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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第2章 祭りへの旅路
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2-5 『岩壁』の実力

 煌びやかな装飾品や、艶やかなドレスが散乱した馬車の中。

 周りの光景とは反対に僕らの表情は一様に暗い。


「どーすんだよこのバカ! あんたが死ねばこの二人が死ぬんだよ!!」


「問題はそれだけじゃありません、ファルナ様。問題は私たち三人の内誰かが死んでも道連れで死んでしまう事です」


 状況をややこしくした僕に対してファルナが激昂する。そんな彼女を押しとどめながらエリザベートが端的に問題点を指摘する。これでは先程彼女が口にした作戦を選びにくくなった。かといってファルナ一人を矢面に立たせる訳にはいかない。


 しかし、僕から見た問題はそれだけじゃ無い。

 僕が死ねばおそらく《トライ&エラー》が発動するだろう。問題は彼女たちも効果の範囲に含まれるのかどうかだ。


 技能スキルの説明欄には対象を個人と書いてあるが、魂が繋がると言う意味が理解できない以上、そうやすやすと試すわけにもいかない。それにもし彼女たちにも効果が適用されたら同じイタミを味わうことになる、果たして彼女たちの精神力で帰って来れるかどうか。


 こっちの方がよっぽど問題だ。


「でも……どっちにしろ、あのご主人様が死んだ時点であたしたちも死んでいたから……しょうがないんじゃない、お姉ちゃん」


 黙って成り行きを見ていたレティが口を開いた。不思議そうに僕がエリザベートを見ると、彼女はたしかに、と納得しつつ頷く。


「元々、私たちが前の主人との結んでいた契約は主従契約。主が死んだ時に奴隷が死ぬという内容でした。あの時、レイ様が触れてくださらなかったら……おそらく私たちは死んでいました」


「―――なんだよ、それ。人の命をそんな風に縛るのかよ!」


 胸の内側にどろりとした怒りが溜まる。鎧の胸甲に手を当てて、噴き出しそうになるのを抑える。それでも怒りが口から零れるのは止まらない。諦めた様に頷くエリザベートの姿に余計腹が立った。


「落ち着け、レイ。アンタの怒りは分かるけど、今はここに居ない奴に怒っている場合じゃないだろ?」


「……分かってるよ。ファルナ」


 心配そうに声をかけた彼女に頷く。怒りを腹の底に収めようと努力した。それでも納得はできない。現代日本において無くなった奴隷制度でもここまで理不尽な事は無かったはずだ。


「……考え方を変えよう。これはチャンスだとアタシは思う。」


 そう、唐突に言いだしたファルナに訝し気な視線が突き刺さる。先程までの激昂振りが嘘のように静まり腕組みをしつつ、考えを確かめようにファルナは口を開く。


「二人とも。前の主人が下した命令は消えたかどうかわかるか?」


「ああ、なるほど。そういう事ですか。……私は分かりませんが、レティ。貴女はどう?」


 質問の内容からファルナが何を言いたがっているのかを察したエリザベートが妹に視線を向けると、レティは光の膜の中を小動物のように動き回る。


「うん、動けるようになったよ。お姉ちゃん」


「そうみたいね。……さっきまではこんな風に動き回ることすらできませんでした。やはり、前の主人の命令は消えています」


「これで1つ不安材料が減ったわね」


 動き回った少女を見たファルナは押し黙り考え込み始める。顎に手を当て、眉間にしわを寄せる。僕は黙ってそれを見つめる。分かり切った事だが、ファルナと僕では場数が違う。僕には恥ずかしい話だが、選択肢が突撃しかない。ここは彼女に作戦を練ってもらう。


 手持無沙汰になった僕は視線を雨のように羽や魔法を振らせるハーピーの方へと向けた。すでに幌や骨組みは裂け、良く晴れた空が見える。十匹近いハーピーたちが空を飛翔しつつ攻撃を続ける。しかし、奴らの猛攻とは裏腹に光の膜は無傷だ。


「すごいな、この盾の魔法。アイツらの攻撃にびくともしていないよ」


「えへへ。ありがとう、お兄さん」


 感心した様に僕が口にするとレティは嬉しそうに頭をかく。年相応な少女の仕草に癒されながらも、ふと、気になったことがある。


「そういえば、この魔法はどれぐらい持つの? 発動してからそれなりの時間が経ったように思えるし」


「んー? そんなに長くは持たないかな? こめた精神力の量からすると、あと数分ぐらいだよ」


 顎に指を当て思案したようにレティが言うと弾かれたようにファルナが顔を上げる。氷を思わせるアイスブルーの瞳は光の膜を凝視していた。


「……ファルナ?」


 声をかけるも、彼女はまだ思考の海を漂っている。呆けた様に唇が半開きに開く。


「レティ、この半円の盾はもっと大きく張れる?」


「できるけど……その分精神力も必要だし、出来ても薄いのしか出来ないよ。どれぐらいの大きさが必要なの?」


 ファルナは光の膜の向こう、ハーピーによって壊された馬車を指さす。


「この馬車を包むぐらいの大きさは出来る?」


 レティはしばし考え込んだ後、こくりと頷く。次にファルナが僕に視線を向ける。


「レイ、アンタの囮の技能スキルはまだ使える?」


「大丈夫。使えるよ」


「よし! 作戦が決まった!」


 ファルナは膝を打って獰猛に笑う。口には出さなかったがオルドにそっくりな凶暴な笑みだった。



 そもそも、ファルナが悩んでいた点はこの状況で誰も犠牲にならない方法だ。僕がしでかした事で三人の命が一蓮托生となってしまい、危ない橋を渡れなくなったのがネックだった。そのため、リスクの少ない作戦を彼女は考える必要に迫られた。

 そう前置きした彼女は作戦の概要を説明する。


「いいかい。まず、最初にレイ。アンタがエリザベートと共に奴らを引き付けるんだ。勿論、技術スキルを使ってね」


 ファルナは僕に言うと、視線を横に滑らす。エリザベートに役割を伝える。


「アンタはレイの護衛。とにかくレイを守ってほしい。レティを除いた中で一番弱いコイツに囮役を任せるのはある意味悪手かもしれない。それだけにコイツをアンタに守ってほしいんだ」


「分かりました。この身に替えても守ります」


「いや、アンタも死んだらレイもレティも死んじまうからね。そこのところを間違えんなよ」


 胸に手を当て、覚悟を決めた様に宣言するエリザベートにファルナが慌てて突っ込む。訂正された彼女はそうでした、と項垂れた。


「ったく。いいかい。アンタらは誰かが欠けちゃダメなんだよ。自分の命を守る事が隣にいる奴の命を守る事に繋がるってことを忘れんなよ」


 僕らはファルナに向かって頷いた。


「それでレティ。アンタはさっきの魔法をハーピーの頭上・・に放ってほしいんだ。……あそこまで届くよね?」


 疑問では無く確認のように尋ねた。先程のエリザベートの言によれば、レティの魔法ならハーピーの居る上空まで足場を作れると言っていたのを思い出す。


 少女は空を見上げる。開けた視界に悠々とハーピーが空を飛んでいる。


「大丈夫だよ。アイツらの頭上に魔法を展開できるよ」


「分かった。レイとエリザベートがアイツらを引き付けている間にレティが魔法で奴らの逃げ道を塞ぐ。そこをアタシの魔法が止めを刺す。これなら魔法を外す可能性も少ないし、接近戦を仕掛けずに済む」


 僕は隣に座るエリザベートを向いた。上手く行くかどうか尋ねようとしたが彼女は細い指を顎に当て、作戦の成功率を考えている様だ。


「だとすると、私の役割はレイ様の護衛と撃ち漏らした敵の掃討……ですか」


「呑み込みが早いね。ハーピーがどう出るか分からないけど、さっきの案みたいな乱戦状態は避けられるはずだよ」


「確かにそうですね。私一人の命ならどうなっても構いませんが妹やレイ様の命がかかるとなるとこちらの方が安全と言えますね」


 納得した様にエリザベートが頷いた。僕とレティも首を縦に振る。ファルナは全員の顔を見て、最後の指示を出す。


「レティ、合図をしたらこの盾を解除して。アタシがアンタを守るから心配しないで。レイとエリザベートは盾が無くなったら馬車から飛び出しつつハーピーの視線を引き寄せて。レイ、技能スキルの事をちゃんと知ってんのはアンタだ。使うタイミングはアンタに任せるよ」


「了解だ、ファルナ」


 僕はいつでも飛び出せるように剣を握りしめる。エリザベートも片手剣に着いた血を拭い、レティも杖を構えた。光の膜の内部で緊張感が高まる。


「……アタシはアンタらと魂の契約をしてない。だからアンタらの誰が死んでもアタシには何の影響もない」


「……ファルナ?」


 雨の切れ間を待つ様に空を睨んでいたファルナが顔を上げたまま口を開いた。僕らは彼女の方を向いた。


「それでも、アタシの策にアンタらの命を預けてほしい」


 そう、ハッキリと宣言した。覚悟を決めたような彼女の横顔に僕らは黙って頷くと、同時にハーピーたちの攻撃が止んだ。


「いまだ、レティ!」


 叫ぶファルナに呼応する様に光の膜が頂点から溶けて消えていく。僕とエリザベートは完全に消えるのを待たずに膜を乗り越えて馬車を飛び出した。


 ハーピーたちの視線が馬車の外に出た僕らに向けられるのを感じて、ここだと思った。


「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」


 僕は《心ノ誘導》Ⅰを発動した。頭上を飛翔するハーピーたちの視線が確実に僕に集まる。


 だけじゃなかった。


 ぞくりと、猛烈な殺気が北の森から放たれた。咄嗟に僕は遠くに見える北の森へと視線を向けた。

 ファルナは一つだけ、あることを失念していた。レティとエリザベートの前の主人が死んだ事を好機としか捉えて、それ以上深く考えていなかった。


 主人は一体何故・・死んだのか。


 答えが姿を表す。


 最初、僕の視界は何も捉えていなかった。なだらかな草原に点在するオークやハーピーの屍。遠くに見える鬱蒼とした森。視界から得た情報は何も脅威は無いと判断を下した。


 瞬間。


 世界がおそろしく遅くなった。急に空気が粘り気のある液体に代わり、誰も彼も押しとどめようとしている。脳裏を僕の技能スキル名が過った。

 そんなスローモーションの世界を普通・・に飛翔するハーピーを捉えたのは幸運だった。北の森に視線を固定してたのが不幸中の幸いだ、


 低空を滑空するハーピーは他の個体と違い、体が一回り大きい。胴体の色も茶色では無く鮮やかな紫色に染まる。一番の特徴はその頭部に一際立派な角が生えている所だろう。先端は鋭く、人を容易く死に至らしめる。


 その角が僕を狙い、真っ直ぐに迫りくるのを見てしまう。咄嗟に左拳を握り、前に差し出した。


 世界が元の速度に戻る。


 ガキン、と言う音と共に火花が網膜に焼き付く。僕の左腕は強い衝撃に押されて後方へと流される。肩からゴリ、と言う音がすると遅れて激痛が走る。


「―――つううう!!」


「レイ様!?」


 後方を走るエリザベートが後ろに倒れこもうとする僕の体を抱きかかえる。身長差がそれほど無いため肩に担ぐように抱きかかえられた。


「敵だ! ……物凄く素早く移動する、ハーピーが居る」


「……! 分かりました。揺れますから舌を噛まないでください。《この身は一陣の風と為る》!」


 周囲を油断なく警戒しつつエリザベートは技能スキルを発動する。僕を抱えながらも上昇したスピードで草原を疾駆する。僕を安全地帯に置こうとしている。だけど、それを止めようと風が立ちふさがる。


 いや、それを風と呼ぶには生易しく無い。暴風と呼べる風がエリザベートの足を止める。僕らの行く手を阻む様に先程のハーピーが翼をはためかせている。


「あれは……ホーンハーピー!」


 背後から迫るハーピーたちの羽を避けつつエリザベートが苦しそうに呟いた。揺れる視界の中、空に王者のように君臨するハーピーへと視線を向ける。


 あの時、手甲を打撃武器へと姿を替えた僕はホーンハーピーの角と正面衝突した。結果は見ての通りだ。手甲と角は接触時に火花を散らし、僕は衝撃を堪え切れずに肩を脱臼してしまう。どうにか軌道を逸らせたが益々不利な状況へと追い込まれた。


 そう思った時。


 馬車の方から二つの呪文が放たれる。


「《超短文ショートカット中級ミディアム半球ノ盾ヘミスフィアシールド》!」


「《超短文ショートカット中級ミディアム焔ノ嵐ファイアストーム》!」


 二つの新式中級魔法は作戦通りに事を進める。馬車の上空から僕を狙い、羽を飛ばすしかしないハーピーたちは頭上に逃げ場が無くなったことに気づかずに、下から巻き起こった炎の竜巻に飲み込まれる。半球の盾は退路を断つ以外の役割もあった。焔の竜巻は盾に当たると、軌道を変える。曲面に沿って盾の内側を焔の海へと変えていくのだ。悲鳴を上げる間もなく、ハーピーの群れは全滅した。


 あとはこちらを狙って待ち構えるホーンハーピーを倒すだけだ。


 言葉を交わしたわけでは無いが僕らの気持ちは一緒だったはず。しかし、ホーンハーピーはあざ笑うかのように鳴いた。


「ギュイイ! ギュイイ! ギュイイイイ!」


 まるで死刑宣告をするように奴が鳴くと、呼応して北の森が揺れた。木々がしなり、擦れ、森が鳴いていると思ったら、ハーピーの新しい群れが森から吐き出された。


「―――ここで増援かよ」


「ギュイイ!!」


 ホーンハーピーが勝どきを上げた。北の森を呆然と見ていたファルナが我に返り、叫んだ。


「レイ! エリザベート! 作戦は中止だ! 今すぐこっちに来い!」


「お姉ちゃん! 盾を張るからこっちに来て!」


 二人は馬車の中で叫んだ。だが、エリザベートは足をそちらに向ける事は出来ない。ホーンハーピーと彼女の速度では圧倒的に向うの方が早い。馬車につく前に倒されてしまう。


 しかし、ここに残っていても遅かれ早かれ殺されてしまう。逡巡する彼女は紫の怪物を前に決定的な隙を見せてしまう。


「エリザベート!」


 僕が叫んだが手遅れだった。ホーンハーピーは滞空を止め、翼を大きく羽ばたくと、角をこちらに向けて突撃の姿勢を見せた。狙いはおそらく僕だろう。手甲で再び防御しようとするが外れた肩によって左腕は動かない。


「……あ」


 ホーンハーピーが視界から消えた瞬間。僕は《トライ&エラー》の発動を覚悟していた。


 しかし。


 いつまでたっても恐れていた『死』は来なかった。それどころか、ホーンハーピーが悲鳴を上げていた。


「ギュイイイイ!」


 僕らの前で苦しそうな悲鳴を上げて、ホーンハーピーは必死に空へと飛びあがる。奴の片翼に矢が貫通していた。


 咄嗟に、東へ顔を向けた。僕が飛び降りた馬車の消えた方角へと視線を向ける。

 そこには、騎乗したまま弓をこちらに向けている、エルフの女性が居た。背後の馬車からファルナの歓喜の声が上がった。


「ロータス姐!! 来てくれたのか!!」


 返事の代りと言わんばかりにロータスさんの弓が引き絞られて、矢が放たれる。空中に避難したホーンハーピーに向かって矢が音を立てて迫る。必死になって躱そうとして奴の注意が僕らからそれた。


 我に返ったエリザベートは僕を抱えたまま妹の待つ馬車の残骸へと駆ける。途中、遠くから援護するロータスさんの方をちらりと見た。


「凄い……あそこから的確に狙ってるなんて」


 心の底から驚いているように聞こえた。一方、僕はそちらを見ていなかった。北の森から飛び出してきたハーピーたちの群れを凝視していた。やつらはボスの命令を遵守するつもりだ。


「……やばいな。エリザベート、もう高速移動の技能スキルは使えない?」


「どうかしましたか、レイ様」


「あの群れ。どうもこっちを狙っているみたいだ」


 エリザベートはぎょっとして北の森から出現したハーピーの群れを見た。

 数は二十羽ぐらいだろうか。耳障りな鳴き声を発しながら、ロータスさんや、ボスを助けに行かずに僕らをまっすぐに狙っている。どうやらボスの命令は絶対の様だ。愚直なまでに距離を詰めようとしている。


 焦る様にエリザベートが速度を上げようとした時、僕らの耳に低い声色の詠唱が飛び込んできた。


「《超短文ショートカット低級ロー岩ノ壁ロックウォール》」


 怒りを押し殺したような低く、重い声に僕は背筋が凍る思いがした。振り返ると、僕らの後方で馬に騎乗した大男・・が手にした巨大な斧を振りかざしてこちらに向かっているではないか。


 すると振動が草原を襲う。エリザベートが不安そうに立ち止まると、岩が草原を押しのけてせり上がった。まるで大海原をクジラが息継ぎの為にジャンプをするかのごとき巨大な岩は一直線に伸びると日差しを遮り、巨大な影を草原に作り上げる。ちょうどハーピーの群れの上に巨大な岩が草原から生えた形になる。オルドは躊躇いも無く、斧をぶん投げた。


 回転しながら岩の根元へと飛んだ斧は、突き刺さる事なく岩を切り裂く。その巨大さに相応しい厚さを物ともせずに斧はバターを斬るかのように鏡のような切り口を生み出す。


 そうすると、自然に岩は支えを無くして地面へと落ちていく。根元から轟音を立てて崩れていく岩は、まるで落盤事故のような勢いで地面に落ちていく。途中に居たハーピーの群れを巻き込んでいった。


 土埃が舞い上がり、僕らを襲う。目を瞑り、風が止むのを待つと、草原だった場所はさながら大災害の起きた現場のように様変わりしていた。


「うわー。……滅茶苦茶してんな、あのオッサン」


 僕の命令無視に対して相当頭に来ているのかもしれない。僕を抱えたエリザベートが呆然と目の前の現実を見ている。


「な……何者ですか。今の方は」


「『紅蓮の旅団』の団長さ」


「……『紅蓮の旅団』の団長……『岩壁』!」


 目を見開き、驚きを全身で表している。証拠のように僕を支えていた手が離れて力なく下ろされた。当然、僕は彼女の方から落ちた。

 丁度、左肩から落ちたせいで、声も出ない程痛い思いをした。しかし、先程まで動かなかった左腕が痛みはするが動く。どうやら衝撃で抜けていた肩が嵌ったようだ。


 僕が草原で痛みに悶えていると、土煙の中から馬が顔を覗かせる。


「こーぞーう。こーこーにーいーやーがっーたーなー」


 間延びしつつも一音一音に殺意が込められる。呪詛のように僕の耳朶を震わせ、脳髄に刷り込んでいく。どこかの秘境の民族が使う呪いの言葉なのかもしれない。


 馬上から僕を見下ろすオルドの視線は僕を捉えて離さない。視線で人を殺せたら、僕は間違いなく殺されていた。


 故に、オルドは気づいていない。彼の頭上からゆらりと現れたホーンハーピーの存在を。片翼どころか全身を矢に貫かれながらも空の王者としての振る舞いを見せる。翼を雄々しく広げると仲間の仇を撃たんと滑空する。


 僕の視界には紫色の残像としか映らない。咄嗟に叫んだ。


「オルド! 後ろ!!」


 遅かった。紫色の残像は一直線に最短距離を走ってオルドを貫かんとする。振り返る余裕すら与えないつもりだ。武器も無く、敵を視認すらしていないオルドに避けられるとは思えなかった。彼の頭蓋に深々と角が突き刺さる。


 はずだった。


「《超短文ショートカット低級ロー岩ノ壁ロックウォール》」


 オルドの背後に文字通り岩の壁が草を突き破り出現した。まるでオルドの拳のようにホーンハーピーの顎に一撃を与える。最後の力を振り絞った突撃は失敗し、ホーンハーピーの体は宙に弧を描く様に放り出される。


 自分の頭上に落ちてくるモンスターを見ずに捕まえたオルドはホーンハーピーの頭部と胴体を両手でつかむと、ねじる様に千切った。僕らを追い詰めたハーピーは瞬く間に全滅した。

 二つに分かれたモンスターを地面に投げ捨てるとオルドは馬から下りた。一歩、一歩草原を踏みしめる彼の姿を通して死神が見える。


「歯を喰いしばれ!!」


 どうにか立ち上がれた僕に深々とボディーブローが突き刺さる。この親子はどこまでも似た者親子だ。


「まだまだ!!」


 圧倒的な強さを誇る冒険者の情け容赦無いアッパーがくの字に沈む僕の顎を捉える。僕の体はひっくり返りながら宙を浮く。そういえば空に飛ばされるのはこれで三度目だなと頭の片隅に浮かんだ。


 痛覚はすでに痛みを知らせると言う唯一の職務を捨てている。逆にありがたい事かもしれない。いまの二発のダメージを脳が認識したらショック死してたかもしれない。


(ああ、そういえば《生死ノ境》Ⅰが発動してないな。オルドが手加減してくれたのか、まだチャージが終わってないのか、それとも別の理由があるからなのか分からないけど……一番目だったらいいな)


 祈りながら僕は草原に墜落した。


読んで下さって、ありがとうございます。


次回の更新は8月3日を予定しております。

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