閑話:ギルド職員の宴席
「「「乾杯ッ!」」」
「―――っ、かー! うまい。労働の後の酒は何でこんなにうまいんだ。これを呑んじまうと、また仕事しても良いかって思えちまう、魔法の薬だよな。ねーちゃん、お代わり!」
「もう空にしたのか、君。あまり飲み過ぎるなよ。明日が久方ぶりの休みだからって、この前みたいに起きたら出勤時間をとうに過ぎていた、なんて言い訳認められないからな」
「うっせえな。そんぐらい、分かってるっつうの。こちとら13連勤明けの酒なんだから好きに飲ませてくれよ」
「ふふ、僕の勝ちだね。15だ」
「……なん、だと」
「下らない事で張りあうな。ちなみに私は17連勤」
「「張りあってんじゃん!」」
「はい、エールのお代わりとコカトリスの煮卵、トロールの肉入り饅頭、お待ちどうさま」
「お、エールはこっちに置いて。あと、追加で取り皿」
「あいよ」
「この寒い時期は、こういう暖かい物が上手そうに思えるよな」
「だよね。地元じゃ、冬の時期なんて備蓄してある食料をちびちびと食べるしかないけど、学術都市勤務になって価値観が一変したよ。冬でもモンスターの肉や卵が流通しているから、こういった物が新鮮な上に安い。迷宮様様だよ、ほんと」
「迷宮にも感謝だが、命懸けで潜ってくれる冒険者にも感謝しないとな。何しろ、俺達ギルド職員なんざ、冒険者が取って来る魔石が無けりゃ、給料だって貰えないしな」
「おいおい、それは流石に聞き捨てならないな。商業部門の人間として、一言物申させて貰うぞ」
「そうだそうだ。冒険者部門がいつまでもデカい顔すんじゃなーい。……うまっ! 饅頭美味いな」
「……まあ、そうだな。いつまでもふんぞり返ってるわけにはいかないよな」
「急にしんみりしだすな。今日は明るく飲もうって言って誘ったのは君だろ」
「そうなんだけどよ。やっぱり、一段落着くと、この先どうなるのかなって思っちまってな。統括長が亡くなっちまって、うちの部門、勢いというか元気がなくなってな」
「仕方あるまい。オーギュスター統括長は、良くも悪くも精力的な方だったからな」
「ここ数年の功績だけでも、ギルドの権力を拡大させた立役者だもんね。まあ、その分ギルド内の勢力図が無茶苦茶になって、冒険者部門の独走を許していたけど。煮卵も煮汁が染みてる」
「その分、あの方が亡くなった事でうちやそっちが活気づいているからな。特に上役たちが。オーギュスター統括長の持っていた利権や権力を、ハゲタカのように啄むから、処理しなくちゃいけない仕事が増えた」
「それで驚異の17連勤か」
「ああ。正直、ここ三日は自宅で過ごした記憶が無いな。君らは?」
「……無いな。前から思っていたが、ギルドってブラックキギョウなんじゃねえのか」
「ブラックキギョウ? どっかで聞いたような。すいませーん! 追加でミニマムトードのから揚げ」
「もう、追加の注文か!? まあいい、エールも追加だ。それで、ブラックキギョウとは『冒険王』の言葉だろ。意味は確か……働き手を薄給で酷使してしまう職場……だったか?」
「ああ、それじゃ駄目じゃん。僕達、それなりに給料もらってんだから。僕や君は独身だけど、故郷の家族が身売りしなくても済むどころか、新しい家を建てられるだけの仕送りが遅れてるし」
「ふむ。その通りだな。私も妹の結婚の際には支度金を用意できた。ギルドがブラックキギョウなどと、他所で言いふらすんじゃないぞ」
「……何か納得できない気がするが、まあそうだな。職場の悪口は心が荒む原因だ。ギルド万歳、ギルドは素晴らしい職場です!」
「っ、ひぃ。あ、あのブレイブサラマンダーの薄切りステーキに、なります」
「ああ、同僚が騒がしくてすまないね。そこに置いてくれるか。……ん? こんなの注文したか? 形状からすると尻尾だな。取り分けるぞ。……とはいえ、やはり統括長の死は大きい事件だったな。別れの会は結局……3回開いたのか?」
「4回だよ。ギルド会館で開いたら、一日中人が押し寄せて仕事になんないから、街のあちこちに献花台を置いてな。それでも会が開いている間は人が途切れる事は無かったな。やっぱ人徳ってもんがあったのかもな、あの人」
「当たり前だ。ギルドに入る前から、あの人に世話になった冒険者、商人、職人は大勢いる。現役S級冒険者でありながら、優れた職人を見出す眼力を持ち、馴染の商人たちと築いた商業組合による資金力はちょっとした小国並みの規模だったんだぞ」
「そうだよね。うちに顔を出す職人の中にも、オーギュスター統括長に見出されたから今日まで頑張って来れたんだ、って人が上は年寄りから、下は若手まで大勢いるよ」
「S級冒険者として打ち立てた経歴と、荒々しくも人を惹きつけるカリスマ性があったからこその手腕だな。……それだけに、後継は難しい」
「はい、エールの追加とミニマムトードのから揚げだよ」
「ん、そこに置いてくれ。それで、それはどういう意味だ? 冒険者部門統括長の後継か? それとも、空白になったS級冒険者の椅子か」
「どちらかといえば後者だ。前者は副統括長が繰り上がる事で決まりそうなんだろ」
「……相変わらず耳が早い事で。その通りさ、オーギュスター統括長の補佐をしていた副統括長が代行をやっているが、来月には代行の肩書が外れるぜ」
「副統括長って、あの地味な人? 確か、事務あがりだよね」
「そうだぞって、お前肉取りすぎだろ。卵も食え、野菜も食え! ねーさん、お代わり!」
「お前は飲み過ぎるなよ。……あの副統括長では冒険者部門がこれまでと同様に幅を利かせるのは難しいだろうな。だが、それはある意味ギルド内が冒険者部門の独走を許していた状態から、三つの部門が拮抗する健全な状態に戻るという話でもある。これは喜ばしいだろう」
「はっ。有事の際に、舵取りが出来る強烈な指導者を失った烏合の衆っていう見方もあるだろ?」
「……それに関しては否定しない。あの集団錯乱事件が、被害の範囲の割に小規模で治まったのは間違いなくオーギュスター統括長の力あってのことだ」
「ああ、あの日ね。本当に、今思い出しても訳が分からないよね。吸い込んだだけで時間が巻き戻った様に感じるガスなんて……それも都市全域を覆うほどなんて。……あれって、本当にガスだったのかな」
「さあな。ガスだったのか、それとも誰かの仕業なのかはうちの部門でも意見は割れている。それに、あの事件以降、ぴたりと止んだ囁き越えのこともあるが……上がガスで処理しようとしているなら、下っ端はそれに従った方が賢明だろ」
「確かに」「違いない」
「それよりも話を戻すが、S級冒険者の空白って、そんなに気にする事か?」
「これは驚いたな。まさか、そのような戯言を冒険者部門の人間から聞かされるとは。危機意識の欠如も極まれりだな」
「あ? 喧嘩売ってんのか」
「事実をありのままに言っているだけだ。……正直な話、この一年、世界が騒がしいと思わないか?」
「「ぶっほ!」」
「……二人そろって、何を吹きだしているんだ?」
「世界、が、騒がしいって、お前、そんな。やべぇ、真顔で言うなよ、ツボに入ったじゃねえか!」
「ぼ、『冒険王』の伝記に影響受け過ぎなんだよ! ああ、やばい、腹が痛い! 死んじゃう、死んじゃう!!」
「……すまないが、帰らせてもらおう。金は置いていくぞ」
「ああ、悪い悪い。笑い過ぎた、笑い過ぎた」
「というか、これじゃ少ないな。商人部門なのに金の計算もできないの」
「少ないのは笑った詫び賃代だ。それぐらい寄越せ。ついでに、この肉もな」
「あ、それは僕が取る肉!」
「いやいや、お前は取り過ぎだって。……それで、お前が言いたいのはこの一年、あちこちで異変が起きているって事か?」
「その通りだ。中央大陸で新しい深層迷宮が見つかったことは喜ばしいが、シュウ王国のスタンピード、南方大陸で起きた黄龍の復活や帝国との戦争。これらの事件の影響か、各地の鉄が高値で取引されるようになってきた。職人部門でも何か動きはなかったか?」
「もぐもぐ、ごっくん。あるよ。職人の移動が激しい。中央大陸のある地方だと、小さな村の鍛冶師まで王都に召集されていて、鍛冶師不足が深刻だって言われているんだ」
「……つまり、なんだ。どこかが戦争をおっぱじめようと動き出しているのか。また、帝国なのか?」
「いや、そう言う動きでは無い。どちらかというと、何かありそうだから備えをしたい、という防衛的な反応だろう。……だが、それが猜疑心に変わると厄介だ。隣国で剣や槍を大量に生産している。それを何処で使うのだろう、などと王が思い始めたら……後は考えるまでも無い」
「うーん。学術都市は基本的に平和だからな。あんまり想像もつかないな。で、それとS級冒険者の空席がどう関係するんだよ」
「大ありだ。不穏な空気と言うのは民が敏感に感じ取る。不安は人心を乱し、諍いを生む。そんな時にS級冒険者が急死したと聞けば、不安は加速されていくだろ」
「まあ、てめぇの言う通りかもな。認めるのは癪だが」
「はい、ジャイアントチキンの燻製にサラダの盛り合わせだよ」
「素直に認めろ。オーギュスター統括長は、ここ数年冒険者として目立った活動はしていなかったが、それでも長年S級冒険者として君臨していた。それが居なくなれば、人々は不安を感じてしまう。それを防ぐにはどうするべきだと思う」
「はい! 新しいS級冒険者を選出するべきです」
「正解だ。鳥を食べてよし」
「わぁい!」
「お前の言い分はもっともだが、ことは簡単にすまないぞ」
「というと?」
「S級は冒険者の頂点だ。並大抵の奴じゃ務まらないし、並大抵の奴を選んじゃいけない。『冒険王』の言葉にもあったが、空は割れてはいけない。S級冒険者は負けることを許されない怪物じゃないと駄目なんだ」
「道理だな。ゆえに『聖騎士』はその地位に相応しいと言える」
「そうだ。そして、『聖騎士』ローランに並ぶ存在が居るかどうかってのが問題なんだよ」
「普通に考えればA級から引き上げるんだろうけど……あの人はどうかな。『岩壁』のオルド。確か、オーギュスター統括長の弟子だったんだよね」
「あの人は悪くないが、S級の器じゃないって言うのが冒険者部門の結論だな。もっと経験を積まなきゃ、選ばれる事は無いだろうな」
「あれだけの規模でクラン運営しているのにか?」
「クラン運営の腕と冒険者の器は違うって事だ。現役S級のローラン殿にオーギュスター統括長はパーティーを率いていたが、最後の一人はソロだろ」
「確かにその通りだな。じゃあ、他にS級昇格の芽がありそうな冒険者は居ないのか。なんなら、今すぐじゃなくても、将来性がありそうな奴は」
「将来性、将来性。まあ、将来性で言えば、《ミクリヤ》のレイだな」
「ん? 『緋星』か?」
「……なんで、すんなりと二つ名が出てくるんだよ、お前」
「そんな引いたような目をするな。この前、商業部門の方に来たから、私が応対したんだ」
「え、そっちにも行っているの?」
「その反応だと職人部門にも来たのか。もしかして、モランヌ嬢も一緒にか?」
「そうそう。黒髪に白が混じった、大人しそうな子だよね」
「まさしくその通りだ。あれが将来性のある冒険者だとはとても思えないが」
「待て待て! 俺だって、流石にS級に昇格できると、とまでは言わねえよ。ただ、ここ半年以上、あちこちで起きた騒動に首を突っ込んじゃ、生き延びているのが職員の中で話題になってんだよ。どう考えても生きて帰れない状況から戻ってきている妙なのが居るってな」
「いわゆるトラブルメーカーという奴か。そういう星の元に生まれたのかもしれん」
「パーティーメンバーも個性的というか、目を引く粒ぞろいだが……まあ、あんまり深くしゃべるのは職務違反だ。それより、お前らの所に何の用件で顔を出したんだ?」
「それこそ職務に抵触するぞ。……まあ、私の話せる範囲で言えば、商品の売り込みだな。色々な物の図面やら図案、計画書を持ち込んできたが、どれもすでに発明済みの物や、流通済みの物だと説明したらがっかりして帰ったぞ」
「おいおい。冒険者から商人に職替えする気じゃないだろうな」
「さてな。それで、お前の所には何の用で来たんだ?」
「僕の所に来たのはね、薬の開発とか生産をしたいから、薬師の目録を写しに来たよ」
「「薬?」」
「そうだよー、でもこれ以上は言えません」
「薬、薬ねぇ。冒険者で薬と言えば、ポーション系だけど、新しい効果のあるポーションでも開発するつもりなのか。もしもそうなら、完成したら冒険者たちに売り込んで恩でも売るか」
「悪く無い手だな。どちらにしても、学術都市で流通させるなら商標登録と安全認可が必要だ。先の話だろう」
「先の話と言えば、あの噂話について知っているでござ(・)る(・)か(・)?」
「うん? 先の事で噂話と言えば……シュウ王国が提言する国際会議の事か?」
「あー、そんな話、上からも聞いたな。テオドール陛下が音頭を取って、大陸の主だった諸国を集めて会議をするってやつだろ。オーギュスター統括長とテオドール陛下は戦友だったから、会場はこの都市になるんじゃないかって」
「あれ、どうやら実現するらしいよ。いま、建築系の職人の目録を作らされているんだけど、集める人の数、半端ないもん。それこそ、ちょっとした都市でも作るんじゃないかってぐらい」
「それならこちらでも似たような話があるぞ。木や鉄などを冬が終わる頃に一気に集められるようにと商会が動き出している。なるほど、国際会議の会場を、一から作るというのか」
「派手な事が好きだったオーギュスター統括長らしい計画だな。でも、統括長が亡くなってもやるのかね」
「そりゃ、やるでしょ。人が動いて、物が動いて、お金が動いているんだ。今更、誰かが死んだって、計画が間違っていても、誰にも止めらんないよ。あとから出てきた損失を前にして嘆いても、後の祭りさ」
「……意外と毒を吐くんだな、こいつも」
「色々と溜まっているのかもしれん」
「それはいけないでござるな。腹に毒を溜めていては、生きていくのに辛いだけでござる。女将、新しいえーるをこちらの御仁に。ささ、一献」
「おおっと、ありがとう」
「うむ、いい飲みっぷりでござる。おや、そちらの御二方、杯が空ではないか。すまぬ、女将、もう二つでござる」
「っと、これはすまないな」
「おおう、悪いな」
「いえいえ。それで、他に変わったこととはござらんか?」
「変わったこと……ねえ。ああ、一つあったな。今日の事なんだが、上役たちが踊り場に集まって何か深刻そうに話をしていたんだ」
「ほう、それは興味深いでござる」
「だろ。俺もそう思って、上から盗み聞きしてみたんだ。途切れ途切れで分からんかったが、辛うじて聞けたのが、法王庁の異端審問官が学術都市に来るそうだ」
「異端審問官? あんな物騒な部門の神官が、何の為に?」
「さあな。そんな事、俺に聞かれても知らねえよ。ただ、深刻そうに話していた面子の中に副統括長も居たから、マジの話なんだろうな」
「……なるほど。いや、面白い話を聞けたでござる。しからば、拙者はここで」
「おう! じゃあな」「では、また」「外は雪が積もってるから、足元に気を付けてね」
「……で?」
「で、とはどういう意味だ。酒で遂に言語を失ったか」
「いちいち嫌味を挟むんじゃねえよ。だから、今の奴だよ。あれ、誰の知り合いなんだ」
「…………お前じゃないのか」
「俺じゃねえよ!? お前らのどっちかじゃないのか!?」
「いやいや! 僕の知り合いじゃないよ」
「同じく。私の知り合いじゃない。いつの間にか、堂々とそこに座っていたから、誰かの知り合いかと思っていたが……全員違うのか?」
「「「……」」」
「あ」
「な、何だ!? 何か思い出した事があるのか!?」「お前の知り合いかよ! 驚かせるんじゃねえよ」
「いや、違う。……お金、置いてあるんだ」
「なに? ……額は自分が注文した分か。きっちりと代金を支払っているといことから、無銭飲食の類では無さそうだが」
「……何者なんだ、あいつは?」
雪を踏み潰す度に、ざくざくという心地よい音が足元から肌を昇っていく。
街を行き交う地元の人々は、雪の歩き方を心得ているのか滅多なことでは転ばない。転ぶのは、この街に来たばかりの新入りだ。
その青年も新入りに入るのだが、優れたバランス感覚と刃のように鋭い眼力で歩きやすい道をしっかりと踏み染みていた。
「僥倖、僥倖。主殿に良き土産話ができたでござる」
街の噂話は、存外無視できない。土地に住む人間は、平穏な空気を肌で感じ取って覚えている。仮に、何かが蠢き、不穏な企みをしているのなら街の何処かで淀みが生じ、土地に住む人間なら、その変化を噂という形で囁き合う物だ。だから、彼は居酒屋の隅で安い酒とつまみで長時間居座り、珍しそうな情報を持ち、なおかつ口が軽そうな者達を探し、彼らを見つけた。ギルドで働く若者たちを。
彼らのテーブルに酒と料理を運ばせ、いい具合に酒が回った所で席に着き、情報を引きだし、怪しまれない内に離れる。前の主の元で培った技術を使えば、これぐらい簡単だった。
そして支払った代金の分だけ、気になる情報は手に入った。ギルドの内情、新しい統括長、開かれるはずの世界会議、法王庁の異端審問官。
ヨシツネは首に巻いてある長布を口元に寄せ、雪の道を歩き進む。
読んで下さって、ありがとうございます。
閑話は二日から三日程度の間隔で投稿する予定です。次の更新予定は8月4日です。




