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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第10章 世界の中心
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10-13 密室からの失踪

 文面は以上だった。取引の仕方や細かい指示などは無い。


 シアラは顔を上げると、部屋の入り口で固まっている船員へと大股で詰め寄った。その迫力は今にも噛み付きそうな野獣を思わせる。


「ねえ! これを渡したのは誰? どこで渡されたの!?」


「え、え、え。えっと、渡してきたのはお客様のお一人で……《ミクリヤ》の方々が此方の部屋に居る事を知っている素振りでした。ほんの十分ほど前に、後部通路で」


 目を白黒させながら答える姿に嘘は無さそうだ。ヨシツネも同様の意見なのを確認すると、シアラは一転して笑みを浮かべた。


「ありがとう。それじゃ、ご苦労様ね」


 はぁ、と生返事をして船員は去っていく。シアラは扉を閉めると、エトネの鼻先に手紙を差し出した。匂いを辿れるかと尋ねているのだ。鼻を近づけて嗅ぐエトネだが、直ぐに駄目だと首を横に振った。


「ふねのあちこちにおいた、においぶくろとおんなじにおい」


「追跡不可能って訳ね。まあ、それぐらいは当然やって来るわよね」


 そこまで落胆せず、シアラは手紙をひらひらと振った。


「予想通り、じれて向うから接触してきたわね」


「それです。どうして貴女はそれを予想できたのですか。まさか……視たのですか」


 見たのではなく、視た。そのニュアンスの違いに気づいたシアラは違うわよと返した。


「単純に相手の立場になって予想したのよ。どんな状況が一番まずいのか」


「と、言いますと?」


「これまでの行動から、相手の一番の目標はレティの誘拐よ。生きたまま、この子を連れ去るのが目的。でも、それが達成できない場合は命を取るのも止む無しと考えた。だから、戦奴隷契約を結んだ主様に対して覚悟の特攻をした。ここまでは良いかしら」


 話を聞くリザが頷くと、シアラは手紙を指先で弄びながら話を続けた。


「向こうにしてみれば、毒を浴びせた以上、任務は達成したと思っていたはず。実際、現状の私達じゃこの毒は治療できない。達成寸前なのは間違いないわ。でも、それを見届けるまでは船を降りる訳には行かない。だって、まかり間違って解毒に成功したら任務大失敗。だからこそ船から降りずに、何処からか主様やワタシ達の様子を見ていると踏んでいたの」


「……道理でござる。一通り、部屋の安全は確かめましたが、魔法や技能スキルを用いられては防ぎようが無いですからな」


「それはしょうがないわよ。むしろ、あっちが最後まで見届けるつもりで船に残ってくれたから良しとしましょう。話を戻すと、向うは此方の状況を把握している訳。主様が毒に耐えて持ちこたえているのをね。そうなると、相手はどんなふうに思うかしら?」


 レイの傍で薬の調合をしていたレティが、そう言う事かと声に出した。


「猛毒を使ったのに、お兄ちゃんが何時までたっても死なないから、焦っているんだ」


 正解だと言わんばかりにシアラは指を鳴らした。


「そう言う事よ! 今更、罠に嵌めるにしても、正攻法で挑むにしても勝算は薄い。それよりも、毒から回復されたり、あるいは命がある内に奴隷契約を破棄されでもしたら、あっちにしたらそれこそ最悪の状況よ。だからそうなる前に、毒が主様を蝕んでいるうちに次の行動に出ると予想していたのよ」


「向うが持っている交渉材料。すなわち解毒薬との交換ですね」


 リザの言葉にシアラはそうだと言った。


 解毒薬がレイを蝕む毒に有用なのは、敵が自分で証明している。解毒薬が最低でも一本ある事をこちらは知っている。だからこそ、取引が出来ると見込んで接触してくるのをシアラは待っていた。


「それじゃ、このとりひきにのるの?」


 エトネが心配そうに尋ねる。解毒薬との交換材料に指定されたのはレティだ。


 確かにレイを助けたいという気持ちに偽りはないが、それと引き換えにレティを引き渡すのはリザとしても承服しかねる。自然と、奥歯を噛みしめていた。


 そんな仲間の様子を察しつつも、シアラはリーダーに代わって冷徹な判断を下す。


「主様を助けるには解毒薬が必要。それは間違いないわね、レティ」


「……うん。今調合している薬も、症状を緩和するだけで寛解には至らない。お兄ちゃんを助けるにはきちんとした解毒薬が一刻も早く必要だよ」


「なら……取引に応じるわよ」


「―――っ、シアラ!」


 怒気の籠った鋭い一喝が部屋を鳴らす。リザの気迫にエトネは尻尾を震わせてしまった。


「分かってちょうだい、なんて事は言わないわよ。ただ、誰を優先するべきなのか、それを判断して」


「それは……そうですが。でもっ!」


 レイとレティ。どちらもリザにとってかけがえのない人だ。


 だが、レイが死ねば対等契約に基づいて自分も、シアラも死ぬ。そして《トライ&エラー》の力に囚われ死の螺旋を流される。今の状況は非常に危険である。レイが毒に抗えずに死ぬまでどれだけの猶予が残っているのか不明だ。仮にレイの意識が覚醒した直後に死ねば、数秒の生と無限の死を幾度も繰り返す事になる。


 まずはレイの命を優先するべきだという意見は理解できても、どうしても納得は出来ないでいた。


 すると、そんなリザを慮って、シアラが手を握りしめた。


 マメが潰れて厚くなった武骨な自分の手と違い、白くて柔らかな女性らしい肌に一瞬羨ましくなった。


「心配しないで。ちゃんと、主様もレティも助かる方法を考えてあるわよ」


 リザの青い瞳が驚きで見開くと、対照的に金色黒色の瞳は困った風に細くなった。


「なによ、その反応。ワタシがレティに犠牲になってもらうなんて非道な事を言うのかと思ってたの?」


「シアラおねぇちゃんは、たまにいいそうになる」「……失礼ながら同意するでござる」「あはは、ごめん。弁護できないや」


 茶化した口ぶりのシアラに三人からの容赦ない評価が突き刺さる。もっとも三人とも本意で言っている訳では無く、口元に笑みが浮かんでいた。


「ちょっと、アンタたち! まったく、もう。……でも、ある程度の危険は覚悟してもらう事になるわ。それでもいいかしら」


 シアラが言うのなら、それは事実なのだろう。調合の手を止めて顔を上げたレティは、翠の瞳に強い意思を宿して返事をする。


「分かってるよ。ジグムントを止めたあの時から、あたしはどんな事があっても、逃げないって決めたんだ。お兄ちゃんを助ける為なら、何だってするよ」


「良い覚悟ね。それじゃ、作戦を説明するわよ」


 そう言って、シアラは練った作戦を説明する。


 事前にこの展開を予想していたと豪語するだけの事はあり、時間も援護も無い状況下に置いて最善な作戦のように思えた。ただし、彼女が言った通り、レティがある程度危険な目に遭う。その上、作戦の根幹を担うのは、彼女では無くヨシツネだった。


「どうかしら。今話した事は出来そうかしら」


「無論、可能でござる」


 短く、気負うことなく断言したヨシツネ。与えられた役割がもっとも重要かつ、重大だと知りつつも、動じる気配が無いのはそれだけ自信があるからだろうか。


 シアラが全員の顔を順番に伺い、役割を理解した上で納得したかを視線で問う。特に、リザの事はそれこそ睨むような強い視線だった。


「これで良いわね」


「……はい。これが最も良き作戦かと」


 偽りの無い回答だ。吐き出すのに必要としたのは気力だ。


 残念ながら、自分ではヨシツネの代わりは務まらない。それはシアラもエトネも同様だ。


 それだけに不安は募る。


 ヨシツネが《ミクリヤ》に参加してから、これが初めての大きな戦いとなる。失敗すればレティを失い、レイも助からない。彼が万事抜かりなくやり遂げられるかどうか、まだ信頼は置けていない。


 そこまで考えて、リザは己の頬を叩いた。突然の行動に周りは呆気に取られてしまう。


 頬に熱を感じつつ、リザは己を恥じた。


 レイから一週目のヨシツネがどれだけの覚悟を持って彼を殺したのか、彼女は聞いていた。状況から考えて、ヨシツネがレイを殺す以外選択肢は無いと気づき、時間の無い中で問い詰めたのだ。その際に聞いた、ヨシツネの忠義。シノビという物が何なのかはいまいち理解できないが、それでもヨシツネが信頼に値する人物なのは疑いようも無い。


 彼女はヨシツネを真っ直ぐに見つめると、頭を下げた。


「妹を、レイ様をよろしくお願いします」


 ヨシツネは、その言葉に込められた強い意志を感じて、居住まいを正し、頭を同じように下げた。


「身命を賭して、挑む所存でござる」


 二人の姿を見て、シアラは肩に掛かっていた重圧が消えていくのを感じた。作戦の肝はヨシツネとリザの連携である。二人が、というよりもリザがヨシツネに対して心を開いていない事が失敗に繋がるのではないかと焦っていた。


 だが、それも杞憂になりそうだ。二人で、連携の詰めを話すのを聞きながら、喉が乾いたなと思う。


 どうやらその事に気づかないほど緊張していたようだ。


 リザ達に動揺を与えないように自信満々な振りをしていたが、敵が船を降りているという可能性もあった。そうなったらこちらは打つ手が無かっただけに、内心では祈るような気持ちでいた。


 自分も冷静では無いなと反省しつつ、壁際にある鏡台傍にある水差しを手に取った。


 グラスに水が並々と注がれ、それを飲もうと持ち上げた時、視界の隅に黒い影を見た。


 ―――鏡に映るのは闇よりも暗い影が起立した光景だった。


 悲鳴を上げる間もなく、影から伸びた幾本もの手に体は絡めとられる。杖を抜こうとした手も、後ろに跳び退ろうとした足も、助けてと叫ぼうとした口も押えられた。


 咄嗟に、持っていたグラスを床に向かって落とした。絨毯の上とはいえグラスが落ちれば音がする。誰かが気づいてくれるはずだ。


 しかし、そんな浅知恵を読んだように、手の形をした影はグラスを音も無く掴んだ。


 影は体に巻き付くと、そのまま彼女を飲み込み、消えた。


「シアラ、貴女の意見も聞きたいのだけれど……シアラ?」


 呼びかけに応じる者はいない。リザ達が気づいた時には全てが終わっていた。


 刹那の時間もかからず、シアラの姿は室内から忽然と消えてしまった。








 キョウコツたちが、エトネの優れた鼻やヨシツネの懸命な探索を如何にして掻い潜ったのか。シアラはそれを考えるだけ時間や労力の無駄と切り捨てたが、ある意味正しかった。


 彼女達がどれだけ時間を費やしても、おそらく見つける事は不可能に近い。


 何故なら、この巨大で、内部も十分な空間のある蒸気船の内部―――には居ないのである。


 彼女達が潜伏していた場所は、船の外だった。


 竜骨と呼ばれる船の底。びっしりと張り付くフジツボに混じり、大きな泡があった。人ならば数人は余裕で入り込める泡の中にキョウコツとその部下たちは居た。


 船が整備の為に収容された時を見計らい、水中から近づき船底に魔法で生み出した泡を複数貼り付けて彼女達は入りこんだ。


 こうする事で、船内部での探索を回避しつつ、状況を逐一把握しているのだ。


 もっとも、欠点はある。魔法で生み出した泡とはいえ、防御力は皆無。外から攻撃されれば一瞬で破壊される。それに酸素の問題もある。数人が一度に入れるとはいえ、頻繁に新鮮な酸素を取り入れるために浮上する必要がある。また、冬の川の冷たさが直接押し寄せてくるのだ。防寒対策をしっかりと講じなければ、四肢が凍傷になる恐れもあった。


 それらの艱難辛苦を乗り越えて、キョウコツたちはレイに殺人の濡れ衣を着せようとした。だが、それはどういう訳か全て読まれた上で失敗。


 ならば、と次の策に出た。レティシアの誘拐に失敗した時を想定して、レイを殺すための猛毒は、ジムカンタ商会の情報と一緒に手に入った。事実、毒の威力は想定以上で、事前の実験で使ったE級冒険者は五分と持たずに死んだ。


 ギルドの規定によってD級に押しとどめられているとはいえ、レイ相手にも十分通じるはずだった。ところが予想外なしぶとさを見せたのだ。


 何時までたっても死なない敵に、キョウコツは方針を変えたのだ。


 正確に言うならば戻したのだ。


 レティシアの誘拐に。


 取引材料は手元に残された解毒薬。交渉に応じる自信はあった。


 向こうにしても、レイが死ねばレティシア以外にも二人死亡してしまう。それを回避できるとなれば飛びつくだろうと予測した。


「そろそろ刻限となる」


 泡の中で部下たちに告げると、彼らの表情に緊張が漲った。魔法で、もう一つの泡に居る部下たちにも同時に語りかけている。


 本来なら、泡はあと三つあったのだが、レイ達に敗れた部下は捕まり、毒を飲み込んで死んだのを確認した。彼らに報いるためにも、キョウコツに失敗は許されない。


「作戦を確認する。貴様等は甲板にレティシア以外の者が潜んでいないか確認。もしも居た場合は、この取引は即刻中止だ。あくまでも、主導権は我らにある事を知らしめるのだ」


 口に出しながら、果たしてこれで良いのだろうかという不安がよぎる。今度こそ失敗できない。雇い主から見限られると同時に、部下たちからも見限られる可能性がある。所詮は頭領代行。女が頭領になる事は誰も望んでいないし、認めていない。今の所はそれに務まる人間が居ないだけのお飾りなのは、自分が一番承知している事だ。


 だからこそ部下の反応を確かめながら、言葉の続きをする。


「岸で待機している者達からの報告は?」


「問題ありません。日が沈み、風も少ないとの事。予定時刻に合わせていつでも行えるとの事です」


 その報告に満足する。同時に失敗できないというプレッシャーが一段と強まっていく。


 もう後には退けないのだ。


「では、作戦を開始する」


 静かな宣言が最終幕を開ける合図だった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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