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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第2章 祭りへの旅路
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2-16 眠らない街

 パラパラと弾丸のような音をたてて、幌に雨が降る。朝から降り続く雨のせいで街道は泥道となる。そのため馬車の車輪が轍に引っ掛かり立ち往生してしまう。


「こんちくしょう!!」


 叫びながら泥濘に嵌った馬車を一人で後ろから押す。だけど、いくら力を籠めても馬車はビクともしない。時間をかけると全身が雨に濡れ、服が雨を吸って重い上、体温が奪われる。このままでは風邪をひいてしまう。


「頑張んなよー、レイ。いくら春でも、長雨に当たると風邪をひいちまうぞ」


「努力」


 馬車の中から気の抜けたような応援が送られた。


「喋ってないで……手伝ってくれないかな!!」


 雨が目に入らないように下を向きながら言い返す。だけど閉じた幌の向こうからはからかう様にファルナが応える。


「んー? そりゃだめだよ。せっかく使えるようになった精神力操作を使いこなすためのチャンスを奪っちゃ可哀そうだろ」


「……自分が使いこなせるようになったからって」


「負け惜しみかい? それよりも早く泥から脱出しないと先頭の馬車に遅れちまうよ」


 これ以上何を言っても負け惜しみになる。言い返すよりも早く終わらせるべきだと思った。


 再び、両手に意識を集中する。

 ―――イメージしろ。

 全身を駆け巡る、血管とは違う管を。そこを流れる精神力を両手に回せ。


 すると、春の雨で冷たくなった体の中で両手だけが違ってくる。まるで焼けた石を握りしめたような熱が両手に宿る。

 成功した喜びに浸る前に車輪が泥に嵌った馬車を後ろから押した。今の自分の力量ではもって数秒しかこの状態を維持できない。


「うぉぉおおお!!」


 ぐらり、と。中に乗っていた人や物が揺れ、泥を乗り越えて前に進む。馬が嘶き前へと足を進める。

 雨で煙る視界にすらりとした褐色の手が伸びたのを反射的に掴んだ。柔らかい手から想像できない力で馬車へと引っ張り上げられた。


「お疲れさん。随分と濡れちまったな。ほら、布だよ」


 僕をいとも簡単に引っ張り上げたファルナは布を放り投げた。

 動き出した馬車の中で、体を拭きつつ後方を振り返る。


 ロージャンの港町を出てから二日目。夕方にはウージアに着く。今日は朝から雨が降り続いていた。




 一昨日。


 シードラゴンの甲板上で最後の修業を終えた僕は一日中眠りについていた。目が覚めたのは昨日の夕方だった。

 不規則な振動に合わせて揺れる体。濃い木材の香り。薄らと開けた目に飛び込んできたのは赤い夕日に染まる幌だった。


「……あれ? ここは……馬車?」


「あ、目が覚めたなレイ。ったく、お前って奴は何だか知らないけど寝てばっかだな」


 愚痴りながらも僕に水を指し出したファルナ。受け取り喉を潤してから眠っている間の事を聞いた。

 どうやら僕は精神力操作の修行で自分の体内にある精神力を根こそぎ使い切ってしまい、精神力切れを起こして倒れたそうだ。

 それに加えて船上でずっと師匠との特訓を繰り返していたため疲労が自分でも気づかない程溜まっていたらしく、結果丸一日以上寝ていた。


 そのため起きて早々、取り損なった食事を始めた。だけど自前の食料だけでは足りずに携帯食料の干し肉と干しぶどうをファルナから分けてもらい胃に詰め込むまで、腹の音の合唱団が収まらなかった。


「ごちそうさまでした。ありがとう、ファルナ」


「や、タダじゃないから」


「……了解」


 差し出された手に頬が引き攣りそうになるが、巾着を取り出してガルスを払う。


「それで、いまはウージアに向けて移動しているってわけか」


「まあ、そういうことになるな」


 そこで一つ思い出したことがあり、ファルナに尋ねる事にした。


「ねえ、ファルナ。ジェロニモさんが言っていたけどウージアの街で一泊するって話。あれって何か理由があるの?」


 疑問という程の事では無かったのであそこでは口に出さなかったが総勢17人を泊めれる宿を一泊の為に探す手間や料金を考えると、街で休まずに野宿をするという選択肢は無かっただろうかと言う考えがあの時浮かび上がった。


 ファルナは、ああそのことか、と言うと、オイジンに頼んで一枚の紙切れを木箱から取り出してもらう。


 馬車の床に紙が広げられた。

 それは各馬車に配備されてる地図だった。南北に長い東方大陸の全体図が載っている地図が僕らの足元に広がる。


「シュウ王国は名前の通り王を頂点に仰ぐ君主制の国だ。大陸を東西に分けるバルボア山脈の西側は殆どシュウ王国と言ってもいい。そんでここが首都だ」


 ファルナがバルボア山脈の真ん中あたりを指す。アルファベットでアマツマラと書かれている。この旅のゴールだ。

 確かに地図は国ごとに色分けがされており東方大陸の西側は殆ど一色だ。だけど不思議な事にバルボア山脈の南の端。東方大陸の南東部は何の色もついていない。


「ここはシュウ王国じゃないの。この……メスケネスト平野って書いてある場所は?」


「そこは違うな。どこの国も手が出せないモンスターが蔓延る危険地帯。資源が豊富とも言えない枯れた大地が延々と広がる場所だから誰も手を出さない場所さ」


「ふーん。……なるほどね」


 納得すると、ファルナが脱線した話を戻す。


「このシュウ王国は首都からウージアまでを王の直轄領に。ウージアからロージャンの港町までを王の従兄が。そしてウージアから北を王の第一王子が。ウージアから南を王の第二王子がそれぞれ治めているんだ」


 喋りながら指で領地を四つに分ける。地図にもウージアを中心に東西南北に街道が伸びており、ファルナが示した四つの地方は色が同じだが濃淡がバラバラだ。


「王家が国を四つに分けてそれぞれを治めているの?」


「そーゆうことさ。一応形としては王の所有地を三人に貸し与えている事になってる。だから彼らは税を王に献上するのさ」


 一拍の後、ファルナの指がウージアを指す。


「そして、問題のウージアは今言った四人の誰も治めていないんだ」


「え? じゃあ誰が治めているんだ」


 僕が驚いて尋ねると、ファルナが待っていたと言わんばかりににやりと笑う。


「王太后さ……つまり、今の王の母親さ。といっても後妻で王家の誰とも血の繋がりは無いんだけどね」


 地図を見下ろしたままファルナは解説を続ける。


「先王が死去したのが大体十年前。権力を自分の手で握りたかった王は後妻を疎ましく思い首都から追い出そうとした。それを予期していた後妻は自分から条件を出したのさ。それがウージアの自治権だった」


「王は何でこんな道が交差する良い場所をみすみす渡したの?」


 経済の素人でもこのぐらい分かる。人の通り道はそのまま経済の流通を意味する。それが交差する場所なら富が集まる場所だと分かりそうだ。


なんだよ。後妻が此処に離宮をつくるまではウージアは交易路から外れた場所だった。それをここに着いたばかりの後妻は大規模な土木工事を行って街道を整備した。道幅を広くし、木を等間隔に植え、巡回の騎馬兵を配置する。そうすると自然と旅人はこの街に立ち寄るようになるだろ。結局、元々あったロージャンから首都まで伸びていた旧街道は誰も通らなくなって廃れちまったのさ」


 ファルナの言葉からまだ見ぬウージアが人の往来で賑わう姿をイメージする。モンスターが蔓延る世界で安全は何よりも得難い。それを都市が積極的に行うなら人はそちらに向かうのは当然だ。


「次に王太后が行ったのは宿屋への補助金だ。それのお蔭でウージアでは格安で宿に泊まれるようになった。そこまでされちゃ、商人や冒険者もこの街を訪れるのは必然。あとは富が転がり込むのを待てばいいって寸法さ。それにウージアにはもう一つ大きな特徴があるんだ。何だと思う?」


 急にファルナが問題を出してきた。僕は顎に手を当てて考える。


(交易路の交差点となったから大きな市場が立つ? いや、それは特徴と言えるほどでは無い。何か資源が取れるとか、観光業を営むとか……ああ)


 観光業と頭の中で浮かび連鎖的にある事柄と結びつく。僕はそのまま口に出す。


「例えばだけど、賭博場とか……あとは娼館とかかな?」


 途端に、ファルナのアイスブルーから底冷えする視線が放たれる。侮蔑まじりのその視線を受けて自分が何を口にしているのか遅れて気づく。


 慌てて手を横に振る。


「なんて、冗談だよ、冗談。アハハ、正解はなにかなー?」


 自分でも白々しい演技と思うが必死に誤魔化す。だけどファルナは盛大な溜息を吐くと、一言、


「正解」


 と、不機嫌そうに言った。


「え? 正解なの」


「そうだよ。賭博と女。冒険者や商人、旅人が喜ぶものだろ? うちの親父なんかウージアに寄る時は男衆を連れて朝帰りだぞ! なあ、オイジン」


「……」


 寡黙な青年は一貫して無言を貫くが、額に一筋の汗を垂らしている。


「大体、レイ! アンタこそ何で一回で正解すんだよ。このバカたれ!!」


「理不尽だな、オイ! 正解したのにこの言われようかよ!!」


「うっさい! このムッツリロリコン変態!!」


「ああ、思い出した!! エリザベートに僕がロリコンだと言いやがったな!! あれ訂正しろよ!」


 馬車の中で僕らは言い争いをする。御者は耳を押さえて馬を操縦するのに集中し、オイジンは巻き込まれないように押し黙っている。五分程言い争い、二人とも叫び疲れて肩で息をする。結局、僕のロリコン疑惑は払拭できなかった。


「はぁはぁはぁ。……話を戻すよ。いわゆる観光業で富を手に入れた王太后に他の王族がウージアの自治権を寄越せて迫った。だけど抜け目のない王太后は王に収める税金を一番多く出して王家を黙らせているって話さ」


「ちょっと待ってよ。そもそもどこからそんな金を用意したの。王宮からは持ち出せないだろ」


 流石に王にも体面はあるだろうからある程度の金銭を用意したはずだ。でもその程度の金で今までの事業を行えたとは思えない。


「んー、それがちょっとややこしい事があってな。後妻はこの国の女じゃなかったんだ。遠い西方大陸の覇者。帝国の王族だった」


 ファルナはシュウ王国を指すと、一気に横へスライドした。バルボア山脈を越えて東へ。地図には海しかないがその先にあるだろう西方大陸を指さす。


「もしかして政略結婚とか?」


 物語でありそうな話を思い出す。強国同士が同盟や停戦のために一族から生贄を選び敵国に送り出す。戦国時代の日本にもあった出来事だ。


「まあ、その通りだな。当時バルボア山脈を挟んだ東の国々と海を挟んで向かい合っていた帝国は貿易問題で戦争寸前まで行きかけた」


 彼女の指先がバルボア山脈の東側。幾つもの色に分かれた地方の上で止まる。


「でも、戦争を回避したい帝国は背後から圧力をかけて欲しいと考えてシュウ王国に政略結婚を持ち出した。王太后が後妻として嫁いだのは彼女が15の時。夫となる先王は60才を超えていた」


「60才!?」


 年の差は45才の夫婦を頭の中で想像した。皺くちゃのおじいさんに寄り添うように立つあどけない少女の姿を。流石に異質、というか、異常といえる。


「普通に政略結婚を申し込むなら当時35才ぐらいの現王の側室としてとか、従兄の后とかなんだろうけど、シュウ王国側は自分たちの家系に帝国の血を混ぜる事を厭い、老荘の域に達していた王に押し付けたんだ。……結果から言っちまうと王太后には子供がいない」


 同じ女性として思う所があるのかファルナは苦々しい口調で吐き捨てるように言った。だけど、一つ疑問が浮かび上がる。帝国側の事情は分かったがシュウ王国側が何故この政略結婚を断らなかったのか?


「理由は簡単さ……帝国は強い・・んだよ」


 ファルナが僕の表情から疑問を察したのか断言するかのように言い切った。


「もし、戦争が始まり東方大陸に帝国の橋頭堡が出来たら王国は帝国と戦争する羽目になるかもしれない。政略結婚の一つで帝国が戦争を回避する気があるのならそれに越したことはないって判断したんだろうね」


「そんなに帝国は強いの?」


 僕の視線は地図の切れた先にあるだろう西方大陸の覇者に目を向ける。


「何言ってんの? そりゃ、強いさ。ここ百年ぐらいは戦争をしていないけど、少なくとも地上に存在する国の中では一番強いんじゃないかな」


 ファルナは簡単に言い切る。まるで、当たり前の事を聞かれて戸惑ってさえいる。その反応から、この世界に生きる人なら誰でも知っている事実があると理解した。それを聞くべきかどうか迷っているうちに彼女は言葉を継ぐ。


「まあ、とにかくだ。帝国側も政略結婚さえ成立すれば良かったから相手が高齢でも目を瞑った。結果、15歳の少女は単身異国に嫁がされたってわけ」


 15才の少女がどれほどの苦痛を、辛酸を味わっただろうか。結婚もしていない若造の僕でもおぼろげに想像できる。頼る人も無く、後ろ盾も無く、ただ結婚をしたという証明の為に王宮で暮らす日々。


「そして10年後。夫が死んで首都で暮らすこともできず、かといって自分を外国に売り渡した故郷に戻れずにいた彼女はウージアで戦う事を選んだ。なんと彼女は故郷に自分の事業に出資しろと迫った。噂話だけど帝国の王室、つまり自分の家族を脅迫したらしいぜ!」


 ファルナの顔が溢れんばかりに輝いている。まるで尊敬する人物を口にしているように語尾も強く、跳ねるような声色だ。


「その結果ウージアをギャンブルと娼館が立ち並ぶ眠らない街へと作り替え、シュウ王国と帝国にそれぞれ金を齎すことができた。今では『女帝』なんて渾名が出来たほどさ。カッコいい話だろ。一度お会いしてみたいんだよな。こう女傑、って感じでさ」


 彼女が妙に詳しいのが不思議だったがこれで分かった。あこがれの存在だったからだ。強い人から話を聞くのをライフワークにしていると聞いていたが、強いの定義は戦いだけでなく、誇り高いとか、心が強いとかそういうのも含むようだ。そこまで話していると、馬車が止まる。オイジンが僕らに短く、停泊地、と言った。


 僕らは地図を畳むと馬車を降りて夕食の準備へと取り掛かる。空は生憎の曇り空だった。




 食事と言う名の宴会を抜ける。背後ではまたしても冒険者たちの歌が合奏のように奏でている。今日は目が回るほど忙しかった。なにせ一日中馬車で眠っていたのだ。その分を取り返すべく食事の準備から野営の支度までずっと働いていた。


 正直もう朝まで眠りたいがそうも行かない。この後、火の番をするために今のうちに仮眠を取ろう馬車に戻ろうとしていた。


 ロージャンの港町を出てからまだ、エリザベートとレティの二人と話をしていないのを思い出す。話しかける時間が無いのもあるが、明後日に控えた二回目の決闘を前にエリザベートがピリピリとした空気を醸し出している。迂闊に近づけない雰囲気に気おくれしてしまい、夕食の席も離れた所を選んだ。

 自分の弱い心にため息しか出ない。


「お? そんなところで何してんだ、レイ?」


 そんな僕を後ろから呼び止める声がした。振り返ると、師匠が酒ビンを片手に草原に捨てられていた丸太に腰掛けていた。そういえば宴の席で見かけていないのを思い出す。


「体調はどうだ? あの後、気絶したと思ったらずっと眠りやがって」


 すでに出来上がっているのか暗闇でも赤くなっているのが分かる。


「一日寝ていたおかげかスッキリとしましたよ。……師匠はここで何を? 宴に加わらずにこんな所で」


「ん? まあ……あれだ。月見酒だよ」


 僕は無言で曇り空を見上げた。夜空のどこにも月は浮かんでいない。師匠も言ってから空を見上げると、あ、と小さく呟いた。

 彼は気まずそうに頬を掻くと、誤魔化すように声を張り上げた。


「大体よ! オレは言ったはずだぞ。最後の修業だって」


「急に何を言い出してんですか?」


 僕が返すと、師匠は杯を煽りアルコールを喉に流し込んだ。口元から垂れる液体を拭うと、言葉を紡ぐ。


「だからよ……昨日の修業でオレとお前の師弟関係は解消されたはずだろ?」


「―――え?」


 僕は何故だか衝撃を受けて、言葉を失う。確かに、元々決闘で勝つための方法を教えるという目的で結んだ師弟関係。精神力操作の基礎を手に入れた時点で解消してもおかしくは無い。


 おかしくは無いはずなんだが。どうしてだか、心にぽっかりと穴が開いたように思える。この世界で育んだ絆が一つ消えた様に感じた。


「……どうした? そんな傷ついた顔しやがって」


 思わず顔を手で触れる。自分がどんな表情をしているのかわからなかった。師匠は舌打ちをすると杯に酒を注ぎ、一気に飲み干した。


 酒臭い息を吐きつつ、彼は口を開く。


「お前はこの先、一人ででもあの二人を守るって覚悟を決めたんだろ。男ならそんなしみったれた表情をすんなよ。お前はもうオレの弟子じゃない」


 一拍の後、師匠だった人は言葉を継ぐ。


「一端の冒険者だろ」


 空いた穴が埋まる様に思えた。僕は自然と頭を下げる。心の中に湧き出た言葉をそのまま口にする。


「ありがとうございました。……オルドさん!」


「よせやい。呼び捨てで構わねえよ。お前はオレの部下でも弟子でもない対等の冒険者だ。前の様に呼び捨てにしな」


「はい……オルド」


「……やっぱり、ムカつくな。ガハハハ!!」


 月をも隠す曇天の下、オルドの笑い声が響いた。




 ガタン、と馬車が飛びあがる。その衝撃で意識が現実にもどる。途端に雨の湿った匂いが鼻をついた。


 馬車の中を見るとオイジンは周囲を警戒する様に幌の隙間から目を離さない。ファルナは目を瞑り、精神力操作を行っている。彼女の右手に集まった力をゆっくりと武器に纏わせていく。

 集中しているファルナを見習い僕も精神力操作に集中する。まずは力を必要な分量溜める時間を短くする。


 今朝、オルドから言われた事だが僕はまだ基本のきの字しかできていない。まず、精神力を体に纏わせる程度を一秒以内に出来るようになるべきだと言われた。

 師弟関係を解消したから、これは先輩冒険者からのアドバイスと前置きをしつつ、彼は言った。まず、精神力を手なり、足なりに一秒以内に込めれるようになる。そしたらそれを全身に纏わせるようになり、それから武器に纏わせるべきだと。


 僕はオルドの言う通りに朝から暇を見つけては集中して精神力操作を繰り返す。

 だけど、先程の馬車を押すにしても力を籠めるのに五秒近く掛かった上に、それ以前に一度失敗している。

 いまも右手に込めようとした精神力は管の中で霧散していく。成功率は五回に一回くらいだ。


 決闘を明日に控えておきながらこの進捗状況を考えるとため息しか出ない。落ち込んでいると、御者が声を上げた。

 僕ら三人は彼の指さす方を見た。そこには雨ではっきりとは見えないが、大きな塀がそそり立つ。


「レイ。あれが眠らずの街。ウージアさ」


 ネーデの街を出て、カラバの港町を通り、ロージャンの港町を経て、遂にシュウ王国の中央まで来た。


 精霊祭まであと四日。


 首都までは馬車で二日。


 決闘は明日だ。


読んで下さって、ありがとうございます。

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