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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第2章 祭りへの旅路
48/781

2-21 初めての

 夢を見ている、と自覚できる時がある。


 現実にはあり得ない。壊れたテープがくりかえし同じシーンを再生する様に同じ光景を何度も何度も繰り返すのは夢だからあり得る現象だ。


 何度も何度も。

 自分が殺した男の姿を見た。


 雨で濡れた屋根の上。どこか一点を凝視した男の目が僕を射抜く。

 武器を構えて吶喊する男にバスタードソードを突き刺した。人の体を貫いた感触はまだ手に残っている。


「もう、見せないでくれ!」


 夢の中で叫んでも誰も返事はしない。だけど叫ばずにはいられなかった。

 悪夢は僕が目覚めるまで続いた。




「―――っ!」


 ベッドから飛び起きた。スプリングが振動に合わせて軋む。全身から流れ出た汗はシーツを湿らす。とてもじゃないがそこでもう一度寝る気にはならなかった。


 窓を見るといつの間にか闇が姿を隠し、朝焼けの空へと変わっていた。汗をかいたせいか喉が異様に乾く。僕はベッドから降りた。


 昨夜、いや、あの時には日付が変わっていたから一応今日と言うべきだろうか? レティを取り戻した僕らは宿屋に帰還した。


 疲れ果てた僕らを待ち構えていたのはにこやかな笑みを浮かべた女将だった。彼女は手にした羊皮紙をジェロニモさんに突き付けていた。破壊された客室の代金を請求していた。


 苦笑いを浮かべて代金を支払ったジェロニモさんにエリザベートは土下座をしかねない程頭を下げていた。人が良い彼は頭を下げる少女に、


「大丈夫です。気にしなくていいですから。君たちの購入者に請求するから」


 と、繰り返し伝えていた。


 ともかく宿屋に帰還した僕らは部屋で寝る事にした。頭領が再び仲間を連れて戻って来るとも限らない。流石に一部屋に集まるのは狭すぎるから無理としても、護衛としてロータスさんとハイジがレティとエリザベートと同室になった。


 ついでに、彼女たちの仮主人である僕にも護衛としてオルドが付くことになった。彼は今床に布を引いてその上で寝ている。どちらにしろ、部屋が一つ使えなくなったので男性陣の部屋を引き渡した。そうすると部屋が足りなくなるので三人部屋に一人追加となるのは避けられない。

 これ以上部屋を借りるのは女将もジェロニモさんも許さなかった。


 寝ころんでいるオルドを踏まない様に棚に置かれた水差しを手に取る。木のコップに水を注いで口にした。


 柑橘類のエキスが入っているのかさわやかな酸味が喉を通る。


 ふと、コップを握る手を見下ろした。


 ―――血まみれ・・・・の手を見下ろした。


「―――っ!?」


 言葉にできない悲鳴を上げる。手からコップが落ちて客室にシミを作る。固く目を閉じて目にした幻覚を心で否定する。

 再び開いた時には両手に血など一滴もついていない。


「……どうかしたのか」


 熊のような巨体が床から起き上がる。オルドだ。頭をかきつつ、欠伸をしている。今の音で起きたようだった。

 周りを起こさない様に声を潜める。


「すいません。手が滑ってコップを落としてしまいました」


 誤魔化すように乾いた笑みを浮かべる。落ちたコップを拾おうとしたがその手を掴まれた。

 オルドは真剣な眼差しを向けて僕を見つめる。心の中を読まれる錯覚を味わい、逃れる様に視線を逸らした。彼はため息を吐いた。


「ったく。根っこは深そうだな……ちょっと来い」


「えっと……何処にですか?」


 腕を掴んだまま廊下に出たオルドは黙って指を上に向けた。


 屋上への扉に鍵はかかっていなかった。知ってか知らずか、オルドは無造作にドアノブを回した。開け放たれた扉から風が吹き込み、朝の街の空気が流れ込む。思わず眉をしかめた。


「はは! すげぇ匂いだろ。これが眠らない街の朝の姿だ」


 鼻をつまんだオルドが楽しそうにいう。まるで街が直接、排泄物を垂れ流しているような匂いが空気に充満している。落下防止用の柵から下を見下ろすと、朝早くからごみを運んでいる人たちが通りを走る。


「ありゃ、夜のうちに出た生ごみを回収して、街の外で堆肥にする途中だ。まあ、あと一時間もすりゃこの匂いも収まるぞ」


 オルドは言うなり屋上に座り込んだ。昨晩の雨でまだ湿っているのにお構いなしだ。僕も横に腰を下ろした。


 五階まである宿屋の屋上から眺めると空は近く、朝焼けと相まって空が燃えているようだ。夕日とは違く、一日の始まりを思わせる活力に満ちた色合いだ。


 だけど、今の僕にはこの色は別の色を想起させる。思わず視線を下に向けた。


「血の色に見えるか?」


 どきり、と胸が鳴る。心中を言い当てられて動揺した。横に座るオルドは唇の端を吊り上げ、あたりか、と呟いた。


「お前、人を殺したのは初めてか?」


「……はい」


 両手を見下ろす。まだ二人の命を奪った時の感触が手に残っている。いや、二人だけでは無い。目を、腕を、胴を切った時の感触も、悲鳴も、血の熱さも全て五体に染みついている。

 夢の中の自分は血まみれだった。


「人を殺した僕は……犯罪者ですかね」


「これが無抵抗の一般人ならそうだが、今回はちと違うな」


 オルドは懐に仕舞うプレートを取り出した。日差しを反射しキラリと光る。


「とりあえず、このプレートを更新した時に賞罰として殺人が付く。そうなりゃその場で審判官による取り調べが行われる。ここでお前の正当性が認められりゃ無罪放免ってわけだ」


「……無罪ですか」


「まあ、そんなのは刑罰の問題であって、お前の抱えている問題とは違うがな」


 掌でプレートを弄ぶ。ゴツゴツと節くれだった指で熟練のマジシャンの様にプレートを弄ぶ。


 僕の抱えている問題。人の命を奪った罪悪感。

 それに押しつぶされそうになっている。


 あの時。倉庫内に飛び込んだときに感じた冷たい殺意はもう無い。どこにあれ程の殺意を有していたのか分から無いほど綺麗に消えた。代わりに胸中に重く圧し掛かるのは人の命を奪った罪悪感だ。


 もしも。今更だがもしもの話だ。


 《トライ&エラー》で何周かすれば誰も殺さずに制圧できたのではないのか。そもそも、最初に黒頭巾を殺した時点で朝に戻り、誘拐劇を事前に防いでいれば、こんな事にならなかったのではないのか。


 そもそもだ。

 死ねない僕が誰かの命を奪うのは許されざる行為。僕は僕自身を律するべきだ。さもなければ僕は不死の殺人鬼へと成り果てる。


 宿屋に着いてから体は疲れているのに頭だけはずっとそんな事を繰り返して考えていた。



「オレが初めて人を殺したのは武者修行中の十六だった」


 急にオルドが口を開いた。隣の男に視線を向けると、朝焼けを浴びた男の横顔は燃えているように見えた。


「いわゆる、真剣を用いた決闘だ。事前に両者で取り決めをして、どっちが死んでも恨みっこなしってやつだ」


「それで……勝ったんですか」


「見りゃ分かるだろ? 足もホレ、この通りだ」


 胡坐をかいた両足を叩いて見せた。


「決闘の相手は当時の俺よりも年上で、それでも技量は俺よりも下だった。すでに一端の冒険者として名前が売れていたオレに勝って名を上げようと必死だった」


 懐かしそうにオルドは語る。


「決闘自体はそれまでに何度もやっていたから今回も殺すまでは行かないとタカを括った。でも始まってすぐに間違いだと気づいた。技量が下でも殺す気で挑んでくる奴を殺さないで倒すのは相当な技量差が無けりゃ無理だった」


「……殺す気」


 思い返すと、黒頭巾の男たちは僕を殺そうと真剣だった。黒頭巾だけじゃない。森や迷宮や街道で遭遇したモンスターもまた殺す気だった。唯一違うのはゲオルギウスだけだ。アイツは甚振るのを目的として戦っていた節がある。


「そう、殺す気。要は殺気に当てられちまったんだな。もしかすると殺さずに決闘を勝てたかもしれない。だが、気が付いた時にはオレの斧は相手の首を落としていた。紙一重の勝利だった」


 オルドは言葉を継ぐ。


「悪夢はそれから毎日のように見ちまった。自分が落とした首が地面を跳ねるさまを。朝を迎えるたびに飛び起き、夜を迎えるたびに酒で無理やり寝ちまおうとした」


「それで……それからどうしたんですか。悪夢を見なくなったんですか?」


 僕は先を急がせるように言った。目の前の戦士が一体どうやってその悪夢を乗り越えたのか知りたかった。


「ある日、その事を相談したんだ。そしたらそいつはな、『悪夢なんかを見ちまうのは弱い証明だ!』って言いやがった」


 無茶苦茶だろ、とオルドは呆れたように言う。だが、その表情はどこか喜色に満ちている。


「『闇討ちしたとか、無抵抗の人間を背中から切ったとか、そういう自分の行いに恥じる点が無い。お天道様に背くことをしていない奴が胸を張れないのは弱っちい証拠だ。精神を鍛え直せ』って言われたぜ」


「……もしかして、それってファルナの」


「おう。アイツの母親さ」


 オルドの浮かべた表情から何となく想像できたが当りだった。


「レイ。少なくともお前はお天道様に顔向け出来ないことはしてないだろ? それにホレ」


 急にオルドは扉を指さす。見ると閉じていた扉が薄く空いている。僕らの視線がこちらを覗いていたエメラルドグリーンの瞳とぶつかる。


「レティ!」


「あははは。なんだかご迷惑をかけたみたい、ってちょっとお兄さん!?」


 扉を開けて屋上に姿を現した少女は最後まで言えなかった。遮る形で僕が彼女の小さな体躯を抱きしめていた。無事な姿を見て涙が零れる。


「良かった―――本当に良かった」


「―――もう。お兄さんの方が子供みたいだよ」


 小さな手が僕の頭を撫でる。背後の視線が突き刺さり思わず離れて、誤魔化すように立ち上がる。そんな僕の背中をオルドが力一杯叩く。背中に彼の掌から熱が伝わり、体を駆け巡る。


「しゃんとしな! 少なくともお前が頑張ったおかげでこの子は助かった。お前がいつまでも罪悪感に引っ張られるとこの子まで悲しくなっちまうぞ」


 耳元で囁かれた。不思議そうに僕らを見るレティは急に頭を下げた。


「また、助けてくれてありがとうございます!」


 再び顔を上げた時の満面の笑みが、少しだが胸の内の澱を軽くした気がする。




「それで一体何があったんですか? レティシアさん」


 宿屋内にあるレストランで朝食をとる事にしたキャラバンの面々。人数が少々多いので二組に分かれて食事をとる事になる。大き目のテーブルにオルド、ジェロニモさん、ロータスさん、カーミラ、エリザベート、レティ、ファルナに僕と昨夜の一件に主に関わったメンバーが席に着く。

 ハイジと残りのメンバーは隣のテーブルに着いた。


 朝食をあらかた食べ終えた僕らはまず、昨晩に何が起きていたのかを外に出ていた男性陣に説明する。一応、オルドとジェロニモさんはハイジやロータスさんから事のあらましを聞いていたが耳を傾ける。

 自分たちが居ない所でそんな事が起きていたのかと、特に『紅蓮の旅団』の男衆からざわめきが広がる。


「大体さ。飲みに行ってそんなに時間も経ってなかったろ。なんであんなに酔っぱらってたんだよ」


 ファルナがじいと睨みつける。益々男衆は肩身が狭い思いをする。そんな彼らを代表する様にオルドが口火を切った。


「いやな、店に着くなり女の子たちがサービスとして世界中あちこちの酒を注いでくれたんだよ。精霊祭が目の前に来て色々な地方の酒が入手できたからって言ってな。いや、今思えばあれは敵の罠だったかもしれんな、うん」


「なーに言ってんだか。ハイジに聞いたよ。店で裸踊りをしようとして用心棒と殴り合ったって」


 神妙に頷くオルドはガクリと肩を下げた。


「……ですが、奇襲のタイミングを考えるとあながち間違っていないと思います」


 横合いから助け船が出た。船頭はロータスさんだ。


「団長や冒険者の半数が部屋を出たのを確認してから奇襲したと考えると、足止めとして酒に何かを入れた、あるいは店の従業員に金を渡したのかもしれません」


 それの意味するところを察して一同は押し黙る。

 少なくともウージアに入ってからずっと監視されていたことになる。


 食後の紅茶を口に着けたジェロニモさんが沈黙を破ってレティに前述の言葉を投げかけた。


 レティは手元に置かれた紅茶から立ち上る湯気を見ていた。そんな少女の様子をキャラバンの回復役を担うカーミラが庇う。


「待ってください、フェスティオさん。彼女はまだ本調子とは言えません。……昨夜のことを尋ねるのはまた後日ではダメでしょうか」


 懇願する様に言われたジェロニモさんは神妙な表情を浮かべて、首を横に振る。


「この後、街を出れば明日の昼前には首都のアマツマラに着きます。ウージアとアマツマラの距離は馬車の速度でたった一日しかありません。それがどういう意味か分かりますね」


 問われたカーミラが押し黙る。ジェロニモさんは周囲を見渡してから自分の意見を口にする。


「黒頭巾の集団がもし追撃してきた場合、容易に追いつかれる距離と言う事です。ですからせめて相手の目的が分かれば対策が立てる事が可能です。違いますか?」


「……それは、そうですが」


 言い返そうとするカーミラをレティがやんわりと制した。


「大丈夫です。カーミラ様」


 少女は自分に心配そうな視線を向ける人々にしっかりと視線を返すと、昨夜何があったかを口にする。


「部屋で寛いでいたら、黒頭巾の集団が部屋に入ってきました。咄嗟に出口へと走るあたしは後ろから襲われて意識を失いました。次に目が覚めた時は薄暗い倉庫の中でずぶ濡れの状態で椅子に縛られていました」


 レティはエメラルドグリーンの瞳に強い意志を宿らせて、自分の身に何が起きたのかをはっきりと口にする。


「最初は穏やか、って言い方は変ですけど普通に『宝石はどこに在る!?』って聞かれました」


「宝石? それってもしかして」


「はい。多分、前のご主人様が持っていた宝石の事だと思います」


 脳裏にカラバのギルドに置いてきた宝石が過る。


「……成程。闇ギルドのクロトはこの街であの宝石を売るなり渡すなりするつもりだったのか……続けてください」


「はい。あたしはここには無い。前のご主人様は死んだ。宝石はギルドに渡した事を伝えました」


 レティは時折、思い出すように目を瞑りながら言葉を継ぐ。気遣わしそうにエリザベートは妹の手を握る。


「その場にいた黒頭巾たちは、言ってしまえば下っ端だけみたいでした。自分たちが次にどう動けばいいか分からない風で。だけど、そんな彼らの前に……頭領と呼ばれた傷を顔に負ったお爺さんが倉庫に現れました」


 無意識に机の下できつく手を握る。関節は白くなり、爪が皮膚を破り血が零れる。隣に座るファルナが肩を小突くまで自分の手の状態に気づかなかった。


「配下の黒頭巾たちはリーダーの帰りに喜ぶ半面、手傷を負ったことに動揺していました。それで頭領が宝石の行方はどうなったと尋ねると、配下はあたしの言ったことをそのまま伝えました。……けど頭領はそれを信じないであたしを痛めつけろと……命じました」


「―――っ!」


 レティの表情に影が差した。その後は言わなくても分かる。僕らが突入するまで、彼女は暴力の嵐に耐えていた。おそらく、僕に手傷を負わされた頭領の仕返しだ。


 エリザベートが言葉に詰まる妹の背中を撫でる。視線はジェロニモさんに向いている。ここまでにして欲しいと訴えている。


「……分かりました。レティシアさん。つらい記憶を思い出させて申し訳ありません」


 彼は深々と頭を下げた。表情を青ざめさせたレティは力なく首を横に振った。


「それにしても……なぜ彼らは宝石がギルドの方に預けられたことを知らないのでしょうか。少し調べれば分かる話でしょうに」


 ロータスさんが顎に手をあてて疑問を口にする。顔を上げたジェロニモさんが商人の立場から答えを導いた。


「一つは他国のギルドの情報を拾う時間が無かった事と、ギルド自体がこの情報を秘匿にしているのでしょう」


「秘匿? そりゃ一体」


 腕組みをして黙っていたオルドが口を挟んだ。彼の方を向いてジェロニモさんが説明を続ける。


「宝石を盗まれた事を隠したい人は幾らでもいます。なにせ盗まれたと言うこと自体が彼らの名誉や信頼に傷をつける事になります。私に盗まれたと言う事実を打ち明けてくれた方々は他言を控えてくれと念を押していました」


「ああ。盗まれた事が公になったら、その人は周りから管理が成っていないとか大切な商品を預けられないとかそういう風評被害が有りえますね」


「その通りです、レイさん。ギルドはそれを恐れて内密に持ち主を探しているのでしょう。彼らがその情報をこの短期間で手に入れられないのも無理はありませんね」


 そう言ってジェロニモさんは立ち上がる。釣られて全員立ち上がる。


「オルドさん。道中の警護は貴方に一任しています。今の情報で追撃の可能性を考慮した隊列を指示してください」


 言われたオルドはしばらく考え込んだように目を瞑り、最後に禿げ上がった頭を撫でた。


「馬車の隊列は変える必要はない。その代りロータスとハイジの位置を後方に下げる。ここまでくれば首都は目前。精霊祭を明々後日に控えたこの状況で首都近辺のモンスターのたまり場や山賊の類は王国側が排除しているはずだ。それにウージアから首都までの道のりは俺たちだけじゃない。他のキャラバンたちと一緒に進むことになる。最悪、前方の索敵はそっちに任せるのも手だ。俺たちは後方を注意して進む」


「分かりました、団長」


「それと魔水晶で後続に一連の事件のあらましと、街での宿泊を避ける様に伝えろ」


 ロータスさんとハイジが頷いた。ジェロニモさんも納得したように頷くと一堂に向かって口を開く。


「それでは三十分後に出発します。皆さん準備をお願いします」


「「「了解」」」


 レストランにキャラバンの力強い返事が広がる。


 三十分後、僕らは馬車に乗ってウージアの街を出た。オルドの言う通り、他にも街に宿泊していたキャラバンと共に街道を進む。


「それしても、昨日人が死んだのに誰も荷物を調べたりとか、検問とかなかったな」


 背後に遠ざかっていくウージアの外壁を見つめながら呟いた。少なくとも街を出る時に呼び止められるのを覚悟していた僕は肩透かしを食らった気分だ。


 同じ馬車に乗っているファルナが冷めた様に口を開いた。


「まあ、人が死ぬのが日常茶飯事な街だってことと、そもそも死体が見つかっていない可能性もあるしね」


「なんつう街だ」


 幌を閉めて馬車の行く先に視線を向ける。明日には首都アマツマラに到着する。


 思えば濃い旅だったと思う。ネーデの街を出てからアクシデントの連続だった分、余計にそう思えた。それも、もうじき終わると思うと少し寂しくもある。


 ―――ふと、引っ掛かりを覚える。


 何か大事な事を忘れているような気がしてならない。

 すると、ファルナがそういえば、と前置きした。途轍もない嫌な予感が僕を襲う。


「そういえば、決闘・・は今日の昼にすんだろ。頑張りなよ」


「根性」


 ファルナとオイジンが励ますように親指を立てる。

 僕は壊れたロボットの様に頷くしかできない。声に出さずに胸中で叫ぶ。


(しまった!! すっかり、忘れてた!!)


 約束の決闘が始まるまで四時間を切っていた。


読んで下さって、ありがとうございます。

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