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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第2章 祭りへの旅路
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2-9 主の条件

 ぞくり、と首筋のうぶ毛が立つ。エリザベートから放たれる刃のような殺気が僕を捕まえて離さない。彼女のたおやかな指が腰に提げている片手剣の柄を撫でる。

 晴れた青空を思わせる青の瞳に剣呑な光が宿る。隣で成り行きを見守っているレティのエメラルドグリーンの瞳にも僕に対する困惑の色がにじみ出ている。


「―――仰っている意味が分かりません」


 固い声色で絞り出すようにエリザベートは言葉を紡ぐ。


「いま、私達を買うと仰いましたか?」


「……ああ、そうだ」


 僕は堂々と視線を上げてエリザベートから視線を逸らさない。一段と膨れ上がった殺気に当てられても折れない意志を込めて彼女を見つめかえす。

 途端に、エリザベートがため息を吐くなり、場を圧倒していた殺気が萎んでいく。片手剣を抜くための半身の構えを解き、柄にかかっていた手をだらりと垂らした。


「殺気に当てられてもなお意志を貫こうとするのを見ると、本気の様ですね」


 どうやら僕は、エリザベートに試されていたようだ。成り行きを見ていたレティも姉の演技に騙されていた事を憤る。


「もー! びっくりしたよ、お姉ちゃん。ここでお兄さんの首を切り落とすんじゃないかとハラハラしたよ」


「ごめんなさい、レティ。……それでレイ様」


 抗議する様に怒る妹に優しく微笑みかける姉の姿から先程までの烈火の気迫を放っていた剣士と同一人物とは思えなかった。そんなエリザベートが僕と正対し口を開く。


「どういう意図なのか説明をお願いしたいのですが」


「分かってるよ。話は単純だけどね。……僕は君たちが欲しい」


 と、言い切った。

 素直な気持ちを口にしたつもりだった。


 しかし、彼女たちは僕の思いとは違ったニュアンスで受け取った。二人ともぽかんとした表情を浮かべると正反対の行動に出た。


「えー? お兄さんったら大胆ー!! 私たちが欲しいなんて過激ー!」


 照れた様に顔を赤らめているが口元に悪魔的な微笑みを浮かべているレティ。彼女はエリザベートの背中に隠れるや煽る様に言った。

 遅れて正気を取り戻したエリザベートは顔を真っ青にして戦慄くと、先程演技で放った物よりも濃い殺気を放つ。顔色も瞬く間に真っ青から真っ赤に変化していき、こめかみに青筋が浮かぶ。


「あ……あなたは何を言っているんですか!! 私はともかくレティはまだ、12ですよ!! ファルナから冒険王と同じ病を患っている言われた時はまさかと思っていましたが……命の恩人とはいえ今の貴方はまさに外道! 首を落としますからそこに直りなさい!!」


「すっげぇ、言われようだな!!」


 思わず声を荒げて言い返した。特に聞き逃せないのがファルナの下りだ。アイツ、まだ僕の事をロリコンだと思い込んでいるのか。

 その誤解は後で解くとして、現在進行形で発生しようとする惨劇を回避するのが先決だ。


 僕は慌てて手を前に出してエリザベートから距離を取った。彼女は今にも剣を抜いて、一足飛びに切りかかろうとしていた。


「待った! 僕が欲しいと言ったのは君たちの力や技術だ!」


「―――へ?」


「なーんだ。やっぱりそうかー」


 声が届いたのか狂戦士と為りかけていたエリザベートは獣のように発していた殺気を徐々に拡散する。背後に隠れていたレティはつまらなそうに呟いた。


(というか、分かってたなら姉の暴走を止めろよ!!)


 心の中でレティに文句を言いつつ彼女らに真意を口にする。


「つまりだ。僕はここに来るまでに見た君たちの持つ戦闘力や旅に必要な技術。それに性格とかを含めて、僕の旅に君たちが必要だと思ったんだ」


「待ってください。戦闘力と言いましたが私の戦っている所を見たのは三回だけですよね? それだけで判断したのですか?」


 話しを遮って疑う様にエリザベートが口を開いた。確かに、僕は彼女の全力を見たことは無い。しかし、嫌と言うほど聞かされた。


「ここに来るまでに馬車の中で延々とファルナから聞かされたよ。君たちの戦ってきた道程をね。それを判断材料にしたんだ」


「……そうでしたか」


「はいはーい。質問! あたしを買おうと思ったのは何で?」


 納得した様に引き下がるエリザベートに代わり、レティが手を上げて質問する。


「レティの場合は回復魔法や盾の魔法もそうだけど、一番は旅に必要な技術を一通り修めているから。それも高い水準でね」


 褒める様に言うと、目の前の幼い少女は照れた様に身を捩る。これはお世辞とかでは無く、本気で思っていることだ。


 例えばスープ一つ作らせてみると、キャラバンの皆がお代わりを求めて殺到する程の絶品を作り、薬草から作り上げたポーションの出来栄えを見てあの冷静なロータスさんが驚いていた。

 レティは幼い見た目から想像できないが恐ろしく芸達者な少女だ。妹を褒められて嬉しそうに微笑んでいたエリザベートが今度は口を開く。


「では次の質問です。貴方がまだ駆け出しの冒険者だという事は知っています。つまり、気分を害すような言い方になりますがお金はさほど持っていませんよね。私達を買う資金を何処から調達するのですか? まさか……」


 彼女は言葉に詰まりながら、しかし、物言わぬ目線で雄弁に語り掛ける。出所の怪しい金を使う気ですか、と。


 僕は周りを見渡す。

 埠頭では先程から騒がしくしている僕らを遠巻きに盗み見している水夫や市場の人たちがいる。特に男性の視線は女神のように整ったエリザベートに集中している。


 周りに聞かれない為に二人に近づき、耳を貸すように言った。二人も自分たちが注目の的になっている事に気づき、素直に従った。


「実はネーデの街で魔人と戦った時に魔人の血を小瓶一つ分回収したんだ」


 二人は驚いたように目を見開き僕を見る。咄嗟に自分の口に伸ばした指を当てて秘密にするようにとジェスチャーで指示をする。姉妹は揃って自分の口に手を当てて塞いだ。


「まあ、そう言うわけだから購入資金の目途は着いているよ。ファルナから聞いたけど戦奴隷の相場はレベルに対して2から3万ガルスを掛けるんだよね。二人のレベルは?」


「私は42です。レティは15です」


(多めに見積もって210万ガルスぐらいは必要か……果たして魔人の血にそれぐらいの値が付くかどうか)


 鞄に大切に仕舞ってある小瓶を思う。すると、エリザベートが考え込みながらも口を開いた。


「恐らくですが……それ・・を精霊祭のオークションに出品するのですよね? それでしたら私達を購入してもお釣りが山のように出るでしょう」


 と、保証する様に言うと、一拍開けた後言葉を継ぐ。


「しかし、そうすると疑問があります。そのような大金を持ちながら、何故・・私達なのですか?」


 空を思わせる青い瞳に疑念の色が渦巻いている。姉の背に隠れる妹も同じ思いを抱いているようだ。


「あの夜、私が言ったことを覚えていますか?」


「―――ああ。解放されたくない奴隷も居るって。君はそう言ったね」


「なら、それの意味を理解できない程、貴方は愚かでなのすか?」


 辛辣な内容を口にする。無論、僕にも考える時間はあった。そして一つの可能性に行きついていた。

 僕はゆっくりと、自分で確かめる様に口を開いた。


「おそらく君たちは奴隷の身分でいないといけない理由が存在するんだね」


 こくり、と声も無くエリザベートは肯定した。僕はそんな彼女に言葉を継ぐ。


「そして、それは君たちの命に関わる事。逆に奴隷でいる分には安全だと言う事」


 再び、こくり、と彼女は頷いた。


「その秘密は決して誰にも知られてはいけない類の物。それを知られると身分が奴隷であろうと君たちに危険が訪れる」


「そこまで分かっているなら……何故私達を求めるんですか!」


 咎めるような口調でエリザベートが叫ぶ。苛立ちを隠せずに拳を強く握る。その姿が傷ついた幼い少女のように見えて、気が付くと僕は彼女の頭を撫でていた。身長差はそれほど無いため、少し背伸びをする。


 彼女は驚いたように目を見開いた。青の瞳に僕が写るほど近い。


「僕も誰にも言えない秘密がある。多分言っても理解されない秘密さ。……だからかな。秘密を持つもの同士、仲良くできるんじゃないかな?」


 そう、口にすると、エリザベートは困惑した様に眉をひそめる。

 その時、僕らの背後に音を立てて馬車が止まった。先頭の車両からオルドが降りてきた。


「到着! オメェら、商会の帆船に荷物を積み上げたら飯にすんぞ!!」


 続々と到着する馬車に向かって怒鳴ると、後続の馬車から景気の良い返事が返った。満足そうに頷くと、オルドは僕らを見つけて不思議そうに首を傾げた。


 僕は慌ててエリザベートの細いサラサラとした頭髪から手を放すと、


「それじゃ、返事は後で構わないから。一応選択肢の一つに加えてくれると嬉しいよ」


 と、捲し立てながらその場を逃げた。背後からエリザベートが何かを言おうとする気配を振り切り四台目の馬車へと走る。


 彼女たちから死角になる場所まで来ると、思い切りへたり込んでしまう。下が土だろうとお構いなしに身もだえする。


(ぐわーーーー!! 勢いに任して何を口走ってんだ僕は!! はずかしー!!)


 見てくれは15才だが精神は20才。自分が青臭い事を口走った事に耳から火が出るほど恥ずかしい思いを抱く。

 正直《トライ&エラー》で戻りたいとさえ思う。


「……何やってんだ、コイツ?」


「不明」


 荷を下ろそうとするファルナとオイジンが僕を気味の悪い物を見る目をしているのに気付くのはもう少し後だった。




「はぁ? レイの奴がアンタらを買いたいって言った?」


「ええ。……どう思う、ファルナ様?」


 フェスティオ商会の帆船に馬車の荷物を載せる作業中。木箱を運んでは落としそうになったり、何もない所で躓いたりして不審な行動をするレイの様子を見て疑問を抱いたファルナはエリザベートに尋ねた。二人は仲好くなったとはいえ、対外的に身分差があるため人の目がある場所ではエリザベートはファルナに敬称を付けていた。


 すると、彼女から予想外の回答が返って来た。レイがエリザベートとレティの二人を買いたいと口にしたのだ。

 動揺を隠せないでいるエリザベートの様子を伺いながらファルナはある事に気づき舌打ちをする。思いのほか大きかった舌打ちにエリザベートはどうしたのかと彼女に尋ねた。


「ああ、ごめんね。ただアイツが王国での仕事を終えたら『紅蓮の旅団』に入らないつもりだって分かってね……ちょっとムカついただけさ」


 誤魔化すようにファルナは甲板から埠頭を見下ろす。馬車から荷物をバトンのようにリレー形式で運ぶ男衆の中にレイの姿を捉えていた。


「それでさ。どう思うって、どういう事?」


「つまり……レイ様が本気かどうか」


「うーん。多分だけど本気だと思うよ。リザも見ていたでしょ。戦奴隷が主人の死を切掛けに自分も死ぬことを知って激怒してたのを」


 言われてエリザベートの脳裏に壊れた馬車での一幕が蘇る。確かにレイは真剣に怒っていた。昔から存在する理に対してとても真剣に。


「あれを見て分かると思うけど、アンタらの境遇を不憫に思って同情から手を差し伸べる、ってよりも真剣にアンタたちを旅に必要な存在だと思って声をかけたんだと思うよ。だからこの場合は奴隷として購入をするよりも、旅の仲間としてスカウトしたいと声をかけられたと思えば良いんじゃないか?」


「―――ああ、成程」


 すとん、とエリザベートの薄い胸にファルナの言葉が入り込む。確かに彼女の言うとおりだと思えた。あの少年は真剣に旅の仲間として自分たちに声をかけたんだと。


「それに、アイツも少し金の使い道に悩んでいた節があったしね」


「どういう事?」


 ぼやく様に呟いたファルナにエリザベートが聞き返した。


「精霊祭のオークションで瓶を売るってのを決めたけど、その大金の使い道を馬車の中で相談されたんだよ。アイツはそんな大金持ち歩きたくないって言ってたんだ」


 笑っちゃうだろ、と付け足すように言った。


 だけど、その気持ちは二人にも分からなくも無かった。定住をしないタイプの冒険者や奴隷にとって大金とは魅力的ではあるが厄介な物だ。

 持ち歩くのに重たくて不便で、日夜盗まれるかもしれない恐怖と戦わないといけない。大金は持っているだけでトラブルを招きやすい。高価な武器や防具、魔法道具に替えるのも手だが駆け出し冒険者の身の丈に合わない物は狙われるのが落ち。


 そういった事情を考えると戦奴隷として自分たちを購入するという結論に達したのは合理的かもしれないとエリザベートも思い始めていた。

 憐れみや同情からでは無く、真剣に自分たちと向き合ってくれたと、そう思えた。


「ファルナー! 手が空いてたらこっちに来てくれない!」


 甲板の反対側からロータスが大声でファルナを呼ぶ。彼女にちょっと待ってて、と返事をするとファルナはエリザベートに向き合う。色合いの違う青の瞳が見つめ合う。


「レイに先を越された形になったけどさ、リザ。アタシもアンタらを買いたいと思っているんだ」


 そう、切り出した。予想外の告白にエリザベートは声も無く驚いていた。


「もちろん、アタシはアンタらを買う資金は無い。だから『紅蓮の旅団』の共有財産として購入する形になると思う」


「……そのことは団長のオルド様に話したの」


 ファルナは首を横に振った。


「親父にはまだ相談していない。この船に乗っている間に持ち掛けようと思ってるんだ。多分だけど親父も乗り気になると思う」


 一拍の後、ファルナは言葉を継ぐ。


「リザの剣の腕はロータス姐がゴブリンの時に褒めてくれたし、レティの料理の腕や魔法に親父も感心していた。それにアタシ自身がアンタらを気に入ったんだ。どこの誰とも知れない奴の手に渡るくらいなら一緒に旅をしない?」


 真剣な声色で褒められてエリザベートは自分の耳が赤くなるのを感じていた。平静さを装い、咳払いをする。


「過分に褒めてもらい恐縮だけど……その資金はあるの?」


「それについても当てはあるんだ。実はうちの親父も持ってんだよ」


 急に声を潜めたファルナが顔を近づける。自然と、エリザベートも耳を澄ますように近づけた。


「魔人の血をさ」


「―――驚いた」


「だろ? 親父も六将軍と戦った時に武器に血がべったり着いたのを回収してんだ。それを懇意にしてる鍛冶師に売りつけるつもりなんだ。多分、二人を買ってもお釣りは出るぐらいになると思う」


 考えてくれよ、と付け加える様に彼女は口にすると、ロータスの所へと向かっていた。

 入れ替わる様にエリザベートの所にレティシアが近づく。愛くるしい顔立ちに悪戯っぽい笑みを携えて、姉を揶揄からかう様に口を開く。


「モテモテだねー。おねーちゃん?」


「……バカな事を言わないで、レティ」


 窘める様にエリザベートは言った。言われた方は張り付けた笑みを剝がすと、真剣な表情で姉と向き合う。


「でもさ、真剣に考える必要はあるよ。だって今までは裏の世界を延々と歩いて来たけど、シュウ王国に着けばあたしたちは」


「表の世界に記録が残ってしまう……でしょ?」


 妹の言いたいことを引き継ぐように口にすると、エリザベートは困ったように柳眉を下げる。


「あれから五年・・。ずっとあいつ等から逃げてきたけど、いよいよ逃げ場が無くなってきちゃったね」


「……大丈夫よ。貴女は私が守るから」


 船べりに背中を預けながらぼやく様に呟いた妹の頭を撫でる。


(どうして……どうしていつもこの娘ばかり、こんな目にあうの)


 心の中に深い悲しみを携える。すると、エメラルドグリーンの瞳をエリザベートに向けた。深かい翠色の瞳はどこか冷めた様に輝き、子供じみた気配はどこかへ消える。


「あたしはね。お姉さんの提案もお兄さんの提案、どっちも悪くないと思うよ。このまま誰とも知れない人の所に買われるよりかはずっとマシだよ」


 まただ、とエリザベートは胸の内で思う。自分の妹は時折、達観したような表情を浮かべて周りを観察する。生まれた時から背負わされた過酷な運命がレティシアの人格に大きな影響を与えている。

 年相応な天真爛漫な面と年不相応な奸智に長けた面。この相反する二面性こそレティシアの本質なのかもしれない。


「ファルナ様の所属する『紅蓮の旅団』なら荒事に巻き込まれても心配は無いし、有名クランとして各国の重鎮から覚えめでたいから政治の面でも頼りになるよ。それにお姉ちゃんの成長にもきっとプラスになる」


「たしかに……そうね。でも、悪い点もあるわ」


「うん。分かってるよ、お姉ちゃん」


 身寄りの無くなった姉妹にとって『紅蓮の旅団』は大変魅力的に映る。もっとも危うい点もある。その事はレティシアもエリザベートも気づいていた。


「大きすぎる集団が、集団を生かす為に個を見捨てる事もある。本体を守る為に末端を切り捨てる可能性でしょ」


 妹の達観したような物言いが酷くエリザベートの心をかき乱す。自分たちが歩んできた道程を思えば仕方ない事かもしれない。しかし、それでも妹だけは優しい世界で暮らしてほしいと願わずにはいられない。

 そんな姉の心境を知ってか知らずにレティシアは弾む様に口を開いた。


「一方でお兄さんは力もないし、多分後ろ盾も無いからそう言った面では頼りにならないよねー」


 同意を求める様に姉の顔を覗きこむ。内容は辛らつだが、しかし、レティシアの顔には笑みが浮かんでいた。妹の真意を掴みかけていると、彼女が言葉を継ぐ。


「―――でもね、すっごく優しいよね」


「―――そうね」


 エリザベートとは思わず、妹の意見に心の底から同意していた。今まで奴隷である自分たちに気を使ってくれた人たちは居たが、自分たちの扱いに憤った人は居なかった。

 ハーピーに取り囲まれた壊れた馬車で憤る姿を見て、胸が熱くなった。


 花が綻ぶような笑顔を見せる妹を前にしてエリザベートは一つの決断を下す。




 荷揚げが終わると、僕たちは埠頭に近い食堂にて昼を取る事にした。壁のない、柱を等間隔に立てて、先端に角度のついた板のような屋根を乗っけた粗末な食堂だ。一応屋根の下には長テーブルがいくつも並べられ、丸椅子が等間隔に並べられている。

 恐らく、港で働く人たちが大急ぎで食べるような食堂なのかもしれない。


 長テーブルには地元でとれた新鮮な魚の刺身や、フライ、マリネと言った料理が大皿に盛りつけられる。僕らはと小皿を手にして、大皿から欲しいメニューを取ると掻きこむ様に食事をする。


 魚のフライは三種類あり、ネーデの街で見たチリソースらしき赤いソースをかけて食べる。小ぶりだが揚げたての白身魚は歯を入れると衣からうまみが零れるようだ。辛いソースとの相性はいいのだが、折角だからタルタルソース的な物で食べてみたかった。


 刺身は活き作りとして大皿に乗せてある。一見すると鯛に近い皮膚が赤みがかった魚だが身は雪のように白く、光り輝いている様だ。だけど、心の底から悔やまれる点がある。


 醤油が無いのだ。


 席に着くエルドラド人達は躊躇いなく塩を振りかけて刺身を食うのだ。恐る恐る真似して食べてみたが……うん。刺身には醤油だ。


 口直しに小魚と玉ねぎのマリネを皿にとると目の前の空席にファルナが座った。食事を済ませた彼女は音を立てて席に座り、何も言わずに僕を見つめた。

 しばらく突き刺さる視線に耐えていたが、マリネを口に運んでも味が分からない気まずい思いをする。皿が空になり、耐えきれなくなると、ファルナになに、と問いかけた。


「リザから聞いたよ。あの二人を買いたいって言ったそうだね」


「それがどうかした?」


 務めて平穏に言うと、ファルナは不機嫌そうに鼻を鳴らす。腕組みをして自分の慎ましい胸を強調する。


「アンタ……この仕事が終わったら、『紅蓮の旅団』に入る気は無いんだね?」


 確認のように発せられた質問に黙って頷いた。ファルナは不機嫌そうだが何も言わずにそうかい、と言うと押し黙る。

 それ以上何も言おうとせずに彼女は考え込むように黙った。正直、理由を問われずに済んで胸をなで下ろす。


 僕が『紅蓮の旅団』に加入したくない理由は一つ。居心地がいいからだ。この五日間の旅の間に、ファルナやオルドやロータスさん以外にもオイジンやハイジを始めとする冒険者たち。彼らと過ごす時間を心地よいと思い始めた。

 それだけに、彼らが死んだ時を考えると、僕は心の底から恐怖を感じる。失う事では無い。失わせない様に生き地獄を選ぶであろう自分を恐れたのだ。


 では、なぜ彼女たちを旅に誘ったのか。

 彼女らが死んでも奴隷だから見捨てるのか。

 そうでは無い。


 僕はあの二人の在り方に深い衝撃を受けた。経緯はどうあれ奴隷に身をやつし、現代日本で暮らしてきた僕には想像できないような道程を歩んできたはずだ。戦奴隷と言う呪いに命を握られてなお生きてきた。恐怖も有ったろう。絶望もしたろう。


 それなのに、彼女たちは戦奴隷からの解放を断ったのだ。

 事情があるとはいえ、安息を享受できる機会を蹴ったのだ。


 その魂の在り様に、僕はどうしようもなく惹かれていた。彼女たちが抱いている覚悟・・を尊いものだと思った。

 そして願わくば、彼女らの輪に―――。


「アタシも」


 僕が自分の心の内に潜っていると、門のように固く閉じていたファルナの唇が開いた。それに合わせて、僕の意識も目の前の少女へと注がれる。


「アタシも、あいつらを誘ったから」


 きっぱりと、宣言するかのようにファルナが口にしていた。


「決めるのはリザ達だけど、もしも二人が『紅蓮の旅団』に入る事を決めたら、アンタはどうすんだい?」


「……それは……考えてなかったな」


 不意打ちを決められた気分だった。

 しかし、考えてみるとその可能性も有りえた。ファルナは何だかんだ言って姉御肌の人格者。困っている人を、まして自分の気に入った人間ならなおさら手を差し伸べるだろう。


 その可能性を考えていなかった僕は軽く動揺していた。

 そして、追い打ちをかける様に僕らの所に来客が現れた。


「……少し、いいですか。レイ様、ファルナ様」


 横から静かに声をかけてきたのはエリザベートだった。彼女の背後にレティも居る。

 僕らは振り向き、何かを決意した少女へと視線を向けた。


「二人からの提案。ありがとうございます」


「ありがとうございまーす」


 姉妹が揃って頭を下げる。そして、エリザベートは頭を上げると青い瞳を僕に向けた。


「レイ様に命を助けてもらった上に先に誘っていただき、言葉も無いほど嬉しかったです」


「だから、それは僕の命を助けてもらったから助けたんだよ。だからお互い様だよ」


 そう、僕が言うと、エリザベートは首を横に振った。


「助けてもらった命は二つです。私と妹の分。助けた命より一つ多い分、まだ返していない恩があります」


 頑固で律儀な考えに言葉が出なかった。ファルナも呆れた様にエリザベートを見ていた。すると、エリザベートの青の瞳がファルナに映った。


「ファルナ様にも命を助けてもらった上に誘っていただきました」


「よしてくれよ。アタシは最初アンタらを見捨てようとしたんだ。レイが助けに行ったから、アタシも行ったにすぎないのさ」


「それでも、助けてもらった事には変わりありません」


 照れくさそうに手を振るファルナ。そんな彼女にエリザベートは穏やかに言葉を紡ぐ。


「そんな二人からの提案ですが……私個人の気持ちとしては『紅蓮の旅団』を選びたいです」


「よっし!!」


 ファルナが嬉しそうにガッツポーズを取る。僕は表情には出さないまでも心の中で落胆のため息を吐く。

 正反対の感情を抱く僕らを見据える様にエリザベートは言葉を継ぐ。


「私には目標があります。……ある男をこの手で殺す・・ことです」


 ―――刹那に放たれた言葉を理解するのに数瞬の時間を要した。放たれた内容以上に彼女から立ち上る濃すぎる殺意が僕らの動きを止める。

 視線だけでエリザベートの背後にいるレティの表情を盗み見る。幼い少女は姉の悲痛な宣言に悲しそうに項垂れていた。それだけでエリザベートが本気だと理解できた。


「だから、私は強者の傍か、あるいは強くなろうとする人の傍に居たいのです」


 ようやく衝撃から回復した僕は、彼女の真意を掴みかねていた。エリザベートが何を言おうとするのか分からなかった。


「―――レイ様。私はこの短期間でここまで強くなった貴方がこの先どれほど強くなるのか興味があります」


 彼女の瞳にあの夜のように熱っぽい光が宿るのが見えた。


「だから、レイ様。私達が欲しいなら証明してください」


「……証明って何を?」


 晴れた空を思わせる青い瞳に吸い込まれそうになる。オウムのように彼女の言葉を繰り返す僕に、彼女は言った。


「貴方の強さを。私と決闘して証明してください」


 ぶるり、と体が震えた。恐怖からでは無い。

 僅かながらに体に宿り始めた戦士としての本能が歓んだ、武者震いだった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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