2-35 仲間募集中
結論から言うと、ギルドでの冒険者探しは難航した。
受付で僕に丁寧に相対してくれた職員の言ったことを纏めると理由は二つ。
一つはアマツマラの迷宮だ。
上層部9階層、中層部5階層、下層部2階層。全部で16階層と縦に短く、横に途轍もなく広い。
本来、一つの階層に広間は15個くらいしかないはずの所、ここは一つの階層で50の広間が存在する。階層を降りるだけで半日がかりと言われている。
迷宮の特徴としては迷宮で採れる良質な鉱石と、構造変化を年単位でしか行わない二点だ。このおかげで迷宮に人夫を送り、設備を整えて、迷宮の一部を鉱山として切り出すことが可能となる。
とはいえ、ここは迷宮。普通にという言い方は変だがモンスターは当たり前のように湧き出る。そこでこの街に定住する冒険者の出番だ。
迷宮に潜る順番、順路、頻度。それら全てをギルドが管理、運営、更には報奨金まで出すことで常に迷宮内の安全を確保している。言い換えると、食いっぱぐれる心配が少ないのだ。態々、旅をして稼ぐ必要が無い。
もう一つは僕らのパーティーが新人冒険者の集まりにある。
この街を離れる冒険者の多くは自分の腕を外で試したくなった、故郷に居られなくなった、あるいはより稼げる迷宮や大きなクランに向かう為に離れる。
そんな人たちから見ると僕らのパーティーは魅力的に映らないのだ。実際、僅か三人しかいないパーティーに入るとなれば負担は大きくなり、反面実入りが大きいとは言えない。
つまり、安定した収入と経験を積める街を離れる新人冒険者は殆どおらず、ある程度レベルの上がった冒険者は僕らのような駆け出し冒険者に見向きもしないのだ。
一時間以上かけてギルドに居たパーティー参加申請をしてあった冒険者に断われ続けた事と合わせて考えると非常に納得いった。
今も、長槍を手にしたレベル55の冒険者があからさまに僕らを馬鹿にした目をして立ち去っていく。これで断わられるのも二十二人目だ。いいかげん慣れてきた。
「上手く……行きませんね」
「まあね。職員に難しいと言われただけはあるよ。マジでここまで断わられるとは」
職員に書きだしてもらった僕らの希望に合う冒険者のリストに目を落とした。まだ数人残っているがこの分ではやっても意味は無いだろう。
「ねえねえ。もう、諦めない? 多分このままだと同じことを繰り返して終わるだけだよ」
つまらなそうに足元の床を眺めていたレティが焦れた様に言う。
「こら、レティ。それを決めるのはご主人様でしょ」
「いや。レティの言う通りだ。ここらへんで諦めるとするよ」
「……宜しいんですか?」
背後に控えていたリザが伺うような視線を送る。此処まで粘った割にあっさりと諦めた僕の態度が不思議そうに見えたのだろう。
僕は立ち上がると愛用の鞄を持ち上げる。服を詰めたリュックサックは宿屋に置いてきた。こっちの方が持ち運びやすい。
「うん。本当の目的は確認できたしね」
「本当の目的ですか?」
ギルドの出口を目指しながら着いてくる二人に口を開いた。
「どの冒険者も僕が大金を持っていることを知らない風だったろ? それが知りたかったんだ」
益々理解できないような二人。僕はギルドを出て眩い日差しに目を細めながら話を続ける。
「いまの僕らの、というか僕の一番の特徴は資産だと思う。戦奴隷二人にこれを合わせるとそれなりの資産になるだろ?」
コートの内に眠る手形を指さす。二人は肯定する様に頷いた。
「だけど、どの冒険者も僕が金を持っていることを指摘しなかった。これは僕が鍛冶王に魔人の血を売りつけた事は知られていない証明といえる。つまり、僕は安全にこのお金を持ち歩けることになるのさ」
「―――成程。ご主人様は冒険者探しを名目に冒険者と会う事で彼らの中の私たちの情報を探ろうとしていたわけですか」
「それで、あたしたちのレベルを言うなって『命令』したんだ。レベルを言えばどれぐらいのお金を持っているかばれちゃうから」
「そういうことさ。あー、良かった! 大金を狙われる心配が無くて」
緊張した体をほぐす様に背を伸ばす。いくら街中と言えこれだけの大金だ。力づくに奪いに来る人もいるかもしれない。昨日、奴隷市場で遭遇した少女が言っていた僕の死んでしまう理由を一晩考えた。その結果、リザ達を除けば火種になりそうなのがこの大金だったのだ。
すぐさま全額使う様な豪胆な精神は持ち合わせていない以上、僕がこの大金を持っていることが知られていないかどうか探りを入れたくなったのは当然と言える。
とりあえず当面は大丈夫だと分かった以上、あまりギルドに長居する理由も無いと思って切り上げた。
広場に掲げてある時計に目を向けたもうじき十一時半を指そうとしていた。
「ちょっと早いかもしれないけど、ファルナとの待ち合わせに行こうか」
二人は揃って頷いた。僕らは都市外にあるフェスティオ商会の方へと向けて歩を進めた。
待ち合わせ場所をフェスティオ商会の店にしたのは理由がある。
今まで僕らのキャラバンの後をなぞっていた後続部隊が昼頃に到着するのだ。荷卸しと今後の警備計画の為に『紅蓮の旅団』の冒険者は昼前に店に集まる事になっていた。
もう、契約が終わった僕が店に行く必要はないのだが、お世話になった人たちだ。せめて荷卸しぐらいは手伝いたいと思ってファルナに店の前で待ち合わせをお願いした。
正門を抜けて特別地域の店にたどり着くと、丁度複数の馬車が通りを埋める様に並んでいた。
少なくとも二十台以上は有りそうだ。
「これは……凄いですね」
「うわぁ! 人がいっぱいだね。これ全部、『紅蓮の旅団』の人たち」
驚く二人と同じように僕も驚いていた。馬車から荷を下ろす人の中に冒険者たちが何人も居た。
(そういえば、前にファルナが自慢してたけど『紅蓮の旅団』は七十人近い大所帯のクランだって)
それを三つに割れば一つ二十人程度の集団になる。ネーデの街に置いてきた分を含めれば、オルドの率いていた部隊もそれぐらいになる。
そう考えると目の前に居る冒険者たちは全て『紅蓮の旅団』の冒険者ということになる。数字では理解していたが目と肌で感じると圧倒される。
(この人たちはみんなオルドを慕い、敬っているんだろうな)
目の前を忙しそうに動く冒険者たちの中にはあからさまに強いと思える人も居た。そんな人でも率先して荷卸しを行うのを見ているとオルドの威厳が隅々まで行き届くのが分かった。
ふと、そんな強者の一人が僕を見ると、気軽に手を上げた。
「よう、坊主! 元気にしてたか!?」
狼人族は木箱を地面に下ろすと冒険者と馬車で込み合う道を滑る様に移動した。ネーデの街で後続部隊を任せられたカーティスだった。
「久しぶりです、カーティス」
「聞いたぞ、レイ。お前旅の間に大分やらかしたらしいな? おかげで俺たちはウージアを素通りする羽目になったんだぞ!」
気さくな彼は怒った振りをしながら僕の肩を軽くたたく。ネーデの街でも思ったが随分と気さくな人だ。
だけど、ネーデで気づかなかった事に、今の僕は気づく様になっていた。肌で何となくだが相対する人の精神力やレベルを感じれるようになった僕は目の前の狼人族がとてもレベルの高い冒険者だと分かった。
それだけじゃ無い。この界隈に少なくともあと数人、とても強い冒険者が居る。うち二人は分かる。オルドとロータスだ。残りはおそらく別働隊の中核を担っていた人たちだろう。
リザも気づいた様子だ。それとなく晴れた青空を思わせる瞳を人ごみに向けている。浮かぶのはどのような人なのかという期待に彩られている。
「カーティスさん! 早く荷卸しを終えましょう!!」
すると、人ごみを掻き分ける様に青年が現れた。年のころは十七、八ぐらいだろうか。長めの茶髪を後ろで一纏めにした鋭い目が特徴的な青年だ。
カーティスが、
「すまん、すまん。今戻るぜ、ホラス」
と謝ると大仰にため息を吐いた。
そして、その鋭い瞳が僕を捉えると、より一層鋭くなった。暗い緑色の瞳に苛立ちの色が差し込んだように見えた。身におぼえのない視線に思わず睨み返した。
刹那の間、僕と彼の間で火花が散るように視線がぶつかり合った。
「ったく。若い奴らは全く。行くぞ、ホラス」
固まったように動かないホラスをカーティスは引きずるように連れ帰った。入れ替わるようにファルナがこちらにやって来た。
「よう、おはようさん。……どうかしたの、アンタら?」
ファルナに言われてリザを振り返ると、彼女の手は剣の柄へと伸びていた。足を後ろに下げて、臨戦態勢だ。レティも杖を手にしている。
僕らのただならぬ態度に首を傾げるファルナ。
「いえ……先程の方がご主人様に敵意を向けていたので、つい」
ため息を吐いてリザは伸ばしていた手を下ろした。ファルナは雑踏へと消えていった青年へと視線を送った。
「ホラスが? 理由も無く人に敵意を向ける奴じゃないんだけどね。心当たりはあるのかい、レイ?」
「いや、無いし、そもそも会話もしたことが無いんだけど」
と、言いつつも記憶の片隅に何か引っかかるものを感じていた。それが何かは分からないが。
「うーん。アイツとはいつもパーティーを組んでるし、後で聞いとくよ」
ファルナがそう言って、突然、記憶の引き出しが開け放たれた。
彼とは三回すれ違っていた。
始めは、そう。僕がネーデの迷宮をソロで攻略した後。ギルドに戻った時、入り口に屯していた冒険者の一人だった。そこにはたしかファルナも居た。
一度思い出すと、連鎖する様に記憶が蘇る。次に彼を見たのはファルナが夜中にネーデの街を抜け出した時。通りを駆けまわっていた冒険者の中に居た。
そして、ネーデの街を旅立つ日。後続部隊として残り、先発部隊に組み込まれた僕を睨んでいた冒険者の一人だった。
(たしか、カーティスが言っていたな。オルドの鶴の一声で先発隊に組み込まれた僕を気に入らない人がいるって)
オルドやファルナに団員でもない僕が親しくしているのが気に入らない冒険者の一人が彼、ホラスというわけだ。敵意を向けられる理由が分かり、少しだけほっとしていた。理由もわからずに敵意を向けられるほどつらい事も無い。
「それはともかくさ、手伝いに来たよ。バシバシ命令してくれ」
話を切り上げる様に腕を振るう。頷いたファルナに先導してもらって僕らは荷卸しを手伝う事にした。
一時間後、さらに後からやって来た第三部隊の荷卸しを終えた僕らはファルナを待っていた。
隊列が長くなれば長くなるほど警護がしにくくなるから野営地は同じ地点にして時間をずらして出発させるためこういう事が起きるそうだ。
ともかく、これで『紅蓮の旅団』の全冒険者とフェスティオ商会の荷物が揃ったことになる。驚いたのは荷物の量だった。なんとフェスティオ商会の店は一つだったが両隣の建物は商会の倉庫だったのだ。全ては見る事が出来なかったが世界中の様々な食べ物が山のように積まれていた。
「これで後は精霊祭で売り切る事を目標に頑張れば良いだけですね」
届いた荷をチェックしていたジェロニモさんが頼もしいやり手の商人の顔を浮かべて呟いていた。
圧巻だったのは店の前の通り。馬車を片付けて広くなった通りに『紅蓮の旅団』の冒険者たちが勢ぞろいした。
どの人も一癖も二癖もありそうな強者たちばかりだった。隣で見ていたリザがわくわくしたような表情を浮かべているのは見なかったことにしたい。
幾つかの連絡事項と、これからの警備計画をロータスさんが伝えるとオルドが解散を命じた。整列していた冒険者はめいめいに動き出した。
長旅の疲れを癒す為に宿屋へ向かう人や食事をとろうとする人、これから直ぐにでも警備として残る人など。各自がそれぞれ動き回るため、ファルナは人波を泳ぐようにしてやって来た。
「ごめん、ごめん。待たせたね」
「そんなに待ってないよ。それでどうする? 僕らは昼をとってから城に向かうつもりだけど」
「おう。アタシもそれで良いよ。お腹ぺこぺこでさ。鍛冶王に会う時に腹が鳴ったら恥ずかしいだろ」
嬉しそうに鍛え上げられた腹を撫でまわす。これから鍛冶王に会えると思い、浮かれ気分のようだ。ちなみに、隣に居るリザも同じような感じだった。
「ホント、似た者同士だよね、この二人」
レティが残念そうな目で二人を見ていた。片方は自分の姉なのになんて冷めた目で見るのだろう。
すると、同じように人波を泳いできた青年がファルナの肩を掴んだ。
「おい、ファルナ。これから飯を食べに行こうぜ」
ホラスだった。後ろには同じ年か少し下の冒険者たちが付き従っている。ホラスの口調は穏やかだが、鋭い視線が僕を睨む。浮かれ気分に水を差されたようにリザが人形めいた表情を見せると剣にゆっくりと手を伸ばした。僕は視線でそれを制する。
立ち込めた不穏な雰囲気にファルナは戸惑ったような様子を見せる。肩を掴むホラスの手から逃れた。
「わりぃな、ホラス。今日は先約があってな。また、誘ってくれよ」
「……ファルナ?」
すまなそうにファルナが頭を下げると、ホラスの視線を振り切るように僕らの手を掴んで進む。されるがままの僕の背後に視線が突き刺さった。
振り返らなくても分かる。彼らからの憎しみの混じった敵意だ。
「ったく、何なんだよ、あいつ等!」
屋台で買った串焼きに齧りつきながらファルナが憤る。僕らは店に入らずに、屋台で購入した物をベンチに座って食べていた。
何処かの店に入って彼らと会うのを気まずく思ったファルナを気遣っての提案だった。彼女も何となく僕の真意に気づきながらも何も言わずに同意した。
一しきり憤った彼女は立ち上がると僕らに向かって頭を下げた。
「すまねえ! あいつ等には後でアタシからきつく言っておくから、虫の良い話だけどアイツらの態度を許してくれ」
戸惑う僕らに畳みかけるように彼女は言う。姉御肌のファルナにとって、謝らないと気が済まないと思ったのだろう。
「……僕は気にしてないよ。二人は?」
「……ご主人様が仰るなら、私も」
「あたしも大丈夫だよ」
僕らが言うと、ファルナはほっとした様に胸をなで下ろした。
「良かった。ありがとうな。……実はアイツらはアタシが誘ったのが縁でクランに入ったからね。アイツらのせいでアンタらが不快に思ったらアタシのせいさ」
照れくさそうにファルナは笑った。彼女はオルドと同じく人を引き付けるカリスマのような物を持ち合わせている。それはこういった誇り高い精神から来ているのかもしれない。
ベンチに座りなおしたファルナはリザと鍛冶王の伝説で盛り上がっていた。
その姿から先程の誇り高さは感じられない。好きなアイドルに熱を上げている年頃の少女のような姿だった。盛り上がっている話の内容は血風渦巻く戦いの物語だけど。
食事を終えた僕らはベンチを離れて坂道を登り始めた。
正門から伸びた真っ直ぐな大通りはそのまま城の城門へと続いている。ギルドを越えて道をまっすぐ進むと立ち並ぶ建物が変わってきた。
厚みを増し、煙突から伸びた煙が空へと伸び、何処かから金槌を打ち鳴らす音が聞こえてきた。どうやら街の中腹にあるギルドから城までの間の区画は工房や鍛冶場が立ち並ぶ区域のようだった。
精霊祭で賑わう着飾った人たちの姿が少なくなり、職人や鉱夫といった人たちが目につくようになってきた。
そして、しばらく歩いた後、僕らはアマツマラの城。王が住む王宮の前に辿りついていた。もっとも物々しい警備が敷かれた城門の前だが。
ここからでは城壁に隠れて城の先端しか見えない。僕とファルナは阿保の様に城を見上げてしまう。
「……大きい城だね」
「そうだね……」
堅牢な城を見上げていた僕の袖をリザが引っ張った。リザとレティは驚いた様子も無く、正門の前に居る兵士を見つめていた。
「ご主人様。ここで城を見上げていたら兵士に不審がられます。用向きを伝えた鍛冶王の工房に向かいましょう」
冷静な判断を下したリザに頷いて僕はこちらを見つめていた兵士へと向かって歩き出した。
「そこで止まってください。……この先は城へとなりますが何用でしょうか」
丁寧な口調の兵士に向かって名前の彫られたプレートを見せた。
「冒険者のレイと申します。昨日、鍛冶王の工房の見学許可を頂いた者ですが、こちらで宜しいでしょうか?」
プレートを一瞥した兵士は納得したように頷いた。
「伺っております。只今、案内の職人を呼んで来ます。少々お待ちを」
同僚に目配せをした彼は城門を潜ると、すぐさま取って帰ってきた。一人の少年を伴って。
年の頃は今の僕と同じくらいだろう。歩くと腰に巻いたベルトの両側にぶら下げた小さなハンマーが揺れた。ファルナと違う紫がかった赤い髪を揺らした少年が兵士に連れられて僕らの前に来た。
「こちらが案内の職人、ニコラスです。こちらが冒険者のレイ。鍛冶王から通達のあった方です。それでは私はこれで」
言うと兵士は元の位置に戻っていった。
残されたニコラスに向かって僕は口を開く。
「それじゃ、ニコラス。案内を頼みます」
丁寧に言ったつもりだった。だけど帰って来たのは睨みつけるような視線だった。灰褐色の瞳が刺々しい視線を放つ。
(なんだか、今日はやけに睨まれる日だな)
好ましからざる視線を受けて、心の中で人知れず嘆息してしまう。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は九月十四日を予定しています。




