10-9 誘拐
「さあ、ここで大人しくしていろよ」
目隠しを外されるのと同時に背後で扉が閉まる音がした。振り返らなくとも、鉄の扉に錠が掛けられたのは分かった。放り込まれた部屋は簡素で、おそらく船内で起きた揉め事の犯人を拘束する部屋なのだろう。
横になれる寝台で部屋の半分は埋まり、鼠が部屋の隅へと逃げていく。
レイはそこに横たわらず、床に座った。下手に体を休めて意識を失えば、戻って来れるのはこの部屋になってしまう。
「それにしても、船が着くまで丸一日あるだろ。それまで飲まず食わずで放置かよ」
あまりにもぞんざいな対応に愚痴が零れてしまう。後ろでに魔道具の錠を掛けられているため、食事をとる事も水を飲む事も一人では出来ない。昼食会に呼ばれて冤罪を掛けられたため、腹はぐぅと鳴った。
「一日ぐらい食事を抜いても餓死する事は無いだろうけど、この扱いは無いよな。ねえ、ヨシツネ」
そう小声で呼びかけると、レイの他に誰も居ないはずの室内で別の声がした。
「お見事。よくぞ拙者が此処に居ると分かりましたな」
心底感心したとばかりに喋りかけるのは、寝台の下からだ。体を横に傾けると、そこには小さく変身したヨシツネがネズミに跨っていた。
「これだけ大きな船なのに、ネズミは見かけなかったんだ。多分、人が入れない配管とかを利用しているんだろうけど、それなのにこんな所に居たから、もしかしてと思って聞いてみたんだ」
ヨシツネが持つ技能の一つに動物操作がある。小動物限定ではあるが、自由に操る事が出来る。彼はその力を使って、蒸気船内部を誰にも気づかれずに移動していた。
レイは見張りが近くに居ない事を確認しつつ、それでも声を潜めて会話する。
「よく来てくれた。正直、一人だと心細くてね。それにしても随分と早く来たね」
「人の流れを追いかければ、情報は一カ所に集まるでござる。警備の長らしき人物の傍で聞き耳を立てていたら、直ぐに判明しもうした。拙者を向かわせたのはシアラ殿の判断でござる。その彼女も、主殿と同じく拘束されております。いえ、彼女だけでなく、エリザベート殿とレティシア殿もです」
ヨシツネの報告にレイは唇を噛む。警備主任の言う通り、自分と戦奴隷契約を交わした少女らが拘束されてしまった。これがレティを狙う帝国側の策略だとしたら有効な手だ。
殺人という冤罪を自分に掛ける事で行動を制限し、法律や保安の為にという正式な名目でレティを仲間から引き離す。彼女も幾多の戦いを潜り抜けたとはいえ、ヒーラーだ。直接的な戦闘は得意ではない。仲間から引き剥がされれば、まな板の鯉も同然だ。
「それで主殿。此度は如何様な事情から、このような目に」
レイは自分が嵌められた状況を説明した。昼食会に出向くと、そこにはジムカンタ商会の人間が殺されており、駆け付けた警備に拘束され、唯一の生存者の証言と状況から殺人犯扱いされてしまった。物的証拠が無いため、有罪か無罪か判断するには審判官の力が必要で、船が岸に着くまでの間拘束されていないといけない。
「殺人の汚名を着せられた訳ですか。念の為にお尋ねしますが、主殿は本当に手を下されてはいないのですな」
「してないよ。する理由も無いしね」
「分かり申した。では、拙者はどのように動けば宜しいでしょうか。主殿の濡れ衣を晴らすためには如何様にすれば?」
「それなんだけど、エトネは自由なんだよな」
拘束されたのはレイと、彼の所有する戦奴隷の三人だけで、ヨシツネやエトネは免除されると警備主任は言っていた。確認を取ると、そうだとヨシツネは肯定した。
「なら、エトネの鼻で僕を迎えに来たメイドを探してもらってくれ」
「めいど? あの女人の事ですか」
「そうだ。彼女はジムカンタ商会の人間じゃなかった。それに僕を出迎えた男たちも違う。だとしたら、彼らこそ会長たちを殺した犯人だ。エトネの鼻なら追いかけられるはずだ」
「拙者も共に探さなくて大丈夫でござるか。何しろ、この船は広い。一人よりも二人なら手分けして捜索する事もできましょう」
「いや、君じゃ見つからない可能性がある。敵の中に一人、変身能力者がいるはずだ」
「……と、言いますと?」
一寸法師さながらに縮んだヨシツネが首を傾げる姿は、精巧なミニチュアのように見えた。
「僕が犯人扱いされたのは、目撃者の証言が大きい。審判官の居ない船の上で、彼が僕を名指しで犯人だと訴えた事で疑いは深まった。そのために彼が生かされたとしても妙なんだ。どうせ、船が岸に着けば審判官がやって来て僕の無実を証明してくれる。目撃者を用意した所で無駄になる。でも、仮に労働奴隷の発言も真実だと証明されたらどうなる?」
「相反する主張がどちらも真などあり得ませぬ。よって、どちらかが審判官の目を誤魔化していると言う事になります」
「そうなんだ。労働奴隷を生かしたのは、これが狙いだと僕は思う」
どこにも逃げ場のない船の上でレティを誘拐したとして、彼女を連れて帝国に行くには船が岸に着いてからでないと駄目だ。しかし、審判官がレイの無実を直ぐに証明すれば、逃亡する時間は多くない。そこで、審判官の証明が疑わしくなればどうなるのか。
調査は難航して、時間を稼ぐことが出来る。うやむやには出来まい。死んだのは中央大陸でも指折りの商会会長。犯人が見つかるまでレイは拘束される。
仮に、労働奴隷が敵と内通したり、あるいは敵が用意した人材と入れ替わっていたら、それは審判官に見抜かれるだろう。あくまでも、目撃者が本心からレイが犯人だと思いこまなければ、これは成立しない。
「もしも、記憶や認識を直接弄れるのなら、わざわざこんな手を使わなくても、僕らに直接仕掛けてくるはずだ。そうせず、何よりあのメイドは衆人環視の中、堂々と顔を晒した。あれは顔を覚えられても問題ないという自信があったからだ」
「得心いきました。あの女人が変身能力を持っているとしたならば、拙者よりもエトネ殿の方が捜索に向いているでござる」
姿形を変えるような魔法や技能が乱発できるとは考えにくい。メイドとしてレイ達の前に現れた時には、すでに一度、偽のレイとして会長らを殺している。素顔の可能性は大いにあった。
「君には別の事を頼みたい。リザ達を探して、彼女たちがどうしているのかを調べるのと、会長たちの死体を調べてほしい」
「死体を?」
不思議そうにするヨシツネにレイは続けた。
「死亡した時間が詳しく知りたい。それを調べる事はできるかな?」
ヨシツネは一瞬考えてから可能だと返した。
「よし。それと、これは絶対に守ってほしい。真夜中を過ぎる前に、何としても、もう一度戻ってきてほしい」
「真夜中、ですか。……了解いたしました。しからば、御免」
真夜中という時間指定に疑問を抱きつつも、ヨシツネは命令を受諾して独房から立ち去っていく。ネズミに運ばれていく姿を見送りつつ、彼が居なければもっと状況は悪かっただろうと考えた。
「さて、と。あとはジタバタしてもしょうがないな。ヨシツネが戻ってくるまで、眠らずに待つとするか」
レイは両腕を後ろで拘束されたまま、天井を仰ぎ見た。再び鳴る腹の音に、何か食料を持ってきてもらえればよかったと後悔していた。
「脱出は可能ですが……止めといた方が良いですよね」
「ワタシに聞くまでも無いでしょーが。それとも、脱出した方が状況良くなると思ってるの?」
薄い壁越しにシアラの声が響く。顔を合わせる事は出来ないが、彼女が呆れた顔をしているのがありありと伝わってくる。
リザ達が連れていかれたのは、レイの独房とは違い随分と雑な作りをしていた。鋼鉄の扉は無く、鉄格子に鍵を掛けだけ。中に入れられる際に縄は解かれ、冒険者用の対策もしていない。見張りもやる気が無いのか入り口で舟をこいでいる。
軽く触ってみたが、精神力を集めるだけで鉄格子はおろか、壁すら突き破れそうだ。
共謀して治安を乱さないようにするために拘束するはずなのに、シアラの独房とは隣同士なのも、やる気を感じられない。
だが、ここにレティは居ない。
この独房がある区画に向かう途中、彼女だけは別の船員たちに引き渡されて行った。
別の意味での特別待遇。明らかに帝国の関与があった。その船員たちが帝国の人間なのか、単に雇われているだけなのかは不明だが、レティは敵の手に落ちてしまったと考えるのが妥当だろう。
その際に暴れようとしたリザを、レティは笑顔で制した。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。きっと、お兄ちゃんが助けてくれるから」
そう言って、彼女は別の場所へと連れていかれた。
リザ自身、妹の言葉に同意だ。疑う余地も無い。
レイがレティを見捨てるはずがない。
しかし、それとこれとは別だ。
妹が帝国の手に落ちているという事実が、彼女を焦らせる。
その焦りは壁を通じてシアラにまで届いていた。
「ちょっとは落ち着きなさいよ。いま、ワタシ達が焦っても、状況は良くなんないでしょ」
「そうですが……やはり、落ち着きません」
「そこを落ち着けって言ってんのよ。まったく、もう。それよりも、いまは相手の行動を先読みする事の方が、焦ってウロウロするよりも有益だとワタシは思うわよ」
「な!? なぜ、その事を」
独房の中を行ったり来たりしていたリザは驚きのあまり身構えてしまう。どこかにのぞき穴があるのかと壁を睨みだした。
「それぐらい分かるわよ。言っておくけど、のぞき穴なんてないからね」
またしても当てられてしまう。リザはわざとらしい咳払いをして話しの方向を変えた。
「そ、それで。相手の行動を先読みとは簡単に言いますが、どのようにするのですか」
「そうね……今の所気になってるのは逃走経路よね。今回の相手が、レティを暗殺するのが目的じゃなくて誘拐なのは間違いない。だとしたら、やっぱり陸地に着いてからレティを運び出すのかしら」
「この川は並大抵の船では渡河できません。見た目以上に複雑な潮流に、水性モンスター。レティを生かしたまま連れて行きたいのなら、船が向こう岸に着くまでは逃げられないでしょう」
「となると、船が岸に着くまでレティはこの船の何処かに居るのは間違いないわよね。これだけ大きな船となれば、いくらでも軟禁できるわよね」
事実、小さくなれる能力を持っているとはいえヨシツネが誰にも気取られずに内部を探索している。同じように敵が秘密の場所を持っていてもおかしくは無かった。
「ここはエトネの鼻に頼るのが筋でしょう。彼女ならば、追いかける事も出来るはずです」
拘束されずに済んだエトネ。彼女が見逃されたのは、おそらく年齢的な部分も大きいのだろう。年端もいかない少女が一人で何が出来るのか、と。
―――舐めるな。幼くとも彼女も《ミクリヤ》の一人だ。
リザは好戦的な笑みを浮かべつつ、闇に溶けて隠れる敵に向かって吼えた。例え届かなくとも、それだけで意気は高揚する。
すると、鉄格子越しに一匹のネズミが通り過ぎていく。これだけ巨大な船となれば、ネズミの一匹や二匹、珍しくは無いが、どうにも規則めいた動きにリザは興味を引いた。
近づくと、そのネズミがただのネズミでは無い事に気づいた。
「シアラ、シアラ!」
隣室の友を呼ぶと、彼女もネズミに気が付き鉄格子へと近づいた。
「もしかして、ヨシツネ?」
「その通り。拙者でござる」
声はネズミから聞こえたように思えたが、目を凝らせばネズミの上に人が乗っているのが見えた。その姿は滑稽ではあるが、この状況では頼もしく思えた。
「主殿と接触し、指示を受けました。これより、主殿に何があったのかをご説明いたします」
そう前置きしてヨシツネはレイがジムカンタ商会会長らを殺した犯人と疑われ拘束されたことを説明した。そして、彼からの指示でエトネにはメイドを追いかけ、自分にはリザ達の様子や殺害時刻を調べるように命じた事を告げた。
「それで、レティシア殿はこの独房ではないのですか」
「違うわ。レティは別の場所に連れていかれたの」
「なるほど。こうなると、疑う余地はありませぬ。敵の狙いはレティシア殿で間違いありませぬ。ならば、拙者がレティシア殿の行方を探し出しまする。ゆえにご安心召されよ」
ネズミの上で胸を叩き力強く言うヨシツネ。人形のような姿に、リザは思わず笑ってしまう。すると、小さくともヨシツネが何かを言いたそうに見つめてくるのに気づいた。
「ごめんなさい。不快にさせてしまったのなら謝るわ」
「いえ、その事では無く……主殿から一つ言われたことがあります。真夜中までに一度戻るようにと。それは如何なる理由からなのか皆目見当も付かないでござる」
恐らく腕組みをしているのだろう。理由が分からないヨシツネとは対照的に、リザ達はレイが何を考えているのか直ぐに察した。
「ヨシツネ様。どうか妹と、そしてレイ様をよろしくお願いします」
「くれぐれも、アンタが拘束されたりしないでよね。いまは、アンタが希望なんだから」
「心得たでござる。しからば御免!」
そう言って、ネズミは鉄格子の前から走り去っていく。こうして拘束されているリザ達にしてみれば、まさにヨシツネこそが逆転の鍵なのだ。
「主様の事だから、もう覚悟を決めてんでしょうね」
「はい。ヨシツネ殿に殺される覚悟なのでしょう」
レイの持つ技能、《トライ&エラー》は死ぬことで時を戻せる。ただし、自殺は戻れるが条件を満たすまでは技能が使えなくなる。拘束されているレイが死ぬにはヨシツネの手を借りるしかないのだ。
状況としては最悪。巻き返す為には仕方ないとはいえ、傍に居る事も出来ずに指をくわえて待つしかできない身が、リザは恨めしかった。
ここでいくら話をしても、死ななければ記憶は持ち越せないのももどかしい。それでも、こうして話した事が何かのひらめきとなり、ヨシツネを通じてレイへと届ければと思いリザ達は言葉を交わす。
「ねえ、シアラ。変身能力を持つとしても、それを複数回繰り返すのは可能なのかしら。やっぱり回数制限があるとは思わない」
ヨシツネから伝えられた、敵の能力について話そうと隣の独房に声を掛けた。ところが、いくら待っても返事は無いのだ。
「シアラ? ……ふざけているのですか。それなら、止めて下さい。……シアラ? シアラ! シアラ、ねえ、返事をして、シアラ!!」
「ええい、騒がしいぞ!」
返事が無いどころか、隣から気配すら感じなくなった。リザは今にも鉄格子を破りそうな程の勢いで叫ぶと、流石の見張りもうたた寝から起きた。リザを黙らせようと警棒を取り出した。
「衛兵! 隣の独房の様子がおかしい。早く見て!」
「は、はい!」
だが、リザの剣幕に見張りは素直に従った。リザの独房を通り過ぎ、そしてシアラの独房を覗き込んで、あれ、と声を上げた。
「どうかしたのですか。シアラは無事なのですか!?」
鬼気迫る様子で尋ねるリザに、見張りは呆然と呟いた。
「こんなの、ありえない。鍵は掛けてあるのに、独房が空だ」
「……何ですって!?」
思わず、リザは鉄格子へと足刀を叩きこむ。精神力を籠めた一撃は、鉄格子を止めていた金具ごと吹き飛ばした。反対側の独房へと突き刺さった鉄格子を気にも留めず、リザは見張りを押しのけて隣を見た。
同じ造りの独房の中は、誰も居なかった。
争った形跡もなく、そこにシアラが居たという痕跡すらなかった。
夕暮れが川を赤く染める。反対の空には青い月が昇り始め、舞台の背景のように世界は切り替わる。冬の風が吹きすさぶ甲板にエトネの姿はあった。
彼女はヨシツネを通して与えられたレイの指示に従い、メイドの匂いを辿って船の中を行ったり来たりしていた。途中で、その匂いにレティの匂いが混じり、彼女が共に行動している事を知る。もちろん、自分の意思ではないはずだ。
恐らく敵の手に落ちてしまったのだ。大好きな仲間を助ける為に、彼女は周囲の目を気にせず、床に這いつくばってまで匂いをひたすらに追った。
辿り、辿り、辿り。
遂には甲板まで出たのだ。
落ちれば水温でたちまち心臓が止まりかねない川に囲まれた甲板。
そこで二人の匂いは途切れていた。
「どういうことなの。レティおねえちゃんのにおいも、あのおんなのひとのにおいも、ここでとぎれているよ」
自身の鋭敏な感覚に間違いはない。それが何を示すのかレティは理解したくなかった。
レティとシアラ。彼女たちは忽然と、蒸気船の中から姿を消してしまった。あたかも蒸気が空に飲み込まれるかのように。
読んで下さって、ありがとうございます。




