11-27 リザの視点Ⅲ
「挨拶。この様な場で邂逅する予定はありませんでしたが、初めまして、とだけは伝えましょう」
深々と一礼し顔を上げると、被っていたフードがずり落ちた。水銀を固めたような銀色の三つ編みが、冬の日差しを浴びてきらきらと輝きを放つ。フード付きのマントで全身を隠しているが、正面から首元が見え、冗談のようなメイド服の襟が顔を覗かせている。
年の頃は十七か十八か、あるいはもっと上のようにも下のようにも見える。クロノの美貌が、まさに神の領域に達した美しさなら、こちらは人の生み出した美の極致と呼ぶべきか。白のかんばせに白銀の瞳は、神秘的な美しさがあった。
だが、リザはそんな美しさに見惚れる余裕なんて無かった。
衣服の下では冬だというのに大量の冷汗をかいていて、口元を抑えているのは悲鳴を上げそうになるのを懸命に堪えているのだ。
なぜ、どうして、なんで?
そればかりが頭の中を回遊魚のように、グルグルと回っていた。
なぜ、『七帝』の一角がこんな所に居るのか。
どうして、『機械乙女』が人目を気にするように変装をしているのか。
なんで、こんな形で遭遇してしまうのか。
他にも幾つもの疑問や考えが、泡のように浮かんでは消えていく中、リザの口から出たのはシンプルな問いかけだ。
「なぜ、私の名を」
質問してから、そんな事を真っ先に聞く必要があるかと後悔してしまった。だが、ポラリスはフードを戻すと、透明感のある声で答えた。
「当然。ミスは要注意観察対象である御厨玲の仲間。付記観察対象として登録されています」
聞き慣れない呼ばれ方を不思議に思うよりも前に、リザはポラリスの言葉をおうむ返しに繰り返した。
「付記……観察対象、ですか?」
「肯定。貴方がた《ミクリヤ》は低軌道上に配備されている衛星によって、地上付近での行動は逐一監視され、情報収集の対象となっております」
「低軌道、衛星? 何の事だかわかりませんが……私達を監視していたというのですか、貴女は」
ポラリスの説明をリザが理解するのは難しいが、『七帝』に自分たちが監視されていたという事実に戦慄を覚えた。
リザにとって『七帝』は強大なる敵で、レイと共に行動していれば望んでいなくても遭遇する可能性の高い脅威だ。仮に、レイの事が無くても『勇者』ジグムントを倒す事を目標にしているリザは、『七帝』に背を向ける事は出来ない。だが、その『七帝』側が自分たちを監視していた事は予想外の事だった。
「私の事を知っているのなら、どこまで知っているのですか」
「当惑。それを答える事の有意性を見出せませんが、お答えしましょう。エリザベート・ウィンドヘイル。年齢十四歳、職業戦奴隷兼冒険者、得意とする武器は剣。『勇者』ジグムントの剣術を正しく体得し扱える数少ない後継者。家族は妹であるレティシア・ウィンドヘイルを除き、全て死亡。……相違ありませんね」
「……はい」
ポラリスの口からすらすらと出てきた内容に驚くと同時に、リザは嬉しくもあった。
リザにとって、自分の剣術は家族との繋がりだ。
ウィンドヘイル家は先の反乱で全てを失った。生き残った肉親はレティしかおらず、領地は奪われ、屋敷は焼かれ、関係者は出入りの業者の隣人まで処罰された。この大地にウィンドヘイル家があったという証は、リザが体得したジグムントの剣術だけだ。
怨敵の剣術を振るう事に思う所はあるが、それ以上にジグムントの剣術は忙しい父や兄たちが時間を作ってまで修道院を訪れ、教えてくれた物だ。言ってしまえば、輝かしい思い出と共に身に着けた伝統。それを正しく受け継いでいると言われた事が、リザにとって嬉しい事なのだ。
「結構。では、私は此れにて失礼いたします。御機嫌よう、ミス・エリザベート」
またしても深々と頭を下げたポラリスは、リザに興味を無くしたとばかりに彼女の横を通り過ぎようとした。
「いや、待ってください。貴女がここに来た目的っ!?」
ポラリスを止めようとした腕が、何かに弾かれてしまった。一瞬、甲高い音が辺りに広がるも、通行人たちは気にも止めずに歩いて行った。
「失礼。物理干渉遮断装置を作動させていました。お怪我はありませんか」
「いえ、大丈夫です」
弾かれた手は痺れているが、怪我はしていない。
過去に、デゼルト動乱でポラリスと遭遇した時に魔法を遮断する前掛けを身に着けていたとレイから聞いていた。もしかすると、フードが付いたマントも、何かしらの効果を持っている道具なのかもしれない。
「ポラリス……殿。貴女の危険性については、伝承などで知っているつもりです。いわく、一晩で都市を三つ焼き払い、燃え盛る炎は一月も消し止まなかったと」
「憤慨。それは脚色され誇張された噂話であって、事実とは違います。一晩で焼き尽くした都市は五つで、一月もの間続いてた山火事を結果的に吹き飛ばしただけです」
「……それを聞いて、より強く思います。貴女をこのまま行かせると、この街が吹き飛んでしまうかもしれない。……答えて下さい、なぜ貴女がここに居るのですか。目的は何なのですか」
精霊剣の柄尻に手を当てたのは、長年の習慣だ。半身を引き、構えを取るも勝ち目なんて無い。リザは気迫を漲らせて構えているというのに、ポラリスは不自由なマントを被ったまま、悠然と立っている。それなのに、リザの方が圧倒されていた。自分と変わらない背丈の、寡黙そうな女性の姿をした兵器に気圧されていた。
それでも、引き下がるという選択肢は無い。
「理解。貴女が人格的に素晴らしいと評価される人物なのは理解できました。ですが、愚かと呼べる行為です。私との実力差を理解しながら、交戦の意思を示そうとは」
重々承知している。一瞬後に、自分の首が落ちているという可能性が頭の中で踊るが、リザは覚悟を決めて立ちふさがった。
「遅滞。この様な些事で時間を悪戯に浪費するのは、本目的に合致しません。プランの修正を依頼……更新完了。コントロールからの指示を受諾」
やはり、彼女が何を言っているのかリザには分からない。ただ、水銀を垂らしたような瞳に星粒の輝きが起きた。まるで、ここに居ない誰かと話しているかの如き素振りだった。
「提案。本目的達成にかかる必要な手順の短縮を希望する。付いては、ミス・エリザベートの助力を願う」
「私の、助力ですか。正直な所、貴女ほどの存在なら力づくで、それこそ街を焼き払えば終わるのではないのですか」
「否定。本目的時において、私は通常のプロトコルを破棄。破壊を極力避け、秘密裏に行動するべきだと判断し、行動しています」
破壊の化身とも呼ぶべき存在から出た、破壊を避けるという発言にリザは嫌な予感がした。
暗黒期よりも前から続く、『機械乙女』の脅威。
魔法工学の兵器を破壊するためだけに、何万もの人々が暮らす都市すら焼き払う暴威。
そんな存在が、こうして市井の中に溶け込む様に潜めているのが、本来おかしいのだ。
じわり、と掌に汗をかく。動揺と不安を気取られないようにリザは尋ねた。
「もう一度、お尋ねします。貴女は、この街に何をしに来たのですか」
「回答。学術都市で発生した、時に関する権能の調査のために来ました」
衝撃がリザの胸を貫く。心臓がひときわ強く鼓動を刻み、顔から血の気が失せていく。そんな内心の混乱をおくびにも出さなかったのは、リザも覚悟を決めていたからだ。
自分たちを監視していた存在なら、学術都市で起きた事を把握していてもおかしくない。
「測定。現時刻よりも千時間以上前に、当地にて局所的な時空間の断裂を観測。その回数は五十回を超え、分析の結果13神が扱う権能に該当する力が発動したと判断。本事案を最優先課題とみなし、行動中です」
「……それで、どうして私なんかの助力に繋がるんですか。そんな、神々の事なんて知りません」
「看破。嘘を吐いていますね、ミス・エリザベート。心拍数、体温、言葉の震え。全てがこれまでの平均値を逸脱しています。……その反応からすると、知っていると判断できます」
作り物の瞳にはリザの演技は通じなかった。あっさりと嘘を見破られたリザに対して、ポラリスは淡々と続けた。
「通告。ミス・エリザベートが正直に答える事を望んでいません。貴女は戦奴隷。自らの生命よりも、主の指示を優先します。主が望まなければ、あるいは主が不利となるような事は証言せず、そんな貴女の証言は信頼性に欠けます。それならば、貴女の主に掛け合い、事情を尋ねるのが最善」
「まさか、私に助けを求めているのは、レイ様との渡りを付けて欲しいという事なの」
「肯定。再度申し上げる。ミス・エリザベート。貴女の助力を希望している。貴女の主と会わせて欲しい」
静かに繰り返された内容に、リザはどうするべきだと悩んだ。額に手を当て、そのまま頭を掻きむしりたくなるのをぐっとこらえた。
ポラリスは時の権能が発動したことを知っているが、それを実行したのがクロノスという事を知っているのかどうかは不明だ。そのクロノスが、コウエンに与えられた権能によって転生して、人間クロノとして過ごしている事を掴んでいるのかも分からない。
彼女がクロノを見つけた時に、どんな反応をするのか読めないのが頭を悩ませていた。
「質問。ミス・エリザベートが私の希望に対して、逡巡するのは何故?」
「それは……そう。貴女はレイ様と戦おうとしたと聞いています」
「肯定。相違ありません」
「いまも、その気持ちが変わりないとしたら、そんな危険人物を主の前に連れてくる事は出来ません。レイ様を守る為に、受け入れる事は出来やしません」
無論、これはでまかせだ。
ポラリスとレイを引き合わせる事の危険性に嘘は無いが、重要なのはポラリスの目的が分かるまで、クロノの存在を気取られてはならないという事だ。
咄嗟に吐いたでまかせだったが、それらしい理由になっているのではと手ごたえを感じていた。
「だから、申し訳ありませんが―――」
「―――了承。ならば、此方から提案をしましょう」
断わろうとしたリザに対して、ポラリスは抑揚のない声を割り込ませると、マントの下でもぞもぞと動いた。それが攻撃に思えなかったリザは、事の成り行きを注視していると、マントの前が開きポラリスが掌を差し出した。
多くの人命と兵器を奪って来た業に対して、ひどく華奢な手のひらには複数の色が斑に混じった石があった。
リザは、その石から発せられる圧で正体に気づいた。
「これは、魔石ですか?」
モンスターの命とも呼ぶべき魔石。それは魔法工学で生み出された物を動かす燃料である。当然、魔法工学の最高傑作と揶揄されるポラリスを動かしているのも魔石だ。
「肯定。これは複数の魔石からエネルギーを抽出し精製した、高密度の魔石です。現状における私の活動を支えている物となります」
「不思議な色合いをしていますね。それで、これをどうするのですか」
「決断。こう、致します」
ゆっくりと掌が返ると、乗せてあった魔石が地面に落ち、次の瞬間砕ける音がリザの耳に飛び込んだ。
ポラリスの靴が踏みつぶしたのだ。砕け散った破片から急速に輝きが失われていき、単なる石になっていった。
呆気にとられるリザに対して、ポラリスは感情を一切出さずに告げた。
「提案。これで、戦闘における破壊力などは大幅に減衰しました。まだサブの魔石が内蔵されていますから、長時間の隠密行動は可能ですが、戦闘はほぼ不可能です。……これならば、如何でしょうか」
リザは足元で砕けて色を無くした魔石と、それを踏み潰したまま鉄面皮のように表情を変えないポラリスを見比べた。
魔石がポラリスの命であり、兵器である彼女を動かしているエネルギーだというのはリザも知っている。そんな自分の命である魔石を破壊したというのに、そこに動揺の色は浮かんでいなかった。
「……お聞かせください。どうして、そこまで譲歩するのでしょうか。貴女の力を持ってすれば、私を無理やり従わせる事も、あるいは一人でレイ様を見つける事も出来ましょう。こんな風に、自分の力を削るような真似、しなくても目的は達成できたはずです」
「同意。しかし、それでは創造主の望む形での結末は到達できないと判断。よって、こうするのが最善と算出しました」
「創造主。……『科学者』ノーザンの事ですね。彼の望みを叶えるのが、貴女の願いなのですか?」
「愚問。それ以外の何があると?」
返答に一点の曇りも無い。
彼女はおそらく、純粋なのだろう。
ノーザンによって作られた、純真無垢な女性はどこまでも創造主の命に従い、望みを叶えようとする。その過程でどれだけの血が流されようとも、どれだけの悲劇を生もうが、どれだけ自己を傷つける事になっても、その歩みは止まらない。
愚直とも取れるありように、リザは少なからず好感を持ってしまう。
何より、『招かれた者』によって作られた『七帝』が、戦闘力を制限された状態なのだ。戦わずに情報を引き出せるチャンスでもあった。
危険を承知でリザは首を縦に振った。
「分かりました。これから貴女をレイ様に引き合わせます。ですが、あの方に危害を加えるような真似はしないで頂きたい。それを貴女の創造主に誓えますか」
銀色の瞳に星の輝きが起きる。リザが黙って待っていると、ポラリスが鷹揚に頷いた。
「同意。創造主の名に誓って」
読んでくださって、ありがとうございます。




