6-60 裁判
「裁判って、シアラが裁かれているんですか」
「ああ、そうだ。くそっ。人が多すぎるな」
ギルド内は職員や、生存者たちで満たされており、オルタナは苛立ちを隠さず、人波を掻き分けるように進んだ。
レイ達三人は彼の後を追いかける。階段を昇り、長い廊下を進み、大会議室と書かれた部屋の前に辿り着いた。くぐもった人の声が聞こえる扉の前には守衛のように構える兵士が二人立っており、オルタナの行く手を阻む。
「現在、中では重大審議中でして許可無き者の立ち入りを禁じております」
「その審議に関係した人物を連れて来たんだ。いいから、中に居るフェスティオ商会の若旦那を連れてこい」
「申し訳ありませんが、お引き取りを」
「だから、若旦那をつれて来いって言ってんだろ。頭固いな、お前ら」
オルタナと守衛が言い争うも、どちらも譲る気は無かった。すると、従者が一歩二歩と前にでるなり守衛に向かって、掌打を叩きこんだ。
顎に一撃を貰った守衛は膝から崩れ落ちる。隣の守衛は顔色を変えて叫ぼうとするも、すかさず二発目の掌打を受けて、同僚と同じ目に合う。オルタナとリザが倒れる守衛を受け止めなければ、甲冑の音が響いたかもしれない。
「排除完了。これで中に入れます」
一瞬で二人を気絶させた従者は何食わぬ顔でレイの背後に回る。オルタナは余りの鮮やかな手際に唖然とした。
「お、おう。……こんな奴、お前の仲間に居たか? つーか、この嬢ちゃんも魔人種かよ」
「色々とあったんですよ。それで、ここで裁判が行われているんですね」
「まあな。入るぞ」
オルタナは言うなり扉をあけ放った。途端に、扉で拒まれていた人の怒号と熱気が廊下に雪崩れ込んだ。おそらく、元は単なる会議室で、三十人が入れば席が埋まるような面積だったはずが、いまでは倍の六十、いや七十人以上は詰めかけている。そのせいで蒸し暑くさえ感じた。
誰もが泥や汗で汚れた姿だが、目だけはぎらついた光を宿している。そんな中で、一人の少女が俯きながら座らされていた。
紫がかった黒髪が顔を隠してはいるが、間違いなくシアラだ。
「シアラ、無事だよな!?」
レイが叫ぶと、七十人が一斉に少年の方を見た。困惑と憤怒と興味など様々な視線に晒されつつも、レイは室内へと入る。続いて、リザとオルタナ、そして従者が中に入ると、集まった人々は一斉に騒めきだした。
そんな中で、シアラの黒色金色の瞳がレイとリザの方を向いた。
「主様! それにリザも。二人とも無事だったのね」
顔色の優れないシアラだが、二人を見た途端、ほっとしたかのように頬を緩ませた。それも一瞬の事。すぐさま彼女は俯いてしまう。
レイは室内の様子を見て、彼女の置かれた立場を大よそではあるが理解した。
大会議室には中央がくりぬかれた円形のテーブルが一つ置かれ、その周りを老人や壮年の男たちが固めていた。そして、シアラは空洞部分に一人椅子に身を強張らせて座っているのだ。
オルタナの言葉通りここで裁判が行われているなら、シアラと正対するように座る老人こそが裁判長となる。彼は皺まみれ手を上げると、
「静まれ、皆の者、静まれ。……決は出た。かの者、シアラなる魔人種には速やかな死を与えるべし、と。一堂、それでいいな」
「……はぁ!?」
あまりの発言に、レイの口から素っ頓狂な声がでてしまう。リザも同様だ、驚きのあまり、青い瞳が点になっている。しかし、テーブルを囲う者達は異口同音に、
「異議なし」
と、続いた。ただ一人、異議を唱えたのは、ターバンを頭に巻いた青年だ。
「待ってください! いま、この場に彼女の主、《ミクリヤ》のレイが現れました。彼の同意なく、彼の所有物である戦奴隷を殺すのは道理が通りません」
ジェロニモの発言に、少数ながら同意する者も居たが、それよりも多くの否定の声が上がり、塗りつぶす。
「そんなの関係ない」「決は出た。これ以上の審理をしたところで意味は無い」「混乱を避けるべく、早急に不安要素の種を摘むべきだ」
次第に否定の声は一つの言葉を繰り返す合唱となった。
「「「殺せ、殺せ、殺せ!!」」」
無慈悲な言葉の刃は熱狂と共にシアラに浴びせられる。人の輪の中で遮る物もなく、隠れる場所も無いシアラはただひたすらに刃を受け止め、じっと耐えるしかなかった。
それを見て、レイは考える前に動く。
熱病に浮かされたような人々を掻き分け、机を踏みしめ、円形の空洞に進むとシアラの正面に立った。突然の闖入者に合唱は力を無くし、視線がレイに集まった。
全員の視線が集まると、レイは静かに、だけど挑発的な笑みを浮かべて、
「いい年のオッサンたちが、寄ってたかってこんな女の子を殺せって……恥ずかしくないの、アンタら」
と、言う。一瞬の静寂の後、
「私たちを愚弄する気か!」「ふざけるなよ、小僧!」「ギルドや商会を敵に回して、ただで済むと思うなよ!」
などと、罵声の嵐が吹き荒れた。レイは不遜な態度を崩さない。
円形のテーブルの向こう側で、顔を赤らめ、鼻息荒くする男たちの姿は動物園で発情する猿によく似ていた。そんな中でも、じっと、レイの方を探るような視線を向ける男にだけ、注意を向ける。挑発に乗らない、厄介な相手として。
シアラと正対して座り、場の空気を沈めた男だ。おそらく、彼がこの場で一番の力を持つ者なのだろう。短く刈り込んだ白髪の老人は頬杖をついたまま、レイに視線を送る。
そんな彼に向かって一歩進もうとして―――後ろから何者かの足止めを食らった。首に腕を回され、後ろへと引きずるのは、シアラでは無い。褐色の肌に絡みつく装飾品の類に、見覚えがあった。
「何すんだよ、ダリーシャス」
「其方こそ、何をやっているんだ。この状況下で火に油を注ぐ奴がいるか!」
シアラの背後に引きずり込まれたレイは、男に文句を言った。顔を布で覆ってはいるが、声は紛れもなくダリーシャス・オードヴァーンその人だ。軍船に向かった彼がどうしてここに居るのか不明だが、無事な姿を見られたのは喜ばしい。
「ああ、もう。その上、あの女はいったいどこの誰なんだ!」
ダリーシャスの逞しい腕が振るわれ、伸びた指はテーブルの外側へと向けられた。人垣から更に向こう側に、オルタナと共に成り行きを見守っている男装の麗人を彼は指している。
「この状況下で、もう一人、魔人種を連れてくる奴が何処にいるんだ!」
「此処にいるよ。あ、ごめん、ごめん。ギブです、ギブです。首の関節はそんな風に曲げないでくれませんか!」
「茶番はそれくらいにしたら、主様」
「そうです、レイ様。それにダリー様も。今はそれどころじゃありません」
「リザの言う通り……レイ様?」
人ごみを掻き分けてやって来たリザの言葉にシアラは訝しげな視線を向けた。だが、深く追求するのを諦めて、ダリーシャスから解放されたレイの方を向いた。彼女はどこか力ない笑みを浮かべながら、
「御免なさいね、主様。再会して早々に、巻き込んじゃって」
「気にする事ないさ。どうせ、僕の行く先々は面倒で溢れているんだ。それで、これはどういう状況なんだい」
周りはまだ怒り狂っている。流石に武器を持っている冒険者に飛びかかって来る様子は無いが、それでも警備の人間を呼ばれる可能性もある。
シアラは端的に説明を始めた。
「主様とリザの二人が消えた後、ワタシはオルタナに助けられて、他の生存者と共に逃げ回ったの。それで何とか生き延びれたんだけど、この髪色から、魔人種だってのがばれて、周りから殺されそうになったのよ」
「そいつはまた、何でだよ」
レイの疑問に、ダリーシャスが答えた。
「魔人種だからだろうな。今回のように説明のつかない状況で、逃げ惑う生存者たちは説明がつく敵を欲しがった。それを排除することで、どうにか不安を和らげようとしたんだろうな。集団の心理としては間違っていない。そんな下地で、悪名高い魔人種が紛れ込んだんだ。やり玉になってもしかたない」
スタンピードの時にそうならなかったのは、スタンピードがれっきとした自然現象であって、説明のつかない異常事態では無かったからだ。主が傍にいない戦奴隷に、周囲の敵意が集中してしまった。
「そこを如何にか取り成してくれたのが、オルタナとジェロニモ様よ。でも、騒ぎを聞きつけた生存者のお偉いさん……この街を運営する評議会がワタシの持っている資料と飴を見て、勘違いをしちゃったのよ」
「勘違いって……まさか」
レイはある可能性を思い浮かべ、シアラは困ったと言わんばかりに頷いた。
「そうなのよ。エレオノールから奪ったアレを見て、ワタシが今回の騒動の黒幕だと誤解されちゃったのよ」
「あっちゃー」
思わず、レイは顔を手で覆ってしまう。その考え方は間違っているものの、筋は通っている。昨今の各地で起きた異常事態に魔人の影があるのは、ある程度の情報を得られる立場の人間なら誰もが知っている事だ。
だとすれば、現場に怪しい資料と物的証拠を持った魔人種が居れば、間違いなく疑われてしまう。
「話は奴隷から聞いたかな、《ミクリヤ》のレイ」
威厳のある声が室内に響き、猿たちの喚き声が収まった。白髪の老人が視線を鋭くして、レイを睨んだ。
「現在、そこの魔人種シアラにはアクアウルプス全域で起きている異常事態の犯人という嫌疑がかけられている。生存者たちの統率を行う者としては、見過ごせない事だ」
追随する声があちらこちらから上がる。室内の空気は、間違いなくレイ達の不利な方に傾いていた。
「評議会として真偽を確かめるべく、彼女から一連の状況を説明してもらった。アウローラサーカス、ピエロ、魂の変質。どれも話の筋は通っていなくもない」
「でしたら―――」
「―――しかし、裏付けの証拠がないのも事実だ。エレオノールなる術者の姿は無く、残った物的証拠はこの資料と飴のみ。君たちが見たという、その女の痕跡はどこにも残っていないではないか。現場近くで戦闘を行っていたオルタナ殿も見ていないと証言して下さった。相違ないですな」
水を向けられたオルタナがバツの悪そうな顔をして頷いた。
「以上の事から魔人種シアラの証言に信憑性が欠けると言わざるを得ない。違うか?」
老人の静かな言葉は、口調とは裏腹にレイをあっという間に追い詰める。確かに、エレオノールと《アニマ・フォール》を結びつける証拠は無い。彼女と戦ったのはレイ達だけで、居たという証明もできない。
だが、エルドラドには嘘を見抜く職種があるではないか。レイはそのことを口に出した。
「でしたら、審判官を呼んで下さい。あの人たちなら、僕らが嘘を吐いているかどうか、分かるはずでしょう」
しかし、老人が首を横に振った。
「そうしたい所だが、残念ながらギルドに所属している審判官も全て彼らの仲間入りをしてしまった。日頃から目隠しをしていたのが仇になったのかもしれんな」
手詰まりだ。
証明しようにも証拠がない以上、シアラの無実は立証できない。だけど、同時にシアラの有罪も立証できないはずだ。
「彼女の無実が証明できないのは分かりましたが、同時に有罪だとも言えないでしょう。その証拠がない」
悪あがきはよせなどと言った野次が飛ぶが、レイは無視する。ただひたすらに、老人の反応を伺った。
「それも一理ある。だがな、先にも言ったが、我らは生存者を統率する立場にある。彼らの心は疲弊し、先の見えない暗闇に包まれているのだ。そんな中で、悪名高い魔人種が紛れ込んでいると知られれば、彼らは間違いなく混乱する。我らに尋ねるだろう。あの者は大丈夫なのか。安全なのか、と。しかし、我らはそれに対する答えを持っていない」
老人は言葉を区切ると、重いため息と共に告げた。
「個人的な意見を述べさせてもらうと、無実とも有罪ともはっきりとした結論は出せない。しかし無用な混乱を招く存在は歓迎できない。よって、この場に居る者で決を採り、彼女の死が決まったのだ」
「そんな、待ってください!」
「君の所有物だという事は重々承知している。故に、買った時の値段の倍の金額を賠償金として支払うことを約束する。それで納得して欲しい」
言葉は柔らかいが、老人の目は冷たく、放たれる威圧感が本気だと裏付けている。彼はシアラを殺す事で場を納めようとしているのだ。
しかし、引くわけには行かない。
レイは必死になって抵抗した。
「認められるわけないでしょ。彼女は僕の大切な仲間なんだ。アンタらに指一本触れ指すわけにはいかない」
室内は再び、怒号と喧噪の嵐に襲われた。誰もが口々にレイを罵る。
「小僧如きが何を偉そうに言うんだ」「さては賠償金を吊り上げるのが目的か」「どこの馬とも知れない奴が何を言っているんだ!」
―――その言葉に、ジェロニモの目が光った。青年の口元が逆転の道筋に笑う。
「議長! 一つ、お時間を頂いても宜しいですか!」
ジェロニモの凛とした声に、議長と呼ばれた老人が驚きつつも許可を出した。彼は机を乗り越え、レイの方に近づいた。
「ジェロニモさん、一体何を」
「黙って、君は立っているだけでいいですから」
素早く小声で言うなり、ジェロニモはレイの肩を掴み、全員に顔が見えるように一周させる。ジェロニモの奇妙な行動に誰もが戸惑う。
「いま、どなたかが仰りましたが、彼は《ミクリヤ》のリーダー、レイです」
「だからそれがどうしたんだ!」
またしても野次が飛ぶと、ジェロニモはすかさずそちらの方に声を投げかける。
「おや。利に敏いオルダスト商会にしては鈍い反応ですな。彼はいま、巷で話題の、『赤龍落し』、『迷宮殺し』と呼ばれている冒険者ですよ」
まるで、通販の商品のように宣伝されるレイだが、ジェロニモの語り口は間違いなく聴衆の関心を引き寄せた。先程まで懐疑的に見ていた人々の視線が若干だが変わった事にレイもシアラも気が付いた。
「まだ十五歳という若さながら、生死の境を幾度も乗り越え、各方面からの信頼も厚いです。かの大手クラン『紅蓮の旅団』の団長オルド殿から武を習い、あのシュウ王国国王にして、鍛冶師としても名高いテオドール陛下からは手ずから作られた剣を下賜されています」
聴衆からどよめく声が広がる中、ジェロニモはレイのわき腹をつねる。視線だけで抗議をすると、彼はレイの腰にある龍刀に目線を送る。
どうして龍刀の事を知っているのかは不明だが、レイは視線に後押しされるように龍刀を少しだけ抜いた。紅蓮の刀身を見た聴衆は感嘆の声を上げた。
「更には、ここに居るデゼルト国王子、ダリーシャス・オードヴァーン様の護衛も直々に承っている、新進気鋭の冒険者でもあります」
全員の視線が、顔を布で隠している男に向けられると、ダリーシャスは布を外して素顔を晒す。どうやらダリーシャスの顔を知っている人が聴衆の中にはいるようで、本物だという声が随所で上がった。
「そんな彼らがこの国に入国したのは昨日の話。これは調べれば出てくる、公正な記録です。いくらなんでも半日の間に、これだけの規模の騒動を引き起こすのは無理ではありませんか」
ジェロニモの論調に聴衆は揺れた。次第に、そうかもしれないという声が広がっていく中、ただ一人、揺れることなく真っ直ぐな刃のように声を発したのはあの老人だった。
「それだけの経歴を持つからこそ、可能としたのかもしれない。それにスタンピードに引き続いて、このような騒動に偶然巻き込まれたというのが怪しいではないか」
すると、聴衆は再度揺れた。納得し、追随する声が大きくなる中、ジェロニモはレイに小声で尋ねた。
「あと一押しで、場の流れは此方に傾きます。何か、ありませんか!?」
「ナニカって言われても、なにも思いつきませんよ」
一度は此方に傾きそうになった天秤が向こう側へと戻っていくのが手に取るようにわかる。ジェロニモが悔しそうに顔をゆがめた、まさにその時。
「失礼致します」
と、囁くようでありながら良く通る声が発せられた。いつの間にか、レイの傍に姿を見せたのは黒髪黒目の従者だった。
二人目の魔人種の登場に混乱する周囲を他所に、従者は淡々とレイに声を掛けた。
「あの方から預かりし指輪を此方に」
「え? ああ、これですね」
レイはジョゼフィーヌから受け取った指輪を従者に渡すと、彼女は老人の方へと向かって歩き出した。整ってはいるが能面のような無表情を前にしても、老人は動じなかった。
しかし、彼女が指し出した指輪を見て、表情が一変した。
「こ、これは! そんな、馬鹿な!」
周りの人々も、指輪をのぞき込み、似たような反応を示した。驚きの声が、老人から伝播したかのように広まっていく中、従者は良く通る声で、
「ご理解頂き幸いです。……この者、《ミクリヤ》のレイは我が主、ジョゼフィーヌ・ヴィーランド様より信を賜りし者。その証として、印章を預けられた。これがその証拠である」
指輪を天に捧げるように持ち上げた従者。集まった人々は恐れおののく様に指輪を見上げる。
「《ミクリヤ》のレイとそれに連なる者達にあらぬ嫌疑をかけるという事は、我が主の顔に泥を塗るのと等しい。それを承知の上で、正当な判断を下されるように」
その一言が決め手だった。老人たちは一分も経たずに前言を撤回した。
晴れて、シアラは無罪となり、放免となった。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回更新は三十一日月曜日頃を予定しております。




