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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第2章 祭りへの旅路
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2-24 首都アマツマラ

 シュウ王国首都アマツマラ。


 春になっても背後に控えるバルボア山脈の山頂はまだ雪化粧を施し、白く輝く。山のすそ野に街を築いたせいで、なだらかな斜面に沿って建物が立ち並ぶ。扇を開いて要の部分を撮んで持ちあげたような街並みだ。


 都市でも一際高い場所に王宮がそびえ立ち、首都だけでなく目の前に存在する湖をも一望する。冬はともかく、他の季節は山脈から流れ込む冷たい風が吹き一年中涼しい土地ではある。だが、この街は別名『鍛冶師の聖地』とも呼ばれている。


 昼も夜も無く、首都の鍛冶地区から林の如く立ち上る煙突から黙々と黒煙が伸び、常に火が着いている火炉の熱が山風で下がった気温を上げる。工房から響く槌の金属音は止む気配すらない。


 都市の地下に君臨する迷宮・・からとれる良質な鉄鋼はすぐさま腕利きの鍛冶師たちの手により名品へと姿を変える。冒険者や兵士にとって垂涎の的だ。


 これらの武具を売る事がシュウ王国の最大の収入源だそうだ。

 特に、現王にして『鍛冶王』と呼ばれるテオドール・ヴィーラントが作る武器は神話級の一品だと言われているらしい。


 ちなみに全てファルナからの受け売りだ。


 精霊祭が開かれるにあたり、都市の中だけでなく、外壁に沿って精霊祭専用の特別地域を都市外に作り出した。王国側が用意した幾つものテントや倉庫が臨時の店として機能して、臨時の市場が開かれる。

 僕の依頼人でもあるフェスティオ商会の若旦那。ジェロニモ・フェスティオもそのうちの一つを借りて店を開くことになっている。


「さあ、ここが精霊祭の間の店です」


 四台の馬車と三頭の馬がある倉庫の前で止まる。とても臨時で作られたとは思えないほどしっかりした建物だ。周りを見回すと同じような建物がいくつも並ぶ。


 馬車から降りてきた僕らの前に、乗馬した中年男性がやって来た。というより、馬にしがみ付いたと言うのが正確だ。馬が止まった衝撃で鞍かずり落ちた中年男性は服に着いた土埃を拭い、馬に括りつけた鞄から丸めた羊皮紙を取り出す。


「これは、これはフェスティオ商会の若旦那。随分と遅いお着きでしたな」


「ああ、これはお久しぶりです。ヌルスさん。実は荷物が届くのに時間がかかりましてね」


 にこやかに握手する二人を遠巻きで見ていていると、ある事に気づいた。ヌルスと呼ばれた男はギルドの制服に身を包んでいる。

 そっと、同じく馬車から降りたファルナに見覚えがあるかどうか尋ねる。


「んー? いや、見覚えは無いけどギルドが出張るのも不思議はないよ」


 その言葉に首を傾げると、補足する様にリザが口を開いた。


「精霊祭を開くにあたり、商人ギルドも協力します。この特別地区での商売の一切を記録しているはずです」


「ここでもギルドが顔を出しているわけか」


 僕らの面前で何かの書類に必要事項を書いたジェロニモさんはヌルスに書類を渡した。贅肉で塞がった瞼から書類を嘗め回すように見たヌルスは懐から鍵を差し出した。


「それでは精霊祭が始まるまであと二日。存分にご準備の程を」


 止まっている馬によじ登り息を荒げながらも告げる。ヌルスは馬の腹を叩いて走らせようとしたが、馬は彼の言う事を聞かずにあらぬ方向へと進む。


「そっちじゃなああああああい!!」


 遠ざかる悲鳴を見ながら一同は何とも言えない空気に包まれる。


(中年男性のドジ属性は誰得だよ)


 心の中で毒づく。


 パンパンと手を叩く音が僕らを現実へと引き戻す。周囲の視線を集めたジェロニモさんが声を張り上げる。


「それではまず準備からお願いします。男性陣は荷卸しを。女性陣は店の中の掃除から始めましょう」


「「「了解!!」」」


 キャラバンのメンバーはジェロニモさんの指示に従い行動を開始する。馬車に積み上がっている木箱や樽を一つずつ降ろし、蓋を開ける。ジェロニモさんは中身の状態をチェックし、手元に持っている書類に記入していく。


 女性陣は少し離れた場所にある井戸から水を汲み、先に店の中に入る。窓を開けて埃を追い出し雑巾で棚を拭いていく。


「一応、食品がメインの店になりますから清潔でお願いしますね」


 開け放たれたドアに向かってジェロニモさんは声を投げかける。すると、ある馬車の荷卸しをしていたオイジンが彼を呼んだ。


 呼ばれたジェロニモさんはすぐに察したのか馬車の中へと足を運ぶ。その時、幌の一部が風に煽られて、店先で荷物を下ろしていた僕の視界が馬車の中を捉えた。


 それは、ネーデの街でも見た鎖で縛られた木箱だった。周りに張られた札は剝がされた形跡は無い。ウージアの街の検閲をすり抜けたのだろうか。


「これはまだここで良いですよ。あとでオークションの為に持っていきます」


「了解」


 寡黙な青年は頷くと、他の荷物を手にして馬車を降りた。続いて馬車を降りたジェロニモさんと目が合う。


「おや? どうかしましたかレイさん?」


 不思議そうに首を傾げた青年に思い切って尋ねる事にした。


「あの木箱には何が入ってるんですか? あんなに厳重に封をしてありますけど」


「あれですか。あれには魔法工学の兵器が入っている……らしいです」


 頬を掻きながら閉じた幌越しに木箱に視線を向けるジェロニモさん。彼の横顔には不安げな表情が浮かぶ。


「魔法工学の兵器……ですか?」


「ええ。一応ある迷宮から発掘された代物ですけど、御覧の通り封印されていましてね。誰も中身を確認していないんですよ」


 口にするジェロニモさんの語調は弱く、自分もあまり信じていないように伺えた。


「ただ、箱の材質や、鎖の素材。それに封印の魔法形式とそこに刻まれたサインから、本物だと言われているいわくつきの品なんですけどね」


「それじゃ、開けて確かめればいいじゃないですか」


 僕がそう口にすると、ジェロニモさんは一瞬驚いた表情を浮かべてから、相貌を崩した。顔を覆うように手を当てて大きく笑う。周りの冒険者たちが何事かと振り返っても彼は笑い続ける。


「はっはっはっ!! それが出来れば一番いいんでしょうけど。私はそんな危ない橋・・・・を渡る気はありませんよ」


 目尻に浮かんだ涙を拭うと青年はオルドに呼ばれてそちらへと向かって行った。


(危ない橋? 開ける事は出来るけど、開ける事自体が危険なのか)


 異世界人が齎したと思われる魔法工学。今の所それらは生活を豊かにするものばかりだ。それがここに来て魔法工学の兵器と呼ばれるものが傍にある。興味はあるけど、ジェロニモさんの含みのある言い方が僕にブレーキをかける。


 幌越しに隠れた木箱を見つめていた僕を後ろから誰かが叩く。いや、誰かでは無い。このスナップの利いた一撃は彼女しかいない。


「何すんだよ、ファルナ」


「ぼさっとしてる方が悪いんだよ。中の掃除は終わったから次は品物を中に入れるよ」


 ファルナだけでなくロータスさんやカーミラ、ハイジなども店から出てきて軒先に並んだ木箱たちを運ぶ。

 リザとレティも運びに来た。


「どうかしましたか? ご主人様」


 リザの青い瞳が心配そうに僕を見つめる。僕は首を横に振って大丈夫だと返して、木箱を掴んで店の中に運んでいく。


 店内は一般的、と言えるのかどうか分からないが棚があり、カウンターがあり、仕切りの向こうにバックヤードらしき空間もある。何となくだがコンビニを思わせる作りだ。


 間取りを心得ている商会の御者と共に商品を見栄え良く並べていく。フェスティオ商会は食品を主に取り扱っているらしく、乾燥させた他大陸の魚や、肉、干した果物などが売りだ。今回の目玉は南方大陸で採れた多種多様なスパイス類。木箱から取り出した小瓶を種類ごとに分けて棚に詰めていく。


 時間自体は一時間ほどで済んだ。しかし、店が完成したわけでは無い。

 ぐるりと店内を見渡す。半分程度商品で埋められた棚を見た。


「分かってた事とは言え、こうも隙間が多いと寂しいですね」


 同じように考えていたジェロニモさんが自身の気持ちを口にした。ファルナから聞いた話では元々中央大陸の西側と南方大陸の方から別働隊が動いており、僕と出会う頃にはネーデの街で落ち合う予定だった。ところが両方ともトラブルが起きたため到着が遅れに遅れてしまい、せめて今手元にある商品だけでも精霊祭に間に合わせるために出発したのだ。


 魔水晶と呼ばれる遠距離通信の魔道具・・・を用いて常に後続部隊と連絡を取り合っていたオルド曰く、後続部隊はすでに首都まであと一日程の地点までたどり着いているそうだ。


「結果的にウージアの街を素通りさせたのが功を奏したのかもしれんな」


 と、笑いながら言っていた。


 ともかく、明日には残りの商品が届き、空いた棚を埋め尽くす事になるだろう。空いた木箱を外に出していると、ジェロニモさんが全員を呼びかけた。


 作業を中断して全員集まると、彼は深々と頭を下げた。常にかぶっていたターバンを取り、少し長めの茶色の頭髪が揺れる。


「『紅蓮の旅団』の冒険者の方々。それにレイさんにエリザベートさん、レティシアさん。ここまでの警護、ありがとうございました。トラブルはありましたが荷は無事にここまでたどり着けました」


 主に合わせて商会の人間も頭を下げる。『紅蓮の旅団』の人間は口々に仕事だからな、とか、本番はこの先だろ、とか言う中、僕とリザとレティは申し訳なさそうに佇む。どう考えてもこの旅のトラブルの殆どは僕らが引き起こしていたからだ。


 顔を上げたジェロニモさんは精悍な顔つきで言葉を継ぐ。


「ええ。今、言われた通り本番は明後日。それから一週間はここで世界中を股にかける商人や目の肥えた貴族たちを相手に商売を行います。その間、そして精霊祭が終わった後の警護もよろしくお願いします」


 言って、彼は再び頭を下げた。


『紅蓮の旅団』の冒険者は彼の誠実な対応を真摯に受け止めて重々しく頷いた。

 すると、今度は入れ替わる様にオルドが前に出る。冒険者に視線を送ると口を開いた。


「そいじゃ、今後の予定を発表する。今日から精霊祭が終わる九日間、三交代制で警護に着く。一チーム三人編成で三チーム作る。もっとも後続部隊が明日には到着するからその時に一度警備体制を組み直すがな」


「……んん?」


 オルドの説明に思わず声が出てしまう。隣に立つファルナがこちらを不審そうに見たが、幸いオルドには聞かれなかったようだ。


(一チーム三人で三チーム作るって……そしたら人じゃないか)


 現在、キャラバンの総数は十七人。フェスティオ商会の人間を除けば十二人だ。

 戸惑っている間にオルドの話は終る。といってもロータスさんにバトンを渡しただけだが。


「それでは『紅蓮の旅団』所属の冒険者はこちらに来てください」


 と、言って店内へと入っていく。隣のファルナも他の冒険者も彼女へと続いていく。残されたのは僕とリザとレティの三人とフェスティオ商会の五人だけだ。


 その内の一人、ジェロニモさんが僕へと近づいた。


「それではレイさん。それにエリザベートさんにレティシアさんも。着いてきてください」


「えっと……どちらにでしょうか?」


 鎖で縛られた木箱を積んだ馬車へと乗り込もうとするジェロニモさんに質問した。彼は苦笑いを浮かべて振り返る。


「すいません。説明不足でしたね。……貴方の旅の目的地に行きましょう」


 遠回しの言い方に一瞬何を言われたのか分からなかったが、頭の中をある物が過る。急いで馬車に残した鞄を掴んで戻る。


「オークション会場に行くんですね」


「ええ、そうです」


 頷いたジェロニモさんは馬車の中へと入り込む。僕らも彼の後に続いて、不気味な威圧感を放つ木箱を載せた馬車へと乗り込んだ。


「では、出してくれ」


 僕らが乗り込んだのを確認すると御者に短く命令する。無言で鞭を振るう御者に導かれて馬が動き出した。合わせる様に他の馬車も動き出した。だけど行先は違うようだ。


「精霊祭の開催中は馬車も専用の馬屋が立てられます。彼らはそこに向かってるんです」


 不思議そうに別行動を取る場所を見送ったレティにジェロニモさんが説明する。穏やかそうな彼にリザが口を開いた。


「あの、フェスティオ様。先程の警護についてなのですが……もしかして私たちは頭数に入っておりませんか」


 彼女もまた僕と同じ疑問を抱き、同じ結論に達したようだ。すると、ジェロニモさんはターバンを巻く手を止めて意外そうな顔を僕に向けた。


「はて。確かレイさんとの契約はアマツマラまでの警護……でしたよね?」


「……ああ! そういえばそうですね」


「そうなんですか、ご主人様?」


 言われたてから思い出した。そう言えば、ネーデの街での契約は確かに首都までの護衛だった。


「ですから、オークションの手続きを行い、ギルドにて契約の完了を行い、また日を改めて知人の奴隷商の元へ行く約束をしてから解散にしようと思っていましたが―――っと」


 話している最中に馬車が止まる。何事かと御者を見ると、門番に呼び止められていた。全身鎧を着こんだ兵士は御者から受け取った羊皮紙に目を通すと、僕らの入門を許可した。


 分厚い城壁を潜り、アマツマラの中にたどり着いた。


「レイさん。少し外を見てください」


 ジェロニモさんに促されて僕は幌を少し捲る。途端に幌越しで聞こえていた雑踏の音が洪水の様に馬車を襲う。


 多種多様な人であふれた中を馬車は慎重に進む。


「御覧の通りアマツマラは坂が多い地形です。なので、馬車と人では使える道が違います。私たちは先にギルドへと行きましょう」


 御者に止まるように命じると、ジェロニモさんは返事を聞かずに馬車を降りた。僕らも慌てて雑踏で溢れかえる大通りに降り立った。

 レンガで作られた建物が多い街並みの至る所に祭りのための幟や飾りが街を彩る。通りに並ぶ店も鍛冶の聖地らしく武器や防具が多い。


 ジェロニモさんが御者に何かを指示すると馬車は鎖で封印された木箱を載せて馬車用の九十九折折りの坂道を進んでいく。


「それでは私たちはこちらから行きましょう」


 先導するジェロニモさんに付いて行く形で大通りを進む。正門から伸びているこの大通りには観光客用の屋台が立ち並び香ばしい匂いを発する。思わず日本の夏祭りを思い浮かべる。


 レティが匂いに手招きされたかのように屋台へと近づくたびにリザが妹の首根っこを押さえつける。


「そういえば、一つ質問があります」


 僕は先導するジェロニモさんの背中に言葉を投げかけた。前を行く彼は振り返ることなく、なにかね、と返した。


「フェスティオ商会が主に取り扱っているのは食品。だけど馬車にあったのは兵器……かもしれない物ですよね。あれは一体どういう経緯でジェロニモさんの所に渡ったんですか」


「あれは正確にいうと商会の業務とは関係のない、私の副業……みたいなものです」


 ジェロニモさんは坂道を上り、薄らとかいた汗を絹のハンカチでぬぐう。


「私個人で自由に使える金銭をあるクランへの支援として使っています。見返りとして迷宮で見つかった掘り出し物を安く譲ってもらい、もしくは護衛をお願いしたりする、いわゆるパトロンですね」


「それは『紅蓮の旅団』にも?」


「あそこには出資していません。あそこは別の大口を抱えているはずですよ。……ともかくあの木箱は私が出資しているクランの一つが迷宮で見つけ、私に売りつけた物です。もっとも食品事業を主に行う私の伝手では兵器の買い手はいません。そこで精霊祭に合わせて開かれるオークションに出品しようと思ったのです」


 それから二十分ほどかけて、首都の中央付近にたどり着いた。円形の広場の中央には噴水が水を一定間隔に吐き出す。その向こうに巨大な建物が立っている。


 シリメトリーの西洋風の建物には大きくGIRUDOと書かれた看板が設置されている。おなじみのギルドだ。ここに来るまで見てきたギルドの中でも一際大きい建物だった。


「さあ、着きましたよ」


 先導していたジェロニモさんは躊躇うことなくギルドの中へと入っていく。僕らも彼の後に続く。

 アマツマラのギルドはネーデの街に近く、一階の大部分が職員の机で埋め尽くされ、利用客との境界線を示すようにカウンターが設置される。


 ただし、規模はネーデとも比較にならない。ギルドの職員も、利用客の数も全く違う。特に利用客の客層が違った。一見しても金を持っていそうな貴族風の人や身綺麗な商人と言った人たちが目につく。


 カウンターの上に掲げられた案内窓口の表記を目で追っていたジェロニモさんがある窓口へと歩を進める。そこには『精霊祭関連』とエルドラド共通言語で書かれている。

 窓口業務を担当していた女性の職員が深々と頭を下げた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「オークションに出品したい。出品者は私と彼だ」


 ジェロニモさんが僕の背中を押した。


「それではこちらの用紙に出品者様の情報と出品する商品の種類、系統についてご記入ください」


 僕らは渡された紙に並んで記入する。ジェロニモさんは小声で、


「ここは堂々と書いた方がいいですよ」


 と、アドバイスしてくれたので従う。品目の欄に魔人の血と堂々と記入した。


 数分かけて記入しきった僕らは揃って用紙を職員に渡す。彼女は何気なく記入漏れやミスが無いかを目で追っていき、品目の所で視線が止まる。


 大声を上げなかったのはプロだからだろうか? 彼女は震える手で用紙を握りしめるとお辞儀をした。


「しょ、少々お待ちください。只今、上の者を呼んでまいります」


 言うなり駆け足でカウンターを離れる。彼女の向かった先を目で追うと、見覚えのある人物を見つけた。ヌルスだ。職員から受け取った書類を見て飛び上がらんばかりに驚いている。

 彼は短い脚で必死にこちらに向かうと、カウンターに着くなり僕らを見上げた。


「これは、これは! ジェロニモ様。それに……えっと……レイ様。本日は大変珍しい物をオークションに出すとか……つきましては鑑定士に見せてもらいたいのですが」


「ええ、そうですヌルスさん。……ただ私のはまだ馬車の中でして少々お待ちいただくことになりますが」


「構いませんとも!」


 大仰な身振り手振りで小柄な体を大きく見せようとする。すると、背後のリザが口を開いた。


「あの、ご主人様。それにフェスティオ様。よろしかったら私達がギルド前で馬車が来るのを待ちましょうか?」


「それはありがたいですね。どうです? レイさん。先に貴方の出品物を鑑定士に見せるのは?」


 リザの提案に賛同しつつ、ジェロニモさんが提案する。僕は少し考えてから頷いた。


「それじゃ、リザ、レティ。悪いけど馬車が来るまで待っててもらえるかな」


「承りました、ご主人様」


「分かったよ、ご主人さま」


 姉妹はお辞儀をすると揃ってギルドを出ていく。カウンターの向こうで成り行きを見ていたヌルスが声をかける。


「それでは二階にご案内致します。君、頼むよ」


 傍に控えていた職員に声をかけると、ヌルスは短い脚を動かして机の間を駆け抜ける。カウンターの切れ間から職員が出てくると僕らを二階へと誘導した。


「こちらの部屋でお待ちください。只今、鑑定士の方を呼んでまいります」


 二階のある一室まで案内すると、職員は丁寧なお辞儀をして退室する。ジェロニモさんは軽く頷いて部屋に入る。僕も後に続こうとして、ふと、廊下の先に視線をやった。


 赤い絨毯が敷き詰められた廊下の先に、全身鎧を身に着けた兵士が二人、扉の前を陣取っている。城壁の警備にあたっていた門番と違い、重厚そうな鎧が威圧感を放つ。

 その扉の奥が気になったものの、案内された室内へと入る。高級そうな調度品に囲まれた室内に、二人ずつ座れるソファが向き合って並べられる。先に座っているジェロニモさんの隣に座る。


 すると、ほとんど同時ぐらいに扉がノックされた。ジェロニモさんがどうぞ、と言うと、失礼します、と言葉の後に扉が開かれた。


 入ってきたのはどちらも老人だった。一人はギルドの制服を身に包む。雰囲気が何処となく、ネーデの街のギルド長を連想させる。

 もう一人はタキシードを着込みカイゼル髭をピンと生やし、片目にモノクルを付けたお爺さんだ。背中に定規を指しているのではないかと思うほど、背筋を伸ばしている。


 二人は正面のソファに回ると、着席する前に自己紹介をした。


「お久しぶりです、フェスティオ商会のジェロニモ殿。そして、初めまして、冒険者のレイ君。私はこのアマツマラのギルド長、ヤルマルと申します。今回の精霊祭の総指揮を取らせて頂いています」


 ギルド長と名乗ったヤルマルさんはまさに好々爺と言った笑みを浮かべる。そして隣に立つ堅苦しい印象を放つ老人に手を向けた。


「そしてこちらは鑑定士兼オークションの責任者であるリフャルトです」


「リフャルトです。よろしくお願いします。レイ殿」


 二人は頭を下げると席に着いた。


「それでは早速で恐縮ですが……レイ殿。お持ちいただいた出品物をお見せ頂けますか」


 モノクル越しに熱い視線を感じる。老人の瞳は僕を捉えて離さない。


 僕は視線に催促されるように鞄から布で包んだ小瓶を取り出した。一同の視線が小瓶へと集中する中慎重な手つきで布を外した。


「―――ぉぉぉおおお!」


「これが―――魔人の血」


 老人たちは机に置かれた瓶に好奇の視線を送る。特にリフャルトさんの目は血走り、鼻息すら荒くなる。彼は震える手で薄手の手袋を嵌めると断りを入れてから瓶を持ち上げる。


「《我が眼は全てを白日に晒す》!」


 持ち上げた瓶に向かって彼は詠唱した。モノクル越しに見えていた目が怪しく光る。


「鑑定士は多かれ少なかれ自分なりの鑑定方法を持っている。それは技能スキルだったり、新式魔法だったりね」


 鑑定の邪魔にならない様に小声でジェロニモさんが伝える。


 しばらく瓶を穴が開くほど見つめていたリフャルトさんは驚愕の表情を浮かべると瓶を机に下ろす。それからいきなり立ち上がったではないか。まるで天に向かって抗議するように手を振るう。


「信じられない!! 信じられませんぞ!! これは、これは―――本物中の本物! 六将軍の血ですぞ!!」


 部屋に老人の叫び声が響き渡る。本来注意するはずのヤルマルさんも驚いて叫び返す。


「それは本当なのか!?」


「私の目に狂いはありません! それもこれは心臓の血!! ここ二百年程の間、少なくとも表にも出ていない逸品ですぞ!!」


 興奮した老人たちに唖然とするしかない僕たち。


 ―――刹那。


 閉められていたはずの扉が音を立てて開けられた。その音に凍り付いたように動きを止めた僕らに怒声に近い大声が叩きつけられる。


「そいつは興味深いな! 俺にも見せてくれないか」


(今度は一体誰だよ!?)


 扉に目線を送った僕は扉を開けた人物へと視線を送る。


 豪壮な衣服に身を纏い、短く刈りこんだ銀髪が廊下から漏れる日光で輝いて見える。豊かに蓄えられた髭が威厳を作る。

 だが、何よりも際立っているのは服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体と、腰に差してある二振りの日本刀・・・


 そして―――放たれた強烈なプレッシャーだ。


 間違いなく、断言できる。


 今まで見てきた、ロータスさん、アイナさん、オルド、ローラン、それに手負いのゲオルギウス。どれも僕が手も足も出ないような強者たち。


 その誰よりも目の前の男の方が強い・・


読んで下さって、ありがとうございます。

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