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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-14 ラビリンスのボスⅡ『中編』

 ミラースライム。


 効果範囲に入った存在の姿を写し取るだけでなく、戦闘能力、経験、技術、技能(スキル)まで完璧にコピーした上で、コピー対象すら気づいていない戦闘方法を編み出してしまうモンスターだ。一対一では自分と同じ事の出来る存在が、自分よりも上手く自分を操って襲ってくる。倒すには今の自分を越えた何かを編み出すか、掴むしかない。


 ゆえに、付いた名は『ソロ殺し』。


 その特殊な能力から上級に位置づけられているモンスターではあるが、素の戦闘力はスライム系の中では最弱の部類に入る。


 スライム状態だと簡単に倒せてしまうのだ。


 ギルドが推奨する適切な対処方法は、効果範囲外まで撤退してスライム状態に戻してから遠距離で仕留める事だ。もしくはパーティー内で最も戦闘能力の低い人物にコピーした所を倒すという手もある。


 だが、それは迷宮で普通に出現したミラースライムの場合に限ったやり方だ。ボスモンスターとして現れたミラースライムには二つの特性が追加される。


 一つは効果範囲の拡大だ。普通のミラースライムならコピーできるのは半径10メーチル程度。光の輪が放出され、それに触れると姿形をコピーされるのだが、ボスモンスターとしてのミラースライムの場合はボスの間全体が効果範囲になる。いくら距離を取っても、コピーが解除される事は無い。


 もう一つがコピーする対象を選べるという事だ。一番戦闘力の低い人物にコピーしてもらい簡単に倒すという手法は使えない。


 それどころか、ラビリンスで出現した場合はもう片方のボスモンスターに変身するという選択肢もあり得るのだ。


 そんな驚異的なボスモンスターでも、ミラースライム同士の組み合わせを冒険者たちは脅威だと思わない。ミラースライム同士の場合、ミラースライムが変身するのはパーティー内の誰かになる。


 苦楽を共にし、長く戦って来た仲間に変身するため、手の内はよく知っている。どうすれば倒せるのか、その攻略法も大よそで理解できていた。他のモンスターを相手取るよりもずっと楽になるのだ。


 もっとも、ミラースライム同士が出現する確率は僅か一パーセント。滅多の事ではありえないからこそ、それに出会った奴らはラッキーだと言われるのだ。


 ―――しかし、いまのレイにしてみればこれほどアンラッキーな相手はいない。








 紅蓮の刃が迫る。首を落とすと言わんばかりの軌道に被せる様に、レイは龍刀を振り下ろす。


 刃と刃が重なり合う音が響いた。


 筋力の値は同等。


 ならば拮抗するはずの打ち合いは、レイの敗北に終わる。精神力で強化された一撃に体は弾き飛ばされた。


 それが狙いだった。ミラースライムの攻撃で吹き飛ぶ余波で距離を取ろうとしたから、レイは力を抜いて刃を受けたのだ。


 しかし、それを邪魔される。


 浮いた体は足元から伸びてきた影に絡め取られた。足にレイの影法師以外の影が鎖のように地面と結びついて離れない。


 レイの視界が高速で揺れる。影に振り回されたと気づいたのは、地面に叩きつけられてからだ。


 衝撃が全身を貫く。影法師の影とニコラスの鎧が緩和しているとはいえ、痛いものは痛い。だが、苦痛で呻く暇はレイに無い。


 自分と同じ姿をしたミラースライムの龍刀が、切っ先を下に向けている。地面に旗を突き刺すように龍刀がレイの頭を貫こうとした。


 がきん、と。刃が鈍い音を立てる。間一髪、影法師が伸ばした影が兜となってレイを守る。卵型の兜に弾かれた刃は地面に深々と突き刺さった。


「雷電放流!」


 レイは腰に差してあるダガーを抜かず、紫電を全方位に向かって放つ。さほどのダメージは与えられないが、影を伸ばしてレイを捕まえていたミラースライムの意識を乱す事に成功した。拘束が解けたレイは、顔の傍に突き刺さっている龍刀を掴んだ。力任せに引き抜くと、そのまま真っ直ぐ上に投げた。掴んでいた手を離したミラースライムの顔面に、龍刀の柄がめり込んだ。自分と同じ顔が醜く歪むのを複雑に思いつつ、レイはもう一体のミラースライムの方へと飛びかかった。


 低い態勢から飛びかかった事で、迎撃に振るわれた斬撃は頭一つ分上を通り過ぎた。懐に潜りこんだレイは影法師に向かって叫んだ。


「左手、解け!」


 途端、纏っていた黒い影の一部が糸のように解け、小手に嵌められた左手が露出する。そこに込められていた精神力が戦技へと昇華される。


「《砕拳》!」


 込められた力を深く浸透させるように、拳が深々と突き刺さった。ミラースライムの体が持ちあがり、後ろに引っ張られるように吹き飛んだ。


 だが、手応えは無い。レイの予想通り、殴られたミラースライムは空中で一回転すると、何事も無いように両足で着地した。


 コピーされた影も、《砕拳》で砕ける様子は無い。


「不発……それともフィーニスの影には通じないのかな」


「そんなの知るか。それよりも構えな。次のが来るぞ」


 鎧になっている影法師の言葉通り、二体のミラースライムは同時に距離を詰める。表面の影がさざ波を立てると同時に、次々に棘のように伸びてくる。


 逃げ場は無く、仮に影の棘を防いだとしても龍刀の斬撃が二つ。


 必勝の布陣だ。


 だからこそ、レイと影法師は相談することなく行動した。


「顔が潰れた方を頼む」


「はっ、見分けがついて便利じゃねえか。これならてめぇが狙われる心配はねえよな」


 影法師が憎まれ口を叩くと、鎧の背中に亀裂が走る。ずるりと、着ぐるみを脱ぐように鎧が剥がれると、レイは顔が綺麗なミラースライム―――呼称するならミラースライムA―――の元に駆けだした。


 そしてその場に取り残された鎧は形を変えると、人の輪郭をした存在へと変化した。全身から同じように棘を生みだすと、顔が潰れたミラースライム―――呼称するならミラースライムB―――の方へとぬるりと近づき、棘を打ち落とす。互いの影の棘が粒子となって消えた空間を、紅蓮の炎を伴った龍刀が埋め尽くす。


 触れれば燃え尽きる業火を前に、影法師は動じない。レイなら無様に逃げるだろうなと思いつつ、実体化を解いた。


 途端、薄っぺらい影になった影法師は地面に張り付いた。ワンテンポ遅れて、ミラースライムBが自分の居た場所を攻撃したのを遅いと嘲笑うように地面を滑った。ミラースライムBの背後に回ると、再び実体化する。質量を持った影は自らの生み出した影の剣で、背中を向けているミラースライムBを切りつけた。


 影とは言え、フィーニスの影だ。


 その切れ味の鋭さは、上級は言うに及ばず超級ですら防ぐのは難しい。両手に生み出した剣は短く、取り回しが速い。剣戟の音が数珠つなぎの音楽のように奏でられる。


 振るわれた斬撃は、都合十回。一呼吸の間に放たれた猛攻だったが、ミラースライムBの背中に変化はない。


「ちっ。やっぱり、フィーニスの影同士じゃ貫くのは無理か」


 同等のスペックゆえに、影では傷つけられないのだ。逆に、ミラースライムBの持つ、コピーされた龍刀は影法師にとって致命傷になる。体の中心を軸に独楽のように回ったミラースライムBが放つ斬撃を前に、影法師はさっさと撤退を決めた。同じように実体化を解こうとしたが、しかし失敗する。


 足元から伸びている影が実体化を維持しようと絡みつくのだ。無論、この影はミラースライムBの影だ。影法師は絡みつく影を引き剥がそうと抵抗したが、逃がすまいと怨念じみた力で縛られていた。


「くそっ、邪魔すんじゃねえよ!」


 絶叫するも、時すでに遅し。


 影法師の首に向かって放たれた横薙ぎは、回転した事で鋭さを増していた。するりと入った刃は何の抵抗も無く影法師の首を裂いた。


 両腕はだらりと力を無くし垂れたのを見て、ミラースライムBは拘束を解いた。そのまま膝から倒れる影法師の体は、ひょいと落ちた首を拾い上げた。


「なんてな。俺は影だ。首を切られようが、四肢をもがれようが、そんな事で死ぬはずねえだろ」


 のっぺりとした頭部に表情は無いが、仮にあれば嘲りの笑みを浮かべていたであろう。そのまま切り落とされた頭を首の上に置くと、それでも警戒するように身構えていた。


「そんな事も気づかずにやってるって事は、フィーニスの影を再現はしても俺の人格までは再現しきれてねえな」


 その問いかけにミラースライムBは答えない。ただ、紅蓮の刃に炎を纏わせ構えた。それこそが影法師を倒せる正しい手段だと知ったのだろう。


「ぎゃははは! こいつは楽しくなってきたぞ。俺がレイをぶち殺すのは色々と面倒だからな。ストレスが溜まってたんだよ。てめぇで発散させてもらうぞ!」


 叫ぶと、影法師は自身の体から無数の刃と棘を触手のように伸ばした。そして人ならざる者達は、炎の嵐と刃の嵐を伴ってぶつかり合った。








「あっちは物騒な事を言ってやがるな」


 背後から聞こえてくる影法師の哄笑に、振り返りはせずとも反応してしまう。どうやら、あちらも優勢とは言えないようだ。


 レイは額とわき腹から血を流していた。どちらも掠めただけの浅い傷だが、回復手段ポーションを持たない現状では、首を真綿で絞められるような焦燥感があった。


 相対するミラースライムAの全身から、影の刃や棘、手が伸びていた。まるでタコの足のようなビジュアルだ。


 それらが一斉に動き出す。触手の数は八本。龍刀の一振りで、一番に迫っていた刃を叩き切る。二本目の触手は龍刀の峰から吹きだした炎が消し飛ばすも、迂回してきた三本目と四本目には届かない。


 レイは姿勢を低くして、左右からの攻撃を躱す。すれ違いざまに抜き放ったダガーの雷を束まねた牙を触手に叩き込んだ。これで半分だ。


 視線を素早く巡らして、次の攻撃を探そうとするが見つからない。その事に気づき、レイは後ろに跳んだ。一瞬でも遅れていたら、地面を這っていた影の棘に貫かれていただろう。眼前に現れた五本目を叩き切る。


 次は何処からだと身構えたレイは、足元の影が濃くなっているのに気づいた。フィーニスの影では無く、正真正銘の影。それが濃く、何より広がっている。


「上か!」


 その言葉通り、次なる攻撃は上から降ってきた。残った三本を束ねた影が、鞭のようにしなりつつ襲ってくる。レイは龍刀に炎を纏わせ、上に向かって振り上げた。


「《崩剣焔》!」


 燃える刃は修復不能の傷を与える。一瞬の拮抗を経て影の鞭を半ばから断つことに成功した。


 これで八本、全ての攻撃を防いだ―――事にはならない。


 続けざまに九本目、十本目、十一本目の影が迫る。速度を重視した攻撃は、気づいた時に防ぐのは不可能だ。体をねじって回避しようとするも、太ももに一撃掠めてしまう。


「くぅ、やってくれたな!」


 怒りと共に龍刀が三度振るわれると、影の刃はあっさりと霧散した。


 だが、レイがダメージを負ったのは変わらない。


 ミラースライムAは積極的に攻めてこようとはしない。距離を保ち、影を展開するだけだ。レイが近づこうとすれば距離を取り、離れようとすれば距離を詰めようとする。


 炎を飛ばせば、同じく炎で相殺してくる。


 そして影による波状攻撃を仕掛け、かすり傷を与えてくるという地味ながらも厄介な戦術を組み立てていた。


 影法師と別個で戦うレイは、フィーニスの影を扱うミラースライムAに対して手数と間合いで負けていた。


 龍刀の炎を飛ばしても、向うには同じ龍刀がある。力が拮抗し相打ちになれば消耗するだけだ。コピーした時に、こちらに回復手段が無い事を確認したのか、距離を保ち体力を削っていけば安全に勝てると踏んでいるのだ。


 消極的で、陰湿的で、それでいて状況に適した戦い方だ。レイが逆の立場なら、同じことをしただろう。


 影法師の手助けが無ければ、懐に飛び込までに被弾するのを覚悟しなければならない。それは回復手段を持っていない現状では自殺行為に等しい。


 だからと言って、相手の土俵に乗り続ける気は無かった。


 レイは息を整える様に呼吸を繰り返すと、軽く目を瞑った。


「こうなる事は予測していなかったけど、さっき試しておいてよかったな」


 呟きは誰に向けた物なのか。レイは手の中にある龍刀に意識を向け、そしてゆっくりと目を開けた。


「どれぐらいまでなら、自分を保ったまま使えるのか、いまならよく分かる」


 その右目は薄闇の中で紅蓮に輝いていた。途端、龍刀の刀身は脈打つように輝き、抑えきれない炎が噴き出すとレイの体に絡みつく。


 生まれたのは中華風の装飾が施された炎の鎧だ。


 その姿を過去に目にした者は少ないが、仮に目にしたらレイが『緋星』と呼ばれるかの所以に納得するだろう。眩しくも目を離せない緋色の星が地の下の更に下に降り立っていた。


 もっとも、いまの状態はエレオノールとの戦いを基準にしたら、一歩手前である。そのためか、鎧の輝きや存在感は幾らか弱く見えた。鎧といっても、四肢に絡みつく程度だ。


 あの時は、魂の交換も《全力全開オールバースト》も発動させて、どうにか半分。龍刀の真なる力を半分だけ解放できた。支援も強化も無い状態で龍刀の真なる力を引き出せ、なおかつ安全に運用できる上限となると、半覚醒の一歩手前。四割が限度だ。


 裏を返せば、レイは一人で龍刀の真なる力を四割程度まで解放できるようになった、という事だ。


 だらり、と右手に龍刀を構え、左手を開くとそこに紅蓮の炎が集まっていく。それは刃の形となって手に収まった。


 右手に龍刀、左手に龍刀影打を構えた。


「さて、行くぞ!」


 炎の塊を握りしめたレイが爆発的な速度で距離を潰していく。ミラースライムAの鎧が蠢くと、一瞬で十本以上の刃や鞭へと変化し、レイに襲いかかる。あっという間に影の嵐に飲み込まれてしまう。だが、星の輝きは嵐ごときで掻き消せない。


 レイを包み込む龍刀の炎―――赤龍の炎が闇を打ち払う。触れた瞬間から吹き飛び、レイを止められない。あっという間に刀の間合いに到達したレイは龍刀を斜めから降り下ろす。紅蓮に輝く刀身は、軌跡を残してミラースライムAに襲いかかると、コピーされた龍刀も同じ輝きを放ちながら振るわれた。


 ぶつかり合う刃は拮抗し、つばぜり合いをする。瞬間、レイは左手に握っていた龍刀影打を振るった。


 炎で出来た刃が、影の鎧をはぎ取った。むき出しになるニコラスの鎧だが、それ以上刃は届いていない。


 躱し切れないと判断したミラースライムAは、レイの斬撃が通る箇所を予測して影の厚みを増したのだ。


 ならば、とレイは踏み込みを深くし、全身を前に傾けてぶつかった。肩で相手の態勢を崩すと、もう一度龍刀影打を振るう。今度は手ごたえがあった。


 ニコライの鎧が吹き飛び、その下の胸に裂傷が生まれた。炎の斬撃だから、切った瞬間に焼けて血は蒸発する。攻撃を受けたのを利用して、距離を取ろうとするミラースライムAに追撃をかけた。


 龍刀影打が手の中で形を崩すと、槍のようにレイは投げた。真っ直ぐに放たれた槍は、獲物を見つけた猟犬さながらにミラースライムAに届くと胸を貫いた。そして崩れていた形は更に崩れ、大きな炎となって包み込む。


 超級モンスターでさえ、もがき苦しみ憔悴する炎を浴びておきながら、レイに変身したミラースライムAは叫び声もあげない。ただ、手にした龍刀を横に薙ぐと自分に絡まっていた炎を掻き消してしまった。


「……そうか。同じ赤龍の炎だから、コントロールも出来るって訳か」


 それでもダメージは幾らか負ったのか、焼けこげた肌を晒している。


 ぷすぷすと煙を上げているミラースライムAはじっとレイを見つめると、急に右手を前に着きだした。その動作が何を意味するのか分からず身構えていると、耳朶をモンスターの声が震わした。


「《ショートカット・ハイ・オールバースト》!」


 引き攣れた声は喉も焼けているからか。力の奔流がミラースライムAの方から発せられるのと同時に、同じ力が背後からもした。


「こいつら、龍刀の力を引き出す気だ!」


 苛立った声は振り返るまでも無く影法師だ。いつの間にか背中合わせの距離まで近づいていた影の肩越しに、ミラースライムBが同じポーズをしているのが見えた。


「鎧に戻れ、影法師。僕も指輪を使う」


「ちっ。そうするしかなさそうだな」


 人の形をしていた影法師の体が、真ん中から引き千切られレイに覆いかぶさる。そして鎧に姿を変えるのと、レイが指輪を使うのは同時だった。


「《超短文ショートカット超級ハイ全力全開オールバースト》!」


 本物の指輪による力の奔流が、レイの四肢に注ぎ込まれる。力が満たされるのを感じて、レイは龍刀の中に眠る力を更に引きだした。四肢を包んでいた炎の鎧は全身へと行き渡り、周りを威圧する炎のオーラが吹き荒れる。存在しているだけでも、周囲の空気が変化していった。


 一分限定ではあるが、ここにアクアウルプスの闇を打ち払った『緋星』が帰ってきた。


 ただし、星は一つでは無く、三つ。


 本物の星が一つと、偽物の星が二つ。


 勝者はたった一人。


読んでくださって、ありがとうございます。

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