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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-10 迷宮からの脱出Ⅱ

 戦いは白熱していた。


 互いに満身創痍。手にした武器は、刃先が欠け、モンスターの血で濡れていた。防具は肩のパーツが千切れ跳び、肉が腫れていた。自分だけでは無い。満身創痍なのは仲間も同じだ。視線を横に滑らせれば、似たような姿で立っている仲間達の姿を視界にとらえる。


 もう、ポーションも底を尽きていた。精神力も残り僅かで、戦技を撃つ余力も無い。


 絶体絶命の状況ではあるが、それは向うも同じだ。


 こちらのパーティーと同数のブラックゴブリンの集団は、冒険者から奪ったと思しき武器や防具を身に着けていた。手入れを怠った刃は錆びつき、留め具が壊れた兜は今にもずり落ちそうだ。クロスボウは矢が尽きた時に、放り投げられて以来見向きもされずに転がっている。


 どちらも手負いながら、目は爛々と輝いていた。


 一時間以上も続いた死闘は、何時しか冒険者とモンスターの間に絆のような物を産んでいた。言葉を交わさずとも、刃を交わした瞬間に数十、数百の意思を伝え、そして伝えられた。彼らがどれだけの時間をかけてコンビネーションを鍛え上げたのかを察して感動し、そしてその素晴らしい連携に自分たちが互角に戦えたことを誇らしく思っていた。


 だが、その戦いも終わりが近い。


 一際大きな体躯をしたブラックゴブリンのリーダーが、覚悟を決めた様に前に出た。自ずと、パーティーのリーダーも前に出た。これまで何度も剣をぶつけ合っていたからこそ、互いの力量と残っている体力を一人と一匹は理解していた。


 あと数合、撃ち合えばどちらか倒れる。


 同数同士の集団で、リーダーが倒れれば形勢は決まる。倒れた側が敗北するのは必定だ。


 合理的に考えれば、冒険者もモンスターも退くべきなのだ。


 仮に勝利したとしても、満身創痍なのは変わらない。ポーションや回復魔法が底を尽いている現状、次に襲われれば冒険者たちに勝ち目はない。ブラックゴブリンも別の冒険者グループと遭遇したら、為す術無く全滅だろう。本来なら、ここまで状況が悪くなる前に、撤退するべきだった。


 しかし、彼らはこうなった事に一片の悔いも無かった。己の持つ力を極限まで振り絞り、己が武を相手にぶつけ、相手もまた死力を尽くして応じてくれたこの結果に悔いる点も、嘆くつもりも無かった。


 だからなのか、汗と血で汚れた顔に満足そうな笑みが、冒険者とモンスターに浮かんでいた。前に出た二人を見て、自分たちのリーダーたちの背中を見て周りの者達は武器を降ろした。


 あたかも神聖な儀式を見守るように、両側に分かれて、固唾を飲んだ。


「行くぞ」


「グルルル!」


 冒険者の言葉を理解した訳では無い。ただ、冒険者が剣を構え殺気を漲らせたのに応じて、モンスターは吼えた。手にした錆びついた剣を振るい、気を高めていた。


 そして、一人と一匹は睨みあう。


 何かのきっかけがあれば即座に切り合いが始まり、数秒後にはどちらかが倒れる。だからこそ、相手の動きの起こりを見逃さず、勝つための読みあいを必死にしていた。いつしか周りの雑音は耳に入らなくなり、視界は狭まって互いの姿しか見えなかった。


 ―――だから、横合いから飛び込んできた黒い塊を、一人と一匹は全く気付かなかった。


「邪魔だ、退けよ」


 錆びついた声は嵐を伴っていた。尋常ならざる速度で飛び込んできた黒い塊は、表面が波打つとそこから無数の黒い手を生みだした。


 手は冒険者とブラックゴブリンを絡め取ると、ゴミをくずかごに入れる様に投げ飛ばした気づいた時には手遅れで、リーダー格の一人と一匹は壁や床に叩きつけられて気絶してしまった。


 自分たちのリーダーが謎の存在に吹き飛ばされてしまい、残った冒険者とモンスターの群れは、何とも言えない空気のまま硬直したのだった。








「影法師、いま誰か吹き飛ばしてないか!? というか、間違いなく空気を読まないで、何か色々と台無しにした気がするんだけど」


「はっ。中級冒険者と中級モンスターのにらみ合いなんざ、俺の知ったことじゃねえよ。それで、次はどっちだ」


「えっと……確か右だ。右の通路の途中に階段があるから、それを昇れ」


 レイの言葉に合わせて、黒い塊は右の通路に飛び込んだ。すると通路には、偶々うろついていたと思しきフレイムベアの一団が居た。燃えるような色合いの毛並みは、実際に燃える。


 通路に飛び込んだレイに向けて威嚇するように炎が吹きあがるが、それが届く事は無い。


「悪いなぁ、俺に熱さを感じる感覚は無い。威嚇じゃなく、最初から攻撃しておくべきだったな、って言っても遅ぇか」


 黒い塊から伸びた影の刃は、フレイムベアの体内にある魔石を的確に貫き、一撃で絶命させていた。先程のブラックゴブリンと違ってフレイムベアは上級モンスターだ。それを歯牙にもかけない強さに、レイは改めて呻いた。


「強いな。……でも、強いのは認めるけど、これって僕が強いのか、フィーニスの影が強いのかよく分からないな」


「あ? 決まってるだろ。強いのは俺だ」


 そう、断言したのは黒い塊だ。


 首から下はまるで皮膚を剥がしたような筋肉のようなグロテスクな形状をしており、頭部は卵型の兜をしていた。この姿をリザ達が見たら、どんな反応をするのだろうとレイは考えていた。


 いま、レイはフィーニスの影で作った鎧で全身を覆っていた。その姿は、ゲオルギウスとの戦いの最中で暴走した時の姿と同じで、この状態から元に戻る為にリザ達には随分と骨を折ってもらった。


 あの時とは違い、レイはフィーニスの憎悪に飲み込まれている訳では無い。影を操っているのは影法師だ。フィーニスの憎悪を取りこんだ影法師は、レイの技能(スキル)《魔王乃影》によって心象世界から外へと実体化する術を手に入れた。今ではフィーニスの操っていた影に影法師の人格が宿り、人の形を作ったり、無数の手や刃を自在に生みだせるようになっていた。


 いまは影を幾重にも束ね体に巻き付ける事で、身体能力を向上しつつ、敵を自動的に攻撃する迎撃装置の役割を担っていた。


「それよりも、だ。無駄話をしている暇なんざ、てめぇには無いだろ」


 内側からは透明な板の兜に、影法師の不機嫌そうな声が響いた。


 レイの頭部を覆っている卵型の兜は、外側からだと光を通さない闇の塊だが、内側からだと周囲の光景がはっきりと見える不可思議な構造をしていた。薄暗い迷宮内部も光源調整されたカメラのように鮮明に映し出され、物陰に潜んでいるモンスターの影すら明確になっていた。


 通路の奥から次々と現れるフレイムベアを打ち倒し、一気に階段を蹴飛ばして上った。


 背後からはモンスターの殺気立った雄叫びが聞こえたが、それは無視する。


 レイは一度立ち止まると、重ねていた布を解く様に兜は溶けると、迷宮特有の湿っぽい空気が肌を撫でた。浮かんだ汗を拭い、荒い息を数度繰り返して呼吸を整えた。


「おい、影法師。これで何階分昇ったんだ?」


「ざっと、四階層分だろう。残りは十七階層以上あるな」


「迷宮を昇り始めて一時間。目覚めてからは一時間半ぐらいが経過してるよな。残り四倍。単純計算すれば、あと四時間で地上に着くことになるな。……合計で五時間。それじゃ、かかり過ぎる」


 苛立つレイだが、この記録はラビリンス始まっての新記録に相当する。モンスターを回避か一撃で粉砕し、罠を事前に知っており、一度通った道を逆走しているとはいえラビリンスは厄介な迷宮だ。一階層分降りるために、一度上に昇ってから降りるというルートが彼方此方にある。昇る場合も一回降りてから別の場所で昇る事になるため、何階層分昇れたのかは影法師に任せて移動するのに集中していた。


 レイが移動した距離を平均的な迷宮に当てはめれば、既に十階層分は踏破していた。これは驚異的な速さであり、十分すぎるペースだ。


 だが、その代償も凄まじい。両足は痙攣を起こし今にも倒れそうで、腕は重く持ちあがらない。疲労が鉛のように全身を覆っていた。


 影による身体能力の強化は、能力値(アビリティ)の強化とは別物だ。例えるなら、意思のある着ぐるみの中に入りこみ、着ぐるみの思う通りに動かされているような物だ。厄介な事に着ぐるみ(かげぼうし)の方が力は上だ。


 自分の体がこれまでに経験していない領域に踏み込んだことで、体は耐えかねてダメージを負っていた。鎧の下は内出血のあざが幾つも浮かんでいた。


 影法師の力は限界時間が無いのか、どれだけ使っても消えたり消耗する事は無い。だが、中にあるレイの肉体は消耗していくのだ。途中からは、影法師が鎧を動かすのに合わせて、体を動かしていたが、それにも限度がある。


 一時間ずっと休まずに走った体は、いまにも倒れそうだった。


 それでも歩き出そうとするレイに、影法師は舌打ちした。


「馬鹿かてめぇ。焦る気持ちは分かるが、ここいらが限度だ。少しは体を休めないと、ぶっ倒れるぞ」


 影法師の影は、《魔王乃影》という技能(スキル)だ。レイの意識が失われれば、効果は切れてしまう。レイの場合、意識を失う事は《トライ&エラー》のセーブポイント作成にも関わって来る。地上の状況が不明な現状で、下手なタイミングでセーブポイントを作るのは死活問題だ。だが、その事を影法師から指摘される事になるとは、とレイは苦笑いする。


「……随分とまあ、口うるさい奴になったな、お前」


「あ? 喧嘩売ってんのか」


 影が刃のように首の周りを覆った。


「このまま、食虫植物のように口を閉じたら、どうなるか分かってんのか。命を握られている事を忘れんじゃねえよ」


 影法師の意思でコントロールされる影は、レイの意思では操れない。影法師が一瞬でも殺意を持ち、それを実行すればレイの命は一瞬で消える。このリスクがあったから、鎧状態は案だけで実行に移されていなかった。


 だが、レイは薄く笑うと、震える足で前へと進む。その動きに意表をつかれた影法師は、鎧を慌てて動かした。


「おい、レイ! 話を聞いていなかったのか? 休まねえと限界を迎えるぞ」


「そんな事は百も承知だ。でも、今は少しでも上へ行かなくちゃ。せめて、シアラの魔法が届く階層まで行かなくちゃ。じゃないと、地上で何が起きているのかすら分からないまま、全部が手遅れになっちまう」


「だからってな、このまま走って迷宮を逆走するなんて無茶が出来ると思っているのか? もっと、マシな方法は思いつかないのか?」


「……無い訳じゃないけど、あっちはリスクが高い。失敗したら、それこそ取り返しのつかない事になるし、何より僕は運が悪い。こっちなら運は関係ない。いまは、前を進むだけだ」


 レイの意思は強靭だった。意識を失わないように、口の中を噛み痛みで常に覚醒する。精神力を少しずつ回して身体能力を強化し、体が疲労にあえぐのを意志の力でねじ伏せていた。


 折れない意志を前にして、影法師は不快気な舌打ちを繰り返した。


 これがレイだ。


 自分という存在が無く、それゆえ他者に固執し、彼らを守るためならどれだけの苦痛をも飲み込む。そのイカレタ存在に影法師は言葉では無く態度で協力を示す。刃となっていた影は丸みを帯びると、再び兜となってレイを覆う。


「飛ばすぞ。最小限の動きで、最短ルートを移動して負担を減らす。てめぇは意識だけをしっかりと繋げていろ」


「……はは。ありがと、影法師―――っ!!」


 息を呑んだのは、身を竦むような死の気配を感じ取ったからだ。決定的な、致命的な、どうしようもなく手遅れな、死。


 右手が疼き、腕を体温なき蛇が昇っていく。真っ直ぐに、心臓目がけて伸びた契約の鎖は、狙いを違わずに貫いた。


 レイの四肢から力が抜け、視界は黒く塗りつぶされそうになる。影法師の影は消えていき、膝から崩れ落ちた。


「く、そ。やっぱり、狙いは―――」


 それ以上、言葉を紡ぐことはできず、レイの鼓動は止まってしまった。



 ★



 気が付くと、針の筵ならぬ、剣の筵に身を投げていた。地面から天に向かって切っ先を伸ばした刃が、一面に広がる。当然のように体は穴ぼこだらけで、血が刃を濡らし、地面に赤い水たまりを作っていた。辺りには誰の姿も見えず、暗闇の中に刃が浮かぶ。


 手を伸ばし、体を起き上がらせように刃はそこかしこにある。


 体を傾ければ、腹を裂いた刃は傷口をわき腹へと開いて行き、前に進もうとすれば顔に冷たい刃先が当たり、後ろに下がろうとすると踵が落ちた。黙ってそこに佇んでいると、体の重みで刃が奥へと沈んでいく。逃げ道は無く、抗う術は無く、刃が体を開いてくのに委ねるしかない。


 困った事に刃は何もせず、そこに佇んでいた。こちらがどれだけの血を流そうが、苦悶の声を上げようが、死に瀕していようが身じろぎもしない。


 ただひたすら、無慈悲に待っていた。自分たちの体の上で、動く事も出来ずに死を待つ哀れな贄が、物言わぬ骸になるまで、ずっと待っていた。



 ★



「っううう!」


 耐えがたい苦痛と共に意識が覚醒した。飛び込んできた光景は、冷たい刃の筵では無く、染みが浮かんだ宿屋の天井だ。


 レイは自分の肉体を切り裂き、貫き、穿つ刃の感触に身もだえしていた。汗が浮かぶ肌は白く、血の気が失せていた。だが、それも数分の内に収まると、のろのろとだが体を起き上がらせた。


「やっぱり、狙いは地上の皆か」


 予想していたこととはいえ、実現してしまうとまさに悪夢だ。仲間が狙われているのに、傍に居られないというのはレイにとって耐えがたい苦痛だった。


「でも、悪い事ばかりじゃない。これで、変化が起きるはずだ」


『確かにな。状況は最悪だが、幾らか変えられる可能性はある』


 レイの呟きに応じたのは、内に潜む影法師だ。レイは頷くと、ベッドから降りた。すると、ドアをノックする音がし、扉が開かれた。


「やっぱり、まだ居たのか。チェックアウトの時間さ。清掃に入らせてもらうよ」


 そう言って現れたのは宿屋の女将だ。レイを見るなり、前回と同じセリフを続けた。


「あんたは一泊分の料金しか……って、ちょっと。出ていくなら、入り口から出ていきなよ」


 詰る声は背中に浴びせられたが、レイは振り返らず窓から飛び出した。器用に壁を蹴ると、建物の屋根へと上り、一直線に上階へと続く階段の方へと走った。何しろ、一分一秒が惜しいのだ。


 先程、レイが死んだのは感覚からして戦奴隷の対等契約だ。右手に刻まれた契約が刃となって、心臓を止める感触は、これまでにも何度もあったから間違える事は無い。


 となると、死んだのは戦奴隷契約を結んだリザ、レティ、シアラの三人になる。誰が死んだのかまでは現時点で不明だが、一時間半後には死ぬ状況に追い込まれているのは間違いない。


 彼女達がピンチなのは心配だが、状況を好転させるチャンスでもある。


 リザ達が死んだ場合、彼女らも記憶を引き継いでいる。レイが戻った瞬間に合わせて戻っているはずだから、同じタイミングで彼女たちの誰か、あるいは三人全員が死に戻ってきてきたことになる。


 地上が既に戦闘状態に入っているのか、それともこれから起きるのか分からないが、記憶を持っている彼女たちが何らかの行動を取った事で、死のタイミングがずれる可能性は十分にある。


 最低でも五時間、欲を言えば七時間ほど時間を稼いでくれれば、デッドエンドスポットから地上まで逆走して戻って来れる。レイが迷宮に居る事は誰も気づいていないだろうが、シアラなら時間を稼ぐべきだと考えて行動するはずだ。


 なら、レイに出来ることは脱出だけだ。


 危機的状況が迫りつつある中、悠長に構えている時間は無い。一階層でも上を目指し、シアラと連絡を取るのがレイに課せられた使命だった。


(最悪、あと数回死を繰り返せば、向うも何かしらの手段を講じて僕と連絡を取ろうとするはずだ。その時に備えて、少しでも上に行かなくちゃ)


 そう、結論付けたレイの体をフィーニスの影が包んでいく。強化された力に耐えかね、建造物の屋根に足跡がくっきりと残った。


「今は上へ。上へ行かなくちゃいけない!」











 結果的に見れば、この時レイは重大な見落としをしていた。


 それに気づかないまま、影の鎧で迷宮を疾駆すること十回。


 全て計ったように目覚めてから一時間半後に死を迎えていた。


読んでくださって、ありがとうございます。

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