2-4 予想外の契約
「貴方は……」
この異世界にやって来たばかりの夜に出会った、あの時の少女が居る。モンスターの群れの隙間から見えた金色は見間違う事なく、彼女の髪の色だった。
ちらりと肩越しに振り返ると、薄手のインナーに最低限のプロテクターを着込み、刀身を真っ赤に染めた飾り気のない細身の片手剣を握っている。空の色を思わせる青い瞳は驚きを隠せないで僕を見つめる。言葉も無く、なぜ僕がここに居ると問いかけている。
女神のように整った顔には疲労の色が濃い。肩で息をしている。恐らく一人であの屍の山を築いたのだ。疲れ果てても無理は無い。
横転した馬車を背に、跪く彼女の背後にボロを身に纏う茶色の少女が横になっていた。たしかレティシアと呼ばれていた娘だ。ここからでは詳しくは分からないが意識が無いように見える。動けない妹を庇っていた。
「……逃げて」
半開きになった桜色の唇から言葉が零れた。
「逃げてください! 私たちの事は良いから、早く!」
僕があの夜に口にした事に似た事を彼女が言った。立場が入れ替わったようで不謹慎だが笑ってしまいそうだ。なら、僕が言う事は決まってる。
「大丈夫」
出来るだけ安心する様に力強く言ったつもりだ。だけど、彼女は壊れたテープのように逃げて、と僕に懇願する。
あの夜から一週間程度しか経っていない。フュージョンスライムにぼろ負けしていた奴がこの状況を打破できるとは思えないのは当然だ。
だけど。
(たとえ僕があの時と同じ弱いままだったとしても、命の恩人を置いて逃げるなんて出来ない!)
僕は正対するモンスターの群れに覚悟を決めて技能を発動する。
「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」
効果は劇的に表れた。
逃がさないと囲うオークの群れが、空を抑えて頭上から様子を伺っていたハーピーが、この場に居るモンスターの敵意がすべて自分に注がれる。視線に刃が有ったら全身を串刺しにされていただろう。
発動させたのは《心ノ誘導》Ⅰ。結果は見ての通り。地上に居るオーク八体と空中に飛んでいる二十羽以上のハーピーが僕をターゲットにした。衝撃を与えたら雪崩れ込みそうなほど張りつめた空気を感じる。
だけど、これで良い。
(動けないでいる彼女たちにモンスターは興味を失ったようだな)
僕はバスタードソードを構えると、オークの群れへと突っ込んだ。彼女たちから少しでも離れるためにあえて前進する。
「ブボ!」
「ブボボボ!」
「ブ、ブボブボ!」
黄ばんだ瞳は僕しか捉えていないようだ。オークたちは馬車を取り囲んでいた包囲網を崩してでも僕へと殺到する。各々が振り上げた棍棒がハエ叩きのように滅茶苦茶な軌道を描いて振るわれた。
僕はそれらを紙一重で避けていく。これがオークのボスの一撃なら二発目の時点でかすめて、恐怖で体が止まった所を三発目で殺されていただろう。
しかし、無策に振るわれる棍棒は僕にとって簡単に避けられる障害に過ぎない。ステップを刻むかのように動く。怖いのは頭上から雨のように降り注ぐハーピーたちの羽だ。奴らが羽ばたくたびに翼から弾丸のように射出される鋼鉄の羽は掠めるだけで鮮血を流す。
ハーピーはオークにお構いなしに羽を飛ばしてくる。緑色の皮膚が瞬く間に赤く染まり、肉に食い込んで羽まみれになる。まるで針を休ませる針刺しのようだ。だけど、オークは止まらない。狂ったように棍棒を振り回す。
しだいに僕を逃がさないため、円を描く様に取り囲む。本能がなせる技なのか、あるいは。
(理性を取り戻し始めたのか。一体、どっちだ?)
舌打ちをしつつ、オークたちの顔を見た。《心ノ誘導》Ⅰは今の所、多人数を相手に使った事は無かった。そのため、どれほど効果が持続するか不明だ。
黄ばんだ瞳はまだ僕を見つめ続ける。他所に意識が向いているようには見えない。証拠のようにあるオークが振り上げた棍棒が隣に立つオークの顔面を叩いた。円を狭めていった結果、隣同士の距離が縮まり同士討ちになる。
チャンスが来たと思った。
顔面に棍棒をくらい、豚鼻から血を流しているオークへと飛びかかった。その間に腰にしまってあるダガーを左手で引き抜いた。逆手に握るダガーを振りかぶり、体重をかけてオークの眉間へと差し込んだ。
前頭骨が砕ける感触と共にオークが白目をむく。ふっと全身の力が抜けていき倒れそうになる直前、僕はオークの頭部を足場に上へと跳躍した。僕の体はハーピーの群れの中に飛び込む。
「ギュィイイイ!」
「ギュギュギュイイ!」
興奮しているハーピーの群れは、自分たちのテリトリーに侵入してきた敵に羽を飛ばす。当然それを予想していた僕は全身を頭部や首だけをガードする。鋼鉄の羽は僕の体に浅い傷をつけていく。
地上で受けた時に気づいていた。
羽自体はそこまで脅威では無い。実際、木の盾程度で防げるとオルドは判断し、オークも全身に羽を受けてもケロリとしていた。ただし、ハーピーたちにとっては己の羽は脅威だった。
「ギュイイ!!」
「ギュギュギュイ!!」
「ギュイイ、ギュイイ!」
「はっ、そういうのをフレンドリーファイアっていうんだよ。覚えとけ!」
ハーピーたちは互いの位置を考えずに群れの中心に飛び込んできた僕を目がけて己の羽を飛ばした。幾つかは僕の体を切り裂いたり、突き刺さったりはした。しかし、殆どが僕を外れて、同胞へ襲い掛かる牙へと変化した。
後ろから羽が当たった奴や、正面から撃たれた奴などが悲鳴を上げて地上へと落下する。同じように地上へと落下中の僕は目を開けて上に留まるハーピーの数を見た。おそらく半数以上は同士討ちで仕留めたはずだ。まだ空中に居るハーピーたちの中で無傷な個体は居ないようだ。
一度思考からハーピーの事をそぎ落とす。地上で僕を待ち構えているオークを見た。ちょうど真下にオークが一体いる。このまま落下すれば衝突するだろう。
「もってくれよ、バスタードソード」
血と油で汚れた剣を握りしめる。目前にオークが迫った時、刃を立てた。僕を見上げていた、オークの顔面に刃が食い込む。そのまま僕の落下に合わせて刃が食い込んでいく。刃は首を通り、腹を通り、股間まで通り抜けた。地面に着地した時オークの開きが完成した。
これで二体。
「ブボボボ!!」
着地の衝撃で動けない所を抜け目なくオークが狙う。振り上げられた棍棒を躱す術は見つからない。咄嗟に剣を振り上げた。
全力を込めた剣先は棍棒を根元から切断する。
「ブボ?」
不思議そうに自分の手元に残った棍棒の取手を見つめるオーク。両足の痺れが取れた僕はすかさずオークの足を切り落とす。バランスを崩したところを見計らい、返す刀で首を両断した。死ぬ瞬間までそいつは不思議そうな顔で棍棒の残骸を見つめていた。
「―――あっぶねえ! 上手くいって良かったー!」
心の底から安堵した。
元々、オークの棍棒を見た時、ダガーの厚みならまだしも、バスタードソードの刀身では真っ向から切り結べば折れるのではないかと危惧し、オークの棍棒を利用した戦い方をしていた。
動けなかったからとは言え、無茶な事をする。棍棒の根元を切り落とせたのは幸運だった。
これで三体。残りは五体だ。
僕が残りのオークを見た時、奴らに異変が起きていた。
残ったオークたちは半円を描く様な陣形を取って距離を取ったら一目散に踵を返した。
「しまった!?」
気づいた時には遅かった。
奴らは遂に正気を取り戻していた。僕を真っ向から倒すのは難しいと判断して、行動に出た。位置関係もまずかった。奴らはちょうど僕と馬車の間に居た。
オークたちは一目散に動けないでいる剣士たちの所へと向かって行った。
僕が奴らの後を追おうとすると、頭上から風切音が響く。一歩踏み出した足を使い横に跳躍した。僕の居た所にハーピーが鋭い爪を使い奇襲を仕掛けてきた。上を見上げれば、満身創痍の身でありながら激昂しているのが手に取るようにわかる。
証明するかのようにハーピーたちから歌のような旋律が響く。
「《■■■■、■■■■■、■■■》!」
詠唱を行っていたハーピーの前に魔方陣が展開されると、僕に目がけて風の刃が一直線に放たれた。慌てて横に飛ぶ。ズザザザ、と音を立てて刃が草原に傷跡を残す。
「魔法が撃てるって事はあっちも理性を取り戻したって事かよ」
立ち上がりながら、頭上を睨む。
ハーピーの群れはここからジャンプしても届かない位置から動こうとはしていない。だが、逡巡している暇は無い。こうしている間にも短い脚を動かしてオークたちが馬車の傍にいる彼女らを襲おうとしている。僕は覚悟を決めてハーピーたちに背を向けてオークを追いかける。
背後から羽や魔法が爆撃のように降り注ぐ。足を止めれば巻き込まれてしまう。しかし、一直線に進めば上から行く手を阻む様に攻撃が落ちる。回避するためにジグザグに逃げるが、そうするとオークたちとの距離が縮まらない。
すでにオークたちは棍棒を振りかざし、彼女たちを狙っている。妹を庇おうと立ち上がり、片手剣を構えた彼女からはあの夜のような凛々しさを感じられない。まるで、何かを覚悟したかのような表情だ。
「くそったれ!」
僕は咄嗟に、次に起こる最悪の事態を想像して、バスタードソードの刀身を自分に向けていた。彼女が死んだら即座に《トライ&エラー》を発動するつもりだ。
だが、その機会は訪れなかった。
馬車を飛び越えて、剣士とオークの間にファルナが落下してきた。両手に握りしめる双剣は血に濡れていた。
「《両の手に宿るは焔の翼》!」
双剣に纏わりついた焔が血を蒸発させる。焔の双翼を握りしめたファルナは瞬く間に正面にいたオークを二体仕留めた。それを見た金髪剣士も瞬時に動いた。
「《この身は一陣の風と為る》!」
あの夜と同じく、異常な速度で左右から迫るオークの首を切り落とした。僕の目には同時に首が落ちた様に写る。ファルナも背後で風のように動いた剣士の動きに驚いている様だ。最後の一体がファルナに目がけて棍棒を振り下ろしていたのに気付いていない。
「ファルナ! まだ居る!!」
僕が叫ぶとファルナは振り向き、双剣の片割れをナイフのように投擲した。深々と眉間に刀身が埋まるのと剣士が片手剣をオークの心臓部に刺したのは同時だった。
2人の美少女は互いの技量に驚いた様子で顔を見合わせると、くすりと笑い合う。
「……やりますね」
「……アンタもな」
剣士が片手剣をオークの体から抜くと、最後の一体が音を立てて崩れ落ちた。僕はやり投げのように構えていたバスタードソードを力なく下ろす。僕の出る幕は無かった。
だけど、まだここは死地。僕の背後から変わらずにハーピーの爆撃が落ちてくる。交互に魔法を放っている為か、止む気配は無い。音に気づいて二人は顔を見合わせると全滅したオークの手から棍棒を剥ぎ取ると、それを振りかぶり投げた。
「ギュィイイ!?」
「キュキュ!!」
ブーメランのように回転しながらハーピーの群れに飛び込んだ棍棒たちは、詠唱中だったハーピーの何体かを巻き込んで地上へと落ちていった。
「レイ、こっち。馬車の中に入れ!!」
オークの眉間から双剣の片割れを引き抜いたファルナが僕に叫んだ。剣士はいまだに気絶している妹を抱きかかえて横転した馬車へと逃げ込んだ。僕とファルナも彼女に続いて飛び込んだ。
「何だこりゃ?」
「……宝石と、ドレスの山?」
横転して木箱が壊れ、藁が散乱した馬車の中には宝石や宝飾品がそこら中に散らばり、同じように色とりどりのドレスが散乱する。もっともそのドレスのどれもが体のラインや露出の激しいもので情欲的と言っていい。剣士は僕が一目見ても高級品だとわかる品々を払いのけて、妹を寝かせる場所を確保した。
「レティシア! 起きて、レティ! 今は貴女の魔法が必要なの!!」
目を覚まさない少女の頬を叩く剣士。ファルナが傍に駆け寄り、少女の容体を見た。
「……大丈夫って言い方は変だけど、タダの精神力切れさ。ちょっと待ってな」
安心させるように優しい方で言うと、腰につけたポーチから瓶に詰まった茶色の液体を取り出す。その正体が何か察した剣士は妹の体を起こして、飲ませられるようにサポートする。瓶のふたが開き、少女の口元に当てられ注がれる。
喉が動き、少女の体内に落ちていくと、今までピクリとも動かなかった瞼がゆっくりと動きエメラルドグリーンの瞳が露わになる。
「……お、お姉ちゃん?」
「ああ! レティ、目が覚めたのね。よく聞いて、今すぐにシールドを張って」
「うん……分かったよ。《超短文・中級・半球ノ盾》」
まだ、意識がはっきりとしていない中でも、少女は姉の言うとおりに握りしめた杖を上に向けた、ファルナが急いで僕を引っ張りしゃがませた。
少女の詠唱が終わると、杖の先から光球が生まれた。日を遮る馬車の中に生まれた光は少しだけ浮かび上がると、僕らを包むような半円の膜に変化した。ファルナと剣士がその膜を見てほっとした様に息を吐いた。
「これで一安心だね」
ファルナが僕に向かって言うと急に押し黙り、剣士の方を凝視した。剣士は目が覚めた妹に状況を説明している。
硬直したファルナの横顔に不吉な予感を感じた僕は彼女の肩を揺する。しかし、ファルナは一向に反応を示さない。視線を剣士に固定したままだった。
「おーい。ファルナさーん。どこか痛めたのー?」
「…………あのさ」
長い沈黙が過ぎた後、彼女の口から地獄のような冷気が溢れ出る。助けに来てくれた時のマグマのように煮えたぎった感情とは真逆だが、ベクトルは同じだ。
とてつもなく怒っている。
口元は引き攣り、目尻が痙攣している。短い付き合いだがファルナがこのような怒り方をしているのは初めて。背筋に氷柱を突き刺された気分を味わう。
「命の恩人って……女?」
「……」
「答えな」
ぎろり、と氷を思わせるアイスブルーの瞳が僕を睨んだ。そういえば剣士と同じ青の瞳だけど、色合いが違うんだなと現実逃避をしたくなる。
だが、光の膜の中に逃げ場はない。観念した様に縦に首を振った。
「チッ!!」
特大の舌打ちが聞こえた。驚いて剣士と少女がこちらを見てきた。僕は慌てて手を横に振り何でもないとアピールした。隣ではファルナが小声で何かをまくし立てている。どうも、女だと聞いてないとか、こんなに美人だと勝ち目とか、いやまだチャンスはとかしか聞き取れない。獣人種なら全て拾えただろうと思う。
「あの……宜しいでしょうか?」
剣士が胸元に手を当てつつ、僕らに声をかけた。どこか遠い世界に旅立っていたファルナがようやく帰って来た。
「あ、ああ。悪いね。えっと、アンタらは」
「私の名前はエリザベート。この子は妹のレティシアと言います。助けていただいて、ありがとうございます」
「レティって呼んでね、お兄さん、お姉さん。お姉ちゃんから聞いたよ。助けてくれてありがとう!」
金髪剣士ことエリザベートは言うと、深々と頭を下げた。一方で妹のレティは先程までの気絶が嘘のように元気に礼を言う。
二人を見ていたファルナが小声で僕に耳打ちする。
「姉妹って割には似てないね」
僕は無言で頷く。
確かにこの二人は似ていない。髪の色や、瞳の色など分かりやすい所では似ていない。しかし顔の造形や時折見せる仕草、人との距離の取り方などよく似ている。
「ねえねえ。お兄さんって、あの時のお兄さんだよね。ネーデの街の近くで会った。あたしたちのこと覚えてる?」
レティが人懐っこい笑みを浮かべ、エメラルドグリーンの瞳で僕を覗きこみながら問いかける。
「もちろんだ。あの時は助けてくれて本当にありがとう」
僕は頭を下げた。まだ戦闘中で先程から幌を突き破って羽が弾丸の雨のように降っては光の膜に弾かれているが、気にも留めなかった。
「僕の名前はレイって言います。こっちは」
「『紅蓮の旅団』、ファルナさ。よろしくね、エリザベート、レティ」
言いかけた僕を遮ってファルナが自分で名乗る。そして、破れた幌の隙間からこちらを伺っているハーピーを睨みつける。
「それで……この後はどうする。誰かあそこまで攻撃を届かす方法はある?」
光の膜の内側で車座に座る僕らに向けて問いかける。すると、エリザベートが口を開いた。
「方法はあります。……けど問題もあります」
「問題って?」
僕が聞き返すと彼女は少し黙ってから、覚悟を決めたように顔を上げる。
「いま、私達は主人から二つの命令を下されています」
「主人って―――ああ、そういう事かい」
ファルナが不思議そうに問いかけようとして口を噤んだ。彼女たちの手の甲に視線を落として何かを見た。僕もファルナの視線を追う様に彼女たちの手の甲を見た。そこには見覚えのある黒いあざが焼印のようにくっきりと白い肌に浮かんでいた。
「見ての通り私たち姉妹は戦奴隷です」
平坦な声色でエリザベートは言う。しかし、表情は暗く、それだけで触れてはいけない所に触れてしまったと分かる。
「……それで、アンタらの主人は何を命じたのさ。いや、そもそも主人は今どこにいるのさ」
「主人は私に『馬車を守れ』と命じました。そして妹には『動くな』と命じて、他の方たちと共に北の森に逃げ込みました」
「―――なんって奴だ! アンタらを囮にして自分は逃げたのか!!」
ファルナが激昂すると、馬車を震わす。外のハーピーたちがけたたましく鳴き声を上げて応じる。
「それじゃあレティは一人で動くことができないんだね」
「そーいう事になるかな」
頬を掻きながら申し訳なさそうに彼女は言った。僕らはそんな態度を取らせる彼女たちの主人に怒りを抱く。
「つまり、エリザベートが言う問題はレティをこの場から連れ出す事が出来ないってことで良いんだね?」
「一応、妹を抱きかかえれば移動自体はできます。けど外のモンスターを倒す術はレティが握っています」
僕らの視線がレティに向く。当の本人は予想外と言った風に姉を見つめる。
「レティ。貴方の魔法で足場を作って。そうすれば空中で地上戦が出来るわ」
「あー、そういう事ね。お姉ちゃん」
納得した様にレティは頷いた。エリザベートはこちらを向いた。
「レティのシールドの魔法でハーピーたちの所まで足場を築きます。私ともう一人がハーピーを倒す間に残った一人に妹の護衛をお願いしたいのですが」
エリザベートの視線が僕を向いた。横に座るファルナの視線も僕を向いている。
「レイ。アンタがやんな」
「……一応聞くけど……何で?」
「決まってるでしょ? この中で一番弱いから」
「申し訳ありませんレイ様。速やかに倒さないと増援が来ないとも限らないので」
あっけらかんと言うファルナとは対照的に、すまなそうに言うエリザベート。しかし、よりショックを受けたのは後者に言われたという事実だ。分かり切った事実だが、素直に認められない。
「……分かったよ。……その代り、様付けは止めてください。命の恩人に様をつけられるのは嫌です」
僕が言うとエリザベートは首を横に振る。かつての時間軸でリラちゃんが見せたように寂しげな瞳をこちらに向けた。
「それはダメです。私と貴方では身分が―――」
そこまで言って、突然。エリザベートが倒れこんだ。
彼女だけでない。レティも糸が切れた様に倒れこんだ。二人の表情が見る見る紫色へと変化し、大粒の汗が噴き出る。ただ事じゃない様子だ。
「エリザベート! レティ!」
僕が二人に駆け寄ろうとするとファルナが僕の腕を掴む。
「駄目だレイ! 近づくな!!」
「何言ってんだよ! 二人が苦しんでんだぞ!! ほっとけって言うのか!!」
ファルナは僕の剣幕に圧されて手を離した。僕は二人に近寄り、彼女たちの方に触れた。
瞬間。
ガチャンと音がした。
「―――何だ、この鎖は」
急に彼女たちを縛る半透明の鎖が現れた。全身を拘束する様に張り巡らされた鎖はとてもじゃないが剣で切れるような物質的な存在には思えなかった。
その鎖が彼女たちの体に触れた瞬間、僕の両手に絡みついた。咄嗟に防衛本能から手を引こうとした。しかし、できなかった。まるで磁石のように張り付いた手は動かず、僕は両手に絡みつく鎖を見ているしかなかった。
呆然と見ている間に半透明の鎖は蛇のように這いながら僕の腕を伝い上り、真っ直ぐに心臓を目指して進む。二本の鎖が心臓のあたりで合流し、先端が体の内側へと沈んでいく。耳の奥に鎖がこすれる音が響く。同時に三人の体に絡まる鎖が消えていく。それに比例して、魂を縛るかのような痛みが全身を貫く。
半透明の鎖が姿を消した時、やっと両手が彼女たちから離れた。両手を凝視するが鎖の跡すら残っていない。
エリザベートとレティの様子を見ると二人とも顔色は正常に戻り、大粒の汗も引いていた。ゆっくりと起き上がろうとしているから大丈夫そうだ。
「ねえ、ファルナ。さっきの鎖が一体何か」
分かると続けようとした時。突如頭の中にファンファーレが鳴り響いた。突然の大音量に思わず耳を塞ぎ、目を閉じた。
すると、ステータス画面に新しいウィンドウが現れていた。
そこには一言、こう書かれていた。
『エリザベートとレティシアが仲間に加わった!』
「……はぁ!?」
思わず叫びながら目を開けた。視界には何故か頭を抱えて蹲るファルナが居る。
「ファルナ……僕、不味い事したかな」
嫌な予感を裏付ける様にファルナがこちらをじろりと睨んだ。視線を受けて僕の口元が引き攣る。
「あのな……レイ。今さっき二人の主人が死んだんだ」
一拍。
「そして、今度はアンタが二人の主人になったんだよ」
「……マジで」
誰かが否定してくれるのではないかと思い僕は三人の顔を順番に見た。しかし、三人の美少女は誰も否定はしてくれない。それどころかファルナは一段と厄介そうな顔をして僕に口を開いた。
「レイ。アンタも見た鎖は契約の証さ。あれは魂に刻み込まれる。ここじゃあ解除できない」
「それに……いま、レイ様と交わされた内容は……対等契約。奴隷が死んでも主人が死んでも残された方は呪いで死んでしまいます」
僕は自分のしでかしたことに頭が痛くなった。
読んで下さって、ありがとうございます。




