2-39 本屋
「宜しかったのですか?」
「ん? 何が」
街を行き交う人から本屋の場所を聞いた僕は人で込み合う道を進む。その最中、押し黙っていたリザが急に聞いてきた。
「先程の男。彼に対してあのように軽く言うだけで……あの手合いはまたご主人様に迷惑をかけますよ。オルド様辺りに報告するべきかと」
「や、お姉ちゃんも背後から斬りつけてたじゃん」
ぼそり、とレティが呟くとリザはみるみるうちに顔を曇らせる。僕はまあまあ、と二人の間に割り込んだ。
「僕はあれぐらいでいいと思う。僕がオルドに特別に目をかけてもらっているのは事実だ。僕が余計な事を言って『紅蓮の旅団』の輪を乱すのは嫌だし、なにより告げ口は嫌いだからね」
「……そうですか。ご主人様がそう仰るなら、私は何も」
まだへこんだ様子を見せているがリザは納得した様に言う。僕はそんな彼女の頭に軽くチョップを叩いた。彼女は驚いた様子だった。
「なにを……しているのですか」
「いつまでもへこむな。あの時も反射的とはいえ、覚悟を持って僕に斬りかかったんだろ? だったら後悔を引きずるな」
「―――はい、ご主人様」
「それにレティ。僕はあの件を水に流すと決めたんだ。あんまり弄ってやんな」
「はーい、ご主人さま」
返事をした二人を見て、特に顔を上げたリザを見て、大丈夫だと思い僕は先導する様に路地を進んだ。しかし、だいぶ入り組んだ道。果たして正解の道を進めているのだろうか。
しばらく無言で進むと、急にレティが口を開いた。
「ところでさ、時々ご主人さまって口調が荒くなるよね。もしかしてそっちが素なの?」
「いや、一応丁寧に喋るのが癖と言うか……変かな?」
「ううん。ただ気になっただけだよ」
指摘されてから気づいたがどうもこっちの世界に来てから僕はまだ誰にも気を許していない。見知らぬ土地に1人で来てしまったことで心が警戒していたのだろう。
それが言葉遣いに出ていたのかもしれない。
(うーん。だからと言って急に砕けた言葉遣いを使いだすのも変だろうし、如何したもんかな)
と、悩んでしまう。仕舞いにはリザ達に引っ張られるまで間違った方向を進んでいるのも気づかなかった。
しばらく、路地を行ったり来たりしてからようやく書店に到着した。古ぼけた店の奥には客の気配はしない。もうすでに辺りは暗くなっている。もしかすると閉店の時間が近いのかもしれない。
「ここが本屋か」
「ええ。先程の御仁の話によれば都市内でも割と大きめの庶民向けの蔵書を持つとか」
店内を覗きこむとまだやってはいるようだった。僕らは揃って中に入った。
一歩、中に入ると埃っぽい匂いと紙特有の湿った匂いが鼻を突いた。少し暗めの店内には何か潜んでいそうな怪しい気配がした。
「いらっしゃい」
「うぉっと!」
突然、横合いから声を掛けられて驚いてしまう。振り返ると、入り口の横に設置されたカウンターに老人が一人座っていた。目は下に置かれた本から離さず、僕らへと語りかける。
「あまり、大きな声を出さんでくれ。本が起きてしまうじゃろ」
「……ああ、これはすいませんでした」
丁寧に叱られ、思わず恐縮する。小さく、腰も曲がった老人に圧倒される。彼はまさしく本の番人といった佇まいだ。
「さて、若人よ。何をお求めかな?」
老人の垂れ下がった瞼がうっすらと開いて僕を見つめた。
「えっと。13神に纏わる伝承と世界地図は置いてありますか」
「ふむ。……13神のどなたかに関する物が良いかな? それとも神々の方に満遍なく触れている本が良いかな?」
「どちらかというと後者で。旅の間読みたいのでそれ程重くない方が良いんですけど」
「相分かった。しばし探してくる。その間店内を好きに見ていなさい」
カウンターから立ち上がった老人は杖を突いて薄暗い店内へと消えていった。
彼が見えなくなってから僕は大きく息を吐き出した。
「ああ、びっくりした。全然気配がしなかったよ」
「あたしはご主人さまの声にびっくりしたよ!」
抗議するようにレティが言った。僕は小さくごめんごめん、と返事をする。
静かなリザの方を見ると、彼女は物珍しそうに棚に仕舞われている本の背表紙を見ていた。それにしても随分と沢山の本が並んでいる。ネーデのギルドでも思ったがやはり活版印刷がこの世界にもあるんだな。
「なにか気になったのが有ったかな?」
問いかけるとリザは振り返り、首を横に振った。だけど、視線は棚の背表紙をもう一度捉えていた。
「幼少のころから剣を振るしか能の無かったのでこういった場所は珍しくて」
「修道院だと神の教えが書かれた本しかなかったもんね」
レティも興味深そうに並ばれた本を手にとっては軽く捲る。そういえば、二人に聞いておきたかったことがあった。店主が戻ってくる間、店内を見物しながら口を開いた。
「あのさ、13神が居なくなって千三百年も経つんだよね。なのに修道院と法王庁とかは存在するの? もしかして別の神を信奉してるの?」
「いえ。確かに神は去り無神時代と呼ばれますが、それでも神の教えを絶やさないように伝承してきた方たちがいました。あるときその内の一人が歴史の片隅へと追いやられようとした13神を拾い上げたのです」
「曰く、神との対話は望めなくなり、神の御業を賜る事は出来なくなった暗黒時代だが、決して神が我らを見捨てたわけでは無い。ゆえに我らが神への信仰心を絶やさなければ、いつかエルドラドに神は舞い戻る、って言った人が神を一方的に崇める組織を作り出したの。それが法王庁」
(随分とまあ、愛されていますね。あの神達も)
脳裏に過るのは時の神と魂の神の二柱。少なくとも彼らの立ち振る舞いはあまりにも俗っぽかった。
「直接触れる事すらできた時代と比べればその求心力は落ちていますが、それでも各国の支援を受けてそれなりの規模を有しています。現に法王庁の本部が置かれた都市は規模からいっても小国と言って差し支えないです」
「やっぱり。人は何かを信じる事で心のバランスを保とうとするんだね。国も貴族も、裕福な商家も率先してお金を送ってたから、修道院でもそこそこの暮らしができたよ。それに新式魔法を教えてもらえたぐらいだったしね」
レティは自分の腕に刻まれたコードを見せつけた。
無宗教が珍しくない日本人からすると、心の中で神を信じるという行為に引っ掛かりを覚えてしまう。
「ちなみに、二人は信奉する神はいるの?」
適当に本の背表紙を見ながら二人に尋ねた。リザは興味深そうに眺めていた、『古今の達人』と言う本から顔を上げた。
「私は属性的に風の神アネモイです」
「あたしはね光の神ヘリオス」
レティが熱心に本を読みながら答えた。顔を上げずに夢中になっているから気になって表紙を覗きこむ。可愛らしい書体で『誰にでも出来る毒薬の作り方』と書いてあった。
「……君たち。その本が欲しいのか?」
「はい、できれば」
「うん。欲しい!」
頭が痛くなりそうだ。とても年頃の女の子が欲しがる本とは思えなかった。
すると、店の奥から杖を突く音が近づいてきた。
見れば店主がいくつかの本を抱えて戻ってきた。僕は慌てて片手に抱えている本を受け取った。
「おお。ありがとうの、若いの。……さて、注文にあった13神の事に触れている本はこれ等じゃ」
老人が持ってきた本はどれも薄く、旅の間に持ち運びがしやすそうだった。僕はそのうちの一冊。『エルドラドの神々』とシンプルに書かれた本を掴む。
目次を開くと、13神それぞれの伝説や言い伝え、そして役割を纏めた本だと分かる。13神の入門書的な本と言える。
「それにしてみるか」
「―――はい。これを頂きます」
老人に本を渡すと、彼はカウンターに本を置いた。そして入り口近くの棚に向かうと丸まった羊皮紙を抜いて見せた。
「お主の求めるような規模の地図は置いては居らんが、この付近の地図ならいくらでもあるぞ」
カウンターに広げた羊皮紙を覗きこむ。
古ぼけているがアマツマラを中心とした地形が描かれていた。南北に延びるバルボア山脈を背後に南西の方角に扇形に広がっている首都。その先には大きな湖畔が広がり、南には僕らが進んだ街道と村が記されている。地図の北へと視線を向けると広大な森が広がっていた。
「あの、この森には村落とかあるんですか」
ふと、鍛冶王が言っていた言葉を思い出した。
鍛冶王の打った刀を持ち、居合抜きを使える戦士。北の森にはその人の縁者が住むと。
老人はふむ、と呟くと森を指さした。
「この森は、この国有数の天然林。木こりの村が点在しておるぞ。それと……いや、これは」
急に言いよどんだ老人を見つめた。
「街に古くから伝わる噂話だが、この森にはエルフの集落があるという」
「エルフですか?」
言われて僕は思わずロータスさんのことを想像した。リザとレティも同じ反応を示す。
「信じられんのも無理はない。ワシとて噂でしかきかん話しじゃ。忘れよ」
僕らの反応を誤解した老人はそう締めくくった。
「それで? お主はどこまでの地図が欲しいのじゃ?」
「えっと。南方大陸までの陸路が知りたいんです。ここから南の港町……何て名前?」
「トトスの港町じゃな」
リザが答える前に老人が再び地図の棚に向かい羊皮紙を抜いてきた。カウンターに複数の羊皮紙が重なるように置かれていく。街道が一本の線の様に繋がっていく。
「これで首都からトトスまでの道程が全て出たな」
目の前で繋がった街道を追いかける。南に向かうと言われていたがこうやって見ると南西に向かってカーブしていく。
「これ。馬車で行くとしたらどれぐらいかかりますかね?」
「そうさの。積む荷物しだいじゃが最速で十日。多めに見積もれば十五日ぐらいじゃろ」
老人は地図に目を落としてそう言い切った。
(途中にいくつか村や街があるから食料はその都度補給すればいい。戦奴隷とその装備、馬車に必要雑貨。どれぐらい使ってどれぐらい残るか分からないことを考えると少しの間、この街で稼いでおく必要もあるかな)
頭の中でこれからの予定を組み立ててみる。流石に精霊祭を終えてすぐに南に向かうのは難しいかもしれないと思えた。
「さて、これで以上かな」
「あ、ああ。後この二冊も追加で」
会計を始めようとした老人に二人が持っていた本を追加で渡す。僕らは本三冊に地図を一式買って書店を出た。
「あの、どうして森について尋ねたのでしょうか?」
僕の鞄を持ってリザ問いかけてきた。書店を出る際に荷物を持つと言われた。最初は断ったのだが、どうしてもと言い張る彼女に折れて荷物を渡してしまう。身軽になって宿屋への帰り道を進む。
「鍛冶王から伺ったんだけど、あの方が打った刀を持つ戦士の縁者がこの森に住んでいるんだって。……実はその戦士、僕と同じ世界の知識を持っているかもしれないんだ」
「え? それってどういう事?」
先を行くレティが不思議そうに聞き返す。
「刀の試し切りをするときにさ、僕は鞘に入れまま刀を振ったろ。あれを僕の世界では『居合』っていうれっきとした技法なんだ。その人も居合を、それも刀でやる。だから、同じ日本人の可能性があると僕は推測している」
と、自分の考えを伝えた。だけど二人は揃って首を傾げた。
「ご主人様。イアイという技法は確かに過分に聞いたことはありません。ですからその技法を使えるものがニホンジンというのは分かりますが……なぜ刀に注目しているのでしょうか」
「え? だって刀の作り方を残した冒険王も日本人だったから……って二人には説明してなかったか」
そういえば、刀の打ち方を冒険王のレシピから調べたと鍛冶王が言った時、二人は揃って席には居なかったな。もしかすると二人は刀が鍛冶王のオリジナルだと思い込んでいるかもしれない。これでは説明しても意味が分からない。
そう考えて、一から説明しようとするが、遮るように二人は揃って驚きを口にした。
「「冒険王もニホンジン?」」
その反応にうすら寒いものを感じた。何か、自分がやってはいけないミスを犯したように感じた。
「ちょっと待った。……もしかしてだけどさ。二人は冒険王、エイリークが異世界人だと知らなかった?」
嫌な予感を抱きつつ、二人に尋ねた。姉妹は顔を見合わせると首を横に振った。
「冒険王が異世界人だと初めて聞きました。……それは本当の事ですか、ご主人様」
信じられないと言った反応だった。少なくとも二人が嘘を吐いているようには思えなかった。だけど、それ以上に僕は驚いていた。いや、嘆いていた。
(しまった! 鍛冶王に鎌を掛けられた!!)
あの時。王はこともなげに冒険王が異世界人だと言っていたからてっきりこの世界の常識だと思ってしまった。だけど、この二人の反応で分かった。この情報は一般では知られていない事実なのだ。
(冒険王が異世界人。それも日本人なのは外ならぬ僕が知っている。だとすれば鍛冶王があの時僕にこのことを言ったのは僕が異世界人だと知ったうえでカマを掛けたのか。だとするといつばれたんだ。刀の名称を知っていたから? それに、一国の王が何故そんな事をするんだ)
分からないことだらけだ。
思わず、遠くにそびえる城へと視線を向けた。ここから王の姿を見る事は出来ない。だけど、何やら厄介な事が水面下で進行しているような嫌な感じがした。例えるなら薄皮一枚下を虫が這いずり回るような、言葉にできない悪寒を感じる。
「なにかありましたでしょうかご主人様?」
「お腹痛い?」
心配そうに二人が僕を見つめた。
「―――何でもないよ。さあ、夕食を食べよう。今日は別の店でも探しに行こうか。……ホラスたちと会うのも気まずいし」
「そうですね。そうしましょうか」
「さんせーい。お腹空いたよ、ご主人さま」
頷いた二人と共に、夜のアマツマラを歩いて行く。
(鍛冶王の目的は分からないけど、こっちに何かしらの危害を加えるつもりじゃ無ければほっておいてもいいかもしない。どうせ首都を離れたら二度と会う事も無いだろうし)
そう、心の中で結論付けた。だけど、嫌な予感を拭い去る事は出来なかった。
読んで下さって、ありがとうございました。
次回で第2章完結となります。本当は精霊祭が終わるまでを入れたかったのですが、思ったよりも長くなったので一度切りたいと思います。




