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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第2章 祭りへの旅路
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2-32 道が重なる時

「はぁ? 仲間を増やすやり方?」


 冒険者で賑わう食堂。ファルナの素っ頓狂な声が騒めきに飲み込まれて消えた。僕らが泊まる事になった宿の隣。むっつりと押し黙ったロマンスグレーの中年男性が給仕を務める食堂に僕らは居た。控えめにノックしたファルナに誘われて夕食を一緒に取る事にした。


 円形のテーブルに僕とリザとレティ。それにファルナとカーミラさんが座る。この二人は食事をとった後は特別地域にある商会の店で寝ずの番をするそうだ。終るのは明日の明け方。それから一眠りして昼食を一緒に取ってから鍛冶王の工房に向かう事を約束した。


 出された王国名物の料理に舌鼓を打ちながら、ファルナに質問を投げかけた。


「そう。ほら、ネーデの街のギルドでさ、僕に声をかけたとき、もし僕が強かったら『紅蓮の旅団』に口を聞いてやるって言ってたじゃんか。あんな風に直接声を掛けるしかやり方は無いの?」


「ファルナ……貴女、また勝手にスカウトしているの?」


 卵スープを口に運んでいたカーミラさんが咎めるような視線を送る。ファルナは苦笑いを浮かべながら肯定も否定もしない。代わりに机の下で僕の脛を蹴り上げた。


「イタッ! 何すんだ―――」


「―――ちょっと黙ってな」


 抗議の言葉は鋭い一睨みによって黙殺された。メインの品である鴨肉のローストを大皿から取り分けたファルナが詫びのつもりか僕の皿にも肉を数切れ程乗っけた。


 飴色に輝く皮と純白ともいえる肉の色合いが食欲をそそる。フォークで肉を口へと放り込んだ。期待に反せず、ジューシーな鴨肉は口内で踊り、胃へと落ちていった。


「まあ、普通に仲間を増やしたいならギルドに相談するのが手っ取り早いよ」


 同じように鴨肉を頬張ったファルナが口直しに酸っぱいドレッシングが掛かった数種類の香草のサラダに手を伸ばした。口に入れただけで眉をしかめる。僕も食べたけど、ドレッシングもさる事ながら香草自体が酷く苦い。とてもじゃないが食べきれそうになかった。


 そんな僕らの救世主は隣に座るリザだ。いつもの無表情のまま、手だけはリズミカルに動かしてサラダを食すのを戦慄と共に見守った。味の感想を聞くと、


「大変、美味です」


 と、短く答えるとまた手だけを動かす機械へと戻っていた。少なくともその淀みない動きを見る限り満足している様子だった。


 そんな姉を尻目にレティは団子にゴマを散らしたゴマ団子を美味しそうに食べている。


「これすげぇ苦いな。アタシにゃ、無理だ」


「―――では私が」


 間髪入れずに伸ばされた手。もちろん持ち主はリザだった。悪いね、と口にしながらファルナはサラダの皿を彼女に渡した。


「……それでさ。ギルドに相談するってどういう事?」


「あ? ほら、普通の冒険者は登録した後にギルド付きの指導教官、大抵は引退した元冒険者による初心者講座があるだろ?」


「待った。……そんなの見たことも聞いたことも無いよ」


「そーなのかい?」


 目をまるくして驚いていた様子だった。僕はつい先ほど冒険者になったばかりのリザとレティにも確認の為に視線を送る。二人は食事の手を止めると首を横に振った。やはり二人もギルドの職員からそのような話は聞いていない。


 僕自身、少なくともネーデの街でそんな講座の存在は聞いていなかった。アイナさんの事だ。そんな重要な事を伝え忘れるとは……いや、あの人ならあり得るか? 支度金を渡し忘れたと口にしていた、年上に見えないギルド職員の事を思い出した。


 不思議そうに首を傾げるファルナに対してカーミラさんが口を開いた。


「初心者講座を必ず行うかどうかは各支部の裁量に任されてるわ。行うにしても月に一度、その月に冒険者になったばかりの新人を集めたりしてね。それにもうすでに戦闘を繰り返してレベルの上がってる冒険者には声をかけない場合もあるわ」


「へぇ、そうなんだ。そういや、アタシも参加してないな」


 感心した口ぶりで応えたファルナの隣で僕も納得した。恐らくネーデの街ではタイミングが悪かったのだろう。それにリザとレティはすでに初心者とは言えないレベルだ。初心者講座に呼ぶ必要が無いと判断されたのだろう


 気を取り直したファルナが続けた。


「普通の冒険者ならその初心者講座に参加した人同士で即席のパーティーを組んだり、街に定住しているパーティーやクランに参加したりする。それでもそこに馴染めない時はソロで活動しながらギルドにパーティー参加希望を届けるんだ。だから仲間を増やしたいんならまず、ギルドに行くのが筋さ」


「成程ね。……ちなみに僕らのパーティーに参加してくれそうな人っているかな?」


「そりゃギルドにどんなのが届を出してるか次第だけど……アンタはしばらくこの街を拠点にすんのかい?」


「いや、精霊祭が終わったら旅に出るつもりだよ」


 言った後、一瞬だがファルナの瞳に寂寥感のような暗い影が差した。ほんの一瞬の事だったので見間違いかと思い、瞳を覗きこんだがその時にはもう影のような物は見えなかった。


「うーん。やっぱり、定住を望まないで旅を続ける冒険者ってのは大抵何かしらの事情を抱えているわけ。そういった訳ありなら例え新人冒険者のパーティーでも参加するかもね」


 木のコップに注がれた水で口を洗ったファルナが言葉を継ぐ。


「アタシの経験則だとそういう奴は癖が強いからホントはお勧めしたくないけどね」


 と、真剣な表情で心情を吐露する


 それを聞いて僕は心の中で、


(これ以上癖の強い人は勘弁してほしいな)


 と、思ってしまう。


 それから和やかに談笑しつつ食事は済んで、僕は一人会計を済ませる。

 ファルナとカーミラさんの分も僕が支払う、と言うわけでは無い。実はこの店の主人は隣の宿屋の女将、カザネさんの旦那さんだ。


『紅蓮の旅団』の冒険者は精霊祭の間、ここでの食事の会計を全てジェロニモさんに回しているのだ。最初から僕らが頼んでいた分は別会計として計上してもらっていたため、会計はスムーズに終わる。


 入り口の前で集まっていると他の迷惑になるからと外に出たリザとレティとカーミラさん。一方でファルナは僕の会計が終わるまで待っていた。外に出ようと振り返った僕を遮るようにファルナは立ちすくむ。いつもの勝気な表情は鳴りを潜め、何かを言いたげに口が動く。


「何か用なの、ファルナ?」


「あーいや、うん。その何だ……そう! お前ら次はどこに行くんだよ!? もう、決まってんのか」


 口籠った末に出た質問は何だか取り繕ったような偽装を感じた。だけど深く追求するのも野暮だと思い黙殺する。


「学術都市に向かうつもりだよ」


 短めに言い放つと、ファルナはふーん、とつまらなそうに返した。


「それじゃ、東回り・・・で進むんだね」


 スイングドアを開けようとしたファルナの手を思わず掴んでしまう。驚いた彼女の顔に朱が差したが構わずに店内へと連れ戻した。


「ちょっと、何すんだよ!」


「いいから、ちょっとこっちへ」


 僕の剣幕に驚いたファルナは大人しく付き従う。冒険者の喧騒で賑わう店内の隅へとファルナを連れて行った。ここなら外に居る二人からも見えないはずだ。


 手を放して、何故か顔を赤くしているファルナに口を開いた。


「東回りってどういう意味だ? 僕らは南に向かって南方大陸に向かってから中央大陸に向かうつもりだ」


「はぁ? 何でそんな遠回りをするんだ。普通に東に向かって行けばいいじゃないか」


 顔から赤みを消した彼女は心底意味が割らないという表情で続けた。


「バルボア山脈を越えて東方大陸の東へと向かって行けば港に着く。そこから西方大陸に渡り、帝国を横断して再び港から中央大陸に向かっていけばそんな遠回りをする必要はないだろ」


「それはそうだけど……山越えは素人でもできるのか」


「山越えじゃないよ。昔から山脈は鉱山の豊富な地域で東西から掘り進んでいるんだ。その内の幾つかが偶然繋がってトンネルのように両側を行き来できるようになったんだ。今じゃ馬車が通れるほどさ」


 特別でも何でもない常識的な事を口にしたような態度だった。聞いているうちにファルナの言い分の方が正しいように思えてきた。南北に長い大陸とは東西の方が短いという事だ。山越えが難しいと思い最初からその可能性を思いつかなかった僕はともかく、あの二人がこのルートを提示しなかった理由が分からない。


 トンネルの存在を知らない? 可能性は低いがあり得る。だけど、それでも東回りについて一言も口にしていないのは不自然だ。


 だとすれば、このルートを選ぶことで彼女たちにとって不利益が存在することになる。ファルナが口にしたルートを一から想像して―――答えが出た。


「帝国……か?」


「あ? 帝国がどうしたんだよ」


 不思議そうに聞き返したファルナに何でもないと返した。


(彼女たちが東回りを言わなかった理由として、一番可能性の在りそうなのは帝国か東方大陸の東側の諸国。このどちらかと関わるのを恐れているのかもしれない)


 そう、結論付けた。


「……ファルナ。悪いんだけど僕らが南回りで学術都市に向かう事は誰にも話さないでくれるか?」


「良いけどさ……なんか訳ありなんだね」


「そういう事。……ありがとう。恩に着るよ」


 礼を口にして店の出口へと向かった。道路で雑踏の中、遅くなった僕に飛びつくようにレティが体当たりをかました。


 小さな少女だけど、そこはやはり冒険者。見た目の軽さにそぐわない衝撃が僕を襲った。


「おそーいよ、ご主人さま!」


 抗議の言葉を口にしたレティに謝る。


「それではレイさん。私たちは仕事に向かいますのでこれで」


 丁寧にお辞儀をしたカーミラさんがファルナを連れて雑踏へと消えていく。去り際にファルナがこちらに気遣うような視線を送った。


 彼女も気づいたのだろう。南回りを誰が提案したのか。その理由にも。視線に対して僕は大丈夫だと、意志を込めて頷き返した。


 夜の街に繰り出した雑踏の波に飲まれ二人の姿は見えなくなった。


「それでは、ご主人様。私達も宿に戻りましょうか」


「……ああ。そうしよう」


 隣の宿へと向かうリザとレティの背中に視線を送る。この二人が故意に東回りのルートを提案しなかったとしたら、理由は彼女たちの秘密に依る物だろう。


(無理やり聞き出す、って手もあるけど……それがパンドラの箱を開ける羽目になりそうだしな)


 知りたい欲求をねじ伏せる。二人が話してくれるまでは黙っていようと決めた。少なくとも南回りを行く分には彼女たちにとっても安全な事なだろう。今はそれで十分だ。


(そう言えばファルナは一体何を言いたかったんだろう?)


 店を出る時の彼女の不自然な態度を思い出した。振り返り彼女の消えた方向に視線を戻したが、彼女の特徴的な燃えるような赤い髪は見つからなかった。


「どうしたの? ご主人さま。帰らないの?」


 焦れた様にレティが戻ってきて僕の手を取る。疑問は尽きないが道路の真ん中で案山子のように立ちすくんでも何も始まらない。二人に謝りながら隣の宿へと戻った。




「ファールナ。ちゃんと言えたのかしら?」


 ニヤニヤと笑いを浮かべたカーミラがアタシに声を掛けた時、アタシは別の事を考えていて直ぐには返事が出来なかった。


 多分、南回りを提案したのはリザかレティのどちらか、もしくは二人共だろう。二人の真意は分からないけど東回りだと都合が悪い何かを抱えていると推測できた。それをあえて黙っているレイの事を。


 都市の外にあるフェスティオ商会の店に向かう道すがらずっとその事で頭を悩ましていたアタシはカーミラのいう事が咄嗟に理解できなかった。


「……何のことを言ってんのさ?」


「またまた。レイさんに一緒に行きたいって言わなかったの?」


「―――はぁああ!!」


 思わず大声を上げてしまう。すれ違う人々がアタシを奇異の目で見るが気にする余裕は無い。的外れな事を言われて驚いたのではない。胸中を精確に言い当てられた動揺を隠すように大声を上げたのだ。


 年が近いため姉のように慕うカーミラは含みを持った笑みを浮かべてアタシを小突く。


「誤魔化さないでよ。貴女の考えていることぐらい顔に全部出ているのよ」


 得意下に言いきられると少しだけ腹が立つ。


「それで? どうなのよ、ファルナ?」


 黄色い瞳に好奇心を宿らせたカーミラがしつこく聞いてくる。ため息を吐きながら否定する様に首を振った。


「言おうと思ったけど、止めたよ」


「……よかったの? それで」


「まあね。アタシにはアタシの夢があるし、この業界、広いようで狭いからまたどこかで道が重なるさ」


 カーミラはきょとんとした後、なぜかアタシの背中を思い切り叩いた。景気の良い、弾けるような音が響き渡る。


「―――っう!? 何すんだよ?」


「男前にも過ぎるわよ、貴女は」


 呆れたような笑みを浮かべてカーミラは雑踏を突き進んだ。アタシはその背中を追いかける。




「そう言えば、この問題があったのを忘れてたよ」


「―――そうでしたね」


 困ったように呟いた僕に、同じように困った様子で同意したリザ。夕食も終わり、公衆浴場で体を清め、鎧や武器の手入れを終えた僕らの前に一つの難題が突き付けられた。


 目の前にあるのは部屋に一つしかないベッドだ。

 楽しそうに鼻歌を歌うレティを恨めしく思ってしまう。


 問題とはどの並びで寝るかだ。


 レティは僕を中央に置いて二人が両側に寝るのを提案した。この案は僕が却下した。手を出すつもりは無いけど両側に美少女二人を侍らして眠るのは精神上よろしくない。


 代わりにレティを中央に置いて僕とリザが両端を取るのを提案すると、リザに物凄い勢いで却下された。それはもうはっきと侮蔑の視線まで送られた上でだ。


「じゃあ、どうやって寝るのよ、お姉ちゃん」


 じれったく思ってか、語尾を荒げたレティに急かされるようにリザが口を開いた。


「わ、私が真ん中になって防波堤になります」


 真っ赤になって宣言したリザ。彼女に向かって防波堤ってどういう意味だと問いただしたかったが、彼女の鬼気迫る迫力に負けて頷くしかなかった。


 ―――結局、常に着ていた鎧を外した僕らは左端にレティ。真ん中に彼女の方を向いて抱きかかえるリザ。そして僕が反対の方を向きながら右端に陣取った。


「じゃあ、お休み」


「お休みなさいませ、ご主人様」


「お休みなさーい、ご主人さま」


 明かりを消してベッドに潜りこむ。


 首都に着いてから忙しく動いていたため体は疲れている。だけど、目を瞑っても眠気は訪れない。


 隣に年下とはいえ、誰もが認める美少女が寝ていると思うと余計に緊張してしまう。インナー越しの背中にリザの温もりが伝わり、目を瞑ったせいで彼女たちの呼吸音すら聞き取れそうになる。


(こんな状況で寝れるわけが無いだろ!?)


 僕がようやく眠れたのはそれからしばらく後になってからだ。


読んで下さって、ありがとうございます。

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