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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第9章 故郷
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閑話:冒険王 立志編Ⅶ

「君も『招かれた者』だったわけか」


「そうだね。意外だったでしょ」


「いや、そうでもないさ。君が俺と同じなら、色々と納得できる」


 衝撃的な告白の筈だが、エイリークは冷静に受け止めていた。


 兄弟たちの変貌や親父さんの魔法、彼の口から出た内容など驚くことに慣れてしまった。また、オルタナが『招かれた者』なら納得できる部分もあった。


 年相応の振る舞いをしつつも、時折する達観めいた物言いや風格はこんな幼い子供が持てるものじゃない。それこそ、別の人生経験があって為せることだ。


 そのため、何となくではあるが予想していた。


 エイリークの反応が詰まらないのか、オルタナは見た目相応に唇を尖らせた。


「ふーん。君を拾った時から、何時この話をしようかとワクワクしてたのに。ガッカリだよ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして、俺が『招かれた者』だって事を、初対面の時には見抜いていたというのか」


 うん、と頷くオルタナだが、それはおかしい。拾われた時、エイリークは極度の疲労と冷水によって意識を削られていた。そんな人間を見て、どうして自分と同じ稀有な人間だと見抜けるのか。


「それは勘だよ。僕の勘が、エイリークの秘密を見抜いたのさ」


 自慢げに言うが到底信じられる話ではない。だが、オルタナはそれ以上語るつもりはないのか、話を次へと進めた。


「いま重要なのは僕らが『招かれた者』である事と、今後をどうするのか。建設的な話し合いをしようよ。差し迫った問題と言えば、君の兄弟に関する事だね」


 屈託のない笑みのはずが、たき火によって出来た陰影で悪魔めいた物に見えた。


「欲しいでしょ、この術式が」


 彼が言って取り出したのは筆と墨。視線は中途半端に拭き取られたエイリークの右手首だ。


 記すだけで魔法が使える新しい理。それは野盗の頭目を倒すのに大きな力となるはずだ。エイリークとしては喉から手が出るほど欲しい。


 だが、と口は重く、瞳は警戒の色に染まっていた。


 明らかに何かを企んでいると己の直感が叫んでいた。


 無論、それは正しい。オルタナは笑みを変えずにそのまま続けた。


「勿論、ただであげるつもりはないよ。前に聞いたよね。何かを僕と約束したような気がするって。それに対して、いつか、きちんと話すって。今がその時だよ。……僕はね、この世界を救いたいんだ」


 他の誰かが言ったのなら世迷い事か、無想家の戯言と流してしまうが、これは違った。


 少年の口から出たのは神に対する祈りに似た厳かで神聖で、穢れなき決意だ。


 兄弟に対して決別の刃を向けた自分とは雲泥の差だ。


「君をこっちに送り込んだ神様から話は聞いているよね。世界崩壊の事は」


「ああ。九百年後、『七帝』と呼ばれる七つの肥大化した魂によって世界は砕け散ると。それを食い止めるのが『招かれた者』の役目だって」


「僕も同じことを言われたよ。……エイリークはさ、この世界は救われるべきだと思う?」


「……随分と唐突だな。そんな事、考えた事も無かった」


 転生前、自身を見出したアネモイから世界崩壊や、13神の遊戯に付いて説明は受けていたが、正直な所その事を真剣に考えた事は一度も無い。


 何しろ生きる事すら危うい環境に転生してしまったのだ。


 今日を生き残る事に神経をすり減らし、いっその事螺旋に囚われれば楽になれると考える兄弟たちを励ましている間に二十年近い時間が過ぎた。


 神々は自分の行動を御覧になっていると聞いていた。だとすれば、さぞ期待を裏切っていただろう。


「その顔だと、まったく考えてこなかったみたいだね。じゃあ、少し待つから考えてみてよ。この世界は滅びるべきなのか、否なのか」


 オルタナに促されてエイリークは自然と目を瞑った。そうする事で余計な情報が遮断され、思考がより明確になった。


 思い出すのは、苦しく、辛く、悲しい奴隷時代。人生の大半を採掘場で過ごしたのだから仕方ない。くろまるを始めとした兄弟たちの死。理不尽な暴力と、それを許容する濁った空気に抗い続け、反乱の火を絶やさない様に踏ん張って来た。


 他人からすれば目を覆いたくなる記憶だが、意外な事にエイリーク自身はそうは感じていなかった。むしろ、苛烈で、過酷な記憶こそが宝物だとばかりに思い返していた。


 そして迎えた反乱の時。


 まさに火山が噴火する様に皆の抑圧された感情が爆発した。あれは祭りだった。後先を考えずに、その瞬間に魂を燃やし尽くしかねない狂乱。


 その結果は自身の脱落という形で幕を引いた。そして、オルタナと親父さんと出会ってからは旅を続けた。村から村へ、街から街へ、人と出会い、別れ、また出会う。


 採掘場とは違う、穏やかで温かみを感じさせる人々。中には明らかに悪意をぶつけたり、冷淡な反応をする人も居たが、それも一つのコミュニケーションだ。


 二十年近い第二の人生を振り返り、エイリークは結論を出した。


「辛い事もあった。悲しい事もあった。でも、辛いだけの人生じゃなかった。悲しいだけの人生じゃなかった。あの地獄のような環境でも、自分と同じ考えを持った兄弟が居てくれた。彼らと出会い、励まし合い、支え合った日々は、泥に塗れた宝石のような物だ。そして、君達親子と旅をした日々は春の日差しのように優しく、暖かい太陽のような物だ。そんな世界を、俺は救いたい」


 どんな世界であれ、滅びるに相応しい世界なんて無い。


 自然と出た結論にオルタナはほっとした様子で笑みを浮かべた。おそらくそれが素の笑みなのだろう。


「僕も同意見だ。この世界は滅ぼさせない。その一点で、僕らは価値観を同じにしている。だから、協力して欲しいんだ」


 その言葉が引き金となって思い出す。


 川を一晩中流され、冷えた体から意識が剥落する瞬間、聞こえた子供の声を。


 ―――「それじゃ―――世界を救うとしようか」


「世界を救うのに協力して欲しいんだ」


 思い出した言葉とオルタナの言葉が脳の中で反響し合う。


「……そうだったな。俺を助ける代わりに、君を助けてほしい、だったか」


「あれ? 思い出したの。まあ、そう言う事なんだよ。僕の目的は世界救済。そのためには、エイリークの力が必要だ。そしてエイリークは僕の力、より正確に言うなら術式が欲しいはず」


 その通りだと、エイリークは頷いた。


「だから取引だよ。エイリークが使えそうな魔法を数種類、選んで施してあげる。どうだい、悪くない取引だろ」


「野党の親玉を倒すのに力を貸してもらう代わりが、世界を救う事の、どこが公平な取引なんだよ。でも……背に腹は変えられないよな」


 どちらにしても、エイリークは彼の協力を拒めない。あの術式を施してもらうだけじゃなく、『招かれた者』として世界救済とは何処かで向き合う必要があった。


 もっとも、世界救済という途轍もないスケールの目的。一体どうすれば達成できるのか見当も付かない。13神が一柱、アネモイは『七帝』を倒すか、あるいは自分なりのやり方を見つけろとアドバイスをしていたが、神ですら世界を救う真の方法を見いだせていないのが現実だ。


「確認だけど、世界救済ってのはどうやるんだ。例の『七帝』を倒すにしても、それがどこの誰なのか知っているのか」


 エイリークは当然オルタナが知っていて話しているのだろうと考えていた。だが、返ってきた答えは予想と真逆だ。


「さあ。そんなのこれから考えるよ。『七帝』もこれから探すよ」


 あんぐり、と。開いた口が塞がらなかった。あっけらかんと悪びれもせずに言うオルタナは仕方ないだろと唇を尖らせた。


「だって僕じゃ世界は救えないからね。だから相棒を見つけて、その人と考えようと決めていたんだ。エイリークこそ、何かいい考えは無いかな」


「無茶言うなよ。俺の方こそ、今の今まで世界崩壊について何も考えてこなかったんだぞ」


「むぅ。役立たずなお兄さんだね」


 辛辣な発言にエイリークは眉を顰めた。


「大体、何で自分じゃ世界は救えないなんて言い出したんだ。そんなのやってみなくちゃ分からないだろ」


 人の可能性は無限だと本気で信じている訳ではない。


 だが、安城琢磨は生涯を通じて抱いた願いを見事に果たした。


 本来なら叶うはずもない奇跡。それが叶えられたからこそ、彼は此処にエイリークとして生きている。


 人間、やってやれない事も無いのだと彼は体験していた。


「良い言葉だけど、残念ながら二つばかり理由があってね。一つは内緒だけど、もう一つはちゃんと説明するよ。君も目を瞑れば、自分の強さみたいな物が出るんじゃないかな」


「出るよ。と言う事は、これは『招かれた者』には共通している機能みたいなものか」


 エイリークが軽く目を瞑れば、瞼の裏に浮かぶのはゲームのようなウィンドウだ。慣れ親しんだ日本語の項目には能力値アビリティだとか、技能スキルだと書いてある。


 能力値アビリティを開けば幾つかの項目と二桁程の数字が並んでいる。比較対象が居ないためこれがどれ程なのかは不明だ。


「この能力値アビリティの部分。僕の数値はね、どれも一桁で止まっているんだ。そして、断言しよう。これ以上成長しない。ここで打ち止めだ。推測だけど、スライムと戦って負けるよ、僕は」


 そんな情けない推測を堂々と口にした。


 スライムは某RPGにおいて最弱モンスターの扱いを受けているが、あれはあれで厄介なモンスターだ。眠っている生物の口や鼻に入りこみ窒息させたり、不定の体を利用して鎧の隙間などに押し入り相手を溶かすと言ったアサシンめいた戦い方をすると聞いた。


 それでも、柔らかいからだに魔石と呼ばれるモンスターの核が目に付く場所にあると言う事から対処しやすいモンスターでもある。それに負けるとオルタナは言うのだ。


「こればかりはどうにもならないみたいでね。僕に世界を救う物理的な力は無いんだ。だから、代わりに世界を救えそうな人間を見出す事にしたのさ。王を作る者キングメーカーならぬ、英雄を作る者ヒーローメーカーにね」


 一拍開けて、オルタナは後戻りを許さないとばかりに厳かな口調で尋ねた。


「君には世界を救ってもらう。例え、君が嫌だと泣き叫んでも、必死に喚き散らしても、どんなことが起きたとしてもね」


 それは悪魔の取引めいた不気味さがあった。







 青い満月が切り立った崖に挟まれた境谷を照らす。


 人気のない場所。


 人里から離れ、街道からも外れた場所にこんな遅い時間に誰も居るはずがない。


 居るとすれば野獣の群れか、あるいはモンスターぐらいだろう。


 だが、闇を暴く月光からも隠すようにして身を顰める集団は紛れもなく人の姿をしていた。最も、彼らの行いは畜生にも劣る獣の所業である。


 二十人程の集団がわらわらと集まっていた。彼らはどこか影を背負った様子で、緊張と不安が混じり合い苛立っていた。それもそのはず。彼らは二月以上前に起きた国営採掘場から逃げ出した奴隷達だ。


 元は三百人程の集団だったが、王国側の執念深い追跡にあい多くが倒れていった。加えて指導者であった男の不在が、彼らを混乱させ犠牲に拍車を掛けた。それでも散り散りになりつつ逃げた逃亡奴隷は、野盗の集団や賞金稼ぎ、あるいは山賊などのアウトローな連中に拾われることでどうにか今日まで生き延びてきた。


 そして地道に連絡を交わしつつ、この満月の夜に合わせてこの場所で一度集結をしようと決めていた。今後の方針や身の振り方を考えるためだ。彼らは一時の住処を抜け出し、人目から隠れるように移動して、この場に集まった。


 執拗な追跡部隊から逃れる事の出来た、数少ない生き残りたちだ。


 とはいえ、彼らの顔に安堵の色は欠片も無い。再会を祝う雰囲気でも無い。


「それで、どうするんだ。これから?」


 誰かがポツリと呟いたそれは、全員の中にある将来への不安だ。


 どうすれば良いのか、


 どうしたら良いのか。


 彼らにその答えを教える者は居らず、彼らに考える力なんて無かった。


 それもそのはずだ。


 彼らは奴隷の子だ。


 生まれ落ちた瞬間から奴隷としての生き方だけを強制され、服従させられ、支配されてきた。その生き方は苦しくとも、考える必要なんて無かった。日々を石に齧りつく様にして耐えて、理不尽な暴力は通り過ぎるのを待てばいいのだ。


 しかし、彼らは自由の地平を求めてもがいてしまった。奴隷から逃れて、新たなる場所へと歩み出そうとしてしまった。


 奴隷として生きる以外、何一つ知らないまま。


 外からやって来た奴隷たちは、外での暮らし方を知っている。奴隷に落ちる前の人間としての暮らし方から得た知識があった。そのため、追跡部隊を撒けた生き残りたちは此処に来ることなく生きるために次の行動に出ていた。


 此処に居るのは、そんな知識も知恵も持たない者達だ。例えるなら大海原を海図も、羅針盤も、風を読む事すら出来ずに漕ぎ出しているようなもの。だから、行き場の無い彼らは誘われるがまま従うしか出来なかった。奪う側へと落ちてしまった。


「どうするって言ったって、なあ。俺達は他の仕事なんてつけやしない。簡単な計算ぐらいなら教わってるけど、文字が読めなきゃ意味が無いしな」


「そもそも、そんなお堅い仕事はきちんとした身元じゃなけりゃ雇ってもらえねえよ。人足だってそうだ。逃亡した奴隷かどうか一々確認を取ってやがる」


「大きな街ほど兵士たちの目は厳しいよ。出入りする人間を片っ端から確認してやがる。俺と一緒に行動してたやつは、それで捕まったよ」


「小さな村じゃ、仕事なんかありつけやしねえ。あったとしても、ほとんどただ働き。これじゃ、まだ採掘場の方が飯にありつける分マシだぜ」


 次々と出てくる不満や愚痴が彼らの行く手に大きな影となる。渇望していた自由の地平は、予想とは裏腹に自分たちを歓迎していない。


 そんな当たり前の事実にすら、彼らは気づかずに居たのだ。


 それを愚かと笑う事は出来ない。


 井戸の中で生まれた蛙は、外に大きな世界がある事すら知らず、そこがどれほど危険なのかさえ想像できないのだから。


「やっぱり、俺達にはにーにーが必要なんだな」


「おい! それは……言いっこなしだ」


 呟きに別の者が素早く反応した。胸倉を掴み、相手を睨み付ける瞳が涙で潤んでいるのに気づくと口にした者はすまないと謝った。


 にーにー。


 彼らの指導者にして先導者は反乱の終盤で崖から落ちてしまった。


 彼がその身を賭して道を開いてくれなければ、此処には誰も来れず、だからこそ此処に居る自分たちの不遇は彼のせいでもある。そんな矛盾に場の空気が重くなった時、一人の青年が立ち上がった。


「あ、あのさ」


「よせ、デクノ!」


 にーにーと反乱を企てた初期のメンバーであるデクノの発言に全員が注目を集める。更に同格であるネズが止めようとしているのも興味を引かせた。


 彼らはにーにーと再会した。


 だが、その再会は彼らが思い描いていた物とは全く違う形で終わっていた。奪う側に回った自分たちを彼は許さず、この手で殺すとまで宣告した。いわば敵だ。ここに来るまで二人は何度も話し合い、というよりも言い争いを続けていた。


 にーにーが生きている事を話すべきかどうか。


 デクノは話すべきだと主張し、ネズは話すべきではないと反論した。もう、にーにーとは道を違えてしまった。その事を仲間に話した所でさらに落胆するだけだとネズは考えていた。


 しかし、デクノは話すべきだと考えていた。


 皆で知恵を出し合えば、にーにーと和解する道があるはずだと信じて疑わなかった。


 ある意味妄執の域に達していた。彼ならば自分たちを救ってくれるという思考で行き詰っていた。ネズもまた、心の奥底では現状を変えられるのはにーにー一人だけだという思いを捨てきれず、声を荒げるもデクノを本気で止める事は出来なかった。


「実は、此処に来る前に、にーにーと会ったんだ」


 一瞬、世界から音が消えたような静寂が境谷を満たした。驚きから息すら止まった仲間の前で彼は続けた。


「一緒に行動は出来なかったけど、今夜この場所でみんなと落ち合う事は話してあるんだ。だから、待っていればここに来るはずなんだ」


 途端、それまでの憔悴ぶりが嘘のように、彼らは喜び合う。皆、抱え込んでいた閉塞感に風穴が開いたように感じていた。それだけにーにーの持つ影響力は強いのだ。


 彼が戻って来るなら、もう大丈夫だ。


 そんな喜ぶ仲間達に、デクノはにーにーの覚悟を話す事を躊躇ってしまう。だが、ここからが重要なのだと意を決した瞬間、不意に耳に何かが踏み荒らす音が聞こえた。


 人の足音かとそちらを向くと、境谷の闇の中でオレンジ色の火がぼうっと浮かび上がった。


 松明だ。


 ただし、一つや二つでは無かった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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