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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-27 新居

 屋敷が手に入ったからといって、すぐに入居出来る訳ではない。


 地層の如く重なった埃を落として、必要な家財道具を、バザーなどを巡って調達していき、キュイが内庭の馬房で寝泊まりできるように食料を買い込み、関係各所を周って書類や税金などの手続きや講習を受けたりとやる事は山積みにあった。


 それらを一つずつ終わらせていき、やっと屋敷に住めるようになったのは、購入してから二週間ほど過ぎていた。


 暦はまだ秋だというのに、学術都市に初めての雪が降り出したその日、モランヌが引っ越しを終えたばかりの新居を訪れた。







「レイ様、おはようございます。おやすみの所申し訳ありませんが、おきて下さいませ」


 扉越しの控えめな声に意識が覚醒する。斜めに傾く屋根をぼんやりと見つめ、何かあっただろうかと眠たげな頭で考えてみる。新居に引っ越して数日、一通りの荷解きを終えて、今日は何の予定も入れていないはずだ。


 声の調子と同じぐらい控えめなノックに、レイはベッドから降りる。そして扉を僅かに開けると、青い瞳と視線が合った。


「おはようございます、レイ様」


「おはよう、リザ。それで、今日はどうしたんだい。何か用事でも入っていたかな」


「いえ。実は下にモランヌ様がお見えになっていまいす」


 学長付き秘書の名前を出されてあれと首を傾げる。彼女と会う約束をしていだろうか。


 そんなレイの疑問をくみ取ったリザが小さく首を横に振った。


「お約束はしていません。どうやら、至急の用らしく、応接室でお待ちになっています」


「そうか。分かった、着替えたらそっちに向かうから」


「畏まりました。それではその間、私がお相手をしています」


 任せたと言うと、リザが自然な動作で階段を降りて行った。モランヌの来訪目的は不明だが、待たせる訳にはいかない。寝間着から人と会っても問題ない格好へと手早く着替えた。


 ふと、部屋の中を見ていささか薄暗い事に気が付いた。天窓の方を向けば、屋根に嵌められた天窓が白く蓋をされ、弱い日光しか届いていない。


「雪が降ったのか。でも、全く寒くないのは流石だな。……いや、これって周りが火事になった時も気が付かないんじゃないか。燃えはしないだろうけど、そこら辺はどうなんだろう」


 どうでもよい疑問を一分ばかり考えて、モランヌを待たしていたと思いだす。扉を開けると屋根裏から下へと向かって降りていく。


 レイの部屋は屋根裏部屋に決定した。


 理由の一つとしてパーティーのリーダーであるレイが最も高く、広い部屋を使うべきだと周りから強く勧められからだ。特にヨシツネは、


「天守閣こそ殿の住まう場所。ましてや主君の上で眠る従僕なぞおりませぬ」


 と、断固として譲らなかった。


 結局、誰も使わないならとレイは屋根裏部屋を自分の部屋に決めた。


 普通なら屋根裏部屋は住居としては使われない。屋根のすぐ内側は外の気候に影響を受けやすい。夏になれば一番暑く、冬になれば一番寒い、それが屋根裏部屋だ。ところが、この屋敷は魔道具化しているお蔭か、気温が一定に保たれている。今も雪が降っていた事にすら気づかなかった。


 レイの部屋はもっとも広いが、もっとも家具が少ない。


 衣服などを収める棚に、武器を掛ける飾り棚。多少の物書きが出来る簡易な机と椅子にベッドとシンプルだが本人は特に気にしていない。


 一つ下の四階は、部屋が二つあるが、どちらも空き部屋だ。いずれはレティか、シアラが魔法に関する書物や調合に使うための薬草などを保管しておく部屋になるのだろうが、資金不足のためどちらも計画すら動いていない段階だ。


 無人の階を通り過ぎて三階へ降りる。


 ここはレティとリザ、シアラとエトネが相部屋で使っている。レイとしては空き部屋があるのだから、全員一人一部屋でも良いのではと口にしたのだが、彼女たちはこちらの方が落ち着くと断ったのだ。


 部屋の家具で共通しているのは二段ベッドぐらいで、あとは個々人の趣味や嗜好が反映された内装となっている。


 例えば、リザとレティの部屋にはバザーで格安で売られていた頭の無い小さな像とキャンドル、そして色とりどりの花が供えられている祭壇があった。この像は13神を模った像らしく、修道院では朝に拝礼していたという。


 旅の間も、太陽に向けて感謝の言葉を呟いて祈っていた姿をよく見かけていた。


「お兄ちゃんを苦しめる元凶が居るかもしれないのに、祈ってるのは不快かな。嫌なら、辞めるよ」


 前にそう尋ねられた時、レイは気になするなと言った。


「僕は……というよりも御厨玲は無神論者だったからあまり共感は出来ないけど、君の中で神に祈る事が生きていくことに必要な事として根を生やしているのなら、それを無理に辞める必要なんてないよ。13神の中に『黒幕』が居るだけで、他の12柱が本物の神様なのは変わりない事だしね」


 そう答えたレイにレティはどこか申し訳なさそうに、しかし嬉しそうに頷いていた。


 リザとレティの部屋が修道院めいた雰囲気があるとしたら、シアラとエトネの部屋は学校の教室めいた雰囲気がある。


 部屋の片隅には旅の間に使っていたエトネの勉強道具が整理され置かれ、新しく購入した机はエトネの大きさに合わせてある。まだ真新しい小さな黒板は、シアラが勉強を教える時に使う予定だ。


 そんな女性陣の階を降りると、二階へと到着した。


 ここは階段近くの部屋にヨシツネが、もう片方の部屋は食事を取る部屋となっている。


 ヨシツネの部屋は本人の希望でベッドでは無く綿を入れた布団だ。家具なども箪笥などに似た和風の物で構成されている。やはり、こういった者の方が落ち着くというのは本人の談だ。


 木の板に布団を敷くヨシツネに、レイが畳は必要ないのかと尋ねると、彼はきょとんとした顔で畳を敷いてどうなさるのですかと問い返した。どうやら、ヨシツネが居た時代では畳はそれほど普及しておらず、ごくごく限られた人にしか使われていないようだ。


 レイが畳を敷けば過ごしやすいのではないかとアドバイスすると、それも面白そうでござると市場からイグサに似た植物を集めて畳作りを始めた。完成するのは何時になるかは分からないが、出来たら少し分けてほしいとレイは密かに企んでいた。


 どの部屋もまだ最低限の家具や道具しかない。屋敷に入って日が浅いと言う事もあるが、大きな理由としては金欠がある。屋敷を購入する際に小切手を使い切り、残った財産を切り崩して最低限の家具などを揃えた。


 いずれ迷宮に潜って魔石やモンスターの素材を回収して金に換える必要がある。いや、いずれなんて悠長な時間は無い。時間が経つにつれて資金は減っていく。迷宮に潜るにしても、その間の食料や物資などを購入する費用が必要だ。その分は別にしているが、このままだとそれにすら手を付ける事になる。


 昨夜は《ミクリヤ》の資金難をどうするかという話し合いをした。やはり、冒険者らしくモンスターを討伐し、同時にクエストなどをこなしていくべきという考えがリザとシアラから出た。


 そんな中でレティは、別の方法で財産を築くという事も視野に入れるべきだと主張した。全員が必ず無事に迷宮から戻って来れるかどうかは分からない。限りなく、危険を排除して安全策を取ったとしても、何が起きるのか分からないのが迷宮なのだ。


 レティが考えたのは、御厨玲の持つ知識を使ってこの世界に無い商品を世に送り出したり、ある程度の資金が纏まったらそれを元手に商売をしたり、あるいは誰かに投資してみるのもありなのではないか、と。


 元々、学術都市に来たのは自分の謎や世界崩壊への対抗策などを調べるためで、それらの時間を削って生活費を稼ぐために迷宮に潜るというのは本末転倒な部分も確かにあった。レベルアップを果たすのも目的の一つだが、生活費を稼ぐという目的が先行してしまっている。


 レティの案も悪くないと考えつつも、今は良いアイディアは思いつかなかった。御厨玲の知識から商品を作るにしても、この世界では先人がやりたい放題ノーザンやエイリークした為に、ぱっと思いつく程度の事は大概先にやられてしまっている。


 とりあえず、迷宮に戻り安定した収入を得るのが先決だと、昨夜の会議は終わった。


 そんな事を思い出しながら階段を降りて一階に着くと、台所からレティが顔を出した。


「おそよう、お兄ちゃん」


「おはよう……そんなに遅いか、僕?」


「うん。だってもう皆、朝ごはん食べ終わってるよ」


「……そいつは、ごめんなさい」


 起こしてくれれば良かったのにという言葉を飲み込むと、レティは満足に頷いた。そして、レイの顔や寝癖を見て口を開いた。


「ほらほら。モランヌ様が待ってるから。顔を洗ってちょうだい」


 そのまま背中に周り、レイを台所に押し込んだ。流しがあるのは台所だけだ。


 学術都市は上水と下水が完備されており、蛇口を捻れば清潔な水が流れる。それだけでなく、魔法工学の力によって捻れば炎を出す台や、風を起こす道具なども売っている。


 レイが顔を洗っていると、横からレティが濡らした櫛で寝癖を直していく。タイミングを見計らって出されたタオルからは洗濯の際に使った香料が鼻孔を擽った。


 顔からタオルを離すと、入れ替わるように三角に切られたサンドイッチが口に押し込められた。トマトなどの新鮮な野菜の間に挟まった、ピリリとした香辛料が舌を突く。もぐもぐと飲み込むと、レイは他の皆はどうしているのかと尋ねた。


「シアラお姉ぇたちはこの前預けた武器や防具を取りに行きついでに、迷宮に向かう準備をしに行ったよ。途中でギルドによって、私達でも出来そうなクエストを見てくるって」


「そうか。……よし、じゃあ行ってくるよ」


「うん、いってらっしゃい」


 どこに、とは聞かれなかった。レイは台所から吹き抜けとなっているホールを抜け、通りに面した応接室の扉をノックしてから開けた。


 屋敷の正面には扉が二つある。一つはこの応接間に直接繋がる玄関。もう一つが、その応接間を迂回して階段のあるホールに繋がる通路の玄関だ。


 おそらく、この屋敷の中で最も金が使われている部屋はここだろう。


 シアラが商人と壮絶な値切り合戦の末に手に入れた絨毯は古い王国に伝わっていた特殊な織り方が特徴の珍しい品。壁に掛かった絵は、元はもっと大きな絵だったらしいが端から焼けてしまい止む無くトリミングしたという経緯を見破った事で格安で購入できた。


 他にも見た目は立派だが、訳ありで、尚且つ特殊な事情から安く購入できた品を上手く並べる事で、この応接室は豪華な装いをしていた。


 シアラ曰く、


「人は持ち物で相手を見定めるものよ。特に初対面で、向うが此方を利用するつもりでいるならね。だから、人を招く応接間ここだけは手を抜くわけにはいかないのよ」


 そいう物なのかとリザ達に尋ねると、彼女らも概ねそうだと同意したため、レイは彼女に任せた。そんな部屋に二人の美女が待っていた。


 椅子に座らず立ったまま客の対応をしていたリザと、出された紅茶を口に運んでいるモランヌの二人だ。どうやら和やかに談笑していたようだが、レイが入って途切れてしまったようだ。


「これはモランヌさん。ようこそ、いらっしゃいました。貴女が、この家に来た最初の来客ですよ」


「それは光栄な事ですわ。約束も取りつけずに来訪する不作法を、平にご容赦ください」


 優雅に微笑むモランヌ。すると、リザが脇に置いていた籠を取った。その中には色とりどりの果物が収まっている。


「こちらはモランヌ様からの頂き物です」


「正確には学長からの新居祝いですわ。どうぞ、お納めください」


「ああ、これはご丁寧に。どうもありがとうございます」


 果物はそのままリザが台所へと運んでいく。レイはモランヌの前に座ると、早速本題へと入る。


「それで、今日はどのような用事で? 何か、お約束をしていましたか」


 これまでの付き合いで彼女が飾り気のない、実直な人間だというのは十分に理解している。モランヌも気にした風も無くレイの前で居住まいを正した。


「本日参上したのは、学長からの伝言をお渡しする為です。こちらもお納めください」


 差し出されたのは書類が入った袋だ。レイは明けてもいいかと尋ねるとどうぞと返答があった。


 袋は蝋で封がされていた。その蝋に押された印章は、どこかマクスウェルの指輪と似ている。学長の持つ、繁栄の賢者の指輪だろうと当りを付けて、封を破った。


 中には厳かな書体で、エルドラド共通文字が記されていた。レイは一番上に書かれた文字を拾い上げる。


「特別異常存在対策研究機関の設立と概要に関した報告書、ですか」


「はい。以後、特異研と呼称されますが、その発足に関する説明をしに参りました」


 表紙を捲れば、特異研の概要や目的、組織図などがつらつらと続いていた。レイは視線を一度外し、モランヌを凝視した。


 彼女がどの程度まで事実を知っているのか。世界崩壊の事は、魂が肥大化した『七帝』の事は、世界救済を託された『招かれた者』の事は。どこまでを知っていて、どこまで彼女に話していいのか分からない。


 すると、レイの視線を汲んだモランヌが答えた。


「ご安心を、というとおかしな話ですが。私は学長付き秘書として、この世界に迫る危機と、そのために13神が遣わした奇跡に付いて存じ上げております。レイ様がその一人であることも」


「そうでしたか。では、この特異研について説明をお願いしても構いませんか」


「承知いたしました。では……特異研の目的は世界救済。その手段として『七帝』に纏わる大きな謎。何故、彼らの魂が肥大化したのかを探るための機関となります。機関の責任者、及び出資者はグラッセ学長が。研究の指揮を執るのはナタリカ博士となっております」


 出てきた名前にレイが顔を僅かに歪めた。学長室での話合い通り、彼女が登場してしまった。これで会わないという選択肢は消えた。


 レイの微妙な変化に気づいたモランヌが何かを言おうと口を開くが、その直前に開いた扉に先を越された。


「お話し中、失礼します。頂いた果物を剥きましたが、召し上がりませんか」


 レティが盆に剥いた果物を並べて持ってきた。モランヌは一瞬面喰ったような表情をさせたが、すぐさま打ち消した。


「そんな、頂けません。そちらにお贈りした物を頂くなんて」


「いえいえ。折角食べごろのナシがありましたから。どうぞ、遠慮なく食べて下さいね」


 譲り合う二人を尻目にレイはナシを一つかみ。しゃくりと齧りながら特異研の概要を目で追っていく。今の所、主要な研究員として名前が出ているのはナタリカことカタリナ・マールムただ一人だ。そして自分の名前は、そこから脇に記されていた。


「モランヌさん。僕の立場が明記されていなのはなぜですか」


 顔を上げて疑問を尋ねると、そこには何故か、モランヌにフォークで刺したナシを食べさせるレティが居た。


 夢かと思って目を瞑り、もう一度開けるとその光景はたちまちの内に消えていた。


「もぐもぐ。ごっくん。……失礼。レイ様の立場は専門家としての外部参加となります。ですが、それは公的な立ち位置なだけで実質的にはレイ様がこの研究機関の方針を決める長となります」


「それじゃ、学長の立場は?」


「学長は責任を取るための責任者です。特異研の方針や行動に異を唱えるつもりはありません。また、あの方はお忙しいので実際の業務全般の監督や実行は私が務めさせてもらいますので、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 折り目正しく頭を下げるモランヌにレイも頭を下げた。詰まる所、レイ、モランヌ、カタリナの三人が特異研の現時点での参加者と言う事だ。


「それでですが、レイ様。特異研発足にあたり、ナタリカ博士との顔合わせを提案しますが、どうでしょうか? 本日、お時間がありましたら、研究地区へと一緒に参りませんか?」


 横で話を聞いていたレティが小さく息を呑んだ。大筋が分からずとも、ナタリカと会う事の危険性は彼女も承知していた。気づかわしい視線を感じながらレイはどうするべきかと悩む。そして、


「……ええ、分かりました。ですが、この格好で外に出るのは寒そうなので、着替えてからでも宜しいですか」


 と、言った。モランヌは勿論だと頷いた。







「ねえ、本気で一人で会いに行くつもりなの」


「無茶が過ぎます、レイ様!」


 姉妹揃って眦を吊り上げ、語気を強める二人に、レイはごめんと謝った。場所は屋根裏部屋に移っていた。レイがコートとダガーを取りに向かうと、二人が付いてきたのだ。


 レティから話を聞いたリザは血相を変えて言う。


「ごめんじゃありません。相手は魔人カタリナ。そんな危険人物とお一人で会いに行かれるなんて、正気とは思えません!」


 姉とは違い、顔色を変えてはいないが、こちらも真剣な眼差しをしたレティが同意する。


「お姉ちゃんの言う通りだよ。せめて、お姉ちゃんを護衛に付けてよ」


「いいや。今回は僕一人で行くよ。正確にはモランヌさんと一緒だけどね」


「どうしてですか!? それでは殺してくれと言っているような物ではありませんか」


「そいつは違う……と思うよ」


 後半は自信を無くしたように言うレイに二人はどういう事だと顔を見合わせた。


「前提が間違っているんだ。彼女と僕らは敵対していない。確かに魔人は危険な存在だけど、僕らが戦ってきたのは六将軍。彼女は元六将軍だよ」


「ですが、あの女は水の都や蒸気船での事件に使用された毒物を作った危険人物ではありませんか」


「それだって作ったのは彼女だけど、使ったのは別の人間だ。彼女が積極的にばらまいたわけじゃない」


「それは……そんなの詭弁じゃないですか」


 その通りだ。リザの言う通り、これは詭弁だ。


 カタリナが危険人物であるのは間違いない。レイが一人で行くのも自殺行為に近い。


 だが、彼女と会う事は避けられない未来でもあったのだ。自分の中にある謎と、フィーニスの憎悪。その二つに対して、最も理解ある研究者は彼女だ。ならば、会うしかない。


 それにもう一つ。今でないといけない理由があった。


「……もしかして、シアラお姉ぇが居ないのも関係しているのかな」


 レティの鋭い指摘に、レイは降参だと肩を竦めた。


 彼女の言う通り、カタリナと一人で会うと決めたのはシアラが不在だからだ。この場に彼女が居れば、あるいはカタリナと会う事を知れば、彼女は止めに入るはずだ。あるいは付いて行こうとする。


 突然現れた母親に対して、心の整理が付いていないシアラに、カタリナと対面するのはまだ早いとレイは考えていた。レイ一人なら、何かあっても《トライ&エラー》で戻る事ができるはずだ。


 リザも同じ考えに達したのか、口を真一文字に結んだ。


「ごめんね、僕の我儘を通して。でも、どっかで会いに行かなくちゃいけないと思っていたんだ。だから、行くよ。留守を頼む」


「……承知しました。お気を付けて、行ってらっしゃいませ」


「無事に帰って来てね、お兄ちゃん」


 二人の心配する言葉と視線を受けて、レイはモランヌと共に雪の降る街へと歩き出した。


 曲がり角に差し掛かった時、モランヌが抱いていた疑問を小さく尋ねた。


「……その、レティシアちゃんの、あの格好はどなたの趣味なのでしょうか。いえ、大変可愛らしいと思いますが」


 奥歯に物が挟まった言い方だが、言外に貴方の趣味なのと聞かれているようにレイは受け取った。レイは家を出る直前のレティの格好を思い出す。


 黒を基調としたフリルの付いたメイド服。あれはとある人物からの貰い物だった。


「さる国の王子から頂いた品です。これまでの道中では使う機会が無かったので、ここぞとばかりに着ているみたいですよ」


「はぁ。そうなのですか」


 あまり納得していない様子のモランヌだったが、気を取り直して歩き出す。向かうのは高い壁に囲まれた研究地区だ。


読んで下さって、ありがとうございます。

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