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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第6章 水の都
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6-62 悪魔が二人

「通行止めってどういう事なんですか!?」


 レイが苛立ちを隠せない様子で声を荒げた。応対する兵士は困った風に眉を寄せると、


「ですから。現在保安上の問題により、外層部からの移動は評議会によって固く禁じられているのです。許可された者以外はどんな理由があっても認められません」


 と、言う。


 レイ達が足止めをされているのは外層部から内層部に向かう、つづら折りの坂道。その一番下だ。


 《アニマ・フォール》が飴を媒介にして感染したのなら、発症のタイミングと重なった鐘の音に何かしらの関係があるのではないかという推測の元向かったのだが、そこはいま、馬車の往来で埋め尽くされていた。


 兵士がレイ達の行く手を遮り、この道は現在使えないと説明した。


「御覧の通り、上へとの行き来に使える道は全てアクアウルプスから退避するための物資の運搬などに使われています。そのため、多くの馬車が往来しておりまして、安全上の問題から個人での移動はご遠慮ください」


 ご理解してください、と兵士は頭を下げた。確かに、彼の言う通り道は馬車が激しく行き交っており、下手に事故でも起きて使えなくなったら困るはずだ。


 しかし、レイも引き下がるわけにはいかない。


「でも、どうしても上の階層に行きたいんです。坂道が使えなくて、昇降機も使えなければ、上に行く手段がないじゃないですか」


「わ、私に言われましても」


 ゴンドラを上の層まで引き上げる昇降機もまた、現在使用不可能だ。幾つか理由があるが、一番の理由はそこまで人員を回す余裕がないというものらしい。ここに来るまでも、レイたちは徒歩でやって来た。


「それじゃ、何処に話を通せば行かせてもらえるんですか?」


「それは……やはり評議会の方から許可さえいただければ、こちらも問題はありませんが」


「……それはこっちに問題があるよ」


 ぼそりと呟いた言葉を兵士は聞き取れなかったようで首を傾げた。傍で話を聞いていたシアラは、これ以上は時間の無駄だと判断し、レイの手を引いた。


「お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでしたわ。ところで、昼から船による避難活動が始まるとの事でしたが、その頃でもまだ使えないのですか」


「いえ。その頃には上からの物資の運搬も終わっているはずです。ですから昼過ぎには個人での移動も可能となりますが……あなたたちは退避しないのですか」


「ええ。何しろ仲間が助けを待っているもので。それでは」


 軽く会釈をして、シアラはレイを引っ張りその場を後にした。行き交う馬車の邪魔にならない離れた場所で様子を伺っていたリザ達の元へ戻った。その中にはキュイとアスタルテの姿もある。二頭とも出島を崩壊させた超級魔法をどうにか躱して、気絶したシアラと共にオルタナに助けられたのだ。ギルド近くの建物でレイ達が帰って来るのを待っていた。


 だけど、ここにジェロニモの姿は無かった。彼は彼でフェスティオ商会の若旦那として従業員や店の権利や帳簿などを運び出さないといけないため、後の事を全てレイに託した。


 それは決して、レイが失敗するという予想では無く、商人としての習性だ。


「もしもの時に備えるのも、商人にとっては当たり前のことですので。それでは皆さん。また会いましょう」


 爽やかにギルドを立ち去ったジェロニモを見送り、レイ達は芯層に向かうべくまず、中層部へと上がろうとしたがいきなり立ち往生する羽目になった。


「レイ様。交渉の方はどうでしたか?」


 リザの呼びかけにレイは首を横に振った。レイを名前で呼ぶのをダリーシャスが意外そうに見つめるも、二人は気が付く様子は無かった。


「ダメだ。彼らの権限では僕らの内層部行きは認められないって。どうしても行きたければ、評議会から許可を取れって」


「それは……随分と難易度が高い話ですね」


「だね。ついさっき怒らせたばかりだっていうのに。のこのこと行って上に行く許可を下さいって言って通じるかな」


「難しいだろうな。……そちらの女帝の力を借りれば話は別だろうが」


 ダリーシャスが従者に向けて尋ねた。彼女はやはり、レイ達の輪に加わろうとはせず、少し離れた場所から話に参加する。


「評議会の生き残りの中に、主が個人的に親しくしている者が複数名います。彼らに働きかければ、上への許可ぐらいは取れるかもしれません」


 その答えに喜ぶレイに従者はぴしゃりと水を被せた。


「ですが、これ以上の強引な力技は今後の貴方達の立場を悪くするのではありませんか。ひいては貴方のご友人の立場も」


「……そうだね。僕らが無理を通せば、ジェロニモさんの立場が悪くなるかもしれないよな」


 つい先程も、ジェロニモはシアラを庇うために同業者相手に丁々発止の立ち回りをしてくれた。緊急事態とはいえ、彼に迷惑を掛けるのは避けるべきだ。


「上の探索ならガシャクラたちに任せるという手もあります。彼らなら、兵の目を盗んで上に行くのは造作もない事。それに昼になれば個人での移動も許可が下りるのでしょう。でしたら、ここは待たれるのが賢明かと」


 落ち着いた語り口の従者に対して、レイは自分が焦っていることに気が付かされた。一度、大きく息を吸うと体の中の熱を吐き出した。


「……分かりました。腹立たしいけど、いまはガシャクラたちにそちらを任せて、僕らは外層部を中心に探そう。ついでに目についた感染者を拘束して回ろう。日没になったら、彼らが動き出すかもしれない」


「先の危険を排除しつつ、『魔導師』を名乗る小娘を探すという訳か。面白いな、やってやるか」


 オルタナが拳を鳴らし獰猛に笑った。だけど、シアラが口を挟んだ。


「でも、外層部だけに絞った所で半周するのに徒歩で半日ぐらいは掛かるわよ。闇雲に探すとそれだけで時間が無駄に過ぎるわよ」


「だから、移動にはこいつらを使うんだ」


 レイはキュイとアスタルテの方を指差した。彼らは任せろと言わんばかりに鳴いてみせた。


「この六人を三つに分けようと思う。僕とダリーシャス。オルタナとシアラ。リザと従者の組み合わせだ」


 シアラがあからさまに嫌そうな顔を浮かべたが、レイはそれを無視した。この組み合わせには一応の理由がある。一つはどのグループにも死亡した際に《トライ&エラー》が発動できる人物がいること。もう一つが、キュイが女性しか乗せない事。そして、従者という危険性を持つ人物を押さえつけるのに魔法使いのシアラでは太刀打ちできないかもしれない。


 それが理解できないシアラでは無いため、嫌そうな顔を浮かべるだけで、言葉にすることは無かった。


「三つの班で外層部を手分けして探そう。軍船のあった桟橋が街の北側だ。そして、今いるのが南西だ。僕らはアスタルテを使って南東を。リザ達はキュイに乗って北側を。そしてシアラたちは徒歩でこの付近、南西のほうを調べてくれ」


「待て待て。探すといっても、闇雲に探しても意味がないだろう。どう探すのかの指標ぐらいは立てないと砂漠で針を探すようなものだ」


 ダリーシャスの言葉にも一理ある。レイは自分が魔法使いでは無いため、素直に専門家に尋ねる事にした。


「オルタナ。隠れている魔法使いを探すためには、どんな風に探せばいいか思いつくか」


「普通に考えれば、魔法使いの工房を探せばいいんだが、それが潰れてしまったからな」


 オルタナは顎を撫でながら、考えを絞り出すように、


「アウローラサーカスがアクアウルプスに来たのはいまから二週間前。それだけの期間だとまともな工房を一から作るのは難しい。かと言って、これだけの事をしでかした奴が緊急時の避難場所を用意してないのも不自然だ。だからここは人気のない場所を中心に探すしかないだろうな」


 オルタナの答えはお世辞にも冴えた答えとは言えないが、考え方としては間違っていないはずだ。レイはそれを指標にすることにした。


「外層部を三つに分けて探索しよう。重点的に探すのは人気の少ない場所。最悪、その辺の生存者から聞きこみをするだけでもいい。あんな目立つ身なりをしているんだ。誰かが見た可能性もある」


「時間や集合場所に着いてはどうしましょうか。それと途中報告は?」


 リザの質問にレイは一瞬硬直する。この広い街で一々落ち合って情報交換したりするのは時間のロスだ。ところが、それを従者が救いの手を出した。


「それでしたら、私が。各自、手を出してください」


 有無を言わせない口調に従い、レイ達は手をそれぞれ出すと、従者は手の甲に指を触れながら、


「《超短文ショートカット中級ミディアム伝声ボイスコール接続コネクト》」


 と唱えた。手の甲に一瞬熱が走り、それは直ぐに収まった。


「これで個々人の情報のやり取りが可能になります。やり方は、《伝声ボイスコール》と唱えてください。それで、本体の私に繋がります。次に誰と言葉を交わしたいかを教えてください。私がその者と繋げます」


「距離は大丈夫なんですか。アクアウルプスの端から端までは」


「問題ありません。精神力も負担するのは私ですが、これも問題ないかと。これでも魔人種。精神力の量ではエルフに劣りますが、それなりにあります」


 淡々と告げるが、これで情報交換の為に一々合流する必要が無くなり、随分と助かる。


「それと、ガシャクラに命じて芯層の鐘の探索を行わせます。宜しいですね」


「はい。それでお願いします」


 頷いた従者は《伝声ボイスコール》を唱えると、ここにはいないガシャクラに一方的に命じた。


「時間はとりあえず昼までだ。昼になって、坂道が使えるようになったら、鐘の所で合流しよう。ガシャクラたちが調べて何も出なかったとしても、そこを合流地点としよう」


 レイの言葉に全員が頷き、別れる前にギルドから持ち出したアクアウルプスの地図を三分割する。大雑把な地図で、全ての道や建物が記されている訳ではないが、これで探索した箇所を潰して、一目で分かるようにするのだ。それを受け取り、それぞれが二人一組となって探索を始めた。


 地道な作業だ。


 キュイやアスタルテを駆けさせ、己が足で建物の中に入り、そこが無人であり何も怪しい物がないと分かると地図にバツを付ける。そして、避難準備に勤しむ生存者を捕まえては顔に火傷を持った少女を見なかったかと尋ねる。それの繰り返しだ。空振りの連続だが、容赦なく《アニマ・フォール》の完了までの時間は過ぎて行く。太陽が空高く昇ろうとする頃になっても、何一つ情報は手に入らなかった。


 焦りからか、レイの顔色はどんどん青ざめて行く。息も荒く、汗が止まらなくなっていた。行動を共にするダリーシャスがいくら言っても、彼は休もうとはせず懸命に探す。それが加速度にレイの体調を悪化させていく。


「どこに……いるんだよ。……エレオ……ノール」


「おい。おい、おい! レイ、どうした! レイ、しっかりしろ!」


 アスタルテの手綱を握りしめたまま、馬の首筋にもたれかかるレイ。ダリーシャスの呼びかけに応じる事もできず、彼の意識は闇に飲まれようとしていた。


 ただ、闇に落ちる前。右手に嵌めている赤い指輪が熱を持っているのを感じていた。


 意識を失ったという連絡は瞬く間にリザ、シアラにも伝わり、彼女らは焦燥に地団駄を踏む。


 エレオノールの行方は、影も形も見つからないでいた。


 ―――見つからないのも当たり前の話だった。エレオノールの姿はアクアウルプスにはないのだから。







 アクアウルプスの陸地からそう遠くない沖合に停泊している船舶の内、一際大きく、飾り立ててある帆船があった。


 真っ赤に染まった船の甲板にてこれまた美しい真紅で染められたドレスを纏った美女が、何処からか持ち出した肘付きの椅子に座り優雅に読書をしていた。


 中身は詩だ。


 病気に侵されこの世を去った恋人への、甘く切ない叫びが短い詩に籠められており、一語一語を追いかけるだけで、書き手の感情が読み手の感情を揺さぶる名文だった。


「前に読んだ時は、特に何とも思わなかったけど。こうして読み直すと違った感覚を抱くわね。これも新しい出会いによって、私の内面に変化が起きたという事かしら」


 ジョゼフィーヌはどう思うと横に向かって尋ねるも、影のように付き従う男装の従者は居らず。冷たい炭酸水の替えを持ってきたメイドが急に話を振られてしまい、あたふたと慌てふためいていた。


「あら。御免なさい。間違えたわ」


 心にも思わない謝罪を告げて、更に混乱したメイドを下がらせた。去りゆく彼女の姿を見ながら、これがいつもの従者なら打てば響く様な返しが来たのに、と残念がった。


「参ったわね。船で留守番も悪くないかと思ったけど、してみるとものすごく退屈よ」


 読んでいた詩集にしおりを挟んで、机に放り投げた。代わりに置いてあった双眼鏡を掴むと、アクアウルプスの方へと向けた。まん丸の視界から桟橋の方が騒がしくなっているのは理解できたが、レイ達が何をしているのかは全く分からなかった。


「あの子も定期報告するにしても、もっと詳しく説明しなさいよ」


 双眼鏡を降ろしたジョゼフィーヌは《伝声ボイスコール》で伝えられた内容を反芻する。


「目標依然発見できず。探索を続行します」


 なんとも乾いた内容だとジョゼフィーヌは思う。


 具体的な内容を一切省いた、単なる状況説明に過ぎない。


「あーあ。本当に退屈。退屈だから、私もあっちの方に行こうかしら」


 従者がここに居たら、止めに入るのだろうが、生憎と彼女はいなかった。ジョゼフィーヌは名案を思いついたと言わんばかりに顔に喜色を浮かべると立ち上がった。


「そうよ。私を退屈させるのが悪いんだから。だから、私があっちに行くのを止めるのは誰にもできないのよ」


 暴論なれど、彼女の行動を止められる者はいなかった。ジョゼフィーヌは船室の方に向かいながら陸へと出発するという内容を告げようとして、


「暇なのかい。なら丁度いい、ぼくと語ろうじゃないか」


 と、掠れた少女の声に引き留められた。声のした方角は横や後ろでは無い。


 上だった。


 振り返ったジョゼフィーヌの視界に、太陽を背に甲板へ降り立とうとする黒い影が飛び込んだ。それはゆっくりと空中を漂うと、ハイヒールの履いた足で甲板に降り立った。


 身に付けたドレスも、グローブも、日傘も、そして目を隠すように巻かれた布も全てが闇を固めたような黒だった。その少女は日傘を閉じるとゆったりとした動作で一礼する。


「招待状もなしに来訪した非礼は詫びさせてもらうよ。何しろ、懐かしい魂の匂いがしたもので、つい遊びに来てしまったよ」


 ジョゼフィーヌは目を糸のように細めると、


「構わないわ。何しろ退屈しきっていたんですもの。お客様の来訪は歓迎するわ。……ところで、貴女。はエレオノールと名乗っているそうね」


「おや、驚いた。もしかして、誰かから聞いていたのかい」


「そんな所よ。それじゃ、エレオノールと呼ばせてもらうわね」


「構わない。それがぼくたちの間に交わされた誓いさ。……だとすれば、いまの君はなんと名乗っているのか、教えてくれはしないか」


「ジョゼフィーヌよ。ジョゼフィーヌ・ヴィーランドと名乗っているわ」


「そうか。ならば、ぼくもジョゼフィーヌと呼ばせてもらうよ」


 奇妙な構図だった。片や真紅のドレスを身に纏った妙齢の美女。片や闇を固めたようなドレスを身に纏い、火傷を隠す少女。二人は古い知り合いのように親しげでありながら、しかし、互いに名前を告げあっている。


 話し声に気が付いたメイドが戻ってきて様子を覗くと―――背筋が震えた。


 穏やかに、微笑みあう二人の女。されど、その二人が放つ邪悪な空気は夏の熱い日差しを歪ませ、潮の香りを腐食させるかのように澱んでいた。


「いま、時間はあるかしら。この船に来て下さったんだから、お茶の一つでも出してあげるわ」


「喜んで、お付き合いさせてもらうよ」


「なら、椅子を用意させるわ。ちょっと待っててもらえるかしら」


 ジョゼフィーヌは言うと、机に置かれたベルを鳴らした。それは人を呼ぶ合図だ。二人の姿を覗きこんでいたメイドは、恐怖を抱きつつも甲板へと姿を現した。


 ウージアの女帝とよばれ、辣腕を振るう姿に同性として憧れと畏怖を抱いていた。この方に仕えられるのは喜ばしい事だといつも思っていた。


 だが、この時のメイドは全く違う事を考えていた。


 目の前にいる二人が悪魔のように彼女は思えて仕方なかった。


読んで下さって、ありがとうございます。

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