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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第2章 祭りへの旅路
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2-30 異世界からの来訪者

 僕は買ったばかりのコートに袖を通した。おろしたての服はまだ体になじまないが、これから着続ければ体に馴染むだろう。


 リザとレティはコートをまだ着ないと断った為、リュックサックへと畳んでしまった。思い返してみるとオルドを除く男性陣は大体日中でもコートを着込むのに女性陣は野営する時以外は着ないな。今もファルナなんかは露出の激しい鎧を着こみ、褐色の肌を周囲に惜しげも無く晒しているのを気にした様子は無い。


「そういえば、貴方たち。宿は決めたのかしら?」


 店にかかっていた時計を見てロータスさんが思い出したように聞いてきた。

 つられて時間を見ると、もうじき四時になる頃。宿をとっていないと答えると、『紅蓮の旅団』の冒険者たちは渋い顔をして見合わせる。


 代表する様にファルナが口を開いた。


「うーん。買い物も良いけど、先に宿を決めた方がいいと思うぜ。なにせこれだけの人出だ。一番に宿を押さえないと全員で野宿になっちまう」


「そうだよね……よし。先に宿を探そうか」


「分かりました、ご主人様」


「良いと思うよ、ご主人さま」


 二人が同意したの受けて、僕は防具屋を探すのを諦めて宿を決める事にした。


 とはいえ土地勘のない場所での宿さがし。難航するのは目に見えている。如何した物かと悩んでいると、ロータスさんが助け舟を寄越してくれた。


「とりあえず。私達が使う宿に寄ってみるのはどうでしょうか? そこで部屋が取れなくても他の宿を紹介してくれる可能性もあります。何より私たちも購入した物を一度宿に置きたいですし」


 僕はロータスさんの言葉に従ってカザネという人物が女将をしている宿へと向かった。夕方になっても通りの賑わいは減る事も無く、むしろ益々人の出が増したように思える。道行く人の顔は間近に迫った精霊祭を前に輝いているようだった。


 その道中でリザとファルナがギルドで遭遇した鍛冶王の話で盛り上がっていた。


「へー!? アンタたち、あの鍛冶王に会ったんだ! どんな方だった?」


「私は少ししかお顔を拝見できなかったけど……凄く強そうな方だった。まるで抜身の刃のような鋭さを全身から放っていたわ」


 鼻息を荒くして興奮しているファルナと間近で王と遭遇し、その強さを肌で感じたリザが遠くを見るようなまなざしで思い出していた。レティが小声で、


「二人の『強い人大好き虫』が疼きだしたよ」


 と、呆れたような呟きが聞こえた。


 宿屋までを先導するロータスさんは年頃の少女に似つかわしくない話題で盛り上がる二人を困った風に笑う。


「あーあ、アタシも一度でいいからお会いしたいんだよね!」


「それじゃ、明日会いに行く機会があるから、一緒に行くか?」


 僕が提案するとファルナは思い切り目を見開いて立ち止まった。往来で急に立ち止まると危ないぞと思い彼女の前に立つと、急に覚醒したファルナに肩を掴まれた。


 万力の如く締めあげる彼女の手を振り払う事は出来ない。そのまま力の限り揺さぶられた。買ったばかりのリュックサックが肩に食い込む。


「そ、そ、そ、それってどういう意味だよ! 黙ってないで説明しろよ」


「お、お、お、お、落ち着け」


 リザとハイジがファルナを後ろから引きはがしてくれてようやく僕は解放された。


「……明日の午後に王様の工房へと伺う事になっているんだよ。……多分一人ぐらい増えても問題は無いと思う……多分」


「マジか!? 明日の午後なら空いてるぜ!! アタシも連れてってくれよ!」


「分かったから掴むな、揺するな、放せよ!」


 拘束する二人を振り払って同じことを繰り返そうとするファルナから逃げる。氷を思わせるアイスブルーの瞳に危険な光が宿っている。


「ふふふ、これで鍛冶王にやっと・・・会えるぞ! よっしゃー!!」


「うるさいな……ん? やっと?」


 道端で絶叫するファルナの口を塞ごうと思ったが、気になる事を口にしていたのが気にかかった。僕は視線をロータスさんへと向けた。


「簡単な話です。『紅蓮の旅団』のパトロン……つまり出資者の一人が鍛冶王ことテオドール・ヴィーラント王なのです。……ちなみに団長が持っている戦斧は鍛冶王に打ってもらった逸品です」


「へー。でもパトロンなら、なんで、やっとになるんですか。今までにも会う機会ぐらいはあったはずでは?」


「団長の娘と言えど、ファルナはクランで言えば中堅の立ち位置。軽々しく王にお目通りできる地位ではありませんから」


 ロータスさんの言った内容に納得する。思ったよりもあの親ばか筋肉ゴリラもちゃんと考えているんだなと失礼な事を頭の隅に思い浮かべた。


 やがて僕らは宿屋に着いた。正門とギルドの中間から西に伸びた通りの先にカザネ亭と書かれた看板を掲げていた。


「ごめん下さい」


 スイングドアを開けて宿屋へと入ると、中年女性がカウンターから顔を上げて笑みを浮かべた。


「いらっしゃい、カザネ亭にようこそ。お泊りですか?」


「はい。三人です。できれば精霊祭が終わるまで八泊ほどしたいんです。それと別室で」


「少々お待ちください」


 台帳らしきものを引っ張り出した女将。すると、袖口を引っ張られた。振り向けばリザが恐縮したような表情を浮かべていた。


 彼女が何を言いたいのか理解できたが、ここは申し訳ないが無視する。どうせ、奴隷の私達にベッドはもったいないとか言うつもりなのだろう。


 台帳から目線を上げた女将がこちらを向いた。


「生憎と祭りの間はありがたい事に部屋が混んでおりまして。同室なら可能ですが……いかがいたしましょうか」


「な―――ならアタシらの部屋に、モガッ」


 何故か背後でファルナが口を塞がれた。ハイジが二本の腕を巧みに扱い抑えているけど、あれ、首も絞まってないか。


「構いません。前金ですか?」


「はい。一泊、一人二百五十ガルス。しめて六千ガルスになります」


 僕は巾着から大金貨を六枚取り出した。女将が硬貨を受け取ると、台帳に記入を求めたので応じた。


「はい。結構です。お部屋は二階の五号室となります」


 何故かニヤニヤと笑みを零した女将から渡された鍵を受け取って階段を上ろうとする。ふと、騒がしかったファルナの様子が気になり後ろを向いたら、彼女はぐったりとハイジに凭れかかっている。どうやら気絶している様だ。


 意識を取り戻さないファルナを担いだハイジたちはそのまま三階へと上がっていった。気絶したファルナを気にした様子は微塵も無い。流石、歴戦の冒険者たちだ。


 廊下を通り五号室の前に立つ。渡された鍵を使って扉を開けた。

 ここにも魔法工学の恩恵は通っているようだった。入り口付近に設置されたスイッチに触れる。パッと明かりがついて目に飛び込んだのは部屋の中央に置かれたダブルサイズよりも大きいベッドが一つ・・


「……やられた」


 あの笑みの意味を理解した僕は頭を掻いた。そう言えば同室でも良いとはいったがベッドの数は言っていない自分の不手際が恨めしい。


 遅れて入ってきたリザもベッドが一つしかないのを見て戸惑ったような表情を見せて硬直する。


「わー! 大きなベッド!」


 唯一、無邪気にベッドに飛び込んだレティの声に反応してリザが動き出す。


「や、や、やはり私たちはどこか屋根のある厩にでも藁を敷いて寝ます。それでは!」


 油の切れたロボットのようにどこか緩慢な動きを見せるリザ。彼女は言うなり部屋を飛び出そうとするのを押しと留める。


「僕が床で寝るから気にしないでベッドを使いなよ」


「それは……いけません。ご主人様がベッドを。私が床で寝ます。できればレティだけでもベッドに……いえ、それの方が危険かもしれません」


「よーし。リザとはこの際徹底的に僕のロリコン疑惑について語り合うじゃないか。僕は徹夜でも構わない!」


 僕らがベッドを譲り合っていると、ブーツを脱いだレティが無邪気そうに言った。


「三人でベッドを使えばいいのに」


「いや、それは」


「だってご主人さまが言ったんだよ。―――あたしたちはみんな対等だ。そういう風に扱うからって」


 レティは真剣な眼差しを僕に向けた。先程まで見せていた幼子らしい無邪気さはとうに消える。


「だから、ううん。だからこそ、皆でこのベッドに寝るの。それこそが対等って奴でしょ」


「―――分かった。リザもそれで良い?」


「えっと―――よろしくお願いします」


 エメラルドグリーンの瞳に宿る真剣な光の前に僕らは折れた。ニンマリと笑うレティには勝てなかった。


 コートをハンガーにかけてリュックサックを棚に置いてベッドの端に座る。ミシリと軋む音がしたが、確かにこの大きさなら三人が寝られるスペースはなんとか確保できる。


「さて……夕飯まで時間もある事だし、少し話をしようか」


「話しって?」


 ベッドに寝転んだレティが僕を見上げる。


「とりあえず。さっきの奴隷市場でリザが僕に斬りかかった件について聞きたい」


 と、そこまで口にすると、突然。リザが床に片膝を立てて座る。顔は人形の様に無機質めいている。彼女の唇が動いた。


「申し訳ありません、ご主人様! 奴隷の身で、更には姉妹共々命を救ってもらった身でありながらの先の蛮行。……いかなる罰も受けます。どのような『命令』も受けます!」


 さして広くない部屋にリザの謝罪が響いた。あっけに取られているとリザの隣にレティが膝を揃えて座る。


「ご主人さま。……お姉ちゃんの行動が許されるものじゃないのは分かっているけど、お願いします。こんな脳筋姉を許してください、お願いします」


 言うと、小さな頭を下げた。


 二人が揃って謝罪をするのを前に僕は頭を掻きながら口を開く。


「二人とも頭を上げて。……これは『命令』」


 最初は上がらなかった頭がゆっくりと動く。成程、奴隷の意思に反する事を『命令』しても奴隷の身を危険にするものではないなら『命令』は聞くのか。


 二人の色の違う瞳が僕を見つめた。不安で揺れる瞳を前に僕は自分の気持ちを伝える。


「……奴隷市場でのことは僕自身、気にしていないよ」


 驚いたような表情を見せる二人に言葉を重なる。


「君たちを買うと決めた時に、君たちの抱えている秘密のせいで危険な目にあうのは覚悟していたからね。……まあ、まさかリザから斬られそうになるとは思わなかったけどね」


「……申し訳ありません」


 しゅん、となって落ち込むリザ。


「とにかくだ! 僕はリザを許しているつもりだし、罰を与える気も無い。……さすがにまた斬られるのは勘弁してほしいけどね」


「もう、二度としません」


「それなら、良し。それよりも君たちの抱えている秘密に関係しない部分で殺したい異世界人について話してほしいんだ」


「分かりました。……ですが私も多くは知りませんが、それでも宜しいですか?」


 リザに対して頷いて返す。とにかく今の僕には情報が足りなすぎる。例えやって来た世界が違くとも異世界人の情報は黄金にも勝る。


 そのまま床で喋ろうとしたリザを手で制する。そのまま手をベッドに向けた。戸惑いながらも立ち上がりベッドに腰かけたリザが口を開いた。


「そいつがやって来た世界の名はアースガルス。このエルドラドとは違う歴史や文化、魔法体系を用いる世界と聞いています」


(おいおい。思っていたよりも話の方向性がぶっ飛んでんぞ。まさか第二のファンタジー異世界が存在するのかよ!? 全く参考になんねぇ!)


 思わず頭を抱えた。思い返せば時の神クロノスは自分たちの管理する世界、と言っていた。言い換えれば自分たちの管理していない世界があると言う事だ。当然、それは僕の居た現代日本とはまた違った世界があるという事だ。


 そこで嫌な予感が背筋を過った。今の所異世界人だと思われる冒険王や魔法工学を生み出した人は同じ現代日本から来たと思っていたが、もしかすると僕が知っている歴史とは違う日本から来た恐れもある。


 だとすると、異世界人の足跡を追い駆けても無駄になるかもしれない。


「そいつがやってきた経緯は詳しくは知りませんが……噂では13神・・・が関わっているとか。申し訳ありませんがそれぐらいしか知りません」


「……え? 13神……だと」


「ああ、そうでした。異世界人のご主人様は御存じないでしょうが、このエルドラドは昔、神が居たのです」


 聞き捨てならない事を聞いて思わず顔を上げた。だけど、僕の反応を勘違いしたのかリザは13神について語り始めた。


「エルドラドを作り、導いてきた13神。1300年前までは記録によれば人は神と直接対話が出来たそうです。ですがある日、唐突に神は地上から姿を消したのです。私たち人の子を見捨て、どこかに行かれたのです」


(や、日本にスイーツを買いに来てるぞ)


 と、言ってやりたくなったけど心の中に留めておく。


「それから今日に至るまでは無神時代と呼ばれ、中には神の代わりに精霊を崇める人も出てきました」


「ああ、それで精霊祭が開かれるのか」


「それは違うよ、ご主人さま」


 床から立ち上がりベッドに寝ころんでいたレティが起き上ると口を挟む。


「精霊祭は精霊を崇めるお祭りじゃなくて、精霊が勝手に集まるお祭りなの」


 レティの言い回しの意味が分からず、首を傾げると、リザが助け舟を出してくれた。


「えっとですね。この大地には人の精神力と似た、魔力が血管のように走っています。魔力によって木々は枯れず、水は濁らず、空気は清らかになります。そして精霊やモンスターはその魔力を食べる事で生きる事が出来ます」


「そんで魔力が走る血管が交差する所は高密度な魔力を有しやすくなるの。そう言った場所を吹き溜まりって言うの。シュウ王国の首都、アマツマラも数少ない吹き溜まりの一つ」


 僕は思わず床を見てしまう。この下の大地に魔力が流れているとは感じない。


「数年に一度。世界に数か所しかない吹き溜まりに爆発的な魔力が流れ込みます。法王庁の星占いによってその場所が判明するとそこで精霊祭が開かれます」


「もしかして、今回はここに?」


 下を指さすと二人は頷いた。


「魔力はいくつか特性がありますが、その内の一つに人の体に宿り、大地に還るという特性があります。精霊祭で世界中の商人が集まるのは、たくさんの人にこの地を訪れてもらい、体に宿した魔力を別の所に運んでもらうためです」


「大地に魔力が走るって言っても、世界中すべてに等しく行き渡るわけじゃないの。魔力が少なくて枯れた土地や、そもそも吹き溜まりに集まったせいで魔力不足に陥る地方もあるんだよ」


「……思っていたよりも楽しいお祭りじゃないんだね」


 口に出しながらも幾らか納得した。どうして国やギルドがここまで祭りを行うのに金や手間を費やすのが分かった。一番の理由は人を集める事だったんだ。その集めた人が祭りの間吹き溜まりから出る魔力を体に宿し、その魔力を別の場所に持っていってもらう。これが精霊祭の目的だった。


「それで精霊が集まるってどういう意味?」


「毎回、祭りの最終日には超級の精霊が大地に溜まった魔力を消費するために現れるんです。いつもは人の目に見えない精霊はその日だけ姿を現し魔力を消費し、また消えます」


「そして使われた魔力は再び大地を巡る。これを数年おきに行って魔力を濁らせずに潤滑させるのが精霊祭の本来の目的なんだよ、ご主人さま」


 レティが空中に円を描く。やはり、この世界には知らないことで溢れている。この二人を買って正解だったと改めて思った。


 ふと、視線を感じたので顔を上げると二人がこちらをじっと見つめた。その視線の意味が理解できなかった僕はしばし考えてから一つ思いあたる。そういえば僕の世界について話をする約束をしていたな。


「もしかして……僕の世界の話を聞きたい?」


「聞きたい!」


「ご主人様が宜しいのでしたら、是非」


 思ったよりも二人の食いつきがよかった。壁に掛けられている時を見たがまだ夕食には早い。僕は興味津々の瞳を向ける二人に何に付いて語ろうかと悩み始めた。


読んで下さって、ありがとうございます。


次の更新は九月七日を予定しております。

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