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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第7章 熱砂の国
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7-10 オアシス

 砂漠の大地に、青い空が映りこむ。空の青さが映し出す湖面の周りを木々がうっすらと囲い、背の低い建物が染みのように集まっている。


 馬の背のような丘から周囲は一望できた。眼下にはオアシスがあり、そこにぶら下がるように小さな街があった。そして、驚きなのは、この砂漠のどこに居たのかという疑問を抱くほどの、隊商の列が目視できた。


 まるで、砂からはい出したかのような黒い点が、近づくにつれ人の列となっていく。溢れんばかりの荷物を一人で背負う商人もおれば、ちょっとした軍列のような大規模の隊商と、数も種類も様々だ。


「これは凄いわね。どこから、こんなに人がやって来たのかしら」


「砂漠は広く、各商会によってどんな道を行くか違います。そして何より、同じ道を何度も使っていれば、そこを狙われる恐れもあります。だから、どの隊商もなるべく他の者達と遭遇しない道を選び、旅をしているんですよ」


 シアラの疑問に答えたラシードはそのまま丘を降りて行く。レイ達も少年の後を続いて行った。






 オアシスの市場へ辿り着くと、レイはあっという間に取り囲まれた。


「お客さん、お客さん。冒険者だろ!? この薬、よく効くポーション。いまなら五百ガルドの所を四百に負けてあげるよ」「坊主! そんな貧弱ななりで、この先を行くなんて無理だぜ。ほれ。お前さんの細腕でも使える盾だ。お代は三千だ。高いっていうなよ、これでも大分値を抑えてんだから」「見てくれよ、このラピスラズリの輝きを。美しいだろ。ほれぼれするだろ。だけど、それだけじゃないんだ。持っていれば、所有者の不幸を払うっていう効果が付いているんだ。どうだ、スゲエだろ。そんなスゲエのをいまなら、アンタだけに譲ってやってもいいぜ」「お兄さん。夜の相手を探しているなら、ぜひ、うちの娼館へ。東の美女に西の美女。上は熟れ、下は瑞々しいのが揃っているわ」


 全て客引きのようで、商品を手に持ってはレイに買わせようとセールストークを展開する。それはさながら散弾銃の如く。厄介な事に、弾切れする様子はなく、尽きる事の無い言葉の嵐がレイを襲った。


「いや……ちょっと待って、僕はそんなの買うつもりは。あ、困る! ポケットに商品を捻じ込まないで!」


 そんな時、背中をぐいと引っ張られた。重心が後ろに傾き、軽く足を払われた。流石に倒れるような真似はしなかったが、それでも後ろへと体が投げられる。入れ替わるように押し売りの前に立ったのはラシードだった。


 流石に強引な押し売り達も少年であるラシードを見て勢いを削がれた様子だ。もっとも、それは刹那の時間に近かった。すぐに口を開き、矢継ぎ早に弾丸が飛ぶ。


 その刹那の間にラシードは動いた。


 きらり、と。


 少年の掲げた指先が太陽の光を浴びて輝くそれは百ガルド硬貨だ。全員の視線が集まったのを確認すると、少年は拳を固く握り、空に向かって投擲した。


 あっという間の光景だった。


 潮が引くように、放物線を描いて飛んだ物へと人々は殺到した。つい先程まで迫っていた押し売りは、地面に落ちた物へと群がった。一仕事終えたとばかりに両の手をかるく叩く少年は、


「さあ、行きましょうか」


「……あ、ああ」


 どうにか返事をしたレイを連れて、ラシードは市場を慣れたように進む。


 オアシスの市場は行商人が御座や屋台を出して、旅人が詰めかけ、足の踏み場もないほど賑わっていた。着いて早々、レイは先程の押し売りに捕まってしまい、身動きが取れないでいた。


「気をつけてください。オアシスだと冒険者。特にレイ殿のようなお若い方は侮られ、カモとされかねません」


「反省します。……さっきの百ガルドは弁償するよ」


 言って、自分の金を取り出そうとするレイをラシードは制した。


「弁償なんていりません」


 どういう事かと不思議がるレイの前で、少年は百ガルド硬貨、そして小さな石を指の間に挟んでみせた。


「もしかして、さっき投げたのは」


「はい。石の方です」


 少年は言いながら、指を巧みに操り硬貨と石を交互に入れ替えて出す。まるでマジシャンのような華麗な手さばきだった。


「はぁー。凄いね、大したもんだよ」


 素直に感心すると、ラシードは嬉しそうにはにかみ、しかし、すぐに表情を改めた。唇を真一文字に結び、視線を前へと無理やりに固定した。砂漠の縦断が始まり、三日以上過ぎたというのに、まだレイとラシードの距離は縮まっていなかった。


 ダリーシャスの目がある所では、事務的な対応ではあるが話しかければ返事をし、質問をすれば答えてくれる。だけど、主の居ない場所では、レイの方に意識を向けまいとする壁を感じていた。かといって、ラシードが《ミクリヤ》のメンバーと打ち解けていない訳では無い。


 リザやシアラとは言うに及ばず。レティやエトネも年が近い事もあってか、なんと呼び捨てで呼び合っていた。


(まあ、当然といえば当然なんだよな。……だけど、やっぱりへこむな)


 特に琥珀色の瞳が冷たく、詰るような視線を向けて来れば、レイの心に寒々しい感情が訪れた。ナリンザと同じ瞳な分、ダメージは深い。


「……そ、そういえば他の皆は?」


「……レイ殿が捕まっている隙に、塩を売りに市場の奥へ。僕だけ貴方を迎えに戻りました」


「それは……ほんと、スイマセン。……ちなみに、僕の事を殿なんて、畏まった呼び方をしないでもいいんだよ」


「分かりました。レイ殿


 がっくりとレイは肩を落とした。


 だけど落ち込んでばかりは居られない。レイは護衛の役目を忘れないように、背を伸ばして周囲を見渡す。ここに来るまで追っ手のおの字も無かったが、北に近づくにつれプラティス家の追撃はあり得るとラシードは言っていた。


 レイにはこの雑踏の中で追撃部隊を見分ける目は無いが、それでも普通じゃない人間を見抜く力はあった。


「これは……随分と物々しい雰囲気だな」


「どういう事ですか?」


 レイが呟いた内容にラシードが足を止めた。だけど、レイはその少年の背中を押して、無理に歩かせようとする。


「止まらないで。変な動きをすると、余計な事に巻き込まれるかもしれない。……市場のあちこちで目を光らせてる奴らが居るんだ。二人から四人ぐらいの組み合わせで、辻の一つ一つに立っている」


 素早く説明すると、ラシードの琥珀色の瞳がきょろきょろと動いた。そして、レイの言う通り、市場の辻に番人のように佇む男たちが、人の流れに埋まることなく周りを睨みつけているのを見つけた。


「あれはおそらく、この市場。ひいてはオアシスを牛耳っている勢力の私兵でしょう。ですが、言われてみれば、確かに変ですね。数が多すぎるし、何より顔が強張っています」


 そのせいで、周囲の客が居づらそうにしている。不穏な空気を感じ取ったラシードは足早に市場の奥へと向かった。


 待ち合わせの場所に居たのは駱駝とキュイ、そしてダリーシャスと《ミクリヤ》のメンバーだった。


「ご主人さまー! こっちこっち!」


 ぴょんぴょんと飛びはねるレティの元へ辿り着いたレイ。すると、エトネがレイの足をぽかりと叩いた。そしてどこか嬉しそうに、


「ダメでしょ、おにいちゃん。一人でこうどうしちゃ」


「あら、いつもとは逆の光景ね」


「……はい。申し訳ありませんでした」


 エトネは満足そうに頷くと、レイの足にしがみ付いていた。どうやら一人にならないようにとしてくれているようだった。


「御苦労だったな、ラシード」


「いえ。それよりも王子。他の者は一体どうしたのですか」


 ラシードは部下たちの姿が見えない事を不思議に思った。すると、ダリーシャスがレイを含めて手招きする。顔を寄せた二人にそっと耳打ちした。


「あやつらは情報収集しに行ったのだ。其方らも気づいているだろ。このオアシスの物々しさに」


 レイ達は無言でうなずいた。


「探りを入れたら、面白い情報が転がってきたのだ」


 一拍開けて、ダリーシャスは言う。


「このオアシスに、王子が隠れているという話なのだ」


「「ええっ!?」」






オアシスに到着して一時間も経たない内に、ダリーシャスの存在が噂になった、という話ではないようだ。


「つまり、纏めると。二日ほど前からオアシスに此処を牛耳ってる奴の私兵がうろつくようになった。その原因が、戒厳令厳しい首都から脱出した王子のせいだ、と」


「うむ。塩を買い取った商人はそう噂をしていた。そこで、あやつらには情報収集の為に動いてもらったのだ」


 腰を下ろしてダリーシャスの話を聞く二人。すでに話を知っていたリザ達は荷物の番をしつつも、周囲の警戒を怠らなかった。


「驚きました。議事堂を脱出した方がいらしたなんて」


 クーデター当日、渦中の現場に居たラシードには衝撃の大きい話だった。レイもてっきり、逃げ出せた者は他には居ないと思い込んでいただけに、驚きは大きかった。


 しかし、ダリーシャスの表情は硬い。


「いや、そうとも限らんぞ」


「……と、言いますと?」


 ラシードの言葉に、どこからか拾って来た石を三人の前に投げだしたダリーシャスは、


「この石を、その首都から逃げ出した王子だと仮定しよう。……さて、問題は、この王子がどの状況で逃げ出したのか。其方らには判断がつくか?」


 と、質問を投げかけた。二人は一瞬顔を見合わせ、そして気が付いた。


 それは分からないのだ。


「そうでした。議事堂での反乱があった直後に脱出した王族かと思ったのですが、そうじゃない。その後に首都を脱出した王子という可能性もありえます」


「なるほどね。この王子が、反乱があった前までどの勢力についていたのか。それが分からないのか」


 クーデターが起きる前、デゼルト国王族内は三つの勢力に分かれていたという。


 一つはオードヴァーン家。一つはプラティス家。そしてもう一つが様子を伺っていた中立だ。


「いくつか確認だ。まず、議事堂には俺と兄上を除いた、国内に居た十九人の王族。その全てが居たのだな」


「はい。全員のお顔を確認したわけではありませんが、確かに全員が議事堂に入ったとの話です」


「だとしたら、十九人の内の誰かが、こやつということになるのだな」


 三人の視線が石に集中する。


「今の所、確実に死んでいると思われるのは誰だ。候補を削っていかないと、見当もつかんわ」


「……ではまず。ファラハ様とナジム様。このお二方は……おそらく」


 ダリーシャスの父親と弟が減り、これで残りは十七人である。次にダリーシャスは王族で、父親に与していた者を探す。


「父上に票を投じる予定だったのは、誰だ?」


 レイはアクアウルプスでジェロニモが話していた、デゼルト国の王族に関する事を思い出した。


 王子の数は全部で二十一人。現王の子が四人。そして、その者達の子供が合計して十七人。立候補しているのが二人という事は、過半数の十一を確保すれば勝利。そんな中、ファラハ・オードヴァーンは九票。ワシャフ・プラティスは七票確保しているという話だ。


 九票のうち、自分と三人の息子たちの分を除けば、残りは五票だ。


「それぞれ、カービード様とバシア様のご子息たちです」


 誰だという話を聞く前に、ダリーシャスが解説をする。


「カービード・グセイノフ。そしてバシア・ジブリールの二人は父の弟。つまり、この者らも叔父に当たる人物だ」


「ちなみに、ワシャフ・プラティスが長兄。ファラハ・オードヴァーン様が次男。そしてグセイノフ様とジブリール様らがそれぞれ三男、四男となっています」


「じゃあ、この四人が病気で倒れた現王の息子たち。そして、その子供らが孫で、そのうちの一人があんたって訳か」


 そういう事になると、ダリーシャスは纏めた。


「話を戻しますと、父からの情報ではカービード様、そしてバシア様の両名からの票はまだ貰えていなかったですが、その下の子らから、合計で五票を手に入れたとの事です。残り両王子、そしてその子らを合わせた五票はどちらに転ぶのか、まったく分からない状況でした」


 そこで、レイははたと気が付く。カービードとバジアの合計で十人、ファラハが四人。つまり残った王族の数はちょうど七人という事になる。そして、ワシャフ・プラティスの持つ票の数も七なのだ。


「ちょっと待ってくれ。そしたら、ワシャフが持っている七票って」


「ワシャフ・プラティスには六人もの子が居ります。つまり、あの者が持っている票は全て身内の票という事になります」


 レイは開いた口が塞がらなかった。デゼルト国の王族は婚姻関係において厄介な縛りを抱えている。それは娶れる妻は必ず十四氏族の者だけで、しかも一人産んだら、その妻を元の氏族に戻すというのだ。


 必ずしも男子が生まれてくるという訳もない。女子が生まれれば、妻と共に氏族へと返すのが習わしだとダリーシャスは言っていた。そんな中で、十四氏族の中で六つの氏族の血を手に入れたという事になるのだ。


「まあ、それだけ叔父上は無茶な事をしてきたという訳だ。神前投票において、子供らの票が多ければ多いほど、それはそのまま力になる。だけど、そんな事の為に十四氏族の娘を無理やりかどわかした事も過去にあったという。はっきり言って、十四氏族で叔父上を毛嫌いしている者も居たな。その結果、叔父上に表立ってつこうとする者は居らず、様子見を続けているのだろう」


「だからこそ、焦りからあんたの暗殺や、こんな反乱をしでかしたって訳か」


「かもしれん。……さて、話を戻すが、叔父上の触れではたしか、父上に与する王族を殺したという話だったな」


 ラシードは頷き、数名の王族の名前を上げる。ダリーシャスはその者らの名前を頭に刻み込み、そして、いま名前の挙がらなかった王族達の顔を思い出す。


「もし、この地に逃れた王族が、反乱の旗が上がった議事堂から抜け出した、父上に与する王族ならばよい。しかし、もし違うのなら、どいつもこいつも、一癖ある者達ばかりではないか」


 ため息と共にこぼれた感情は、厄介な状況への疲労。このような状況下において、敵なのか味方なのか分からない相手というのは実に始末が悪かった。


 そのまま待つこと三十分。情報収集に向かった一人が、息を切らせて戻ってきた。


「王子。はぁ、はぁ。……このオアシスに潜伏する王族の身元が判明しました」


 息を整える間もなく、男は言う。


「カービード・グセイノフ様が一子、ジャマル・グセイノフ様です」


 その名は、ラシードの口から出ていなかった。つまり、様子見の五票の一つという事になる。誰なのかとダリーシャスに尋ねようとすると、青年は顔を両手で覆い、天を仰ぎ見ていた。


「……ダリーシャス。えっと、その。……めんどくさい、相手なのかな」


 恐る恐る尋ねたレイに、ダリーシャスはこくりと頷いた。そして、顔を押さえる手の隙間から、呪詛のように低い声が漏れ出した。


「最悪だ。……考える中で、一等に厄介な奴だ。……俺の数倍は性質が悪いぞ、あやつは」


読んでくださって、ありがとうございます。


次回の更新は三十日月曜日頃を予定しております。

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