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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-11 ジャマル・グセイノフ

 アルビノ砂漠にあるオアシスの一つに辿り着いた王族の正体。それはダリーシャスの従兄にあたる、ジャマル・グセイノフという王子だった。ジャマルは数十人規模の私兵を引きつれ、オアシスの外れに天幕を張って、根城にしているのだと市場で情報を入手した男は言う。


「王子。これは好機です。ジャマル様はファラハ様につこうとした方ではありませんが、それでも首都を離れこのような僻地に居るという事は、ワシャフに与しているという可能性は低いはずです。議事堂で何があったのか。それを探る絶好の機会かと」


 ラシードの言葉は至極真っ当に正しい。何しろ、レイ達は議事堂で反乱が起きたのは知っているが、その具体的な事実を把握していない。分かっていることは、オードヴァーン家の人間と、それに繋がる者達が虐殺されたという事実だけだ。


 いまは首都の北で討伐軍を旗揚げしたダリーシャスの兄、アフサルの元へと向かうのが先決ではあるが、それでも何がこの国で起きていたのかを知るというのは重要な事だ。


「それに、ジャマル様を味方にすれば、アフサル様もダリーシャス様を褒めて下さるはずです」


 これも真っ当な考え方である。仮に、ジャマル・グセイノフが渦中の議事堂から脱出し、ワシャフたちに追われているのなら、彼の身柄を確保してアフサルの元へ辿り着けば、アフサルの陣営に利を生む行為になるはずだ。それはそのまま、ダリーシャスの手柄となる。


 理と利を説いて主に提案するラシードの姿は正に忠臣であり、恥じるところのない。そんな部下に対して、主であるダリーシャスは顔を手で覆い、天を仰ぎ見る姿勢のままポツリと。


「……知らなかった事に出来んか?」


 と、実に情けない一言を発した。思わず、レイが前のめりにこけそうになる。ラシードが慌てて、


「さ、流石にそれは出来ないかと思われます」


「だよなー。だよなー。……ああ、13神よ。何故、貴方方はよりにもよって、あの男をこの地に。ほかにも幾らでも候補はいたでしょうに。高望みとは申しませんが、もう少しアクの薄い奴を。欲を申せば、御しやすい奴が良かった」


 そのまま神への愚痴を垂れ流し始めたダリーシャスを置いて、レイはラシードにジャマルがどのような人物なのか尋ねた。


 ダリーシャスは外交官という立場からか、割とどんな人間が相手でも平然と対応できる人間だ。その彼がここまで嫌がるという人物だけに、逆に興味が湧いてきた。少年は小さな手で頬を掻くと、どこから話したらいいのだろうかと押し黙った後、ゆっくりと口を開いた。


「ジャマル・グセイノフ様を一言で申すなら、いささか度が過ぎた蒐集しゅうしゅう癖のある方です。自らの行動を決める指針も、己が趣味を優先させる、いわば趣味人と申しますか」


 どういう意味なのかと尋ねると、ラシードは詳しく語り出した。


 元々、ジャマル・グセイノフの父、カービード・グセイノフはこの国における文化、芸術面における絶大な権力者であるという。


 乾いた大地が国土の六割を占めるデゼルト国において、主力の産業は放牧と装飾品の類。そして、美術品だ。古くは複雑な模様を編み込まれた織物が。いまは絵画や、彫刻などが諸外国の貴族、王族、豪農などに大変人気で、外貨獲得の為に国が一丸となって奨励している。


 その指揮を執るのがカービード・グセイノフとその子らだとラシードは語る。


「カービード様は早くから教育に目をつけ、国内に職人の卵を養成する学校を設立。これはと見込んだ子供は学ぶのに授業料は免除となり、更には国から生活費が支給される厚遇ぶり。そのため、各地から名を上げようとする職人の卵が大勢集まりました」


 その結果、デゼルト国は多くの職人が誕生し、彼らが生み出した美術品が他国において高値で取引されるようになったという訳だ。現王にはダリーシャスの父を含めて、四人の子供が居るが、その中でもカービードはずば抜けた財力を有していた。


「そんな中、ジャマル・グセイノフ様は美を信奉するお方ではありません」


「え? それじゃ、ジャマルは何を蒐集しているんだ」


「えっと、それは……何と言いますか。……その」


 急に言葉を濁し始めたラシードにレイを始めとした聴衆の視線が突き刺さる。視線に押されるようになってしまう少年にようやく助け舟が舞い降りた。


「人だよ。……ジャマルは人を蒐集するのだ」


 ダリーシャスが神への愚痴を吐き尽くしたのか、疲れ切った様子で話しに参戦した。


 しかし、人を蒐集すると言われても何のことかレイには分からなかった。その様子を察したダリーシャスが嫌そうに解説を加える。


「カービード叔父の所には莫大な金が集まるようになると、ジャマルはその金を元手に金貸しを始めた。狙いは主に貧乏な冒険者だ」


 ジャマルのやり方は狡猾だとダリーシャスは語る。ギルドを通じ、低金利を謳い、冒険者たちに対して気前よく金を貸していく。よもや、身分のしっかりしている王子が、冒険者を嵌める訳ないと周りは油断してしまった。


 その実、ジャマルの用意した契約は月日が経つごとに金利が上昇していくという悪質なもので、借金を返す為に迷宮に潜り、それが出来なくなれば借金の為に借金をするという悪循環に陥る。冒険者は雪だるま式に増えて行く借金を前に一つの選択をする。


 それはジャマルとの間に奴隷契約を結ぶという事だ。


「ジャマルはな、人を蒐集する癖があるのだ。それは冒険者に限らず、美男美女。珍しい種族なら死体でもいいと思っている奴だ。金で手ごろな冒険者を自由に使える私兵にしたら、あとは芋づる式だ。時に誘拐紛いの事をしたり、時に闇ギルドを通じて購入したり、あるいは……いや、これ以上はやめとこう」


 レイの顔色が怒に染まり始めたのを見て、ダリーシャスは語るのを止めた。成程、確かにダリーシャスの数倍性質が悪いと評されるのにふさわしい人物のようだ。


「……だが、ラシードの言う通りなのだよな。……気は進まんが、従兄殿に会うとするか」


 重い腰を上げたダリーシャスの顔に、悲壮そうな覚悟が宿っていた。そして、橙色の視線がちらりとレイを撫でた。


「それに。こっちにはアイツが興味を引きそうなのも居る事だしな」


 ぼそりと呟いた内容はレイの耳に届かなかった。しかし、何か不吉な予感が少年の体を電流のように貫く。






 ジャマル・グセイノフに会いに行くのに、ダリーシャスの供はレイとラシードの二人だった。あまりぞろぞろと連れていくと、向うが警戒するかもしれないという配慮だ。だとしたら、相手を刺激させないために冒険者である自分は残った方が良いのではないかと思ったのだが、レイの付き添いはダリーシャスたっての願いだった。断る訳にはいかない。


 三人はオアシスの端にあるという天幕に向けてあるきだし、目的の天幕を発見した。


「こりゃ、あれだろうね」


「うむ、あれだな」


「……あれですよね」


 三人が三人とも何とも言えない表情で天幕の方を見つめた。どうしてあれ程早く情報が収集できたのか。そして、どうしてオアシスで噂になっているのか。その答えが目の前にあった。


 普通の天幕をその身に三個も四個も収められそうな巨大な天幕。それを中心に異様な冒険者たちが牙を研いでいるのだ。人数にして六十人は居るだろうか。男も女もいれば、獣人種も居る大所帯だ。それこそどこかのクランが集結したかのような状況だ。


 そして、異様なのは彼らの出で立ちだ。冒険者なのは一目見て分かるのだが、身に纏っている防具が、少々扇情的なのだ。男も女も区別なく、肌や局部が露わになっている、防御力皆無の防具にレイは頭痛を覚える。レティたちを連れてこなくてよかったと思ってしまう。それほどこの空間は異様といえた。


 幼いラシードは気恥ずかしそうに下を俯くので、レイはそっと前に出て少年の視界を防いだ。


「もしかしなくても、この冒険者たち全員が、ジャマルの奴隷、ってことでいいのかな」


「……おそらくな。まったく、悪趣味極まるとはこの事か。まるで冒険者の見本市ではないか」


「いや、これは変態の見本市だよ」


 筋骨隆々の男が臀部を晒し、木陰に寝転ぶ年端もいかない少年が娼婦のような薄い下着を纏っているのを見て、レイはにべもなく言う。


「とはいえ、随分と物々しい雰囲気だね」


 異様な空間を更におかしな方向へと拍車を掛けていたのは、冒険者たちから発せられる刺々しいまでの威圧感だった。まるで臨戦態勢を取っているかのような集団だった。その雰囲気に当てられ、オアシスの市場も殺気立っていたのだ。


 変態の見本市を遠巻きで見つめていても仕方ないとばかりにダリーシャスが先頭切って歩き出すとレイ達も付き従う。無数の視線が突き刺さる中、一直線に天幕へと進もうとすると、行く手を冒険者へんたいが遮った。


「待て。ここより先は、主の天幕しかない。用のない者はお引き取り願おう」


 言葉は冷静だが、手は剣の柄へと伸びている。いまにも抜き放ちかねない状況で、レイが前に出る。睨みあうレイと冒険者に対して、ダリーシャスが後ろから声を発した。


「まあ、待て。用はある。其方らの主に、ダリーシャス・オードヴァーンが参ったと伝えよ。それで伝わるはずだ」


「……オードヴァーン!? ……しばしお待ちください」


 あからさまに驚いた表情をした冒険者は小走りで天幕の方へと向かい、少しして、毛色の違う者を引き連れ戻ってきた。どうやらジャマル・グセイノフの従者らしく、ダリーシャスの顔を知っているのか、驚きを顔に貼りつけていた。


「これは、これは。ダリーシャス様。御息災そうで、何より。これも13神のご加護かと」


「うむ。それで、ジャマル殿との面会を希望するが、如何する?」


「少々お待ちください」


 従者は恭しくひざを折ると、天幕の中に居るであろう主の元へと戻った。そしてほどなくして、従者が戻ってきた。


「主がお会いになるとの事です。ささ、どうぞ中へ」


 長身の従者はにこやかに言うと、天幕の入り口を開き、ダリーシャスを中へと招き入れた。続いてレイが入ろうとすると、


「申し訳ありません。護衛の者はここでお待ちください」


 と、止められてしまう。それも仕方ないと引き下がろうとするレイの手をダリーシャスが鷲掴みにした。


「いや、スマンがこやつらも中に入れさせてもらう。レイ、それにラシードも来い」


「それはなりません、ダリーシャス様!」


 従者の金切り声を無視して、ダリーシャスはレイとラシードを天幕の中へと引きずり込んだ。眩い日差しに遮られた薄暗い室内に目が慣れず、レイは何度か瞬きを繰り返す。視覚の代わりとばかりに嗅覚が甘ったるい香を捉えた。


 外では従者が冒険者を集めている声が響く中、天幕の中央から声が投げかけられた。


「随分と騒がしいなぁ。まったく、お前はどこに居ても騒動を引き起こす奴だ」


 甘ったるい、鼻につく声。それは天幕の中央に座す青年の声だった。厚みのあるクッションを幾つも重ねた山の上に身を投げ出し、ほとんど裸同然の美女二人を傅かせ扇で風を送られる青年がダリーシャスに笑いかけた。


「心地よい静寂の邪魔をしに来たのか、ダリーシャス」


「なに、単に近くを寄ったので挨拶に来ただけだ、ジャマル」


 ジャマルと呼ばれた男はふんと鼻をならす。そして、美女に命じてダリーシャスにクッションを出させた。流石にレイ達の分は無く、座るダリーシャスの後ろに控えている。


 ようやく薄闇に目が慣れて来た。レイは天幕の中央に座する男を見上げた。男の容姿は特段優れているとは言えないが、しかし王族らしい傲慢さが顔に出ていた。年はダリーシャスよりも上かもしれない。気になるのは、投げ出された足だ。添え木と包帯で固定されているその足は、骨折しているのだろうか。


 その男と視線が合ってしまった。


「……不敬だぞ、貴様。王族の顔を見つめるとは」


 途端、声に不機嫌さが混じる。レイはしまったと思うが時すでに遅かった。


「その責、首で贖うといい」


 遠まわしに死ねと言われたレイはどう弁明するべきかと逡巡する。すると、ダリーシャスが待ったと口を挟む。


「スマンな、ジャマル。こやつは俺の護衛なのだが、どうにも王家に対する敬意というものに欠ける奴でな。粗忽物ゆえ許してはくれんか」


 と、頭を下げた。その行動にジャマルは驚き、しばし黙った。


「……ふん。ならば、此度は道理の知らぬ者ゆえ、特例につき許そう。しかし、次はないぞ」


「……ありがとうございます」


 頭を下げたレイに興味を無くしたのか、ジャマルはダリーシャスへと視線を向けた。


「それで? この状況下で俺の元に参ったのだ。何か、用があっての事だろう? 何用で参ったのだ」


「はっはっは。従兄には隠し事が出来ん。では単刀直入に聞こう。あの日。議事堂で何があったのか、教えてくれんか」


 ふむ、と気だるげそうにジャマルは呟いた。胡乱な瞳は何を考えているのか分からず、もしかすると何も考えていないのではないかとさえ思えてしまう。しばらくしてから、男は霞がかった声で返した。


「何が起きたのか。それは確かに知っている。だが、それを貴様に話した所で、俺に何の益があるというのか。叔父上に伍する力を持たず、このような地に居る貴様に話してもな」


「これは辛辣だな。ならばと思い、其方好みの者を連れてきたのだというのだ」


 男の視線がどういう意味だと無言で問いかけると、ダリーシャスは背後に控えていたレイを指差した。


「この者の名はレイ。《ミクリヤ》所属の『緋星』のレイだ。耳ざとい従兄殿ならこの名を知っておろう」


 途端、男の体が前に傾いた。熱い視線がレイに注がれる。明らかに、喰いつき方が違うのだ。成程、この為に自分を呼んだのかとレイは今更ながらに知った。ジャマルから情報を引き出す為にて土産とした、言わば、この男を釣るためのエサだ。それならば先に説明をしておけと腹は立つが、自分が居る事で情報が円滑に手に入るならばと納得した。


 上段から止まる事なく注がれる視線にレイは辟易しつつも、耐える。


「ふむ。ふむ。ふむ。いま、売り出し中の冒険者。『緋星』のレイ。成程、実物は噂通りか。黒髪に白が混じる、実に洒落た姿だ。果たしてこれが、いかにして緋色へと変化するのか。ふふん、興味がつきんな」


「おっと、そこまでにしてもらうか。これ以上は、遠慮してもらうぞ」


 途端、ジャマルが不機嫌そうに眉を潜めた。人を蒐集するという趣味人にとって、人間観察を邪魔されるのは耐えがたい苦痛なのかもしれない。明らかに憮然とした態度でダリーシャスを睨む。


「なに? 俺に献上するために連れて来たのではないのか」


「これは俺の護衛。貴様にくれてやる道理はない。まあ、見るぐらいなら、構わんがな」


 悔しそうに歯噛みするジャマルだが、なにかを納得したのか舌打ちするだけで留まった。そして、美女二人に対して外に出るのと、自分の従者に対して何もするなと伝言を託した。


「……仕方あるまい。面白い者を見せてもらった礼だ。あの日、議事堂で何があったか。それぐらいは語ってやろうぞ」


読んで下さって、ありがとうございます。

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