立派な冒険者集団だ。それで、今日はどうしたんだ? 忘れ物でもしたのか。それとも団長に用事か? 残念だが、団長は副団長を連れて出かけてしまって……そちらさんは誰だ?」


 カーティスの瞳が横に逸れる。フードを取らないポラリスを警戒しているのが、リザにも伝わった。下手に興味を持たれないように、リザは声を張った。


「此方は、レイ様に用事があってお連れしたのです。それで、レイ様はまだ此方に居るのでしょうか?」


「ん? レイならもう居ないぞ」


「そうなのですか」


「おう。昨日、というか真夜中は過ぎてたが、酔いつぶれたアイツを担いで俺の部屋に運んだんだ。そんで、俺も一眠りして起きたら、レイの奴はもう居なかったぞ。屋敷に戻ったんじゃないのか?」


「私が屋敷を出る時にはまだ戻っていませんでしたが、どうやら入れ違いになってしまったようですね。お邪魔いたしました」


 レイが居ないと分かれば、これ以上ここに居る理由は無い。下手にポラリスの正体に気づかれてもして、戦闘になってしまえばどうなるのか分からない。ポラリスは余計なトラブルを引き起こさないと誓ったが、向うから仕掛けられても反撃しないとは言わなかった。


 カーティスに頭を下げると、リザはポラリスを伴って足早に『黄金の小鹿亭』を後にした。







 年の終わりはどこも混雑する。市場の賑わいも凄かったが、魔電車の混雑ぶりも凄まじい。当然のように座席は埋まっており、足の踏み場もないほどのぎゅうぎゅう詰めだ。


「も、申し訳ありません。魔電車を使えば屋敷までの時間を短縮できると思ったのですが、こんなに混雑しているとは」


「不要。私にはこの状況を不快と感じる回路は存在しません。そのため、謝罪は不要です」


「そ、そうなのですかっ!」


 甲高い音と共に魔電車が駅に到着した。


 駅に停車しても満員なのは変わらない。それどころか、さらに人が乗り込もうとするため、リザとポラリスの密着度は増していく。互いの吐息どころか、心音すら感じられるほど近い。もっとも、ポラリスに呼吸も鼓動も無いのだが。


 乗車前に呪文のような呟きをしたのは、加護のような守りを解くための行為だったのかもしれない。リザはポラリスと向き合いながら、彼女の足の間に自分の足を差し込んでいる。当然、胴体は指の隙間も無いほど触れている。


 触れた肌から伝わってくる感触は、イメージしていたのと違っていた。


 魔法工学の兵器特有の無機質な金属や固い物体では無く、人の肉の柔らかさだ。正直な所、彼女が魔石を取り出す様を見ていなければ、彼女が兵器だとは信じられない。それほどまでに、完璧な人の姿をしている。


 そんな風にポラリスを見つめていると、彼女の唇から囁くような声がした。


「要請。至急、救援を求めます、ミス・エリザベート」


「……え? ええっ!」


 魔電車の中という意識が働き、驚きの声は出来る限り小さくできた。それでも衝撃は稲妻のように駆け巡る。


『七帝』が、あの破壊の化身が自分に助けを求めようとしているのが信じられないのだ。


 呆然としているリザに対して、ポラリスは続けた。


「要請。幼児が私の指を掴んで離そうとしません。どのように対処すればよいのか、助言を求めます」


「幼児……ああ、なるほど」


 リザが視線を下に向ければ、母親と思しき女性に抱きかかえられた幼児が、たまたまあったポラリスの指先を掴んでいた。母親の方は疲れからか、幼児を抱きしめたまま舟を漕いでいる。


 なんとも微笑ましい光景だ。


「確認。この行為に何らかの目的を見出す事は出来ず。危険度は低いと判断できるが、状況の改善を求めるために、武力の行使許可を」


 訂正、まったく微笑ましくない。


「駄目です! 赤子に指を掴まれたから、武器を持ちだして対処するなんて理屈聞いた事がありません!」


「不可解。ならば、どのように対処するべきなのか、指示を求める」


「……分かりました。少々、お待ちください」


 リザは混雑で動かしにくい腕を引き抜くと、ポラリスの指を掴んで離さない幼児の前に自分の指を差し出した。そして幼児の前でくるくると指先を回す。


 まるで蜻蛉の目を回すようにくるくると指先を動かしていると、幼児の注意がリザに移った。ポラリスの指を離すと、リザの方をぱしりと掴んだ。


「おや、思ったより強い力ですね。これは元気な子になります」


「疑問。幼児の力が強い事と、健やかに成長することに因果関係を認められません。その発言に対する根拠を求めます」


「私にもよく分かりません。ただ、暮らしていた修道院で、そのように聞かされていました」


 説明しながらもリザの指は止まらない。幼児の小さな掌の、甲の部分をくすぐったり、握ったりして幼児と触れあっている。


 幼児はその反応に、きゃっきゃっと喜んでいた。


「称賛。見事な対応と判断します」


「そのように褒められるほどではありません。このぐらいの子供の面倒は、よくしていましたから慣れているだけです」


 思い出すのは、ウィンドヘイル家の領地にあった修道院だ。帝国の僻地にある修道院には、訳ありの女性が多く、その中には赤子を連れて身を寄せる人もいた。そういった子供の面倒を見るのは、リザの役目の一つでもあった。


 彼女が面倒見た赤子の中には、幼き日のレティも居た。世話をするとまではいかなくても、こうやって触れあっていたのを思い出していた。


 魔電車の減速に合わせて母親が目を開けると、幼児の意識もそちらに向いた。リザの指から手を離し、母親に連れられて降りていった。


「幼児というのは、手がかかって目も離せませんが、どうしてあんなに可愛いのでしょうか」


「理解不能。私には、何かを見て感じるような回路は装着しておりません」


「あ、これは失礼しました」


 シアラやレティに話しかけるように、ポラリスに同意を求めてしまった。あまりにも人間らしい姿だが、彼女は人間ではないと痛感した。


 気まずさを感じたリザだが、ポラリスは淡々と言葉を重ねた。


「質問。あの生命体が、貴女ほどに成長するまでに、どれほどの年月が必要となるのですか?」


「私の年齢になるまで、ですか。そうですね、人間種ですし、成長速度は私と変わりません。少なくとも十年以上は必要になります」


「理解。それではあの生命体は、貴女の年齢になる前に世界崩壊によって死亡するのですね。だとすれば、育てるというのは資源、時間の無駄となります」


 どこか達観めいた、諦念めいた言葉にリザは血が熱くなるのを止められなかった。


「―――ッ! それを、貴女が言うんですか! 『七帝』である、貴女が!!」


 思わず叫んでしまう。相手が『七帝』で、ここが魔電車の中だという事も忘れ、世界を崩壊させる元凶に対して吼えていた。


 突然の叫びに対して、周りの乗客や運転手が騒めく中、魔電車は次の停車駅に着いた。屋敷に最も近い停車駅だったため、リザはポラリスの手を取って人混みを押しのけるようにして降りた。


 そのまま通りを歩いていき、人通りの少なくなった頃を見計らって手を離す。


「……先ほどは無礼な物言いをしました。非礼をお詫びします。しかし、私の気持ちは変わりありません。あの子供が大人になる前に世界崩壊が起きるから、育てるのは無駄なんて事を貴女が言う資格はありません。世界崩壊を招く『七帝』だけじゃなく、あの子供のように未来ある命を何人も奪って来た、『機械乙女ドーター』である貴女は、そんな事を言ってはいけない!」


 腹の底から、マグマのようにぐつぐつと煮えたぎる怒り、憤りをぶつけたが、ポラリスは表情一つ変えない。


「了承。貴女の意思を尊重しましょう、ミス・エリザベート」


 紡がれた言葉は冷たさを帯びており、リザの思いが届いた様子は無い。


「―――ッ。本当に、形だけを真似た人形なんですね。貴女には心が無いのですか」


「肯定。私の体は人に似せた人工皮膚と筋肉を纏っていますが、内部は戦闘用のボディとなっており、人の持つ感情や機微を察する能力は搭載されていません」


「まさに、道具にして兵器という訳ですか。なら、この街で魔法工学の兵器が起動すれば、貴女は全てを破壊するんですね。あの子も居る、この街を」


「当然。そう、あれかしと望まれて創造主により作り出されました。そこに一点の齟齬はありません」


 言葉を重ねるほど、彼女が自分と違う事を痛感させられる。これは兵器として生み出されたからなのか、それとも『七帝』だからなのかは分からない。ただひたすら、自分と違う存在という事実を突きつけられていた。


「……そんな兵器が、どうして魂なんて物を持って、『七帝』の一角に収まったんですか」


 口をついて出た疑問は、最初から聞こうと思って用意した質問では無かった。話の流れでふと思った事であり、リザもすんなりと回答されるとは考えていなかった。


 ところが、これまで打てば響くように会話していたポラリスが押し黙った。見れば、銀の瞳に星の輝きが起きている。数秒、あるいは数分か。長い沈黙を経て、ポラリスの唇がゆっくりと動いた。


「受諾。特記機密事項『七帝』に関する部分的な情報開示の許可が下りました。ミス・エリザベート、貴女は『七帝』について、どこまでご存知ですか」


「え? ……肥大化した魂、とだけしか聞いておりません。密閉された容器を世界と例えるなら、その中にある無数の魂から突如として膨らんでいき、世界を内側から割ってしまう。そんな突然変異のような魂を持った存在が『七帝』と」


「理解。『七帝』に関する初歩の知識は保有しているようです。では、どうして魂が肥大化するのはご存知ですか」


 リザは首を横に振った。今、自分が聞かされている事はこの世界における重要な秘密だと自覚し、顔が強張っていく。


「説明。『七帝』の肥大化した魂とは、叫びのような物です」


「叫び……ですか」


「肯定。人のたましいとは魂魄こんぱくに分かれています。こんとは純粋無垢なエネルギーの塊。生まれながらに誰もが持ち、生きていくために必要な燃料。一方でぱくとはこんから産みだされた感情です。人は死ねば、魂魄が大地に帰り、こんだけが天に、ぱくは大地に留まります」


「創世神話にある、モンスターの成り立ちですね。死んだ人々の悪しき感情が大地に染み込み、魔力によって肉を手に入れ、醜き獣となって蘇る。モンスターがあれほど人を襲うのは、死した人々の無念に突き動かされて、生者を襲うようになるという」


 修道院で生まれ育ったから、リザはおとぎ話のような伝承を聞いていた。ポラリスは頷くと、


「肯定。ただし、それは初代法王によってある程度編纂されています。正しくは、強い感情によってモンスターは生み出されます。悪しき感情だけでなく、喜び、愛、欲望、怒り、哀しみ、おそれ。これら七つの感情を持ってして、ぱくと呼び、それがモンスターとして大地に蘇ります」


「七つの感情……それじゃ、まさか!」


「肯定。天に昇った魂と切り離され、大地に染み込んだ七つの感情。人類が生み出し、処理しきれなくなった七つの感情を宿した存在こそ、『七帝』と呼ばれる肥大化した魂の正体です」


読んでくださって、ありがとうございます。

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