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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-17 シアラの視点Ⅰ

 学術都市上空で紅蓮の塊が尾を引き一筋の流星となって、中空に浮かぶ闇とぶつかる。青空を背景に二色の存在がせめぎ合うのを地上で見上げつつ、シアラは思い返す。


 どうしてこうなったのかを。







「シアラお姉ぇ、起きなって!」


 揺すられている、と気づいた時には耳朶に子供の声が飛び込んできた。石壁に反響して二度三度繰り返されたせいで、人に囲まれて一斉に起きろと言われているような気になってしまう。


 眠っていた脳が活動を始め、合わせて意識が覚醒していく。


「んんー、と。……あれ? ここって実験室? なんで」


 シアラが周囲を見渡せば、そこは屋敷の地下に設けられた実験室だ。元々は石造りの空っぽの空間だったが、机や棚や実験器具を持ち込んだおかげで様変わりしていた。自費で購入した魔導書が机に並び、調合中だった薬液のニオイが鼻を突く。


 ぼけっとした顔をして不思議がるシアラに、隣に立っていたレティが腰に手を当てて、


「もう。忘れちゃったの? 昨日、帰るなり、ちょっと思いついた調合を試してから寝る、って言ってそのまま地下室に行っちゃったのよ。それで戻って来ないで、そのまま寝ちゃったんだよ」


 咎める口調に刺激され、昨夜の事を思い出した。


「そうそう。打ち上げの席で魔法薬に関する話で盛り上がって、思いついたのよね。知ってる? ニラギソウを煮詰めた物は延焼効果を高めるから炎系の魔法と組み合わせると」


「シアラお姉ちゃん」


 そのまま言葉を続けようとしたシアラだが、ずい、と前に出たレティの迫力に沈黙した。


「まずはご飯、食べようか」


「……はい」


 迷宮内や危機的状況下ならレイ以上に権力を持つシアラだが、日常生活では屋敷の管理から家事労働まですべて管理しているレティが偉かった。


 二人は埃っぽい地下室から出ると、そのまま二階へと移動した。階段を上った横にある部屋がダイニングである。既にレティが用意してくれた朝食が置かれていた。


 机の上にあったのは目玉焼きや干した肉を千切って入れたスープに、乾燥させた丸いパンだ。シアラは席に着くとパンを千切ってスープに浸して、柔らかくしてから口に入れた。


「地上に戻ったのにこの組み合わせなんて。……迷宮で食べてたのと変わんないわね」


「文句を言わないの。迷宮に潜る前に食糧なんて日持ちするもの以外、全部使ったり持って行ったりしたんだから。食糧庫は空っぽで、手持ちの食材なんて迷宮から持ってきた物のあまりだけだよ」


「それを聞いて余計にわびしく感じるわよ。それに、随分と量が少ないわね」


「量が少ないのはもうじき、お昼だからだよ」


「え? そうなの? ……そういえば、ワタシの分だけ? アンタは? というか、皆は?」


「シアラお姉以外、皆朝ご飯を終えて動いてますよ」


「もうそんな時間なの。いま、何時かしら」


 驚き時計を見れば、時計の針は十時を少し過ぎていた。迷宮から帰ってきた直後だというのに、随分とタフなメンバーである。レティは紅茶を入れると、シアラの対面に座った。


「それで、皆はどうしたのかしら」


「お姉ちゃんとクロノさんは食料品とか装備品の修繕に出かけたよ。エトネはキュイを迎えに行って、暇してたコウエンちゃんがそれに付いて行ったの」


「……大丈夫かしら、その組み合わせ」


 片や山育ちのワイルド少女。片や六龍からモンスターへと華麗なる転身を遂げた暴君系幼女。何か問題を起こしかねない組み合わせに、シアラは冷汗をかいた。


「大丈夫だよ……多分……きっと……だよね?」


「ワタシに聞かれても困るわよ。それで、アンタがお留守番だとしてヨシツネはどうしたのよ。それに主様も」


 シアラが《ミクリヤ》の貴重な男性陣について尋ねた時、ちょうど扉が開いた。開け放たれた扉から姿を現したのはヨシツネだった。エプロンと違い、全身を覆い隠す袖が広い衣服を普段着の上から身に着け、頭に布を巻いた姿はシアラには異質に映った。


 この場にレイが居れば、


「割烹着を現実に着ている人って本当に居たんだ」


 と、感心したことだろう。


「レティ殿、全ての階の廊下を拭き終わったでござる。次は、っと。お目覚めになられましたか、シアラ殿」


「おはよう。何よ、アンタ。掃除中なの?」


「うん。ヨシツネさんにはほこり落しから窓ふき、廊下拭きって順番にやってもらっているんだ。やっぱり、一月近く留守にしているとホコリが溜まってるんだよね」


「左様でござるな。ですが、これで大体は終わったでござる。各自の部屋は、各自が掃除すれば良いでござるから……この部屋でも掃除しますか?」


「それはあたしがやるからいいよ。それより、シアラお姉が起きたから二人で行ってきなよ」


「そうでござるな。ならば、身支度を済ませてくるので御免」


 部屋を出ていったヨシツネに対して、シアラは何の事だと首を傾げた。


「……何かあったかしら」


「もう。忘れちゃったの? 博士の所に行って戻ってきた事の報告と研究結果の報告を受け取りに行くんでしょ」


 レティの言葉に、薄もやがかかっていた頭が急速に晴れていく。回り出した思考回路が、昨夜のレイの頼みを思い出していた。途端、シアラの顔が歪む。魚の内臓を食べたような苦みが、口の中に広がっていた。


「うえぇ。忘れてた。行きたくないよー、面倒よー」


 そのまま机に突っ伏した魔人種の少女を、レティは苦笑しつつ眺めていた。


 彼女と母親との間にある確執は理解できるし、あまり言葉は交わしていないがカタリナが非常に面倒な相手なのも共感できる。だが、会わないという選択肢は無いし、シアラが冷静に判断できない人物でないのを知っている。


 数分だけ駄々をこねて気持ちを発散できたのか、起き上がったシアラの瞳は正常な輝きをしていた。


「……まあ、行くしかないわよね。悪いんだけど、洗い物をお願いしてもいいかしら」


 あっという間に空になった器を前に頼むシアラに、レティは頷いた。


「今から準備していけば、お昼までには着くわね。……リザ達はどうするか聞いている?」


「用事を片したら黄金の小鹿亭に向かってご主人さまを連れて帰るって。だから、お昼は家で取るつもりだよ」


 席を立ち、食堂を後にしようとしたシアラは扉を開けて振り返ると、


「そうなのね。それじゃ、ワタシの分も用意して。……それと、ヨシツネは付いてこなくていいわよ」


「なんと、それはいかなる理由か」


 割烹着を脱いで手を洗っただけの身支度を終えたヨシツネが廊下に戻っていた。不思議そうに首を傾げる青年にシアラは言った。


「だって、報告と研究結果を聞きに行くだけよ。そんな簡単な用件に二人も必要ないじゃない。それよりも、レティの手伝いをしていた方が、よっぽど有意義よ」


 シアラの言葉は正しいが、しかしながら聞いたヨシツネとレティは複雑そうな顔をして同意はしなかった。


「ちょ、ちょっと二人とも。その表情は何なのよ」


「ううん。だって、ねえ。シアラお姉とカタリナさんが二人きりで会うのって、ねえ」


「うむぅ……そこはかとなく、危険な匂いがするでござる」


「……ちょっと。それってどういう意味かしら?」


「だってねえ。シアラお姉とカタリナさんの二人っきりだと……なんだか最終的に一人しか残ら無さそう」


「で、ござる」


 二人のストレートな意見にシアラは大きく肩を落とした。結局、シアラは身支度を済ませるとヨシツネを伴って屋敷を後にする。


 年末に向かって賑わいを見せる街中を進み、魔電車で研究区画まで運ばれていく。


 隣に立つヨシツネを見て、そういえばこの男と二人きりになるのは初めてだなとシアラは思った。


 接点が無い訳じゃない。むしろ、この時代の歴史や常識、文化、マナーなどを教え込む教師として頻繁に接している。生徒は似たり寄ったりの知識しか持たないエトネとレイが居る。


 だが、それは前のエルドラドからやって来たヨシツネに必要な事を教えるための時間であって、こんな風に二人でいるのはあまり記憶には無かった。


「拙者の顔に、何かついているでござるか?」


 まじまじと見つめてしまったせいか、ヨシツネが顔に手を当てる。


「ごめんなさい。アナタとこんな風に行動する事が無かったわね、って思ってつ見ちゃったの。気に障ったかしら?」


「そうではないでござる。ただ、拙者は人目を忍ぶ者。日頃からその習慣を付けているせいで、人から見られることに敏感になってしまって」


 そう言われて、成程と納得した。今のヨシツネは普段着の上にいつもの長布で顔の下半分を隠している。怪しいといえば怪しい人物なのだが、不思議なくらい周りの注目を集めていない。気配を消しているのが、呼吸をするのと同じくらい体に馴染んでいるのだろう。


「忍び、忍者って言ったかしら。アナタのような存在を」


「その通りでござる。他にも間者、草の者とも呼ばれておりましたが、総称としては忍びで通じるでござる」


「主様と同じだったかしら。その……故郷が」


 言葉を濁したのは、元の世界というワードを使いたくなかったからだ。ヨシツネは意図を組んでくれて合わせてくれた。


「近いと表現した方が適切でござるな。主殿の故郷と拙者の故郷は、同じ素材を使っているのに、料理の手順が違い、見た目は似ているが味は違っている。そんな関係でござる」


 分かるような、分からないような喩えである。


 おそらく、当人同士じゃないと通じない感覚の領域なのだろう。魔電車が目的の駅に滑り込み、ドアが開いたのに合わせて二人は降りた。


「それにしても、珍しいでござるな。シアラ殿が拙者の過去を気になさるとは」


「……どういう意味かしら」


 目当ての研究区画まであと少しの所で、ヨシツネが不思議そうに尋ねた内容にシアラは足を止めて聞き返した。


「シアラ殿に限らず、拙者たち《ミクリヤ》の面々は軽々に明かせぬ過去を抱えている。それゆえ、本人が語らない限りは相手の過去に触れない、という不文律があるのかと思っていたのでござる」


 ヨシツネの指摘は間違っていない。不文律とまではいかないが、リーダーであるレイが自分から打ち明けるまでは他人の過去に触れないように気を使っているため、自然と皆がそのように振る舞っていた。だが、シアラはヨシツネに尋ねてみたい事があったのだ。


「……そうね。アナタには興味があったのよ、ワタシ」


「拙者にですか?」


 目を丸くするヨシツネにシアラは頷いた。


「ええ。……どうして、アナタは『招かれた者』になるのを承諾したのかしら。なんでアナタたちはこの世界に来ることにしたの」


 一瞬、躊躇しつつ尋ねた内容に、ヨシツネはそう言う事かと納得した。


「たしか、『魔王』フィーニスはシアラ殿の祖父でござったな。そして、拙者と同じ『招かれた者』であるとか」


『七帝』の一角、『魔王』フィーニスはレイと同じく13神によって選ばれた『招かれた者』だ。だから、厳密に言うと『神々の遊戯場』時代の『招かれた者』であるヨシツネとは意味合いが違う。


 片や、遊戯の駒として送られたヨシツネ。


 片や、世界救済を目的として送られたフィーニス。


 だが、この世界に来る以外の選択肢を持たなかったレイと違い、ヨシツネやフィーニスはこの世界に来るための理由があったのだ。


 全くの知らない、自分と縁もゆかりも無い世界で新たな生を受けるという選択肢をした、その理由を『招かれた者』の孫娘であるシアラは知りたいと考えていた。


「そう言う事でしたら、お答えするでござる。……拙者の生まれた頃、故郷は戦が続いておりまして、どこもかしこも武士のくだらない殺し合いばかりがありました。……その中で忍びの役割は、後方地での情報収集、風説の流布、機密文書の奪取、暗殺。ありていに言えば、汚れ仕事ばかりを行っていたでござる」


 シアラの脳裏に浮かぶのは、デゼルト動乱で行動を共にしたヌギド族の存在だ。彼らもそう言った破壊工作を得意としていた。


「拙者もそうなるように幼い頃から訓練を積まされておりました。十五人は居た兄弟も一人前になる頃には、片手で数えられるぐらいしか残りませんでした。そんな時、拙者は肺の病で動けなくなってしまったのでござる」


「そうなの。回復魔法とか、効果は無かったの?」


「拙者の故郷にはそのような物は無く、薬師もお手上げでござった。肺の病というのは厄介な物で、動くと苦しくない、動かないと体が衰えていく音が聞こえるのでござる」


「音が、聞こえる」


「じわり、じわりと。自分が丹精込めて鍛えた体が、技が、内側から腐っていく音がずっと続く。緩やかに死へと歩み行く中、体の衰えを感じ、鍛えた技が失われていくのに何度涙を流したか。兄弟たちが実戦に赴き、帰らなくなったのを羨ましいとすら感じておりました」


「生き残ったのに、死んだ兄弟を羨ましいと思ったの」


「そうでござる。せめて、一度でもよいから、鍛えた技を誰かのために使いたい。来る日も来る日も、そう願い、結局故郷で叶う事はありませんでした。しかし、気が付けば拙者はここに来る機会を与えられていたのでござる」


 そこで話は一度区切られた。ちょうど、研究区画の入り口に辿り着いたからだ。学術都市の研究区画は都市の中にドーム型の密閉された都市があり、中に入るまでに身体検査などを済ませないといけない。


 シアラは通行許可書を提示し、研究区画へと入った。


 中は空調管理されているのか、外の寒さとは隔絶されていた。研究区画は外とは違い、普段と変わらない光景だ。ここでは年末の慌ただしさや、新しい都市への期待感とは無縁のようだ。


「拙者が思うに、本来の意味の『招かれた者』も、13神に選ばれた『招かれた者』も、生前なし得なかった夢を果たす為にこの世界に来るのではないでござろうか?」


「生前に果たしたかった夢。アナタの場合は、主を見つけて忍びの技を振るうって事」


「しかり。そう言う意味では、拙者は恵まれているでござる。立て続けにこの身を預けるに値する御方に会えたのでござる。……シアラ殿、あちらの建物ではござらんか」


 ヨシツネが指差した方角を見ると、確かに正しかったカタリナの―――正確にはナタリカ博士の―――研究所がそこにはあった。


 シアラがそちらに向かい、ベルを鳴らそうとするがヨシツネが止めに入った。


「ちょっと、どうしたのよ」


「しっ。……お静かに。……中からただならぬ気配を感じるでござる。……これはカタリナ殿の気配ではござらん。もっと厄介で、危険な存在でござる」


 そう言ったヨシツネの双眸は鋭く、シアラは背筋に冷たい物を感じた。


読んでくださって、ありがとうございます。

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