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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第11章 星の橋
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11-6 1年の終わり

「この巨体、もしかしてジェネラルオーガですか」


 合流したリザは、青い瞳で倒れ伏したボスを捉えた。問いに頷くと、彼女は納得した様子をした。


「道理で、戦いの余波がボスの間全体に伝わる訳ですか。この場に居なくとも、どれだけの力を持っていたのか理解できますね。やはり、強かったですか?」


「強い事は強いけど、指輪の魔法を使うほどじゃなかった。全部、作戦通りに行った」


 レイの持つ魔法の指輪は、短時間だが能力値アビリティを底上げする。レティの魔法と組み合わせれば、二度まで発動できる強化魔法は切り札として取っていた。戦技や技能スキルを使わなかったのも同様だ。


 超級ボスモンスターが誰も知らない切り札を持っていたり、レイ達が想定するよりも強かった場合に備えて温存していたのだが、結局温存したまま戦闘は終わってしまった。手ごわい相手だが、これまでに相対してきた真正の怪物達ほどでは無い。


「それで、クアッドケンタウロスの方はどうなんだい。手ごわかったかのかい」


「さほどでもありません。手傷は負いましたが、主な怪我はこれだけです」


 そう言って、リザは矢が突き刺さったままの肩を見せる。抜けば血が吹き出てしまうため、矢の前後を切り落としてそのままにしていた。彼女は妹を呼んだ。


「レティ、治療をお願いしてもいいかしら」


「りょーかい。エトネは大丈夫?」


「うん、だいじょうぶだよ」


「それは上出来ね。おちびにしては頑張ったんじゃない」


「おちびって言わないでよね」

 怪我していないのをアピールする少女の頭をシアラが乱暴に撫でると、エトネは口を尖らせつつも目を嬉しそうに細めた。


「主殿、これぐらいで宜しいのでしょうか。損傷が多い部位のため、売る事は出来ない廃棄分を中心に切り分けたでござる」


 すると、それまでジェネラルオーガの体を切り分けていたヨシツネがレイに確認を取った。彼は切断されたオーガの太い腕を掴んでいる。死んで間もないためか、血色も良く今にも動きそうな生気がある。


 レイはそれを受け取ると、コウエンの方に突きだした。彼女は紅蓮の瞳を細めると、口を勢いよく開けた。


 がぶり、と擬音が聞こえてきそうな喰いっぷりで、オーガの腕をまるごと口に頬張った。もしゃり、もしゃりと咀嚼すると、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。全員の注目が集まる中、むき出しの腹を満足そうに撫でたコウエンは、


「美味」


「いや、味の感想を求めている訳じゃないからな」


「ふん、余裕の無い奴め。貴様の望みは果たされなかった、と答えれば納得するか」


「そうか。今回も失敗か。クアッドケンタウロスの方はどうなんだ?」


「同様だ」


 そうか、とレイは残念がった。


 人造モンスターであるコウエンがモンスターの肉を摂取したからと言ってエネルギーになる訳では無い。彼女のエネルギー源は魔石だけだ。


 なら、どうして彼女がクアッドケンタウロスやジェネラルオーガの肉を食べているのかというと、それは彼女が人造モンスターだからという答えになる。


 人造モンスターは数多のモンスターから抽出した遺伝子を組み込まれている。生まれながらにして数十種類のモンスターに変身できるが、新たに摂取する事で自分の中に無いモンスターに変身できる可能性があるという。


 その可能性に言及したのは、人造モンスターを開発したカタリナ本人のため可能性は高かった。そこでレイ達は、『紅蓮の旅団』との合同訓練中にコウエンが変身できないモンスターの肉を集めては彼女に食べて貰い、変身できるようになるか実験していた。


 結果として、カタリナの言っていた可能性は事実だった。十数種類の肉を捕食して、一体のモンスターに新たに変身できるようになった。


 成功率は低いが、やってみる価値はあるという事だ。


「クアッドケンタウロスの持つ無限に近い回復力と、ジェネラルオーガの持つ強力な守りが手に入ればと思ったんだけど。まあ、理想は理想って事ね」


 シアラの慰めに同意すると、彼女は両手を叩き周りの注目を集めた。


「それじゃ、撤収の準備を始めるわよ。まず、超級ボスモンスターの素材を集めましょう。クアッドケンタウロスなら骨が装飾品としても高く売れるから回収して」


 最初からはぎ取る事を想定していたのか、骨の矢を両手いっぱいに持っていたエトネが頷いた。


「ジェネラルオーガの方は何かに使えないのでしょうか」


「残念ながら使い道が無いわね。皮膚の防御って、モンスターの技能スキルみたいなものだから、死んだら効果を発揮できなくなるわ。肉も繊維が多くて固いって話だし。……でも、コウエン様は美味しいって言ったのよね」


「駄目だシアラ。アイツはロットマウスの腐った肉を平気な顔で食べる悪食だ。人と味覚が違っていても不思議じゃない」


 それもそうね、と彼女が納得するとボスの間中央で物音がした。全員が武器を持って構えると、そこにはいつの間にか宝箱が置かれていた。


「宝箱だ!」「たからばこー」


 レティとエトネが喜びの声を上げた。


 迷宮で死んだ生物の肉体は迷宮に飲み込まれ栄養となる。冒険者がその時に身に着けていた装備品は溶けないで、こうして迷宮の何処かで吐き出されるのだ。宝箱のような姿をした入れ物も、材質的には迷宮の壁や床と同じだ。


「二人とも、そんなに急いで開けなくても」


「まあ良いんじゃない。ボスの間の宝箱で罠だったなんて報告、一度も無いんだし」


 駆けだす二人を止めようとしたリザだが、シアラにたしなめられて口を噤んだ。その間に到着した二人は一緒になって宝箱を開けた。


「おお、お兄ちゃん、お兄ちゃん。武器が入ってるよ」


「かっこいい」


「武器だって。どれどれ……ガントレットか」


 大仰な箱の中にあったのは、使いこまれた色合いをした鋼のガントレットだった。蛇腹構造なのはエトネのと同じだが、一目見て質の高い武器だと伝わって来る。


「うちで素手の格闘をするのはエトネとヨシツネだけど……使うかい?」


「拙者は打撃では無く掴みや投げが主体なので、今の装備で十分。エトネ殿に譲るでござる」


 ヨシツネが辞退したため、ガントレットはエトネの手に渡された。彼女はまるで、誕生日プレゼントで貰ったテディベアの柔らかさを確かめる様にガントレットを触ると、満足そうな顔をした。


「欲しいです、おにいちゃん」


「よし。なら、そのガントレットはエトネのだ。他に宝箱とか、見落としは無いか確認したら、ここを出ようか」


 レイの呼びかけに、全員が同意した。







 地面を擦れる音が途切れると、背後でボスの間の扉が閉じた。レイ達が居るのはボスの間の次の空間だった。


「ふーん。ラビリンス中層への入り口は、階段じゃなくて魔法陣なんだ」


 レティの言う通り、レイ達の前には二種類の魔法陣が用意されていた。淡く輝いて起動しているのは地上への帰還用の魔法陣だ。その反対側で沈黙したように色あせているのが、おそらく中層部へ転移する魔法陣の筈だ。


 魔法陣に対してあまりいい思い出が無いレイは、眉をひそめてしまう。そんな主の気配を察したのか、シアラがそう言えばとわざとらしい声を上げた。


「そう言えば、神々はエルドラドのあちこちを観察するのも仕事の一つなのよね」


「はい、そうですね。神々の居る観測所は、そのためにあると言っても過言ではありません」


「それじゃ、この大迷宮の地下ってどんな風になっているのか、知っているんじゃないのかしら」


 シアラの口にした内容に全員が反応した


 大迷宮ラビリンスはエイリークが発見してから現在に至るまで、中層までしか探索されていない。そのため下層、あるいは深層が存在しているかどうかは誰も知らないのだ。


 しかし、ここに居るクロノは元神だ。彼女ならば何か知っているのではないかと皆が期待を寄せるも彼女は申し訳なさそうにした。


「申し訳ありません。迷宮は私の兄で、魂を司る神サートゥルヌスの担当なのです。ですから、ラビリンスがどれだけの規模なのかは、私も知らないんです」


「兄の担当なのに、妹の貴女が知らないの?」


「兄に興味がありませんから」


 さらりと言われた内容に沈黙が下りる。


「……そ、そうなの。……兄弟が居ないから分かんないけど、こんな風なの?」


 神の兄弟にある闇に触れてしまいたじろぐシアラに、レイは苦笑してしまう。あの、宇宙的和室空間で会ったもう一柱の神を思い出す。


 目元まで青い髪で隠していた神は元気でいるのだろうか。


「サターンか。何だか懐かしいな」


「レイ様はお会いになられたことがあるのですか?」


「うん。この世界に転移する直前にね。……でも、あの時の会話も感情も、全部黒幕の掌に踊らされていたって事なんだよな」


 神々の中に紛れ込んだ13番目の神によって、レイやクロノスは偽りの記憶を、歪んだ認識を植えつけられていた。それが捻じれに捻じれて、今の状況が成立しているのだ。おそらく、サートゥルヌスも同じように記憶や認識を改ざんされていたはずだ。


 そう考えると、腹立たしさが体の中で吹き溢れる。知らずの内に、拳を強く握っていた。


 押し黙ったレイを心配そうにするリザに笑いかけた。


「大丈夫。さあ、地上に戻ろうか」


「そうですね。それではお手を」


「……え?」


 急に差し伸べられた手にレイは困惑する。すると、レイの手を別の手が掴み、あっという間に肩や腕、わき腹などを掴まれてしまう。


「ちょ、ちょっとちょっと。皆して、僕を掴んで何してるんだよ」


「実はシアラと相談していたのです。前にレイ様は魔法陣の罠に引っ掛かり、深層へと落とされましたよね。あれは、《トライ&エラー》による死の繰り返しによって因果か重なった結果ではありませんか」


 リザが言っているのはシアトラ村での一件だ。赤龍との戦いで時間が何度も繰り返された結果、レイがトラブルを引き寄せてしまった。


「クロノにも確認を取ったわよ。あの時、主様は赤龍との戦いに加えてミラースライムとの戦闘でも少なくない回数死んでいたんでしょ。その因果が重なって、あの結果に繋がったのよ」


「それは自分でも理解しているけど、それとこれがどう関係しているんだよ」


「ご主人さまはあんまり自覚してないけど、クロノス様との戦いで時間が何度も巻き戻っているんだよ」


 レティの指摘にそうだったと思いだす。狂いし神だったクロノスの権能によって、学術都市限定ではあるが時間は何度も巻き戻っていた。


 自分のしでかした事に、クロノは面目無さそうに肩を落としてしまう。


「主様に因果か重なったとは断言できないけど、騒動の中心になりやすいでしょ。だからこうして全員で掴んでいるのよ」


「これなら何があっても皆一緒です」


 自信満々に宣言するリザに、レイはどうだろうという胸の内を隠した。


 考えた対策はともかくとしても、自分の事を気づかってくれた仲間の想いを嬉しく感じていた。


 スライムの姿になって目が無くなったのに、呆れたような視線を向けるコウエンは黙殺する。


 レイは全員に体のどこかしらを掴まれたまま、魔法陣に乗った。すると、魔法陣は輝きを強めていき、全員は目を開けていられなくなった。


 一瞬の浮遊感の後、瞼を閉ざしていても感じられる光が消えていく。


 レイが目を開くと、辺りの景色は変わっていた。


 迷宮を潜る支度を抱えた冒険者や、逆に血や土で汚れた体を疲れた様子で動かす冒険者が行き交う場所だ。


 ここはラビリンス中央部の入り口だ。


「地上に戻ってきたね。全員いる?」


 尋ねるまでも無く、自分を掴む腕は一本たりとも減っていなかった。無事に帰還できると、リザ達はレイの体から手を離していく。やっと解放されたレイは、ふと周りの視線が自分たちに集まっているのに気づいた。


「注目を集めているね。何でだろう?」


「決まってるでしょ。魔法陣で転移してきたって事は、ボスを倒したって証明になるんだから」


 呆れた様子で説明したシアラに、レイはそういうものなのかと首を捻った。


 これまでボスモンスターを三度倒したが、こんな風に人の居る場所に帰還した事は無かったため実感は薄かった。


 だが、シアラの言葉は正しかった。


 レイの近くに居た者達は、魔法陣から転移してきたレイ達を見て、ボスを攻略したのだと口々に囁きだした。その囁きはレイ達を中心に広がっていく。


 最初は驚きを持って、次は好奇の眼差しが向けられた。久しぶりにボスを討伐した冒険者たちが何者なのか、推測や心当たりを尋ねる声がそこかしこで響いた。


 特徴的な白髪まじりの黒髪を見て、誰かが『緋星』と呟いた。その呟きはあっという間に伝播した。


「すっごい勢いで正体がバレちゃうわね」


「何を呑気な事を。騒ぎになる前にこの場を脱出しますよ」


 言うなり先を歩きだしたリザによって、周りの冒険者たちは道を開けていく。レイ達はその後に続いて迷宮入り口を抜け出た。


「太陽だっ! うわー、こんなに眩しいんだ、太陽って」


「風、きもちいね」


「本当にそうですね。風も、光も、音も、匂いも、何もかもが新鮮で、清々しく感じます」


 レティが真っ先に駆けだすと、全身で太陽の光を味わうように回り出した。続いて、エトネがクロノの手を引っ張ってレティの元へと駆け寄り、同じように地上の恵みを感じていた。


 クロノ加入で変化があったのは、エトネだろうとレイは考えていた。これまではパーティー最年少という事もあり、皆から可愛がられていた彼女だが、クロノが加入してからは先輩として何かと面倒を見ようと、ああして手を引いている場面が何度かあった。


 それに喋り方もしっかりしてきたように感じる。彼女は、家庭の事情から同年代や家族以外の人と喋る機会が極端に少なく、会話も単語を並べたり、抑揚が無かった。それが、前に比べれば随分と進歩したように思えた。


 これもクロノが加入したお蔭かと考えつつ、レイも久方ぶりの地上の空気で肺を満たした。


 地上は、思ったほどは寒く無かった。時刻はまだ昼の頃なのか、透き通ったような青い晴空が広がり、屋根などに雪が積もっている。だが、それよりも目を引いたのは街並みを彩る飾りの多さだ。


 ラビリンス入り口付近は、冒険者用の武骨な店構えが並んでいるのに、どの店も鈴や星を模った飾りを吊るし、木々も重たそうな装飾を背負わされている。どことなく、街全体が華やかで、浮かれている空気が漂っていた。


「……精霊祭の飾りつけに似ているな」


 ふとアマツマラの街並みを思い出した。飾りつけだけでなく、どこかソワソワした空気は、祭りを前に浮かれている子供の様だ。


 街並みを見て、レティが指を折って数えた。


「迷宮に潜り始めてこれだけ過ぎてるから……そっか、もう年が終わるんだ」


「ああ、そう言う事ですか。それで飾りがされているんですね」


 ギルドまでの道すがら、あちこちの家や建物に同じように飾りが吊るされていた。それを珍しそうに眺めていたレイが尋ねた。


「エルドラドでも年末にお祝い事をするの?」


「そうですね。精霊祭のように局所的な、大変な賑わいを見せる催しではありませんが、どこの地方でも今年一年を過ごせたことに感謝し、次の一年もまた無事に過ごせることを神々に祈るのが習わしです。特に最後の数日となれば、夜になると皆が外に出て空を見上げますね」


「空を……星でも見るのか」


 レイの答えにリザはちょっと違いますと否定した。


「夜空に架かる星の橋を見るんです」


読んで下さって、ありがとうございます。

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