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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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閑話:冒険王 邂逅編 Ⅹ

 線で引かれたように、無事だった木々の隙間から金属がこすれ合う音が幾つも続いた。エイリークが気づいた時には、辺りを騎士たちで囲まれていた。それも、先ほどの騎士たちよりも数は上だ。もしかすると、二つの騎士団が合流したのかもしれない。


「思ったよりも早く到着したな。周囲を取り囲んで威圧……ってことは直ぐに攻めてこないつもりだな」


「あれは……鉄槍騎士団に黒狼騎士団? どうして、王国の騎士団が二つも、このような所で軍事行動を」


「アンタ、あいつ等が何処の騎士団なのか、知っているのか?」


「ええ、まあ」


 騎士たちが、違う種類の鎧を纏っている事から、二つの騎士団なのは読み取れたが、騎士団の名前まではエイリークにも分からなかった。


 それなのに、心当たりがあるかのように言ったサーコートの青年は曖昧に頷く。よくよく見れば、青年の荷物や服装から旅慣れた様子がうかがえるが、使っている生地や素材は上等だ。もしかすると、それなりの立場にある人間なのかもしれない。


 確かめようとする前に、集まった騎士の一人が叫んだ。


「貴様等に告げる。此処は、既に我らが包囲した。我らの同胞をうち破った手腕は見事ではあるが、この数を前に勝ち目はないと知れ。素直に縛に付けば、歴史ある寺院を破壊した罪は減刑されるであろう。全員、速やかに武器を捨て、腹ばいになって伏せろ!」


「おっと。どうやら、罪が増えたようだな。もっとも、国営採掘場で奴隷達を扇動して反逆させて、追撃部隊を振り切る為に何度も兵士を打ち倒してきたんだ。今さら古臭い寺院を壊した罪が減った所で、縛り首なのは変わらんだろうがな」


「少なくとも、寺院を壊したのは貴方でしょうが!」


 ケラケラと笑う親父さんに文句を言いつつも、エイリークはどこかに逃げ場は無いかと探る。騎士たちは、木々の傍から離れようとしない。弓を構えて距離を保ち、それ以上近づいては来ない。寺院が崩落して局所的な地滑りが起きたせいで、辺りが開けたから弓を扱うスペースが取れたのだ。先程遭遇した騎士団は、弓よりも射程が短いクロスボウを構えていたから、魔法が届いた。この距離では、使える魔法の効果は薄い。


「逃亡奴隷……貴方は何か月か前に起きた、採掘場で起きた反乱の関係者なのですか?」


「関係者どころか、そいつが主犯だ。長い時間をかけてシンパを作り、採掘場を運営していた貴族すら殺した大悪人だぞ」


「親父さんは少し黙っていてくれ! ……えっと、あの人や騎士の言う通り、俺はこの国じゃ悪人です。色々と訳ありで、国から追われている立場です。こうして、騎士たちが何十人も、俺達を捕らえるために動いています」


 エイリークは青年に背中を向けたまま、頭を下げた。


「もしかしたら……いや、もしかしなくても、貴方も俺の仲間と見做されているかもしれません。だから、先に謝っておきます。巻き込んですいません」


「……巻き込まれたのは、俺たちも同じだよな」


「父さん、空気読もうか」


 青年は静かに首を振った。彼は覚悟を決めた様に告げる。


「貴方が謝る事などありません。私は、貴方に命を救われた身です。その事を感謝することはあっても、貴方を恨むような真似は致しません。それよりも、先の申し出に対する返事をお聞かせください」


「へ? 申し出って、付いていくことの、返事?」


 エイリークの口から気の抜けた息が漏れた。剣呑な雰囲気を漂わせる騎士たちに囲まれている状況下で、その話の続きが出てくるとは予想すらしていなかった。


 しかし、青年はあくまでも真剣な表情だった。


「えっと、状況を理解しているか? いま、騎士に囲まれて結構危険な状況なんだよ。それこそ、乱戦が始まったら、死ぬかもしれないし、俺達の仲間として捕まって処刑されるかもしれないんだよ。だいたい、俺はアンタが考えているほど善人じゃないよ」


 思わず言葉が砕けてしまう。青年は、どこまでも真摯な眼差しでエイリークを見つめた。まるで、神聖な宗教画を熱心に見つめる信徒のような面持ちだ。


「善人かどうかは関係ありません。貴方様が、私の求める人物であるか否か、それだけが重要なのです。貴方様が、あの方々に遣わされた存在なら、私は貴方様と共に歩み、この世界に何をもたらすのか見たいのです。どこまでも!」


 手に負えない熱量を持ったストーカー宣言だ。


 異世界に転生する事を夢見て、前の人生をその下準備に費やした自分も大概だが、それは自己完結した願いで他者に迷惑をかけた覚えはない。だが、目の前の青年は、その頃の自分にどこか似ている。理路整然とした言葉では、梃子でも動かないような頑固さが、瞳の奥に見えた。


「えーっと、どうしましょうか、親父さん」


「……俺に振るなよ、面倒くさい」


 親父さんは帽子を深くかぶり、関わりたくないとばかりに背中を向けようとする。だが、その裾をオルタナが掴んで止めた。


 オルタナは何も語らず、ただ無垢な瞳で父を見つめた。


 数秒の間をあけて、親父さんはため息を吐いた。


「駄目だ。うちにはもう、一匹ペットを飼っているだろ。もう一匹の面倒を見る余裕はない。元あった場所に戻して来い」


「ちょっと待った。俺、ペット扱いなの!?」


 驚愕の真実だった。親父さんは悪びれもせずに、


「正確にはオルタナのペット枠だな。ペットだから、世話もしてやるし、このご時世だ。自分の身ぐらいは自分で守れるように躾けてやっただろう。だから、それも出来ないような奴は、連れて歩くことは―――」


「―――なら、自分の身を守れるだけの武力があるなら、問題は無いのですね!」


「ん? ……まあ、そう言う事になるが。……あれ、何か不味い事を言ったか、俺?」


 自分の言葉に食いついた青年に、親父さんは気味が悪そうに一歩引いた。だが、青年はそんな反応を気にせずに、今度はエルフの剣士に向いた。


 フードを被り直し、事の成り行きを静観していた剣士は、僅かに身構えた。


「やっと、こちらと話をする気になったか。ならば、問うぞ。俺の同胞に関する噂話とやらを聞かせろ」


「私はこの国の貴族や商家に対して幾つものコネを持っております。そのため、この国の善き面と悪しき面を多少なりとも知っている事になります。その中で、エルフに関する噂話や、貴方がお望みなら奴隷として購入されたエルフが居るかどうかを調べる事が可能です」


「……その話に嘘は無かろうな。あれば、その首が体から落ちる事になるぞ」


「どうぞご勝手に。特に価値のある首とは思いませんが、それで気が済むのでしたら」


 軽く首に手を当てる青年を、エイリークは何者だと今更ながらに思う。エルフの剣士が斬るといえば、脅しでは無く本当なのは、この短いやり取りで理解できるはずだ。この青年は剣士の言葉が本気である事を承知した上で、自分に価値が無いと本心から言っているのだ。


 この国で奴隷の流通は珍しくない。国がマンパワーを必要とする過酷な場所での労働に奴隷を使っているように、貴族や商家、更には多少なりとも経済力がある一般家庭でも奴隷を持つのは珍しくない。


 その分、奴隷の流通は広大で調べるのは難しいのだ。加えて、エルフの奴隷となれば表の流通では絶対に姿を現さない。裏の裏、権力と財力が一定以上無ければ参加する事も出来ないようなマーケットでしか取り扱われないはずだ。それを調べられる人間は、相当な地位の人間でなければ不可能だ。


 青年は王国内で相当な地位を持ちながら、地元の請負人を雇い忘れられた寺院を探索し、裏の奴隷市場を調べられるだけの人物ということだ。


「ですが、条件があります」


「条件? 金ならわずかばかりだがある。エルフの金細工が欲しければ、幾らか融通しよう」


「物品ではありません。私が必要とするのは、貴方の力です」


「……どういう事だ?」


 全く同じことをエイリークも思う。青年は、全員の疑問に答える様に口を開いた。


「貴方に私の護衛を務めて貰いたいのです。報酬は、貴方が探しているエルフの捜索と、場合によっては解放のお手伝いを。期間は情報が手に入るまでで構いません」


 予想外な要求に呆気に取られていると、青年は親父さんの方に視線を送った。


「どうです。これで条件は満たせたではありませんか? それとも、貴方と戦えた人物ではご不満ですか」


「あー、そう来たか。……どうすんだ、エルフの若いの。この変人の要求を受け入れるのか」


 フードの下で端正な顔が歪んでいるのが手に取るようにわかった。エルフの剣士は要求を熟考して―――。


「―――ええい、その反抗的な態度。もう、我慢の限界だ。全員、射てっ!」


 エイリークたちから忘れられていた騎士が限界だとばかりに叫んだ。号令に合わせて指は離れ、放たれた矢が弧を描いて降り注ぐ。その内の一射は、間違いなくサーコートの青年に向かっていた。


 魔法を放とうと腕を持ちあげるが、それよりも前に突風が吹き荒れた。


 風は青年に直撃する矢を縦に切り裂いた。二つに分かれた矢は、風にあおられ、力なく落ちていく。


 異変はその一本だけに収まらない。百人以上いるだろう騎士が放った矢は、悉く同じ運命を辿って地面に落ちたのだ。騎士たちは驚きから硬直しているが、地下であの激闘を目の当たりにした者達は今更驚くような事では無かった。


 いつの間にか青年を庇うようにエルフの剣士が立っていた。手には親父さんの魔法を切り裂いた長剣が抜かれていた。


「いいだろう、契約成立だ。これより、俺は貴様の護衛として振舞おう」


「ほ、本当ですか?」


「ああ、二言は無い。ただし、忘れるな。貴様が、俺の求める情報を得られなければ、この契約は破棄だ。また、命惜しさに虚言を吐いていたのなら、その首を頂く」


「構いません。その時はどうぞ。煮るなり焼くなり、切り落として犬の餌にでもしてください」


「ふっ。大きく出たな。それで? 最初の命令は?」


「そうですね。この方々が脱出するための道を作りましょう。あの騎士たちを蹴散らしてください。できれば、殺さずに」


 エルフは了承したと小さく頷くと、踵を返した。何の気負いも無く、何の躊躇いも無く騎士たちの方へと歩き出した。それは圧倒的な強者だからこそできる傲慢な歩みだろう。


 ―――なぜか、サーコートの青年の首根っこを掴みながら。


「……あの、申し訳ありませんが、この手を離してくださいませんか。私は、あの方々と共にこの場を脱出して、貴方とは後で合流しようと考えていたのですが」


「残念ながら、護衛の立場としてそれは認められない。報酬を貰えない内に死なれては困るんでな。俺の剣が届く範囲に居て貰うぞ。なに、安心しろ。これでも守る戦いには慣れているんだ。傷一つ付けさせはしないぞ、主」


「そ、そんなぁ! た、助けて下さい!!」


 青年の悲痛な叫びは、騎士たちが上げる雄叫びにかき消された。互いの実力差を理解できないのか、あるいは理解しながらも騎士としての職務を全うしようとしているのか。ともかく、騎士たちは勝ち目のない戦いに吶喊していく。


「全員、突撃っぶべら!」


「だ、団長がやられたぞ」「団長に続け! 騎士団魂を見せつけろ!!」


 指揮系統が乱れ、一気に乱戦となる。二人の姿は騎士たちに飲まれてしまうが、切られた騎士が転がっていくのが無事の証と言えた。騎士たちは意外にも恐れを知らないのか、あるいは人数で圧倒的に上回っているから油断しているのか、引こうとはせずに押し寄せていく。


 あっという間に阿鼻叫喚の絵図が生まれてしまった。


「なんだか、変な奴らに絡まれたな」


 親父さんが、ここ数時間に起きた出来事を端的に纏めた。


「変な奴筆頭がなに言ってんですか。首を切られても生きているなんて、聞いてませんよ」


 親父さんに突っ込むと、奇妙な間が開いた。口を開けば毒舌を吐く親父さんにしては、言葉を探すように二度三度開いては閉じるを繰り返した。


「どうかしたんですか?」


「……いや、なんでもない。それより、これからどうするんだ」


「どうもこうも、包囲網が崩れてますからね。今の内にここを離れましょう」


 エルフの剣士が正面から突っ込んだため、均等に散らばっていた騎士たちがそちらに集まり出して、端が綻んでいる。鞄の位置を直すと親父さんが皮肉げに唇を歪めた。


「おいおい。あれだけ熱烈にアプローチしている奴を放っていくのか。それも騎士たちの注意が向こうに集まっている隙に自分たちはこっそり逃げるとは、随分と卑怯な手だな」


「いや、別に一緒に行こうと決めたわけじゃないですし。それに……多分、ここで先に行ってもすぐに追いつかれそうな気がしますよ」


「……まあ、そんな気もするな。じゃあ、とりあえず逃げるとするか」


 親父さんはオルタナを担ぐと、地盤沈下を起こした大地を堂々と歩いていく。エイリークも後に続いたが、騎士は誰も止めようとはしなかった。







 結局、遺跡のあった場所から目指したのは元々歩いていた道だった。大森林を早く抜けるルートであるが、騎士団の待ち伏せがあったから寺院の地下を使って別の方角に抜けようとした。


 それが、騎士団が大挙して寺院の方に押し寄せてきたため、逆に手薄になるだろうという読みだった。


 読みは間違っておらず、騎士たちが待ち伏せをしていたと思しき痕跡はあったが、彼らの姿は無かった。


 その代りとばかりに、辺りの地形は変化していた。元々、巨大な木々の根がうねっているような場所だったが、遺跡の崩落で起きた地滑りの影響を受けているのか地面に亀裂が走っていた。覗き込めば、それこそ地の底まで繋がっていそうな割れ目もあった。


 エイリークたちは安全なルートを選びつつ進んでいた。


「このペースなら日が暮れる前に森を抜けられそうだね。良かったね、父さん、エイリーク」


「でも、次の街で宿を取るよりも、どこか別の場所で野宿した方が良いですかね。騎士団じゃなくても、追撃部隊が街で網を張っている可能性もありませんか。……親父さん?」


 話しかけても返事をしない親父さんにエイリークは違和感を抱く。すると、親父さんはオルタナを降ろすと、手近にあった木の根に腰を下ろした。


「どうしたのさ、父さん。まさか、疲れたから休むとかじゃないよね」


「そうじゃねえよ。……オルタナ、エイリークには俺の事を話したんだよな」


「ああ、うん。大体話したよ。『精霊の養い児』になった経緯とか、なった事でどんな存在になったのか」


「ふん。それでこの態度って事は、相当な間抜けという事か」


「間抜けって、急に何ですか」


 罵倒されてムッとするエイリークに、親父さんは続けた。


「間抜けに決まってるだろ。お前の前に居る俺は、どんな事をされても死なず、天地を震わす魔法を指先一つで生みだす怪物なんだぞ。世界に存在する現象となった事で、この世界を構成する粒に直接触れられる。魔法の詠唱は、それを誤魔化すための演技だ。そんなのと一緒に今まで通りの旅をしようとする、お前の精神が分からん」


 帽子で視線は隠れているが、親父さんはエイリークの本心を探ろうとしていた。嘘偽りの無い、本当の気持ちを聞きたがっている。


「答えろ、エイリーク。いや、名もなき奴隷の子。お前は、俺の正体を知ってどうして平然としてられる。……気持ち悪いと、思わないのか?」


 エイリークは腕組みをして、考え込む仕草をした。


 数秒の間を置いて、彼は自分の正直な気持ちを答えた。


「うーん。まったく、思いませんね」


「……なに?」


「親父さんが過去に何をして、どうなったのかってことよりも、いまどんな人かって事の方が俺には重要ですよ。俺にとって貴方は命の恩人で、ここで生きていく上の師匠みたいな人です。それだけで十分です」


 エイリークにとって親父さんは、信頼のできる人物なのだ。


 そして、安城琢磨にとって親父さんは、まさに異世界を象徴するかのような存在だ。人という枠組みから外れ、精霊と言う高次元の存在なろうとしたと聞いた瞬間、物語の登場人物のようにカッコいいと思ってしまった。


 感謝と羨望。その二つが、親父さんへの率直な感情だった。


「……やっぱり、お前は間抜けな奴だな」


「ひっどいな! 俺、結構いい事言ったと思うのに」


 答えを聞いて満足したのか、親父さんは立ち上がると道を進む。その背中は、少しだけ晴れ晴れとしているように見えたのは、エイリークの錯覚ではないはずだ。


「そういえば、親父さんって未来が見えるんですよね。俺を助けてくれたのも、そう言う力のお蔭なんですか?」


「いや、違うぞ。お前ら『招かれた者』は運命に対する影響力が強すぎるせいで、未来が不確定になる。予知系の技能スキルは通用しないんだ。俺の場合、技能スキルで未来を見ているんじゃなくて、未来を体験している自分と同期する事で未来を先取りしているが、お前らが関わると曖昧な部分が多くて参考にならない」


「それじゃあ、俺やオルタナが一緒だと」


「さっぱりだな。近い時間軸の俺と同期しても、お前らのせいですぐに未来が変わってしまう。だがまあ、昔に比べればずっとマシだ。無神時代が始まる前は、『招かれた者』だらけでぐちゃぐちゃだったから……エイリーク。どうやら、お前に客のようだぞ」


「客って、いったい。……お前は!」


 視線の先にいたのは、実戦で使用されるのを想定した鎧に身を包んだ若者だった。


 女性から受けの良いだろう端正な顔に、醜い傷を走らせ、怒りに猛る瞳を有していた。


「やっと会えたな、奴隷ッ!!」


 あの日、兄弟たちが死んだ地の底で邂逅した貴族、アンドリューが仁王立ちしていた。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は19日になります。

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