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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-53 神殺しⅠ

 頭が割れそうなほどに痛い。


 脳の奥底まで到達する、長い釘を打ち込まれたかように、何度も鋭い痛みが走る。その度に、視界が白く塗りつぶされ、発狂しそうになる。


 いや、もうすでに狂っていた。


 クロノスは、自分の中でちぐはぐになっている記憶も、意識にも興味が無かった。神経が末端から失われていき、致命的なダメージが内部で進行しているのも理解していた。


 世界か、あるいは自分か。


 そのどちらかが壊れるまで、そう遠くないと予感めいた物を抱いていた。


 ―――だから、なんだ。


 一切合切全てを投げ打って、何もかもを削ぎ落し、その果てに残ったのは、レイという存在。彼女は彼に執着する。


 彼を守る、彼を助ける、彼を救う。ただそれだけが自分の存在する理由であり、それ以外は要らない。レイの周りに居る存在も、自分の本来の役割も、そして自分が立つ世界だってどうでもよかった。


 レイが技能スキルを発動するのと同時に、彼女も権能を発動した。


 時を止める権能だ。


 時を刻む歯車に、無理やり棒を突きさしたように、世界が動かなくなる。


 コウエンとの戦いは、クロノスに死への恐怖を認識させ、より強い力へと成長させた栄養となっていた。コウエンとハヅミという、人よりも上位の存在が居ながら、彼女は時間停止の権能を発動できたのが証拠だった。


 生物の時間だけが止まる空間。クロノスは狂ったような笑みを貼りつけ歩いていく。


 水晶の草は彼女の白い足を裂くことなく、見えない膜に踏みつぶされていった。


 ばりん、ぱりん、ぱりん。


 時間の止まった世界に、それだけが響き渡る。


 神としての力を取り戻しつつあるクロノスの時間停止は、これまで以上に時間を止めている。数秒から数十秒。あるいは数分か。


 カタリナの影から解放された時にあった距離は詰められ、彼女はもう、手を伸ばせばレイに届く位置へと到達していた。彫像のように動かないレイに、病的な白い手が伸びていく。それは、前回の戦いを焼き増ししたかのような流れだった。


 だが、その手にするりと絡みつく何かに、クロノスの意識は硬直した。神の証たる青い瞳が、何かに気づけたのは、動かない世界で動いたという違和感からだった。


 それは、影だ。


 漆黒よりも暗い影が、平面では無く立体に浮き出ている。あたかも人の指のように、クロノスに絡みついている。


 視線を滑らせると、クロノスの手を掴んだ指は、腕に繋がり、肩らしきものがあり、そして人のような形をしていた。


 そこに居たのは起立した影と形容するべき黒い塊だった。平面のような、立体のような、現実感の無い存在が、クロノスの行く手を遮る。その行動に意思を感じた。


「『……誰かは知りませんが、邪魔をするなら駆除するだけです』」


 クロノスは神気を解放し、影を威圧する。リザ達ならば、膝から崩れ落ちてもおかしくないほど高密度な神気だったが、影は身震いもしなかった。


 そればかりか、レイへと伸ばした手を思い切り振り回され、彼女の体は宙を舞った。攻撃なら無効化する神の守りだが、単なる接触を攻撃とは認識できなかった。上下が逆さまになる中、クロノスは歯車を生みだして態勢を直そうとするも、失敗してしまった。


 地面に着地する寸前、神の守りによって彼女に掛かるはずだった衝撃は霧散した。代償に水晶に大きなヒビが走った。


「どう、やら……時間、停止と、他の権能の、両立は、出来ないみたい、だな」


 時の止まった世界に新しい音が生まれる。それを声と呼ぶには余りにも耳障りで、まるで錆びた歯車を無理やり回した事による軋みのようだった。


「『本当に、誰なんですか、貴方は!? 貴方のような存在、私は知りません!』」


 苛立ちを隠せないままクロノスが叫ぶと、人の形をした影は肩を震わせた。


「くはは。記憶を消され、ているのに、知らないって断言できるのは、変じゃねえか。まあいいさ、どうでも。誰かって問われれば、答えは一つさ」


 途切れ途切れだった発音は流暢になった。もしも、のっぺらぼうの影に顔があれば、間違いなく嘲笑が浮かんでいたはずだ。耳障りな声に嘲りの色を乗せて、それは名乗った。


「俺は影法師。レイの中に住み着き、神に憎しみを抱く存在さ」







 時は少しばかり巻き戻る。レイの精神世界。死を想起させる乾いた大地で向き合う影法師と向き合うレイは、告げた内容を繰り返した。


「フィーニスの影を使うのは、お前だ」


「……神のストーキングで頭にウジ虫でも湧いたのか。お前、なに馬鹿げたことを言いだしてやがんだ」


「どこら辺が馬鹿げたことなんだよ」


「全部がだよ、全部」


 影法師は、どうして自分がこんな事を説明しなくてはいけないのだと思いながら、言葉を続けた。


「俺が影を使うってのは、お前の体を奪うという事だぞ。言っておくが、一度主導権を奪ったら、お前の事なんざ知らねえ。役目と同時に返すなんて殊勝な事をすると思うか?」


「いや、全く」


「あ? なら、なんでそんなふざけた事口走ってんだ」


 影法師にしてみれば、フィーニスが仕込んだ聖印は大きなチャンスだった。最終的な目標の為に、レイを強化させる必要があった彼にとって、『魔王』の力は天の恵みだった。取り込み、フィーニスの憎悪をすり粒さえすれば、魔人になることなく力だけは手に入ると算段した。結果的に、それなりの時間や手間が必要だったが、目論見は果たした。


 レイの中に入りこんだフィーニスの憎悪は、無数の人格で磨り潰された。残ったのは自分が握る、力の核だけ。あとは、それをレイが取りこめば終わる話だ。


「それとも、まさか。この期に及んで、フィーニスの力を借りるのが嫌だとか、甘えた事を言ってんじゃねえだろうな」


 思わず語気が荒げてしまう。此処までお膳立てして、梯子を外されてはたまらない。最後までレイの中にある甘い気質は、この先足を引っ張りかねない。


 そういう意味では、フィーニスの影は踏み絵だ。


 ナリンザを殺したフィーニスの力を受け入れられる覚悟を、影法師は求めていた。


「そうじゃない。そりゃ、フィーニスの力を使う事への抵抗が全くないとは言わない。だけど、それが理由でお前に使えって言ってるわけじゃない。これは、可能性とキャパシティの問題だ」


 どういう意味だと訝しむ影法師の前に、レイは自分の胸に手を当てた。触れた部分から炎が起き、一つの形となった。


 レイの体から顕現したのは龍刀コウエンだ。


 もちろん、本物の龍刀はレイの肉体と共にある。精神世界にある龍刀は、レイのイメージであり、コウエンから受け取った赤龍の力その物だ。


 乾いた世界に落ちた太陽のように、龍刀を中心に熱気が渦巻いている。


「今の僕は、コウエンから受け取ったこの力を使いこなせていない」


 情けない事を言っているという自覚があるのか、レイの顔に悔しさが滲む。伝説の存在を素材とし、当代一の鍛冶師によってこの世に生を受けた刀は、手に入れて来た時からレイの力量では満足に振るう事は出来なかった。


 レイの実力が上がるにつれ、段階的に力を引き出す事に成功していた。龍刀に宿るコウエンが魂の交換を行う事で、レベル以上の力を一時的に引きださせていた。だが、レイの精神世界から消える際に、彼女は残っていた力をレイに注ぎ込んでいた。


 これによって、龍刀の力を全て引き出す権利を得たが、実際に引き出せるかどうかは別だ。どうにか半分程度。今のレイが引きだせるのはそこまでだ。


「龍刀の、赤龍の力はこんな物じゃない。もっと引き出し、安定させればどんな奴が相手でも戦えるはずなんだ。それが出来ていないってのは、単に僕がそこまで到達していないだけの話だ」


「自分が弱い事をちゃんと理解しているじゃねえか。だったら、なおさらフィーニスの力を使え。そうすりゃ、龍刀の真の力だって、自由自在になる」


「うん。多分そうなるだろう。でも、それは危険だ。フィーニスの力はフィーニスから分け与えられたんだろ。だったら、フィーニスが取り戻す可能性だってあるはずだ」


「あ? ……そう言う事か」


 影法師は、レイが何を気にしているのかようやく理解できた。


「フィーニスの影は、いずれ失う可能性があるって事か。失うかもしれない力に縋っていたら、いざという時に脆く崩れ去っちまう。だから自分で使わないと決めたのか」


 フィーニスの気まぐれから刻まれた聖印。レイを魔人にする為に刻み込んだはずが、レイが魔人にならず力だけを利用していると知った時に、フィーニスがどんな反応をするのか予想が付かない。ただ、与えた力を取り戻せるとしたら、フィーニスの影を使って足りない実力を補っていた時は致命的だ。


「失うかもしれない力に、自分と仲間の命は預けられない。それが僕の出した結論だ」


「……頑固者め。まあ、筋は通っている。じゃあ、俺に使えって言ったのは、ありゃなんだ?」


「現実的な問題、クロノスを止めるのに一つでも力は必要だ。でも、いま新しい力を僕が手に入れたとして、それを使いこなせるとも到底思えない。龍刀だって満足に使えこなせていないんだ。そこに影が加われば混乱する。両手で文字を書くような器用な真似、僕には出来ない」


 妙な例えだが、レイが不器用だというのも理解できる。すると、レイは影法師の持つ黒い球体を指差した。


「それに触れた時、《魔王乃影》の使い方が頭に流れ込んできた。カタリナやクリストフォロスのように転移は出来ない。僕との戦いで見せた、影を立体化する技能スキルだ。僕は、それでお前を具現化する」


「……はぁ!?」


「僕の精神世界に居たコウエンだって肉の体に転生できたんだ。お前だって出来るはずだ。今こうして、人のように振る舞っているのを、精神世界から現実世界に持っていくだけだ」


「お前、そんな、簡単に……いや、だが」


 あまりにも奇想天外な発想に動揺を隠せない影法師。混乱する同居人にお構いなしにレイは続けた。


「それに具現化したお前なら、多分クロノスの、神の持つ法則は適用されないはずなんだ」








「『あり得ない。どうして、この時間の止まった世界で、動けるのですか!?』」


 ゆっくりと立ち上がったクロノスは叫んだ。視線の先で、レイ達を庇うように立つ黒い影、影法師は自分の体がどこまで動くのかを確認する様に揺らしていた。


「お前の時間停止はあれだろ。生物の時間を止める。悪いが、俺は生物じゃない、ただの影だ。権能の範疇に収まらねえよ」


 狂った思考と同じようにクロノスの権能も正常とは言えない。時間停止の権能も対象が限定されていた。その範疇から外れた影が躍るように地面を跳ねた。


「くはは。まさか、こんな形で表に出る事になるとはな。それも、お前ら神が相手なら、不足も不満もねえな」


 人の動きというよりも、獣のような動きで距離を詰める影法師。クロノスが応戦するよりも前に、影法師の拳が降り下ろされる。


 その拳を放ったのが、レイやリザなら、神の守りに防がれただろう。同様に影法師の拳もまた守りによって阻まれた。だが、不可視の守りはゆっくりと削れて行き、次の瞬間にはクロノスに届いた。


 衝撃は減衰されていたが、それでも一撃は一撃だ。よろめくクロノスは三度信じられないという顔をする。


「『どうして、どうして! 私は守られているはずなのに!?』」


「そんなの俺が知るか」


 影法師は短く吐き捨てるが、一方でレイの考え通りになった事への不満を抱いていた。レイが影法師の具現化に固執したのは、こうなると考えてのことだ。


 クロノスに攻撃の類が一切無効なのは、一週目のエルドラドにおける法則が場を満たしているからだ。コウエンや《ミヅハノメ》のような上位存在が居る事で、現在のエルドラドにおける法則が浸透していき、攻撃無効化の守りは剥がれていく。なら、人間でも精霊でも古代種でも無い存在の攻撃はどうなるのか。


 答えは―――誰にも分からない。分からないからこそ、未知だからこそ、レイはこれに掛けた。自分がフィーニスの影を使用すれば、それは技能スキルの範囲として処理される。だが、影法師を具現化したらどうなるのか、やってみないと分からない。


 結果として、レイは賭けに勝った。攻撃無効化の守りは健在で、僅かなダメージしか与えられないが、それでも影法師の攻撃は通じるのだ。


「くははは。アイツが偉そうにするのは我慢ならないが、神をこの手で殺せるとなれば話は別だ。腹立たしいが、感謝の一つもしてやるぜ、レイ!」


 そう言うと、影法師は腰を落とした。体を構成する影が波打つと、空の手に槍が握られていた。槍を手にし、構えた姿は洗練された武芸者を思わせる。


 無言の圧力となってクロノスを威圧していた。


「さあ、どうする? このままじゃ、なぶり殺しにされるのが関の山だぞ」


「『―――っ、舐めないでちょうだい!』」


 苦渋に満ちた表情のままクロノスは吼えた。途端、世界を止めていた棒は抜け落ち、止まっていた時間が流れだした。


 時間停止から解放されたレイ達は状況を確認する。真っ先に気づいたのはリザだった。


 自分たちの前方でクロノスに立ちふさがる黒い塊を見て、


「あの黒い塊。もしや、あれが影法師ですか」


「どうやらそうみたいね。そして、主様の予想通り、時間停止の状況下でも動けるみたいね」


 事前に、レイから説明を受けていた仲間達は、驚きはすれど困惑はしなかった。むしろ、状況からして時間停止中にも動き、レイを守っていたという事実に安堵をしていた。時間停止という厄介なカードは、これで破れた。


「って、あれ見て! 凄い数だよ!」


 レティの警告に全員がクロノスの背後を見た。そこには塵から生み出されたかのように膨大な数の歯車が形成されつつあった。大きさは様々だが、どれもが人の命を奪うのに十分な威容をしていた。


 クロノスの視線は影法師にのみ集中している。流石の影法師でも、あれを全て捌くのは無理だろう。レイは助けようとするが、それよりも早く歯車が降り注いだ。


 雨あられに落ちる歯車は、破砕音を立てながら水晶の地面に突き刺さる。即死不可避の塊を、しかし影法師は見事に捌いていた。直撃するかどうかを瞬時に見極め、直撃する物だけを槍で弾き、あるいは貫いていく。槍の間合いから内側に、歯車は近づけない。まさに結界のような守りだった。


「何と見事な腕前でござるか。あれは一角の武人、否、達人の領域でござるな」


 ヨシツネの状況を忘れた呟きに、レティはある事を思い出す。それはレイと出会って間もなくの頃。スタンピードが発生し、レイが魔法工学の道具でモンスターを蹴散らし、一気にレベルアップを果たしたのと同時に気絶した時だ。


 レティが手伝っていた治療院に運ばれたレイは気を失っていた。そこに襲来したモンスターを、レイは気絶したまま槍で撃退したのだ。当時、槍使いとの戦い方を学んでいたが、素人同然だったレイがあれほど見事な槍を扱えるのは不思議だった。


 今なら理解できる。あれはレイの中にいた影法師のお蔭なのだ。


 そうなると謎は残る。影法師はスタンピードを生き延びた事への罪悪感から発生した存在の筈。それがスタンピードの時にはレイの中にいたのだとしたら、影法師とはレイの根源に関わる存在ではないか。


 抱いた疑問を伝えるべきかどうか悩むレティは、そっとレイを見つめた。影法師の戦いを眺めているレイの横顔は苦しげで、汗が滲んでいた。


「大丈夫、お兄ちゃん?」


「ああ、まだ大丈夫そうだ」


 苦痛を隠すように笑ったレイに、怒号が飛んだ。


「お前ら! 俺を働かせて高みの見物とは良い根性してるな。あとで祟ってやるぞ」


「そんな力があるのか、お前に? まあ、いいや。とりあえず、手はず通りに。まずはリザ、君から頼む」


「おまかせ下さい。全身全霊を賭して、クロノス様の()()()()()()()()()()


 レイが言うと、少女が一歩前へと出る。金髪をなびかせ、覚悟を決めた面持ちを正面に向けた。


読んでくださって、ありがとうございます。

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