9-27 君は何処から来たのか
自らを『招かれた者』と打ち明けた忍者に対して、レイは警戒心を緩めていない。こうして膝を突き合わせて食事をとっているが、心を許していないのだ。
日本刀という名称を知っており、古典的ですらある忍者の衣装、そして米に対する強い歓心。食糧庫で取り逃した時から、彼が本当に忍者であり、時代は違えど日本人だと予想は着いていた。しかし、それはあり得ない。
これまでに得た情報から、世界救済を託された『招かれた者』は十三の神と同じく十三人しかおらず、存命なのは自分と『魔王』フィーニスの二人だけだ。
それ以外に知っているのは、『英雄』イーフェ、『勇者』ジグムント、『冒険王』エイリーク、『科学者』ノーザン、『聖騎士』イカロスの五名だ。
この忍者が十三人の内、知らない六名の誰かだとしても、クロノスの発言と矛盾が生じる。彼女か、あるいは目の前の忍者のどちらかが嘘を吐いている事になる。
謎の存在である忍者に対して、警戒心を緩めないまま、レイは用意していた質問をぶつける。
「その恰好からすると、君は本当に忍者なのか」
「拙者、此方ではヨシツネと名乗っているが、生前は伊賀の流れをくむ忍びの一人でした」
「主様。イガってなに?」
「僕も詳しくは知らないけど、忍者……平たく言えば彼みたいな諜報活動を行う人たちの有名な一族だよ。デゼルト国のヌギド族みたいなものかな」
にわか知識となってしまったが、概ね間違いないようで、忍者改めヨシツネは膝を折り畳み正座の姿勢のまま会話を続けた。
「幼き日より、忍び修業に明け暮れておりましたが、無念な事に病気で没してしまい。戦国の世に己が名を刻むことなく死した無念、それを拾上げて下さったのが御仏でした」
「御仏……つまり、神の一柱が君をこの世界に転生させたんだね」
「然り。此方で生を得て十六年。新たなる主に仕えておりましたが……あれに巻き込まれてしまい、気が付けばこの地に」
ヨシツネは気になる事を口にしたが、それを問うよりも前に逆に質問が飛んだ。
「して、貴殿の名を頂戴したいのですが」
「ああ、自己紹介が遅くなったね。僕の名前はレイ。こっちは仲間で、順にエリザベート、レティシア、シアラ、エトネだ」
名前を呼ばれた四人は食事の手を止めてヨシツネに挨拶をする。彼女たちには、ヨシツネに対する謎は説明してあった。即座に戦闘になる事は無いが、情報収集の結果次第ではあり得ると匂わせてしまったから着いてきてしまったのだろう。
何時でも戦いに臨める緊張感を漂わせていた。
「レイ殿。字としてはこうですかな」
忍者は落ちていた木の枝で地面に怜、玲、零と書いていく。レイはその中の、玲を指差す。
「なるほど。……やはり、貴殿は日ノ本の人間で相違ありませんな」
確信めいた口ぶりに、自分が逆に試されていた事に唇を尖らせてしまう。その仕草にヨシツネは慌てて頭を下げた。
「御許しを。何しろ、この地に渡って初めて会う同郷の者。少々舞い上がっておりまする」
「そうなのか。意外と日本人の『招かれた者』は多いよ」
少なくとも、エイリークとノーザンの二人は日本人だ。日本人では無いかもしれないが、フィーニスも似たような世界からやって来ている。
すると、ヨシツネは驚いたように眉を上げて、
「レイ殿は他に日ノ本の『招かれた者』をご存知なのか。拙者、何人かの『招かれた者』を存じているが、皆、世界からして違うようで。全く話が通じなくて」
世界は星の数だけ存在する。似たような文明、歴史を経た世界もあれば、全く違う世界も存在するとクロノスは語っていた。
数多ある世界から、似たような歴史を辿っている日本人が集まっているのは、もしかすると天文学的な確率なのかもしれない。
「時にレイ殿。貴殿の口ぶりからすると、貴殿は忍びを知っているが、見た事は無いのか」
「そうだね。僕の時代では忍者は昔の存在。物語の中にしか登場しないんだ」
忍者の活動である諜報や破壊工作を行う工作員などは現代にも残っているが、ヨシツネのようないかにもな忍者は、そもそも当時にも居たのだろうか。
「どうやら、貴殿と拙者は同じ日ノ本男児ではあるが、隔絶された時の流れがあるようですね。失礼ながら、どれほど先の世から此方へ?」
「忍者が活躍したのが戦国時代だとすると、大体四百年以上後の時代に生まれている事になるな」
「……四百年とは、いやはや、これは予想以上だ」
ヨシツネは予想以上の時を告げられたのか驚愕を露わにした。
目の間に未来人が現れれば、自分も同じように驚くだろう。粗野ではあるが整っている顔立ちを驚きに歪めているヨシツネに対して、思いついた事を口にした。
「戦国時代の歴史なら人並み程度には説明できるけど、何か知りたい事はある。例えば、仕えていた人がどうなったとか」
「戦国時代、という名称は分かりかねるが……では伊賀の国がどうなったのかを。拙者の生まれ故郷ゆえ、気になるので」
軽い気持ちで言った事をレイは後悔しそうになる。伊賀の国―――現在の三重県西部―――は織田家によって二度攻められた。一度目は撃退できたが、そのせいで二度目は非戦闘員も含めて大勢が殺されたと聞く。
そんな悲惨な歴史を語るべきかと悩むと、忍者は表情から察してしまった。
「どうやら、伊賀の国は滅んだようで」
「いや、それは」
「構いませぬ。何しろ拙者の頃から、天下二分の時代。東西の境界線近くにある伊賀は激戦地。これまでも幾度も存亡の危機に立たされておりましたから、そうなっても仕方無き事」
「それは……え? ちょっと待って。天下二分、ってなに?」
聞き覚えの無い呼称に首を捻る。諸葛孔明の、天下三分の計の聞き間違いかと考えていると、
「ご存知ないので。拙者が存命の頃は西の岩美、東の舞朱の二大大名によって日ノ本は二分されているのです」
「どこの日本史だよ、それは!」
当たり前の事を口にしているという風のヨシツネに、レイは頭を抱えそうになる。しばらく話を重ねて、互いの知る歴史を照らし合わせれば、随分と違う点が幾つも発見された。
「どうやら、日本という枠組みや、文化は近いけど、歴史は全く違うようだね」
ヨシツネは整った顔立ちを残念そうに曇らせた。同郷だと喜んでいた分、違う歴史を辿っている事に落胆している様だ。
「そのようですな。いやはや、織田やら豊臣やら徳川など、聞いた事もありませぬな。世界は広い」
「広いというか、違う世界というか。……まあ、いいや。それでヨシツネはどうしてこの国に? そもそも、何で食料泥棒なんかしてたんだよ」
話を本筋に戻そうとすると、ヨシツネは目に険しさを宿らせた。
「むぅ。拙者としては、食料泥棒をしていたつもりはござらん。失敬はしたが、詫び賃もおいっていったはず」
「詫び賃ってこれか」
懐から取り出した金貨三枚にヨシツネは頷いた。
「然り。あの程度の食料ならば、グラント金貨三枚であれば十分であろう」
戦闘中に感じたリザの言う通りだ。自分が泥棒をしていたという意識は薄そうだ。つまり、この金貨にそれだけの価値があると、本当に信じていると言う事になる。
「残念だけど、そうはならない。何故なら、この金貨は此処では流通していないんだ」
「なんと、そうであったのか。グラント皇国の貨幣ならば、何処の地でも大概喜ばれるのだが……それだけ僻地に飛ばされたという訳か。ならば致し方ない。レイ殿、これが拙者の持つ金子だ」
言って取り出した巾着を逆さまにした。地面に転がる硬貨に全員の視線が集まった。
「この中で、この地でも流通している物を教えて下され。もしも無ければ、申し訳ないが貴殿の金子と両替を願いたいのだが」
食糧庫から頂戴した分はきっちりと払おうとするのだが、レイ達は困った様に顔を見合わせた。やはり、この中にガルスは無かった。
レイはリザとシアラに、この中に知っている硬貨はあるかと目配せするが、二人は首を横に振った。
「残念だけど、この中に僕らが知っている硬貨は無い」
それは予想外の回答だったのか、ヨシツネは口早に転がっている硬貨を指差した。
「そんな馬鹿な! これは紅貨、そしてグスタフ銀貨もある。どちらもホウ国にサンドル国の硬貨。これだけあれば、どれかは知っておろう」
「いいや、知らないんだ。僕らが知っていて、この地で使えるのはこのガルスなんだ。大体、何処の国なんだ、それは」
自分たちの巾着から取り出したガルス硬貨を、藍色の瞳は丹念に見つめるが、心当たりは無いように首を振った。
「知らぬ。そのような硬貨を、拙者は知らぬ」
「そうなのか。……コウエン! 話は聞いていたか?」
レイは地面に突き刺したままの龍刀へと話しかけた。刀身が煌めくと、その中から紅蓮の瞳が見つめ返す。
「ヨシツネが口にした名称に、どれか心当たりはあるか」
『無い。最も、全てを知り、逐一覚えているのかと問われれば、否だ。広大な砂漠、砂の数が幾つあるかなど数えるのは無駄であろう。それと同じだ。人が興した物なぞ、いずれ廃れる。一々記憶に留めてはおらぬ』
それだけを言うと、コウエンは龍刀の中へと戻っていった。この中で最も知識のあるコウエンですら知らないとなれば、ヨシツネの言葉は怪しくなっていく。
全員から疑惑の目を向けられているヨシツネだったが、当の本人は興味深そうに龍刀の方を向いていた。
「レイ殿。今の幼子の声は、あの刀から聞こえた様に拙者には思えたのですが」
「間違っていないよ。あの刀には赤龍の記憶を引き継いだ存在が宿っているんだ」
「赤龍ですと。古代種は六龍が一つの?」
「そうだけど、それがどうしたんだ」
答えを聞くやいなや、レイを放ってヨシツネは龍刀の方へと駆け寄った。どうなるのかと一同が見守る中、膝を突いて頭を下げた。
「赤龍殿。その節は命を救い頂き、誠に言葉もありませぬ。いつかお目にかかる時が来れば、お礼を述べたいと思っておりましたが、よもやこのような形になるとは」
全身で感謝の思いを伝えようとするヨシツネ。 どうやら、ヨシツネはコウエンが赤龍の頃に出会っているようだ。
レイにとっては赤龍に対するイメージはスタンピードの時が全てだ。人を一瞬で黒ずみへと変える、空を飛ぶ絶望だ。それが人助けをしたと聞けば、意外だなと思ってしまう。
「コウエン。君が赤龍だった頃に人を助けたなんて意外だな。彼を救ったのを覚えているかな」
問いかけに、刀身から紅蓮の瞳が再び覗かせた。ヨシツネを一睨みすると、
『知らぬ』
と、一刀に切り捨てた。あまりの答えにヨシツネは軽くショックを受けた様に体を仰け反らせてしまった。流石にかわいそうになり、レイはコウエンを窘めた。
「おいおい。いくらなんでも、言い方ってものがあるだろ」
『妾が有象無象に蠢き、勝手に増える人間を一々覚えていると思うか?』
「……もっともな話だ。それじゃあ、君が人間を救ったと思える時期は何時頃なんだ」
『無神時代に入ってからは、それこそ数える程度だ。黄龍が花の都を滅ぼした時と、黒龍が人類に敵対した時の二度だ』
その答えに、レイ達は困惑する。考えてみれば、赤龍は無神時代が始まってから人の前から姿を消していたと聞く。東方大陸のある火山を根城にして、惰眠を貪っていたと。千三百年の間に、自分の意思で外に出たのは、彼女が口にした二回のみだ。
「本当に赤龍に助けられたとしたら、君は暗黒期の頃か、千年以上前から生きているのか」
普通ならあり得ない話なのだが、身近に暗黒期の頃を体験している実例や、千年の時を生きた例外などを知るため、一概に否定は出来ない。
見た目は人間族だが、中身は違うのかもしれない。
だが、当の本人が不思議そうに首を捻った。
「はて? 暗黒期……というのはいかなる意味なのか。それに黄龍が花の都、というのは長耳の一族の国だったと記憶してますが、そこを滅ぼしたなどと、拙者聞いた事もありませぬ。それに黒龍殿が……人類と敵対などと。そんな荒唐無稽な話、いかなることか」
「はぁ? ちょっと待ちなさいよ、ヨシツネ様。アンタ、人龍戦役の事を知らないの?」
それまで黙って話を聞いていたシアラが口を挟むと、ヨシツネは気圧されながら頷いた。
「それじゃ、人魔は? 人間は? 三大戦役を知らないはずがないでしょ」
「あ、生憎と存じておらず……何の話ですか?」
これはおかしい。
シアラが矢継ぎ早に繰り出す質問に、要領の得ない回答をするヨシツネ。二人のやり取りを眺めていると、二人、正確に言うならばヨシツネと自分たちの間にある知識の齟齬が浮き彫りになって来た。
それは『招かれた者』だから、異世界人だから知らないと言うより、根本からずれている。
「ああ、もう、話になんない。暗黒期も、帝国も、『勇者』も、『魔王』も知らないなんて。それじゃ、アンタは何を知って、何でここに居るのよ」
どれだけ質問をぶつけても手ごたえを感じないため、シアラは方針を変えた。すると、ヨシツネは神妙な面持ちで、レイ達に向かって口を開いた。
「拙者がここで目を覚ましたのは三週間以上前の話。その前は、とある貴族の邸宅にて主君より承った任務をつつがなく終わらせ脱出している最中でした。拙者は……黒い光に飲み込まれたのです」
「黒い光ですって? それってどんなのよ。魔法? 戦技?」
「どちらも違います。……邸宅の屋根から見たのは、都市を丸ごと飲み込み、潰す黒い光。まるで津波が襲い掛かるような。ですが、津波と違うのは、空まで飲み込まれていました。あれは……例えるなら、世界が終わる瞬間とでも申しますか」
―――世界が終わる。
ヨシツネが何気なく口にしたその表現が耳に残る。胸の内側に泥が沈殿していくように、何か嫌な予感を抱いた。
「人の足で逃げるなど到底不可能。あっという間に飲み込まれ、気が付けばこの地で目を覚ましました。生きながらえた事に感謝をしつつも、周りを見回しても見覚えのない土地。人里に出れば、獣が二本足で歩き回り、人語を操り、文明を育む摩訶不思議な土地。青い月が無ければ、ここがエルドラドではないと疑うところでした」
泥が沈殿していき大きくなっていく。ヨシツネの持つ知識との齟齬、印象的な表現、誰も知らない国の硬貨、二本足で歩く獣。幾つもの証拠が、一つの絵を生み出していく。
「気が触れたのかと自問自答を繰り返しながら、当てもなく彷徨っていたら、レイ殿らと会えたという訳です」
「なんといいますか、その。雲を掴むような話で、要領が得ませんね。レイ様、如何致しますか。この方の話を信じ……レイ様?」
どうするべきかと尋ねたリザだが、レイが頭を抱えて汗を流している姿に不安を抱く。名前を何度か呼ぶと、レイは反応を示した。
「ヨシツネ。君に尋ねたいことがある」
「一飯の恩義あるレイ殿の問い。可能な限り答えましょう」
レイはこれから自分がする質問の愚かさを理解していた。
本来なら思いつくはずもない問いかけ。何故ならば、答えは一つしかないのだ。
しかし、その一つしかない答え以外の物が出てくれば、ヨシツネの正体に迫れてしまう。
レイはその質問を口にした。
「教えてくれ。君を、この世界に送り出した神は、誰なんだ」
「主様。そんなの聞いて、どうするのよ」
シアラはどこか責めるような口調になってしまった。それも無理はない。無神時代が始まってから、『招かれた者』を送りこめるのは、13神の内の誰かなのだ。それが誰であっても、大した違いは無い。
わざわざ聞く必要なんてない―――はずだった。
「拙者を送り込んだのは、拙者の世界を管理する神、アマツヒコ様です」
何でもない風に答えたヨシツネであったが、リザ達の驚きは舌語に尽くしがたかった。あり得ざる回答に、少女らが困惑している中、レイは自分の想像が当たった事に何の感情も抱けなかった。
それならば全ての疑問に明確な答えが出せるのだ。
何故、世界的に流通しているガルスを知らず、誰も知らないような国の貨幣を持っているのか。何故、無神時代が始まってから篭っている赤龍に命を救われたことがあるのか。何故、獣人種を知らず、暗黒期を知らず、エルフの国が滅んだことを知らないのか。
―――彼のエルドラドでは、そうではなかったのだ。
「……ヨシツネ。君は、一週目の。滅びる前のエルドラドから来たのか」
読んで下さって、ありがとうございます。




