2-14 戦技
思わぬ収穫に対してにわかに忙しくなる甲板。水夫だけでなく手すきの冒険者たちも海面に下ろした小舟を使い、ホーンホエールの死体を切り分ける作業に加わる。
残念ながら魔石は吹き飛んでしまい肉も美味しい所はだいぶ消失したが、それでも腹のあたりの肉を確保できるとロータスさんが教えてくれた。
僕と師匠はそんな彼らから少し離れた場所で服を脱いでいる。僕は海水で濡れたために、師匠は血で濡れたために。原因は違うが液体で濡れたのが気持ち悪くて服を乾かす為に上半身だけ脱いだ。もっとも師匠は元から上半身は裸に近かったが。
インナーを絞ると海水が甲板を濡らす。師匠は血に塗れた体を布で拭いている。
「ん? 使うか?」
「嫌ですよ、そんな血まみれの布。……それで、さっきの戦技ってなんですか?」
差し出された布を拒否する。まだ日も高いためここで日光を浴びていれば乾くだろうと思う。
その代りに、先程の師匠の披露した戦技について尋ねた。
あの巨大なモンスターを一撃で倒した戦士の切り札。この世界に来てから衝撃を受ける事だらけだったが、ある意味一番の衝撃と言える。
魔法は異世界ならあり得るかなと思っていたが、あの一撃は圧巻だ。今の所魔法を使えない僕にとって希望ともいえる。
だからか言葉尻に若干興奮の色が混じる。そんな僕の精神状態を見抜いたかのように師匠は口を開いた。
「あれを使いたいと思っても、お前にはまだ無理だぞ」
断言する口調だった。自分の思いを見抜かれた気恥ずかしさと、使えないと言われた衝撃で言葉が出ない。
その間に血を拭う手を止めずに師匠は言葉を継ぐ。
「そもそもだ。お前は技能についてどこまで知ってるんだ?」
「えっと……大まかにいうと受動的と能動的の二種類があって」
「いや、そうじゃなくてだな。……いいか、技能はそいつの資質を表している」
僕の言葉に被せる様に師匠は語り始めた。いつもの粗野な雰囲気ではなく、熟練の冒険者としての面を見せる。
「人にはそれぞれ持って生まれた才能や属性、性質などいろいろな要素がある。それらが複雑に絡み合い、互いに影響している。言ってしまえば可能性の原石だな。それがレベルアップした時や強敵と戦ったり、心に大きな影響を受けた時に宝石へと昇華する。それが技能だ」
「……人の可能性」
「おう。例えばオレは土属性の近距離戦士。精神力はそれほど高くないがSTRやENDは飛びぬけて高い。そのため所有している技能はロータス辺りに言わせると筋肉バカに特化している」
なるほど、と納得できる。
「そんで、うちの娘のファルナは火属性の近中距離を得意とする魔法戦士。能力値も飛びぬけて高くは無いがバランスが良い。戦士向きの技能も魔法使い向きの技能もどちらも持っている」
師匠は内緒話をするかのように小声で話す。周りに人がいる場所で娘とはいえ、人のステータスについて話すのはマナー違反なんだろう。
しかし、そう考えると僕はどういう人間なんだろう。能力値はMAG以外まんべんなく上がり、技能はを含めて戦闘補助系のみ。僕の可能性は近接戦闘向きなのだろうか。
少しだけ考え込んでいる間に師匠は話を進めようとする。僕は意識を師匠へと向ける。
「でだ、話を戦技に戻すぞ。……お前はさっきの《毀棄爆裂》を見てどう思った? 見た感想を言ってみな」
「……発動時に師匠の斧に……エネルギーの塊が注ぎ込まれたのを感じました。それがホーンホエールの上体を吹き飛ばしたように見えました」
「ほー。昨夜のサンドバックもちゃんと効果があったな。流石オレ様だ。ガハハハ!!」
楽しそうに師匠は笑う。サンドバックにした張本人が何を笑うんだと憤慨しそうになる。だが納得できる部分もある。一晩中見えない斬撃を肌で感じる事に取り組んだおかげかボンヤリとだが人の体に流れる力を感じる。
いまも甲板を忙しそうに行きかう人々の中にある力の有無や大小を肌で感じる。
一番大きいのはロータスさんだ。彼女の力の大きさは飛びぬけている。次に大きい師匠ともかなりの差がある。ちなみに意外な事にシードラゴンで三番目に大きい力の持ち主はレティだ。
「お前が感じているのは精神力だ」
師匠は布を甲板に空中に投げると、一閃。目にもとまらぬ速さで背中に背負っていた斧を振り回した。
哀れにも血まみれの布切れは半分にちぎれてしまう。だけど僕の目は斧に釘付けだった。斧の周りにぼんやりと力が覆っている。
「これは戦技を使える奴なら全員使える精神力操作だ。精神力を武器に纏わすことで武器の切れ味を上げる。もちろん武器以外にも精神力は込めれるぞ。防具に込める事で防御力を、道具に込める事で効果の上昇を、そして肉体にもな」
言うなり斧に込めていた精神力を肉体に移動させた。肌で感じるしかできないが確実に師匠からの圧力が増している。そして、これには覚えがあった。
「ゲオルギウスと対峙した時に、これに近い感じを味わいました。アイツのはもっと冷たい、殺意を具現化した圧力でしたけど」
「ゲオルギウスクラスなら圧力だけで人を殺すこともできるかもな。ホント全力のアイツと戦わなくて良かったぜ。っと話がそれたな」
師匠は体を包んでいた精神力を散らす。途端に感じていた圧力が消えた。
「実は昨夜の修業中。オレはずっと木刀に精神力を込めていた。お前は気づいてなかったが最後の方は確かに避けていたんだぞ」
まったく記憶にない。昨夜の最期の記憶は木刀に上下左右に撃たれた所だ。あの後、気が付いたら段ベッドで寝ていた。痛みで動けないからそのまま目を瞑り、オイジンに起こされるまで眠っていた。
「戦技はこの精神力を纏わせた状態で発動させる神秘。物理法則を捻じ曲げ、結果だけを無理やり引っ張る技だ。オレの《毀棄爆裂》は文字通り爆発を引き起こす」
「……なんちゅう無茶苦茶な」
「一応分類では能動的技能に含まれる。ほかの能動的技能は一度使えばチャージタイムが必要だろ。だけど戦技は精神力が足りていれば連続で発動できる。詠唱も短くて済む。ある意味戦士にとって必需品だ。そして」
一拍の後、師匠は言葉を継ぐ。
「多分だが、あの嬢ちゃんも持っているぜ。戦技をな」
「―――っ」
その言葉の意味を理解して、衝撃を受けつつもどこか納得した。切り札を隠し持っていたことに安堵した。まだ、勝ちの目は潰えていない。
「あの時のお前は気づいていないだろうが、ほれ、お前のバスタードソードが切断されたろ。あの時に精神力を剣に纏わせてたんだよ」
「それで僕の剣はあんなに簡単に切られたんですか」
「ま、そういうことだな……ここまでの説明で戦技については概ね理解できたな」
僕は頷いた。まだ聞きたいことはあるが、いまは後回しにする。
「そいじゃ、今日の修業を発表するぞ! 心して聞け!!」
「はい、師匠!!」
どうも、師匠と呼び始めてから僕にも彼の暑苦しい熱血がうつってきたかもしれない。ホントは体育会系じゃないのに。
「戦技はそいつの戦いの経験を凝縮した黄金の雫。今のお前にはどうにもできない。だが、武器に精神力を纏わすのは出来る……かもしれない」
若干首を傾げながら師匠は言葉を継ぐ。
「だからお前は木刀に精神力を込めてオレの木刀と打ち合え。……オレは振り切るつもりでお前を襲う。精神力で木刀を固めないと……死ぬぞ」
ぞくりと、背筋が凍る。死ぬと口にした瞬間。師匠の気配がスイッチを入れたかのように切り替わる。僕の前に居るのは『岩壁』のオルドだ。
僕は慌てて生乾きのインナーを着て、足元に置かれた木刀を拾う。師匠も同じ木刀を握りしめる。握りしめた木刀に精神力がまとわりつくのを肌で感じる。
「じゃあ、行くぞ、レイ」
「―――って、どうやって精神力を込めるんですか?」
「んなもんは、勘でやるんだよ!」
剛と、音を立てて師匠は木刀を横に振った。まだ構えても居ない僕の木刀はその一撃で根元から切断してしまう。
目の前で木の柄だけになった木刀を見下ろす。切断面はとても同じ木刀で切断されたとは思えない程、綺麗だ。これなら僕の体を砕くどころか切断もできるかもしれない。
「チッ、外したか」
「外したかじゃねえよ! 本気で殺す気か!!」
木刀の残骸を抗議する様に師匠へと投げた。しかし、彼は簡単に撃ち落す。
「ったく。しょうがねえな。オイジン、あれ持って来い!」
「了承」
通りかかったオイジンに何かを指示すると、寡黙な青年は甲板の隅に置かれている大きな風呂敷を担いで持ってくる。
どさり、と音を立てて置かれた風呂敷を前に、嫌な予感がした。衝撃で結び目がほどけ包んでいた物が零れ落ちる。
木刀の山だった。寸分たがわず、バスタードソードに似せたサイズの木刀が30本以上積まれている。
「苦労したぜ。これだけ拵えるのはよ。ちなみに袋はあと二つあるぞ。まっ、これだけありゃ、修行には充分だろ」
肩を回して愚痴る師匠。僕は信じられない物を見る様に彼を凝視した。そこで見たくない物を見て、ぎょっとなった。
つやつやと肌色の良い中年男の目の下にくっきりと濃い隈が出来ていた。
目の前の木刀の山と併せて考えた結論を口にしていた。
「もしかして……師匠、徹夜明けですか?」
「おう!!」
親指を立てる師匠に対して頭が痛くなった。この人の今日の破天荒な行動は徹夜明けのハイテンションからくるものだった。
奇妙な高揚感に浸る師匠は轟音を振るわせて木刀を振るう。
「さーて、弟子よ。お前は何本目で精神力操作ができるかな?」
にやり、と獰猛な笑みを浮かべて師匠は木刀を構えた。逃げ場がない事を悟った僕は落ちてる木刀を掴んで叫ぶ。
「だー!! こうなったら自棄だ。行きますよ、師匠!!」
「その意気やよし!!」
気合と共に木刀を振り下ろした。
―――結局。用意された87本の木刀は燃えるゴミと成り果てた。
「……これは何でしょうか?」
「おにーさんだった物だよ」
「過去形で言うなよ、レティ。おい、レイ。こんな所で寝てんじゃないよ」
頭上から声が降って来る。目を開けると美少女三人組が僕を見下ろしていた。
あの後、意気軒昂に師匠に挑んだが、武器に精神力を纏わせる技術は都合よく手に入らなかった。
木刀が砕ける音と、僕の体が砕ける音が合奏した。死にかけるたびに回復魔法を使えるレティを始めとした『紅蓮の旅団』の冒険者たちにお世話になった。
昼飯を取らずに木刀を全て使い切るまで挑んだ。最後の記憶はメインマストの中腹まで弾き飛ばされた所だ。空が燃えるように赤いのを見ると時刻は夕方になっていた。
痛む体を起き上がらせる。
「まったく。親父も無茶な事をさせるよ。アタシに出来ない事をレイにやらせようとするんだから」
ぼやく様に言いつつ、ファルナは背中に手を当てて、起き上がる僕を支えてくれる。
「それじゃ、ファルナでも出来ないの?」
「ムカつくことにね。普通はレベル50を超えてようやく武器に纏わせることができるさ。そう言う意味でもリザはとんでもない天才だよ」
「そんな……私なんて未熟な半端物です」
慌てて手を横に振り否定するエリザベート。僕はそんな彼女に向かい躊躇いがちに口を開いた。
「……エリザベート、恥を忍んで聞きたい。……精神力操作のコツってある?」
事もあろうに決闘相手に秘訣を聞いたのだ。隣のファルナが怒ったように、いや、怒っているのだろう。勢いよく僕の後頭部をはたいた。
衝撃で目がちかちかする。
「な……何すんだよ、ファルナ!」
「だまらっしゃい! アンタにはプライドってもんは無いのかい!!」
「はっ! そんなもんに固執していたら決闘をする前に師匠の修業で死んじまうよ!!」
死んでも《トライ&エラー》で戻るだけだが。
もっとも、このままいくと《トライ&エラー》が何度も発動して壮絶なイタミを味わうことになる。さすがにゲオルギウスの時に味わったイタミ程では無いだろうが、それでも僕と師匠のレベル差を考えると相当なものになるはず。
ある意味、断崖に追い詰められている。明日を無事に迎えるために誇りを捨てでも聞く必要がある。
そんな僕の悲痛な心を読んだのかおずおずとエリザベートが口を開く。
「私の流派でのやり方でよろしかったら、お教えします」
「ありがとう、エリザベート! まさに、君は命の恩人だ」
喜びから思わず彼女の手を取る。陶磁器のような白い肌に朱が差したように見えたのは夕日のせいだろう。
ファルナが僕の首を掴んで引きはがす。
「いいのかリザ? アンタの流派が何か知らないけど、一応精神力操作は秘密にするもんだろ」
「いいの、ファルナ様。むしろ私の流派では精神力操作を最初に覚えるの。よかったらファルナ様も一緒に聞く?」
「本当かい? それじゃお言葉に甘えて」
エリザベートに誘われてファルナも精神力操作の講義に参加することになった。レティは夕食の仕込みがあるからと厨房に向かう。その際に僕に向かって早く来るように言って彼女は降りて行った。
僕らは邪魔にならない甲板の隅で集まり座る。エリザベートが僕らに掌を見せる。
「見てください。人の手に血が通う管がありますよね。私たちの流派では目には見えないけど、精神力を全身に行き渡せる管が存在すると考えます」
僕らはエリザベートの細い手にうっすらと浮かぶ血管を見る。それにしてもこんな細い手で凄まじい剣裁きを行うとは。実際に目の当たりにしていても信じられない。
そんな細い柔らかな手に、力が集中するのを感じる。
隣に座るファルナも同じように感じているのだろ。小さいながらも驚嘆の声を上げた。
「二人とも感じる事は出来ますね。人によっては精神力を色や形で見る事が出来る人もいますがたいていの人は肌で感じます。だから二人とも、利き手を出してください」
エリザベートに促されて僕らは利き手を差し出す。彼女は両手に精神力を宿した状態で僕らの手を握る。
「感じてください。私の管から放出された精神力が二人の皮膚に触れているのを。そしてイメージしてください。自分にも管があると」
「いや……感じてくださいって言われても圧力を感じるだけで」
「お、おお!?」
イメージ出来ない、と続けようとしたがファルナにさえぎられる。横に目線をずらすと彼女は目を見開き、自分の手を見つめている。エリザベートはそんな友人の姿から何かを察して手を離した。
すると、ファルナの利き手に精神力が集まっているのを感じる。エリザベートからの精神力では無く、ファルナの体から放出しているようだ。
数秒の出来事だった。瞬きをする間のほんの数秒だが確かにファルナは精神力操作をしていた。
「で、できてる! アタシにも出来たよね、リザ!」
「はい。おめでとう、ファルナ様」
感極まったようにエリザベートに抱きつくファルナ。そんな友人を慈愛の微笑みを浮かべて抱きしめるエリザベート。
二人の姿は夕日も相まって一枚の絵画のようだった。周りの水夫や冒険者たちも微笑ましそうに二人を見つめる。
僕は空気を読まずに沈みゆく夕日に向かって叫びたいのを必死に堪えて、厨房に向かった。
「ファルナが出来てどうすんだよ!!」
「急に何を突っ込んでんだ、バカ弟子」
「いや、流石にあそこで突っ込む勇気は僕に無かったんですよ、師匠」
日がすっかり沈み、月が空に姿を現している。時刻は夜。
僕は戦場のような厨房を戦い抜き、またしても甲板にて修行を行う。
ちなみに今日の夕食はホーンホエールの竜田揚げと刺身をメインにオートミールにサラダとなっていた。
地味に魔物の肉を食べるのは初めてだった。緊張しつつ竜田揚げを口にした。片栗粉で上げた衣はうすいスナック菓子のような触感を齎し、肉を噛み切ると汁が溢れる。まさに絶品と言えた。
レティに聞くと、魔物の肉は栄養価も高く、動物よりも活発で行動的な為、味が良い場合が多い。中には毒抜きをしないと食べられない物もあるが冒険者にとって迷宮を長期間潜る時にはこぞって食べるそうだ。
刺身も弾力があるものの舌にねっとりと絡みつき、大変美味しかった。もっとも醤油が無いのが残念だった。この世界で醤油が無いのなら作る事を視野に入れようと誓う。
「おい、レイ。口から涎が出てるぞ」
「おっと、いけない……それで師匠。今夜は何をするんですか? 木刀は無いですよね」
指摘されて涎を拭いてから、呼び出した師匠に尋ねた。すると、彼は自分の掌に精神力を集め出した。
そして、右手を僕に差し出して言った。
「お前さんの利き手をだしな」
「これ、もうやりましたよ」
「―――なんだと?」
驚く師匠。目を見開き、口が半開きになっている。僕はそんな彼に夕方にあった事を伝えた。
すると、師匠は髭を擦りながら、難しい表情を作る。
「あの嬢ちゃんが……このやり方を知っている……ふん。何となく素性が読めたぞ」
「……何か分かったんですか? 彼女たちの事で」
僕は尋ねたが師匠は頑として答えずに居た。そして仕切りなおすように僕に手を差し出した。
「ロータスに言われちまってな。もう船に居る回復魔法の使える奴は軒並み精神力切れだと。これ以上お前を痛めつけると回復できないと脅されてな。それでこれを試してみる事にしたんだよ」
なるほど、と納得しつつ僕は師匠の節くれだった手を握る。エリザベートとはまた違った圧力を感じる。
僕らは甲板に座って互いの手を握りしめる。
「あの……師匠」
「言うな、レイ」
「いや、言わせてもらいますけど……この絵面は酷くないですか!? 15才の少年と40才を越えている中年が夜の闇の中何も言わずに握手をしているのは」
周りからの視線が突き刺さる様に痛い。特に柱の陰から見つめてくるエルフの視線が強烈だ。
「これ何時までやるんですか?」
「……オレの精神力が尽きるまでだ」
―――結局。オルドの精神力が切れたのは四時間後だった。
もちろん、僕は精神力操作に成功していない。
読んで下さって、ありがとうございます。




