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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-21 愛娘の家出

 まるで降り積もった雪に音が吸い込まれるような奇妙な静けさが机の上を支配する。深刻そうな表情をするロータスを前にして、《ミクリヤ》の面々は何と発言するべきなのか、誰もが答えを失っていた。


 隣に座る者をそっと伺い、どうするべきかと目で語り合う。


(これって冗談で言っているのかな。それとも本気で言っているのかな)


(知るわけないでしょ。ワタシよりもリザやレティの方が接点がある分、読み取れないの)


(……信じ難いですが、どうにも本気のようで。目が戦闘に赴く時と同じです)


(この空気に耐えられないよ。お兄ちゃん、どうにかして)


(僕がっ!? ……ああ、もう! 分かったよ!)


 戦場で鍛えたアイコンタクトの結果、レイが仕方なく口を開いた。


「……その、家出というのは何かの比喩表現なんでしょうか」


「言葉の通りです。確かに定住している訳ではありませんが、ファルナにとって『紅蓮の旅団』は家であり、所属している者は家族同然。そこを出れば家出と呼ぶべきかと」


「……つまり、ファルナが『紅蓮の旅団』を抜けたって事ですか」


 問いかけにロータスとマクベは首を縦に振った。


 ようやく、事の重大さをレイも理解し始める。


 ファルナにとって『紅蓮の旅団』は命以上に大切にしている場所だ。ロータスの言う通り、彼女にとっての家族であり、家と呼んでもおかしくない。他人には突き放した物言いをする彼女だが、身内には惜しみない愛情を注ぎ込み、同時にクランのメンバーも彼女に絶対の信頼と親愛を抱いている。かつて、彼女が単身で迷宮に挑み帰らぬ人になった時、ギルドに集まったメンバーの慟哭に胸を打たれ、レイは彼女を救う事を決心した。


 そんな彼女が『紅蓮の旅団』から離れるなんてあり得るだろうか。


「信じられません。ファルナが『紅蓮の旅団』を抜けるなんて。旅をしている間に、彼女から夢を聞いた事があります。いつか、クランの団長となって、もっと大きくしたい、と」


「あたしもその話を聞いたよ。お母さんが作って、お父さんが引き継いだから、娘のアタシが次の団長になりたいって。あんなに嬉しそうにしていたのに」


 レイと同じ気持ちなのか、リザもレティも信じられないとばかりに呆然としていた。


 そんな中、シアラが冷静に口を開いた。


「それで、ロータス様。ファルナはどうしてクランを辞めたんでしょうか。それに辞めたとしても、ちゃんとした理由があるなら、衝撃を受けたとしても納得するのでは? 言葉は悪いかもしれませんが、これぐらいの事でクランが混乱する事も無いはずかと」


「その通りです。ファルナの辞めた理由が、あまりにも理解できないからこそ、私達は動揺し、クランの中に亀裂を生んでいるのです。……ここからは直前まで行動を共にしていたマクベから話してもらった方が良いでしょう」


 そう言って、彼女は隣に座って待っていた部下を見やる。


 指名を受けたマクベが、何があったかを語り出した。


「分かったっす。えっと、俺達ファルナ班は、レイさんたちが森に向かったのと同じ時期にアマツマラを離れて、ネーデに戻ったっす。というのも、法王庁からご指名の依頼を受けて、ある人物を聖都にお連れすることになったっす」


「ネーデから聖都まで。それは誰なんだ」


「レイさんも知っている方っす。■■■の■■嬢、■■■さんっすよ」


 ―――途端に、黒い雑音がマクベの言葉を包みこむ。


 多足の虫が耳の中を這いずり回るかのような悍ましさ。悪寒が脳を苛み、針を捻じ込まれたような激痛が走る。この感覚を間違える事は無い。


 《トライ&エラー・グレートディバイド》のペナルティ。


 認識の喪失が働いている。


 自分の中から消え去った誰かの事をマクベは話している。


「■■■さん、ですか。初めて聞く名前ですが、私たちがレイ様とお会いになる前のお知合いですか」


 問いかけに、レイは答えられない。リザの言葉にも、雑音は混じり、聞いているだけで、認識の喪失は襲いかかる。


 それでも、以前より状態は良い。以前ならば、意識が空白へと墜ちて、記憶すら抜け落ちていた。『黒幕』の暗示が解けたことで、変化したのかもしれない。


 レイは異変に悟られないように、首を縦に振った。


「そうっす。ネーデの街で■■■■■■が暴れた時に、団■と■■長と一緒に戦ってくれた■■種の方っす」


「え? ワ■■と■じ■人■なの。そんな人が居たなんて初耳だわ」


「そうなのですか? ともかく、マクベ、話の続きを」


「了解っす。俺達は■■■さんを法王庁に連れていくための護衛として選ばれたっす。同行者には、異端審問官のルリジオンさん。その二人を北から回って聖都まで護衛して終わったのが夏の終わりでした」


 レイは痛む頭で、穴だらけの情報を整理する。


 脳にまで虫が入り込み、思考を端から食い荒らされていく中で、必死に質問を絞り出した。


「その、人が聖都に行くことになったのは、なんでだ」


「名目は保護っす。■■■が本格的に動き出して■間を集める時に、あの人が狙われる可能性があるんで、聖都で保護する事になったんっす。でも実際は囮だとカーティスの旦那は言ってましたね」


「彼女を狙って現れるかもしれない■■■を迎撃する為に法王庁は手元に置いた、というのが当時の私達の立てた推測でした。ですが、結果としてそれは間違っていたと言わざるを得ません」


 悔しさを滲ませるロータスに、マクベも無力そうに項垂れ、話の続きをする。


「聖都に着くと、■■■さんと姐御は法王と会う事になったんすよ」


「ほ、法王様と!?」


 レティが驚きの声を上げる。リザも声に出さずとも驚きを隠せないでいた。


 法王庁。


 エルドラドに唯一存在する13神を崇め奉る宗教組織。


 世界各地に存在する信徒たちを束ねる組織の長となれば、容易に合う事は出来ないのを彼女たちは知っていた。


 この世界の知識に疎いレイでも、法王の事はある人物から聞かされていた。


「確か、今の法王は幼い少女が務めているんだよね」


「流石っす、レイさん。そういう事はきちんと知っているんすね」


 自身と同じ年頃のエトネやレティの方へ視線を向けて、後半をぼそりと呟いたのを、レイは忘れない事にした。


 いつものように解説を挟もうとしたリザが意外そうにレイを見つめた。


「ローランさんから聞いたんだ。フランチェスカ・ブルグアイ。前法王から直接指名されて、数居る枢機卿を飛び越えて法王になったとか。その人と会って、どうなったんだ」


「……戻って来たのは姐御一人でした。宿に戻るなり、クランを抜けて神学校に入るなんて言い出したんっす」


 神学校とは、聖都にある武装神官を育成する教育機関だ。


 此処に入り修練を積むことで武装神官として任命され、更には《神聖騎士団》にも選ばれる可能性がある。


「急にそんな事を言いだしたの? あのファルナさんが?」


 レティの問いかけに、それまで俯いていたマクベが顔を上げた。瞳は今にも泣き出しそうに悔しさを滲ませ、彼は机を力無く叩いた。


「あの時の姐御は、絶対正気じゃなかったっす!! カーティスの旦那やホラスの兄貴がいくら言っても、何も答えなくて。変な神官と一緒に荷物だけ持って、俺達を捨てるように立ち去ろうとしたんだ。そこで、旦那が引き留めて、次の日にもう一度会って、きちんとした別れの挨拶がしたいと交渉したんっす」


「その間に、カーティスは別行動していた私達に連絡を取り、どうすべきか判断を仰ぎました。彼らの話からして、ファルナが何かされたのは明白でした。本音を言えば、力づくでも連れて帰れ、と命じたかったですが、相手は法王庁。クランとして戦いを挑むには分が悪いです」


「そこで、団長と旦那は策を練ったす。このまま姐御を一人で敵地に残して行くのは危険だから、兄貴とトリシャさんの二人を神学校に入学させて何があったのか探らせようとしているんす」


 それでホラスが居ないと言ったのかとレイは納得した。


 ファルナは美しい少女だ。まだ成熟しているとは言い難く、猛々しさと活発さが前面に出るが、身内に対して親身になり、冒険者として前に出る姿は魅力的に映る。ホラスは、そんな彼女の魅力に参った男だ。


 彼女を心配して、自ら志願したのかもしれない。


「それから今に至るまで、何の情報も得られないままこう着状態が続いています。聖都に残った二人は、ファルナに近づくこともままならず、あの子が無事でいるかどうかも分かりません。それに聖都まで護衛した■■■さんの事も不明なままです」


 ロータスは美貌に深い影を落としながら続けた。


「『紅蓮の旅団』にとって今回の一件は法王庁と対決するのも辞さない覚悟です。団長の娘だからではなく、生死を共にした仲間を奪われた上に、■■■さんも巻き添えにしてしまいました。それも、私達を利用する形で。それは断じて許すべき事ではありません。ですが……相手は法王庁。いくらA級クランといえど、軽々に動くことは出来ません」


「直接行動できなくとも、間接的に動くことは出来ませんか。例えば、シュウ王国のテオドール陛下の力を借りるとかは」


 オルドとテオドールは昵懇の仲だ。


 彼ならば、きっと力に為るはずだ。


 レイが予測できた程度の行動は既にしていたらしく、ロータスが力無く首を縦に振った。


「既に、シュウ王国から外交筋で法王庁に抗議は送られています。ですが、返事は一言。全ては神命によるもの、と。神の名を盾にされてしまえば、それ以上は何もできません」


 悔しそうに告げるロータスを見つめていると、『聖騎士』ローランの姿と被って見えた。


 彼もまた、法王庁に潜む闇と対峙している。


 本来なら法王の懐刀であるはずの『聖騎士』だというのに、現在の法王になってから面会する事もままならず、《神聖騎士団》に対する命令も世界の安寧の為では無く、他国の内情を探るなどきな臭い物に変わりつつあると彼は言っていた。


 今の法王庁は、何者かの意思によってその在り方を歪められている。


 もしかすると、ファルナ達の事も関係しているのかもしれない。


「ファルナが、あの子がきちんとした意思で離脱したのでしたら、私達も納得は出来ずとも見送る事が出来たかもしれません。それがあの子の道だと思い、涙を飲み込みます。ですが、誰かによって操られているのか、あるいは弱みを握られているのか。自分の意思を歪められ、物のように扱われて、それを黙って見ているなんてこと、誰が許せますか!」


 冷静沈着なロータスにしては珍しく、語気は震え、眼差しは怒りに染まっていた。


 それだけ、ファルナという存在が彼女にとって大切だったという証明だ。


「失礼……いま、クランは二つに別れています。ファルナを取り戻す為なら、法王庁と事を構える覚悟の過激派と、状況が不明な今、危険な行動に出るべきではないと訴える穏健派です。どちらも、ファルナの事が心配なのは共通しているのですが、意見が対立し、小競り合いが続いています」


「オルドは止めに入らないんですか」


 本来なら敬称を使うべき相手なのだが、当の本人から敬称は要らないと言われてしまった。


「団長はファルナの事を放置すると方針を出してからは沈黙しています。ですが、あの方が一番心を乱しているはずなんです。それをおくびに出さず、いまも迷宮に潜るための指揮を執っていらっしゃいます。その寂しそうな背中が、今にも倒れそうな姿を見ているだけで……辛くなります」


 そう言って、悲しそうに目を伏せる姿は恋する男を心配する乙女その者だ。ここに絵描きでも居れば、天啓を得て、名作の一つでも描きあげるかもしれない。


 エルフの王族であるロータスは、本来なら同族のエルフと番い、子を為す使命がある。だが、彼女は一族を捨て世界に出て、冒険者として旅をしている。


 その理由がオルドにほれ込んだというのが驚きだ。


 あんな、一歩間違えれば野獣同然の男の何処にほれ込んだのか、レイはいまだに理解できない。


「この事があって、クランの雰囲気は最悪です。実は、カーティスとカーミラもそれぞれ意見を対立させ、険悪な状況でした。私の次にクランを纏める立場の者と、後方支援を統括するカーミラの対立は致命的ゆえ、買い出しなどに連れ回す事で険悪な空気が軟化すればと思っていましたが逆効果だったようで。ところが、レイさんたちと再会したことで、二人の態度に変化が生じました。そこでお願いがあります」


 レイの方へと身を乗り出したロータス。彼女の吐息すら感じられそうな程近い距離からレイは動けずにいた。


「な、なんでしょうか? さっきも言いましたが、『紅蓮の旅団』が困っているなら、力に為ります」


「ありがとうございます。今日、一晩だけでも構いません。私達と食事をとって下さい。それだけでも、大分空気が変わるはずです。というのも、明後日からクラン全体でラビリンスに潜る事が決定しているのですが、対立が続いて士気も上がらず。このままでは迷宮に潜るのは危険だと感じていて……この後、何かご用事でもありますか」


「今日は特別な用事はありませんね。ですが、まだ宿も取っていないので、それを済ませてからなら合流できます」


「でしたら、『紅蓮の旅団』が貸し切りにしている宿は如何ですか? この時期、冒険者向けの宿は、どこも満室です。クランで押さえた宿は部屋に空きがあります。団長も、きっと許してくれます」


 その申し出は渡りに船であった。


 レイはリザとシアラを窺うと、彼女たちはお好きに決めて下さいと決定を委ねた。


「分かりました。ご厚意、ありがたく頂戴します。僕達が一緒に居る事で、皆さんの気が晴れるなら、喜んでお付き合いしますよ」


「あ、ありがとうございます!」


 レイの言葉に、ロータスとマクベは揃って頭を下げた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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